平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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#11 相剋の真芯/時間停止回 ①

 黄昏時(たそがれどき)

 昼より昏く、夜より明るい。狭間の刻。

 陽が落ち、暗さに目が慣れるまでは、少し離れた人の顔さえ見分けが困難となる。『あれは誰だ』という問いかけ、『()そ彼』という言葉が語源である。

 

 

 本日、6月4日の日の入りは18時50分頃。

 太陽が沈んで既に10分ほど経過した現在──いや、正確に時間の経過を表す事は既に不可能なのだが。ともかく、時計が示す針は18:59を指したままで停止している。

 そして、停止しているのは時計のみならず……

 

 『もう、でぃ君? 理奈が心配なのも分かるけど、迎えに来るなって言われた位で落ち込まないの。あの子も成長したんだよ? ほら、外もまだ少し明るいんだし、道場から──』

 

 言葉の続きはきっと『道場からなら、一人でも大丈夫』といった内容なのだろう。妹に拒まれ、気落ちしていた僕を嗜めるセリフだ。

 そんな言葉の途中で、姉さんは固まってしまった。僕を心配し、少し困ったような笑顔を見せたまま完全に停止してしまったのだ。

 呼吸は無い。心音も無い。されど生きている。

 なぜなら、姉さんがコップへ注いでいたジュースもまた、弧を描いたまま空中で止まっているのだから。勢いが強かったのか、跳ねた水滴まで球体となった状態で固定されている。

 

 時間停止。

 世界が、停止してしまったのだ。

 

 おそらくは、シグマ総帥が言っていた()()()()()()()β()が発動した結果。少なくとも、テレビでオメイラガの襲撃に関して報道されなかった以上、()()の人類を襲う作戦ではないという事は明らかだ。

 なぜ僕だけが時間停止から免れているのかは判らないが、一つだけはっきりしている事がある。

 

 これは、僕への宣戦布告だ。

 今日は金曜日。そして、19時前……

 

 なにも『ドラえもん』の放送直前で時間を止めることは無いだろう‼︎

 妹の素っ気ない態度に傷心している今、僕の心を癒してくれる唯一の存在なんだぞ!?

 このまま、じっとしてはいられない。一刻も早く解決しなければっ‼︎

 

 

 そうと決まれば、背に腹は代えられないな。バングルのメンテナンス以降、レイワさんに助言をもらう機会は激減しているのだが──幸い、時間停止している今ならば、どれだけ()()()()()事を言っても問題ないだろう。

 博士から『バングルの外し過ぎ』だと注意され、追加されてしまったロック機能。現在のバングルは、取り外す際に()()()()()を口にしなければならない。声紋認証というヤツだ。令和のデバイスでも「Hey!」と陽気に『尻』へ呼び掛ける必要があるらしい。僕も未来人を倣って、今だけは羞恥心をかき捨てよう。

 

こほん。

 

 

 ──悠久たる時を超え、神経細胞(ニューロン)へと宿りし稀人の叡智よ

   条理に背きし汝の大罪は、永劫に贖う事能わず

   されどその罪過に、慚愧懺悔の念あるならば

   今こそ智慧を以て、我を賢者へと至らせ賜へ……

 

    欲愛解放(  カーマ・アンリーシュ)!!

 

 

 

 は、恥ずかしい〜っ‼︎ 余計な仕様変更の極みだよ全く!

 

 だけど『完全詠唱』の甲斐あって、バングルを外す事ができた。

 さあ、出番だ。レイワさん! 時間停止についての、原作知識を教えてくれ!

 

 ……レイワさん?

 おかしいな。普段ならば、ここぞとばかりに『詠唱』の件をからかってくる場面だろう? いまさら愛欲の化身(カーマ)呼ばわりされた事に怒っているのだろうか? でもそれは、僕ではなく博士が決めたワードなんだ。博士は未だに、僕の頭の中には『未来のワッカ』が居ると思っているのだから。

 

 

 体感時間にして5分ほど経過したものの、未だレイワさんからの応答は無い。

 これってまさか……レイワさんの時間まで止まっている?

 

 なんで僕が動けているのに、『神経細胞(ニューロン)へと宿りし稀人の叡智』が時間停止してるんだよ!?

 

 

▲▲▽▽◀︎▷◀︎▷

 

 

 話は先週の日曜日まで遡る──

 

 天気は生憎の雨。

 バングルのメンテナンスで呼び出された僕は、傘をさしながら火鬼崎家へと向かっていた。

 ある事情から、部活の後輩だったタカハシという女子を伴う形で。

 

 

 「うぅ、ただでさえ慣れねー格好で恥ずいのに。雨まで降ってて最悪っス! ねぇ、ホントに『ギャルの格好』すれば博士に気に入られるんスか!? 実はパイセンの趣味なんじゃねーっスか?」

 

 金髪のウィッグを被り、制服を着崩したタカハシ。日焼けした肌も相まって、見た目だけならば『黒ギャル』と呼べる仕上がりだ。あとは口調さえどうにかなれば……

 

 「あたしの口調を矯正して、自分の理想のオンナに作り替える気っスか!? まあ……やぶさかでもねーっスけど。では、リクエストよろっス! 北海道〜沖縄まで、だいたいの方言は網羅してるっスよ‼︎ ふふーん、こう見えて伊達に転校を繰り返してねーっスから!」

 

 いや、ギャル口調でいいんだよ。

 あと何度も言うけど、僕の理想ではなく博士の理想だから。博士から技術提供を受けたいなら、心象を良くする為にも頑張ってギャルになりきるんだ。さあ、転校を繰り返してきた成果を僕に見せてくれ!

 

 「転校関係ないやん! ギ、ギャル語は方言とちげーし! パイセン、無茶言い過ぎみたいなー? うぅ、こんなカンジで、どうっスか?」

 

 うーん……65点。

 なんか違うんだよなぁ。パソコン大好きなインドア女子感が抜けてないと言うか──おや?

 これは丁度いいタイミングでお手本が来てくれた。傘の合間から見える、あのピンク髪はギャル型ロボットのJKで間違いないだろう。

 

 

 「お! D坊じゃーん。なになに〜? その子、カノジョ? ……な〜んだ、後輩かぁ。ま、いいや! メンテに来たんしょ? アタシも帰るとこだし、一緒に行こうぜ〜」

 

 やっぱり本物は違うなぁ。先程のニセギャルと違い、言葉の端々に自信が溢れている。

 うん。ここで買い物帰りのJKと出会えたのも何かの縁だ。道すがら、タカハシを本物のギャルにしてくれないだろうか?

 

 「ひぃ! 何言ってんスか、パイセン!? 朝帰りギャルっスよ!? こえーっス‼︎」

 

 「朝帰りじゃねーし! てか、もう昼前じゃん? フツーに、ハカセのお使い帰り‼︎ ほら!」

 

 「ぴ……ぁ」

 

 食材の入ったスーパーの袋を突き出され、タカハシが悲鳴を上げ僕の背中へと隠れてしまった。普段はあれだけお喋りだというのに、今は借りてきた猫の様に静かだ。

 この調子ではギャルへの道は厳しいかもしれない。とりあえず狭いから、僕の傘から出ていって欲しいのだけど……ダメそうだな。

 

 

 多少の不安を抱えたまま、僕らは火鬼崎家へと辿り着く。

 ワッカと祖母の妙さんは留守らしく、博士が直接出迎えてくれた。JKの買い出しは、博士の昼食だったようだ。

 そんな世間話をしている途中で、博士がタカハシを発見し──

 

 「ふーむ『日焼けギャル』も中々良いのぉ。派手な見た目で物静かというギャップが、とくに良い! これは『新ジャンル』開拓の兆しと言っても過言ではないわい。よし、君も特別に地下研究室へ入ってよいぞ」

 

 

 世の中、何が成果につながるか判らないものだ。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 研究室へ案内され、かれこれ20分。

 

 バングルのメンテナンスの件など忘れて、博士はタカハシへ夢中となっている。ああ、下心があるという意味ではなく。科学者としての知的好奇心からなのだろう。

 二人は今、AIの言語学習用に『方言』のサンプリング作業を行っている。タカハシが各地の方言を網羅していた事が、大いに役立っている様だ。

 

 「さあ、どんどん喋っとくれ! ワシの援助が必要なんじゃろ? 働きに応じて、支援を考えてやらんでもない」

 

 「ほんに、いけずなお人やわぁ」

 

 「おほぉ、よいのう! 京都弁ギャルの破壊力ときたら……たまらんわいっ!」 

 

 こんな感じで仲良く作業中である。

 どうやら『京都弁 金髪黒ギャル』という概念は、博士に対し『特攻ボーナス+200%付与』だったようだ。お陰で、僕は蚊帳の外。

 そもそも、AIに方言を喋らせて何になるのだろう? まさか、JKに京都弁を喋らせるのだろうか。

 

 

 「ん〜? アタシのメモリもう一杯だから、余計な機能はカンベンってカンジ。ほら、グリットライム・ドーナッツってあるっしょ? あれがメモリ食い過ぎてんの!」

 

 ああ、あの『トリモチ』技か。一度だけ敵に当てたものの、それ以降は活躍してないな。ワッカがトリモチに捕まった事もあった位だし、もう要らない機能なのでは? アンインストールして、別の必殺技を組み込んだほうがいい。

 

 「簡単に言うケドさー。『精霊機巧(ジンノイド)』のアタシからすると、そう頻繁に改造とかマジ無理ってカンジ。最近ハカセも老眼ヒドいし、万一アタシの『(コア)』を傷つけられたら困るっしょ?」

 

 ジンノイド? コア? もしかして、JKってただのロボットじゃない?

 何だかこう、精霊を宿した躯体というか……そもそも本体が精霊というか……。

 

 「そーそー、だからD坊とは仲間みたいなモンでしょ? 精霊(ジン)同士、仲良くゲームでもしとく? ハカセのあの様子だと、まだ時間かかりそうだし。んーと、マリカーでいっか! アタシ、ドンキーJr.ね──」

 

 

 彼女はゲームをやりながら、精霊機巧について幾つか教えてくれた。

 まず、現代の人工知能技術では完全な自律思考型ロボットは作れないらしい。そこで博士は、限りなく人に近い(からだ)を作り出し、自然界に漂う思念体──つまり精霊を宿す事で『脳』の役割を半分ほど担わせれば良いと思い至ったそうだ。大雑把に言えば、記憶領域をAIが管理し、肉体の制御を精霊が行うという寸法。

 

 発想がマッドサイエンティストだという僕の意見に、JKは笑いながら同意してくれた。正にこの反応こそ、彼女が魂を持った存在という証なのだろう。身体が機械でも、本質的には僕らと同じなのだ。

 特に『精霊回帰(ジン・バック)』である僕とは……あれ? だけど、どうして彼女がその事を知っているのだろう。萬宮寿の研究所以外で、このワードは口にしていないのに。

 

 「え゛!? ヤバっ、秘密だった!? てかD坊、萬宮寿の研究所にも行ってんの!? ハカセに知られたらマズっ──」

 

 「……『萬宮寿』じゃと?」

 

 

 この日。

 僕とJKは、口を滑らすという共通の失態を犯した事で、少しだけ親交が深まった。

 

 ちなみに博士は、以前僕の身体を検査した際に『精霊回帰』に気付いていたらしい。当然と言えば当然の話である。萬宮寿家は、髪の毛一本だけで判明させた事実なのだから。

 博士の思惑としては、日常生活を送る上で問題はないので、心的負担を避ける為に敢えて秘密にしていたそうだ。実際、僕もその心遣いには感謝している。大人な判断ができる博士を尊敬したい所ではあるが……

 

 萬宮寿という名を聞いてヘソを曲げた博士は、とても尊敬できる大人ではなかった。

 そんな想いが僕の顔に出ていたのか、バングルに余計な機能を追加されてしまったのだ。

 

 

─────────

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───

 

 

 月曜日。小学生シーナさんが、まことを激昂させ。

 火曜日。中学生シーナさんが、まことを撃沈し。

 水曜日。シーナさんが元の年齢へと戻り──

 週の半ばからは、もう体育祭に向けた準備で学校全体が慌ただしくなっていた。

 

 そして土曜日。

 オメイラガが現れずに迎えた週末。体育祭当日は、晴天に恵まれ何事もなく終了したのだった。

 こうして平和な一週間が幕を閉じ、気付けば5月最後の日曜日。

 長らく延期となっていた案件。萬宮寿家へ再訪する時がやって来たのだ──

 

 

 「お迎えに上がりました。おや? そちらの女性は確か火鬼崎の……」

 

 「ん〜と、アタシはD坊の()()ってカンジ? ホントは、ハカセが来るって言ってたんだけどねー。女子高生と密会してたの奥さんにバレて、いま説教されてんの! ウケるっしょ?」

 

 「……護衛ですか。なにも()()()()のあなたが同行せずとも、当家がお客様に危害を加えるような事は──」

 

 「いーから、いーから! あ、これルパンの車じゃーん。見ててみ、D坊! よっと、石川 五ェ門のマネ〜」

 

 

 迎えに現れた女性は、ジーナ・九重(ここのえ)・ブーゲンビリアさん。前回と同様の車『フィアット500』での登場だ。その屋根の上で、JKが胡座をかいている。実に頼もしい存在だけど、そのまま発進すると道交法違反になってしまうので座席へ乗せてもらおう。

 ブーゲンビリアさんの渋る表情を気にも留めず、僕を後部座席へと押し込めるJK。そのまま彼女も僕の隣へと座り、陽気に車の発進を促している。スゴい。ギャルの押しの強さで、あのブーゲンビリアさんが圧倒されている。

 

 

 助手席を空にしたまま、車が走り出す。

 車内では、ブーゲンビリアさんが振ってくる意味深なセリフを、JKが別の話題で掻き消してくれる。運転をする彼女は笑顔を維持しているが、その内心は計り知れない。

 先程、彼女の口から語られた『精霊機巧(ジンノイド)』という単語。思えば、あれも腹を探る意図があったのだろう。情報を握っている事実を相手へ匂わせ、牽制していたのだ。以前、自分がされた事だから良く分かる。

 

 僕の印象では、ジンノイドという名称は割れているものの、JKが『変身スーツ』の役割まで兼ねている事実は知られていない雰囲気だ。まあ仮に、この場でなら秘密が露見しても問題はないのだろう。JKは認識阻害機能を応用する事で、人の頭から短期間の記憶を消去できるのだから。

 そう言えば、火鬼崎博士とシグマ博士はどこか似た技術を用いている。認識阻害、精霊の利用、ホログラム……もしかすると過去に共同研究をしていた時期があるのかもしれない──

 

 おっと、思考に耽っていたら萬宮寿家の敷地内へと入っていた。やけに早く感じるのは、前回よりも運転が荒々しかったせいだろう。

 まもなく、目的地の精霊研究所へ到着する。表向きは、民俗学の研究施設──環境保全を掲げる『オメガ(スリー)財団』の管理する施設となっている。

 

 財団の代表は、萬宮寿シグマ氏。本日、僕が面会する予定の人物である。

 

 

 

 

 「お待ちしておりましたわ、ディエゴ。さあ、ここからは(わたくし)が案内致しますわ!」

 

 

 車から降りると、研究所の入り口でシーナさんが直々に出迎えてくれた。

 

 彼女は元の年齢に戻っても、子供になっていた際の記憶が継続しているらしい。その為、依然として僕の事を『ディエゴ』と呼び、自身の事を『シーナ』と呼ぶよう求めてくる。

 どうやら呼称の件は、幼稚園児の頃に彼女と交わした約束が関係しているらしいのだが……困った事に、僕はまったく覚えていないのだ。幸いシーナさん自身も、最近まで忘れていた事実らしく咎められる事はなかった。とは言え、どこか寂しげな表情を見てしまった手前、思い出す努力は続けていくつもりだ。

 

 

 「それはそれとして……そちらの女性はどなたですの? 腕など組まれて、とても仲が宜しいのですのね! ですが、困りましたわね? 私は、そちらの方を招待した記憶がございませんの。一体、どういう事なのでしょう──うふふ、返答によってはディエゴを折檻せねばなりませんわ」

 

 「アタシは、D坊のダチって事でシクヨロ〜。そーだ! しいなチャン、ポケベル持ってる? 番号交換しよー……え? 持ってないの? デジマ!? あ、ちょ、D坊のうしろに隠れんなし!」

 

 

 JKの勢いに押されて、シーナさんが引いてくれた。折檻の危機は去ったようだ。

 背中にしがみ付くのはタカハシと一緒の反応だけど、相手がシーナさんなら悪い気はしない。折角だから、このままの状態で案内してもらおう。

 あ、バングルが震えている。この状況でロックを外せる訳ないだろう。気が散るし、煩悩封じをしてしまおうか? まったく、余計な機能を付けてくれたものだ!

 

 

 「D坊さー、あんまバングル外しちゃダメなん知ってるっしょ? ハカセが『若いうちでも、頻度を考えねばいかんぞ』って言ってたし! 『先人の知恵に頼らず、自分でオカズを用意するんじゃ』とも言ってた。んで、気持ちを萎えさせるために、変なワードでロックかけたんだって」

 

 確かにバングルを外したままでいると、思考が混在する危険性を教えられたけど……『若さ』と『頻度』? それと『惣菜』が一体、何と関係しているのだろう?

 まあ、腑に落ちない点はあるものの、結果として博士の思惑通りではある。あんな恥ずかしい詠唱は、人前ではとても無理だ。おかげでこの一週間は、折を見て浴室や寝室でこっそりとバングルを外す羽目となっている。

 

 「んもー、顔に似合わずD坊もエッチなんだからぁ! ま、ウチのワッくんには敵わないケドっ。てゆーか、火鬼崎家の男全員、D坊の3000倍エッチだかんね‼︎」

 

 「今の会話で、ディエゴの何処がエッ……変質的なのかは判りませんが。貴女は火鬼崎 (わっか)さんの身内の方でしたのね。彼のお姉さんですの?」

 

 「お、そこ聞いちゃうカンジ? んじゃまー、改めて自己紹介! ワッくんの『守護天使』兼『お世話ロボ』型番はJ−K4946P。でもま、気軽にJKって呼んでくれてオッケーだかんね!」

 

 

 JKの勢いに押されて、シーナさんが引いてしまった……。自称:守護天使と聞かされれば、確かに正気を疑ってしまう。

 彼女が「そ、そうですのね……」と引き笑いを返し、居た堪れない空気が場に漂う。

 それでも無情に進み続けるのが『動く歩道』なのだ。少し前から東京駅にも設置されている水平型エスカレーター。僕らの気まずさを無視し、足元だけが勝手に進んで行く。

 

 

 そして辿り着いた目的地で、僕らは衝撃の事実を知る事となる──

 

 

─────────

──────

───

 

 

 

 「──つまり、しいなと少年が融合する事を『統合精霊化(ディフュージョン)』と呼ぶんだゾイ。その際に得られる超常的な能力が、この先訪れる未曾有の危機を回避する為の最有力手段と言えるゾイ」

 

 

 シグマ博士が語った内容は、研究所の最奥に激震を走らせた。

 唐突に明かされた『未曾有の危機』とやらも大問題なのだが、さらに問題なのは僕らが融合するという件だ。これを聞き当事者である僕とシーナさん、そしてこの場で合流したA子とB子さんも、揃って言葉を失ったのだ。

 そんな中で──

 

 「はいは〜い、質問! D坊が『精霊回帰(ジン・バック)』なのは知ってっケドさ、しいなチャンは『巫女』なん? ウチのハカセの研究だと、人間と精霊の融合は巫女の適性が相当高くないと成功しないってカンジだけど?」

 

 JKだけが、素知らぬ顔で質問を返した。声色は呑気な物だが、内容は的確なのだろう。

 

 「ほう。エロジジイの造ったマシーンにしては、いい質問をするゾイ。お前さんが心配しとる、しいなの適性に関しては問題ないゾイ。この子は、稀代の資質を持っとる。萬宮寿の始祖オメガ様の再来と言っても過言ではないゾイ。ふむ……ついでに、少年との融合が最も理に適っとる理由も説明してやろう──」

 

 

 正直、シグマ博士の説明も難解過ぎて理解しきれないのだが……ようは僕とシーナさんが、()()という事が重要らしい。

 男と女。肉体と魂。右利きと左利き。春生まれと秋生まれ──などなど。

 陰と陽に分けられる様々な要素が、偶然にも真逆となっているそうだ。表裏一体の要素が融合する事で、内包する力が流転し続け、さらなる高みへ至るのだと言う。

 

 

 「その中でも、男女と言うのが肝要ゾイ。実は昨日、美衣としいなで『統合精霊化(ディフュージョン)』を試したものの、融合が安定せずに5分と保たず分離してしまったゾイ。まあ、その短い時間で、日本列島に滞留しとった雨雲を一時的に消し飛ばせた事は褒めてやるゾイ」

 

 

 急に褒められた二人が照れている。

 最近雨が続いているのに、体育祭当日だけ晴天に恵まれたのが、まさかシーナさん達のお陰だったとは。昨日、二人が疲れた様子だった事にも得心がいった。僕らが登校する前に大仕事を済ませ、そこで体力を使い果たしてしまったのだろう。

 僕も運営に回った為、競技には参加しなかったけれど、A子とまことが奮闘する事でC組の優勝で幕を閉じたのだった。

 

 

 「まー理屈は分かったケドさ。D坊的にはどうなんよ? しいなチャンと合体して、世界の危機を救っちゃう系? 別に無理しなくても、ウチのハカセだって色々考えて──」

 

 「エロジジイの話をするでない! それに、今の話は飽く迄『オペレーションα』ゾイ。この計画は儂のワイフにも不評だった……そこで新たに考え出したのが『オペレーションβ』! こちらが本命ゾイ‼︎」

 

 次善策があったのか。掛け値なしに世界の危機なのだから、有り難い話だ。

 僕も少しは肩の荷が降りた。萬宮寿イグナも、可愛い孫娘を男と融合させる事に抵抗があったのだろう。まあ僕としては、少し残念な気持ちもあるけれど……

 

 そんな事を思っていたら、シーナさんと目が合ってしまった。どうやらお互いに、安心と落胆が入り混じった表情をしていた様だ。B子さんが「仲良く同じ反応をしてる〜」と、からかい混じりで教えてくれた。

 そして照れ笑いする僕を、A子がジト目で睨んでくる。そんな、いつもと変わらない光景が繰り広げられる。

 

 今回、僕は悪の組織への参入を言い渡される覚悟で赴いたのだが、杞憂だったようだ。前回同様、オメイラガというワードは全く出てこない。JKの同席も大きいのだろう。だけど、もしかすると彼女らは──

 

 

 「『OPα』が力任せの強硬手段ならば、『OPβ』は的確に()()を突く作戦ゾイ。先程説明したように、未曾有の危機とは暴走した精霊によって巻き起こされる大災害ゾイ。ヤツは常に高速で回転しており、容易に近づく事すら敵わん」

 

 「んでんで、具体的にはナニすんの!? はやく教えてゾイよー、シグマっちー」

 

 「……無礼な奴ゾイ。今ので説明する気が失せた! 儂、帰る!」

 

 

 え? ヘソ曲げて帰っちゃった……。いや、丁度いい建前を見つけて話を切り上げたのか。

 どうやらシグマ博士は、僕に対して表の顔だけで接する気の様だ。

 先程の説明でも、人間との融合には触れたものの、動物との融合『合精霊化(コンフュージョン)』に関しては触れていなかった。オメイラガの怪人へと繋がる要素は、隠しておく腹積りなのだろう。

 

 もしオペレーションβとやらが失敗すれば、僕にお鉢が回ってくる。その時の為に、一般人の協力者へ事前説明を行った──というのが、今回の出来事。だけど、どこか違和感が拭えない……

 

 

 「ごめんなさい、ディエゴ。お祖父様は、たまに子供の様なワガママを言う方ですの。ですが安心なさって下さいまし。(わたくし)もオペレーションβに全力を尽くしますわ! まだ概要は不明ですが、やってやりましてよ‼︎」

 

 シーナさんの宣言で、この場は解散となった。最後のセリフは、どこか捨て鉢に感じたけれど……気のせいだろうか?

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「ご自宅まで、お送り致します。お客様方」

 

 

 研究所から出ると、案の定ブーゲンビリアさんが待ち構えていた。

 再び彼女の顔を見る事で、ずっと感じていた違和感の正体に漸く気付けた。

 

 この人は、僕とヒコボシの会話内容を知っている。ヒコボシは、オメイラガと萬宮寿家を同一視した上で僕に勧誘をかけてきた。ザコ戦闘員が萬宮寿家の敷地内で『洗脳』された事実すら、あの場で語っていたのだ。

 つまり第三者視点で考えれば。シグマ総帥が裏の顔を隠した所で、僕の中で既に描けてしまっている『萬宮寿家=オメイラガ』という図式が消えるわけではないのだ。シグマ総帥の行動は、JKが居た事で茶番を演じた可能性も有り得るが──ブーゲンビリアさんが、ヒコボシの件を正確に報告していないという線も考えられる。

 

 諜報に関わっているであろう彼女は、意図的に情報を秘匿している可能性が高い。彼女が知っていた『精霊機巧』の件を、シーナさんは全く知らなかったのだから。JKが自身を『守護天使 兼 お世話ロボ』と紹介した際は普通に引いていたし、シグマ博士がJKをマシーンと看破した時は驚愕の表情を浮かべていたのだから。

 

 

 「後部座席にお二人では手狭でしょう? この間のように、どうぞ助手席へお乗り下さいませ」

 

 「あー、へーきへーき。帰りはアタシが、D坊を送ってく事になってっから! 行こ?」

 

 「左様でございますか……では、(ワタクシ)は身を引きましょう。()()()()()は次の機会に。それまで首輪を無くさない事をお勧め致し──」

 

 なにか意味深な事を言っていたけれど、今は考えている余裕がない!

 僕はJKに抱えられ、高速で萬宮寿邸の敷地内を駆け抜けているのだから……‼︎

 景色を置き去りにして風を切る感覚は爽快なのだけど、一つだけ文句がある。

 

 どうして『お姫様抱っこ』なんだ!!

 

 

△△▼▼◁▶︎◁▶︎

 

 

 回想終了。

 

 改めて思い返してみたけれど、シグマ博士が世界の危機を救う姿勢でいる事は明らかだ。

 オペレーションβは推測するに、高速回転する精霊の動きを止める作戦。今回の現象を鑑みれば、『対象の時間を止める』特殊能力を用いる作戦なのだろう。

 そして、何らかの不具合が生じ──『世界の時間』が止まってしまった。そう考えると腑に落ちるが……何とも迷惑な話である。

 

 ただ、今回は作戦の試験段階だったのだろう。実際に危機が訪れると予測された時期は、もう少し先の話なのだから。まだ世間的にも『大型台風』が『接近するかもしれない』という認識でしかない。精霊が関わる以上、公にできない事情があるのだろう。僕もこの件に関して、善と悪の両博士から口止めされている。

 

 さてと、これ以上は考察するにも材料が足らない。

 ひとまず、動いている人間の捜索を優先しよう。

 特殊能力無効のワッカ。時間停止を引き起こした誰か。少なくとも、この二人だけは活動している筈。シーナさんに関しては、子供になった件もあるので何とも言えない所だ……。

 

 

 

 現在僕は、羽吹道場へ向かっている。先ほど立ち寄った火鬼崎家にワッカが居ない以上、次に居る可能性が高い場所だからだ。

 

 道すがら、停止している妹を発見した。うん、周囲に不審者は居ないな。できる事なら、家まで抱えていきたいのだが……この時間停止は、そういった事が不可能なのだ。

 

 姉さんも、妹も身体へ触れると硬い感触が返ってくる。さらに、身体を持ち上げる事も動かす事もできない。まるで空間に固定されているかの様だ。

 しかし、玄関のドアを開ける事はできたのだから生き物限定で固定されているのだろう……

 あれ? だけどコップへ注いだジュースと、その水滴も固定されていたんだ。うーん。ダメだ、考える程こんがらがってくる!

 

 ともかく、時間停止に関する詳しい理屈は解明できずとも、現状でワッカがやりそうな事くらいは推測できる。伊達に長い付き合いでは無いのだ。ワッカは僕の3000倍スケベ。だけど、この時間停止中に可能な変態行為など限られているのだから──

 

 十中八九で、まことのスカートの中を覗きに行く筈!

 

 

 

 そう思って道場へ来たのだけど……勘が外れた。

 僕の目の前には、飛び蹴りの姿勢で空中へ固定されたまこと。周囲には門下生も数人いるが、まことを含め全員『道着』姿だ。

 考えてみれば当たり前だった。まだ道場の稽古時間なのだから、当然スカートなんてはいていない。どうやら僕は、ワッカの思考をトレースし過ぎたあまり、考え方まで短慮になっていた様だ。

 

 こんな時、レイワさんが居てくれれば指摘があっただろうに……あ、バングルを家へ忘れてきたみたいだ。現状で僕自身が身に付ける必要は無いけれど、以前の様に怪人が暴走している場合は役に立つかもしれない。

 

 他に目星もないのだし、一度家へ帰ってみるか──

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「──ぐす……ディエゴっ。あなたまで止まっては……意味がありませんわ……っ」

 

 自宅へ戻ると、シーナさんが泣き崩れていた。僕の姉さんへ抱き付きながら、嗚咽を繰り返している。複雑な状況で、とても声をかけ辛い。

 だけど、泣いている彼女を放置する方が問題だ。

 

 「ディ、エゴ……? すると、此方は……理珠さんですの!? わ、私ったら、また間違えてしまいましたのね。ああ、でも良かっ──いえ、あなたのお姉様が固まっているのに不謹慎でしたわ。ごめんなさい……」

 

 こんな状況でも他人を気遣える精神性が彼女の魅力だ。子供になったシーナさんの成長過程を見て来た事で、それが良く理解できた。あと、ポンコツかわいい。

 幼い頃、彼女と交わした約束は未だに思い出せないけれど……もし、僕が想像する通りの内容だとすれば、時が止まったこの世界でなら──

 

 「ディエゴ! あなたも同じ想いですのね……私も、叶うことなら、このまま──」

 

 

 「しいな様。動いてる人間を見つけてきた。変態だった」

 

 「……ごべんなばい」

 

 ああもう! さっきまで漂っていた『ラブコメの波動』が掻き消えてしまった!

 突然やって来たA子。その彼女に引きずられた男……思わず『誰そ彼』と問いたくなるレベルで、顔面がボコボコに腫れ上がっているがワッカである。

 奇しくも、僕の家へクラスメイトが4人集まった。ミーア・クシロンでも、リングリットでも、合精霊でもなく。ただの高校生として、この場へと集合している。

 

 

 「コホン! お手柄でしてよ、詠。ですが、可哀想なので解放してさしあげて?」

 

 「でもコイツ、まことの足をなめてた変態。だから、こらしめた」

 

 「ご、誤解なんだ! 俺は、まことちゃんを助けようとして──」

 

 

 どうやら僕と入れ違いで、ワッカは羽吹道場へ訪れていた様だ。彼は、まことが空中で静止したままでは危険だと思い、床へ降ろそうとしたそうだ。

 だが、動かすことができず四苦八苦していると……なぜか、まことの足に口付けをする形になってしまい。慌てたワッカのジャケットが、まことの道着へと絡まり、抜け出せなくなった所へA子が現れた──と供述している。

 

 

 うん。100%の虚偽だ。そんなトラブルが起こるわけない。

 この世界はラブコメではなくて、ギャグアニメなのだから‼︎

 

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