平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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最終章
#20 未来のために/日常回


 6月の第2土曜日。

 折角の休日だというのに、外は土砂降りの雨。

 木嶋家では、店舗を経営している叔母の みさきさんだけが外出中だ。

 

 他の家族はリビングに集っているのだが、一家団欒(だんらん)という訳でもない。

 姉さんは、B子さんとの長電話に興じている。

 かれこれ一時間も電話を独占しているが、未だ話題は尽きないようだ。

 

 妹は、テレビを独占中。例によって、性別が入れ替わるアニメを再視聴している。

 ブラウン管へと向ける真剣な眼差しは、まるで研究者のようだ。その道を探求するプロの姿勢と言える。昨夜『入れ替わり』事件について、根掘り葉掘り事情聴取してきた時と同じ『スゴ味』を感じる。兄として、妹の嗜好が若干心配ではある。

 

 だがそれ以上に、今は自分の身を心配しなければならない……!

 

 「ねーえ? ホントのホントに、女の子になる気はなぁーい? お母さん的には、三姉妹ユニットでアイドル活動なんて計画もあるんだけど」

 

 昨日から母さんが暴走中なのだ。

 この人は、息子の女装姿を見て卒倒する所か、ビジネスチャンスを見出してしまった。

 大方、僕らをダシに使って『葉月エリス』を再ブレイクさせる気なのだろう。その位の(したた)かさが無ければ、芸能界という荒波は乗り越えられない──それは判るけども、問題だらけだ!

 まず姉さんは、運動神経が絶望的だし。妹は、年齢的に色々と制限がある。

 そしてなにより! 僕は、性別的に論外じゃないか!

 『三姉妹』という括りで売り出したら、詐欺罪にあたる。炎上まったなしだ‼︎

 

 「……モロッコ……いえ、タイかしら……夏休みを利用すれば……いける! しかも『長男』から『次女』になるから、アッチの問題も解決するし。あの人と再婚できるじゃない! やったわ‼︎」

 

 恐ろしい計画を立てないでくれ!? ウチの次女は理奈だよ!

 

 

 ──母さんの暴走は夜まで続いた。

 みさきさんが帰宅した事で、ようやく僕の『海外旅行』がキャンセルとなったのだ。

 義妹から説教を受け、涙目になる元・アイドル。もう母さんは『おもしれー女』路線で売り出した方がいいと思う。だって、面白いから。

 

 【男の娘アイドル路線でいけば……いける!】

 

 いけない。バングルを外して開口一番がそれって……ああ、そうか。

 心配せずとも、レイワさんは『元祖・おもしれー女』として僕の中で殿堂入りしてるよ。だから無理して面白いことを言わなくても大丈夫だ。

 それより今は、危機の到来までに可能な限りの原作知識を教えてほしい。

 

 【ビジネスライクな対応】【それはそれで、逆にアリ?】

 【鬼畜クールショタ】【敬語キャラなら……いける!】

 

 やれやれ。この調子では、今夜も寝不足になりそうですね……。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 日曜日。雨は止まない。

 とは言え、昨日より雨足が弱まった。そうなると、反比例して()()()()もある。

 そう。答えは客足。

 駅前商店街にある玩具店『襟裳岬(えりもみさき)』も、本日は賑わいを見せている。

 

 形の上では、母さんと みさきさんの共同経営となっているホビーショップ。

 開業は二年前。みさきさんは元々、おもちゃメーカーで働いていたのだが……『ロボット基地・大暴落事件』で気落ちした姪の姿を目にし、独立を決意。そのタイミングで、老夫婦の営む玩具店が閉店するとの報せがあり、そこを居抜きで買い取ったという経緯だ。

 

 母さんは滅多に店舗へ顔を出さないが、僕と姉さんはアルバイトとして休日に働かせてもらう事がある。隔週交代で、今日は僕の当番。

 

 「店員さーん。せっかく4人プレイできるんだし、一緒にやろーぜー!」

 「もー、バイトの邪魔しちゃダメでしょワッカくん」

 「そうだぜ? それにオレらが占領してたら他の客が遊べねーだろ。一位のヤツ以外は、並んでる子供と交代してくルールにしようぜ」

 

 ワッカ、まこと、E。お馴染みの友人らが、僕を冷やかしに来店中だ。

 その彼らの周囲には、大勢の小学生が集まっている。

 子供にとって『襟裳岬』は、ゲームセンターと違い無料でゲームが遊べる穴場スポット。販売促進のために、実際のテレビゲームを試遊台という形で設置しているからだ。

 そのお目当てのゲームが高校生(ワッカ)に独占されかけていたが、良識あるEのお陰で良い塩梅に解決された。彼はスケベな言動さえ止めれば、相当モテるだろうに。

 女児からお礼を言われている姿を見て、つくづくそう思うよ。

 

 現在みんなが遊んでいるものは、マルチタップを使用する事で最大4人の同時対戦ができる。

 爆弾で戦うそのゲームは、この先もシリーズを展開して行き……なんと令和には、64人同時対戦が可能となるそうだ。

 僕の時代の16倍。理解し難い数字である。レイワさんから、オンラインゲームの知識は教わっているが、技術進歩の凄まじさに混乱してしまう。いっそ、22世紀の『ひみつ道具』と言われた方が納得できるレベルだ。

 

 

 結局。三人は閉店時間まで居座り、僕のバイトが終わると同時に解散して行った。

 

 みさきさんと二人での帰り道。

 店舗から自宅まで徒歩5分。つまり、あと僅かで家に着いてしまう……憂鬱な気分だ。

 また母さんが暴走していたら、物凄く面倒だなぁ。帰りたくないなぁ。

 

 

 「そう言ってやるな。義姉(ねえ)さんは、あれで結構マジメに考えている。息子の女装している姿を見て、自分なりの落とし所を探り出した……と言った感じなのだろう」

 

 みさきさんの分析通りだとは思うけど、そもそもが誤解なんだ!

 既に入れ替わりの件は家族に説明している。その過程で、姉さんとB子さんの関係が詳らかになったものの、母さんは二人をあっさりと祝福してしまったのだ。

 それだけ理解の深い人が、なぜか僕には女装を強要してくる……。

 一体、どういう思考回路なのだろう?

 

 「単純に心配なのさ。キミが失踪していた約5日間、義姉さんはかなり憔悴していた……もちろん私も、理珠と理奈も同様だがね? それだけ家族を心配させた家出息子が、戻ってきて2日目に女装していたんだ。感情が暴走しても仕方ないさ」

 

 確かにそれは、僕にも責任がある。巻き込まれた案件とはいえ、何の説明も無いまま姿を消してしまった事に変わりはないんだ。

 だけど、このまま『葉月エリスの娘』になる気は毛頭ない。

 また女装を強要してくるのなら、正当な理由を告げて、正式に家出してやろうじゃないか!

 

 「ははは、まあ義姉さんも多少は反省しただろう。私とて、年上の人を何度も説教するのは御免だからね」

 

 みさきさんは29歳。

 父、みさきさん、姉さんは全員が同じ干支。綺麗に一回りづつ歳が離れているのだ。

 僕が物心付いた頃、叔母はまだ女子高生だった。

 なので、僕と姉さんが『おばさん』と呼ぶ事は固く禁じられている。しばしば国民的アニメを例に出し「タラちゃんは『ワカメおねえちゃん』と呼称しているだろう?」などと重圧をかけて来るのだ。

 だけど『アラサー』なのだし、そろそろ叔母さんと呼ぶ事を許してもらいたいのだが……

 

 「なんだその顔は? まるで『三十路(みそじ)間近なのだから……もう、ね?』とでも言いたそうな顔じゃあないか。これだから木嶋の男は! 女心というものが全く解っていないな!」

 

 やってしまった。これは家に着くまで説教コースだ……。

 

 

 自宅へ到着し、未だプンプンと怒る叔母が玄関の扉を開ける。

 出迎えてくれたのは母さん。随分と落ち着いた雰囲気で、暴走の兆候は見られない。

 

 「おかえりー。あのね、お母さん反省したの。自分の事ばかりで、()の気持ちを全く考えてなかったわ……だからね、昔のコネで例の歌番組に出られないか交渉してみようと思うの。ほらぁ、少し前に、好きなアーティストが出たって言ってたでしょ?」

 

 なっ……母さんが、上手い具合に男心をくすぐって来る! 流石は、元・アイドルだ。

 仮に、僕が推しているバンドと共演できるのならば、この上ない幸運だろう。そうでなくとも、司会者の人とだけは確実に会える。サングラスがトレードマークの、あの人と対面できるなんて……とても魅力的な話だ。

 

 「それじゃあ、明日からレッスンしましょう! お母さんが、直々に鍛えてあげるっ!」

 

 だが、断る‼︎ だって、その番組は金曜日の生放送じゃないか!

 僕には『ドラえもん』をリアルタイムで観る使命があるんだ! これだけは絶対に譲らない。

 

 「チッ……しぶといわね」

 

 舌打ちをして、すごすごと去って行く母さん。だけど、あれは絶対に諦めてないな。

 みさきさんを怒らせてしまった今、援護射撃は期待できない。早急に、別の味方を増やす必要がありそうだ。

 

 姉さんは……またもや、電話中か。お相手は当然のようにB子さんだろう。邪魔したら悪いな。

 妹は……ノートに色々と書き込んでいる。勉強中かな?

 僕が教えてあげられる内容なら、スムーズに味方を増やせるチャンスだ。

 えーと、教科は何だろう?

 

 ──ひとくちに『男女入れ替わり』と言っても、大まかにジャンル分けすれば『変身』『入れ替わり』『憑依』と区分する事ができます。ここからさらに『他者変身』『部分入れ替え』『精神同居』と細分化する事で──

 

 ダメだ! この妹に助力を願ったら、たぶん終わる。願いを曲解されて、僕は『女装アイドル』としての活動を余儀なくされてしまう‼︎

 

 「お兄ぃ? 女装は別モノだよ。そこ間違えたら怒られちゃうからね? まー、理奈はどっちもイケるから、お兄ぃが女装アイドルになるなら応援するケド!」

 

 僕、今日はもうお風呂入って寝る事にするよ……。

 

 

 さて、少し早めの就寝タイム。

 明日は学校だから、レイワさんとの会話も早めに切り上げたい所だ。

 現時点で必要そうな原作知識は、あらかた教わっているし。今夜は、おやすみの挨拶だけでいいかな。

 

 【待って待って!?】【そうだ『ドラえもん』の話をしよっか!】

 

 まったく。ドラえもんを話題にすれば、すぐに僕が食い付くと思われているのは心外だな。

 でも……レイワさんも一日中退屈だっただろうし、少しだけなら付き合ってあげるよ。

 

 【相変わらずのチョロさ】【じゃなくて、純粋さだね!】

 【コホン、それじゃあ……】

 【ギガゾンビが23世紀の未来人って話からする?】

 

 おお! 割とコアな話題が出てきた。

 そうなんだ。ギガゾンビは、ドラえもんよりも未来の技術を持っているから、ひみつ道具による『時間停止』すら無効化できる。最強の敵と言っても過言ではない相手だろう。

 

 自分よりも未来の技術というのは、それだけ強大なんだ。

 身近な例で言えば、通信機の技術革新かな。現代の『ポケベル』は数字を送信する事しかできないのに、令和の『スマートフォン』は電話だけでなく色々とできるんだろう?

 サイフにもなるし、仕事にも使えるし、読書をしたり、ゲームをしたり、配信番組を観たり──

 

 【その配信で『リングリット』を観たんだよ】

 【あ、もちろん『ドラえもん』の劇場版も配信で全部観てるから!】

 

 全部? 本当に……?

 なら劇場版3作目なのに、短編映画だから正式にカウントしてもらえない『あの作品』まで観てるって事? やった!

 桃太郎を題材にしたあの映画、語れる人が少なくて困ってたんだ。『鬼』の正体が『漂流した異邦人』だったってオチも、歴史的な背景を踏まえた素晴らしい内容で──

 

 【ま、待って!?】【ナニソレ知らない!?】

 

 ……令和の配信サービスには失望したよ。あとレイワさんにも。

 おやすみなさい。

 

 

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───

 

 

 月曜日。大雨。

 徒歩での通学中、萬宮寿リムジンと遭遇。いつもならば、止まって挨拶を交わす流れなのだが……今日は素通りされてしまった。まあ、傘をさしているので僕に気付かなくても仕方ないか。

 それよりも問題は、リムジンを運転していたのが黒髪の少女だったという事実だ。

 レイワさんの読み通り『原作』と同じ展開になっている可能性が高い。少し急いで登校しよう。

 

 

 「お、おはようございます。わ、(わたくし)、どこか変では御座いませんか……?」

 

 僕が教室へ入ったと同時に、挨拶をしてくれたのは『ジーナ・九重・ブーゲンビリア』さん。

 不安そうな表情で、おかしな所が無いかと尋ねてくる彼女。変と言うのなら、高校に在籍していない成人女性が『制服』を着て教室に紛れ込んでいる点なのだが……周囲には、しいなさんが普段通りの姿で登校しているように映っているのだろう。

 例によって『認識阻害』が働いている。

 

 「んんー? なーんか、しいなの雰囲気が少し違うような……? けど、見た目も性格も同じだよね。なんだろ、匂いが違うのかな……スンスン。香水つけてる?」

 

 「ま、まこと!? 離れなさいなっ、距離が近いですわよ!」

 

 野生の勘を持ってしても、看破までは不可能な模様。それも仕方ない。以前、ブーゲンビリアさん()()が登校して来た時とは状況が違うのだから。

 

 今の彼女の中身は、しいなさん。呪詛返しによって、二人の魂が入れ替わってしまったのだ。

 

 原作でも、彼女はブーゲンビリアさんと入れ替わる展開らしい。

 エンディングのあとのCパート。悪役令嬢が痛い目に遭う、いわゆる『おしおきコーナー』での話となる。視聴者の子供へ因果応報を学ばせる為、そう言った場面も必要なのだろう。

 

 しかし、アニメでは1分程度の扱いでも、現実では108時間にも及ぶ呪詛返し。

 時間経過で徐々に弱まるという設定も、今回のケースでどう働くのかは判らない。

 おしおきコーナーでは、元に戻ったシーンなど描かれないからだ。翌週の放送で、しれっと元に戻ってさえいればOK。それがギャグアニメのお約束というもの。

 

 ああ、ちょうど『お約束』を体現したような人がやって来た──

 

 「おっはよー、子供たち! って、羽吹さん。萬宮寿ちゃんと仲良しなのはいいけど、程々にしなさい? 女の子同士でイチャイチャしてたら、葉蕗くんが嫉妬しちゃうわよー?」

 

 山原先生。赴任して来て2週間目の新担任。

 レイワさん曰く、原作よりかなり早い段階で登場したキャラクター。彼女の所属は不明。オメイラガの敵対組織『OZ/born(オズボーン)』とは協力関係を匂わせていたが、匂わせたまま最終回を迎えてしまったそうだ。なので結局は、謎の女性としか表現できない。

 

 ちなみに昼間の先生は『ビン底メガネ』に『ジャージ姿』という格好だが、夜は『ボンテージ姿』で市街を飛び回り女スパイの様な活動をしている……らしい。

 

 「お前も気付いたか。山原せんせーの魅力によぉ! あのメガネの下、相当な美人だぜ。それに何と言っても、山丹(ひめゆり)姐さんを超える巨乳。サイコーだぜ! なあ、ワッカ?」

 

 「お、おう。朝から元気だなー、井伊。あんま先生のこと、そういう目で見んじゃねーぞ?」

 

 助平コンビと称される二人も登校して来た。Eのセクハラ発言に賛同せず、ワッカは若干の歯切れの悪さを見せる。どうにも彼らしからぬ行動だが、そこには切実な理由がある。

 彼は、山原先生から()()な感情を向けられているのだ。赴任した初日から、先生はワッカを見ると──

 

 「だ、ダメよ、火鬼崎くん。私とあなたは、教師と生徒なの……! そんな熱い視線を送られても、先生困っちゃうわ。だから……放課後、ね?」

 

 「た、助けてくれー!」

 

 僕へと縋り付くワッカ。君の気持ちは良く判るよ……だけど、僕には何もできない。

 逃げ続けるか、受け入れるか。それを決められるのは、君だけなのだから!

 

 

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───

 

 

 火曜日。激しい雷雨。

 県民の日となる本日は、学校も店舗も揃って休み。

 ついでに言えば、明日も悪天候が予想されるので臨時休校という連絡が既に来ている。危機の到来はもう目前。天気予報では、明日の午後に超大型の台風が上陸するとの見立てだ。

 南海の島々を避け、迂回する形で笛市を目指す台風。その動きには、意志が感じられる。

 

 オメガIII財団が『龍位精霊(ドライジン)』と呼称するソレは、原作に於ける第3クールのボスとなる。リングリットとミーア・クシロンが共闘し、正義と悪の総力戦で挑む強敵。それこそ『レイドボス』と呼べるような桁違いの相手だ。

 そんな存在と闘う役目が、果たして僕に務まるのだろうか?

 原作の僕は、4クール目までは『精霊回帰』でも何でもない唯の一般人。そこそこ戦闘力があるものの、基本的にはパソコンを活かしてヒーローをサポートするキャラなのだ。

 

 だからこそ、決戦前の今日の行動が未来を別つ。レイワさんは、そう言っていた。

 選択肢とフラグ。それもまた、因果応報の関係だと昨晩語ってくれたのだ──

 

 ──【ピンチを救うのは、決戦前パートの行動】

 ──【そうか、あの時の……!】【ってカンジのお約束があるでしょ?】

 ──【私からD君に示せる選択肢は3つ】

 

 ① 火鬼崎家へ行き、土壇場での救援フラグを立てておく。

 ② 萬宮寿家へ行き、絆を深める事で覚醒フラグを立てておく。

 ③ あえて自宅で過ごし、日常を取り戻すために奮起するフラグを立てておく。

 

 なんともレイワさんらしい考え方だ。彼女の視点では、物語世界なのだから仕方ないか。

 だけど、僕にとっては現実世界。『お約束』や『ご都合展開』に期待していたら、きっと後悔する。

 レイワさんには悪いけど、現実的な選択を取らせてもらおう──答えは④。

 

 羽吹道場へ行き、ひたすら修行をする!

 

 

 「この天気で道場に来るなんて驚いたよ。でもね、Dくん。おじいちゃんは、古傷が痛むって言って寝てるんだ。雷が鳴ると、昔の闘いで受けた傷が疼くんだって」

 

 老師に鍛え直してもらおうと思ったけど、当てが外れてしまった……現実は非情である。

 良く考えれば、この天気に訪問する方がおかしかった。他の門下生は誰も居ないし、案外みんなの方が常識人なのかも知れない。ここ最近の出来事で、僕の常識はすっかりと塗り替えられていたようだ。

 さて、どうしようか。まことが付き合ってくれれば嬉しいけど──

 

 「ふふーん。そんな物欲しそうな目を向けなくても大丈夫。師範代のボクがみっちり鍛えてあげるから安心してね? 君が強くなってくれないと、ボクも困るからね!」

 

 心強い! きっと、まことも何かしら察しているのだろう。最近の雰囲気から、僕としいなさんが大きな闘いを控えていると悟ってくれたのだ。

 僕を鍛える事で、しいなさんを間接的に助ける形になる。

 つまりは、陰ながらライバルを支える『ツンデレキャラ』だ。まことが『暴力ヒロイン』にならずに済んで、本当に良かったよ。

 

 「それじゃあ『羽吹(はぶ)く』前に、ボクの奥義を喰らわせてあげよっかな。詠の『白銀・胡蝶乱舞』から閃いたんだ。あの動きで、くすぐりじゃなくて普通に殴ればもっと強いってね!」

 

 そう言って、可愛くウインクする まこと。次の瞬間、彼女は僕の視界から消えていた。

 っ、背後に回られ……違う!? 頭上だ!

 殴ると宣言していたのに、かかと落としの姿勢で僕の首筋を狙っている!?

 体重の乗った上からの攻撃は受け流せないっ……‼︎

 

 「とっさに防御したね、正解だよ。君の得意な回避技は、ボクの奥義の前じゃ通用しないもん。さ、ここからは会話は無し。乱舞の真髄を見せてあげる……!」

 

 僕の受け流しは、視界に捉えた相手にしか使えない。観察なくして、力の流れを正確に読む事はできないのだ。

 しかし、まことならば、四方八方と動き回りながらでも僕を『観察』できてしまう。彼女が得意とする気配読み。動物的直感とも言えるそれが、確実に僕の動きを捉えている!

 反撃の隙は無い。そんな事をすれば、防御を崩されてお終いだ。

 今の僕に許される選択肢は、防御一択のみ。

 

 まるで、狭い箱の中に押し込まれたかのような感覚だ。拳と蹴りによる乱打の壁。じわじわと相手の心を折る、地獄の様な奥義。

 ここから抜け出す手立ては──無い。

 

 「と、ここまでかな? これ以上、攻撃を重くしたら、あとの修行に響くもんね。今のがボクの奥義『狭獄(きょうごく)』だよ! あ。本来は敵が諦めた所で、トドメに渾身の一撃を喰らわすまでがセットだからね? 破ッッ‼︎」

 

 僕の眼前で寸止めされる正拳突き。見惚れる程に綺麗なフォームで打たれたそれは、一拍遅れて風を巻き起こした。拳圧で旋風を生み出すなんて……ひょっとして彼女も、何らかの『精霊回帰』なのでは?

 シルフ、かまいたち……いや、そんな可愛いモノじゃない。風神とか、嵐の神とか──ハッ!?

 

 まさか、この台風の原因は……!

 

 「Dくん。失礼なこと考えてるよね? もう羽吹くからね? 次の瞬間、夕方だからね?」

 

 

─────────

──────

───

 

 

 夕方。

 気付けば僕は、濡れ鼠で帰路に立っていた。疲れた体に、雨のシャワーが心地いい。

 

 羽吹くとは『時間感覚が麻痺』するレベルの『濃密な稽古』を付ける行為。

 門下生が、まるで時を省かれたかのように感じる事が、その名の由来。

 何度経験しても、超常現象にしか感じない。何か恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。

 

 しかしまあ、謎の達成感はある。どんな鍛錬を積んだのか全く覚えていないのに、確実にレベルアップしていると実感できる。きっと僕は地獄の訓練を乗り越え、鋼の精神力を手に入れたのだ。

 選択肢④は大正解だった!

 これでもう準備は万端。何が起きても、決して動じる事は──

 

 自宅前に、フィアット500が停車してる。

 

 ど、どうしよう、急に帰りたく無くなったぞ。道場へ戻るのは論外として……ワッカの所へでも行こうか? でも、こんなズブ濡れで訪問するのは迷惑だよなぁ。

 

 

 「お兄ぃ!? 玄関の前で何してるの! 早く入ってよー。お客さんが来てるんだから!」

 

 妹に手を引かれ、強制的に帰宅させられてしまった僕。

 出迎えてくれた母さんに着替えとタオルを渡され、そのまま玄関で半裸になるという辱めを味わう。家の構造上、お客さんがいるリビングを通らなければ風呂場へ行く事ができないからだ。

 だというのに──

 

 「あらあら、まあまあ。あちらの道場では、蛇稽古とならず関心しておりましたが……羽吹流では脱衣術を教えておりますのね? 素手での闘いを極めた到達点。まさかそれが、裸とは。ふふっ、ワタクシの萬宮寿流ではとても真似できない芸当でしてよ」

 

 いっ……イグナ!?

 お客さんって、この人だったのか!

 うぅ、何か言い返したいけど……羽吹流には、拘束された際に衣服を犠牲に脱出する技があるから否定できない! いや、あくまで上半身のみで全裸になる技じゃないけれども!

 

 

 「ディエ……あなたも、早く着替えて下さいまし! お、乙女には、目の毒ですのよ。ちょ、ジーナ、立ち塞がらないで……見えないでしょう!」

 

 「しいな様、破廉恥ですわ。指の隙間からのぞくなど、令嬢のする事では御座いません」

 

 しいなさんと、ブーゲンビリアさんも居たようだ。

 二人は相変わらず入れ替わっている様子。プラチナブロンドの髪をポニーテールに結い、白いワンピースを着こなした女性が、僕の姿を見て頬を赤らめている。

 それを諌めるのが、黒髪メイド服の少女。ちなみにメイドさんの方は、氷の眼差しで僕を凝視している。

 まあ、当然だ。元々、良く思われていないのは知っている。そこに追い打ちをかける要素が加わったのだから、彼女の反応には納得しかない。

 だって、そうだろう?

 

 いま僕は、フリルがあしらわれた『スカート』をはいているのだから!

 

 

 どうして着替えにコレをチョイスしたんだ母さん!?

 

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