平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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#21 猫鼬の夜/非日常回

 『ミッシングリンク』

 進化論や古生物学でも用いられる言葉であるが、僕にとってはミステリー用語としての方が馴染み深い。

 『隠された関係性(ミッシングリンク)

 実はあの人が、誰々の子供だった。顔を変え、復讐の機会をずっと窺っていた。互いに正体を隠し敵対しているが、実は知り合いだった……などなど。

 ミステリーに於いて、後から判明する人間関係は定番なのだ。これも一種の伏線回収と言えるだろう。犯人が事件を起こすまでに至った経緯を、読者に納得させるギミック。動機と人間関係は、切っても切れない関係性なのだ。

 

 

 「弁が立つようでいて、要点を得ない内容でしてよ。この軟弱者は、何を仰りたいのかしら?」

 

 萬宮寿イグナ。僕の眼前に座った御婦人から、厳しい意見が飛んでくる。

 ああ、眼前と言っても別に対面している訳ではない。もしそんな状態だったのなら、こうして悠長に思考を巡らす事など不可能だろう。

 ここは車中。例によって『フィアット500』に乗車中。

 助手席に萬宮寿イグナ。その真後ろ、後部座席に僕──という構図だ。

 

 ついでに言えば、運転席にはブーゲンビリアさん。僕の隣にはしいなさんが座っている。

 二人の魂は、未だ入れ替わったままだ。なので肉体的には、運転免許を取得できない年齢の少女が車を走らせている状態である。

 だが、それを咎められる事はない。『認識阻害』が働き、周囲の人々の目には()()()姿()として映っているからだ。二人が付けている髪飾り。水晶を思わせる球体状のそれが、認識阻害装置なのだろう。

 黒髪には、紫色の珠。プラチナブロンドの髪には、翠色の珠。それぞれの髪色に合った物を装着している。有り体に言えば、最近のアニメでお馴染みの『謎の玉』だ。

 以前レイワさんも、昔のアニメでよく見かける『謎の玉』と表現していたので、玉の正体は令和になっても判明しないらしい。時代を超えたミステリーと言えるだろう。

 

 「どうされましたの? ミッシングリンクについて、続きを聴かせて下さいまし。(わたくし)も、謎解きのお話が好きなので気になりますわ!」

 

 おっと。思考が脱線してしまっていた。しいなさんの要望に応えて、話を元に戻そう。

 僕の知らなかった人間関係。それが、萬宮寿邸への強制連行という現状を作り出しているのだから。

 話は20分程遡る。

 自宅にて、僕がスカートからズボンへと履き替え、リビングへと戻ってきた時「お待ちなさい軟弱者。要点だけを纏めれば済むでしょう?」あ、ハイ。

 

 回想中止。これだから、萬宮寿イグナは苦手なんだ……。

 

 

 かつて九重女学院で教鞭を取っていた──萬宮寿イグナ。

 大学時代にイグナゼミに所属していた──木嶋みさき。

 

 芸能事務所『マザーグース』に所属していた──葉蕗(はぶき)咲理(えり)

 現在その事務所の経営を一部引き継いでいる──ジーナ・九重・ブーゲンビリア。

 

 しいなさんと姉さんが、幼い頃に出会っていた事実も踏まえると……僕の家族と萬宮寿家の繋がりは、思った以上に深かったようだ。

 共通する話題が多ければ、話が尽きる事はそうそう無い。木嶋家のリビングでは、女性たちが雑談に花を咲かせていたのだ。占いの話。学校の話。芸能界の話と展開されて行き──

 

 その結果。母さんのラジオ番組が打ち切りになったのは、萬宮寿家に遠因があると判明した。

 詳細は濁されたが、放送局による何かしらの忖度があったという話だ。だけどそれは、イグナ婦人の意向とは別。母さんの実情を知り、それに謝罪したイグナ婦人は放送局に『圧』をかけたのだ。電話一本、鶴の一声。

 来月から、ラジオ番組『葉月エリスの選りすぐらないラジオ』が始まるそうだ。願ってもない幸運。母さんは、そこに再ブレイクの可能性を見出した。

 そして、萬宮寿家の飼い犬に成り下がってしまったのだ。

 

 ──「精霊回帰(ジン・バック)? 良く分からないけどぉ……息子がお役に立つのなら、どうぞどうぞ。それじゃあ、お母さんの代わりにしっかりと萬宮寿様にご奉公してきてね!」

 

 こうして僕は、身売りされた。業腹だけど受け入れるしかない。

 家族との関係(リンク)は、易々と紛失(ミッシング)できないのだから……御後が宜しいようで。

 

 「あら、終わりましたのね。退屈で、途中から聞き流してましたわ。ジーナ、あの者に採点をしてあげなさい」

 

 「はい、イグナ様。話のまとめが悪い上に、オチも弱いですわね。落語としては0点です」

 

 酷評に心が折れそうだ……僕は「何か面白い事でもしなさい」という、イグナ婦人の無茶振りに応えただけなのに。傍若無人ならぬ、傍若婦人だ。

 

 

 「私は楽しめましたわ! うふふ、ですが『身売り』は誤解でしてよ。あなたは、客人。そして協力者ですわ」

 

 しいなさん。身体はブーゲンビリアさんだけど、彼女の魂は元のままだ。純真で、公平で、時に優しく、時にポンコツ……僕の好きなその内面は、入れ替わって100時間経っても健在らしい。

 呪詛返しも残りわずか。今夜の丑三つ時、呪いは解ける筈だ。

 

 それにしても凄い精神力だなぁ。僕なんて一時間と経たず、B子さんになりかけていたのに。気を引き締めないといけないな。統合精霊化の際、僕は『魂』だけの存在として彼女と融合するのだから……あ。

 今日一日、羽吹道場で肉体を鍛えたのは意味が無かったのでは!?

 選択肢④は全くの無駄足だった! 鋼の精神を手に入れたと感じたのも錯覚だったし!

 それどころか、帰り道は疲労した状態で雨に打たれたから……くしゅん。

 

 「軟弱者。危機の到来時刻は明日の正午、決戦前に風邪など引かれては困りますわ。しいな、今だけはその者と触れ合う事を許します。山小屋での()()()()を再現してごらんなさい」

 

 「お、お祖母様!?」

 

 健全な精神は、健全な肉体に宿る。僕が風邪を引いてしまったら、決戦に支障が出る。

 などと、尤もらしい理由を述べて孫娘を駆り立てるイグナ婦人。この人の真意は判らないが、とんでもない問題を生じさせた事だけは確かだ。

 覚悟を決め、僕へ寄り添ってくる『しいな』さん。

 あの時のように、頬を擦り合わせ僕の身体を温めてくれる。あ、化粧品の甘い香りがする……。

 

 「も、もう! じっとして下さいまし。これはお祖母様に、山小屋で何も疾しい事が無かったと証明する機会ですのよ。抱き合って、頬をすり合わせたのは……飽く迄、人命救助ですもの!」

 

 そう、山小屋では何も疾しい事は無かった。

 だけど今は違う! しいなさんの身体は、ブーゲンビリアさんなんだぞ!?

 なんかこう……色々と問題がある! レイワさんならきっと『肉体的NTRおねショタ』とでも表現するような事態だ‼︎

 

 化粧品の匂い。それが、歳上女性といけない事をしていると心に訴えかけてくる。普段のしいなさんも、B子さん同様にメイクはしていないのだから。真面目な彼女は、校則を守って化粧はしていなかった。

 だが、その真面目さ故に、成人女性の身体となった今は化粧をしているのだろう。身嗜みの一環。レイワさんも『ノーメイク主義を貫く面倒より、メイクする面倒の方が若干マシ』と言っていた。その辺りの日本文化は、平成と令和でも変わりがないのだろう。

 おっと、バングルが震えている。自称『限界OL』のレイワさんには、思い出したくない内容だったか。

 

 「そのバングル、以前は簡単に外せましたのに……んっ。やっぱり、ロックされてますわ。うふふ、美衣は『悪霊』が封じられているなどと申していましたわね。あの子も、冗談が好きなんですの」

 

 悪霊か……僕にとっては、ルームミラーに映る『鬼の形相』の方が、よほど悪霊じみているけど。

 運転している()()からの視線が、とても恐ろしいのだ。しいなさんの顔で、あまり眉間に皺を寄せないで欲しい……。

 だが、ドライバーの激情に反して車はゆっくりとしたスピードで進み続ける。激しさを増すのは、雨足も同様なのだ。視界は悪く、路面も滑りやすい。安全の為、徒歩と変わらない速度での走行を余儀なくされる。

 

 つまり、この状況から解放されるのは何時になるか判らないと言う事だ──

 

 

─────────

──────

───

 

 

 あれから2時間。現在、僕は萬宮寿邸の客間に居る。

 

 到着してすぐ風呂場へと案内され、身体の芯まで温まる事ができた。その後、やたらと慌ただしい屋敷の中を見知らぬメイドさんに案内され……以前も泊まった事のある、豪奢な客間へと通されたのだ。

 ちなみに豪奢と言っても、壁と天井が純金製とか、ドアノブがダイヤモンドとか、枕が大理石などという事はなく──

 

 「義弟くん、お金持ちに対するイメージがおかしいわよ〜。そんなお部屋じゃ、生活できないでしょ? うふふ、お部屋の観察はお終いにして、ご飯にしましょうね〜」

 

 B子さんが食事を運んできてくれた。シックな雰囲気の木製テーブルに、皿が並べられる。クリームシチュー、ローストビーフ、コールスロー。最後に籠から、バゲットが取り出され配膳が完了した。籠の中には、まだ大量のバゲットがあるのでパンのおかわりは自由のようだ。

 

 「カレーとハンバーグじゃなくて、ごめんね〜。それとぉ、わたしはもう理珠の恋人だから、義弟くんに『あ〜ん』もしてあげられないの。ここで()()()()()()が見ててあげるから、よく噛んで、ゆ〜っくり食べてね」

 

 僕の対面へと座ったB子さん。屋敷内なので、当然メイド姿だ。

 ……メイドさんに、正面から観察されての食事。とてもシュールな光景だろう。けれど、この部屋には僕ら二人しか居ないので、今は誰の目も気にする事は無い。

 飾り気のない様でいて、絶品の料理。

 それを口にしながら、僕はB子さんの話を聞く流れとなった──

 

 

 どうやら現在の萬宮寿邸は、大勢の人間が来客中との事だ。

 九重、八柱、七畝割(ななせわり)、六実……萬宮寿グループを支える旧家の当主達と、その子息、令嬢。さらに、その付き人の使用人達。100名を越える人間が、この屋敷内に居るらしい。

 萬宮寿家の執事とメイドに課せられた仕事量は、平時とは比べるべくもなく。B子さんは、忙しさから脱却する大義名分を模索し、僕の食事風景を観察するという役目を実行中……役目?

 

 先程の「ゆ〜っくり食べてね」という発言は、仕事を長時間サボる為だったのだ。

 実際のところ、彼女はかなり強かな性格をしている。以前はもう少し隠していたけれど、姉さんとの事で色々と吹っ切れたのだろう。

 現に今も、僕は延々と惚気話を聞かされている。

 二つの意味で既にお腹いっぱいなのだが……仕方ない、もう少しだけ食事を続けてあげよう。

 

 「あ〜、入れ替わったよしみでサボらせてあげよう。って思ってるでしょ? うふふ、わたし達は、お互いの性格を把握しちゃった仲なんだから丸分かりよ〜。義弟くんが、割と可愛くない性格だったのも知ってるんだから〜」

 

 それは、お互い様だろう。

 入れ替わりの弊害で、僕らは互いの思考回路が何となく理解できる状況にある。だから彼女が、どれだけ姉さんを好いているのかも判るのだ。まあ、逆もまた然りという事なのだろう。

 きっとB子さんには、僕がしいなさんへ向ける感情も全てバレてしまっている。

 

 「それは元からバレバレよ〜。あら? もうこんな時間。これ以上は、お小言をもらっちゃうわね〜。それじゃあ義弟くん、お義姉ちゃんは応援してるから頑張ってね〜」

 

 僕の手から食べかけのパンを奪い、パクッと自分の口へ運ぶB子さん。色々と幻滅である。

 彼女はそのまま食事プレートを下げると……メイド服のスカートを軽くつまみ上げ、わざとらしく『カテーシー』をしたのちに退室して行った。

 もう彼女が、僕を甘やかす事は無いのだろう。

 それは少しだけ寂しいけれど、悪友が一人増えたと思えばそう悪くもない。

 

 

 「D。アイスを持ってきた。一緒に食べよ?」

 

 ノックもせずに入室してきた銀髪メイド。元祖悪友のA子が、デザートを持ってきてくれたようだ。でも、そのアイスはチョイスがおかしいだろう。庶民的過ぎる。

 A子が手にしているのは、よりにもよって『チューブアイス』なのだ。前に、妹とA子は怪人の特殊能力で()()に変えられたというのに……。

 

 「ピーチ味。色もワタシと妹が変えられたアイスと合わせてみた」

 

 判った上での選択だったとは恐れ入る。

 そんな感想など意に介さず、アイスをポキリと真ん中から割り、半分を僕へと渡してくるA子。どこか懐かしい光景だ。幼稚園の頃も、こんな事があった気がする。

 確かあの時は、半分をA子、もう半分を まこと。僕に割り当てられたのは、チューブの摘み部分だった……あれ、おかしいな? 十年越しに涙が出てきた。

 

 「相変わらず、ヘンな所で泣き虫。可愛そうだから、ワタシに無断で女装したこと、許してあげる。でも、次は許可申請してから。無許可で女装したら、罰として女装させる」

 

 おかしい! 申請対象と罰則が、同一じゃないか!?

 

 「ちなみに、毎週一度は申請する決まり。この約束を破っても、罰として女装」

 

 こ、これは!? A子しか得しない『サブスク』だ!

 早く解約しないと……! え、できない? そんなぁ……。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 あれからさらに1時間。A子は客間に居座り、色々な事を話してくれた。

 

 萬宮寿イグナの実家である『九重本家』の話。ブーゲンビリアさんの実家である『九重家』の話。A子曰く、後者は『九重その2』らしい。ただの分家と呼ぶには、複雑な事情が入り組んでいるので、勝手にそう区分しているそうだ。もしブーゲンビリアさんが知ったら、鬼の形相を向けられそうな話である。

 そのブーゲンビリアさんは、筆頭メイドとして大忙しの様子。そんな中、メイドとしての仕事が全くできないA子は、僕と一緒に客間へ居ても問題ないそうだ。ここへ来る前も、自室で小説を執筆していたらしい。何とも自由人なメイドさんだ。

 

 両親が精霊泡沫(ジン・フィズ)現象に遭い、萬宮寿家のメイドとなったA子。それでも、彼女の本質は昔から変わっていない。羨ましい程に真っ直ぐで、天真爛漫だ。

 だからこそ、同じ境遇の しいなさんと気が合うのだと彼女は語ってくれた。

 

 そう。しいなさんの両親も、精霊の世界へ消えてしまっていたのだ──

 

 

 僕の知らない事実。バングルの震え方から判断して、おそらくレイワさんも知らなかった知識。萬宮寿シグマ、イグナ夫妻のキャラクターが濃すぎて原作では描写されていないだけ。きっと、それ位の感覚だったのだろう。

 令和のアニメでは、主人公の家族構成が全く語られない作品もあると聞いている。家庭環境は千差万別。昭和から続く国民的アニメのように、二世帯家族が勢揃いしているのを、()()()()としない『配慮』がそこには存在すると言う。

 

 僕は、その配慮が全くできていなかった。

 あろう事か、しいなさんの前で母親の話をしてしまった……家族との関係性は易々と切れないなどと、賢しら顔で語っていたのだ。鬼の形相を向けられて、当然の愚行。謝っても、謝り切れない。

 あの時、しいなさんは笑っていたけれど、きっと心の中では──

 

 「しいな様をナメないで。その時、笑ってたならソレが答え。それに、ワタシ達は諦めてない。両親との関係性も切れてない」

 

 そうか……なにも死別した訳じゃないんだ。精霊の世界で、生きている。

 諦めてないというA子の言葉は、ただの希望的観測じゃない確信を帯びていた。きっと、両親と再会を果たす為の術を見出しているのだ。だけどそれは、今すぐに行える手段じゃないんだ。

 A子の両親に起こった精霊泡沫現象、白銀童子にまつわる鉱山の逸話、この共通点から推測すると答えが見えてきそうだ。

 

 「すとっぷ。Dは推理を始めると長い。ふぁ〜、ワタシもう眠いから、寝る──」

 

 真面目な話から一転、A子が僕のベッドで寝てしまった。自由人、ここに極まれり……。

 どうしよう? 起きる気配が全く無い。

 ベッドがかなり大きいので、僕が寝るスペースはある。でも、相手がA子とは言え一緒に寝るのはダメだろう。

 僕だって『男女七歳にして席を同じゅうせず』という考えは古いと思う。けれど、今年17歳になる男女が寝所を同じにするのは流石にアウトだ。疾しい事が無くても、確実に邪推されてしまう。

 もし、そんな場面を しいなさんに目撃されたらと思うと──

 

 

 「ノックしてもお返事が無いので、勝手に失礼しますわよ……あら?」

 

 ご、ご、ご、ご、誤解‼︎ 誤解なんだ! 僕は別に、A子を襲ったり、して、してないっ!

 

 「ふふっ、解ってますわ。詠は夜の十時を過ぎると寝てしまいますの。それに、あなたが『幼馴染』に不埒な真似を働く様な人で無い事は、知っていますもの」

 

 見た目はブーゲンビリアさんのままだけど、彼女は紛れもなく『しいな』さんだ。

 『シーナ』という名は『神は恵み深い』という意味を持つ。名は体を表すという言葉は本当だったんだ。この慈悲深さ、女神に違いない……!

 僕はA子に何も疾しい事をしていないけど、自然と懺悔したい気分になってしまう。

 

 嗚呼、後悔と言うのなら、車での件がまさにそうだった。だけど、蒸し返す事で彼女の気分を害してしまったら、それこそ後悔してもし切れない。

 くっ、僕は一体、どうすればっ!?

 

 「お、落ち着いて下さいまし! 私は、詠が届ける予定だった『歯磨き道具』と『寝巻き』を持ってきただけでしてよ? あなたに危害は加えませんので、跪いて祈る必要は御座いませんわ‼︎」

 

 新品の歯ブラシと、コップ、歯磨き粉。それと男性用のガウンを、彼女が手渡してくれた。すやすやと眠るメイドの代わりに、令嬢が自ら運んでくれるなんて光栄だ。

 ありがとう、しいなさん!

 

 「……車内でも()()()を気にしてらしたので、もしやとは思っておりましたの。やっぱり、あなたには『認識阻害』が効いていませんのね」

 

 え……?

 

 

─────────

──────

───

 

 

 A子の事で気が動転していた僕は、重大なミスを犯してしまった。

 しいなさんの髪型がストレートに変わっている事を、もっと注意深く見ておくべきだったのだ。

 

 今の彼女は『謎の玉』を着けていない。ポニーテールに結っていた際は、髪留めとして使っていた『認識阻害装置』を身に着けていないのだ。

 つまり、誰の目からもジーナ・九重・ブーゲンビリアとして認識される状態にある。

 それなのに僕は、彼女を『しいなさん』と呼んでしまったのだ──

 

 「ふふ、私は寧ろ嬉しいですわ! あなたは、私とジーナの『入れ替わり』に気付いた上で、『私』を『(しいな)』として扱って下さったのですから」

 

 器は違えど、中身は同じ。僕とB子さんが入れ替わっていた時、しいなさんはそう語った。

 その言葉に僕は救われていたんだ。仮に元に戻れずとも、僕を僕として見てくれる。先にそう宣言してくれたのは、しいなさんなのだから。

 あの時は、まことがやって来て中断してしまったけれど……丁度いい機会だ。

 

 僕は、しいなさんの事が──

 

 「ま、待って下さいましっ! その先は、元の身体に戻ってから聞かせて下さいな。私達の入れ替わりは、あと4時間足らずで終了しますの……その辺りの事情も、私自身の体であなたに打ち明けますわ。いつか、()()()()()とお約束したでしょう?」

 

 

 彼女にかけられた魔法(のろい)が解けるのは、シンデレラよりも遅い──深夜2時頃。

 さすがに、その時間に逢うのはまずい。ただでさえ、今日の萬宮寿邸は来客数が凄いのだから。万が一、生徒会長の八柱さんとエンカウントしたら大変だ。あの人だって御令嬢なのだし、ここへ来ていてもおかしくない。

 

 「ええ、悠子(ゆうこ)も来てましたわ。ですが、大半の者は既にこの場を発ってますのよ? 今回の会合は、想定される『龍位精霊(ドライジン)』の被害へどう対応するかの最終確認ですもの。危機の到来は、明日の正午。ここへ泊まっている暇は御座いませんわ」

 

 萬宮寿グループの会合と聞いていたので、悪の組織の幹部が大集合しているイメージだったけど……どうやら、違ったらしい。

 大手重工メーカー『九重』、大手出版社『八柱書房』、大手食品メーカー『ななせわり』、大手建設会社『六実コーポレーション』……どの企業も、社会的に信頼を得ている。彼らがオメイラガと関わりがあるのかは不明だが、今回は民間企業として災害に対応してくれるのだろう。

 

 あと『九重その2』の大手芸能事務所もあったっけ。そこだけは、どうにもキナ臭いなぁ。

 『マザーグース』という会社名は、萬宮寿との方が響きも近い。九重その2……何か裏がありそうだ。それこそ、僕の知らない関係性が──

 

 

 「マザーグースは、私の曽祖父『萬宮寿マグマ』が興した会社ですの。私が生まれる前に亡くなっているので、詳しい経緯は判りませんが……会社の経営は、ジーナの実家が引き継いでおりますわ。ふふ、これも『ミッシングリンク』になりまして?」

 

 A子の言った通りだった。しいなさんの笑顔には、裏なんて存在しない。ジーナ・九重・ブーゲンビリアという成人女性の姿でも、屈託のない少女のような眩しい笑顔を見せてくれる。

 思えば、夢の世界が終わりを迎えた()()()()も、彼女は同じ表情(かお)をしていたんだ。『ディエゴ』の正体を知ってなお、僕を安心させるかのように。

 

 「どうかなさいました? ふふ、実はもう一つとっておきの『ミッシングリンク』が御座いますのよ! 丁度良い機会ですので、私のお母様について少しお話しさせて下さいな──」

 

 唐突に始まった、しいなさんの身の上話。

 軽く流せない事実がさらっと含まれているのだが……まずは、いつも通り情報を整理しよう。

 

 

 萬宮寿くいな。彼女もまた、元アイドルだった。

 デビュー曲にして唯一の楽曲『No regrets』で一世を風靡し、たった一度のコンサートで電撃的な引退宣言をした幻のアイドル。

 活動名は、如月(きさらぎ)くいな。

 活動理由は、女性アイドルにうつつを抜かす()()の目を覚ます為。

 目的を果たした彼女は、芸能界から颯爽と姿を消し……文字通りこの世界からも、恋人と共に姿を消してしまったそうだ。

 

 数年後──ノイズ混じりのメッセージと共に、二人の赤ちゃんが萬宮寿家へと姿を現す。

 それが、しいなさんとB子さん。驚いた事に、彼女達は『精霊の世界』で生まれた人間らしい。だが、DNA検査の結果が二人の運命を大きく別けてしまう。

 異母姉妹。二人の父親は同一人物だったが、母親は別々の人間だったのだ。

 

 しいなさんは、くいなさんの実子と認められ萬宮寿家の正統後継者として育てられ──

 B子さんは、精霊回帰である事も判明し、紆余曲折を経て九重家の使用人である山丹(ひめゆり)家の養子へと──

 誕生日が不明だった二人は、メッセージから聞き取れたそれぞれの名前の語呂合わせで、4月17日生まれと3月1日生まれにされたそうだ。その適当さで戸籍を作れてしまうのが、萬宮寿家の恐ろしさと言える……。

 

 時は巡り、しいなさんが7歳になった頃。二人は再会を果たす。

 当時の専属メイドだったブーゲンビリアさんが、その役目を解かれた事が契機。

 後釜に入ったのは幼いメイドさん。血の繋がりは知らずとも、その時から二人は姉妹同然に成長して行き……16歳の誕生日に真実を知ったそうだ。めでたし、めでたし。

 

 なんかもう壮大すぎて、ミッシングリンクの域を超えている……!

 姉妹のように仲が良いとは思っていたけど、まさか本当の姉妹だったなんて!?

 

 

 「ふふ、本題はここからでしてよ。なんと、お母様がライバル視していたアイドルは『葉月エリス』さんだったんですの! ね? あなたと私には、面白い関係性が御座いましたでしょう?」

 

 あはは、話の規模が急に小さくなったなぁ。

 ん? でも待てよ……もしかして、くいなさんの恋人が僕の父で、実は僕らまで半分血が繋がってたなんていう超展開が……!? 昼ドラだ! そんなの禁断の関係になってしまうじゃないか!

 

 「安心して下さいまし。お父様の姓は『如月』だそうですわ。メッセージに、そう残されていますし、お祖母様も聞き馴染みのある名前だと仰ってましたわ」

 

 幻のアイドル『如月くいな』……恋人の苗字を芸名にするなんて、思い切りが良すぎる。

 それに、くいなという名前もどこか引っかかる。確か鳥の名前だった筈。そうそう、国の天然記念物に指定されたあの鳥が──

 

 

 「さあ、次はあなたの秘密を教えて下さいまし。ここ最近、ずっと疑問に感じておりましたの。あなたは一度、私と理珠さんの幼い頃の話を知って、その……距離を置こうとなさいましたわよね?」

 

 う、僕の態度ってそんなに判り易かったのか。

 確かに『夢の世界』から帰ってきた翌日は、しいなさんから身を引いていた。

 だけどその日、彼女から貰ったこの腕時計のお陰で──あ、もうこんな時間なのか。楽しいからか、あっという間に時間が経ってしまう。

 

 「あら、もう遅い時間ですわね。その腕時計の秘密も、あなたが態度を戻した理由も、またの機会に致しましょう。それに明日は大事な決戦が控えていますわ。やはり、お互い朝までしっかりと睡眠をとるべきでしてよ」

 

 23時半。確かに早く寝た方が良さそうだ。

 でも、もう少しだけ待っていれば元の姿の彼女に会える。そう思うと、このまま別れてしまうのは名残惜しい……だからと言って、この時間に引き留めるのも問題だし。

 深夜に逢いに行くのも、やっぱりダメだろうなぁ。

 

 「そうですわね、私も残念ですが……夜半の逢瀬は、またの機会に致しましょう? 星の一つも見えない夜なんて、少し風情に欠けますもの」

 

 雷の光には困らない夜だけど、それではホラー映画になってしまう。

 どうせなら、彼女が言うようにロマンチックな場面で『告白』するのがベストだろう。散々、ラブコメ展開になる度に邪魔されて来たんだ。

 ここまで来たのなら、一番おいしい場面で決めてやろうじゃないか!

 

 僕は明日、龍位精霊を倒したら彼女に告白するんだ‼︎

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「──では、私は詠を連れて自室へ戻りますわ。おやすみなさい」

 

 寝ているA子を軽々と抱きかかえ、しいなさんは帰って行った。

 さて、さっきから振動の止まないバングルを外そうか。きっとレイワさんは、僕が『死亡フラグ』を立てたと思って慌てているのだ。でも、それは逆なんだ。

 生き残らなければ、告白できない。なら、生き残るしかないだろう!

 

 その為にも、レイワさんとの最後のブリーフィングが必要だ。

 

 ──悠久たる時を超え、神経細胞(ニューロン)へと宿りし稀人の叡智よ

   条理に背きし汝の大罪は、永劫に贖う事能わず

   されどその罪過に、慚愧懺悔の……?

 

 おっと、詠唱中断。

 誰かがノックしてる。しいなさんかな? やっぱり寂しくなって、戻ってきたのかも知れない。

 まだ深夜0時前だから、充分有り得る。

 シンデレラが慌てて帰るには、少し早かったという事だ──

 

 「ノックから扉を開けるまでが遅いですわよ? 以前から素早く行動するようにと、あれ程……」

 

 いっ……イグナ!? 

 この展開は、数時間前にもやったばかりだろう……! 魔法使いのおばあさん(フェアリー・ゴッドマザー)は、お呼びじゃないんだっ!

 うぐっ、扉を閉めたいのに微動だにしないぞ!?

 

 「いい度胸でしてね()鹿()()()。このワタクシに楯突く勇気が残っていた事を褒めて差し上げますわ……っ‼︎」

 

 ぬぐぐ……ダメだ! 純粋にチカラが強い!?

 とても還暦を迎えたとは思えないパワーだっ‼︎

 

 「ワタクシはまだ、59歳ですわ! 見た目だけなら、40……30代でも通り、ましてよっ‼︎」

 

 ああ、ついに部屋への侵入を許してしまった。

 稲光が、断続的にイグナ婦人の姿を夜闇から抜き出す。まるでホラー映画の一幕だ。

 

 

 果たして僕は、明日の朝まで生き残れるのだろうか──

 

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