平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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四章
#14 B子


 B子さんこと、山丹(ひめゆり) 美衣(みい)さん。

 彼女との出会いはそれ程昔ではなく、去年の秋口となる。

 

 文化祭の打ち合わせと称して、僕の家へ大勢のギャルがやって来たあの日。

 姉さんの友人の中で唯一、()()()()()を持つ彼女だけが文字通り異彩を放っていた。

 僕が軽く挨拶したのに対し、上品な会釈と柔和な微笑みを返した彼女。当時の印象は、物静かで物腰の柔らかい異国令嬢。かしましい部屋の中で、無口な彼女だけが輝いて見えた。

 

 彼女の声を初めて聞いたのは、その数日後の事だった。

 

 

 文化祭の二日目。前日に好評だったという劇を鑑賞する為、僕はワッカ達と体育館へ来ていた。

 演目は『ゲゲゲの鬼太郎』、僕らの世代に馴染み深いアニメ3期を基にした劇。主演を務めるのは木嶋(きじま) 理珠(りず)──僕の姉さんだ。驚いた事にB子さんは『ぬりかべ』役だった。

 見た目のインパクトこそ凄いが、セリフはない。『出オチ』の役割を与えられたキャラクター。本来の筋書きでは、そうだったらしい。

 

 だが予期せぬ問題が起こり、ぬりかべの役割は大きく変化してしまった。

 

 

 トラブルの原因は、姉さんが自作した『リモコン下駄』

 これは僕が子供の頃に遊んでいたラジコンを流用したもので、文化祭の初日は問題なく舞台を飛び回っていたらしい。しかし、最後の最後で不具合が発生してしまった。リハーサルも含め、連日の稼働で無理が祟ったのだろう。

 舞台も山場となる戦闘シーン。制御不能となったリモコン下駄が『鬼太郎』目掛けて直進してくる。あわや大惨事という場面で、文字通りの()()となった人こそ──

 

 「ぬ・り・か・べ〜!」

 

 それが、初めて聞いたB子さんの声だった。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 鬼太郎のピンチを救ったぬりかべ。

 しかし、その身体は真っ二つに裂けてしまう。うん、ベニヤ板なので仕方ない。

 観客はどよめき、舞台の継続は困難かと思われたが──ぬりかべの中から現れた金髪の女子高生は動じる事なく演技を続ける。

 

 「わたしは、呪いで『ぬりかべ』にされていたB子! 鬼太郎の愛で、人間に戻れたわ〜!」

 

 彼女のセリフに、客席も舞台も一瞬にして静まり返る。誰もが皆『その設定には無理がある!』と感じたからである。そんな中で、唯一アドリブに付き合ったのが姉さんだ。B子さんの手を取り、二人で敵役の妖怪と闘い出してしまった。

 

 そこからは筋書きのないドラマが繰り広げられる。アドリブの応酬。もはや即興劇だった。

 

 

 最終的に、鬼太郎とB子さんが種族を超え結ばれるというエンディングへ辿りつき、舞台は幕を閉じる。猫娘も、ヒロインであるユメコちゃんも置いてけぼりにした『超展開』

 まさかの、ぬりかべルートである。

 

 令和では鬼太郎がアニメ6期まであるらしいけれど、流石にこんな展開は存在しないだろう。わざわざ『ぬりかべ』を人間の女性にしなくても、3期ではレギュラーキャラに『ユメコちゃん』という人間の少女が居るのだから。

 ちなみに6期でも、人間の少女がヒロインとして登場するらしい。おまけに、作中でずっと謎だった『水木という青年』が活躍する劇場版まであると言う。

 

 

 時を越え、長く語り継がれる作品。

 それらは時代と共に解釈を変え、人々に馴染まれるようリメイクされ続ける。旧約を踏まえて新約が生まれるなんて、その在り方はまるで『神話』と同じではないか。

 

 

 今まさに、僕を見つめ返している碧眼──この瞳もとある神話に由来している。

 普段は糸目キャラのB子さん。欧州の血を引く彼女は金髪であり、実は碧眼でもあったのだ。

 こんな機会でもなければ、綺麗な(みどり)色の瞳はじっくりと拝めなかっただろう。

 

 『千里眼』

 まさか、こんなにも厄介な代物だったとは……B子さんが常に瞼を閉じていたのも納得だ。

 だけどその原因までは、納得できない。当事者からすれば、あまりにも理不尽な理由。

 

 彼女の苦労は、『物語』が時の流れによって変質した結果なのだから──

 

 

 

▲▲▽▽◀︎▷◀︎▷

 

 

 

 西欧の神話に登場する『ケハク』または『ケーハクー』という名で呼ばれる精霊の少女。

 B子さんの先祖であるその精霊は、子供向けの図書にも記されている。

 

 

〜 ケーハクーと虹のゆみ 〜

 

 むかしむかし、空を飛ぶ事が大好きな少女がいた。

 昼は雲の流れを間近で見るために、夜は星の輝きをより近くで感じるために。

 少女ケーハクーは、いつも楽しそうに大きな翼を羽ばたかせ空を舞う。

 

 しかし、雨の女神が悲しみの涙を流す時だけは憂鬱だった。

 羽が濡れて飛べなくなってしまうからだ。

 

 なぜ女神は涙を流すのか。

 そう疑問に思ったケーハクーは、雨の女神の元へとやって来た。

 

 そして、少女は『虹の弓』を与えられる。

 

 「わたしの涙は止められないでしょう。だからあなたは、天に向かって虹の矢を射なさい。」

 

 これ以降、少女の羽が濡れる事はなかった。

 少女が矢を射ると『虹の屋根』が現れ、空から溢れる涙を遮ってくれたからだ。

 

 虹を生み出す少女ケーハクー。彼女は今も空を自由に飛び回っている──

 

出典:Y書房『虹のおはなし』より

 

 これが神話の大元となる。このままならば、B子さんの苦労も少なかっただろう。

 けれど時代が進み新たな解釈が生まれた。それが現代において主流となっている物語。

 雨の女神の神話と融合し、ケハクにまで悲劇が追加された物語である。

 

 

 

〜 天弓を射るケハク 〜

 

 一番偉い神様には、4人の妻がいる。

 大地の女神、炎の女神、風の女神。そして、雨の女神。偉い神様は、7日の間にそれぞれの女神へ愛を贈る。大地、炎、風の女神が二度も愛を受け取る中で、雨の女神だけは一度しかその機会が訪れない。

 悲しみに暮れる女神は涙を溢し(中略)少女へ虹の弓を与えたのだった。少女の生み出す虹により、大地に生きる人々も洪水を気にせず暮らせるようになった。

 

 だがその虹は、神の世界と人の世界を繋げるものでもあった。

 

 虹を渡り、多くの人間が神の地へと訪れてしまったのだ。それを煩わしく思った一番偉い神様は少女ケハクに虹を出すのをやめるよう命じた。

 対してケハクは、雨の女神が涙を流さなければ自分も虹は出さない。女神が悲しまないよう、神様がきちんと愛を注げばいいと返した。

 

 逆上した神様は、ケハクから翼を取り上げてしまった。これで濡れる心配が無くなっただろう。そう言い放つ神様に、少女は泣いて懇願する。

 

 「これでは、大好きな星も、雲も、近くで見る事ができません。どうか、翼を返して下さい」

 

 そう嘆く姿に神様は悩み、代わりに『遠くを見られる目』を与えたのだった。

 神様が去ったのち、ケハクが空を見上げると……あまりの眩しさに目を開く事ができなかった。瞼を閉じても、瞳を刺すような光が襲ってくる。

 神様が与えた目は、あらゆる物を見通せる『千里眼』

 それはケハクにとって望まぬ形の祝福だった。

 

 眩しい太陽の下にいられなくなった少女は、暗い海の底で暮らすようになる。

 月の女神が眠る新月の夜。ケハクは大好きな星を見る為に、海面から顔を出すという──

 

出典:Y書房『現代訳 西欧神話編纂史料集』より

 

 

 翼を失い海で暮らしたという点から、近年ではセイレーンと混同される事まであるケハク。

 時代の移り変わりで物語が変質するのは世の常だけど、悲劇を追加されるのは神話ならではだろう。もう少しハッピーエンドを意識してもらいたい所だ。

 

 

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───

 

 

 「ふふっ、神話って勝手でしょ〜? ケハクの話は、そこからさらに『人魚姫』の物語とも同一視される部分があるのー。えーと、確かこの辺りの棚に──あった〜! はい、弟くん」

 

 B子さんが差し出してくれた絵本の内容はこうだ。

 海での孤独が嫌になったケハクは、再び地上へとやって来た。目を瞑ったまま昏い森を彷徨い歩き、やがて一人の男性と出会う。その人物はどこかの国の王子で、なんやかんやあって、最終的にケハクは泡となって消えたのでした。おしまい。

 結局は、ケハクと王子は結ばれる事が無かったという悲劇の物語。

 だけどそれは……

 

 「そう。わたしが居るのだから、きちんと結ばれてるのよ〜。うふふ、ご先祖さまの相手が本当に王子様かは判らないけど……泡になっていないのは確かだと思うわ〜。絵本の内容は、精霊泡沫(ジン・フィズ)現象と混ざっちゃったのかも」

 

 精霊泡沫現象。それは、神隠しとされるモノの正体でもある。

 僕も他人事ではない。なにせ昨日まで、世間的には神隠しに遭っていたのだから。今だって、その時の勉強の遅れを補っていた所だ。

 

 夢の世界へ迷い込んだ僕ら──僕とワッカとA子としいなさんの4人は、結果的に学校を3日間欠席してしまった。ちなみにB子さんは、金曜日の深夜にこちらの世界へ戻ってきていたそうだ。

 相変わらず、時間感覚が良く判らない……僕ら4人にしても、あの世界で過ごした体感時間がそれぞれ違っている。僕はほんの数時間にしか感じていないのに、A子に至っては数日に感じていたそうだ。

 確かに彼女は、短い時間で色々と動きすぎていた。リニアモーターカーの件を踏まえても、僕の体感時間とは大きなズレがあったのだ。

 

 

 「詠ちゃんは、実家にも立ち寄っていたみたい。まことちゃんの道場のお隣ね〜。毎年、両親の誕生日と詠ちゃんの誕生日。その日だけは必ず帰ってたから──」

 

 そうか、6月4日はA子の誕生日だった。あの日、彼女は夢の世界でも実家へ帰っていたんだ。そのあと羽吹道場へ顔を出し、ワッカと出会す事になったのだろう。

 精霊の世界へ消えたとされているA子の両親。夢の世界でも再会は叶わなかったのか……。

 

 「夢と言っても、願いが叶う世界では無かったみたいね〜……あっ! でも、わたしが戻った後に『お姉さん』が現れたんでしょう? 理珠に聞いたけど、そんな人は()()()()存在しないって言ってたわ〜。もしかして、弟くんの願望が『お姉さん』を作り出しちゃったのかしらー」

 

 はて? 僕には、姉を自称する『名津いおん』なんて人物に関する記憶は全く無いけれど……ああもう、バングルの震えがうるさいなぁ。

 そもそも! 愛娘ですら、隠し子の有無を完全には否定できない父親にこそ問題がある。そんなイメージが定着しているから、ワッカ達が簡単に騙されてしまったんだ。

 

 「あらあら〜。ムキになっちゃって可愛いー。でも、それなら良かったわ。もしかして、わたしのせいで弟くんの『お姉ちゃん像』に変な影響を与えちゃったのかと心配してたの〜」

 

 お姉ちゃん像というのなら、僕には『姉さん』がいるのだから幼い頃にイメージは固まっている。身内贔屓を抜きにしても、姉さんは理想的な姉を体現した様な人だ。

 強く優しく、弟と妹を善い方向へと導いてくれる。僕とはたった一歳の差だけれど、いつも先達として背中を見せてくれる姉さん。あえて自身の失敗談を語り、僕らが二の轍を踏まないよう道を示してくれる事まである。

 

 今だって、学校を休んでいた()()の為に図書室で勉強会を開いてくれているのだ。

 

 

 6月10日の木曜日。

 夢の世界から帰還した翌日の放課後。僕らは、学校の図書室へ集まった。

 

 当初は、Eが主催したノートの書き写し会だった。

 僕とワッカの為に、Eとまことが授業のノートを見せてくれるという簡易的な勉強会。その話を聞きつけたA子としいなさんが、どうせなら自分達と一緒に勉強をしようと僕へ提案して来たのだ。

 まことのノートよりも、B子さんの方が綺麗に纏まっていて判りやすい。そんなセリフを皮切りに、ハブとマングースの闘いが始まってしまった。

 結局、折衷案をとって合同の勉強会を催す流れとなり──B子さんが、助っ人として姉さんを連れて来たのだった。

 

 「弟くんは、きちんと予習してたから覚えるのも早かったわね〜。えらい、えらい」

 

 それも姉さんのお陰だ。普段から、姉さんが去年使っていた授業ノートを見せてもらっているので、自然と予習する習慣が身についてしまったのだ。

 その為、みんなより一足先に勉強を終えた僕は『ケハク』について調べる時間ができた。

 

 巫女と精霊が融合する『統合精霊化(ディフュージョン)

 精霊の能力を十全に発揮できると聞かされたものの、何がどこまで可能なのかが良く判らない。B子さんの先祖であるケハクの逸話を参照すれば、多少は理解も深まるだろうと思ったのだが……ざっくりとした神話のせいで余計に謎が深まったなぁ。

 

 

 「簡単に言うと〜、()()()()()()ね。ケハクは翼を失った精霊なのに、融合した時は翼があったもの。うふふ、でも肝心の『虹の弓』が使えないのは残念だったわ〜。え? その理由? 胸が大き過ぎたせいよ〜。しいなちゃんと、わたしの胸を足し算したサイズだったの──こ〜んなに、あったのよ?」

 

 手を大きく前へ出し、その球体の大きさを表現してくれるB子さん。絶対、わざとやってる。

 僕が恥ずかしがると思って、大袈裟な事を言ってるんだ。本当にそんな大きさの胸だとしたら、弓どころか格闘戦もままならない。だから、きっと嘘だ。僕だって、人を疑う事を覚えたんだ!

 

 「D。疑う気持ちも判るケド、その話はホント。ワタシも見たから。あれは暴力的な巨大さだった……あ、美衣。ノートの事で聞きたいトコがあったの、ココ、これで合ってる?」

 

 「うん、大丈夫よ。これで詠ちゃんの勉強も完了ね〜。二人とも優秀で、えらいえらい」

 

 

 そう言って、またもや僕らの頭をなでるB子さん。慣れと言うのは恐ろしい……もうこの位では羞恥心が働かず、僕もA子も平然と受け入れてしまっている。

 

 勉強会も、残すはワッカとしいなさんの二人だけ。少し離れた位置にある机を見れば、二つのグループへ別れて個別指導が行われている。

 ワッカを教えるのは、Eとまこと。Eはあれでも成績上位者なので、彼に任せておけばワッカは大丈夫だろう。まことは……この機会に自分の復習もした方がいいかも知れない。

 

 そして、しいなさんに付いているのが姉さんだ。

 A子によると、しいなさんは既に今回の勉強範囲を終えており、現在はその先の内容を学んでいるらしい。勤勉な事だ。

 遠目にも、彼女と姉さんが楽しそうに話している姿が見て取れる。やはり、夢の世界での出来事はきちんと覚えているのだろう。僕への態度は以前と殆ど変わっていないが……あれ以来、彼女は僕の事を『ディエゴ』とは呼ばないのだから。

 

 

 「弟くん、しいなちゃんに『お姉ちゃん』を取られちゃってヤキモチ? うふふ、わたしも理珠に『妹』を取られたみたいなものだし……余りモノ同士、仲良くしましょー。おいで〜」

 

 誘われるがまま、B子さんに抱き寄せられてしまった。どうにも僕は、年上女性に弱いみたいだ。今回は身長差もあって、安心感が()()()の比ではないが。ああ、またバングルが震えている。

 ふぅ。レイワさんからの抗議で『完堕ち』こそ防げたものの、この『人をダメにするクッション』の前ではもはや時間の問題だ。

 

 なんて幸福感なんだ……ん? 僕の隣で同じ幸福を味わっているA子が、勝ち誇った笑みを浮かべている。まるで「自分はいつでもこの幸福を享受する事ができる」と言わんばかりの、憎たらしい笑顔だ。

 しかも、踏み台を用意してまで、B子さんの胸の位置へ頭を持ってくるとは……っ!

 なんて周到さだ。そうまでして僕と張り合いたいのか、君は!

 ああっ!? そんなに深く顔をうずめるんじゃないっ。B子さんが困ってるだろう!

 

 

 「これはまだ序の口。もっと凄い事もたくさんしてる。悔しかったら、Dも女の子に──」

 

 「あなた達‼︎ 何をなさってますのーっ!? ここは図書室ですのよっ! いい加減になさい!」

 

 

 しいなさんが大声を上げながら、僕らの間へ割って入ってきた。

 

 笛壱高校の図書室──校舎とは別館扱いで、円柱構造の3階建て。学校休業日は一般開放もされているので、司書まで常駐している半ば図書館と呼んでも過言ではない施設。

 

 中央の吹き抜けを令嬢の怒声が木霊する。

 受付を見れば、司書の女性が何とも言えない表情で頭を抱えていた。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「コホン! これからは笛壱高校の生徒として、節度を持って行動して下さいまし。わ、(わたくし)も大声を上げてしまった事をお詫びしますわ──それはそれとして! あなたに贈り物が御座いますのよ」

 

 司書さんと周囲の生徒へ謝ったのち、しいなさんが唐突に小箱を取り出した。

 どうやら、僕へのプレゼントのようだ。なんの脈絡もなく渡された贈り物。一体、どのような意図があるのだろう?

 僕の誕生日という訳でもないし、これといって祝われる様な功績も上げていないけれど──

 

 「功績と仰るのなら、まさにこれから上げる予定がありますでしょう? 早ければ来週にでも、私とあなたは、ゆ、融合して世界を救うのですからっ」

 

 後半部分は人に聞かれると不味い内容なので、耳打ちをしてくる彼女。そんなに照れるのなら、わざわざ無理して伝えなくてもいいのに。相変わらず、しいなさんは可愛らしい人だ。

 そう言えば、勉強はもういいのだろうか? 折角、思い出の図書館とよく似た場所で姉さんと二人きりだと言うのに……肝心の姉さんが、何故か まことへ付きっきりとなっている。あれは一体?

 

 「理珠さんは、まことの勉強を見るので手一杯でしてよ。学校を欠席していた私達よりも、まことの方が余程ひどい現状だという事が発覚しましたの」

 

 それは、まあ。然もありなんと言ったところか。今回、まことは教える側に属していたけれど、彼女はその……苦手教科が多いんだ。なので、僕らへ教える以前に自身の復習をした方が良いだろうとは感じていた。

 小学校時代も、姉さんが まことの宿題を見てあげていたんだ。改めて思うと、九重女学院の生徒へ勉強を教えられた姉さんは、当時から凄まじかったのだと実感させられる。しいなさんが憧れるのも納得だ。

 

 

 「まことの事はもういいですわ! さあ、早く箱を開けて下さいまし──あまり高価な物ですと、あなたも使いにくいと思いまして電池式の『腕時計』を選んでみましたの。お気に召すと良いのですけど」

 

 箱の中身は腕時計。僕には価値が判らない代物だけど、文字盤がオシャレなデザインだ。

 右手首に巻けば……うん。左腕のバングルと重量が同じ位だから、何だかバランスが良くなった気がする。ありがとう、しいなさん。

 でも、どうして急に腕時計を?

 

 「敢えて理由を付けるのでしたら、誕生日に頂いたCDのお返しですわね。色々とあって遅れてしまいましたが、重要な作戦の前に渡せて良かったですわ。あなたのお誕生日までは待ちきれませんもの!」

 

 誕生日……CD? もしかして、あの日って しいなさんの誕生日だったのか!?

 確か4月17日だ。博士からバングルを貰った日でもあるから、よく覚えている。

 どうしよう、まったく意図せずに誕生日プレゼントを贈ってしまっていたようだ。勘違いだと伝えれば、彼女は悲しむかも知れないけれど……僕には、お返しに『腕時計』を貰う資格なんてないんだ。正直に話して、時計は返そう。

 

 

 「あら、やはりそうでしたのね。夢の中で『ディエゴ』の件を聞いた時から予想はしておりましたわ。ですが、あのCDは私も気に入っておりますの。素敵な曲を教えて頂いたお返しとして、どうか腕時計は受け取って下さいまし。ふふ、とても似合ってますもの!」

 

 「そうよ〜。お誕生日とかは関係なく、しいなちゃんの感謝の気持ちなんだからー。うふふ、()()高校生のお小遣いだとチョット手が出ないお値段だから、大切に使ってあげてね?」

 

 押し切られてしまった……。

 しかも、B子さんから耳打ちされた補足情報のおかげで、余計に扱いに困りそうだ。

 しいなさんの感覚では高価じゃない。だけど、高校生のお小遣いでは買えない値段──やめておこう。頂き物の金額を推測するのは失礼だ。B子さんが言うように、大切に使う事が最良の選択だと思おう。

 

 「……じーっ」

 

 う、A子からの視線がいつもより厳しいな。まるで「少しでも傷を付けたら、オマエを傷ものにしてやる」と言った目つきだ。誕生日絡みという事もあって、心中穏やかではないのだろう。

 

 去年の6月。A子が誕生日を祝われる事を拒否したのも今なら判る。A子の両親は、お父さんが30歳を迎えたその日に消えてしまったのだから……彼女が苦境に立たされた時、僕は北海道にいて何も知らなかった。まことを含めた羽吹家の人々は、誘拐の可能性を考え独自に捜索までしていたというのに。

 

 だからこそ、しいなさん達には感謝の気持ちしかない。

 A子の──詠の側へ寄り添ってくれたのが、彼女達で本当に良かった。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 午後5時。

 図書室の利用時刻が終わりを告げるのと同時に、まことの勉強も完了したようだ。

 さすが姉さん。高校入試の面倒まで見てあげた実績は、伊達じゃない。

 

 

 「んじゃよぉ。このメンツでパーっと、打ち上げにでも行こうぜー! 8人でも、近くのカラオケボックスなら大部屋があるから大丈夫だろ」

 

 昇降口で、Eから遊びに行く提案が出る。

 今回の勉強会では彼も功労者だ。まことに次いで、ワッカも苦手科目が多いのだから大変だっただろう。

 E、B子さん、姉さん。教師役を買って出てくれた三人を労いたい気持ちは山々だけど……今日はもう帰らないと。家で妹を一人にする訳にはいかない。

 

 「なら妹も連れてくれば……って無理だな。ただでさえ小学生に見える奴が3人もいるのに、本物の小学生まで一緒に居たら年齢確認された時点でアウトだもんな。まったくよぉ、何であの店は夕方以降に子供が利用したらいけねーんだよ!」

 

 それはこの周辺が『文教地区』に指定されているからだ。学校が多い街なので、娯楽施設の営業には色々と制限がかかっている。笛市の条例では、12歳以下の子供は成人した保護者の同伴なしで17時以降にゲームセンターやカラオケ店を利用する事が禁じられている。

 令和ならばこの程度は常識的な範疇らしいが、平成の世にしてはかなり厳しく制限されている方だ。これも土地開発に萬宮寿家が大きく関わっている影響だろう。萬宮寿イグナの掲げる『子供を守る』という理念が如実に現れている。

 

 僕も、その考え自体は納得できるけれど……条例のあおりを受けて、毎回年齢確認される人間の事も少しは考慮してもらいたい! 僕らはとっくに12歳を越えているんだ‼︎

 

 

 「そう」「そーだ、そーだー!」

 

 「ですが、童顔の人を見分けるのは困難でしてよ? お祖母様に相談しても構いませんが……その場合、現状よりも制限が厳しくなる可能性も御座いますわ。例えば、12歳以上だと一目で判るように、顔写真付きの身分証を首からさげる事が義務化されるなど──」

 

 A子と姉さんが強く賛同してくれたけど、しいなさんが示した『ディストピア』は勘弁してもらいたい。そもそも、僕らは高校の制服を着ていても小学生だと認識される特殊な例なのだ。

 普通の童顔の人まで巻き込んで、おかしな決まり事を通してしまうのは筋違いだろう。

 

 

 「なら、明日の放課後に遊べばいいでしょ? ほら、明日は笛教研ってヤツで短縮授業なんだし。小学校も同じみたいだから、理奈も誘ってあげればいいんじゃない?」

 

 「まことにしては良い提案ですわね。私達は、明日も少しだけ用事が御座いますが……手際よく済ませば一時間程度。少しだけお待ち頂ければ参加できましてよ」

 

 まことから良案が上がり、この日は解散となった。

 

 

 明日の午後は、笛市教育研究会──通称『笛教研』と呼ばれる教師達の勉強会が開かれる。

 小・中・高の教師がそれぞれ集い、改訂された教科内容の確認や、指導方針など様々な事を話し合う行事。

 通常では公立校限定の会合だが、ここは私立と公立の垣根が曖昧な笛市。昔から、市内にいる全教師の参加が通例となっているそうだ。新担任の山原先生は「めんどくさい」と愚痴をこぼしていた。大人になっても勉強会をするのだから、教師も大変である。

 

 まあ、生徒にとっては早く帰宅できる日でしかない。

 僕らもその恩恵で遊ぶ事ができるのだから、明日が楽しみだ。

 

 

 ただ……気がかりなのは、しいなさんが言っていた例の用事。

 欠席のペナルティという形で、僕ら4人は放課後に『プール掃除』への参加を言い渡されている。僕らが学校へ来られなかった事には相応の理由があるのだが、世間への建前としては必要な措置なのだろう。おかげで()()が揃ってしまった──

 

 前日に交わされた『約束』

 基本的に『怪人』が現れる金曜日。

 プール掃除という『アニメ映え』しそうなイベント。

 

 これは『フラグ』かもしれない……帰ったらレイワさんに、原作知識で何か思い出した事がないか相談してみよう。

 

 

△△▼▼◁▶︎◁▶︎

 

 

 回想中断。

 

 予想通り、プール清掃中に怪人が現れた。

 今も、清掃に参加していた十数名の生徒がパニックに陥っている。

 その叫び声は、少し離れた位置にある校舎のトイレにまで響き渡る。現場の混乱具合は、過去一番と言えるだろう。

 

 現在は金曜日の昼過ぎ。

 笛教研のため教師は誰もおらず、残っている生徒もわずか。昼前に下校時刻を迎えているのだから当然だ。いい加減僕もお腹が空いてきた……ああ、この場合は()()()()()と言うべきだった。

 今の時刻は13時を回った頃だろうか。トイレには時計が無いので、正確な時刻は判らない。こんな時、腕時計があれば便利だったと実感させられる。

 

 あの時貰った腕時計も、バングルも、現在は僕の所持品では無くなっている。

 さらに言えば、所持品どころか『肉体』まで僕のものではなくなっているのだ。

 

 

 

 鏡に映る碧眼は、真っ直ぐに僕を──B子さんの姿を見つめ返してくる。

 この綺麗な瞳は『千里眼』

 神話ほどの規格外ではないが、遮蔽物を無視してその先にある物を視る力がある。瞼を閉じても通常の視界が広がっているのは、おかしな感覚だ。普段からB子さんが『糸目キャラ』を貫けるのも納得である。なにせこの能力は常時発動型なのだから。

 

 直近の問題はこの瞳だろう。

 まさか鏡越しでまで、()()()()()()に遮蔽物を無視して来るとは思わなかった。

 視線を少し下へ向ければ、肌色が広がっている!

 こんなの、ドラえもんのひみつ道具『スケスケ望遠鏡』を常時のぞいているのと同じじゃないか‼︎

 

 しかも『入れかえロープ』でしずかちゃんと入れ替わっている様な現状だ。

 今回のフェチは盛り込み過ぎでは無いかと逆に心配になるよ‼︎

 

 瞼を閉じても胸にある重量感は変わらないし、スカートの心許ない感じにも未だ慣れない。

 おまけにレイワさんまで音信不通だ。こうなると、B子さんの身体へは来ていない可能性の方が高いだろう。

 だから、色々な意味で持て余す。顔、声、ウェーブのかかった長い金髪、そして大きな胸と……全てが僕の身体と違い過ぎる!

 

 

 僕の肉体(カノジョ)は何処へ行ってしまったのだろう!?

 一刻も早く()()()()を見つけ出さなければ、どうにかなってしまいそうだ!

 

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