平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話   作:浅学寺のえる

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#23 統合精霊/融合回

 相剋(そうこく)真芯(ましん)

 五つの属性には、相剋関係というものがあるそうだ。

 水は火に強く、木は土に強い……などなど。要は、ゲームでお馴染みの『弱点属性』である。

 木を頂点に、時計回りで火、土、金、水。それが、五大属性を表す円形の配置図。

 

  .

.水  火

 ( )  土

 

 その配置を元に、相剋関係に矢印を引いていく。

 『水→火』『火→金』『金→木』『木→土』『土→水』── 現れるのは『五芒星』

 相剋の真芯とは、その星の中心を指す言葉。

 

 それは相性の中にあって、相性に左右されない唯一の属性。

 五つの属性を身に宿し、完璧な均衡を保つ。その奇跡を成し遂げた者のみが辿り着ける極地。無属性とも呼べるその状態は、あらゆる干渉を受け付けない。

 永久不変。それこそが、ブーゲンビリアさんの狙いだった……の、だが。

 

 

 「……もう諦めましたわよ! 『相剋の真芯』へ至る為には、坊やの協力は必要不可欠。ですが、(ワタクシ)が容易く飼い慣らせると思っていた子犬は……想像以上に、しいな様の忠犬として躾けられていましたのね。あーもうっ‼︎ 私の夢も、九重家の野望も、全ておしまいですわ!」

 

 ヒコボシに復讐され、ややハスキーボイスになっている()()

 悪事のみならず、性的嗜好まで暴露されてしまった為か、かなり投げやりな態度をとっている。盗人猛々しい悪役の見本だ。

 だが、それ故に口も軽くなった。自棄になった彼女は、目論見の全てを吐露してくれたのだ。

 

 彼女の最終目標は、恒久的に『萬宮寿くいなの娘』で有り続ける事だった。

 僕を取り込み、五属性を成し、九重その2が秘匿していた技術を以て『相剋の真芯』へと至る。

 そうなってしまえば、呪詛返しの期間が過ぎても『入れ替わり』は戻らないらしい。

 

 分かり易いイメージで例えれば、シンデレラの『ガラスの靴』だろうか。

 あの靴は、魔法が解ける時刻を過ぎても元のカタチへは戻らなかった。変化した状態が()()()()()となってしまったのだ。

 これは何らかのルールを潜り抜け、魔法が解除される瞬間をやり過ごしたとも解釈できる。

 シンデレラの足から脱げたから? 深夜0時のタイミングで、第三者が靴を観測していたから?

 

 これ以上は材料がないので、原因を推測し切れないのが残念なところだ。

 

 

 「童話に理屈を付けるなど、野暮な話ですが……おおよそは、その軟弱者の言葉通りですわ」

 

 「うむ。しいなの肉体で『統合精霊化(ディフュージョン)』を果たし、呪いが終わるタイミングで『相剋の真芯』となっておれば、入れ替わり状態が固定される筈ゾイ。さらには、融合状態すら解除されん可能性が極めて高い──」

 

 萬宮寿夫妻の話によると、かつて似た様な事例があったそうだ。

 始祖オメガ。呪詛を受けた状態で統合精霊化し、相剋の真芯へ至った女性。

 呪いと融合状態が固定されてしまい──最終的に、向こうの世界へと旅立ったらしい。

 

 「そうせねば、この世界は崩壊しておったゾイ。恒久的な統合精霊など、条理に反しておる。そして、条理に反する力は必ず綻びを生む。少年ならば、深刻なバグを含んだプログラムが動き続けておる状態と言えば判るかのう?」

 

 予期せぬ挙動に、世界(ほんたい)が耐えきれなくなってエラーを起こす。

 

 「その通りゾイ。そして恐ろしい事に、それこそが『九重その2』の野望だった。端的に言えば……この世界を壊し、あちら側である『精霊世界(ジンライム)』へ移住する計画──」

 

 

 『ジンライム』と呼ばれるその世界は、九重家が崇拝する始祖オメガが居る世界。そこへ至る事が、九重その2の悲願なのだとか。方法も論理も滅茶苦茶過ぎて、僕には理解し切れない内容だ。

 まあ、ブーゲンビリアさんは始祖よりも『くいなさん』に会う事が目的のようだ。

 その想い自体は責める事ができない。だが、過程に問題がありすぎる!

 

 「ですから、もう諦めましたわ! 元々、実家の計画を利用して()()()で向こうへ渡るつもりでしたし。世界全体を巻き込んでの移動など、馬鹿げてますもの」

 

 どうやら彼女にも、僅かに善性があったらしい。

 とは言え、しいなさんの肉体を奪う事を前提とした計画には悪意しか感じられない。占星術を得意とする九重家は、入れ替わりが108時間で終わらない可能性を事前に導き出していたのだから。

 危機の到来という状況すら利用し、独善的な計画を企てていたのだ。

 さすが、原作2クール目のボスキャラを輩出した家である。

 

 レイワさん曰く、物語中盤のボスは『踏み台扱いのヴィラン』に過ぎないのだとか。

 やたらと僕を犬に例えていた女性こそが、かませ犬だったとは皮肉である。

 

 「……なんですの、その目は!? どの道、龍位精霊(ドライジン)に対処できるのは私と貴方だけですのよ! 相剋の真芯へは至れずとも、統合精霊化は可能ですわ。ビジネスライクに、直近の問題を解決すると思えば、融合の最低条件である『相互理解』は満たせますもの」

 

 目的が合致していれば、融合自体は可能らしい。

 でも、ブーゲンビリアさんと融合する気は無い。それは既に、断った案件なのだし。

 

 僕は最初から、しいなさんとしか融合しないと決めているんだ。

 二人で世界を救う。昨日の夜、そう約束したのだから!

 

 

 「ディエゴ……!」

 

 「無理ですわ。今のしいな様は、私の肉体。巫女の最盛期を過ぎた、お、オバさん! ……の、身体ですのよ……坊やより10も歳上の……」

 

 僕の宣言で、しいなさんが少しだけ笑顔を見せてくれた。

 そして、そんな彼女と対照的にブーゲンビリアさんは落ち込み始める。自分の発言で暗くなるのなら、言わなければ良かったのに……。

 以前、しいなさんが子供に戻った時に『オバサン』と呼ばれた事が相当ショックだったのだろう。おそらく、その時の意趣返しをしようとして『特大ブーメラン』を投げてしまったという所か。

 

 そんな彼女の心境とシンクロするかのように、悲壮感あふれるBGMが流れ出した。

 これはヒコボシ劇場のエンディングテーマ。長かった副音声上映も終わり、エンドロールが回り始めたのだ。

 監督、編集、音声、撮影、もろもろ全てが『匿名希望』

 

 クレジットを表記する意味が判らない‼︎

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「ディエゴの申し出は嬉しいのですが……今の(わたくし)には統合精霊化をなせる程の力が御座いませんの。きっと、ジーナに酷い事を言った罰が帰って来ましたのね」

 

 暗いメロディのせいで、しいなさんの表情まで曇ってしまった。

 あの時は、精神まで子供時代に戻っていたのだから酌量の余地はあるだろう。だから、そう自罰的にならないでほしい。

 僕だって、みさきさんを『叔母さん』と呼んで激怒されているし、イグナばーさんからは物理的な報復を受けている……うん、軽率な発言だったと猛省しているよ。

 あれ? 彼女を励ますつもりだったのに、僕まで気落ちしてきたぞ。

 

 「安心なさって、ディエゴ。お祖母様に無礼を働いて、頭のコブで済むのはあなた位ですのよ? 軽口を言い合える程、お祖母様がディエゴに心を許している証拠ですわ」

 

 ……逆に励まされてしまった。

 優しく僕を諭す彼女に対し、イグナ婦人が「親しき仲にも礼儀あり」などと言っている。この前僕には「礼も過ぎれば無礼になる」と語っていたのに。何事もバランスが大事ということなのか。

 

 

 「さあ、ジーナ。落ち込んでばかりではダメですのよ? 今の貴女は『私』ですもの。彼と融合し、龍位精霊と闘う役目は任せますわ。それを以て、(みそ)ぎとなさい。九重家の件はともかく、私個人として『肉体を盗まれかけた件』は全て不問と致しますわ」

 

 「……しいな様っ!」

 

 しいなさんの言葉を受け、今度は感涙に咽び泣くブーゲンビリアさん。

 どこまでも慈悲深く、寛大な()()。その姿に心を打たれて、改心する()()

 なんだか『いい話』の流れになっているけれど、僕の意向を無視しないでほしい!

 

 例えブーゲンビリアさんの姿でも、僕はしいなさんと融合すると決めているんだ‼︎

 

 「……っ。世界の為にも、ディエゴとジーナが融合するのが最善でしてよ。10歳も年が離れてしまった私を『少女』と呼んで下さるのは嬉しいですが……やはり、今の私とあなたではバランスが悪いですわ。ですので、どうか聞き分けて下さいまし──」

 

 

 バランス、か。

 身長を気にしている僕に、いつか君はこう言ってくれた。

 ──「私と同じ景色を見ていると思えば、そう悪くもないでしょう?」と。

 

 対して僕が、君の身長が伸び、同じ目線で無くなる可能性を示唆したら……

 ──「伸びたとしても数センチ。その程度、誤差の範囲でしてよ」と返してくれた。

 

 10歳程度の差だって、誤差の範囲なんだ。

 しいなさんの方が僕より早く生まれているのは元からだし、誕生日が語呂合わせじゃなければ学年も上だったかも知れない。だからその程度は、誤差の範囲。バランスも均衡状態だ。

 

 そして、巫女の能力にだって同じ事が言える。

 その肉体にも、しいなさんが本来持つ半分程度の力があるのなら可能性は充分だろう?

 ゼロで無い限り、その差なんて無いのと同じだ!

 

 

 「そ、それは屁理屈ですわ!? 世界の危機だと言うのに、子供のようなワガママを持ち込まないで下さいまし……っ!」

 

 君が子供に戻った時のワガママに比べれば可愛いものだろう?

 なんなら、あの時は僕の方が10歳年上だった。でも君は、そんな事はお構いなしで僕にワガママを言ってくれたじゃないか。

 もう一度、あの時みたいに素直な気持ちを聞かせてほしい。

 

 僕は、君と一緒に闘いたい。君じゃないとダメなんだ。

 

 

 「……ッ! そ、そうですわよね! 試しもせずに諦めるなんて、私とした事がどうかしてましたわ。ええ、やってやりましてよ! ディエゴと私で、世界を救う。それで全て解決ですわ‼︎」

 

 ようやく彼女に笑顔が戻ってくれた。やや捨て鉢に感じる物言いは、きっと照れ隠しだろう。

 耳まで赤く染まった姿が、実に可愛らしい。

 

 「しいな様、チョロい」

 

 「義弟くんが、乙女心をくすぐるのが上手いのよ〜。うふふ、その内きっと刺されちゃうわ」

 

 A子とB子さんが僕を冷やかして来る……今の今まで、完全に周囲の存在を忘れていた!

 しいなさんへの想いが溢れて、途中から彼女しか目に入っていなかったんだ。あろう事か、彼女の家族が聞いている中で『告白まがい』な発言をしてしまった。

 うぅ、耳が熱い。きっと僕の顔も真っ赤になってるに違いない……!

 

 周囲の視線は生暖かい。どうやら、僕らを見守る流れへと移行したようだ。

 空気を読んだかのようにエンドロールも終了し、静寂が訪れる。

 今や、この広い武道館に鳴り響いているのは、僕としいなさんの鼓動と──

 ジー……ッという回転音のみ。

 BETAテープを再生する駆動音。これは、もしかすると……。

 

 

 《最後までご視聴いただき、感謝します。さて、ここからは映画でお馴染みのエンディング後パートです》

 

 しつこいなぁ。

 確かに、エンドロールが終わった後に続きがあるパターンも多い。せっかちな人は観られない例のアレである。

 『映倫マーク』が画面に表示されるまで映画は終わらない。映像の仕事をしていた父から、そう教わっているので、僕は劇場の照明が点くまで席を立たない派だ。

 その先に待っているのは『たった数秒のカット』かも知れない。それでも、意味深な内容が多分に含まれていて面白いのだ。

 

 だけど、ヒコボシ劇場の場合は話が別である。

 彼は徹頭徹尾、ブーゲンビリアさんへの復讐しか考えていない。陰湿で粘着質で、ジメジメ、ドロドロの──

 

 《実は……しいな嬢の呪いが解けるアイテムを、Dくんのズボンのポケットへ忍ばせてあります。ええ、昨夜の脱衣場でコッソリと仕込みました。その名も『ソージョー(がん)』──見た目は飴玉と変わりませんが、舐める事で『ニュートラルな状態』へ戻す効果が得られます》

 

 前言撤回。彼の粋な計らいに感謝しよう。

 もう少し早く知らせて貰えれば、さらに感謝したけども……!

 

 以前、僕とA子が舐めた例の飴。きっと、あれと同じアイテムだ。彼と山原先生には、何かしらの繋がりがあるのだろうか?

 まあ何は共あれ、有り難い。早く、しいなさんに……飴を渡したい……所だけど……ポケットに入ってない!?

 そうだ! A子が僕の着替えを、スカートにすり替えていたんだ。それでズボンを取り返すのに一悶着あって……あの時のどさくさに紛れて、飴玉がポケットから出てしまった可能性が高いっ!

 

 急いで、客間へ戻らないと‼︎

 

 

─────────

──────

───

 

 

 時刻は10時25分。

 気付けば、しいなさんが元の身体に戻ってから1時間も経過している。

 

 飴玉を巡る騒動。立て続けに起きた怒涛の超展開。それらを経て──

 現在、この武道館に残った人間は、3人だけとなってしまった。

 しいなさんと僕……そして、イグナ婦人。はぁ〜。

 

 

 「なんですの、その目は? 現実逃避はお止めなさい。昨晩、そう忠告した筈ですわ」

 

 その昨晩の記憶が、乱暴な御婦人のお陰で飛んでしまったのだが!?

 まあ……大方の予想は付くけど。

 現実逃避とは、僕が得意とする記憶整理の方法の事だろう。

 

 つまり、イグナ婦人は『回想』を禁止したんだ。昔から、突拍子もない指示を受けて来たものの……今回は輪をかけて意味不明な命令だ。例によって『占い』が関係しているのだろう。

 九重家は、みな占星術を得意とする家系らしい。

 その中でも、萬宮寿イグナは『予知夢』に特化した異能を有している。対象が夢なので狙った内容を占う事は苦手らしいが、的中率は驚異の100%なのだ。

 

 幼稚園児の頃の僕は、愚かにもその牙城を崩そうと必死だった──

 

 

 「回想禁止‼︎ ワタクシの忠告を無視して、大怪我を負った過去を忘れたとは言わせませんよ」

 

 「ディエゴの右肩にある傷跡。あれは、お祖母様の占いに逆らった結果でしたのね。当時は、突然の事で私も驚いておりましたの。懐かしいですわね、あれはディエゴが棒術の練習をしていた時でしたわ……──」

 

 あのー。お孫さんが、回想に入ってしまわれましたが……?

 

 「しいなは自由に回想して良いのです。温故知新の精神は、いつの世でも大事ですのよ」

 

 相変わらず、孫に甘い! 僕の時と、言ってる事が真逆じゃないか‼︎

 

 

 「さて、ワタクシも移動しますわ。()()()の九重家へ『抗議』もせねばなりませんし。フフフフ、楽しみですわね。ようやく掴んだ狐の尻尾ですもの、この機に全ての権力を奪い取って差し上げましてよ」

 

 ブーゲンビリアさんの実家は、本日を以て終了。

 占いの力なんて持たない僕でも判る、確定した未来だ。

 滅ぼしていい大義名分さえあれば、あとは『最終決戦マダム』を一人投入するだけで片が付く。ロケットランチャー片手に、九重その2へ乗り込む女傑の姿が容易に想像できてしまう。

 かつてこの武道館で行われた『羽吹浪志 vs 萬宮寿イグナ』の師範対決。

 その際も、普通にサブマシンガンを乱射していたのだ。無法地帯すぎてドン引きである。

 

 

 「あら? お祖母様は、もう行ってしまわれたのね。作戦開始まで残り30分。どうしましょうか? 再びスクリーンで、テレビ中継を確認しても宜しいですけど」

 

 いや、それは止めておこう。()()()()()は、A子とB子さんに任せたんだ。

 テレビで現地の様子を観ても、気を揉むだけ……今は、龍位精霊の事にだけ集中しよう。

 

 「きっと大丈夫ですわ。私の姉と盟友は、とっても頼りになりますのよ! 臨機応変に、あの憎き……いえ、あのヒーローと協力して『鬼』を退治してくれますわ」

 

 そう。彼女達とワッカを信じるしかないんだ。

 今起きている緊急事態は、言うなれば──ボスキャラの同時多発。

 笛市市街で暴れているのが、原作1クール目のボス『善童鬼(ぜんどうき)

 太平洋を爆進しているのが、原作3クール目のボス『龍位精霊(ドライジン)

 

 ああ、原作2クール目のボス『ジーナ・九重・ブーゲンビリア』も一応数えておこうか。

 しかし彼女は、既に『光堕ち』してA子とB子さんらを愛車に乗せ現地へ急行中だ。

 一方で、『悪堕ち』してしまった人もいる。

 

 それが善童鬼であり、その正体はハカセという超展開。

 火鬼崎善──彼は、飛鳥時代から生きている精霊だったのだ! まあ、僕は数日前にレイワさんから教わっていたけども。曰く『わしじゃよ』展開とは少し違うらしい。

 

 

 「詠も美衣。それにジーナも心配は無いのですけれど……やはり、お祖父様だけは少し心配ですわね。何やら『フェチニッチ粒子』という物が、鬼を暴走させている原因と仰ってましたわ」

 

 フィアット500は四人乗り。シグマ氏も、彼女らに同行している。

 彼だけは、鬼の正体に察しが付いているのかも知れない。龍位精霊の接近で、フェチニッチ粒子の空間濃度が激増したと言っていた。

 つまりハカセは物語の黒幕という訳でなく、むしろ暴走させられた被害者なのだ。

 例によって、また謎の粒子が原因で巻き起こった事態……頭が痛い。

 

 「うふふ、また思案顔をなされてますわよ? 一度、話題を変えましょう。そうですわね……いつか『全てを話す』とお約束した件。今ならば、穏やかな気持ちで打ち明けられそうですわ──ディエゴ、私はオメイラ」

 

 ストップ! その『告白』は、危機を乗り越えたあとでいい。

 腕時計の件で僕は既にズルをしているんだ。一方的に、しいなさんだけに告白させるのは道理に合わない。僕にも、打ち明けなければならない『秘密』があるんだ。

 その辺りの事情も、僕の想いも、全てが解決した時に伝えたい。

 だから、あと少しだけ待ってて欲しい。

 

 

 「……今日はワガママばかりですわね、ディエゴ」

 

 あ! 我儘ついでに、そろそろ僕の名前をきちんと呼んで貰いたい。

 ディエゴの正体は姉さんだった。だから僕は、もう君を『シーナ』さんとは呼んでないだろう?

 

 「で、では! ハブキさん、と呼べば宜しいかしら?」

 

 他人行儀!? え、まさか彼女は僕の下の名前を知らない……!?

 絆の深さが、融合を安定させる鍵だと言われているのに! ここに来て、溝の深さが発覚してしまったのかっ!?

 

 「ち、違います! 少し照れただけですのよ。察して下さいませ、デ、デ、デ」

 

 それだと、どこかの大王になってしまう!

 確かに僕の名前は少し一般的では無いけれど…… 令和では割と知名度があるそうだ。なんでも、歌詞の頭が『僕の名前』で始まる曲が()大ヒットしたのだとか。

 その昔が、未だ到来していない現在。兎にも角にも、危機を乗り越えねば沖縄を代表する『あの花』の名前も全国区にはならないという事だ。

 

 

 「そうですわ! 私にだけ呼称を替えろと言うのは不公平では御座いません? まずは、あなたから『しいな』と、呼び捨てにして下さいまし」

 

 え。だけど僕は、既に『萬宮寿さん』と呼んでいたのを『しいなさん』へ替えてるからなぁ。

 ほら、山小屋でハイテンションになってた時だ。その際、他ならぬ君からの要望で呼称を変更してるんだ。だから公平を保つ為には、やっぱり君から僕の名前を呼ぶべきだと思う。

 

 「また、そうやって正論でイジワルを……! うぅ、判りましたわ。呼びますわよ‼︎ 思えば、まことも詠も、あなたを名前では呼んでいませんものね」

 

 そう。D、Dくん、弟くん、D坊、子犬……色々と呼ばれて来たけれど、何故か女子からはきちんと名前を呼んでもらえなくて困っている。

 小学校の時の担任なんて、僕の名前を『ダイゴ』だと勘違いしたまま転勤して行ったのだ。

 まったく酷い話である。

 

 「ふふ、なるほど。つまり、女子で初めてあなたの名前を呼ぶのは──この『萬宮寿しいな』という事ですのねッ‼︎」

 

 高らかに自身の名を叫ぶ彼女。その勢いで、僕の名前も呼んでほしいものだ。

 だから敢えて黙っておこう。小学生の頃、まことが僕を名前で呼んでいた時期があった等と、野暮な事は口にしない。

 僕は、彼女の自信に溢れた姿も好きなんだ。

 時折見せる、悪役令嬢の片鱗。

 ほんの少しだけ、嗜虐的な笑みを浮かべる彼女。

 きっと、イタズラでも思い付いたのだろう。思わず僕がたじろぐ様な、その手のイタズラを。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「うふふ、耳まで真っ赤ですわよ? あなたの要望を聞くだけですのに、ここへ来て逆に照れてしまいましたのかしら──」

 

 僕の身体へ、彼女がしな垂れ掛かる。いつかの様に耳元で囁き、僕への意趣返しを試みる彼女。

 でも、そうやって不敵に笑っていられるのも今の内だ。

 僕の名前を呼んだ次の瞬間、『しいな』と呼び捨てで返してやろう。そうすれば、彼女は再びポンコツ令嬢へと逆戻りだ。可愛く慌てふためく姿が目に浮かぶ。

 

 イタズラはキジムナーの専売特許。僕にも半分、その血が流れている。

 本家の精霊には及ばないまでも、痛み分けに持ち込む位はできる筈だ。

 間近に迫る彼女の顔に、心臓は早鐘を打っている、が! 一矢報いる位は……できる、筈!

 

 「さあ、じっとして下さいまし。攻められると防戦一方になるのは、あの頃と変わりませんのね……決戦へ挑む前に確認できて良かったですわ。私が思うに、あなたは押しが強い女性に弱いのではなくて?」

 

 た、確かに!? そう表現されると、ストンと腑に落ちる。

 今だって、彼女のされるがままに誘導されてしまった。

 アリーナに並べられたパイプ椅子の一つへ、強引に座らされた僕。椅子の背もたれは、彼女が掴んでいる。僕を挟み込むように、正面から両手でしっかりと握っている。

 そして流れる様に、僕の両脚の隙間に彼女の膝が差し込まれ……逃げ道はゼロとなった。

 

 「龍位精霊も、声を聞く限りおそらく()()。あなたが、押し負けてしまわないよう……荒療治をしますわよ。良いですか? あなたに対し、誰よりも押しが強いのは私。それだけを心へ刻んでおきなさい!」

 

 ……ハイ。

 

 「いいお返事でしてよ! では、少し早いですが『命令』して差し上げます。共に危機を乗り越える為、私と融合しなさい、デイ──《デイゴー‼︎‼︎ はやく来てくれー‼︎》ふぇ!?」

 

 

 スピーカーから流れる大音量が、しいなさんの言葉をかき消した。

 まるで、悟空の到着を切望するクリリンの様な叫び声が武道館に鳴り響く。

 僕の名を呼ぶ、その声の主は『リングリット』

 あろう事か、彼は全国放送で僕を名指しして呼び掛けているのだ。

 

 「〜〜ッ! リングリットー‼︎ 私の恋路まで邪魔しますの!?」

 

 地団駄を踏む しいなさんの足元にはリモコンが落ちている。

 先程までパイプ椅子の上に置かれていたそれは、僕と入れ替わる形で床へと落下したのだろう。

 そして、その弾みでテレビ番組のチャンネルボタンが押されてしまい──武道館にヒーローの絶叫が響き渡ったという流れか。

 つくづく、ラブコメ展開を許してくれない世界である。

 

 《デイゴー‼︎ 葉蕗(はぶき) 梯梧(でいご)ー! 急いでくれー!?》

 

 自分はヘルメットで正体を隠しているクセに、僕のフルネームを全国放送で叫ぶヒーロー。

 相変わらずの劣勢で、周囲へ配慮する余裕など無いのだろう。

 

 なにせ、クロスリット・ハイロゥを遠隔操作していた祖父が相手なのだ。

 JKだけの演算能力では、戦闘中に展開できるリングは4〜5本程度。その上、暗雲が立ち込めているのでフォームチェンジも出来ずにいる。

 あの状況を打破できる望みは『精御輪具(せいぎょりんぐ)』のみ。

 僕が身に付けていたバングルだけが、ハカセを正気に戻せる唯一の手段なのだ。

 

 《いっそ、バングルだけでいいからー! デイ━━━z》

 

 お望み通り、A子達がバングルを持って現地に急行中だ!

 これ以上画面を見ていても心配のタネが増えるだけなので、テレビは消しておく。

 防御には定評のあるリングリットだ。きっと、持ち堪えてくれると信じよう……‼︎

 

 

 さて、早いもので作戦開始時刻まで残り10分を切っている。

 テレビも消した。イグナ婦人も居ない。誰の邪魔も入らない最後のチャンス──

 

 【エッチなのはダメ!】【死刑‼︎】

 

 待ってたよ、レイワさん。バングルを外しても反応が無かったから、心配していたんだ。

 ちなみに先程の思考は、レイワさんと話す最後のチャンスという意味合いだけど?

 

 【このリバーシブルショタ!】

 【的確に、私の情緒をコロコロ転がさないで!?】

 

 おっと。時間がないんだ、転がりながらでいいから聞いてくれ。

 入れ替わり事件の時、B子さんの身体へ移動したのは僕の魂だけだった。きっと、統合精霊化でも同じなのだろう。だから、今が決戦前に会話できる最後の機会なんだ。

 しいなさんが、ヒーローへ恨み言を呟いている今の内に、何か原作知識……いや、何か僕に伝えたい事があったら話してほしい。

 

 【…………ハイグレ】 

 【あ、違った。ハイレグ! ハイレッグ!】

 

 う、ん……? この局面で、一体なにを言っているんだ。一発ギャグだろうか?

 僕が『おもしれー女』と言い続けたせいで、おかしな方向性に走ってしまったのか。済まないレイワさん。折角、披露してくれたギャグだけど……その、少し個性的すぎて僕の感性とは──

 

 【違うよ】【ヒコボシの偽名について!】

 【虞発麗(ぐはつれい)のアナグラム】

 

 グハツレイ……ハイレツグ……ハイレッグ? あ、そのまま直訳して高い脚(ハイレッグ)か。脚が高い、あしたか、芦高ヒコボシ。

 し、心底どうでもいい!? それ絶対、いま言う事じゃないと思うケド!

 

 【何事にも理由があるってコト】

 【それが、おねえさんから君へのアドバイス】

 

 理由……。

 原作との大きなズレにも、何か理由があるのかも知れない。僕らは小学生ではないし、龍位精霊の正体も多分【シブ声のオッサン】じゃない。もはや未来は予測不能。

 だから、原作知識だけを前提にせず、あらゆる可能性へ思考を巡らせろ──レイワさんは、そう言いたいのだろう。

 

 

 「さ、さあ()()()()! もう刻限ですわ。私と融合して下さいませ」

 

 結局、名前を呼んでもらう機会は流れてしまったようだ。

 

 【もっと相応しい場面があるんじゃない?】

 【それじゃあ、いってらっしゃい】【()()

 

 巫女の能力で胸元を掴まれ、僕の意識が宙空に舞う。

 レイワさんの声はもう聞こえない。

 

 

─────────

──────

───

 

 

 「んっ……美衣の時よりも、魂が馴染みますわ。この調子なら、すんなりと私の中へ入れられそうですわね」

 

 光栄なのか、心外なのか、コメントに困る。

 だけど不思議だ。魂だけになっても、こうして普通に思考する事ができるなんて。

 しかも、五感まであるのだ。なので彼女の声も難なく聴き取れる。そして──

 

 「あら……脚までは簡単に入りましたのに、少しキツくなって、ん、くっ……」

 

 脚が柔らかな温もりに包まれている感触が、僕にもある。

 例えはアレだけど、冬場にコタツで温めておいたズボンを履いた時と似た感覚。

 安心感と、心地良さと……少しだけの罪悪感。

 必死に僕の魂を掴む彼女の顔を視ていると、そんな感情が湧いて来るのだ。

 

 

 「はぁ、はぁ……胴体より先に、腕を入れますわよ」

 

 彼女のしなやかな指先が、僕の魂の末端とリンクする。一本づつ、丁寧に指へと沈み込んで行き、再び魂が温もりを感じた。今度の感触は、衣服では例えられない。

 握り合った手が、溶け合う様なイメージだろうか。

 

 一体化した僕らの手指から、何かを掴む感触が伝わってくる。

 この温かく、弾力のあるもちもちとしたモノが、僕の魂なのだろう。

 彼女の手に掴まれる感覚と、彼女の手で掴む感触──同時に訪れるそれは、ひどく倒錯的で、自我の境界が曖昧になりそうだ。

 

 「さ、さあ! 一気に、入れますわよ……私に、身を委ねて下さいな」

 

 山小屋でも聞いたセリフ。あの時は、例え肌同士が触れ合おうとも、溶け合う事などなかった。

 だけど今は、身を委ねた瞬間に僕の全てが、彼女の中へ溶け込んでしまう。それを全く恐ろしいと思えない僕は、どうかしてしまったのだろう。

 B子さんと入れ替わった時、あれだけ自我の崩壊が怖かったというのに。

 

 胴体がリンクした……女性としての体幹で直立するのは二度目の経験だ。

 骨盤の違いと、胸にある重量感。少し前に体験したばかりなので、違和感は然程無い。

 

 あとは頭部を残すのみ。

 正面からゆっくりと、彼女の顔が近付いてくる。

 魂の僕には、眼も鼻も唇もないけれど、まだしっかりと感覚だけは残っている。

 鼻先同士が溶け合い始め、彼女の荒くなった吐息が僕の唇にまで熱を伝えた。

 そして、真っ直ぐと僕を見つめてくる瞳──その眼差しからは、強い意思が伝わってくる。

 

 『自分だけを見て欲しい』

 

 途中からは息遣いだけで、何も語らなくなった彼女。

 それでも、想いを察する事はできる。目配せだけで意思を汲める程、僕らは濃密な時間を共にしてきたのだ。密度で言えば、同門として約七年間を一緒に過ごした少女たちと変わらない。

 

 『詠とまことに出来て、私が出来ない筈ありませんのよ』

 

 僕の思考を的確に読む彼女は、既に同門の少女らを凌駕している。

 魂だけの僕に『目』は無いのだから。

 そして眼孔まで溶け合った今、僕もまた彼女の目を視る事はできなくなった。

 

 それでも、意思が伝わってくる。

 僕らはアイコンタクトの域を超えた意思疎通を果たしているのだ。

 

 

 『それくらい、出来て当然ですのよ。だって、あなたと一番最初に出逢ったのは、私なんですから……んっ』

 

 唇が触れ合い、僕の全てが彼女の中へ溶け落ちた──

 

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