平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
#01 獣欲、業を制せず
「おーほっほっほ! ごめんあそばせ?」
放課後の教室に高笑いが鳴り響く。
孔雀の羽で作られた豪奢な扇子を片手に、少女は長い黒髪を靡かせる。
その足元には、許しを乞う人間が一人。
凄惨な光景だが、この場にいる誰もがそれに異を唱える事は許されない。
【悪役令嬢】
なるほど、彼女を言い表す上で実にしっくりと来るワードと言えるだろう。
しかしその一方で、果たして
目元には正体を隠すかのように、近未来的なバイザーを付け
服装は、とても布面積が少ない水着のような──【マイクロビキニ】
そんな名称なのか……んんっ。
そして、その黒いマイクロビキニでは隠しきれない豊満な──【たわわ】
そんな言い回しまであるのか……凄いな令和。
脱線してしまった。
今挙げた容姿に関しては、ややアレだが……まあ一般的な物だろう。
爪先が刺々しいエナメルの輝きを放つ漆黒のブーツも、
肩パッドと一体化している裏地が紫色をした長いマントも
大分アレだが、一般人のファッションと言えなくも無い。広義で言えばという意味で。
彼女を表現する上で最も重要な要素。
一般という括りからは、余りにも逸脱している要素。
それは、彼女の隣にいる存在が物語っている。
未だ高笑いを続ける彼女の傍らには
柴犬を人型にしたような、どこかファンシーな見た目をした、所謂『怪人』が侍っているのだ。
彼女の命令を静かに待っているその様は完全に主人と従者。つまりは───
【悪の女幹部】
そうソレだ。まさに彼女は、悪の組織に属する幹部なのだから。
一般人を蹂躙し、おそらくは世界征服を目論んでいる。
だが、世の中に悪の組織があるならば、必然的に正義の味方も存在する!
「よくも皆を酷い目に……! ゆるさん!!」
「性懲りも無く現れましたわね!! やっておしまいなさい、ケンケンα!」
「わかった……わん」
遅れてやって来た正義の味方『リングリット』
彼の登場で状況に変化が訪れた。
女幹部はヒーローへと怪人をけしかけ、一般人への蹂躙を止める。彼女はもう、観戦に夢中となっている。割と武人肌な女幹部は、一対一の戦いに水を差すことを嫌う。
かくして、ヒーローと柴犬怪人の格闘が始まったのだ──
「でやぁ! くっ、上手く当たらない!?」
「攻撃がたんじゅん……わん」
繰り広げられる一進一退の攻防……というには、若干ヒーロー側が不利に見える状況。
この怪人、見た目にそぐわず格闘技術が相当高い。まるで柳の葉の様に迫る打撃を受け流し、その隙をついてヒーローの腕を掴み、投げ技へと転じている。
ヒーローは身体能力の高さでどうにかダメージを負わないよう凌いでいるが、徐々に動きが鈍くなってきている。このまま格闘戦を続けても体力が続くとは思えない。
彼もその事実に焦りを覚えたのか、投げられた際の勢いを利用して怪人との距離を大きく開けると、そのまま腕を×字に交差した。
これは必殺技を放つ構えだ。
「クロスリット・ハイロゥ!」
リングリットの腕から光の輪が出現する。
見た目こそまるで敵を八つ裂きにしそうなそれだが、この輪に殺傷力はない。
放たれた光輪の数は四つ。それぞれの大きさは一般家庭の
しかし、放つ光量は【LED】にも引けを取らない。
それらが強い光を放ちながら、怪人を翻弄するかのように飛び回っている。
柴犬の怪人は機敏に輪を避けているが、その対処が精一杯で攻撃に転じる事が出来ないようだ。
「きゃうん!?」
「今だ!!」
可愛らしい悲鳴をあげる怪人。どうやら尻尾に光輪がはまってしまったようだ。
驚いた隙を突かれ、手脚にも光輪をはめられる。輪は締まり、それぞれが怪人の手脚を外側へと引っ張るように移動する。次に輪が浮き上がる。それに合わせて、必然的に怪人の身体も宙に浮く事となる。こうなってしまえば最早、脚へ力をこめても地を蹴ることすら叶わない。
みるみる内に怪人は四肢を大の字に広げられ、完全に無力化されてしまった。
「やられちゃった」
「あぁー、ケンケンαが!? ずるいですわよリングリット!」
「さあ! 次はお前だ、ミーア・クシロン!」
女幹部が文句を言うも、意に介さずヒーローは再び複数の光輪を出現させる。
そう、この光輪。出せる数に制限がないのだ。
先程の戦闘で最初に放った数は4つ。柴犬の怪人がその4つに気を取られている隙に、尻尾へ向けて追加でもう1つ出現させていた。
そして現在、女幹部ミーアに向けて10個以上の光輪を差し向けている。もはや並の動体視力では正確な数は測りきれない。
先ほどよりも高速で飛び回り、数も増えている。その上リングリット自身も格闘戦を仕掛けている。
ミーアは扇子を使い上手く攻撃をいなすも、さすがに縦横無尽と飛び回る光輪を全て対処するのは無理なようだ。
左手首が拘束され、動きが制限された段階でこの戦いの趨勢は決した。
「きぃ〜! 離しなさいよ! このっ……!」
次の瞬間、あっけなく彼女も大の字に拘束されてしまった。その姿はさながら、蜘蛛の巣に捕えられた蝶を思わせる。
必死に手脚の拘束を解こうともがいているが、光の輪は微動だにしない。いくら彼女が足掻こうとも、たわわが揺れるだけで手脚の拘束が外れる事はない。
この光景はこれで3度目だ。もはやリングリットの必勝パターンと言えるだろう。
遅れて来たヒーロー。されど仕事は早い。うん、いい事だ。クラスメイトのあられも無い姿をこれ以上見ないで済む。
いまこの教室──私立
1人は金髪で背の高い女子。茫然と虚空を見つめていて、細く開いたその目には【ハイライトがない】
1人はショートボブが似合う女子。普段快活な彼女だが、今はまるで躾けられた犬の様にお座りをしながら熱い視線で女幹部を見つめている。
1人は【ギザ歯】が特徴的な男子。先ほど怪人の臀部の臭いを嗅ごうとした際に殴り飛ばされた為、気絶している。彼の名誉の為に、下心があった訳ではないとだけ補足しておこう……あれは仕方がない状況だった。
そしてもう1人、気絶した男子がいる。正確には、気絶したフリを続けている男子だ。
片側だけ前髪を長く伸ばした【メカクレ】と呼ばれる髪型を活かし、髪で隠れている左目だけで一部始終を見守っている男子生徒。
クラスメイト達が次々と異変に見舞われる中、自分だけは敵の特殊能力を
つまりは、僕のことだ。
僕には『叡智』がほんの少しだけ宿っている。
その原因は、この学校の地下に安置されていたクリスタル。
その名も情報結晶体『叡智の書』。結晶体なのに、なぜか『書』と名付けられていたオーパーツだ。
先日の騒動で図らずもそれに触れてしまった僕は、膨大な知識を脳へと流し込まれ鼻血を出して死にかけた。
あの時、彼女が割り込んでくれなかったら脳を焼かれて死んでいただろう。
運良く助かった僕だけれど、半端な叡智のせいで悩まされる日々を送っている。
叡智から得た情報で例えるならば【インストール】の失敗により【断片化したデータ】が脳内に残っているような状態。
そのせいか時折僕の思考に合わせて、まるで【検索エンジン】のように知らない単語と大凡の意味が頭に浮かんでくるようになった。
ここ数日、この検索機能を駆使して自分に起きた異常事態を解決できない物かと試行していた。
なにしろ誰にも相談できない。正直に話した所でデンパ──【サイコパス】扱いか、良くて【厨二病患者】だ。
友人からは、白い目も生温かい目も向けられたくない。
その一心で検索を続け、どうにか知識の出所に当たりを付けられたのが今朝の話だ。
【令和】と呼ばれる年号。価値観に対しての検索には、大抵の場合このワードが紐づいていた。
現在の年号は平成。断片データ故に、何年先の年号かまでは分からないけれど未来であることは確かだろう。
よって、僕の中にあるのは『令和時代の常識』。平成の常識しか持ち合わせていない僕にとっては、正しく叡智と言える。
半端とはいえ、未来知識。
降って湧いた幸運を実感して、放課後になるまで『叡智』を活かして何をしようかなどと呑気に模索していた。
そんな矢先、またもや悪の組織に襲撃されるとは───
「おーっほっほっほ! この教室は
「わん」
柴犬の怪人。
可愛らしい見た目だが、決して着ぐるみでは無いと分かる現実感。
これは、えーと──【擬人化】
そう擬人化だ。けれど、鳥獣戯画や北斎漫画の其れとは違いファンシーな外見をしている。
まるで、少女と柴犬が融合したかの様な見た目。
まるで、アニメの世界から飛び出して来たかのような───ん?
「おい! お前、また鼻血が出てるぞ!?」
「もうっ! 君は純情なんだから、あの変態女を見ちゃダメって言ったでしょ!」
【
脳内で情報が錯綜している。
友人達が心配してくれているが、今は情報の処理に集中しなければ身が持たない!
『叡智』に触れた時から、僕は
嗚呼。わざわざそんな事実を再確認しないといけない位、混乱しているようだ。
まずは認めなくては。
段階を踏んで確認していかなければ思考整理も上手くはいかない。
2週間前に初めてヒーローを目にした時は、ようやく現実がアニメに追いついたなんて冗談を言っていたけれど──
どうやら、この世界は既にアニメの中だったらしい。しかも、ギャグアニメと来たもんだ。
僕は主人公と同じクラスに所属する【クラスメイトD】
完全なる脇役──【モブ】ああ、令和だとそう言うの?
特徴を一言で纏めれば、メカクレ気弱男子。
怪人が出たら悲鳴を上げ、何か特殊攻撃をくらいその被害に遭う……そういう役割らしい。
「さあ、出番ですわよ! ケンケンα!」
「……わん」
おっと。現状では取り乱してもいられない!
叡智がもたらした【原作知識】は、いざ整理してしまえば僅かな量しかなかったものの、幸いこの状況は打破できそうだ。
まずは鞄にしまってある最新式のMDウォークマンを取り出し急いでイヤホンを装着する。
流れてくるのは、先月デビューしたバンドの曲。ちなみに、ポケベルのCMにも起用されているこのバンドは令和でも健在らしい。
期待か郷愁か良くわからない気持ちを抱きながら、僕は音量を最大にする。
これだけで、怪人の特殊攻撃は回避できる。
回想終わり。
僕の鼻血を心配して、逃げ遅れた友人たちには本当に申し訳なく思う。
その二人を見捨てて、一人だけ助かった罪悪感から先程までの経緯を思い返していたけれども、まあアレだ。
どうせここはギャグアニメの世界だ。そう酷いことにはならない……筈だ。
柴犬怪人ケンケンαが持っていた特殊能力は【精神動物化】
怪人の遠吠えを聴くと、自分の事を犬だと思い込んでしまう恐ろしい能力だ。
金髪の少女が虚空を見つめるのは、犬や猫がたまにする習性。一説では幽霊を見ているなんてオカルト話もある其れだが、現状では実害はないと言えるだろう。
次に、僕の友人である【クラスメイトE】
彼が怪人の臀部を嗅ごうとしたのも犬の習性だ。犬にとっては挨拶の様なものだけど、どうやら怪人は犬の本能よりも女子としての羞恥心が勝ったようだ。哀れ、Eは痴漢のレッテルを貼られてしまった。だがまあ、彼は普段から自他共に認める変態だと豪語しているので実害はないと言えるだろう。
そして、こちらも友人であるショートボブの女子【
どうやらこの世界のヒロインであるらしい彼女は、女幹部の飼い犬になってしまっている。
当初、負けん気の強い彼女は精神が犬になった状態でも女幹部に戦いを挑んでいた。
しかし普段ならまだしも、頭の中が犬のままでは得意の拳法も扱えない。
ミーアが放つ扇子の一振りでやられてしまった彼女は、次の瞬間仰向けになり腹を見せ降伏の意を示した。
どうしようもなく、野生の世界は弱肉強食だった。
彼女のケースにいたっては実害しかない。本当に済まない。
とまあこの様に、人間の尊厳を脅かすとても恐ろしい能力なのだ。
その概要だけでも事前に知っていれば全力で回避するとも。
能力のトリガーとなるのは怪人の遠吠え。つまりは『音』
それさえ対処できれば簡単に逃れられるのだから。
友人らを見捨てた僕は、非難されても仕方ないと反省しているが……しかしまあ、狡いという点に関してだけなら上には上がいる。
正義の味方リングリット。彼は、あらゆる状態異常を無効化する。
もう一度言おう。彼は、あらゆる状態異常を無効化するのだ。
前回、この事実を知らされた猫の怪人は涙目になっていた。
そして驚くことに、彼の狡さはコレだけでは済まない。
「洗脳は一時的な物……そっか。解析ありがとう、じっちゃん!」
《ふむ。今日こそ逃げられんように気を付けるんじゃぞ》
ヘルメットに付いている通信機能で彼が会話している相手は、
ヒーロースーツを彼に誂え、必殺技のクロスリット・ハイロゥを遠隔操作している御老体。
彼は、
「ハーハッハッハッ! よーし、観念しろミーア・クシロン!」
「くっ……なんですの!? そのイヤらしい手つきは!?」
完全に立場が逆転している。
高笑いを上げ、敗者を手籠めにしようと迫る男はとてもヒーローには見えない。
敵の無力化はお爺ちゃんの手柄だというのに、この男はよくもまあ勝ち誇れるものだ……。
嗚呼なるほど。こうして俯瞰して見ると、確かにこの世界はギャグアニメだ。それも少し煽情的で変質的な。
そうだな、あえて客観的に上から目線で所感を述べるとすれば──【ふーん、叡智じゃん】
!?
え、叡智って……まさか、そういう意味なのか!?
道理でそっち方面の知識ばかりがやたらと充実してる訳だよ!!
「ヴゥ〜、ヴァン! ヴァン!!」
「ごはっ!?」
異様な声に驚き思わず両目を開いてしまえば、状況は混沌としていた。
羽吹まことが低い唸り声を上げ、次の瞬間には体当たりでリングリットを打ちのめしてしまった。
僕も、あのヒーローが彼女に恋心を抱いている事は知っているけれども……油断しすぎだよ
「くぅ〜ん。ぺろ、ぺろ」
「ひゃっ!? 何を致しますの
未だに拘束が解けない女幹部は、褒めて褒めてと懐いてくる普段は犬猿の仲の
思わず名前を呼んでいるあたり相当焦っているのだろう。
既に僕はヒーローの正体も女幹部の正体も、あまつさえ怪人の正体までも【原作知識】で知っているので微笑ましい光景にしか見えないが。
女子2人のあられもない姿を目にし、あわあわと動揺しているヒーローは
艶かしい声を上げている悪役令嬢。悪の女幹部でもある彼女の名は
「んっ、やめ! ちょっと!?」
うーん……
さっきは微笑ましい光景と表現したけれど、犬猿の仲の幼馴染みに懐かれて赤面した彼女を見ると……なんだか、こう?
【仲が悪いのは百合】
いや、矛盾してるだろうそれは……。
だけどまあ、そういうフェティシズムもあるということで合点がいった。
事前情報に偽り無しと言った所だ。
光速真芯リングリットXという名のこの世界は、
90年代アニメであり
勧善懲悪のヒーローものであり
コメディギャグの要素を踏襲しつつも───
一部界隈では【特殊フェチの養殖場】と呼ばれているのだから。
「ひぃ〜ん! もうワンちゃんは懲り懲りですわ〜!」
光速真芯リングリットX
「わんわんパニックで大ピンチ!?」の巻