平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
「はーい! 私の名前は『
2年C組の教壇に立ち、
流れる様な嘘をつく20代前半の女性──名津 いおん(仮名)
言うまでもなく、レイワさんである。
やはりワッカ達への言い訳は、僕が考えるべきだった。
流石に『姉』設定には無理があるだろう。既に苗字の段階で矛盾が生まれているのだから、アドリブにしても酷すぎる。
シーナさんとA子が、怪訝な面持ちになるのも当然だ。ここにいるメンバーは全員、僕の家族構成を知っているのだから。
ただ、ワッカに至っては驚愕の表情を浮かべており──
「お前のねーちゃんって、もう一人いたのか!? でも苗字が違うって事は……もう結婚してるんだな! それで『
「ど、独身です。苗字は、えーと……そうだ‼︎ D君のお父さんが、昔遊んでた女性との間にできた子供! それが私でーす。あとちなみに、爆発呪文の最上位は『イオグランデ』でーす」
そう言って、僕の姉を自称する女性が『イオ系統の呪文』を黒板に書いていく。令和の時代では、イオナズンよりも上の呪文が存在するのだろう。まあ、それは真実なのかもしれない。
だけど、僕の父があらぬ風評被害を受けているのだが……!?
あんな適当な嘘なのに、三人が信じてしまった。今や全ての『ヘイト』が、沖縄にいる父へと向かっている。特に父と直接面識のあったワッカとA子が、とどまる事を知らない。二人が怒涛の勢いで、次々と
やれ、女性と話している場面を目撃した。やれ、母さんと口論している場面を目撃したなど……どれも事実と相違ないので、僕も否定しづらい。レイワさんの髪色が僕らと同じ『茶髪』な事もあり、もはや血の繋がりを疑う者は誰も居ない状態だ。
「あの人は豪快だもんなー。お前がコッチの中学に来れなかったのも、そのせいだし」
「そう。諸悪の根源」
「許せませんわ! ディエゴも、さぞ苦労した事でしょう……!」
いつの間にか、僕も被害者になっていた。二人の物言いに同調し、シーナさんまで父に怒りを向けている。仕方ない、僕ですら納得してしまう程の説得力なのだから。
それもこれも、父の日頃の行いが悪いせいだ。李下の冠。疑わしい真似はしないに限る。
とは言え、嘘は嘘。
人の話を信じ易いと危惧された僕だけど、この三人も大概だろう。
絶妙なタイミングで、シーナさんが現れたあの時。
彼女は、レイワさんに抱擁された僕の姿を目にして、ハニートラップだと勘違いした。レイワさんが『
そして、敵対組織の一員と疑われたレイワさんが咄嗟に弁明した内容が──
『抱擁ではなく、僕の
だが、そんな無理のある言い訳をシーナさんはあっさりと信じてしまった……僕よりも余程『純粋』なのではないかと、少し心配になる。
うん。逆に考えれば、僕もそれほど周囲と大差がないのかも知れない。きっと、レイワさんは過保護なのだろう。大人の視点で見れば、僕らはみな『純粋な子供』に映るという事だ。
そんな大人の女性は、今も黒板に各種の『呪文系統』を書き続けている。
メラガイアー、ギラグレイド……僕の知らない最上位呪文が多いな。どこかのタイミングでインフレが起きたのだと推測できる。
でも、バギムーチョという呪文名は本当だろうか? スナック菓子みたいな響きだけど──
「はーい、注目ぅ。あ、黒板の呪文はヒマ潰しで書いただけなので、注目しないで下さーい。見て欲しいのは、こちらの『ペットボトル』! いいですかー? 中に入った水を、こうやって……バッシャーンとっ!」
レイワさんがペットボトルの蓋を開け、勢いよく振り上げる。
すると中身の水が飛び出し、空中で弧を描いたのち──静止した。
僕らの周辺にも、いくつかの水滴が球体状のまま浮かんでいる。レイワさんに促され、ワッカがそれらに触れてみたが……空間に固定されている為、動かす事は不可能な様だ。
「だけどさ、時間停止してるんだから当たり前だろ? 今さら、これがなんだって言うんだ?」
「おー! 期待通りのリアクション。それじゃあ、アシスタントのD君。今起こった『矛盾』を、みんなに解りやすく説明してあげて」
ああ、そういう方針なのか。教育番組のノリで行けばいいんだろう?
それでは、今起きた矛盾に付いて説明しよう。
ペットボトルの水が、外へ飛び出した直後に固定されたけども……それが異常なんだ。
時間が停止しているのなら、水はボトル内に固定されたままの筈。
さらに言えば、ボトル自体も元の場所から動かす事ができないんじゃないかな?
だから、現在の状況を『時間停止』と呼ぶには矛盾が多過ぎるんだ。
法則が曖昧で、時間の概念もよく解らない。そんな不思議が罷り通る世界。
つまり、この現象の正体は──
「そう、皆さんは『夢』の中にいるのです! 夢だから法則性も適当。ドアも開くし、車も動く。チョークで黒板に文字だって書ける。でも、水は空中で固定されるし、黒板の文字だって……ほら、擦っても消えないでしょう?」
「言われてみれば、確かに曖昧ですわね。蛇口をひねれば、普通に水が流れましたし」
「電気が点くのもヘン。地下の発電機も止まってたから」
「そう言えば、俺もボコボコにされたけど……そこまで痛く無かった! 夢だからか!」
水道を例に出したシーナさん。電流を例に出したA子。二人は矛盾に気付けたようだ。
ワッカは、うん。痛みがある時点で、定番の『ほっぺたつねり』では現実判定なのだけど……本人が納得しているので黙っておこう。
全員の認識が一致した所で、ようやく次の段階へと話が移りそうだ。
僕も先程は聞きそびれてしまったけど、レイワさんはこの現象を簡単に解決できると言っていた。原作では、ワッカとシーナさんの目が覚めて物語のオチとなるそうだけど、果たしてどの様な方法で──
「うーん……全員が『夢』だと認識できても目が覚めないかぁ。
明晰夢というのは、夢を夢だと認識できる状態を指す。
自身の夢の中だと自覚できれば、イメージしたままの内容を見る事も可能だ。だが、これが中々上手く行かない。僕も、疲労が溜まった時に何度か明晰夢を経験しているが……願望を詳細にイメージすると、思考がクリアになって目が覚めてしまうのだ。
なので未だに、タケコプターで空を飛ぶ夢は叶っていない。惜しい所まで行っても、これからという場面で必ず目が覚める! まったく、これだから夢というヤツは──あ‼︎
そうか、正攻法のプランB。原作と同じく、
夢という現象は、脳の働きによる物だ。未だに謎の部分も多いが、『記憶』や『心』と深い関係があるとされている。パーソナルな部分が夢に影響を与えると言ってもいい。
だからこそ、経験に無い事を夢の中で『体験』するのは難しい。構築する為のデータ不足だ。僕がタケコプターを使えないのも、現実で空を自由に飛んだ経験が無いからである。
そして、経験が無い事を行おうとすればエラーが起こる。参照する情報が存在しないのに、延々とCPUが作業を続ける様な状態。処理が重くなり、アプリケーションは停止してしまう。
つまり、脳が覚醒し夢が終わるという事だ。
今回の現象は、レイワさん曰く夢を見ているのは『世界』との事。
しかし、世界へ夢を
言うなれば、自身の夢を世界へ共有しているような状態──
「あーっ!? 俺、とんでもない事をしたかも知れない!? さっき、お前らを探してる時にトイレの中も確認したんだけどさっ! 寄ったついでに、いつものクセで用を足して……」
「……っ!?」
人が真面目に考察しているのに、大声を出さないでくれ。
別にワッカの夢じゃないのだから、現実に戻った時に『おねしょ』してるなんて事には……ん? どうして、シーナさんまで慌てているのだろう?
あっ!? さっき、彼女は水道の蛇口を確認したと言っていた! おそらく、手を洗う機会があったんだ。つまりは……
「しいな様、だいじょうぶ。この前みたいに『おねしょ』しても、ワタシがどうにかする」
「そ、それは子供になっていた時のお話でしょう!?」
「あの時は、ワタシが
A子の『身代わり』発言で、さらに混乱するシーナさん。
なるほど、A子が小学生シーナさんに対して当たりが強かった理由が判った。文字通りの『濡れ衣』を着せられていたのだ。まあ、今は自分から濡れ衣を纏うと宣言しているけど。
しかし、仮にもメイドなのだから、他の方法でサポートできるだろう。シーツをこっそり洗うとか、掃除で水をこぼした事にするとか──
「無理だよD君。A子ちゃんは『家事できないメイド』だもん」
「そう。あね
「〜〜ッ‼︎ もうヤダー! ですわー! ですわー! ですわー!」
あ、シーナさんに限界が訪れた。萬宮寿流の精神統一で一度は耐えたものの、A子に『おねしょ』と連呼され、羞恥心と罪悪感が爆発したのだろう。
そんな状態でワッカを目撃すれば、悲鳴を上げるのも当然だ。
なぜなら、彼は無言でサムズアップをしていたのだから。ワッカから『おねしょ仲間』に認定されてしまったシーナさんは、顔を赤らめ脱兎の如く逃げ出してしまった。
彼女の悲鳴だけが、廊下に
図書室。
ようやく、シーナさんを見つける事ができた。
彼女は何やら本を読んでいるので、声を掛けづらい状況なのだが──
レイワさんからは、このまま夢を終わらせてしまえと発破を掛けられている。
ちなみに彼女は、今も2年C組の教室で講義中だ。ワッカとA子に『デリカシー』を覚えさせるのだと張り切っていた。まあ、遊び半分なのだろう。
彼女は「どうせ夢なんだし、目が覚めたら忘れてる可能性が高い」と言っていたのだから。
──「そんな訳で! 気兼ねなく、しいなちゃんに『告白』しても大丈夫。ついでに『キス』もね! うーん、でも
原作と違い高校生。僕はこの情報を再度聞かされる事で、安心してしまった。
小学五年生の火鬼崎
うん。やっぱりレイワさんは意地悪だ。僕は当初、高校生の彼らが
レイワさんめ。『曇らせ』は趣味じゃないと言っていたクセに! 僕はまんまと引っかかり、彼女を『愉悦』させてしまった。これでは『無自覚ドSショタ』の名折れだ……いや僕は『ドS』でも『ショタ』でも無いけど‼︎
「……ディエゴ? 迎えに来てくれましたのね。先程は、取り乱してしまい申し訳ありませんでしたわ。もう落ち着きましたので、一緒に教室へ──あら、何か調べ物が御座いますの? それでしたら、
シーナさんに見つかり、つい誤魔化してしまった。だけど、丁度いい機会かもしれない。
笛壱高校の蔵書量は、市内随一を誇る。去年、近所にあった図書館が老朽化の為に閉鎖され、大量の図書がこの場へとやってきたのだ。これだけの数があれば、おそらくこの辺りに──
「怪異譚をお探しですの? あちらにあるのは、詠の『
そう。B子さんは西欧由来なので、そちらの神話に関する書籍を調べれば載っているだろう。
だが僕のケースならば、日本の怪異譚に含まれている筈。
あった──『コロポックルの謎』
よし! 本は動かせるし、ページもめくれる。
「私も見つけましたわ! こちらの題名も『キジムナー奇譚』という、そのままの物ですわね」
コロポックルとキジムナー。
北海道の精霊と沖縄の精霊。
母さんの先祖と、父の先祖。
ルーツを調べるには、本が二冊必要となる。
僕は世にも珍しい、『混血』の
──コロポックル
北海道、アイヌの伝承にて登場する小人の名称。
アイヌ語でコロポックルとは『
蕗という植物は、関東などでは60cm程度のものが一般的な高さである。その為、コロポックルは人間の手の平サイズというイメージで世に広く知られている。
しかし、実際には言うほど小さくはない。そもそもの基準となる蕗が、北海道に自生する『ラワン蕗』という種だからだ。ちなみにこの蕗は、2mクラスにまで伸びる。それだけの高さがあれば、大抵の人は蕗よりも背が低いだろう。つまりコロポックルの体躯も、小柄ではあるが人間と大差ないのだ。
伝承では『すばやく動ける』『漁が得意』『姿を見せる事を嫌う』『土器を作る』などと言った特徴が語られている……なんともパッとしない印象の精霊だ。
だが、一つだけ特殊能力が存在する。それが『水を枯らす』チカラだ。呪詛を吐き、大地に
この事から、オメガIII財団の研究では『
──キジムナー
沖縄県、琉球の伝説として語り継がれる樹木の精霊。
その姿は、赤髪の子供。人と交流する事に躊躇せず、人家に居着く事さえあるという。
また、悪戯好きな一面もある。夜道を歩く人から灯りを奪ったり、狭い場所へ人間を閉じ込めたりと……まるでサディストの様な精霊だ。
樹木に宿る精霊ゆえ、木を傷付けた者に対して容赦なく『祟り』を起こす恐ろしい一面もある。
その為、様々な特殊能力を用いて人を祟った記述が多く残されている。
『水上を歩いて』海を渡る船を転覆させたり、家畜を全滅させたり、死を予兆する『鬼火』を出したりと、実にバリーション豊かである。
オメガIII財団では、木でありながら火を操る特殊な『
ふぅ、何か新しい発見があるかもと期待したけど……研究所で聞いた内容以上のものは見当たらなかったな。
「あら、お目当ての情報は御座いませんでしたの? ふふっ、詠もそうやって文献を漁っておりましたわ。
図星を突かれた……まさかA子も似たような事をしていたなんて。
言われてみれば、白銀童子もキジムナーも『座敷わらし』と類似した要素が含まれている精霊だ。どちらも、人家に住み着く『子供』の姿をした
『子供』という概念が前提に語り継がれる以上、高身長のイメージは湧きづらい。精霊という存在は、人の思念と結び付く事で実体を得る。人間が『子供の精霊』と認識している限り、それらは『子供』のままなのだ。
つまり、僕やA子が周囲から幼く見られる原因も
僕の身長はシーナさんと同じ158cm。高身長ではないが、言うほど小さくもない。だが、周囲の人からはまるで小学生の様に扱われる事が多々ある。シーナさんの隣に並んでも、僕の方が小さいとまで言われる始末。精霊の特徴が、周囲への印象に影響を与えているのだ。
以前、レイワさんが冗談で言っていた『キャラデザの関係で、実際より背が低く描かれている』というのは正鵠を射た表現だった……。
「私はあなたの身長を正しく認識できていましてよ? 目線の高さも同じですし。そうですわ! 私と同じ景色を見ていると思えば、そう悪くもないでしょう? ないですわよね?」
そ、それは確かに嬉しいけれど!
シーナさんの身長は、これから伸びる可能性だってある。
「これまでの成長を考えれば、伸びたとしても数センチ。その程度、誤差の範囲でしてよ。それに元々、幼稚園児の頃は私の方が背が高かったでしょう? ふふっ、こうして図書室におりますとあの頃を思い出しますわね! 思い出の図書館は閉鎖しましたけれど、並んでいる本は同じなんですのよ。ほら、あの時の本も──」
シーナさんが、遠い日の思い出を語りだす。
しかし、どれも僕には心当たりがない。
当時の僕は、道場で学ぶ事で手一杯だった。図書館に足を運んだ記憶なんて……
「これですわ、『世界の人名辞典』! 私が名前の事で悩んでいるのを、あなたが見事に解決してくれましたわね──」
しいなという名前は、日本語で『
秕とは、皮だけで中身が入っていない果実を表す言葉。人名に使うには、マイナスイメージが強い言葉とも捉えられる。幼い日のしいなさんも、その事を指摘され悩んでいたそうだ。
そんな時、図書館で偶然
その少年は、萬宮寿流の道場でも目にした事がある同年代の子供。自身と同じく、本来ならば図書館を利用するには幼すぎる子供。だが、
「あの時は、読書の邪魔になる事も考えず、声をかけてしまい申し訳ありませんでしたわ。けれど、あなたは優しく対応してくれましたわね。思えば、会話をするのも初めてでしたのに……私の悩みまで聞いて頂き──」
名前の悩みを知った少年は、世界の人名辞典から『シーナ』という記述を見つけだした。
アイルランドに由来する名前で、英語圏の『ジェーン』やフランスの『ジャンヌ』と起源を同じくする名前。ヘブライ語で──『神は恵み深い』という意味を持つそうだ。
その意味は『秕』と比べれば天と地の差。まったく、見事な解決方法だ。
重たい辞典の中から、たった一つの希望となる情報を捜し出すなんて、幼稚園児にしては出来過ぎだろう……いや、正確には
「あなたは道場を抜け出して図書館へ来ておりましたから、お祖母様にお叱りを受けると思っていたのでしょう? ずっと初対面のフリをするものですから、当時の私でも簡単に思い至りましたわ。それに、丁度いい機会でしたので──」
当時のしいなさんは、道場へ通っていた僕の名前を知らなかった。
だから図書館の少年に、こう尋ねたそうだ──
いつも道場で頑張っている男の子の名前を教えて欲しい。
どうせなら、自分と同じく人名辞典になぞらえて。
そうして辞典から見つけ出した名前が……『ディエゴ』
名前の起源を辿ると、旧約聖書の預言者ヤコブへ行き着くそうだ。何とも恐れ多い名前を
「ディエゴと図書館でお会いした機会は一度きりでしたが、あれからも道場では何度かお会いしましたわよね? ふふ、照れ屋さんのあなたは図書館での事を知らないと仰ってましたが……私は、ディエゴにとても感謝しておりますのよ。萬宮寿の道場を去ってしまったあなたと、いつか再会できる日をずっと夢見ておりましたの」
その再会は、果たされている。
しいなさんは気付いていないが、スキー場で姉さんは彼女に対し「久しぶり」と挨拶していたのだから。子供の頃から、姉さんは聡明な人だった。道場で鍛える事に邁進していた僕と違って、図書館で本を読み耽る事を趣味としていた。普段からロボットを創ると豪語している影には、確かな研鑽があるのだ。
つまり、しいなさんの恩人である『ディエゴ』は僕ではなく姉さん──
この夢を終わらせるため、僕は彼女へ『告白』をするつもりだったが……どうやら、別の意味での告白になりそうだ。
僕はディエゴでもなければ、木嶋姓でもないのだから。
「何を仰ってますの? 確かに、今のあなたはお母様の姓ですけれど……ああ、
まことの話題へと移行し、打ち明ける機会を逸してしまった……。しいなさんが興奮してる状態で話す内容でも無い、今は聞き手に回るのが最善だろう。
しかし、今回のケースは僕にも遠因がありそうだ。僕も中学へ進学する際、まこととは色々あった。きっと僕への怒りが原因で、しいなさんを勘違いさせる様な言い回しをしたのだろう。
父方の姓である木嶋。今も姉さんと妹は、こちらの姓を名乗っている。きじま……きじむな……キジムナー。母方と同様に、こちらも精霊の名残がある姓だ。
しいなさんは、木嶋姓の少年について質問し──まことは『そんな人、どこにも居ない』と答えたそうだ。その返答に納得が行かず、しいなさんが食い下がるも……答えは変わらなかった。彼女らの仲はより険悪となり、僕に関する事も自然と『
多感な時期に悩みを抱えた彼女は、ディエゴを『イマジナリーフレンド』の類いだったと思い込む事で精神の均衡を保っていたそうだ。この事実を聞き、僕もようやく合点がいった。
例の呪詛返しで、子供に戻っていた彼女。
その変遷で感じた違和感の正体が──
中学生にまで成長
おそらく、彼女の自信を支える根幹となる存在を『幻想』と思い込んでいたせいだろう。僕への依存度合いが強かった事にも納得できる。何度となく、実体を持った存在かどうか触って確認されたのだから。
そんな彼女に対して、まことは何か言いたげな顔をしていた。あれは、かつての罪悪感を思い出していたのかも知れない。
しかし、しいなさんから『小学生状態の時に生意気な事を言ってごめんなさい』と、しおらしく頭を下げられてしまえば、もはや撃沈する以外に道は無かったのだ。まことの情緒は粉々に砕け散ってしまい、二度目となる『甘やかしモード』へと移行したのだった──
「あ、あの時の事は忘れて下さいまし! まことを『お姉ちゃん』などと呼んだ事実は、永久に封印したい記憶ですわ……そう言えば、あなたのお姉さん──いえ、理珠さんではなく、いおんさんですわ。あの方は、どうして今回の件に詳しいのでしょう? もしや、民俗学を研究していらっしゃるのかしら? 私も、あの方のお話を聞いて思い当たる節が御座いまして──」
なるほど。彼女が図書室に居た理由はそれか。
レイワさんの話を聞いて、アボリジニと夢に関する事柄に思い至ったのだろう。しいなさんは、幼い頃から図書館へ通っていただけあって博識である。以前に読んだ内容を確認するため、この場へとやってきたのだ。思えば、初めに彼女が読んでいた本も民俗学の書籍だった。
僕にも分かるように、そこに記載されていた内容を彼女が要約してくれた。
付け焼き刃の知識しかないレイワさんと違い、実に分かり易い解説だ。
「ドリーミングという考えは、『共通の夢』とも解釈できますわね。過去・現代・未来に関わらず、どこかに存在する誰か……あるいは動物や物の可能性までありますけれど、それらに宿った魂が、時間の概念を無視して『同じ夢』を見ているといったイメージですわ。例えるなら──私は奈良時代の野に咲く花かもしれませんし、近未来のロボットかもしれませんし、現代を生きているノラ猫という可能性もありますわね。つまり『夢』を共有している存在は、全て『私』と同一。そういった哲学的な思想ですわ」
成程。時間に捉われない『輪廻転生』といったイメージだ。
僕が生きている今も、僕と同じ魂を持った存在がどこかで生きているかもしれない。
まるで胡蝶の夢だ。
万物の全てが、いつかどこかの自分あるいは知人かもしれない。そう思えば、どんなものでも無碍に扱う事が憚られる。感謝と敬意を忘れずに、日々を生きる上での人生哲学。その考えで形成された社会があるのならば、理想型の一つと言えるかもしれない──
「ですが、理想は理想ですわ。土地柄ゆえ農耕や放牧を行えず、狩猟採集で生活をしたアボリジニだからこそ生まれた思想ですわね。自然の摂理から逸脱しない社会でのみ通じる『夢』ですのよ……」
夢。そう語った彼女の顔は、どこか寂しげな印象を僕へと与えた。
そろそろ、
引き伸ばした所で、僕が姉さんになれないのと同じく、夢が現実になる訳でもないのだから。
僕には彼女の
「ディエゴ? どうして、そんな哀しそうな
戸惑う彼女へ、幼い日の真実を伝えた──
世界は白み始め、次第に音も小さくなってゆく。
目の前にいる彼女の輪郭も、もはや薄れて良く判らない。
覚醒の時が、もうそこまで来ているのだ。
だけど、夢が終わる直前。彼女は確かに──
「でぃ君!? いつ帰って来たの……っ‼︎」
気が付けば、僕は姉さんに抱きしめられていた。姉を自称したレイワさんと違い、本物の姉は力強く僕を抱きしめてくる……ああ、良かった。夢での一件を、しっかりと記憶できている様だ。
夢を終わらせる方法は当初の予定と変わってしまったが、無事に解決する事はできた。
しいなさんの許容を超える情報ならば、極論なんでも良かったのだろう。真実は時に残酷かもしれないが、知らずに過ごすよりは良い筈だ。
彼女が幼い日に憧憬を抱いた相手は、実は女の子だった──それが真実。
レイワさんに教わっているので、僕とて『百合の間に挟まる男』になる気はない。
しかし、複雑な心境ではある……
「もうっ!
やはり僕は子供なんだろう。涙を流し、僕を心配する姉さんに対し『嫉妬』の感情を抱くなんて、どうかしている。今は感謝する場面だ。いや、謝罪が先だろうか? まいったな……自分の感情さえ良く判らなくなってしまった。
「お兄ぃ……? 帰って来たの!? うぅ……ばかーっ‼︎」
「──理奈を安心させてあげて。この子は、自分が冷たくしたせいで、でぃ君が家出したと思ってるの。ワッカ君達も一緒に行方不明だから、そんな事ないって言ってるのに……」
現在の時刻は、6月9日の朝7時を過ぎた所。
道理で外が明るい筈だ。金曜の夜から数えて108時間が経過している。
呪詛返しと同様の時間、僕らは夢の世界で過ごしていた計算となる。
姉さんの主観では、僕が『神隠し』に遭ったかの如く、突然目の前から消えてしまったらしい。そんな怖い思いを経験したからか、一向に離してくれないので少し困っている現状だ。
誤解を解いたら妹まで抱きついて来てしまい、もはや身動きが取れない。だけど、今は心地いい圧迫感かもしれない。現実に戻って来たのだと実感できる。
とは言え、平日の朝だ。
学校を三日も休んでいるのだし、そろそろ登校の準備をしなければ──
「今日は祝日だよ。ニュースでも、6月にある異例の祝日って言ってるでしょ? 全国的には6月って祝日が無いからねー。あはは、ウチの県は別だけどね!」
「お姉ぇの『県民の日』自慢は聞き飽きたよー。でも、今年は二回も祝日があるから、りなも何だか得した気分!」
そうか……今年は特別な年だった。
私立とはいえ、公立の流れが残っている笛壱高校も休校日。ありがたく祝日を謳歌できるという訳だ。
焦る必要が無いと判った途端に、どっと疲れが出てきたな。喉も乾いているし、お腹も空いてきた。トイレは……もう少し我慢できそうだ。しいなさんも
「あ、お腹空いてる? 私が何か作って来るから、理奈はしっかりと抱きしめておいてね」
「まかせて! それじゃ、ご飯ができるまで先週の『ドラえもん』でも見よっか。りながリモコンを操作してあげるね。お兄ぃは、アニメを見てニコニコしてるだけでいいから! そうだ、ジュースも飲ませてあげる。はい、ストローでチューチューしてね?」
僕は子供か! いや、確かに自分の子供加減を再認識した所ではあるけども!
妹から幼児のように扱われる程、子供じゃない。もちろんジュースは飲むし、ドラえもんも観るけれど、僕は高校生なんだ……!
「知ってるよー。
あ──
最近、妹が冷たかった原因はソレだったのか。
丁度バングルが震えている。いつの間にか、手首に戻っていたようだ。
レイワさんと話したい事は山ほどあるけど……
この状況で『詠唱』できる程、僕はお年頃じゃない‼︎
この物語はフィクションです。
作中で触れたドリーミングに関する内容は、作者の独自解釈であり、
実際のアボリジニが持つ思想とは、大きくかけ離れている可能性が高いです。
ですが、それは言語の壁による解釈の限界が理由で、
元の思想を貶める意図は一切ないという事を、ご了承ください。
光速真芯リングリットX
「静止した世界 しいなとワッカ 夢の共同戦線!」の巻