平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
#09 A子
A子こと、
幼稚園児の頃から、僕と同様に羽吹道場へ通っていたA子。腰まで伸ばした銀色の髪は、その当時から変わっていない。厳密に言えば、髪型どころか身長すら小学生の頃と変わっていない。
そんな彼女に掛けられた
月曜日の放課後。珍しくA子が一人で行動している。今が絶好の機会だろう。
「なに? Dのあねが、ワタシに用事なんて珍しい」
僕は姉さんじゃない! わざとだろ? 何度も言うが、ズボンを穿いているのが僕だ‼︎
ちょっ、触って確かめようとするな……!?
ほら、胸板で判っただろ? 姉さんは先日、晴れて断崖絶壁から【ギリ、ボルダリング可能?】なレベルへと進化したんだ。
「意味不明。うん、この妄言はD本人で間違いない」
嫌な判別方法だな。まあ、認証方法は複数ある方が良いらしいから、今回は僕が折れるよ。
さて、A子。子供時代からの知己である君に聞くのもおかしな話だけど、一つ質問してもいいかな?
A子って、本当に16歳? ほら、僕らは高校で再会した訳だけど……小学生の頃と外見が変化してなかったからさー。まさか怪しい薬を飲まされて、身体が縮んでいたり──
「……ぶち転がす」
うわっ!? 本気で怒ってる……っ!
てっきり【お前もな!】【鏡見ろ】位の、軽い冗談で済むと思ってたのに! ごめん、A子!
発端は、サイ怪人が現れた日。
僕とまことが、廊下でザコ戦闘員と遭遇したあの時だった。
戦闘員の正体は、
しかし、僕がキャンプを離脱したのち参加者たちは『洗脳』を受け、ザコ戦闘員となってしまったらしい。ヒコボシもその例から漏れる事なく、オメイラガに従う事を疑問に思えなかったそうだ。
そんな状況から彼を救ったのが、まことである。彼女が破壊した特殊警棒は、洗脳を補助する目的で微弱な電波を発していたらしい。偶然にも彼女が、洗脳の定着化を阻んでいたのだ。
かくして、無事に洗脳が解けたヒコボシであったが、その直後まことに気絶させられてしまったのだった──以上
これが、ここ数日で彼から段階的に聞かされた内容を要約したものだ。
休み時間トイレへ行く度に、僕の背後へと忍び寄り、一方的に、小出しに、回りくどく、やたらと【湿度の高い】口調で聞かされ続けてきたのだ。
そんな状況に辟易し、まとめて話してくれと頼んだのは僕だけど……わざわざ
「やあ、来てくれると信じていましたよ。防空壕などという辺鄙な場所へお誘いするのは、自分も心苦しいのですが……なにぶん、校舎内には『隠しカメラ』が仕掛けられてますからねぇ」
防空壕の最奥、かつて『叡智の書』が安置されていた台座。そこへ腰を掛ける男が一人。
男の白髪がランタンの淡い光に照らされ、暖かみを帯びた色彩を為している。
その一方で、揺れる光は男の痩身も相まって、幽鬼の様な不気味さを醸し出している。
故意に恐怖を演出しているのならば、中々の食わせ者だろう。
僕の抗議もおざなりに、慇懃無礼な口調で笑い掛けてくる──
このどこか【胡散臭そう】な【ヘビ顔】の男こそ、芦高ヒコボシである。
【たぶん原作キャラ】【でも裏切りそう】
【もし関西弁ならスリーアウトで確定だったのに】
ひどい偏見だな……。
原作の登場人物らしい彼だけど、今の所レイワさんの記憶は判然としない。
こうして対面しても記憶が蘇らないという事は──【今は語るべき時ではない】
見栄を張らなくていい。その言い回しは、全て理解してる人間のみに許されるものだ。
僕が思うに、原作知識を得るにはまだトリガーが足りていない状況。
「おや、考え事ですか? ひょっとして、監視カメラの存在が意外でした? 君は案外、萬宮寿家を信用していたのですねぇ。ですが残念な事に、
トイレと更衣室を除く、か。しいなさんの配慮だろうか?
いや、それよりも問題は……いつから監視カメラが設置されたかだな。
ここで立て続けに学校を襲撃して来た事を鑑みれば、サイ怪人が倒されて以降かな?
「ご推察の通り。あの日、リングリットが南側校舎4Fから現れた事で、翌日に監視カメラの設置が行われました。オメイラガは、我が校の誰かがヒーローの正体ではないかと疑っているのですよ。戦闘員を校舎へ配備する事で、ヒーローの動線が割り出せますからねぇ。そして
なるほど、ヒーローの正体を暴くまでは行かなかった。
監視カメラの映像はジャミングされ、ヒーローの姿を確認できたのは目視のみ。
そして、肉眼で捉えた場合でも『認識阻害』が働いて正確な容姿を記憶に留めておけない、と。
「その通りです! いやぁ、君に声を掛けたのは大正解だったようですねぇ。もしかして、どこかの機関のスパイだったりします? それですと自分、困っちゃいますけど……」
僕は一般人だけど、情報源は黙秘するよ。
まさかヒーロー本人からの情報とは言えないからな。
監視カメラの類いは、JKが自動的にジャミングしているとワッカが話していた。以前テレビの生中継に映ってしまった事を反省し、火鬼崎博士がセキュリティ機能として追加したそうだ。
厳重に隠されているヒーローの正体は、本来そう易々と暴けるものでは無いだろう。僕とまことのケースが例外すぎたのだ。
ワッカの友人でなければ、おそらく短期間の記憶を消去されていた筈だ。どうやら『認識阻害』機能を応用すれば、そういった事すら可能らしい。
あの時、JKは僕らの存在に気付いた上で見逃してくれていたのだ。
レイワさんが思い出した原作知識で、JKには『熱源感知』と『集音機能』まであると判明したのだから間違いない。
彼女は、僕らが見ているのを知りながらワッカと合体していたのである。その理由は判然としないが──
【Dくん、まことちゃん、見てるぅ?】
【ワッくんは〜……アタシが取っちゃいました!】
本当にそんな理由だったら、早くも人工知能の嗜好が人間を凌駕してしまいそうだよ。
さて、僕も少しは情報を持ってる事は判ってくれただろう。
それを踏まえた上で。なぜ僕に接触してきたのか、そろそろ理由を教えてくれないか?
「では、単刀直入に御話しします。萬宮寿家の──オメイラガの悪事を暴く為、君に協力して頂きたいのです」
予想通り、その手のお誘いだったか。
確かにオメイラガの動向を探るという点だけは、僕の目的とも合致している。
だけど、しいなさんを裏切る様な真似はしたくないんだ。悪いけど、その申し出は受けられ──
「成程! 飽く迄、彼女がオメイラガに関わりが無いと信じたいのですねぇ。確かに、自分も確証はありません。戦闘員として潜入している身ですが、上層部の情報は秘匿されていますからねぇ。現状では、極めて黒に近いグレーといった所でしょう。しかし、この間の『しいなの婚約者決定戦』で萬宮寿家の敷地へ集まった人間が、ことごとく洗脳されたという事実を考えれば──」
ちょっと待って!? しいなさんの婚約者決定戦……?
そんなバラエティ企画が催されてたのか? え、いつ?
「おやおや、この場面でとぼけますか。我々が出会ったブートキャンプこそ、婚約者決定戦の最終試練ではありませんか。ああ勿論、自分は調査の為に潜りこんでいました。君も似たようなものでしょう? 他の参加者は下心が見え隠れしてましたが、君にその手の野心はありませんでしたから」
え、じゃあ彼らが訓練に必死だった理由って……いや、それよりも最終試練? 一次も二次も知らないんだけど?
なら僕って、シード枠だったのか!? 【よかったね】
いやいや! 絶対、好意的なシード枠じゃない。あの時B子さんが来なければ、僕も危なかった。洗脳コース直前で、彼女が助けてくれたんだ。
「
うーん……調査するまでもなく【クロ】なんだよなぁ。
だけどまあ、好き勝手に調べられるよりは僕が調査状況を把握できる立場にいる方が何かと安心できそうだ。そういう事なら──
分かった、あくまで友人を裏切らない範囲で協力するよ。
それで今更なんだけど、君は何屋さんなんだ?
「自分がそれを明かしてしまうと、
早まったっ……!?
てっきり、高校生が趣味でやってる探偵か何かだと思ってた!
でもコレ絶対に個人規模じゃない。なんらかの組織だ! 【特務機関?】 なにソレ怖い。
「いえ、軍属ではありませんよ。まあ『正義の味方』とだけ言っておきましょうか……念のため確認しますが、これ以上、詳細を知りたいですか?」
やめておくよ。僕はあくまで、一般人の協力者だ。
個人的な善意で君に協力するけれど、君が組織に所属する事など知りもしない平凡な高校生。
という建前でよろしく……。
「賢明な判断です。君が平凡な高校生かどうかは、些か疑問が残りますが……ひょっとして、趣味で探偵の様な事をやられています? 監視映像がジャミングされた件。その情報を個人で知り得るなんて、一般人の調査力では不可能ですからねぇ」
なんだか僕に対しての詰問が始まってないか……?
おかしい。こんな事態にならない為に、レイワさんの助言に従ったのに。
『ワケ知り顔』で知ったか振りをしておけば、一方的に不利な交渉にはならないって話だった。だから敢えてジャミングの件を自分から話したんだ。
けれど逆に、一方的で不利な状況に追い込まれている気が……【あれれ〜、おかしいぞ〜?】
うん。子供のフリで逃げる様な大人を、信用した僕が愚かだったよ。
「……そう言えば君よりも、よほど高校生かどうか疑わしい人物がおりましたねぇ。そういった訳で新米エージェントD君、早速ですが
この流れで断ったら、ビーコンを埋め込まれそうだな……。
分かった。僕は決してエージェントでは無いけれど、可能な範囲で調べるよ。
だから、その手に持っているA子の写真を仕舞ってくれ。露骨に隠し撮りだと判る【ロリ写真】を堂々と見せないでくれ!
「快く協力を申し出て頂き感謝しますよ。もし断られた場合、
潜入任務か。この学校への潜入なのか、オメイラガへの潜入なのか。僕も拘束されるのは御免なので、深くは聞かないけれど。大変そうだなぁ。
自称正義の味方で、一般人を装って学校へ通い、悪の組織の戦闘員までこなすなんて──
【トリプルフェイス……!?】
【味方キャラ確定】【是非、お近づきになって】
急に『手のひらクルー』をするな! レイワさんへの信頼度は、今のでゼロになったぞ!
回想終わり。
A子の周囲を嗅ぎ回るのも悪いと思い、直接本人へ確認したのは失敗だった。
尊厳を踏みにじった罰として、僕の尊厳も破壊されてしまったのだ。仕方ない、信賞必罰が世の常。ならば甘んじて、A子の気が済むまでこの茶番に付き合おう。
「じゃあ、
師匠……。
「ちがう。いつもは、もっと元気。もう一度!」
ししょー!
「うん。元気いっぱい。いかにも小学生」
やっぱり、もう勘弁してくれ! 放課後の廊下とはいえ、まだ生徒が残ってるんだ。通り過ぎる人の視線がツラい……! 子供へ向ける様な微笑ましい視線に、もう耐えられない。僕は校内に紛れ込んだ小学生じゃないんだ……
「相変わらず、妹はワガママ」
妹じゃない!
いくら髪型を無理やり変えて、体操着に着替えさせられても、僕が妹になる訳じゃないんだぞ。そもそも身長は、まだ僕の方が5……3センチも高いんだから。
「ぷっ。その内、妹に身長抜かれそう。Dが哀れだから、もう許してあげる」
ありがとう……今回は全面的に僕が悪かったよ。
身長に関しては、お互い同じ悩みを抱えた同士だった。ごめん。
なぜ僕らの身長が伸びないのか。この議題は、平成の世に課せられた難問と言えるだろう。どこかの研究機関で徹底的に究明してもらいたい案件だ!
「そう。丁度いい機会かも……。このあと、付き合って」
誘われるがままA子に着いて行き、いま僕は何故かリムジンに乗っている。
萬宮寿家が所有する、あの無駄に長い車。
実用性の欠片も無いと思っていたが、訂正しなければならない。乗り心地は最高だ。
対面に座る二人──A子とB子さんは、この快適空間を登下校の度に味わっているのか。こんな事なら、以前しいなさんに誘われた時に車へ乗せてもらえば良かった。
なぜなら、今日のリムジンには一つだけ足りない要素があるからだ。空調設備、クッション性、静音性、ドリンクサービス……どれも素晴らしいけれど。
しいなさんが不在なのだ。
「あ〜! 弟くん。しいなちゃんが居なくてガッカリしてる?」
「ワタシもガッカリ。しいな様に会いたい。早く帰ってホンモノの──」
「わわっ! えーとね……そうそう、しいなちゃんは先に帰っちゃったのよ〜。学校には居たでしょう?」
A子の迂闊な発言を掻き消すように、B子さんが僕へと話しかけてくる。この人が慌てているのは、なんだか新鮮だ。
そんな必死にならずとも、
補足すると、今日の偽物は萬宮寿イグナではない。何故か認識阻害をすり抜けてしまう僕にとって、その点は何よりもありがたい事実だったので改めて感謝しておこう。
「もうすぐ着くわよ〜。でも、ごめんね。今日は、しいなちゃんに会えないの。わたし達が行くのは、本邸じゃなくて研究施設だからね〜」
萬宮寿邸の敷地内には、様々な施設がある。
ブートキャンプを行った森林、萬宮寿流の道場、動物保護区などなど。
先程B子さんは研究施設と言ったが、それらも各分野ごとに複数存在している。果たして、何の研究施設なのだろうか──
「到着いたしました。
「は〜い」「わかった」
「では、
リムジンの運転をしてくれていた女性が去っていく。口振りからすると、B子さん達の上司なのだろう。今はスーツ姿だけど、屋敷ではメイド服へと着替えるのかもしれない。ちなみに、ほんの少し前まで……我が校の女子制服を身に纏っていたのだが。
今日一日、しいなさんに扮していたのは先程の女性なのだ。
プラチナブロンドの髪を束ねたシニヨンと呼ばれる髪型。欧州の血筋を思わせる碧眼。もはや背格好以外、しいなさんとは似ても似つかない外見。それで影武者になれるのだから、認識阻害というものは恐ろしい。
とは言え僕の目には、20代中盤の女性が女子高生のコスプレをしているようにしか映らなかったのだが。
本物のしいなさんは、呪詛返しの影響で未だに膨らんでいるのだろう。どう膨らんでいるのかは想像するしかないが、真面目な彼女が代役を立てるレベルだと考えれば……うん、想像しない方がいいな。
「こっち、着いてきてD。あと覚悟して」
「もう詠ちゃん。そんなに脅かしちゃダメよ〜。安心して弟くん。何も怖くないからねー」
なんだろう、まるで注射を打たれる前のような気分だ。
流れで着いてきてしまったけれど、迂闊だったかもしれない。
考えてみれば、ここは悪の組織の総本山だった──
まさか、僕とA子の背が伸びない理由に学術的な根拠があったなんて……。
研究施設から出てみれば、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。
色々と飲み込めない事実が多すぎて、未だに頭が混乱している。
だけど、そろそろ帰らないと……
「お客様。
出迎えてくれたのは、プラチナブロンドのメイドさん。やはり先程の女性は、メイドも兼ねていたようだ。ぼんやりとした記憶だが、この姿は見覚えがある。先日、萬宮寿邸でお世話になった時に一度だけ会っていたのだ。
昼間は、スーツ姿で毅然とした態度を見せていた女性。現在は、どこか物腰が柔らかくなった様に感じる。これは果たしてメイド服の影響か、それとも──
「申し訳ありません。陽が落ちてしまうと、ソーラーリムジンの走行が禁じられてまして」
代えの車となりますが御容赦下さいませ、と続ける彼女。僕の感覚からすれば、リムジンよりもある意味で上位に位置する自動車だ。おかげで沈んでいた気持ちも、少しだけ晴れた。
何せこの車は、『カリオストロの城』冒頭でルパンと次元が乗っている物と全く同じ型なのだから! 確か『フィアット500』と呼ばれる車種。
「これ、ジーナの愛車。ワタシもDの妹に用があるから、乗ってく。んしょ……っ!」
助手席に座る僕をよじ登る形で、A子がむりやり後部座席へと乗り込んだ。お世辞にも内部スペースが広い車とは言えないのだから、無茶な搭乗は辞めてくれ。メイドさんの自家用車なのに、土足でシートを汚したら大変だろう! まあ、お互いに小柄だから問題なかったけれど……。
「ふふっ、詠とも仲がよろしいのですね? では、改めまして。ジーナ・
走行を開始して、一層と雰囲気の柔らかくなったジーナさん。A子への呼称も、苗字から名前へと変わっている。
ハンドルを握ると性格が変わるなんて話はよく聞くけれど、それは大抵の場合『苛烈』になるパターンだろう。彼女の場合は、仕事モードから日常モードへ切り替わったという印象だ。
僕へ対しても気兼ねなく接してくれるので、研究施設から続いていた緊張が一気に解けた気がする。空気を読める大人の女性。どこかの脳内お姉さんとは大違いだ。バングルが震えているけれど、放置だ。
窓の外の景色がゆっくりと流れて行く。外国製の車なので、僕が座る助手席は右サイド。この位置から見る夜の市街地は、新鮮な光景だ。
車内の雰囲気も、ジーナさんのお陰で穏やかな空気が流れている。口数の少ないA子は聴き手に回り、ジーナさんが振る話題に僕が受け答えをする形。まあ専ら、しいなさんに関する話題なのだが。
「ええ、そうなんです。しいな様は、動物が本当にお好きでして……最近など、お気に入りの『子犬』ばかり可愛がっておりましてね? 首輪も無しに飼うのですから、困ったものです。あ、しいな様には内緒ですよ?」
時折、冗談を交える事で相手を飽きさせない巧みな話術。
人差し指を立て、ウインクをする仕草が様になっている。
余裕のある大人の女性は、気品に満ち溢れた印象を僕へ与えてくる。レイワさんも、少しは彼女を見習って欲しい物だ。
「そうそう、子犬の話でしたね。実は、軍用犬の訓練場に手違いで子犬が送られてしまった事があったんです。ふふっ、ご安心を。子犬は大事に至る前に回収されましたとも」
不運な子犬だなぁ。でも、無事だったようで良かったよ。
何故だか妙な親近感が湧くから、つい自分の事の様に心配してしまう。
「ですが、この話には続きがございまして。軍用犬達の躾は無事に完了したのですが、その中にですね? 一匹だけ『キツネ』が紛れ混んでいたのです。それはもう、蛇の様な顔をした珍妙なキツネが……」
ははっ、そんな顔のキツネも存在するのか。人間が対象ならば、ヘビ顔という表現も聞いた事があるけれど……?
「なんと、そのキツネが子犬を
あ、これヤバイ話だった。
そしてこの人も『ヤベー女』だった。
あれから──ジーナ・九重・ブーゲンビリアという女性の本性が顕となった直後。
車内の空気が瞬間的に冷え込んだ。
しかし、A子が話題を振ってくれたお陰で事なきを得たのだった。
なんでも、妹に返す予定だった漫画をうっかりお屋敷に忘れて来たらしい。そんな笑い話を聞いていると、程なくして僕の家の前へと到着していたのだ。無事に帰宅できたのだから、A子には感謝しかない。
──『それではお客様。後日、しいな様から正式な要請があると思われますが、その際はよいお返事を期待しております』
別れ際にブーゲンビリアさんが告げた言葉は、おそらく僕への牽制だったのだろう。
つまり現在、僕の首には目に見えない『首輪』が掛けられている。まるで令和の『デスゲーム』だ……こんな面倒な事態に巻き込まれるとは思いもしなかった。
そして、火曜日となる今日。A組の教室から芦高ヒコボシは消えていた。
クラス名簿からも抹消されており、彼の消息を知る者は誰も居なかった。
防空壕への入り口さえ、コンクリートの壁によって完全に封鎖されている。
もはや、彼に繋がる痕跡は何処にも残っていないのだろう──
【まさかの一話退場キャラ!?】
【期待して損した!】
よし! 僕の心の平穏の為、ヒコボシは危機を察知して自ら姿をくらませた……という事にしておこう。物語では、死んだと思われたキャラクターが実は生きていたなんて展開も稀にあるのだし。可能性はゼロじゃない。
かのシャーロック・ホームズですら、一度死んだ設定を覆して復活している。最近の例では、ジョジョ3部のアブドゥルなども該当するだろう。他には──
【アバン先生とか?】
え……?
アバン先生って生きてるのか!? 前に、ネタバレ禁止って言っただろレイワさん!
あー、楽しみが減った。それもこれも、ヒコボシが僕に接触してきたせいだ。
どうせ退場するなら、僕を巻き込まないで欲しかったなっ!
【君も大概、身勝手な言い分だね】
【身勝手の極み】
【だが、そこがイイ!】
うん。僕も今回の件で、レイワさんみたいな大人の女性の方が親しみ深いのだと理解できたよ。
知識と性癖に偏りはあれど、そんな欠点を補って余りあるユーモアさがある。ほら、『おもしれー女』ってジャンルだ。
【も、もう! 大人を揶揄うんじゃありませんっ】
【手のひらクルーも禁止!】
前に『手のひらクルー』は令和の処世術だと言ってたじゃないか。猛者ともなると、手首をドリルに改造するんだろう?
フッ、おもしれー時代だ。
【そういう台詞も、スパダリ限定!】
スパダリ──スーパーダーリンの略だったか。
外見と内面の両方に優れ、何でもできる完璧な恋人。おまけに、高学歴、高収入、高身長。身長……ああ、思い出してしまった。差し当たっての問題は、僕の身長にも関係する話だった。
昨日、研究所で聞かされた『
あの話が真実ならば、もう僕らの身長が伸びる事はないのだから──