平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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#17 混合水仙/入れ替わり回 ③

 一人相撲という言葉がある。

 

 独断専行での空回りを揶揄する際などに、よく耳にする言葉だ。

 現代に於いてはマイナスイメージで使われがちだが、その語源は『神事』から来ている。

 日本の国技にもなっている相撲は、神話の中でも特別な役割をもつ行事なのだ。

 

 四国のとある神社では、豊作を祈り『力士』と『稲の精霊』が相撲を取る神事が今も行われている。おそらく、遥か昔は本物の精霊が顕れていたのだろうが……現在は少し違う。

 力士が一人芝居を行い、さも精霊と相撲を取っているかの如く演じる──目に見えない相手が、そこに存在するかの様に立ち回る『伝統芸能』へと形を変えたのだ。

 

 そうして執り行われた神事は、現代でも豊作の願いを叶える一助となっているのだろう。

 高い演技力が『精霊』の姿を人々へと夢想させ、人の想念が『稲の精霊』を形造り、その想いに応えて精霊が『豊作』をもたらす。

 

 迫真の演技には、それだけの力があるという事だ。

 これは、僕の眼前で繰り広げられている『一人相撲』にも言えることなのだ。

 

 

 ああ……心が持ちそうにない。

 気持ちを落ち着かせる為にも、ここまでの経緯を少しだけ回想しておこう──

 

 

 

▲▲▽▽◀︎▷◀︎▷

 

 

 

 女子トイレ。

 

 現在僕は、かつてない程の窮地に立たされている。

 B子さんの身体に欲情した疑いをかけられ、無実の罪で裁かれる寸前なのだ。

 だが、こんな時こそ羽吹流の教えが役に立つ。死中に活あり!

 

 

 「それ、お爺ちゃんが良く言ってるよね。でも『シチューにカツ』って、ボクはあんまり好きじゃないなー。サクサクの衣が、シナシナになっちゃうもん! えへへ、Dくんも罰としてシナシナにしてあげるね?」

 

 「まこと……貴女……。いえ、まずは彼の言い分を伺いましょう。(わたくし)としても、彼が情欲に走ったとは思えませんもの」

 

 ありがとう、しいなさん。

 まことの誤解を解く為に、少し歴史の話をさせて欲しい──

 

 

 例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『名画』

 例えば、ウイリアム・シェイクスピアが残した『名作』

 例えば、W.A.モーツァルトが生み出した『名曲』

 

 過去から現代に至るまで、人々を魅了し続ける作品たち。

 数百年という時を超え、なお衰える事のない魅力がそこにある。いや、魅力があったからこそ時を超えられたと言うべきか。

 人を魅了する力とは、それ程までに大きな影響力を及ぼすものなのだ。

 

 つまり、僕が何を言いたいのかと問われれば……歴史へ影響を与える程の『大いなる力』に、個人が太刀打ちする事など不可能だという話だ。判ってもらえたかな?

 

 

 「ねぇ、Dくん。話を誤魔化そうとしてるよね? 歴史とか関係ないよね? 単に君が、美衣さんの『大いなる』おっぱいに魅了されただけだよね……!?」

 

 「いえ、待って下さいまし。魅了……確かに、それなら辻褄も合いますわね──」

 

 再び激怒しそうになった まことを、しいなさんが制してくれた。

 見た目だけで言えば、競泳水着を着た『しいなさん』を真面目な顔で宥める『まこと』の図。なので違和感は拭えないが……彼女のお陰で風向きが変わった。

 

 どうやら僕の言い訳は、あながち間違ってもいなかったようだ。

 

 

 B子さんの先祖『ケハク』は、翼を失い海で暮らしたという点から『セイレーン』と同一視される場合がある。美しい歌声で船乗りを『魅了』し、海へと引き摺り込む存在。それがセイレーン。

 ケハク自身に『魅了の力』が備わっていたかは定かではない。

 しかし、子孫であるB子さんには僅かながら『魅了スキル』が発現しているのだ。

 

 これは、物語が変容した結果だろう。

 『精霊(ジン)』は人の想念に左右されやすい存在。人々が無意識に共有するイメージによって、精霊はその在り方さえも変質してしまうという事だ。

 従って、現代を生きる『精霊回帰(ジン・バック)』は、書き換えられた先祖の因果すら背負う羽目となる。なんとも酷い話である。

 

 

 「ですが、美衣に現れた魅了の力は何故か『歌声』では御座いません。非常に表現しにくいのですが、あの子が持つ印象というか……『母性』のようなものが他人を魅了してしまいますの」

 

 せ、説得力が凄い‼︎

 

 僕やA子が「おいで〜」と呼ばれて逆らえない理由はソレだ。まさに、天性の甘やかし体質。

 鏡に映った彼女の姿に、僕は『母性』を感じてしまったのだろう。あの慈愛に満ちた眼差しに魅了され、鏡の前から動けなくなってしまったんだ。

 そして、髪型を変える事で印象を『母性』から『妖艶』へと変化させ、僕は魅了による束縛を解くことに成功したのだ……あれ?

 

 そうなると、自由になったあとの行動は純然たる僕の意思という結論になってしまうな。

 うん。この件は彼女達には黙っておこう!

 

 

 「ジン? そのオカルト話はよく分かんないケド……Dくん、母性に弱いの? そっか、君のお母さんは()芸能人だもんね。忙しくて、甘える時間がなかったんだ。きっと、その反動で甘えん坊さんに──」

 

 しいなさんの姿で、憐れむような視線を送らないでくれ。

 僕は、哀しみが生み出したモンスターじゃないんだ! 母性に弱いのは人類共通だろう!?

 

 ついでに補足しておくと、母さんは今も芸能人だ。

 唯一の仕事だったラジオ番組が終了して、今は開店休業中だけど……限界ギリギリ崖っぷち元アイドル『葉月エリス』は、虎視眈々と再ブレイクを夢見ているんだ。

 あの人こそ、承認欲求によって生み出された哀しきモンスターだよ。

 

 

 「まこと。ご家庭の事情にあまり踏み込んではダメですわ。母性に弱いのは人類共通。今は、この言葉だけを汲み取って差し上げましょう? 美衣の母性が人を惹きつけるのは事実ですもの」

 

 「うん。美衣さんに不思議な魅力があるのは確かだね。ボクも、あの人に頭を撫でられると拒否できないもん。中身がDくんの今なら、そんな事ないけどね!」

 

 「それは、今の貴女が私の身体だからですわ。肉体に備わった『耐性』の差というものですの。現に私は先程……いえ、なんでも御座いませんわ」

 

 

 僕を一瞥して、何かを言い淀む しいなさん。

 リングリットは特殊攻撃無効というチート耐性を持っているけど、巫女である彼女の身体も何かしらの耐性を獲得しているのだろう。しかし、まことボディではその恩恵に与れない状態。

 

 合点がいった。今日の『いい雰囲気』は、B子さんの魅了スキルが貫通した為だったのだ。

 これでは、リングリットをチートだなんて言えないな……精霊の力に頼らず、地道に頑張ろう。

 

 そう言えば。精霊関連の話題を普通にしているけど、大丈夫なのだろうか?

 

 

 「そうでしたわ!? 美衣が精霊の子孫だという事は、くれぐれも他言無用でしてよ?」

 

 「う、うん。分かってるよ。ボクも周りの人から、変な目で見られたくないからね!」

 

 ポンコツかわいい しいなさんと、スピリチュアルな事に半信半疑の まこと。

 しかし、形の上だけでも納得してくれた様で何より。

 彼女が口止めを承諾した事で、魅了にまつわる一件は取り敢えずの解決を見せた。

 

 

 

 ここからは、情報交換の時間だ。

 

 B子さんの発見こそ出来なかったものの、彼女らが校舎を捜索した事は無駄ではない。

 二人が集めてくれた情報を整理すれば、きっと居場所を割り出せる筈だ!

 

 まずは、先に女子トイレへやって来たのが『まこと』だった件から紐解いていこう。

 順当に行けば、先に帰ってくるのは『しいなさん』の筈なのだが……

 

 「足止めが御座いましたのよ。あれは3階の廊下、プール場を見渡せる窓辺で──」

 

 

 南校舎3階の廊下。そこには、なんと『E』が居たらしい。

 彼はカラオケの予約を学校の公衆電話で済ませ、掃除へは参加せず双眼鏡でずっとプールを眺めていたそうだ。なんとも彼らしい行動である。

 

 Eは当初、頃合いを見て水遊びに混ざろうという目論みだった様だが、それは怪人の出現で御破算となる。

 しかし、彼は転んでもただでは起きない性格。

 水着女子との直接的な触れ合いを断念し、様子のおかしくなった『女子生徒』を観察するという新たな楽しみを発見したそうだ……彼もまた、何かに『魅了』されたのだろう。

 

 

 「井伊エツジは、私を まことだと思っておりましたので、ペラペラと余計な事まで話してくれましたわ。そう言えば、少し前にプール場から出てくる()()()()を見かけたとも仰ってましたわね……?」

 

 おそらくそれは、僕の身体のB子さんだろう。

 本物の姉さんにしては、学校へ戻ってくる時間が早すぎる。姉さんは、過去のトラウマから自転車には乗れないのだ。徒歩で学校と自宅を往復するのだから、あと30分はかかる筈。

 

 それはそうと、Eが僕らを見間違えるのは珍しいな。双眼鏡越しだからだろうか?

 未だにその双眼鏡でプールを覗いてるのだと思うと腹が立つな。スケベながらに常識は持ち合わせている彼が、僕らとの合流よりも『のぞき』を優先するとは心底ガッカリだよ。

 

 え……?

 Eは協力を申し出て来たけれど、まことと勝負中だったし、『入れ替わり』の説明も面倒だったから『当身』で気絶させた……!?

 

 

 「ちょっと、しいな! ボクの姿で、ヘンな事しないでよね‼︎」

 

 「大丈夫ですわ。背中を見せた瞬間に打ちましたので、姿は見られてませんもの」

 

 「う〜ん……ならいっか! 井伊くんがコッチに来ても、美衣さんの身体にエッチな事しそうだし。しいなに感謝しなきゃだね、Dくん!」

 

 

 複雑だなぁ。一先ず、彼の首が無事である事を祈っておこう。

 それにしてもこの二人。なんだか仲が良すぎて違和感がある。敵の敵は味方という心理だろうか?

 でも、しいなさんにしては乱暴な手段にも思える。なんと言うか、彼女達の言動や行動まで少しづつ入れ替わっているような……?

 うーん。元々似ている部分も多いから、一概に決めつける事もできない……けれど。

 

 これは、少し急いだ方がいいかも知れない。

 虫の知らせ──いや、ここは敢えて『女の勘』と言うべきか。

 

 とても嫌な予感がする……!

 

 

─────────

──────

───

 

 

 仲良し二人組に若干の疎外感を覚えながら、どうにか情報を聞き出す事に成功した。

 

 1)北校舎、南校舎ともに『教室』と『トイレ』は隈なく捜査済み。

 2)全ての特殊教室と、別館や屋上へ繋がる扉の『施錠』は確認済み。

 3)現在『鍵』は生徒会の管理下にあり、しいなさんもB子さんも所在は知らない。

 4)B子さんにとって、萬宮寿イグナの命令は絶対。『校則』も例外ではない。

 5)上記の点から、上履きのままピロティを抜け中庭へ出る事は考え難い。

 

 ふぅ。これで大分、絞り込む事ができそうだ。

 あとは少し集中して考えをまとめれば──

 

 

 「そーそー、しいなの視力って前は2.0だったよね? なんか、凄く視力落ちてない? ボクは人の気配を読めるから問題なかったけどさ、これだと普段は眼鏡かけた方がいいんじゃないかな」

 

 「え、ええ。ですが、眼鏡は戦闘の際に邪魔でしょう? それに視力の低下も、一時的なものですので大丈夫ですわ」

 

 視力の低下が一時的なもの……? 『レーシック』で回復させるのだろうか。

 だけど令和ならともかく、現代ではまだ一般化されていない筈。萬宮寿家ならば最先端技術を受ける事も可能だと思うけど……そこまでせずとも、コンタクトレンズで済むのでは?

 

 「コ、コンタクトなど不要ですわっ! 私の視力は、心配せずとも自然と回復するんですの。そ、そういう『体質』ですのよ!」

 

 「ふーん。まあ、ボクなら問題ないから別にいいんだけどね! 逆に修行になるもん」

 

 「ふふっ。そんなこと言ってますと、この身体を返しませんわよ?」

 

 

 コンタクトを怖がる しいなさんは可愛いかったけれど……()()始まってしまった!

 さっきから何度も、キマ市にタワーが乱立しているのだ。こうなると、もう僕は蚊帳の外。

 

 二人は、身体を『返す』『返さない』でキャッキャッウフフしている。そのネタで楽しめるなんて、お互いの事が好き過ぎだろう……。

 しかし、こうもタワーを乱立されてはキマ市が崩壊しかねないぞ。僕は、自然と共生する都市づくりが理想だと思うんだ。彼女達も、少しは萬宮寿イグナを見習った方が……ってそうだ!?

 

 百合空間に呑まれている場合じゃなかった。

 先程の情報を補足すると、元々『九重家』のメイドだったB子さんは、萬宮寿イグナに絶対服従の姿勢を見せているそうなのだ。

 もしこのまま、彼女らが冗談で言っている『元に戻れない未来』がやって来てしまえば、大変な事になるっ‼︎ メイドとして、萬宮寿イグナに仕えるなんて絶対に御免だ。

 間違いなく、いびられる。

 掃除した場所を指でなぞって「ホコリが残っていましてよ」とか言われてしまう!

 

 

 集中しよう。

 目の前で展開されている百合フィールドも、自分の身体がB子さんだという事も一回忘れるんだ。思考に専念できれば、きっと答えを導きだせる。

 よし。ここは自宅……

 僕はいつも通り、部屋をグルグルと歩き回りながら思考に耽っている最中──

 

 

 私立笛壱高等学校。校門から校舎までの距離は、萬宮寿リムジン一台分に相当。

 南校舎の昇降口は、手前に外階段があるため車に衝突される心配はない。

 ごくありふれた四階建ての『工型』校舎。B子さんの居場所は、この校舎内。

 消去法で、さらに絞り込んでみよう。

 

 まず、施錠された場所と、二人が捜索した範囲を除外。

 残った場所は、二階と三階の渡り廊下……見通しが良すぎる。これも除外。

 あとは、両校舎に三箇所づつある階段と……そうか!

 

 わかっ──痛っ!?

 

 つ〜ッ‼︎ 閃きと同時に、胸にとんでもない痛みが襲ってきた!

 急に振り返ったせいで、胸を思いっきり壁へぶつけてしまったんだ……。イタタ、さすっても痛みが中々治らない。完全に目測を見誤ったなぁ。

 

 

 「ビターンって音がしたから何かと思ったケド……Dくん? なに普通におっぱい触ってるの?」

 

 「そうですの……あなたも所詮スケベな男子でしたのね。井伊エツジと火鬼崎ワッカの親友ですものね……同じ穴のムジナ……キムジナーΔ。うふふ……」

 

 ご、誤解だ! 僕は推理に集中してただけなんだ‼︎

 集中し過ぎて、B子さんになってる事を失念してたんだ。それで、壁に胸をぶつけて……痛みから反射的にさすってしまったんだ!

 あと、変な命名も止めて!? デルタとか付けられたら、まるで怪人みたいじゃないか!

 

 と、とにかく……!

 ようやくB子さんの居所に見当が付いたんだ。まずは僕の話を……いや、最優先事項は別にあった。

 いい加減()()から出ようじゃないか!

 なぜ僕らは、頑なに『女子トイレ』へ居座っているんだ!?

 こんな狭い場所だから胸をぶつけたんだ……うぅ、まだ痛む。

 

 それに良く考えたら、ここにいる間にB子さんが昇降口から逃げてしまった可能性もある!?

 

 

 「大丈夫。そんな気配は無かったもん。壁一枚挟んでも、それくらいは把握できてるよ!」

 

 「流石、まことですわね! 頼もしいですわ──」

 

 どこぞの男子と違って。

 そんな幻聴が聞こえてくる程に、しいなさんからの視線は冷たかった……

 

 

─────────

──────

───

 

 

 昇降口。

 南側からの直射が差し込まないこの場所は、昼過ぎでも薄暗い。

 構造上、天井も一部が低くなっている為、若干の閉塞感がある。これは、今の身長だからこそ感じる悩みと言えるだろう。

 

 あ、良かった。下駄箱の状況に変わりはない様だ。

 危うく推理が頭から破綻する所だったけど……まことの言葉は真実だった。彼女は誇らしげに胸を張り、しいなさんがその姿を褒め称える。入れ替わる前ならば『得意げに巨乳を自慢するな!』と喧嘩が始まるシーンだろうに。

 ここは名推理を披露して、僕も胸を張ってあげようじゃないか!

 

 

 では、改めて。

 ポイントは……校舎内を隈なく捜索した二人が、見つけられなかったという点にある。

 しかし、こうして外に出た形跡がない以上、必ず何処かにB子さんは居る。

 残念だけど、捜査には穴があったという事だ。

 

 君たちが、本当に満遍なく捜索していれば発見できたのだろう。勝負に逸る気持ちが、思わぬ見落としを生んでしまったんだ。

 

 

 「ねえ、しいな? なんか、Dくんの態度デカくない? ヘンタイなのに」

 

 「ええ。先程の件は、確かに酌量の余地が御座いましたけれど……私達の捜索に穴があったと言われるのは心外ですわ!」

 

 順を追って説明しよう。

 まずは、しいなさんが捜索したルートの確認からだ。

 この昇降口からスタートし、校舎西側にある階段を使い、二階へ。

 そして、二階の端から端へと捜索して行き、今度は東側の階段で三階へ──同様の手順で四階まで捜索したと聞いている。

 

 東から西へ、西から東へと階層ごとに繰り返す流れ。

 なので、最上階を捜索し終えた時は、東側の階段にいた事となる。

 

 

 「その通りですわ。ですから、東の階段を使って一階まで戻り……まだ捜索していない、そこのトイレを覗いたら──」

 

 は、話を続けよう。この捜索方法の穴は、中央階段を全く通らないという点なんだ。

 

 

 「もうっ! その位わかってるってば。ボクも同じルートで北校舎を回ったケド、ちゃんと見落としがないように、上の階から中央階段の踊り場を確認したよ。ボクが気付くんだから、しいなだってそうでしょ?」

 

 「勿論ですわ」

 

 

 笛壱高校の階段は全て、折り返し階段。

 構造状、上階から見下ろす事で『踊り場』の全容を視認する事が可能だ。

 

 まことが捜索した北校舎は、それで問題なかっただろう。 

 しかし、南校舎には死角が存在する。

 僕らがいる昇降口の真上。中二階に位置するその場所は、一階と二階の間の『踊り場』に繋がっている。生徒が使う昇降口を、覆い隠す様に設置されている外階段。校門からも良く見える、中二階へと続く石段──それを登った先に答えはあったんだ。

 

 そう。来客用入り口を兼ねた『職員玄関』こそ、B子さんが隠れている場所なんだ!

 

 

 「はい? 職員玄関でしたら、二階の廊下から確認済みでしてよ? 見渡した限り、無人でしたわ。そもそも、あの場所は然程広くありませんし。美衣が隠れるスペースなど……」

 

 「待って、しいな。美衣さんの体は隠せなくても、Dくんなら話は別だよ! あの小さな体なら、二階から見下ろした時の『死角』に入れるっ‼︎」

 

 「盲点でしたわ! 確かに、彼の身体ならば……! よく判りましたわね、まこと!」

 

 「えへへ。しいなの身体になって死角が増えたからかな? おかげでボクも、格闘家として成長できたかも」

 

 

 あの、君たち! 勝手に納得されても困るんだけど……!?

 まだ推理の途中だから‼︎ 死角を作るための『鏡』のトリックとか、ちゃんと考えてるから!

 

 もうこれ以上『超高層建築物(キマシタワー)』を濫造しないでっ!?

 

 

 

 「さあ、参りますわよ! そこの中央階段を登れば、職員玄関は目と鼻の先ですわ」

 

 「悔しいーっ! そんな近くに居たのに『気配』を読めなかったなんて!」

 

 中二階とはいえ、階が違うのだから仕方ない。相手に敵意があれば、まことの気付ける範囲だと思うけど……逆に言えば、B子さんには害意がないという証明にもなる。

 彼女がどうして僕の身体で逃走したのかは判らないが、きっと話し合いは可能な筈だ。

 

 よし! 君たちは、捜索で走り回ってくれたんだ。今度は、僕が先行しよう。

 

 

 「あ、Dくん。パンツ見えてる……って金色ぉ!? なに、その下着!?」

 

 「水着ですわ。ですが、堂々と見せられても困りますわね。階段を登る時は、スカートの中を上手に隠すのが淑女の嗜みでしてよ?」

 

 え? だけど、水着なら見られても平気……って、その理論は()()じゃ通じないか。しいなさんボディが水着姿で彷徨いてる点が腑に落ちないけど、仕方ない。覚悟を決めるか!

 B子さんを見つければ、この身体ともお別れなんだ。最後に、淑女の嗜みとやらを経験しておこうじゃないか。

 えーと、スカートを押さえて──

 

 「コラっ! なに美衣さんのお尻触ってるの! 君はどこまでヘンタイになる気なのかな!?」

 

 

 理不尽。

 

 

 結局、僕が最後尾で登る事となった。

 まことボディが『淑女の嗜み』を華麗に熟し、しいなさんボディが『競泳水着』なのに両手でお尻を隠しながら階段を登っていく。そこまで執拗に隠さなくても、僕はジロジロ見たりしない!

 

 階段を中腹まで登ると、踊り場の先にある大きな硝子が見えてきた。

 およそ4mある壁面。その4分の3を占めるのが透明な『硝子戸』となっているので、二階から職員玄関の大部分を覗く事が可能だ。

 しかし、僅かとはいえ死角は存在する。

 硝子戸の両脇にある壁面部の裏側。階段の構造上、二階からでは左側の壁裏が完全な死角となってしまう。そのスペースは、幅50センチの奥行き20センチといった具合……まことの推理を認めるのは癪だけど、僕の身体ならばギリギリ隠れられる面積だ。

  ※図解

【挿絵表示】

 

 僕は推理の際、脳内でB子さんの姿を捜索対象としていた。本来の彼女であれば、胸がネックとなり隠れるのは不可能。なので、誰も居ないよう錯覚させる『トリック』があるのだと思い込み……ああ、無駄な事に頭を回してしまった。

 それもこれも、職員玄関に『全身鏡』なんて代物があるせいだ!

 去年の卒業生たちが寄贈した全身鏡は、一昨年の文化祭の劇で使用された物らしく、舞台で動かし易いようキャスターまで付いているのだ。こんなの、トリックに使われるフラグしかないだろう!?

 

 

 「……」「……」

 

 おや? 先程まで百合トークをしていた二人が立ち尽くしている。

 踊り場で立ち止まり、僕の進行妨害となっているが……幸い、今の僕は身長180㎝以上あるのだ。この視界に名残り惜しさは感じるものの、いい加減自分の身体に戻りたい。

 そのチャンスが目前なんだ。少し怖いけど、彼女らが躊躇している理由を確認しよう。

 

 二人の頭上越しに職員玄関を覗いてみれば──

 

 そこには、()()()がいた。

 

 

△△▼▼◁▶︎◁▶︎

 

 

 回想が終わってしまった……。

 

 もう諦めて、鑑賞せざるを得ない。目の前で繰り広げられる奇抜な『一人芝居』を──

 

 

 「はぁ、はぁ、美衣。私……私っ!」

 「大丈夫よ、理珠。落ち着いて話してね〜」

 

 「私、男の子になっちゃったの! どうしよう、美衣!?」

 「あら〜、ホント。()()わねぇ。胸もペタンコになってるし〜」

 

 「うぅ……こんなカラダじゃ、嫌われちゃうよぉ……」

 「泣かないで、理珠。わたしは、絶対に嫌いにならないから」

 

 「美衣っ……!」

 「理珠、理珠っ‼︎ ん────」

 

 

 『僕』が、鏡の中にいる『姉さん』へと口付けている……ナニコレ?

 いや、やたらと演技力が高いから内容は判る。

 ある日、男の子になっちゃった木嶋 理珠が、親友の山丹 美衣に悩みを打ち明け──という筋書きだろう。

 

 だけど……‼︎

 どこから調達したのか、僕の身体は女子の制服を着ているし!

 B子さんはコチラに気付く気配が一向にないし!

 しいなさんと、まことは絶句したまま『僕』の痴態を見入っているし!?

 何なんだこの状況はっ‼︎ 僕は何を見せられているんだ!?

 

 

 「理珠〜! たいへんなのぉ。わたし、弟くんになっちゃったの!」

 「じゃあ、今のでぃ君は美衣なの!? なら、これからは一緒に暮らせるね!」

 

 あ、第二幕が始まってしまった……。

 今度は現状に照らし合わせた設定のようだ。『僕』の身体で、姉さんに会った時のリハーサルだろうか? でも、いきなり『一緒に暮らせるね!』とはならないだろう!?

 姉さんのキャラが支離滅裂すぎる!

 

 嗚呼、せめてあの身体がバングルを装備していなければなぁ。本物の姉さんが、鏡の前で親友と弟に欲情する変態だったという可能性を残せるのになぁ……それはそれで嫌だなぁ。

 

 

 「んっ……」「みぃ、んぅ」

 

 あー!? また鏡にキスしたっ!? 展開が早いっ‼︎

 今回の設定だと『僕』と『姉さん』の身体同士なんだけど!? 姉さんはそんな事しない!

 なんでB子さんは、そうまでして幻想の姉さんとキスしたがるんだ……!

 

 

 「愛してるわ、理珠〜」

 「私も。例え弟の身体でも、美衣が大好き!」

 

 うん。愛ゆえに……か。

 しいなさん達の百合と濃度が違いすぎて、最初は理解できなかったけど。

 

 どうやらB子さんは、姉さんの事が大好きなようだ。

 

 それはもう、鏡の前から動けなくなる程に深い愛情で。

 周囲が見えなくなる程の、強い愛情なのだろう。『愛は盲目』とは、よく言ったものだ……。

 別に、彼女の想いを知ったからと言って軽蔑は微塵もない。愛の形はそれぞれだし、僕とて姉さんと しいなさんの恋路を応援した事もある。B子さんの愛に、もし姉さんが応えるのならば祝福したいくらいだ。

 

 だからと言って!

 僕の身体で勝手に女装して、鏡にチュッチュするのはどうかと思うなぁ‼︎

 そもそも、その制服はどこから持ってきたんだ! サイズも合ってるし、まさか姉さんの物を……!?

 

 

 「あ、あれは私の服ですわ……私の制服を、()()()が着ているんですの」

 

 「しいなの服を……!? Dくんのエッチ! もう変態すぎて、ボクは君が怖いよっ!?」

 

 冤罪すぎて、僕は君が怖いよっ!

 いや、一番怖いのはB子さんだけども!

 

 僕らの存在に未だ気付かず、彼女は一人芝居を継続中。

 鏡にピタリと密着し、今はただ口付けを交わして『姉さん』と見つめ合っている。

 しいなさんが捜索した時も、この姿勢だったとすれば二階から全く見えないのも頷ける。

 彼女は隠れる気など毛頭なく、ただ自分の世界に陶酔していただけだったのだ。

 

 自分の姿に見惚れるなんて、まるでナルシストの語源になったあの神話じゃないか。

 少年が水面に映った自身の姿に魅了されるという、あの物語──

 

 そうか! 彼女もまた『魅了』されているんだ。

 

 

 「ありえますわね。精霊回帰(ジン・バック)の能力は、肉体と魂の両方に宿っているケースも御座いますの。きっと今のあなた達は、お互いの特性が混じり合った『暴走状態』なんですわ!」

 

 「ねぇ、しいな。Dくん達を元に戻せるんでしょ? ジンとかは良く判らないけど、元の身体に戻れば美衣さんの『魅了』も解けるんじゃないかな」

 

 そうだった! 

 あまりの衝撃で忘れていたけど、当初の目的はそれだったんだ。

 肉体と魂が正常に戻れば、特性の混在も解消される筈! まことが冴え渡ってる点が気がかりだけど、まずは元の身体に戻るのが先だ。

 

 しいなさん、お願いできるかな?

 

 「わかりましたわ。私の力で、あなた達の『魂』を肉体から取り出し、元の身体へと移し替えますわ! まずは、あなたの魂から……集中する必要が御座いますので、動かずにじっとしていて下さいまし──」

 

 

 そうか、確か『巫女』は精霊の魂を掴む事ができるんだ。

 統合精霊化の際は、その魂を自身の肉体へ入れると聞いている。ならば、精霊回帰同士の魂を別の肉体へ移し替える事も理屈の上では可能なんだ!

 それが、彼女の言う『裏技』の正体……んんっ。

 

 とは言え、彼女が掴んでいるのは『魂』ではなく『たわわ』なのだが……。

 動くなと言われたけど! これ合ってる? あっ、そんな強く握らない、でっ!?

 

 「な、なぜですの!? 魂を掴めませんわ!?」

 

 「うーん……もしかして『ボク』の身体だから? しいなの身体じゃないと、その不思議な力は使えないとか……よーし! なら、ボクが試してみるよ」

 

 やっ、ちょっと待って! それはさっき、トイレで何回もやってるだろう!?

 きっと、肉体だけじゃなくて技能面も必要なんだよ! だからっ、揉むのを、やめて!?

 

 

 ああ──学舎の踊り場は混沌と化している。

 これは、プールで起きているパニックに勝るとも劣らない乱痴気具合だ。

 周囲が混乱する状況は、逆に僕の頭を冷静にさせてくれる。

 冷静に俯瞰して、僕は全ての抵抗を諦めたのだ……。

 

 おそらく、第三者の目にはこう映るのだろう。

 

 B子さんの右胸を揉み続ける、羽吹 まこと。

 同じく左胸を揉み続ける、萬宮寿 しいな。

 それを受け入れ、されるがままの山丹 美衣。

 そして、三人の痴態には目をくれず。ただただ、己の姿に発情している『僕』

 

 地獄だ……。

 もし、こんな場面を誰かに見られたらと思うと──

 

 

 「み、美衣ぃ! どうしようっ!? 私の弟、ヘンタイだったみたいなの! って、シーナちゃん達も何やってるの!? プールの方も騒がしいし、何が起こってるのー!?」

 

 

 二人を引き剥がし、僕へと縋り付く姉さん……今度こそ本物だ。

 だが、「どうしよう、美衣!?」と泣きつく姿には既視感しかない。

 B子さんの解釈が完全に一致していた証明である。あのクオリティは『姉さんガチ勢』だからこその仕上がりだったのだ。

 

 「ねぇ、美衣!? 大変なの、弟が変態なのっ! 助けてぇー」

 

 

 助けて欲しいのは、僕の方だよ!

 あはは……もういっそ、B子さんとして生きていこうかなぁ。

 

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