平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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#16 身の行方/入れ替わり回 ②

 更衣室。

 プール場の屋内には、男女別の更衣室が存在する。

 壁面に沿って立ち並ぶロッカー。

 中央に置かれた背もたれのないベンチ。

 天井近くには細長い窓。

 一見すると至って普通の更衣室なのだが……覗き対策だけが、やや過剰気味である。

 

 外壁は『ねずみ返し』になっており、窓も『曇りガラス』という徹底振り。

 その為、内部は照明を点けなければやや薄暗く、室温も外と比べて幾分涼しい。

 北海道と沖縄を経験した僕の肉体ならばまだしも、金ビキニのみを纏ったB子さんの身体では肌寒く感じてしまう。

 

 おっと。この程度の寒暖差で文句を言っては、またレイワさんが激怒するな。

 本日の最高気温は28℃。最近にしてはかなり暑い陽気なのだが──

 

 

 昨夜のニュース番組。

 レイワさんは、暑さを嘆く気象予報士に対して『このシャバ僧がっ! 28℃なんてエアコンの推奨設定でしょーがっ! 令和の天変地異を舐めんなっ‼︎』と吠えていたのだ。

 

 どうやら令和の世では、気温35℃以上の『猛暑日』や、気温40℃以上の『酷暑日』なる地獄のような気候があるらしい。レイワさんがキャラを忘れて怒るほどに、環境が激変しているのだ。

 彼女に言わせれば、数日後にやってくる『超大型台風』でさえ──『割とよく来るよ?』──レベルなのである。令和ヤバイ。怖い。

 

 

 「さあ、早く入って下さいまし。構造は()()()と同じでしょう? 戸惑っている暇は御座いませんのよ!」

 

 入り口付近で思考に耽っていたら、まことボディの しいなさんに背中を押されてしまった。

 確かに部屋の構造自体は、先程利用した男子更衣室と変わらないけれど……罪悪感が凄い!

 いくらB子さんになっているとはいえ、男子の僕が女子更衣室を使うのはダメだろう!?

 

 

 「今は(わたくし)達しか居りませんので、大丈夫ですわ! 美衣のロッカーはそこですので、あなたも急いで着替えて下さいまし」

 

 どこか吹っ切れた様子の しいなさんが、まことの姿で手早く制服へと着替え出す。

 千里眼がオート発動するB子さんボディ──つまり、今の僕に『目隠し』は無駄。それ故の思い切りといった所だろう。

 だからと言って、堂々と目の前で脱がれても困るけれど‼︎

 

 仕方ない。彼女の方を見ない為にも、自分の着替えに集中するか。

 B子さんが使用したロッカーの扉を開けると、中には丁寧に畳まれた衣服があった。

 『女子の制服』と、掃除の際に着用していた『体操着』と、上下共に派手な『下着』

 これを、僕が着るのか!? 何かしらの犯罪に抵触するのでは……っ!?

 

 あ! 良かった『靴下』もあった。これなら、抵抗感も少ないだろう。

 

 胸で足元が見えないけれど、どうにか装着できた。

 けど……ロッカーの内側にある鏡に映るB子さんの姿は、水着+靴下のみという状態。

 さらに詳細を述べるなら、金ビキニ+黒のニーハイソックス。

 余計に背徳感が増したような気がする!? どうしよう……!?

 

 

 「もう! まだ靴下だけですの!? 私が着替えさせますので、あなたは天井でも見ていて下さいまし。まったく……仕方のない方ですわね」

 

 建て替えから二年目の天井は、まだ染み一つない程に綺麗だ。

 これでは、気を紛らわす事もできない。否応なく、身体を触られる感覚に集中してしまう……。

 視線を少し下ろせば、ダークブラウンの髪が忙しなく揺れている。B子さんの身体へ下着を着せるのに四苦八苦している様子。

 

 んっ、こんな強引に装着されて大丈夫なのだろうか!?

 ぐいぐいと胸が押し込まれて、少し窮屈だ。

 

 でも、それが逆に『揺れ』を軽減するのかも知れない。

 そう考えれば、このフィット感にも納得できる。柔らかな生地の肌触りの良さ、適度な締め付けによる背筋の矯正。そして何より、肩への負担が大幅に減っている! これはデカい‼︎

 さらに、レースの装飾は緻密な細工が施されており……って、僕は何で下着のレビューをしているんだ!?

 

 と、とにかく。上の水着は無事に着替えさせてもらえたんだ。次はいよいよ──

 

 「あとは、そのままブラウスとスカートを着れば大丈夫ですわね。それも私がやってあげますわ。男性のシャツとは勝手が違いますものね」

 

 

 あ、下は水着のままでも大丈夫だったのか。まことと違い、B子さんの水着は濡れていない。これなら、そのまま服を着ても問題なさそうだ。

 あれ? その理屈だと、上の水着も替えなくて良かったのでは!?

 

 「ブラジャーの方が、固定されて動きやすいでしょう? 美衣の身体はそれでも揺れてしまいますが、水着よりはマシですわ。ふふふ、今の私には心配のない悩みですけれど……」

 

 そう言って、自分の平らな胸をなでる彼女。動きやすさという点では、まことボディが一番だろう。しかし、胸の大きさはセンシティブな問題のようだ。

 憂鬱な雰囲気を纏ったまま、しいなさんが僕の着替えを継続してくれる。まことの気落ちした姿は新鮮で、本来の彼女よりも大人びて見える。中身が違えば印象も変わるのだろう。

 印象の違いと言えば、彼女が髪に結っている『リボン』の影響も大きい。黄色いリボンが、ダークブラウンの髪色と良く合っている。

 普段の まことは髪飾りなど付けないので、まるで別人のようだ。

 

 「あの子と差異をつければ、あなたも中身が『私』だと認識しやすいでしょう? こうして接近しても意識されないのは、悔しいんですのよ。詠を含め、あなた達『幼馴染』の関係には少し嫉妬してしまいますわ──」

 

 

 嫉妬。

 そう呟いた彼女は、僕のブラウスのボタンをはめながら少しだけ感情を吐露してくれた。

 彼女曰く、普段の僕は距離を詰めれば自然と離れるクセがあるそうだ。

 それが、まことの身体では問題なく近づける。

 彼女にとって、この事実は簡単に流せない物らしい。

 

 僕としても、知らずに彼女を不安にさせていた事は大問題だ。他人との距離感『パーソナルスペース』という物は、そのまま心の距離感とも捉えられてしまうのだろう。

 しかし、僕がしいなさんから少しだけ離れてしまうのは、単純に照れているだけなのだ。

 他人の目という物を必要以上に気にしているのかもしれない。

 実際、図書室で二人きりとなった時など僕の方から近づいている。心の距離というのなら、彼女との距離感は限りなく近いだろう。

 

 だから、今も『まこと』の姿とはいえ意識している。

 もう僕は『ディエゴ』とは呼ばれないけれど、もしもまた──

 

 「きゅ、急に赤裸々に語らないで下さいまし! 私も、反省しておりますの。『ディエゴ』の件は、中学生の頃に詠へ確認すれば済む話でしたもの……きっと無意識に、それを拒絶してましたのね──そ、それはそれとして! あとはタイを締めれば着替えも完了ですわ!」

 

 いつの間にか、ブラウスのボタンは閉じており、スカートまで穿かせてもらっていた。

 せめて、最後のリボンタイ位は自分で着けよう。妹が幼稚園に通っていた頃は、僕がリボンを結んでいたんだ。この程度なら……あ、双丘に押されて凄く結びにくい!?

 

 

 「あら、タイが曲がっていてよ? ふふ、いつもは美衣が私の着替えを手伝ってくれますのに。こうして逆にお世話するだなんて、とても新鮮な気分ですわ!」

 

 まさか僕自身が『タイが曲がっていてよ』を体験するとは思いもしなかった。

 レイワさん曰く、百合を象徴する伝説のワードらしい。この流れを放置すると『キマ市にタワーが建ってしまう』そうだ。

 うん。言葉の意味が良く判らない。

 レイワさんに解説してもらいたい所だが、未だに音信不通となっている。百合の間に挟まる男に容赦のない彼女が、現状を警告しない理由は一体? 僕はもう、男として認識されてないのだろうか……!?

 

 

 「さあ、髪も梳かしましたしバッチリですわ。これでどこから見ても、いつもの美衣ですわね‼︎ ……って、何を呑気にお世話していますのよ、私は!? もしや、まことになったせいで私の思考回路に悪影響が!?」

 

 すっかり、お世話されてしまった。鏡に映るB子さんは、普段の制服姿。ギャルとの交流が深い彼女のスカート丈は、割と短めだ。

 この程良く肉付いた長い脚は、鏡越しでなければ確認する事が難しい。自分の視点では、胸に邪魔されて足元が見えないからだ。なので、更衣室へ来るまでも何度か転びそうになっているのだが……その都度しいなさんに支えてもらっていた。

 

 彼女は、肉体が変わった事で『思考の変化』を気にしているが、僕からすれば普段の彼女と内面は変わらない印象だ。元々、少しポンコツ気味なところが魅力的なんだし。

 まことの姿になっても、根幹は何も変わっていない。

 きっと身体に溜まった疲労が原因で、思考力が少し落ちてるだけだろう。

 

 「なるほど、一理ありますわね。ですが、それはあなたにも言える事でしてよ? その身体は『睡眠不足』なのですから──」

 

 

─────────

──────

───

 

 

 校舎への移動中、しいなさんが語った内容は衝撃的なものだった。

 B子さんが睡眠不足なのは、身を持って理解している。

 しかし、その原因が『千里眼』にあったとは思いもしなかった──

 

 

 瞼を閉じても外の光景が見えてしまうB子さんは、日の出と共に目が醒めてしまうそうだ。

 特に、夏至の近付く今の季節は睡眠不足に悩まされる事が多いのだという。アイマスクを着けても、部屋のカーテンを遮光性の高い物へ替えても、眼に入る光量に変化はない。

 太陽が出ている間は、常に視界が明るく見える。それが千里眼なのだ。

 

 精霊に由来した力は、時に物理法則を無視する。

 思っていた以上に、彼女が背負った『精霊回帰(ジン・バック)』の特徴は不都合と抱き合わされていた。太陽の光に悩まされる因果など、ケハクの神話そのままである。

 改めて『一番偉い神様』とやらの理不尽さに嫌気が差す。あちらは『祝福』を与えたつもりでも、実際には『呪い』として働いている面が強いのだから。

 

 

 「ですが! 精霊回帰のあなた達だからこそ、今回は『裏技』が使えますの。その為にも、まずは美衣を捕まえませんと! 下駄箱の状況から、まだ校舎内に居る事は間違いありませんわ」

 

 そうこうしている間に、昇降口へと到着していた。

 そして、彼女がここまで僕を連れて来た事にも理由があったようだ。

 

 精霊回帰に限定した話だが、しいなさんには『入れ替わり』を元に戻す術があるらしい。

 オメイラガから発明品でもくすねて来たのだろうか? 今回の作戦は、様々な思惑が入り組んでいる印象なのでどうにも推測が立てづらい。

 しいなさん。A子。B子さん。おそらく、三人の目的がバラバラになっている。オペレーションαを控えているタイミングで、こんな事件を起こす理由も不明瞭。

 

 とは言え、僕とB子さんが揃えば元に戻れると言うのだから、今は彼女に従うのが最善だろう。

 

 

 「あなたは、この周辺で出入り口を見張っていて下さいな。私が全力疾走で一階から駆け回って来ますわ! ふふっ、更衣室で少し休憩できましたので、体力も戻ってますの!」

 

 待った‼︎ いくら まことボディでも、それは無茶だ。

 疲労が判りにくいだけで、限界が来れば電池が切れる。その身体はそういう作りなんだ。もし階段の途中で眠ってしまえば大変な事になる。

 

 ここは、僕に任せて欲しい。

 

 『千里眼』を上手く活用すれば、校舎をスキャンできる筈なんだ。

 この眼は、その気になれば壁や天井さえも『透過』できてしまう。更衣室で転びかけ咄嗟に目を開いた時、壁の向こうにあるグラウンドが視えたのだから。

 何度も転びそうになったお陰で、おおよその感覚は掴めている。

 瞼を開き、眼に力を込めれば──

 

 

 「ダメですわ……! 直ぐに目を閉じてっ‼︎」

 

 っ……!? 一瞬、校舎どころか何もかも消えていた。

 地面すらなく、空中に投げ出されたような、恐ろしい視界が広がって──っ。

 しいなさんの忠告で直ぐに瞼を閉じたけど、まだ目眩がする。

 自分に任せろと息巻いておいて、このザマでは格好も付かない……。

 

 「私の説明不足でしたわ。美衣も、千里眼の制御には苦労しておりますの。出力の調整が難しく、透過すればする程に『反動』も大きいと言っていましたわ。気分が落ち着くまで、私の肩を使って下さいまし」

 

 倒れそうになった身体を、しいなさんが支えてくれる。

 つくづく考え無しの行動だった。幼い頃からこの眼と付き合ってきたB子さんでさえ、普段は瞼を閉じているんだ。僕が一朝一夕で使い熟せる代物の訳がない。

 頭が痛い。精神的にも、物理的にも。

 おそらく、この頭痛が『反動』なのだろう。

 僕の軽率な行動が、B子さんの身体へ余計な負担をかけてしまった。

 

 「あなたの身体を持ち逃げした相手に、その気遣いは無用でしてよ。ですが、それでこそ『あなた』なのかも知れませんわね。器は違えど、中身は同じ──もし──もしも、ですわよ? このまま、お互いに元の身体に戻れなかったとしても……」

 

 ゆっくりと、自身の言動を確認するかの様に。

 彼女が僕へと語りかける。元に戻れなかった未来。僕は『山丹(ひめゆり)美衣』として、彼女は『羽吹まこと』としての人生を歩むことになった、もしもの未来を──

 

 

 「こらーッ、しいな‼︎ ボクの身体で、なに勝手なコトしてるんだっ! 美衣さんと……じゃなくて、Dくんと抱き合って何する気だったの!?」

 

 

 まことの登場で、建設途中だったキマ市のタワーは呆気なく瓦解してしまった。

 

 どうやらこの世界は、たとえ百合だとしてもラブコメには邪魔が入る仕様のようだ。まあ厳密には百合ではなく『とせがら』というジャンルらしいが──

 トランス・セクシャル・ガールズ・ラブ。頭文字をとって通称 とせがら。レイワさん曰く、TSっ娘と女の子の恋愛を指す言葉だそうだ。

 

 昨夜は早めに原作知識の整理ができたので、そういった雑談を沢山していた。結果、プール回の原作知識は的外れな物で、僕はB子さんの身体と入れ替わっている状況なのだが!

 

 

 「貴女こそ、あの『透けビキニ』は何ですの!? おかげで、余計な辱めに遭いましたわ!」

 

 「透けっ!? じゃ、じゃあ……ボクの身体、Dくんに見られちゃったの!?」

 

 おっと、流れ弾が飛んで来そうだ。

 ダイジョウブ。ほら、僕はこの通り目を瞑ってたんだ。これは嘘じゃない。

 それよりも、まこと。水着姿のままプール場から出てきたら、しいなさんが困るだろう。一度、着替えてきた方がいい。

 

 「そんな暇ないよ! リングリットが来てくれたけど、あの調子じゃ日が暮れちゃう──」

 

 

 成程。シマリス怪人の相手は、リングリットへ任せてきたのか。

 だけど、肝心のヒーローが素早い怪人に対応しきれないらしい。現在も、鬼ごっこが継続中。

 放電現象も継続中なため、プール内は大混乱。万が一、また『入れ替わり』に巻き込まれると不味いので、まことは校舎まで避難して来たそうだ。

 しいなさんの身体を、あの混沌空間から守った点は英断だ。ありがとう。

 

 「えへへ。ボクだって、知らない男子にはなりたくないからね! 君たちこそ、何か目的があるんでしょ? プールサイドから後ろ姿を見てたけど、避難してるって雰囲気じゃなかったもん」

 

 期待を裏切るようで悪いけど、別に事件を解決する事が目的じゃないんだ。

 飽く迄、僕とB子さんを元に戻すだけなのだから。

 

 「えっ!? 君たち、元に戻れるの!? なら、ボクも!」

 

 「それは無理ですの。詳しい事情は長くなるので伏せますが、私が元に戻せるのは彼と美衣だけですわ……ああ、目の前に『私』が居るのに! もどかしい気分ですわ〜‼︎」

 

 あ。この流れはマズいかも知れない。

 売り言葉に、買い言葉。非常時だと言うのに、またいつものケンカが始まってしまいそうだ。

 

 

 「ボクだって、一刻も早く元の身体に……って!? そ、その『リボン』! どうして、しいなが着けてるのっ!?」

 

 「べ、別によろしいでしょう!? 元々、()()()()()()ですし……!」

 

 ……おや? 流れが変わったぞ。

 そうか、あの黄色のリボン。どこかで見覚えがあると思ったら、まことの誕生日に宅配されてきたプレゼントだったんだ。その送り主は、勿論しいなさん。

 

 贈り物を大事に持ち歩いていた事がバレてしまい、赤面する『しいなさんボディ』

 その反応を見て、自分まで恥ずかしくなり赤面する『まことボディ』

 先程、競泳水着で校舎までやってきた件に、しいなさんが口を挟まなかった謎も解けた。まことが更衣室で着替えれば、ロッカー内に仕舞ったであろう()()がバレてしまうからだ。

 彼女もまた、まことに貰ったプレゼントを日頃から持ち歩いているのだろう。

 

 

 これが純正の『キマ市タワー』か! 恐ろしい速度で、建設されて行く……‼︎

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「と、とにかく! 美衣さんを捜すんでしょ!? しょ、勝負だ、しいな!」

 

 「え、ええ! では……私が南校舎で、まことが北校舎を捜索! 先に美衣を捕まえた者が勝利としましょう」

 

 互いに居た堪れなくなり、なぜか勝負を始めた二人。

 もはや、ライバル関係を維持するために無理やり仲の悪いフリをしているとしか思えない。

 しいなさんは律儀に、まことが北校舎へ移動し終えるまでスタートせず待っているのだから。

 

 ちなみに笛壱高校の校舎は『H』型。南北を考えると『工』型と表現した方がより解り易い。

 『工』の上の横線が北校舎。下の横線が、南校舎。

 縦線が、校舎をつなぐ渡り廊下だ。

 両校舎とも四階建てで、中央部と両端の三箇所に階段がある構造。

 

 僕がいる昇降口は南校舎の中央。丁度、渡り廊下を見渡せる位置にある。

 一階の渡り廊下の一部は壁のない『ピロティ』構造となっており、左右の中庭を繋ぐ役割も果たしている。ピロティには、飛び石のように簀子が配置されているので、上履きのままでも行き来が可能だ。

 

 現在、しいなさんボディがピロティを爆走中。

 競泳水着で簀子を八艘飛びする姿が、とてもシュールだ。

 されど、惚れ惚れする程の見事な身のこなしと言えるだろう。まことはこの短時間で、胸部装甲による感覚のズレを補正してしまったのだ。相変わらず、恐ろしいバトルセンスを持っている。

 

 僕には生涯かかっても真似出来ない芸当だ……いや、生涯B子さんでいる気はないけども。

 

 

 「そろそろ、あの子も向こうの校舎へ着きますわね。では、私も行って参りますわ! あなたは昇降口を見張っていて下さいまし」

 

 僕の返答を待たず、今度は まことボディが弾丸の如く廊下の彼方へと駆けて行く……。

 あの速さで捜索できているのだろうか?

 

 ああ、そうか。今の南校舎一階は、殆ど施錠されているんだった。

 この階にあるのは『理科室』や『家庭科室』といった特殊教室のみ。教師が出払っている今、一般教室以外は施錠されていて入る事ができない。勿論、職員室や理事長室、別館となる体育館や図書室も例外ではない。

 本来であれば、昇降口すら生徒会によって施錠されている手筈だったのだから。

 

 こうして解放されているのは、生徒会の彼女らが仕事を忘れ遊んでいたからなのだが……そう仕向けたのは、他ならぬ僕自身なので文句を言えない。

 プールで『まことvs生徒会』を仕組んだ報いが、早くもやって来たのだ。僕よりも、むしろ彼女らの方が被害に遭っていると言える状況が、なんとも申し訳ない限りだ。

 

 「なんでまた男なんですのォォ‼︎」

 

 校舎にまで、お嬢様口調の野太い声が響いてきた……誠に申し訳ない。

 現在の生徒会長は、強面(こわもて)先輩ボディなのだろう。劇では、目玉の親父役を担当した先輩。彼の素の声を聞いた事は無いけれど、消去法で判別できる。

 演技派の身体だからか、会長の叫び声がはっきりと届く。

 プール場からの距離を考えると、もの凄い声量だ。

 

 ちなみに笛壱高校を上空から見ると、こんなイメージとなる。

 

  Ⓗ=工⚪︎

 

  Ⓗ … ヘリポートも置かれているグラウンド。

  = … 上が体育館で、下がプール場。

  工 … 校舎。

  ⚪︎ … 図書室。といった具合だ。

 

 『エッチ、イコール、エロ。真理ですなぁ』

 新校舎設立の祝辞で、そんな事を述べた市長が翌日に解任されていた。

 萬宮寿イグナの逆鱗に触れてまで下ネタを繰り出すとは、前市長も無謀な人物だ。

 

 

 おっと。脱線してしまった。

 肝心なのは、校舎の施錠状況を考えれば捜索範囲がだいぶ絞られるという事だ。

 おそらくB子さんが隠れているとすれば、どこかの一般教室か──あとはトイレくらいだろう。

 

 実は、昇降口の隣にもトイレは存在している。

 彼女らは捜索せずに駆け出してしまったけれど、ここに隠れている可能性も充分ある筈だ。

 灯台下暗し。ここは僕が捜索すべきだろう。

 

 

 居ない……か。

 まあ、B子さんが男子トイレに居る訳もない──あ。

 いつものクセで普通に入ってしまったけど、万が一他の生徒が残っていた場合、とんでもない事態になっていたのでは!?

 

 今日の僕は、迂闊な行動が多すぎる。千里眼の反動で、まだ倦怠感も残っているし……一度、顔でも洗って気分を変えよう。

 

 とは言え、B子さんの身体でいつまでも男子トイレにいるのも問題だ。

 捜索も兼ねて、()()()の洗面台を使わせてもらうか。

 うん。身体は女子だし、誰か生徒が居たとしても問題ない! 問題、ないと思いたい!

 

 

 意気込んで扉を開けたものの、女子トイレには誰も居なかった──

 

 

─────────

──────

───

 

 

 洗顔完了。

 ついでに、ここまでの経緯を思い返す事で思考の整理も完了。

 

 鏡に映るB子さんの顔は、ノーメイク。考え無しに顔を洗ってしまったけれど、元から化粧はしていなかったようで助かった。

 この長い金色の睫毛も自前。碧眼と合わせれば、目が離せなくなる程の綺麗な色彩を織り成す美しさ……というより、本当に目が離せなくて困っているのだ。

 

 うっかり目を開いてしまった僕は、何故か鏡の前から動けずにいる。

 さらに厄介な事に、鏡越しでも『千里眼』は服を透過してしまう。

 視線を少し下へ移すだけで、そこには肌色が広がっている──

 

 ……ああ。お陰で一つだけはっきりとした。

 やっぱりレイワさんは、()()()()へ来ていない。

 彼女ならば、この光景を見て『うぉ…でっか』と溢さない訳がないのだから。

 つまり、僕は一人。僕だけが、B子さんの身体を占有している状況。

 

 このままだと、何かに呑まれてしまう! 別の事を考えないと‼︎

 そうだ。レイワさんの居ない今だからこそ、自分の正直な気持ちを誤魔化さずに考えられる。

 

 

 正直に白状すると、僕はB子さん──山丹 美衣さんに一種の憧れを抱いていた。

 きっと、あの時の感情を『一目惚れ』と言うのかも知れない。かしましいギャル達に囲まれた中で、一人静かに微笑でいた彼女。その儚げな表情が、ずっと僕の脳裏に焼き付いているのだ。

 クラスメイトになってからの彼女は、儚さなど微塵も感じさせない陽気な女性という印象だった。やたらと距離感の近い彼女に翻弄され、僕が勝手に抱いた幻想は自然と消えていったのだろう。

 

 

 だけど今は、僕自身がB子さん。

 鏡に映る寡黙な彼女から、目を離す事ができない……って、また元の思考に戻ってしまった!?

 

 考えるんだ。鏡から背を向ければいいだけなのに、何故か足が動かない。問題は、この点なのだ。精霊回帰の特徴なのか、単に僕がB子さんの魅力に抗えないだけなのか。原因は不明。

 

 少しアプローチを変えてみよう。

 鏡に映るB子さんの姿が変われば、状況にも変化が訪れるかも知れない。

 しいなさんに倣って、見た目の印象を変えてしまえばいいんだ。こうして、左側に前髪を垂らすよう持ってくれば……普段の僕と同じメカクレになる!

 

 ダメだ!? ミステリアス美人になっただけで、むしろ魅力が増しているっ!?

 なんて破壊力なんだ……!

 思わず後退りする程に、魅力が溢れている。

 今は自分の姿だというのに、照れて目を逸らしてしまった……あ。

 

 僕、普通に動けてる。

 

 

 

 メカクレ。というか目隠し。片目を隠した事で、身体の自由を取り戻せたという事だろうか?

 だとすると、この瞳が他人を魅了する原因。間抜けな事に、僕は自分自身を魅了していた事となる。

 更衣室の鏡では大丈夫だったので、トリガーは両目で正面から見つめる事……まあ、考察しても仕方ない。再度試すにはリスクが高過ぎるのだし、今は自由を満喫しよう。

 なんだか、気持ちまで解放されたようで清々しい。何でも出来そうな高揚感すらある。

 

 例えばこの『たわわ』も、今は僕の意思一つで思いのままにできる──

 

 プールにいた先輩達のように、本人の目の前で触るような真似はできないけれど……誰も見ていない今ならば、流石の僕も少しくらい魔が差すという物だ。

 純情だと言われていた僕だけど、健全な男子がいつまでも『胸部装甲』を点検せずにいるのは無理なんだ! 純粋に、知的好奇心が湧いてくる……!

 

 そう、これは探究心。一体、材質はどうなっているのだろう?

 

 

 「Dくん……女子トイレで一体、ナニしてるのかな?」

 

 振り返るとそこには、黒髪を逆立てた()()()()()の姿があった。

 厄日だ。天網恢恢、疎にして漏らさず。昔から僕は、魔が刺した途端に天罰が飛んでくる運命だった……!

 おかげで、今回も踏みとどまる事ができたけれど! あまりその姿で睨まないでくれ、まこと。しいなさんに激怒されてる様で怖い。僕の行動も、好奇心ゆえの物で別に疾しい気持ちは……

 

 「ふーん。そんなに知りたいのなら、ボクが教えてあげる。それはね、ただの『肉塊』なんだよ? ほら、こうやって掴まれると痛いでしょう? 格闘家には邪魔だよねぇ。ボクも、しいなの身体になって改めてそう思ってたんだっ‼︎」

 

 ひゃん!? やめてっ! ワシ掴みにしないでっ!?

 分かったから! 肉塊。これは肉塊だよ。ぼ、僕だって、入れ替わった身体が『まこと』だったらこんな苦労は……ああっ、余計に怒らせてしまった!?

 

 

 抗議も虚しく、まことの手は一向に止まる気配がない。

 彼女の右手は僕の胸部。左手は自身の胸部。真剣に感触の違いを確かめる姿は、何かしらのプロを思わせる貫禄だ。触られている方は、たまったものじゃないけれど……!

 鏡に映るのは、頬を赤らめ悶えるB子さんと、無心で胸を揉み続ける しいなさんの姿。

 肉体の立場だけで言えば、粗相を働いたメイドがお嬢様からお仕置きされている構図だろう。

 

 だけど! お嬢様が競泳水着なのはフェチが凄すぎると思うなぁ!

 

 

 「な、何をなさってますのーっ!? あなた達! わ、私の姿で美衣を襲うなんて……‼︎」

 

 しいなさんが戻った事で、混乱は最高潮へと達する。なんだか今日は、こんな展開ばかりだな。

 結局、B子さんも見つからず終いで勝負は引き分け。

 互いの身体へ疲労を蓄積させ、徒労だけを残した結果だ。

 

 それら全ての批難が、何故か僕へと集中したのだった──

 

 

─────────

──────

───

 

 

 閑話休題。

 

 トイレでの混乱も収まり、僕に情状酌量の余地が認められた頃。

 彼女達がもたらした情報のおかげで、B子さんの行方を推理する事ができた。

 おそらく()()()()に、B子さんは居る……居てもらわないと困る。

 

 

 僕の名誉を挽回する為にも、どうかこの推理が当たっていますように‼︎

 

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