平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
A子
「も、元の身体へ戻れましたわ……んんっ、少し喉がガラガラしてますわね」
「申し訳ございません!
しいな様とジーナ。二人の魂は、無事に元の肉体へと戻った。
ワタシが回収した例の飴。あれは即効性で、舐めた直後にジーナの身体が光り出していた。あの輝きが、しいな様の魂。オーロラのような複雑な色彩で、とても綺麗だった。
だから、もう少しじっくりと見られれば良かったのに……
「ごめんA子! 僕はてっきり、君が『ソージョー
先程から平謝りを続けているDが邪魔で、しいな様の姿が見えにくい。
ワタシが舐めていたのは、ただの『のど飴』。でも、スースーした味に眉をしかめた事で、彼はおかしな誤解をしたみたい。昔から、ヘンな所で勘違いの多いD。しいな様の進退が関わっていたせいもあり、今回は特にひどかった。
混乱していた彼は、ワタシの話も聞かず──
『そうだ! 口移しで、しいなさんへ渡すんだ』と無茶苦茶な提案をして。
『あーもう! 急がないと、溶けてしまう』と続け。
『よし、僕が代わりにやるよ。動かないでくれA子』と言いながら、ワタシの顎を指で持ち上げてきたのだから。
思わず彼の顔面を殴ってしまったけど、たぶんワタシは悪くない。
「例の飴はわたしが預かってたのよ〜。義弟くんが詠ちゃんと
美衣が迅速に動いてくれたから、寸前のところでワタシの唇は守られた。
危うくはじめてのキスが、無理矢理かつ飴の受け渡しになる所だった。そんなの変態的すぎて嫌。なので、彼には『一週間、妹メイドの刑』を受けてもらう事にした。この程度で済ませてあげるワタシに感謝してもらいたい。
危機を乗り越えるまで、刑の執行は保留しておくケド……とりあえず、ワタシの事は『ねえさま』って呼ぶこと。少し舌足らずなカンジで。
「……はい、ねえさま」
相変わらず、従順な時だけは可愛らしい。
しいな様へ告白した男の子には、とても見えない──あ。告白したのは、しいな様からだったかも? 怪しいメイドの盗撮映像。あれが衝撃的で、その辺りの順番がよく思い出せない。
思えば、あの侵入者は全てを見越した上で動いていた。
盗撮カメラの設置場所、ワタシへの接触、Dの服への仕込み、それに……
「んんっ。詠のおかげで、声も元に戻りましたわ! ですが、どうして都合よく沢山の『のど飴』を持ってましたの?」
しいな様に嘘はつけない。ので、ここは黙秘権を行使しておく。
のど飴をくれたのも、侵入者。今朝、中華風メイドがやってきてビデオテープと一緒にワタシへ手渡してきた物だから。
おそらく、しいな様の声がガラガラに枯れる事まで予測していたんだ。
未来予知……占い? でも、イグナ様の雰囲気を見る限り『九重本家』は関わってない。それと、ジーナの悪事が暴かれている以上『九重その2』も有り得ない。真相は謎のまま。
その辺りの事情は、大人たちの領分。
しいな様がジーナを許すと宣言した時、シグマ様たちは渋い表情をしていたのだから。
オメイラガとしても、オメガIII財団としても『信賞必罰』を示す必要がある。Dが『妹』になる罰を大人しく受け容れたように、ジーナにも何かしらの『けじめ』が必要ということ。
「──では、ジーナを懲罰房へと移送して来ます。戦闘機の発進時刻には戻りますので……後の事は頼みましたわよ、あなた」
「承知したゾイ」
イグナ様が直々に、ジーナを『お仕置き部屋』へ連れていく事になった。
今の萬宮寿邸は、危機への対処で使用人が出払っている状況。そして、この場に残っているワタシと美衣は、しいな様の専属なので側にいるべき──どこか悲しそうな顔をしたイグナ様が、そんな理由を述べていた。
イグナ様にとって、専属メイドであり『姪』みたいな存在でもあるジーナ。
毒気が抜かれ大人しくなった彼女は、黙ってイグナ様の決定に従うのみだった。
本邸へと繋がる大きな扉が開き……同時に、けたたましい電子音が鳴り響く。
それはまさに、事態の急変を告げる鐘の音のようだった──
萬宮寿流道場。
とある武道館を模したこの建物は、あらゆる電波を通さない構造。
精神統一が修行の一環となっている萬宮寿流。その稽古場は、集中力を乱さない為に『通信圏外』になっている。
Dは、時代を先取りした『デジタルデトックス』などと、また妄言を吐いていた。
でも今は、彼を構ってあげてる余裕がない。少し状況を整理しないと、混乱しそう!
まず……扉が開き、建物内部に電波が届いた。
鳴った通信機は四つ。所有者は、シグマ様、イグナ様、美衣、ジーナ──
シグマ様への連絡は、精霊研究所から。
南東の海上から笛市にかけて、フェチニッチ粒子の空間量が爆発的に増大したという内容。
まだ謎の多い『FN粒子』だけど、精霊を活性化させる効果は実証されている。今の濃度は、純粋な精霊が自我を保てずに暴走するレベルらしい。
イグナ様への連絡は、隠密部隊の『
内容は、笛市で起きている様々な異変に関して。
突然『桜』が開花したという報告や、市内数ヶ所で地盤が崩落したという報告などなど。それは、笛市の土地に宿っている『精霊』が暴走している事の証明でもあった。
中でも一番の異変となる物が……たった今、テレビに映し出されているけど。
順番に整理しなきゃ。
美衣への連絡は、Dの姉からポケベルへと送られたメッセージ。
緊急生中継。
そう銘打たれた報道番組が、笛市の商店街を映し出している。
暴れ回る『赤鬼』、それを必死に押さえ込む『ヒーロー』、逃げ惑う人々、遠巻きに戦いを見守る人々。
カメラが捉えた人物の中には、Dの姉、妹、叔母が含まれていた。彼女らは、勢い勇む少女を必死に押さえ込んでいる……。
バトルジャンキー。まこと。ワタシの幼馴染。
いくらなんでも、生身で身の丈3mの鬼に挑むのは無謀すぎる!
《デイゴー‼︎ すぐに来てくれー! お前の持ってる『
テレビを通じて、Dへメッセージが送られて来た。
全国放送を利用して、一般人を名指しするヒーロー。ちょっと常識がない。しいな様も、そんなリングリットの対応に怒っている様子。
「なんなんですの!? まるで、お友達のように呼んでいますわ! 思い返せばリングリットは、まことやディエゴと協力関係にあるような素振りを見せてましたわね……!?」
あ、違う。コレは、ただの焼き餅だった。
まだDにはミーア様の正体を隠してるのに、放っておくと自爆しそうで困る。まあ、肝心のDの耳には届いていないみたいだけど。
ワタシの幼馴染たちがヒーローと仲良しなのは、何となく察していた。
それも、この窮地で呼びかける様な間柄。それだけ信頼されている証でもある。
だけどDは、この場を動かない。
ヒーローからの救援要請、危険な場所にいる家族の姿、危険へと飛び込みそうな幼馴染の姿。
その全てが、彼を現地へと駆り立てる要素。それでもDは……必死に衝動を堪え、拳を握り締めている。肩の震えは、きっと責任感と罪悪感の板挟みによるもの。
一人で全部を背負い込み、勝手に『大事な人たち』と『世界』を天秤にかけている。ホント、子供みたい。仕方ない──
ワタシが行ってあげるから、その腕輪を貸して?
爆走するフィアット500の車中──
わ、わ、わ! 揺れすぎ‼︎ 美衣のエアバッグが無かったら、頭ぶつけてた。
急いでって言ったケド、これじゃ到着前に死んじゃう。
後部座席のワタシと美衣はともかく、助手席のシグマ様が死んじゃう!
「ぬぉっ!? 儂の心配は不要ゾイ! 自分の発明品でくたばるのなら本望ゾイ」
やめて、ワタシ達を巻き込まないで。ナニコレ。カリオストロの城……のパロディ?
だって加速用のエンジンが追加で付いてるし!
市街地へ向かってるのに、なぜか崖を登って林の中を走ってるし!?
「う、詠ちゃん。こういう時は、いいことだけ思い出すのー! 義弟くんみたいに『回想』しちゃえば、怖いのもヘッチャラよ、ぉー」
美衣、それは現実逃避。でも、この恐怖を乗り越える為にはそれしかない。
柔らかいエアバッグに抱きつきながら、ここまでの経緯を思い返そう──
格好良く、Dへと宣言したワタシ。
その後すぐに美衣も同行する流れとなった。現地にDの姉がいるのだから、むしろ当然。
問題は次から。
地盤の崩落により、リニアが使用不可能だと判明した。これが原因で、いまワタシ達はジーナが運転する車に乗っている……あ、現実逃避中だった。話を戻さなきゃ。
自動車で向かうという案は、しいな様からの提案だった。
その役目を果たすことで、ジーナへの罰を帳消しにするという内容も含まれている。少し甘いと思うけど、シグマ様たちはそれを了承。これは、九重その2の企みを
しいな様の機械オンチが起こした奇跡。
別館の扉が開いた時、しいな様のポケットからも電子音が鳴っていた。
音の出所は、ジーナが実家との連絡に使用していた通信機。突然の着信音に焦った しいな様は、通話ボタン、スピーカーボタン、録音ボタンを順番に押し──向こうの当主が、勝手に悪巧みを語り出したというオチ。
その音声を証拠として、今ごろイグナ様が敵の本丸へ乗り込んでいる筈。
九重の話はもう終了。話の流れを元に戻そう。
あれは、ワタシたちが別館を出発する間際だった。
──「それじゃあ、頼んだよ
──「うふふ、向こうはお義姉ちゃんに任せて〜。しいなちゃんを、よろしくね?」
ワタシへ腕輪を託してきたDは、いつになく真面目な雰囲気だった。
美衣からの問いかけに真っ直ぐと答え、しいな様の事は任せておけと豪語する彼。
だから、つい飲まれてしまったんだと思う。たぶん、彼が腕輪を外す時に恥ずかしい『詠唱』をしたのも影響してる。それで、ワタシまで恥ずかしいセリフを言ってしまったんだ。
──しいな様、D。ワタシの見立てだと、二人の相性はそんなに良くない。だから、もしケンカ別れしたら、先着一名でワタシがなぐさめてあげる。大丈夫。あぶれた方は、まことが──
あ、ダメ。これ以上は、回想中でも恥ずかしくて我慢できない!
えーと……あの後、急にシグマ様が同行すると言い出してきた筈。いま思えば、Dがヒーローの正式名称を口走った事が原因なのかも知れない。
『光速真芯リングリット』
誰も知らなかった『光速真芯』という二つ名。『相剋の真芯』と良く似た響き。
あのヒーローが状態異常無効な理由も、きっとそこにある。シグマ様は「言葉遊びで上手く誤魔化しておるだけゾイ」なんて言っていたのだから。
だけどその意味を説明してもらう暇もなく──ワタシ達は、車が停めてある本邸のガレージへと急いで向かった。
途中。ワガママ総帥の提案で、動線上にあった『ラボ』へも立ち寄り……いくつかの発明品を回収。かさばる道具は、全て『アッシュくん』で圧縮されていた為、手のひらサイズ。簡単に持ち運べた。
そして、ガレージで元の大きさへ戻した物が、新発明『おまけ
シグマ様がスパナを片手に、フィアット500のトランクへ取り付けた第二のエンジン。炎を吐きながら、常に時速100km以上を維持できるというふざけた性能の代物。
ちなみに、車の改造にかかった時間は20分。シグマ様は「改造せず、大嵐の中を運転するのを考えれば、お釣りが来る時間ゾイ」と言っていた。
そして現在、萬宮寿邸を出発してから……既に25分も経過している。
時速100kmで爆走していたら、とっくに到着してる距離なのに──‼︎
このポンコツメカは、燃料を使い切るまでノンストップで噴射し続ける欠陥品だった!
「凡骨とはなんゾイ!? 儂の計算より、火属性の活性化が凄まじかっただけゾイ! だが、山中を迂回する事でそれも解決。ジーナのドライビングテクニックは見事なもんゾイ」
回想が終わっても、車は山の中を走ってる。もうヤダ……。
ジーナは鬼気迫る表情でハンドルを握ってるし、美衣のエアバッグだけがワタシの癒し。
6月16日
県民の日の翌日。今日も学校は、台風で臨時休校みたい。
道場もお休みにする予定だったんだけど……意外なお客さんが来てしまった。
ワッカくん。
昨日、Dくんが雨の中やって来た事を知り、それに対抗してワッカくんが道場に来たんだ。
うんうん。ライバルがいると鍛錬に張り合いが出ていいよね!
でも、ワッカくん相手だと『
原因は、お馴染みの『状態異常無効』ってやつ。
「ヘンな体質だよなー。ま、お陰で怪人と戦えるんだケドさっ! それじゃあ、まことちゃん。さっそく、特訓を──あれ? JKから着信だ。なんだろう?」
ボクが訓練方法に悩んでいたら、ワッカくんに連絡が入った。
彼が胸元から取り出した物は、トランシーバーよりも小型なのに、電話みたいに会話が出来る通信機。いいなぁ。ボクも一応、ポケベルは持ってるケド……数字の語呂合わせが解らないんだよねー。
「大変だ、まことちゃん! ばっちゃんが寝込んで、じっちゃんが、鬼になった‼︎」
ふぇ……? すごく大変そうだけど、意味が解らないよ!?
えっと、
「そうじゃなくて……! と、とにかくJKと合流しなきゃだから、俺もう行くよ‼︎」
待って、ボクも一緒に行く。よく解らないケド、二人とも心配だもん!
笛北・ウインドウェイ。
大きな屋根があるこの場所は、大雨の日でも営業しているお店が多い商店街。
屋根は豪華なガラス張りで、建物も西洋風に統一されている。ここを設計したイグナおばあちゃんは、パリの『パッサージュ』をモデルにしたと言っていたっけ?
日本でも有名な商店街みたいで、何度かテレビでも取材されているんだ。
前回は、象怪人が暴れたあの日。料理店を紹介する筈の取材班が、ボクの石化した姿を全国へ放送した日でもある……あの時の恨みは忘れてない。特にカメラマン。
びっくりした事に、そのカメラマンが今日も取材に来ていたみたい。
生放送のワイドショー番組で、台風に負けない商店街を特集していたとか。だから、街頭インタビュー目当てで野次馬がたくさん集まってたんだね。
ふむふむ……おもちゃ屋さんも紹介される予定だったから、店主のみさきさんは勿論、理珠さんと理奈も店内で待機していて──
「特別ゲストで、ハカセを呼んでたの! ほら、割と有名人だし。電話した時は体調が悪そうだったんだケド……私の友達も来るって教えたら、二つ返事で受けてくれたの‼︎」
理珠さんのお友達は、ほぼ全員ギャル。善じいちゃんは、ギャルが大好き。
まさかそれが『大惨事』に繋がるなんて、誰にも想像できないよ。
「まこ姉ぇ……ハカセが、ハカセが『鬼』になっちゃったんだよー!?」
うん。ボクもここへ来るまでに、ワッカくんとJKから聞いてはいたんだ。
でも本物の鬼を見るまでは半信半疑だったよ。
最近よく耳にする機会が多い『
善じいちゃんも、その精霊だったみたい。
ナントカ粒子を大量に浴びて、暴走している状態──JKは、そう説明してくれた。
Dくんが身につけている『精御輪具』があれば、元の姿へ戻せるんだって。同じリングを付けている妙おばあちゃんは、暴走せずにお家で眠り続けてるって話だから。
あの腕輪。ボクはてっきり、発明品だと思っていたんだ。でも、善じいちゃんは機能の調整をしただけで、腕輪自体は『オーパーツ』っていう物みたい。
千年以上前に、
ごめん。オカルト話は苦手だから、ちょっと良く分からないんだ。とにかく、世界に二つしか存在しない貴重な物ってこと。だから、Dくんが来てくれないと困るんだけど……
「──しめたっ! 生放送なら、アイツを呼び出せるじゃん! デイゴー‼︎」
例のカメラマンを捕まえて、リングリットがDくんの名前を叫ぶ。
うん。相手が自分のお爺ちゃんで、闘いにくいんだよね? しかも、体格差も大きくて、腕力でも敵わない状況なんだ。それを解決できるアイテムを欲しがるのは解るよ。
でも、全国放送で名指ししちゃったら、恥ずかしがり屋のDくんが来られないでしょ!?
ここはボクが、お膳立てしなきゃ。
よーし! まずは、あのカメラマンを倒す‼︎
そうすれば、全国放送じゃ無くなるから全部解決だよ。
「まこ姉ぇ!? ダメだよ! そんな事したら、ただでさえ悪い羽吹流の評判が……!」
ボクへと抱き着いてくる理奈。理珠さんと みさきさんも、それに続いてしがみ付いてくる。うーん、困っちゃったなぁ。無理やり振り解いたら、三人を怪我させちゃう。
なにも、家族一丸となってボクの行手を阻まなくても……ってあれ?
そういえば、Dくんのお母さんはどこだろう。もしかして、テレビが来たから隠れたのかな?
ほら、芸能人には『裏番組』に出たらいけないルールがあるみたいだし。
「まことちゃん……っ! 最近のお母さんは、テレビ出演なんてゼロだよ」
「仮に裏番組に出演してたとて、義姉さんがカメラから隠れるなんて殊勝な態度を取るわけない! 今回の取材も、あの人がゴリ押しした結果だからね……!」
理珠さんと、みさきさんが、息を切らせながらボクに説明してくれる。
二人とも体力がないんだから無理しなくていいのに。もうボクも、カメラマンを倒そうとは思わないよ──
だって、手遅れだもん。
「あーっと‼︎ ヒーローが『鬼』の両脚を押さえ込みました! 体長3mもある鬼を、かろうじて止めています。すごい腕力です‼︎ ちなみに現場からは、葉月エリスがお届けしておりまーす」
逃げ出したリポーターに代わって、カメラの正面にDくんのお母さんが居るんだから!
もう彼は、絶対この場に現れないよー‼︎
じっちゃんが暴れ出してから1時間。
打てる手は、全て打った。ていうか、打てる手が少ねぇのが問題なんだ!
必殺技の『クロスリット・ハイロゥ』は、じっちゃんのサポート無しだと数本しか出せねーし。その上、象怪人の時と同じで鬼化した じっちゃんの手脚はリングが嵌まらないくらい太いんだ。
手の指にならギリギリで光輪を通せそうだけど、ずっと握り拳のままで埒が明かない!
あの固い拳を開くには、ノーマル状態の俺じゃパワー不足。かと言って、太陽光が必要な『フォームチェンジ』は雨で使えねーし! 手詰まりだろ、こんなの。
ああ、こんな時『グリットライム・ドーナッツ』があれば……っ!
あの必殺技は
暴走してる相手へなら、普通にトリモチが有効だろーっ!? デイゴー‼︎
《ワッくん、キレんなし。D坊の判断は間違ってないっしょ? あの技をアンインストールしたから、フォームチェンジを組み込めたんだし》
あーっ! また、アイツを庇ったなJK!?
あの年上キラーめ。
《コラ、余計なこと言ってないで集中! 今のワッくんに出来んのは、D坊が教えてくれた羽交い締めだけなんだから!》
うっ。確かに、そーなんだけどさぁ……地味じゃねーかな?
じっちゃんの両脚を押さえ込んで、俺が踏ん張る。それで動き回られることなく、商店街のど真ん中で足止めは出来てる。
ついでに言えば、商店街の建物が石造りなお陰で、ここまでの被害も最小限に済んでるな。
こう言っちゃなんだけど、俺ん家で鬼化されてたらヤバかったんじゃね? ほら、ウチって地下以外は木造じゃん。
《油断しすぎ! テレビ放送されてんのに、ヒーローが個人情報もらしちゃダメっしょ。あと、アタシが頭ボコボコ殴られてるのも忘れんなし! ワッくんが生身なら、とっくに『パー』になってんからな!》
それはスゲー感謝してるって。この体勢だと、俺の頭の位置がちょうど殴りやすい位置にあっからさ。鬼のじっちゃんデカすぎんだろ!
あとテレビは、問題ないんじゃねーの? JKのジャミングで、俺の姿はボヤけて放送されてるんだし。それにさぁ……
「この北笛・ウインドウェイ。十年前までは『はらくち商店街』という名前の、ごくありふれた商店街だったんですよー? ちなみに『はらくち』って言うのは、この辺りの方言で『お腹が苦しい』って意味なんですぅ。飲食店や惣菜店がたくさん軒を連ねていて、お腹いっぱいになれる商店街──そんなコンセプトがあったんですよー」
デイゴの母ちゃん。頑張ってる俺に対して『画に動きが無い!』って文句を言ってから、ずっと商店街の紹介してんだぜ?
視聴者はきっと、ヒーローの活躍よりも、元・アイドルの街紹介を求めてんだよ……。
《んん? ワッくん、上‼︎ ナニカが高速で移動してっし!》
はぁ? 上って言っても、ここには屋根があるし……って!?
車が屋根の上を走ってる!? ガラスが粉々になってんじゃねーか‼︎
うぉっ!? マズイぞ。
コッチへ落ちて来る──‼︎
落下する車。窓から見える理珠の顔。
まるで時が止まったかの様に、わたしの思考速度は現実を置き去りにして加速を続ける。
これが、走馬灯って言うのかしら?
理珠の顔を見て、胸に詠ちゃんを抱いて、わたしは死んじゃうのね……。義弟くん、しいなちゃん、ごめんね。おねえちゃん、約束を守れなかったみたい。
そして先立つ不幸をお許し下さい、イグナ様、シグマさ……ま?
あら? どうして、わたし達を置き去りにして逃げ出したヒトに敬称なんて付けてるのかしら? なんだか急にムカついて来ちゃったかも‼︎
フィアット500は、四人乗り。つまり4シート、座席は四つある筈よね、詠ちゃん!?
「そ、そう! ワタシたち後部座席。置いてかれた!」
そうね。車の前列はガラ空きだもの。
あの二人が、
20分前 / 萬宮寿邸ガレージ
スゴいわぁ〜。シグマ様は技術者としても一流なのね。
瞬く間に、ジーナさんの愛車が改造されていってるもの。
「でもワタシ、暇……そーだ、美衣。シグマ様のラボから持ってきた発明品であそぼ?」
「おやめなさい
圧縮されている『発明品』を漁る詠ちゃんと、改心したジーナさん。なんだかジーナさんは、昔の雰囲気に戻った気がするわねぇ。もしかして、例の飴が影響したのかしら?
あの時、実際に飴を舐めたのはジーナさんの身体だもの。『ニュートラルな状態に戻す』という効果が、魂を戻すだけでなく、邪な心まで浄化してしまったのね!
「それじゃ、今は『きれいなジーナ』になった?」
「……ぐ。言い回しはアレですが、否定できませんわ。私は実家から、少なからず『洗脳』を受けていましたもの。先程までの私は、欲望を制御できない状態でしたのよ。坊やと入れ替わり、似たような状態になった山丹ならば解りますわよね?」
うふふ。
そう言えば、あの飴と『相剋の真芯』は少し似てる気がするかも。
それと、義弟くんが言ったリングリットの正式名称『光速真芯』も気になるわ。そうこく、こうそく……確か、こういうのをアナグラムって言うのよね?
「ふむ。美衣の言う通りゾイ。アナグラムによる
作業の手を緩めず、シグマ様が『逆さ柱』の話を語ってくれる。
陽明門には、一本だけあえて逆さまに取り付けている柱があるらしいわ。
そうする事で『未完成』という状態になるみたい。世の中にあるものは、完成した後は衰退するだけ。だからあえての未完成なのだとか。
絢爛豪華な門を維持しつつ、衰退も避けられる。
それをリングリットに置き換えると、相剋の真芯と同じ『特殊能力無効』を維持しながらも、フォームチェンジという『変化』ができる状態になるみたい。なんだか、ちょっとズルいわねぇ。
「推測するに、そうせねば『成長』すら出来んかった筈ゾイ。オメガ様は、初めて相剋の真芯を成した少女期から成長しておらんのだし──よし、後は緊急脱出装置を取り付けて改造完了。美衣よ、お主も発明品を確認しておくゾイ」
少し引っ掛かる言い回しだったけれど……今はシグマ様の言う通り、わたしも確認作業をしておかないと。なんだかんだで、ジーナさんと詠ちゃんは一通り発明品を物色したみたいね。
子供化のお香に、圧縮装置。オメイラガの作戦で一度は壊れたけれど、修理可能だった発明品。これらは効果を把握してるから、確認も不要ね。
あとは……弓? どこか既視感のある見た目だけど、どういった効果があるのかしら?
「そりゃ普通の弓ゾイ。強いて言うのなら、しいなと美衣が融合した際の『レインボーアロー』の
ただの弓。わたしも昔は得意だったけど、今は……。
いえ、それよりも。どうして普通の武器が、圧縮された発明品の列に並んでいるの?
「儂とて萬宮寿の人間。武術の心得は一応あるゾイ。そもそも、子供の頃のお主へ『弓』のいろはを教えてやったのは、他ならぬ儂ゾイ」
シグマ様……まさか、御自分で戦うつもりだったなんて!
そうよね。Σリアクターの冷却期間が終わっていない現在、わたし達は生身で闘うしかないもの。シグマ様が心配して、同行するのも納得だわ。本当に、この方は総帥の鑑ね。
「美衣。お主は、儂にとってもう一人の孫も同然ゾイ。今更ではあるが……幼少期に辛い思いをさせてしまった罪滅ぼしをさせてはくれんか?」
──っ‼︎
1分前 / 北笛・ウインドウェイ屋上
野を超え山を超え、フィアット500は
山中に穴があいていたせいで、車体が浮き──『おまけ炎ジン』の噴射で空へと舞い上がり。
商店街の屋根の上へ着地。そして、次々とガラス張りの屋根を破壊しながら中央へ進んで行き……。
「安心するゾイ。こんな時の為に、緊急脱出機能を搭載してあるゾイ。ポチっとな」
車の
さて、取り残されたわたし達はと言うと。
商店街の中央屋根。そこは半球状のガラスドームで、煌びやかな細工がなされています。運転手不在の車は、そのドームを呆気なく破り──車体は真下へと向いてしまいました。
運よくドームの骨子部分に後輪が引っかかり、一時的に停車できたものの。
無情にもトランクに積んである『おまけ炎ジン』が火を吹いたままなのです。大雨が吹き荒ぶ中でも、炎は激しさを増すばかり。
わたし達の命綱である骨子は、緻密な細工ゆえに強度は脆く……。
現在、こうして落下しているのでした。走馬灯おわり。
「待って美衣! ワタシたち、生きてる!?」
え……? あの状況から助かったの?
走馬灯も終わったし、これからシグマおじいちゃんへ罵詈雑言の限りを遺しておこうと思ったのに?
「鬼が……
縦になった車内で、詠ちゃんが器用に外の様子を教えてくれる。
車のフレームはひしゃげてしまったけど、わたし達はエアバッグのお陰で衝撃が少なかったみたい。運転席のハンドルと、助手席のダッシュボードから出ていた『白い袋』がしぼんで行く。
「サンルーフから、ギリギリ出られそう! 急いで、美衣……っく。おっぱいが引っかかってる! こんな事なら『アッシュくん』で圧縮しとくべきだった!」
ヒドいわぁ、詠ちゃん。九死に一生を共にした仲なのに。
うふふ、引っ掛かるというなら──見て? ガラス屋根にパラシュートが引っかかって『二人』が空中から降りられなくなってるわ〜。いい眺めねぇ。
物理的には高みの見物をされてるけど、立場的には逆だもの。
「美衣、混乱してヘンになってる! Sになったらダメ。Mに戻って、Dの姉もそっちの美衣が好きだと思う」
理珠……! そう、わたしは理珠を助けるために来たのよ。
恩義ができた鬼さんには悪いけど、車から脱出して早く『鬼退治』をしちゃいましょう。
だって理珠を危ない目に遭わせる鬼なんて、許せないもの‼︎
んしょ、と!
V.A V.B MCT Water N a+
A子ちゃんと、B子さん。
二人が車から脱出すると同時に、トランク部分から巨大な炎の柱が吹き出した。まるで最後の輝きと言わんばかりに、最大出力を発揮する外付けエンジン。
偶発的に車体を受け止める形となっていた善童鬼は、急激に勢いを増した車を支え切れず──
バンパーと鬼の頭頂部が衝突し、鈍い音が響き渡った。
一瞬の画面ブレが、現地での衝撃を物語る。だけど、流石は腕利きのカメラマン。すぐさまピントを調整し、視聴者が一番望んでいた映像を切り抜いてくれた。
地面へ倒れ伏す巨体。
それは、完全に気絶している鬼の姿。
少し離れた位置でへたり込んでいるヒーローは、やや情けないけれど……祖父の身を案じていると思えば、あの反応も当然。主人公の彼は優しい性格なのだから。
《は、ははは。これで解決……じゃ、ねーって!? バングル‼︎ あれが無いと何も解決しねーよー! デイゴー、早く来てくれー!》
ヒーローは、変わらずD君の名を呼び続ける。
でも、君がご所望の品は彼女達が運んでいるから大丈夫。
あとは、そのバングルを使ってハカセを正気に戻せば万事解決。
《詠ちゃん、バングルは?》
《任せて美衣。車の中で無くさないように、ちゃんと装備してきた!》
あ、あれれ〜? コレ、大丈夫かな。
A子ちゃんの腕にはめられたバングル。完全にロックされてるよね、アレ。私は詳しいんだ。
何度となく、D君の『詠唱』を聞いてるからね。
《えっ!? それだと、あの長いパスワードを言わなきゃダメよ〜!?》
《もんだいない、ワタシ覚えてる──情欲に飲まれし、
はい、アウトー!
出だしから間違ってるよっ!? なんか、ニュアンスだけは似てるけども!
あっ! メイドさん達がコントをしてる間に、善童鬼が復活しそうな雰囲気!? なのに、鬼の腕がピクリと動いた場面を最後に……CMへ突入しちゃった。
この番組編成はヒドいって! 令和なら、一瞬でSNSが荒れてるよ‼︎
#放送事故 #打ち切りエンド
#あいつらの闘いはこれからだ
#リングリット地味すぎ #メイド服
#デイゴって誰だよ
ああ、私の頭の中でイマジナリートレンドが形成されてるー。
とりあえずD君へ誹謗中傷したイマジナリー民のブロック作業をしつつ──
お姉さんは、みんなの無事を祈ってるからね!