平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
青天の
霹靂とは雷を指す言葉で、青天は読んで字の如く青空を意味している。
よく晴れた空が、突然の雷に見舞われる状況を表した故事成語。
噛み砕いて言えば『急な出来事にびっくりした』という事だ。
まさに、今の心境を表すのに相応しい言葉だろう──
奇しくも本日は快晴。
今朝の天気予報では、南海で停滞している『超大型台風』が勢力を強め、梅雨前線を列島の北まで押し上げたのだと言っていた。物凄く不穏な情報が紛れ込んでいるが、梅雨の晴れ間である事に違いはない。
気候に恵まれた事もあり、プール掃除というイベントも無事に完了。清掃に参加した一同は束の間の遊泳を楽しんでいた。まことは因縁ある生徒会との水泳勝負に興じ、ワッカがその応援をする。各々が、思い思いにプールを堪能していたのだ。
そこへ霹靂が訪れた……と言うか、実際に身体へ電気が走った。
原因はリス怪人。背中から尻尾へかけての縞模様を見るに、シマリス怪人と呼称した方がより正確だろうか。その怪人は、尻尾を含めても全長1mに満たないサイズで、厄介な事に体から『電気』を放つ事が可能なようだ。
今もシマリス怪人が、放電しながらプールサイドを駆け回っている。僕とB子さんは、あの電撃を同時に喰らってしまったのだろう。
悲鳴の原因は感電ではなく、敵の『特殊能力』にこそある──
「ん〜……ふかふかで、あったかくて〜。気持ちいいかもぉ」
僕の胸へ顔を埋めた
巨大に膨らみ『双丘』を為している胸へ、茶髪の少年が頬擦りを繰り返しているのだ。
丁度良い体格差で、抱き心地も良く、暑い日差しの中でも不快にならない温もりを感じさせる小柄な少年。そんな彼の顔は、僕の姉さんと良く似ている。
だが男だ。
つまり、この少年は『僕』だ。
ならば今の僕は誰なのか? この答えも簡単だ。
高くなった視点と、胸にある重量感。その上、喉から発せられる声は人を極限まで甘やかす『お姉さんボイス』なのだ──もはや疑う余地なく、僕はB子さんになっていると断言できる。
怪人の特殊能力は『入れ替え』
あの電撃を浴びた者同士は、中身が入れ替わってしまうのだろう。
「嫌っ!? やめて下さいっ‼︎」プールから聞こえる
「へへっ。なにしようと俺の勝手だろ?」女子の下卑た笑い声。
聞こえてくるのは、ペナルティで掃除に参加していた三年生男子と、生徒会副会長を務める二年生女子の声だ。
清楚で物静かな副会長と、無精髭を生やしたネズミ顔の男子生徒が入れ替わってしまったのだろう。似たような悲鳴は、他にも聞こえてくる。実に恐ろしい能力だ……‼︎
だけど、僕には何もできない。
ようやく
「もー、弟くん? 強く抱きしめ過ぎよ〜。うふふ、甘えん坊さんねぇ」
こんな状況じゃ、抱きついている人間を引き剥がす事なんてできない!
シマリス怪人の特殊能力は、入れ替えるだけに留まらず……服まで溶かしてしまうのだから!
なんて副次効果だよ‼︎ その能力だけでも十分に主戦級だろう!? 盛り込みすぎだ!
視界に映るのは肌色ばかり。僕の身体も、B子さんの身体も、ぜーんぶ裸!
前と違って、服がその辺に落ちてるなんて事はない。溶かされたのだから当然だ。ならもう、お互いに抱き合って隠す以外に方法が無いじゃないか!?
「あら〜、そういう勘違いだったのね。前に『千里眼』の話はしたでしょ〜?
ひゃん!? な、なんだ今の!?
B子さんの身体が着ていた薄手のパーカー。その半袖部分から手を入れられ、直接胸を触られたのか!? た、確かに服を着ている感覚は理解できたけれど!
僕の姿でセクハラ行為はしないでほしい‼︎
「うふふ、わたしのカラダに慣れてもらおうと思って〜。瞼を閉じれば『普通の視界』と同じになるでしょ? 二人とも裸じゃないから安心してね〜」
成程。障害物の透過というのは、瞼すら透かして外の状況が視えてしまうのか。
けれど遮断するフィルターが一つ増えたので、服を透過せずに済んでいるのだろう。
ふう、ようやく目のやり場に困らなくなった。
あれ? 服を着てるという事は……僕達が抱き合う必要はないのでは!?
「う〜ん、でもぉ……弟くんのカラダが甘えん坊さんだから、お姉ちゃんのカラダと離れたくないみたいなの〜。あったかいし、ふわふわだし、困ったわねぇ?」
あの。僕のせいみたいに言わないで欲しい。いい加減、胸に顔を埋めるのも止めてっ!?
パーカーの生地が薄いから、布越しに息が吹きかけられて……んっ。
「裏切りましたわね〜っ‼︎ 美衣!」
離れてくれないB子さんに困っていると、僕らの間へ まことが割って入って来た。
おかげで、甘えん坊らしい僕のボディも引き剥がされたけれど……解放感よりも、別の感情の方が勝っている。これはきっと、自分の身体が自分の元から去ってしまった喪失感だ。
そうだ! 僕の半身とも呼べるレイワさんは無事だろうか!?
今もバングルを装備しているのは、
もし僕と一緒に、彼女がB子さんの身体へ来ているのなら、脳内で会話できる状況だと思うけれど……返事がないな。
まさか僕がショタじゃなくなったせいで、愛想を尽かしてしまったのだろうか?
うん。充分あり得るな。
「美衣っ! 聞いていますの!? 貴女のせいで、
わわっ!? まこと、落ち着いてくれ。
そんなに揺さぶられると、反動で胸が痛いっ! 僕はB子さんじゃなくて……って、
思い返すと、僕らが電撃を浴びた時に
つまり、現在の『まこと』の中身は『しいなさん』という事にっ!?
「そうですわ! 私は、しいなですのよ! うぅ、まことになってしまうなんて想定外ですわ……!」
「どうしようDくん!? ボク、しいなになっちゃったみたいなの! ねぇ! Dくん!?」
「待って〜、わたしは弟くんじゃないの。えっと、まことちゃんよね? よしよ〜し、落ち着いてね〜」
まことの身体で泣き崩れる『しいな』さん。
しいなさんの身体で、僕の身体へと縋り付く『まこと』
僕の身体で、しいなさんの頭を撫でている『B子』さん。
そして、その様子を眺めているB子さんの身体の『僕』
まこと ↔︎ しいなさん 僕 ↔︎ B子さん という図式だ。
入れ替わりの方式としてはシンプルな部類だろう。少なくとも、プール内で起きている大混乱と比べれば幾分マシな筈。
千里眼の仕組みを聞いて、僕もようやく観察できる状況になったんだ。
しいなさん達が落ち着くまで、周囲の状況を確認しておこう──
「いやぁー!? また男になってる!?」「うおっ、今度はギャルか!」
「あはは、アタシすげー貧乳だわ!」「ひ、貧乳とか言わないで……」
「やったぜ大当たり! 今日から俺が生徒会長だ‼︎」
先程の『副会長』と『ねずみ男先輩』のケースは、僕らと同様に相互間での入れ替わりだった。
だが既に、その二人の中身は別人だろう。シマリス怪人が、何度か電撃を放った結果だ。水を介してプール全体に電気が流れているので、入れ替わる対象はおそらくランダム。
もはや、入れ替わりは複雑化し誰が誰なのか判らない状況だ。
「うげぇ、こんな太い指じゃキーボードが打ちづれぇっスよー!? さっきのツインドリルの方が、まだマシだったっス〜」
ああ、小太りな『小泣き爺』先輩の中身はタカハシか。言動から察するに、先ほどまでは『生徒会長』の身体へ入っていたのだろう。
現在その会長が入っていると思われる『黒ギャル』が、ツインドリルと揶揄された髪型についてお嬢様言葉で抗議している。その横には、頭を叩かれて水に浮かんでいる『生徒会長』の身体。男子生徒の狼藉を止める為とは言え、自分の身体に容赦のない攻撃をしたものだ。
プール内の男女比は、およそ1:2となる。男が5人、女が9人。
劇で妖怪を演じた男子が4人。
生徒会の女子が4人。
同じくギャルも4人。
そして、後輩女子のタカハシと……最後の一人がワッカとなる。彼だけが入れ替わり現象に巻き込まれず、プールの隅で一人寂しそうにしている。
いいから早く変身して、この状況を打破して欲しいなあ‼︎
「えっと、Dくんだよね?」
近い近い!? しいなさ……じゃなくて、まこと。落ち着いたみたいで安心したよ。
だけど、その姿で不用意に接近されると困るんだ。今の君は、女子の身体だという事をもっと自覚するべきだと思う。
「ボクは元から女子だよっ! 君こそ、女の子になってる自覚あるの!? フツーの男子なら、プールの中の人達みたいに自分の身体を触ったりするんじゃないの? あ、でも‼︎ 君は、美衣さんの身体でヘンなことしちゃダメだからねっ‼︎」
一体、僕にどうしろって言うんだ……。
プール内の人達だって、男女関係なく自分の身体を触って確認してる。他人になってしまったら、誰だってそれくらいは当たり前に行うのだろう。
そう言った意味でなら、僕はもう確認が済んでいる。散々、B子さん本人にあちこち触られているのだから。これ以上ないって位、身体の違いを実感してるよ。特に胸の感覚なんて──
「Dくん……そっか、今は『
と、ともかく! 今はワッカを離脱させる事を優先しよう。
ヒーローが怪人を倒してくれれば『入れ替わり』も元に戻る筈だ!
「ボクも最初からその話をしたかったの! だから、こうやって小声で耳打ちしてるんでしょ。えっとね……ボクが怪人の気を引くから、その間に君がワッカくんを逃す作戦で行こうよ」
いや、それだと君が危険だ! しいなさんの身体は、色々と勝手が違うだろう。萬宮寿流と羽吹流とでは、基礎訓練からして違う。鍛えてる部位が違う身体だと、いつもの様な闘い方はできないぞ。
しかも今回の相手は小さすぎる。あれだと格闘戦に持ち込む事すら……
「心配してくれるのは嬉しいけど、時間稼ぎに徹するから大丈夫! それに、身体が違うのは君も同じでしょ? ボクの方が普段の身体との差が少ないんだから、囮の役割は任せてよ!」
そう言って、颯爽とプールサイドを駆けていく彼女。あ、早速『胸部装甲』のバランスが違いすぎて転びそうになってる……僕も気をつけよう。
混乱の渦中にあるプール内で、唯一ワッカだけが蚊帳の外にいる。
入れ替わりグループに混ざる事ができず、自然と距離が開いたのだろう。これなら、プールサイドからでも声が届きそうだ──
「ん?
そういうのいいから。今の内にプールを抜け出して、この事態を解決してくれ。
ほら、向こうで まことが敵の注意を逸らしてくれてるだろう? 今がチャンスなんだ!
「けどあれは萬宮寿……そうか! あの二人も、入れ替わってるんだな。ふーん、中身が まことちゃんなら『お嬢様』の姿も意外と悪くないかもなぁ……って、待て待て!? ジョーダンだって! 怒るなよー」
まったく、友人が頑張ってるんだから真剣にやってくれ。
あの必死な姿を良く見るんだ。慣れない身体で上段回し蹴りを放ったから、転びそうになってるじゃないか!
あれは多分、遅れてやってきた胸の遠心力で体の軸がブレた結果だ。
僕も体験したから良く判る。急に振り返ると、胸部が揺れるまでに若干のラグが生じるんだ。この感覚に慣れていない僕らでは、そのまま体幹を
ああ! 胸の大きさに苦戦する まことを見て、シマリス怪人が笑いを堪えている──あの反応は間違いなくA子だ。おそらく怪人の名前も、ナントカαだろう。
ん? まことが、自分の胸を叩いて……悶絶している。
君は何がしたいんだ!? しいなさんの身体なんだから、もっと大事にしてもらいたい!
「あれはなぁ。萬宮寿の巨乳が邪魔になって、思わず叩いちまったんだよ。んで、痛さと恥ずかしさで顔が赤くなったんだ! 声は聞こえねーけど、俺レベルになれば まことちゃんの行動は手に取るように判るんだぜ?」
思わず観戦に興じてしまった手前、僕も強くは言えないけど。
そんなストーカーまがいの『後方腕組み師匠』を気取ってる暇があるなら、早くプールから出てほしい。まことの限界が来る前に、変身という名の着替えを済ませてきてくれ!
「でもさ、敵の女幹部だってまだ来てねーじゃん。もう少し観戦してても──」
あ。しいなさんが『入れ替わり』に巻き込まれているせいで、ミーア様が現れない事に全く疑問を抱いてなかった。また僕は先入観に囚われていたようだ。
ワッカの指摘通り、今は怪人だけしか居ない状況──それが既に異常事態だった。
だけど……先入観を無くして考えても、襲撃の意図が見えて来ない。彼女がミーア・クシロンとして現れなかった理由が、まるで判らない。
ふぁ〜。B子さんの身体が睡眠不足だから、考え過ぎると眠くなってくるなぁ。
取り敢えず、現状ではワッカが悠長に構えている事の方が問題だ!
どうにか説得して、彼を離脱させないと! 万が一、ヒーローが来る前に怪人が逃走しようものなら……ものなら……あれ? その場合、どうなるんだろう?
「その時は、おまえは一生『山丹 美衣』として生きてくんじゃねーの? 良かったじゃねーか。萬宮寿と一緒に暮らせるぞ……んん? その萬宮寿の中身も まことちゃんのままってコトか!? うぉぉっ! まことちゃんと同棲だなんて、ゆ゛る゛さ゛ん゛‼︎」
恐ろしい予言を放ったあと、勝手に納得したワッカがプールから飛び出して来た。
そのまま海パンから通信機のような物を取り出し、何やら会話をしている。通話相手はハカセかJKだろう。水没した上で電気まで流されているのに、通信機は問題なく動作している。どうやらその点は、僕のバングルと同じ仕様らしい。相変わらずの謎技術だ……!
程なくして、ワッカはプール場のフェンスをよじ登り校庭の方へと走って行った。
何はともあれ、これで第一段階クリアだ。
しかし、リングリットの登場までには最短でもあと10分は要するだろう。あの変身システム……というか着替えには『時間がかかる』という最大の欠点があるのだ。
それを踏まえて、まことは自ら時間稼ぎ役を申し出てくれたけれど、これ以上粘るのは流石に厳しいだろう。慣れない身体で辛うじて善戦できていたのは、相手が手加減していたからに他ならない。
A子は、しいなさんの身体へ攻撃する事を躊躇っている。彼女にとっても、この状況は想定外なのかも知れない。
現在A子は正面から闘う事を止め、プールサイドを走り回っての撹乱戦法へと切り替えている。
まことの体力を奪う事で、しいなさんの身体を傷付けずに勝利する気なのだろう。
シマリス怪人の体躯は小さく、素早い。たまに牽制で電撃を放っても来るので、あれでは容易に近付く事ができない。付かず離れずのイタチごっこが繰り広げられている。
おっと。そうこうしている間に、彼女らがプールサイドを半周している。こちら側へ来るまで、あと少し──おそらく、ここが勝負所だ。
まことと上手く連携すれば、挟み撃ちにできる! よし、いつもみたいにアイコンタクトで……ってダメだ!? 目を開いたら、しいなさんボディの全てが丸見えになってしまった‼︎
見惚れてる場合じゃ無いのに、目を離す事もできない! くっ、一体どうすれば……!
「じゃま。ほいっと」
「わっ!? どいて美衣さんっ! じゃなくて、Dくん‼︎ そんな大きなおっぱいで、うろつかないでよ! 邪魔ッ!」
ひどい。
シマリスには胸を足蹴にされて、頭の上を乗り越えられるし……まことからは、セクハラに抵触する暴言を浴びせられた。うっ、蹴られた部分と心が痛い。
しいなさんの姿で暴言を吐かれたから、余計にショックが大きい。レイワさんも音信不通だし、今の僕は孤立無援。まさに四面楚歌だ。
嗚呼。こんな時、優しい
そう言えば、さっきから『
プールサイドには居ないし、プール内にも……当然、居ない。
あの混沌とした中へ飛び込む訳がないな。
一時期は、まことが怪人の気を引くことで『入れ替わり』が固定されていたのだが、追いかけっこが始まった時からプール内の状況にも変化が訪れた。
A子が牽制で放った電撃が、水面へ当たる度に『集団入れ替わり』が起こる──ここまでは同じなのだが、当初よりも電撃の頻度が増した事で新たな問題が生じているのだ。
入れ替わり対象は無作為。場合によっては『元の身体』へ戻れる可能性がある。入れ替わりが頻繁に起これば、必然的に元の身体に戻れる幸運なケースも出てくる。
それは間違いなく、解決の兆しだった筈。
だが皮肉な事に、それが事態をさらに悪化させる要因となってしまった。
現在、彼ら彼女らは互いを牽制し、プールから抜け出す人物が出ないよう妨害し合っているのだから。
「も、元に戻れましたわ!? このロール髪。紛れもなくワタクシの身体ですわ! では、ワタクシはプールから出て……」
「待ちな! アンタが本当に『生徒会長』か判らないし‼︎ スケベな男子が、身体を持ち逃げする状況は見過ごせないっての‼︎」
「えっ!? ワタクシは本物ですわ! ああもうっ! 早く出ませんと、またっ──うひょー、今度は生徒会長のカラダか‼︎ このドリル、水に濡れても巻いたままなんてどーなってんだ!?」
おそらく本人だった生徒会長が、チャンスを活かせずに再度入れ替わってしまった。彼女を引き留めた長身痩躯な色白男子……『一反木綿』先輩の中身は、口調から察するに『姉御ギャル』かも知れない。その彼女も、既に別の身体へ移ってしまった様だが。
疑心暗鬼が渦巻く中で、分の悪い賭けを続ける様な状況。あれでは運よく元の身体へ戻れても、容易にプールから出ることはできないだろう。
とは言え、元に戻れる可能性があるだけマシかも知れない。自分の身体が行方不明の僕らには、その可能性すらないのだから。一体、彼女達は何処へ行ってしまったのだろう?
ワッカの不吉な予言が頭を過ぎる。
もしこのまま元に戻れなかったら、僕はB子さんとして生きる事に──
ああ、良かった! 取り越し苦労だったようだ。
しいなさん。まことの身体になっている彼女が、此方へ走って来る姿が見える。
考えてみれば、僕がB子さんのままならば逆もまた然り。しいなさんも、B子さんも、元の身体へ戻りたい筈だ。このまま行方を眩ますなんて、あり得ない。
ワッカが神妙な顔で言うものだから、てっきり『伏線』か『フラグ』なんじゃないかと気を揉んでしまったんだ! まったく、困った主人公だよ。
「はぁ、はぁ、大変ですわ! 美衣が、あなたの身体のまま逃げてしまいましたの!」
息を切らせた しいなさんが凶報を告げ、伏線が回収されてしまった。
『カラダの持ち逃げ』案件。これって、かなりマズイ状況なのでは……!?
「こ、この肉体! はぁ、はぁ、どうしてこんなに疲れてますの!?」
未だに息が整わない彼女。入れ替わる直前まで、まことは生徒会との勝負で泳いでいたのだから当然だ。その身体には、相応の疲労が溜まっている筈。
勝負は25mプールをメドレーで二往復。さらに、負けを認めない生徒会長が再戦要求すること数回──僕が知る限りでも、まことは五度に渡って再戦を受け入れていたので、最低500m以上は泳いでいる計算となる。
プール掃除と、午前中の体育の授業も合わせれば、流石のまことボディでも疲労のピークが訪れるのだろう。
まあ、その身体の本来の持ち主は、未だにしいなさんの身体でシマリス怪人と追いかけっこを継続しているが……昔から彼女は、遊ぶだけ遊んで電池が切れたかのように眠ってしまう事がある。
しいなさんの身体に無理をさせ過ぎないか心配だ。
「他人の心配をしている場合では御座いませんのよ!? とにかく、美衣を追いかけませんと! 校舎へ入っていく姿は確認できていますの! さあ、急ぎますわよ‼︎」
息を整えた彼女が僕を急かす。そのまま強引に腕を引かれ、身体の向きを180°回転させられてしまった。おっと、遠心力に警戒しないと!
っ、ダメだ!? 胸から来る第二波が強力すぎて、
「きゃっ!? んぐ、むぐ……!?」
しいなさんを巻き込む形で転び、ラッキースケベを発動させてしまった……。彼女が頭を打たないよう庇ったので、僕の方が押し倒されているけども。
幸い、背中で受け身を取れたので、B子さんの身体も守る事ができた。んっ、でも彼女の尊厳までは守れなかったかも知れない!
この状況を第三者が見れば『山丹美衣を押し倒し、胸に顔を埋める羽吹まこと』という構図にしかならないのだから‼︎ んんっ。
「へ、変な声を上げないで下さいましっ! いえ……私も不注意でしたわ。まことの身体では、咄嗟に美衣の体重を支える事もできませんのね。結果的に、あなたをクッションにしてしまい──」
申し訳なく思うのなら、僕の『クッション』から早く顔をどかして欲しい……。
心の中でそう懇願していると、先に立ち上がった彼女が手を差し伸べてくれた。
姿は違えども、この優しさは彼女のままだ。太陽の光が差し込んでいるからか、まことの姿でも輝いて見える──というより、実際に身体の一部が不自然に輝いている。
これは、まさか!?
レイワさんが言っていた『謎の光』では!?
アニメにおいて、局所的に光が差し込む謎の現象。その光があるお陰で、テレビ放送が可能となるそうだ。ちなみにパッケージ版では、光を消す事でファンの購買意欲を高める戦略が展開されるのだとか。
まあ早い話が『モザイク処理』の代用品だろう。
「どうなさいましたの?」
平らな胸を張り、腰に手を当て、心配そうに僕を見上げてくる彼女。
どうやら、気付いていないようだ。しいなさんは紺色の競泳水着を着ていたのだから、警戒心も薄いのだろう。しかし今の彼女は、まことの肉体。着ている水着は白いビキニ。
端的にいえば……水に濡れて透けている。
それはもう、見事なまでの『透過』具合だ。これでは千里眼を封じても意味がない。
「な、なんですのコレはっ!? あの娘、白ビキニの下に何も着てなかったんですのーっ!?」
まことは、透け防止対策を何もしていなかったのだ。
思えば、水泳勝負の頃から既に透けていたのかも知れない。まことが背泳ぎをする度に、ワッカは大きな歓声を上げていたのだから。
本来その辱めを受ける筈の当人は、未だ追いかけっこに興じている。しいなさんは赤面しながらも、透過部分を必死に隠しているというのに。気の毒で見ていられない……。
仕方ない。B子さんが着ているパーカーを彼女へ渡そう。
必然的に、パーカーの下に着ているであろうB子さんの水着姿を晒す事になってしまうが、しいなさんの現状と比べれば幾分マシだろう。
ん。胸元でジッパーが引っかかった。
あっ! 無理やり下ろしたら、勢いで腰に巻いていたパレオまで脱げてしまった。
B子さんの全身が顕となる。驚いた事に、彼女の水着は『金ビキニ』
ギラギラとした金色はどこか扇情的で、やや品性にかける輝きを放っている。
清楚な印象が強いB子さんとはアンバランスな水着。されど、そのギャップが彼女の魅力をより引き立てているのかも知れない。
まさか、服の下にこんな隠し玉を用意していたなんて……!
「こほん‼︎ 上着を貸して頂いた手前、美衣の水着に見惚れる事を強くは責めませんがっ! お互いに、このままでは埒が明きませんわ。まずは更衣室へ向かいますわよ‼︎」
先程の失敗を踏まえ、しいなさんが腕を絡める形で先導してくれる。
でも、もう少しだけペースを落としてくれないだろうか!?
パーカーを脱いだから、胸の揺れが激しさを増しているんだ! もう僕には未知のバランスすぎて制御不能。かろうじて転ばずに済んでいる事を、誰か誉めてほしい!
ついでに、彼女の事も止めてくれると有り難い!
このままだと僕は、