平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
6月11日 深夜 / 萬宮寿邸・イグナの私室
ねむい……頭が働かないかも〜。
うふふ、詠ちゃんはソファーで寝ちゃってるわ。フワフワのソファーで気持ち良さそうねぇ、わたしも隣で一緒に寝ちゃいたい気分だけど──
そうも言っていられません。
今は『オメイラガ秘密会合』の最中ですもの。
お姉ちゃんモードは止めて、メイドに徹せねばなりません。
午前1時。わたし達は、寝ていた所を叩き起こされイグナ様の元へと集合。
時間も時間、場所も場所。ここに居るのは女性だけ。
しいなちゃんと、その専属メイド2人。
イグナ様と、その専属メイド1人。
合わせて5人の秘密会合。既に一人は『おねむさん』で脱落してますが、問題ありません。
基本的に、イグナ様がお一人で進行なさり、わたし達はそれに頷くだけなのです。付和雷同なのです。ですから、フワフワにライドオンしている詠ちゃんも同じ様なものです。別に責められる事はありません。
「美衣、あなた寝惚けていますわね? 言動がまるで、あの坊やみたいでしてよ」
小声でそっと、わたしに注意するのは大先輩メイドのジーナさん。
しいなちゃんのお母様である『くいな様』にお仕えしていた歴史あるメイドさん。わたし達がパジャマ姿なのに対し、彼女はしっかりとメイド服に着替えています。当然ですね、年季が違うんですから。
「なっ!?
「……ジーナ、静かになさって下さいまし。お祖母様のお話が中断してしまいましたわ」
わたしの事を睨むジーナさん。だけど、わたしは気が付かないフリで誤魔化せちゃいます。こうした時、目を瞑っていても許される『千里眼』は便利ですね。
さてさて、少しは眠気も覚めたので──わたしも集中しませんと。
今回の緊急会合は『
Σリアクターの冷却期間は約150時間。そして現在、わたしが『コアランβ』になってから丁度150時間ほど経過した所。おそらく明日も、わたしか詠ちゃんに怪人役が回ってくるのでしょう。
おねんね中の詠ちゃんの分まで、作戦概要を頭に入れておかないとダメですね。
お姉ちゃん、頑張るわ!
『水は方円の器に
イグナ様の仰った難しい言葉を、しいなちゃんが解説してくれました。
方円というのは、四角と円形の事。水自体は不定形でも、注いだ器に沿うように形が変わる。そんな意味のようです。
お利口さんな妹が居てくれて、お姉ちゃん嬉しいわ。
「その『ことわざ』にはまだ続きが御座いますの。転じて、水と同じように人の心も環境次第で形を変えるという意味も含まれますわ。きっとお祖母様は、そちらを仰りたいのでしょう?」
しいなちゃんの解答を受けて、微笑むイグナ様。
今回の作戦を説明する上で、今の『ことわざ』が重要な意味を持つのでしょう。
けれど、わたしは少し腑に落ちません。
悪の組織に属する女の子達が、素直で優しい性格のままなのですから。人の心──魂は、そう簡単には変わらないんです。
8歳になるまで九重のお屋敷で過ごした『わたし』の魂は、あの頃から何も変わっていないのだから。臆病で、少しだけ要領が良くて、流されやすい。それが、
ですので、ことわざで言うのなら『三つ子の魂百まで』の方が正しいと思います。
……と、いうような意見をイグナ様へ伝えられない事こそ『山丹 美衣』が『山丹 美衣』たる所以なんですけども。
うふふ、結局どこまで行っても『わたし』は『わたし』のまま──
ふぇ?
いま、イグナ様の口からとんでもない言葉が飛び出して来ませんでした?
わたしを『彼』にして、しいなちゃんと融合させるとか何とか……
「それがお祖母様の仰る『オペレーションα′』ですの!? それではディエ……いえ、彼はどうなりますの。まさか、美衣として一生を過ごさせる気ですの?
聞き間違いでは無かったようです。
シグマ様が立案した『オペレーションα』
それを改良した物がイグナ様の案『オペレーションα′』
どうやら、わたしが『わたし』で居られるのはあと半日みたいです──
同日 早朝 / しいなの寝室
結局、一睡もできなかったわ。色々悩んでる内に、朝日が出てきてタイムオーバー。
これが千里眼の悪い所。明日からコレを、弟くんが味わうのかと思うと申し訳ないわね。
弟くん。わたしの親友、理珠の弟。
今は苗字が違うけれど、二人は血の繋がった実の姉弟。
イグナ様が『軟弱者』と呼ぶ彼は、最近になって精霊回帰だと判明した男の子。
後天的に覚醒する例すら稀なのに、さらに『
彼は五大属性の内、『火』『水』『木』を一人で兼ね揃える例外中の例外。しいなちゃんの属性『金』『土』を合わせれば、全てが揃った完全な『
そんな彼に協力してもらう計画が『オペレーションα』だったの。
でも『α′』は、わたしの魂が『木』属性を獲得する事を前提とした計画。
わたしは元々『火』と『水』を持ち合わせる精霊回帰。なので、わたしの魂が彼の肉体へ入る事で『木』属性が手に入るのだとか。
魂と肉体は、水と器の関係。わたしの魂も、彼の身体に合わせて形を変える……イグナ様は、そう仰っていたわ。
「あら、もう起きてますのね美衣。丁度良かったですわ、私に『名案』が御座いますの! ほら、詠も起きなさい。おーきーてー、ですわ!」
「むー……まだ、ねむい……」
しいなちゃん。起き抜けなのに元気ね〜。
詠ちゃんはまだ、おねむさんだから寝かせてあげましょう?
「何を呑気な事を言ってますのっ! 貴女の今後の人生に関わる一大事でしてよ。いいから二人とも、私が
あ、そこはきちんと寝てるのね。
逞しく育ってくれて嬉しい反面、心配でもあるわ。わたしと
きっと今から説明される作戦も、自己犠牲を厭わない無茶な内容かも──
「私が、彼と入れ替わりますわ‼︎ そうすれば、なし崩し的に元の計画へ戻さざるを得ませんのよ。これこそ、私と彼が融合するという初めの流れに戻す作戦。名付けて『オペレーション
もしかして、しいなちゃん。弟くんと融合したいだけなんじゃないかしら?
その作戦、お姉ちゃん的には不安でいっぱいよ……。イグナ様に怒られちゃうわ〜。
登校時間 / 駅前大通り
今日に限って、わたし達は電車での移動。
しいなちゃんは喜んでいたけれど、わたしは寝不足だから眩暈がしそう……。
一昨年は、あの満員電車を毎日経験してたのよねぇ。
理珠への憧れが抑えきれず、生まれて初めてのワガママを言ったあの日。
笛
だけど、もしも。ほんの少しだけ勇気が残っていれば『旧オメイラガ基地』の事を、黙っていられたのかしら? 千里眼の暴走で偶然見つけた地下施設。
その存在を、わたしの胸の内だけに秘めておければ、きっと──
「あら、おはようございます! 今日はプール清掃に適した良いお天気ですわね」
「おはよう、しいなさん。珍しいね、今朝は三人とも歩いて登校?」
自転車で登校中だった弟くんが、わたし達と挨拶を交わす。
今は帰宅部の彼だけど、登校時間は割と早い。その理由が少し可愛いのよね。
理珠が毎朝見てるニュース番組の占いコーナー。それが始まると、彼は逃げるように家を飛び出すみたい。他人が示した運勢に、一喜一憂するのが嫌なのね。弟くんは、簡単に人を信用しちゃうから……。
現に今も、しいなちゃんを疑わず楽しそうにしているわ。あの子は、弟くんの登校時間を逆算して電車の時刻表を調べていたのに。ここで会ったのは、全然偶然じゃないのよ……。
「ところで、あなたは女性ボーカルの楽曲は歌えまして?」
え、待って。しいなちゃん、まさか彼と入れ替わったあとに、カラオケを楽しむつもりなの!?
流石に無理よ! 弟くんが状況に着いていけないと思うもの。いくら理珠に似ていても、彼は男の子。いきなり女の子になったら、カラオケどころじゃないわ。
きっと、しいなちゃんの感覚が麻痺してしまったのね。異常事態が続いているのだから、それも仕方ないわ。悪の組織が復活したせいで、しいなちゃんの常識が破綻してしまったということ。
だから、わたしが全ての原因なの。
わたしが、地下施設の件を報告しなければ──この子達も、普通の恋愛ができたんだわ。
『α′』と『D.C.』で悩むのは、もう終わりね。
お姉ちゃんとして、わたしは妹のお願いを聞く事にするわ!
くいな様のように、自由に恋愛して『
うふふ、不思議ね。しいなちゃんの為なら、いくらでも勇気が湧いてきちゃう──
「──歌えるよ。姉さんのモノマネの延長みたいな感じかな? んんっ……今日はカラオケ楽しみだね! シーナちゃんと遊べるの、私も嬉しいな〜」
「なっ、なんですのその完成度の高さは!? うぅ、色々と感情がおかしくなってしまうので、安易な真似はなさらないで下さいまし」
理珠。
理珠のモノマネをした彼が、しいなちゃんと楽しそうに話してる。
感情がおかしくなったのは、わたしの方。さっきまでの幸せな気分が嘘みたい、今は嫌な気持ちで心がどうにかなりそう。
わたしは、理珠への想いが溢れないように留年までして距離をとったのに……どうして!
どうして、わたしの前で『理珠』と『
「ゆるせない」
え……? 詠ちゃん?
わたしの胸の内から、声が漏れたのかと思っちゃった。
胸の内じゃなくて、胸の下。わたしに「抱っこして」とくっ付いている子が、発した声。
ずっと『甘えん坊モード』だったのに、今は何故か怒ってるわ。
まさかこの子も、理珠の事を?
「しいな様がDと入れ替わるの……やっぱりイヤ。でも、しいな様を裏切れない。困った」
あら、理珠は関係なさそう。前を歩く二人の姿に、嫉妬しちゃったのね?
この子も色々な葛藤があるんだわ。今日の作戦は、詠ちゃんの行動がカギを握っているもの。
今回は迅速な行動が求められるから、詠ちゃん単独での出撃。対象を入れ替えたら、ヒーローの到着前に即時撤退という命令。
もしも、この子が『撤退命令』を無視したら作戦は頓挫しちゃうわ。ミーアちゃんも居ないのだから、ヒーローに敗北して、いつもみたいに全て元通り。
だけど、そんな事をすれば命令違反よ。しいなちゃんだけでなく、萬宮寿家を裏切る事になってしまうわ。いくら詠ちゃんでも、罰を受けるのは免れない筈。だから、それだけは絶対にダメよ?
「ふむふむ。美衣のおかげで閃いちゃった。ワタシに、いい考えがある──」
表面上は誰も裏切らずに、運を天に任せる。
詠ちゃんの案をまとめると、そうなるのかしら?
指定された襲撃時刻、12時50分ちょうどに『特殊能力』を発動する。
対象は──わたし、弟くん、しいなちゃんの三人。詠ちゃんは目を瞑って能力を使い、対象を絞れなかったと言い訳できる余地を残しておく。
あとは、どう入れ替わるかの流れ次第。わたしが弟くんになれば、イグナ様の計画を優先して即時撤退。しいなちゃんが弟くんになった時は、ヒーローが来るまで暴走したフリを続ける。
合精霊が自我を保っているかどうかは、融合している人間にしか判別できないもの。
「どう? 美衣もDになるのイヤなら、ワタシが暴走したフリしても……むー、頭をなでなくていい!」
そこは、詠ちゃんが気にしなくていい部分よ〜。
だけどスゴいわぁ。わたしには無い自由な発想ね。問題は、巫女の『名付け』で暴走リスクの軽減が実証されてる点ね〜。しいなちゃんに至っては、100%の成功率で暴走を防げてるし……そう言えば、イグナ様は暴走したシグマ様に『クマゴローΣ』って名前を勝手に付けてたわねぇ。
あれは契約とは関係ないから、あだ名みたいなものだけど〜……そうだわ!
しいなちゃんの発案じゃない名前を『名付け』してもらうって形はどうかしら? 契約は行われるから、たぶん暴走は無いと思うの。でも、前例が無いでしょ?
それが原因で暴走した事にしても、誰も判らないわよ〜。
「なら、今日はワタシから名前を提案する。シマリスだから『キジマリズーα』がいい」
ダメっ‼︎
放課後 / プール場
シマリス怪人『シマリズーα』
わたしが却下したのに、肝心の『リズ』という部分が残ったままの合精霊。
そのシマリスちゃんが能力を発動した結果、予定時刻に『入れ替わり』が起きたけれど──
想定外だったのは、羽吹 まことちゃんの乱入。
あの子が
わたしと弟くんが入れ替わり、しいなちゃんと まことちゃんが入れ替わる。詠ちゃんも混乱しているのか、プールサイドを走りながら特殊能力を暴発させてるわ。
プールで遊んでたみんながバラバラに入れ替わって、大混乱中……困ったわね〜。
「あの子が暴走するなんて……! やはり、私が『名前』を考えるべきでしたのね」
まことちゃんの姿になっても、責任感の強さは変わらないみたい。
名付けは成功してるって教えてあげたいけど、今の詠ちゃんを見ても納得しないわよね〜。
「美衣、さっきは裏切り者扱いをしてごめんなさい。あの子が暴走しているのを察して、彼を守ろうとしてくれたんですのね! ふふ、美衣が私を裏切る訳ございませんもの」
心が痛いわぁ。
でも……こうなってしまった以上、わたしはイグナ様の計画を遂行するしかないみたい。
九重の占星術によれば、肉体と魂が馴染みきるまで一時間。精霊回帰のわたし達は、たったそれだけの時間で魂の形が変わってしまうみたい。
だから一時間以内に、ヒーローが現れて、シマリスちゃんが倒される事がなければ──
わたしは、弟くんのまま。
もし危機を乗り越え『元の身体』に戻れる機会がやって来ても、わたし達の『魂』までは元通りにならない。半分わたし、半分弟くん。わたしでも弟くんでもない、別の誰かになってしまうわ。
赤と青の絵の具を混ぜて、紫色にするのと同じね。一度完全に混ざってしまえば元に戻せない。
魂も、完全に混じり合えば別の『色』に変わってしまうのよ。
元の身体に戻っても意味がないなら、一生このままの方がいいかも知れないわ。一度の入れ替わりだけなら、混ざった魂のどこかに『自分』が残ってるかも知れないもの。弟くんからすれば、こんな事態に巻き込んだ人間の身体なんて嫌でしょうけど……。
「安心なさいな。精霊回帰の貴女たちなら、私が巫女の力で戻せる筈ですわ! 昨日、寝る前に思い付いたんですの。魂を直接取り出し、それぞれの身体に戻せば『入れ替え』と同じ理屈でしょう?」
えぇ!? それだと、シマリスちゃんの立場が無くなっちゃう!?
しかも、しいなちゃん
そう……わたし達、戻れるのね。
うふふ、安心したら少し眠くなってきちゃった。
弟くんも寝不足なのね。左腕のバングルが無ければ、お昼寝できそうな位だわ。
この腕輪、たまに震えているけれど何なのかしら? 授業中に寝ないためのグッズ?
「そ、それですわ! その腕輪を使えば、シマリズーαの暴走も止まりますのよ!」
なるほど〜。わたしがアイスになってた時に、弟くんが使ったアイテムだったのね。確か、火鬼崎博士の発明品。
でも、外し方が判らないわ〜。表面を一周なぞっても、どこにも繋ぎ目が無いし──
【うぎゃぁーっ!?】【ショタ以外からの折檻はNG案件っ……──】
な、なに、今の!?
「まあ! その腕輪『
しいなちゃんには、アレが聞こえてないのね。
わたしにしか聞こえない声……怖いわ。悪霊の類いかしら?
なら、このバングルは外しちゃダメね。弟くんに取り憑いた悪霊を封じる腕輪。きっと、そういう道具なんだわ。
悪霊が暴れれば、バングルが震える。それでも暴れる時は、さっきの方法で懲らしめるって事ね。あのお化けは、折檻って言ってたもの。
こんな呪いと付き合って来た彼なら、わたしの『
あら? 安心したら、また眠気が……ふぁ〜。
「美衣。腕輪よりも、貴女と彼を戻す方を優先しますわよ! 差し当たって……その……上半身が、は、裸ですと! 魂を取り出す時に困りますの‼︎ 着替えて来て下さいましっ」
眠ってる暇はなさそうね〜。わたしだって、裸は恥ずかしいもの。
12時57分 / 男子更衣室
困ったわ。彼のロッカーはどこかしら?
しいなちゃんがプレゼントした腕時計がしまってあれば、直ぐに判るんだけど……それは、右手に巻いてあるのよね。大事にしてくれて、お姉ちゃん的には嬉しいわ。
う〜ん、ネクタイの色で二年生のロッカーまでは絞り込めるわね。問題は、どれが弟くんの制服かってこと。
うふふ、こういう推理は理珠が得意だったわ。あの子の真似をすれば、答えが解るかも!
ワッカくんと、井伊くんと、
うん。多分、これが弟くんの制服。
よし……くんくん……ほっ。正解みたい。微かに理珠と同じニオイがするもの。
羨ましいわ〜。理珠と一緒に暮らして、理珠と同じ洗剤で服を洗って、理珠が浸かったお風呂にまで入って、理珠と一緒にご飯を食べる。
しかも見た目まで、ほとんど理珠と一緒。それが一番羨ましい。
それでも服を脱ぐと、ちゃんと男の子なのよねぇ。
前にお屋敷で着替えさせてあげた時より、筋肉が付いてるみたい。細身だけど、しっかり鍛えられた男の子のカラダ。
しいなちゃんは、このカラダに見惚れちゃったのかしら? わたしは、男の子をそういう対象で見たことないから判らないわ。『少年趣味』でもないし……あら、バングルがまた震えてる。怖いわ〜。えいっ!
【ぎゃーっ!?】【ショタの可能性は無限大っ……──】
可能性は無限大?
本当にそうかしら……顔が理珠そっくりでも、弟くんは弟くんよね。
ロッカーに取り付けられた鏡に映る顔は、本当に理珠みたいだけど。うふふ、好きに表情を変えられて楽しいかも〜。あ、笑うとカワイイ。
もったいないわぁ。もし女子の制服を着てれば、完全に理珠とそっくりのカワイイ姿になれるのに〜……可能性は無限大ってそういう事なの?
もしかして、この身体で女装すれば『理珠』になれる──?
わたしが理珠になる。とても素敵!
うふふふ。しいなちゃんが弟くんと入れ替わりたかった理由が、やっと分かったわ。好きな人が自分になって、自分も好きな人になる。こんなに幸せな事ってないもの‼︎
なのに、わたしは好きな人の『弟』と入れ替わってしまった。
これじゃ理珠に、気持ちを伝える事なんてできないわ。結局、禁断の関係にしかならないのだから。いくら可能性は無限大でも、それはダメよね。がんばって我慢するわ〜。
でも、がんばる為のご褒美があってもいいと思うの!
うふふふ。だから女子更衣室に入って、しいなちゃんの制服を着てもいいわよね!
しいなちゃんのロッカーは〜、一緒に着替えたから推理する必要もないわ〜。
あらあら〜、まことちゃんからの誕生日プレゼントを大事に仕舞ってるのね。
紫色のストライプリボン。今年はお互いにリボンを贈り合うなんて、ほんと仲良しさんねぇ。
これは、わたしが着けたらダメだから置いておいて──
「み、美衣!? 女子更衣室で、何をしてますの! その手に持っている制服は、まさか私のっ!?」
あら〜、見つかっちゃった。でもね? この身体にピッタリ合うのは、しいなちゃんの服だけなの。だから仕方ないの〜。ごめんねぇ。
「ちょ、ちょっと!? どこへ行きますの……! お待ちなさいっ」
すごーい! 速く走っても、胸が揺れない。こんな感覚、久しぶりだわ。
どこまでも行けそう! なんでもできそう! いつからか、眠気も吹き飛んじゃった。うふふふ、もうすぐ『理珠』になれる。わたしが好きな『理珠』になれる。わたし
職員玄関にある大きな鏡。あれなら『理珠』と会えるわ!
わたしの気持ちを受け止めてくれる。わたしだけの『理珠』に‼︎
13時25分 / 職員玄関
どうして、あんなに気持ちが昂っていたのか判らない。
気付いたら、女子更衣室にいて。
気付いたら、しいなちゃんの制服に着替えていて。
気付いたら、職員玄関の鏡の前にいて。
そこからの記憶が、ほとんど無いわ。とても幸せな夢を見ていた気分。
だけどそれは、都合のいい嘘の世界だったのね。罪悪感だけが、はっきりと残り続けているもの。わたしはきっと、とんでもない事をしてしまったんだわ。弟くんにも、しいなちゃんにも、たくさんヒドい事しちゃったのよ。
それなのに……どうして、優しくしてくれるの? 理珠。
「美衣が、私に優しいからかな。ほら、私が骨折した時。あれで九重の中等部に入学できなかったけど、美衣が励ましてくれたでしょ?」
ふふ、懐かしい話ねぇ。けどあの時は、わたしもショックだったのよ?
理珠と一緒に九重女学院に通えると思って、喜んでたんだから。
「あはは、ごめんねー。でも、高校は一緒になれて嬉しかったよ! 美衣が頑張ってくれたお陰だね。それなのに、学年が離れちゃったのは……きっと私のせいなんだよね?」
それは違うわ。わたしが勝手に、理珠から逃げただけ。
あれ以上一緒に居たら、きっと気持ちを抑えきれなかったもの。他の女の子が理珠と仲良くしてるだけで、わたしは嫉妬しちゃうの。こんなの、おかしいわよね……?
「どうだろ? うちの弟も、妹が男の子と遊んでると嫉妬しちゃうからねー。割と普通なんじゃないかな」
でも、わたしは普通じゃない。
6年前に助けてもらった時からずっと、あなたに憧れ続けているの!
可愛くて、格好良くて、わたしに優しい理珠が大好きで……。
こんな気持ち、間違ってるのに! 好きで好きで、抑えきれない……の。
「よしよーし。怪我の功名って言うのかな。今は同じ背の高さだから、私でも頭を撫でられるよ! 私も美衣になでられるの大好きだから、いつものお返し。えらい、えらい」
え? ちょっと、恥ずかしいわ……。
も、もう! 理珠はいつも、自由なんだから。
「少しは落ち着いたかな? それじゃあ、きちんと聞いてね。私は──」
理珠に抱き寄せられて、頭をなでられて、涙が出てきて──
そこから先は、また夢を見てるような感覚だった。
今だって、夢の中なのかも知れない。いつの間にか、どこかの教室に居るもの。
理珠と、まことちゃん……じゃなくて、しいなちゃんも一緒に居るわ。どうして、こうなったのか思い出せない。すごく眠くて、頭が働かないわぁ。
だって目を閉じると、昼間なのに夜みたいなんだもの。これが、みんなの感覚なのね〜。真っ暗で、温かくて、簡単に眠れそう……
「──安心して寝ちゃったみたい。シーナちゃんは、美衣と何か話す事があったんでしょ?」
「この子が起きてからで大丈夫ですわ。理珠さんこそ、お母様を待たせているのでしょう? 一度戻った方が宜しいですわ。美衣は、私が見てますので」
二人の会話が遠くから聞こえてくる。どんどん、声が遠くに行ってる?
ううん。逆にわたしが、夢の世界に向かってるのね〜……もう、起きてるのも限界。
「じゃあ、私は行くけどー。いい、シーナちゃん? その子が『でぃ君』の姿だからって、キスしたりしたらダメだからねー。許してあげるのは、膝枕までだよ?」
「わ、分かってます! 今の私は『まこと』ですのよ、この身体で彼とキスなんて……!」
このまま寝ちゃって、わたしのファーストキス……大丈夫、かしら……──
ねぇ、弟くん。
「うーん……雨の女神が好きだった、とか?」
わたしも最初は、そうかな〜って思ったの。でもね、神様に愛を注ぐように進言したら、ケハクの大好きな雨の女神が取られちゃうでしょ?
それじゃあ雨の女神が泣かなくなっても、ケハクが幸せになれないわ。
「そうかな? 好きな人が悲しまないのなら、僕は幸せだけど。ほら『推し活』みたいな感覚だよ、お姉ちゃん」
うふふ、弟くんはいい子ね〜。言ってる事は良く判らないけど〜、よしよーし……──
13時50分 / 中庭
う、ん。草の匂いがする。ここは、中庭?
わたしは教室で眠ってた筈なのに、どうして急に……ひゃんっ!
「あ、美衣っぽい反応。元に戻ったんだねー、良かったぁ!」
り、理珠! なんで、わたしの胸を揉んでるの〜! あ、胸があるって事は元の身体に戻ったのね。わたしの身体で、わたしの服を着てる。当たり前の事なのに、すごく嬉しいわ。
時間は……13時50分、ギリギリで間に合ったという事かしら? この腕時計も、また弟くんに返さないといけないわね〜……って、理珠。いつまで、揉んでるのっ、もう!
「ごめんごめん。弟がさ、その身体で無茶な動きしてたから『クーパー靭帯』が無事か調べとこうと思って! うん、大丈夫そー」
胸の靭帯を心配してくれた事は分かったわ。でも、あんなに揉まなくてもいいでしょ?
詠ちゃんだって、もう少し手加減してくれるわ〜。
「美衣、他の女の子に胸を揉ませてるって自白しちゃってるよ。そういうの、私も嫉妬するからね? だってもう、私達は『恋人』なんだから!」
恋人……。
──「私は、やっぱり美衣が側に居てくれないとダメみたい! あはは、すっかり甘えん坊にされちゃった。だから……だから、ね? 最後までちゃんと……責任、とってほしいな」
夢じゃなかったんだ。
一番信じられない事が、現実の出来事なのね。わたしと理珠が『恋人』同士。
勝手な事ばかりしちゃったのに。わたしが、こんなに幸せになっていいのかしら?
「ひぃ! 今、草むらが揺れたよ!? 虫っ、おっきな虫だよー‼︎ どうしよう、美衣〜!」
昔みたいに理珠が抱きついてくる。すっぽりと包み込めるサイズで可愛い。
同じ目線もいいけど、わたしはコッチの方が好きかも。
草むらに居るのは、多分
おいで〜。
「わっ……リス? すごい、美衣の『おいで〜』って本当の動物にも効くんだー。もうっ、草が伸びてるせいで変に怖がっちゃったよ。早く校舎に戻ろ?」
自然と手を握ってくる理珠。可愛い。すき。
でも、ちょっと待ってね。ポケベルが鳴ったみたいなの。両手が塞がっちゃうと、確認できないわ。右手にリス。左手に理珠だもの〜。
「じゃあ、手のひらに乗ってるリスを……こーやって、美衣の胸に乗せればオッケーだね!」
簡単に解決しちゃう理珠。格好いい。すき。
わたしと手を離したくない所も可愛い。すき……あ、ポケベルを確認しなきゃ。
『417103』
しいな呪詛。しいなちゃんに呪詛返しがあったんだ。
わたしは、浅はかだったわ。肝心な事を忘れるなんて、お姉ちゃん失格よ。
ヒーローが来て怪人が敗北すれば、全部元通り──そんな訳なかったのに!
校門で理珠たちに別れを告げ、わたしは再び校舎へと戻って来た。
理事長室の前で待っていたのは『しいな』ちゃん。競泳水着のまま、不機嫌な表情でわたしを睨んでいる。この雰囲気は、やっぱりそういう事なのね。
「遅いですわよ、山丹。任務に失敗した黄胡蝶といい、メイドの自覚が薄くて困りますわ。
地下へと向かう間も、延々とグチをこぼすジーナさん。しいなちゃんのお顔で、あんまり眉間に皺を寄せないで欲しいわぁ。
この人は、暴走した『シマリズーα』を止めるためにミーアちゃんに変装して出動していたのね。精霊の力を阻害する『オメガスーツ』を着て、誰かと入れ替わらないよう対策してたみたい。
あのスーツ、しいなちゃんは恥ずかしいから嫌って言ってたのに。ミーアちゃんが変態だと思われたら哀しいわ〜。
あ、やっと地下に着いたみたい。冷却作業を開始した『Σリアクター』の前で、待ってる人がいるわ。あれはきっと──
「あら、早かったですわね美衣。魂の混在もなさそうで、よかったですわ!」
出迎えてくれたのはプラチナブロンドの髪をして、黒いピッチリスーツを着た『ジーナ』さん。明るい笑顔で、わたしの身を案じてくれる。この態度だけで、二人が入れ替わってると判るわ。
オペレーションα′は完全に失敗。
わたしは『木』属性を獲得できず、しいなちゃんは呪詛返しでジーナさんと入れ替わり。
これから108時間以内に危機が到来する可能性は低いけれど、二人の魂が心配ね。
「大丈夫ですわ。巫女の魂は普通の人より強靭ですの! それに私とジーナは元々、話し方などが似てますでしょう? 最悪、魂が混ざっても影響は少ないのではなくて?」
影響は測りしれないわ。しいなちゃんが元の身体に戻って、小姑みたいな小言を言ってきたら大変だもの。わたしも詠ちゃんも、泣いちゃうわ。
始祖オメガ様に祈ります。どうかこの子の魂が、健やかなままでいられますように……!