平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
玩具店『襟裳岬』
僕のアルバイト先でもあるその場所は、様々な『ホビー』を取り扱う店舗だ。
ぬいぐるみ、知育玩具、ボードゲーム、特撮グッズ。店舗内の棚に所狭しと陳列された商品たち。これらが、売り上げの半分を担っている。
そして、残りの半分となるのが『TVゲーム』関連の商品である。
それらはカウンター前のガラスケースに並べられており、商品の下には高級感のある赤い布まで敷いてある。その扱いは、さながら宝石か貴金属。明らかに、他のオモチャとは一線を画す存在なのだ。
これは、時代の流行によるラインナップの変化と言える。
家庭用ゲーム機が一般化されつつある現代。今は『ゲーム』が遊びの一環として根付く過渡期。
まだまだ
子供時代をゲームと共に過ごした僕らが、偏見を覆す先駆けとなり──やがては『eスポーツ』という文化が生まれるまでに至るのだ。
きっと襟裳岬へやって来る小学生たちも、そんな未来文化の礎を創る面々だ。店舗内の試遊機で対戦する彼らを見て、他ならぬレイワさんがeスポーツを想起したのだから。
最近、そんな小学生たちの間では意外な物が流行している。
店でも売り上げを伸ばすその商品は、ゲーム本体でも、ソフトでもなく、周辺機器。
それが、連射パッド──通称『連射機』である。
ボタンを自動で連打してくれるコントローラー自体は、割と以前から存在していた。だが、最近発売された4人対戦ゲームが『連射機』の売り上げを伸ばす要因となったのだ。純粋なコントローラー不足。なぜなら、ゲーム本体に付属したコントローラーは2つしかないのだから。
あとは簡単な図式だ。
追加購入を検討 → どうせなら
実際、連射機は見た目も格好良い。
だから子供たちが欲しがるのは当然で……僕が、購入してしまうのも当然なのだ。
ワッカに「なんだソレ!? スゲー‼︎」と言わせただけでも、黒いボディの連射機を買った甲斐があったと言える。
そして、ここからが本題だ。
連射機のキャッチコピーには『ゲームをスローモーションにできる!』という記載もある。
これは、画面を一時停止させる『ポーズボタン』も連射できるという意味だ。そうする事で『停止』と『解除』を高速で繰り返し、擬似的な遅延状態を作り出せるのだ。
ポーズボタン連射は、アクション、格闘、レース、パズル……各ジャンルで活躍する場面があるのだが、個人的には『シューティング』でこそ無類の強さを発揮すると断言しよう。
いくら弾幕が激しくても、ゆっくりと隙間を観察できれば、もう『ヌルゲー』なのだ。
だってゲームは、
逆に言えば、構造的にクリア不可能な物は『無理ゲー』ですらない。
そんな物はゲームとして成立していない、ただの『理不尽』であり──それが現実なのである。
【ですが!
【さあ、ディエゴ】【回想を続けて下さいまし!】
一か八かで試してみた『入れ替わり』の呪いは、しいなさんの読み通りに効果を発揮した。
現在、
赤髪の女子高生。統合精霊。萬宮寿しいなΔとして、僕が脅威と対峙している。
見た目通りに
いや、寧ろこの場面ならば『走馬灯』と表現した方が良いかも知れない。
脳裏に浮かび上がる情景は、理不尽が始まる少し前。
そこから順を追って思い返そう──
「なっ!? ネコじゃと……ぐっ!?」
二段構えで意表を突き、猫の『牙』が龍神の巫女へと食い込む。
それは、しいなさんの作戦が功を奏した瞬間だった。
彼女の立てた作戦内容は、割とシンプルな物だ。
実際、僕がやった事と言えば『盾の作製』と『呪いの調整』くらいだろう。それも偏に、しいなさんの技量があればこそという話になるのだが──
ライオットシールド。警察の機動隊でも使われている、長方形の大きな盾。
僕の造ったその盾は、素材が海水なので外殻が『透明』。そして、他の武器と同様に内部からは淡い光が放たれていた。従って、盾の後ろへ隠れても『影』が相手から見えてしまう代物だったのだが……しいなさんは、逆にそれを利用してみせたのだ。
それが一つ目の罠、『幻影の呪い』で作り出した『分身』である。
時を同じくして、二つ目の罠も完了する。
『猫化の呪い』──既に発動しているそれの比率を、3割から6割へと調整したのだ。
しいなさんの体長は1m程度にまで縮み、モフモフとした赤い体毛が手脚を包んだ。おそらく外見は、猫化率60%の『猫獣人』といった具合だろう。
彼女曰く、この状態が理性を保てる限界なのだとか。
それを証明するかのように、獣化しても技量の衰えは感じられなかった。
肉球の付いた手で器用に盾を動かし、敵の袈裟斬りを見事に防御してみせたのだ。
斜めに構えた盾は、両断される事なく原型を維持していた……が、すかさず放たれた二撃目の逆袈裟によって、盾は空中へと払い上げられる。
されど、乙姫の前へと姿を晒したのは『分身』のみ。
しいなさんは、予め盾の持ち手部分に
『猫は液体である』という令和の学説を証明するかのように、ピッタリと高速回転する盾へと張り付いていた彼女。盾はそのまま、自由落下しブーメランの様に敵の頭上へと戻って行く。
乙姫は『分身』を斬り払う事で、ようやく異変を察したのだろう。
すぐさま飛来する盾に気付き、剣で振り払って見せたのは流石と言える。盾は乙姫の一撃を受け、耐久の限界を迎え砕け散った。内部へ収束していた『光』は行き場を失い、一瞬の煌めきを残し霧散する。今までの武器と同様に、最後の輝きを放って消失したのだ。
だが、今までとの違いが一つだけある。
輝きの中心から飛び出す影──赤い毛色をした半獣人。
乙姫が、それを『猫』だと認識した刹那。彼女の柔らかな首筋へは、既に『牙』が届いていた。
「ぬぬぬ……わらわに、ナニを入れおったのじゃー!?」
牙を通して送り込んだ『子供化の呪い』が、早くも効果を発揮する。
小さくなった乙姫は、5〜6歳といった所だろうか。
龍の角は残っているものの、白かった髪は艶やかな黒髪へと変貌し──その姿は、初めて会った頃の『しいなちゃん』と瓜二つだ。
少し吊り目がちな幼女が、半ベソ状態でこちらを睨んでいる。
もはや威厳は消え失せ、ただただ可愛らしいだけである。
「子供化の呪い? なんじゃソレ!? ズルっこじゃー‼︎」
水面に立つ しいなさんと違い、乙姫は水面から少しだけ浮いている。
そんな状態で、器用にも地団駄を踏む真似をする幼女。戦闘前からの記憶は継続している様子。しかし、精神は幼いものへと変化している印象だ。
今も武器を手放さない幼女であるが、その口調と仕草が相まって『ぬいぐるみ』を抱いているのかと勘違いしてしまいそうだ。
だが、両腕で大事そうに抱えられているのは『神剣』である。小さくなった手では、もう
先程まで軽々と振るっていた剣も、あれでは武器として活用する術がない。
「ずーるーいー! 不意打ちなんて、ヒキョーじゃもん!」
「うふふ、現代では『正義の味方』でさえ卑怯な手を使いますのよ? ですので、私が咎められる筋合いなど一切御座いませんわ!」
不満を口にする幼女に対し、しいなさんは堂々と開き直る。
さらに「おーほっほっほ!」と高笑いを上げ、続けざまに「ごめんあそばせ?」と幼女を煽り出す始末。テンションが最高潮に達した彼女は『ミーア様』そのものだ。
やはり、これこそが彼女の本質なのだろう。
そんな高飛車な部分も含め、僕は彼女に惹かれている。
例え『泣いている幼女』にマウントを取る姿を見せられようとも、幻滅する事はない。やや思う所はあるけれど……今の僕には、何も言う資格がないのだ。
今回の作戦による副作用が、僕の元へと如実に現れているのだから──!
『猫化の呪い』へリソースを割く事で、『夢の呪い』で創られた心象風景は手狭となり。
『子供化の呪い』を乙姫へ遷移した事で、属性幼女たちが急成長してしまったのだ。
つまりは……おおよそ四畳半となった部屋。所狭しと立ち並ぶ本棚。PC。
10代後半〜20代といった年頃の、カラフルな5人の乙女。その彼女らに圧迫されている僕。
こんな状況に居る僕が、しいなさんへ文句など言える訳がない‼︎
「──ご先祖様の『武』は、有り体に言って……あら? 猫化の割合が戻りましたわね」
揉みくちゃにされながらも、どうにかPCを操作して空間を広げる事ができた。
四畳半部屋は拡大され、道場と図書館のスペースが復活。
さっそく図書館では、仲の良い『木属性』と『金属性』が百合の花を咲かせ──
道場では、仲の悪い『火属性』と『土属性』が手合わせを始めている。
そして『水属性』の乙女だけが、僕の横でテレビモニターを見ているという現状だ。
どうやら彼女らは、見た目が成長しただけで中身は幼女のままらしい。
相変わらず、外の様子に興味があるのは水属性さんのみ。言葉こそ発しない彼女だが、固唾を飲んでモニターを真剣に眺めているのだ。
そこに映し出されるのは、さながら『ヒーローインタビュー』と言った光景。
しいなさんによる、しいなさんの為の自己称賛が延々と続いているのだ……。
「おのれぇ……! 武の才では、わらわの方が上だったのにぃ〜」
悔しがる乙姫だが、彼女は2000年前の日本人である。
当時にして、幾つもの『
だがそれ故に、敵となり得る人間が少なかったのだろう。無手が基本の『ハブキ』は別として、武器同士の闘いで彼女と肩を並べる者は皆無だった筈だ。
結果、乙姫の武術は『形』にはまった闘い方で完成してしまった。
存在こそ型破りな彼女であるが、皮肉なことにその武術は『形』を逸脱する必要が無かったのだ。
そして、彼女の編み出した『形』は『基本形』となり伝承されている。
2000年の時の中で、洗練され、錬磨され、応用に次ぐ応用までもが生み出され──
「おーほっほっほ! 有り体に言って、ご先祖様の武術は古くなったんですの!」
そう。乙姫の動きは、萬宮寿流にとって既知のもの。
袈裟斬りを盾で受けられれば、逆袈裟で斬り上げる。そういった『形』の数々を、しいなさんは熟知していたのだ。
いかに乙姫が俊敏性に優れていようとも、行動が読めてしまえば罠を仕掛ける事は可能。
逆に言えば……そこまでして、漸く『勝ち筋』が見える闘いだった。
「私の武器へ瞬時に対応する技量の高さは、凄まじい物でしたわ。ですが──」
しいなさんが言うように、乙姫は初見の武器へ見事に対応していた。
なので、一度見せた武器は二度と通用しない。文字通りに『
しいなさんは、まるで『メタを張った』と言わんばかりに、乙姫の天敵となれる存在だったのだ。
「ずーるーいー! 盾も、分身も、猫も、でぃえごも……ぜーんぶ、ずるっこじゃー‼︎」
「駄々をこねても無駄ですわ。いくら喚こうとも、ディエゴと私は一心同体ですの。さあ、観念して『
当初。龍位精霊との闘いは、世界の命運を懸けたものだった。
しかし、人類の滅亡を目的とした『龍』は食べられてしまった。その時点で、既に世界の危機は去っていたのだろう。本来であれば、先程の闘いは『エキシビジョンマッチ』となる筈だったのだが……それがいつの間にか、僕の身柄を賭けた闘いへと変貌していた!
しいなさんが負ければ、僕はジンライムとやらに連れ去られる。そういう取り決めが、一方的にされていたのだ。
うん。改めて考えても嫌すぎる。
そもそも『精霊世界』と書いて『ジンライム』と読む事がおかしいのだから。
武道館でのプレゼンを受けている際、僕はシグマ氏へと問いかけたのだ。
返ってきた答えは──「うむ。昔の翻訳家が『世界』と『石灰』を間違えただけゾイ」
あまりにも酷すぎる!
石灰を英語にすれば、確かに『
実際、リングリットの廃止された必殺技『グリットライム・ドーナッツ』も石灰に由来した名前なのだろう。トリモチの素材も、石灰なのだから。
「むぅ〜! また『時省き』をしておるなぁ‼︎ でぃえご、ジエゴの生まれ変わりめ!」
おっと。少しだけ回想していた事で、幼女の機嫌を損ねてしまった。
「そうか……! 『
あれ? 思わぬ形で『のじゃロリ』による呪いの講釈が始まった!?
『のろい』と『まじない』は、表裏一体。
その方向性が違うだけで、二つは本質的に同じものなのだとか。
他者を害する念が
例えばB子さんの先祖、ケハクに与えられた千里眼のケース。やはり、これも『のろい』だったのだ。神の思惑がどうであれ、当事者が害されているのだから。
逆に、僕がしいなさんの身に起こしている数々は『まじない』と解釈された。戦闘の補佐に役立てている時点で利益。乙姫の基準に則れば、そういう事になるそうだ。
早い話が、超常の力をどう扱うかで呼び名が変わるだけなのだ。
「そうじゃ! じゃと言うのに、人の身を超える力をホイホイと操りおって‼︎」
どうやら乙姫は、『まじない』を容易く起こした僕の存在が許せないらしい。
だけど、その点を責められても困ってしまう。萬宮寿しいなΔと名付けられた統合精霊の能力が、しいなさんの肉体に残った『呪詛の因子』を書き換えるチカラなのだから。
「──と、これがディエゴの言い分でしてよ。ふふっ、彼は凄いんですのよ! 私の中にある数々の『呪詛』を、的確に組み合わせ、状況に則したカタチへと改造しておりますの」
「うぐぐ、それも気に入らん! よく視れば、のろいを十も……いや、わらわに一つ寄越したから
しいなさんが僕の代弁をした事で、幼女の怒りは益々ヒートアップしてしまった……。
「そもそも『時省き』だけで充分じゃろう!? それを、他の『まじない』まで駆使しおってー! ズルじゃ!
時折、古代には存在しない言葉を扱う幼女。
これは龍に飲み込まれながらも、世界各地を巡った結果なのだとか。
思えば彼女は、海外の高級時計まで知っていた。なんだかんだで、現代を謳歌している印象だ。
ならば、このまま何処かの観光地へでも旅立って欲しい。
既に勝負は決しているのだし、いい加減『のじゃロリ』による説教まがいなワガママを聞くのも飽きて来た所だ──
それが、僕としいなさんの共通意見だった。
ここが分水嶺だとも気付かずに、僕らは『選択肢』を間違えてしまったのだ。
「もう宜しいでしょう? 勝負はついておりますので、私たちは帰りますわ。ご先祖様も、その御身体では『剣』が使えないのですから、大人しく何処かの観光地へでも──」
「剣……そうじゃ! まだ、この剣があったのじゃ!」
幼女の目の色が、二つの意味で変わった。
紅く染まった瞳。鋭く縦に伸びた瞳孔。その眼光からは諦観が消え去り、獲物を前にした『獣』のような獰猛さが滲み出ている。
「はははは、そうじゃ、そうじゃ‼︎ 先にズルをしたのは、其方らじゃ──わらわが、ちとズルをしても文句など言えまい!」
宣言と同時に、幼女の頭上を目掛け暗雲が寄り集まった。
渦を巻き、
やがてそれは、幼女の抱えた剣へと吸い込まれ──
「みよ! これが龍の力をつかい、ズルして強化した『神剣』じゃ。はははは、これも全て『でぃえご』のお陰じゃ」
剣が放つ紫電を物ともせずに、得意満面に幼女が言い放つ。
『のろい』を『まじない』へと転換する
雲を生み出し、天候を自在に操るのが『龍』ならば。
それを調伏するのが『巫女』の役目。
太古より、密接な関係にあった存在が……僕の模倣をする事で『融合』してしまったのだ。
──ディエゴ、武器の準備を。今は悔やんでいる時では御座いませんわ‼︎
しいなさんの言葉が、僕の指先を動かしてくれる。
武器の準備。プログラムの作成。キーボードによるタイピング。
それらは問題なく行える……けれど──
「むむっ? なにやら『言霊』をつかって、でぃえごに命令しおったな〜? どれ、わらわもマネして見るか……ほいっ、いでよ『ビーム』!」
僕の造った『梓弓』は、神剣から噴出した光線によって呆気なく焼き払われてしまった。
幼女は剣を振るう事なく、口先だけで『ビーム』を出して見せたのだ。これでは、矢を番える暇もない。
「よーし、次は
ここからが理不尽の始まりだった。
触れるだけで、全てを焼き尽くす光線。
高速で迫るそれは、躱す以外に道がない。
しかし、蛇の様にうねり、尾を引きながら、光線はどこまでも標的を追いかけるのだ。
「ほれ、ほれ。
絶望的な事に、その光線が8本も展開されている。
湾曲し、変幻自在な軌道を持つ、触れれば最期の『
対する僕らは、弾幕の切れ目を狙い
「なんと!? この状態で、わらわを狙うか! ならば
幼女は、雷で形成された『
雷光の球体膜が、いとも容易く円月輪を消し炭へと変える。
それが、『最強の矛』と『最強の盾』を併せ持つ『無敵幼女』爆誕の瞬間だった。
僕は『回想』を続ける事しかできない。
なりふり構わず、幼稚園児の頃まで記憶を遡り、ひたすらに思い出を網羅していった。
少しでも、しいなさんの体感時間を遅らせる。
それが解決に繋がらずとも、他にできる事など何も無いのだから。
──ディエゴ、私に一つだけ『策』が御座いますわ。
回想の間を縫う様に、しいなさんが僕へと語りかけてくる。
きっと、その先は聞きたくない内容だ。
腕時計に仕込まれた『ビデオレター』を思い返せば、嫌でも想像できてしまう。
《このメッセージを聞いている頃、私はもうディエゴの近くには居ないでしょう》
《龍位精霊に敗北。もしくは、私の悪事を知りあなたが幻滅されたか》
《そういった場合に、美衣が解錠手段を伝える手筈になっておりますわ》
この条件付けが、おかしいんだ。
だって、龍位精霊とは僕も一緒に戦っているのだから。敗北したのならば、僕へメッセージが届く筈もない。
ならば答えは簡単──いざとなれば『融合』を強制解除して、僕だけを逃がす。
それが、当初から彼女の頭の中にある『策』なんだ。
だけど、そんな勝手は許さない。
【月並みな言い回ししか思い付かないけど……】
【死ぬ時は一緒だ】【最期まで、僕は君から離れない】
──きゅ、急にプロポーズなさらないで下さいましっ……!?
この場面では、逆に不吉を呼び込んでしまいそうですわ!
『入れ替わり』の呪いを利用して、僕を表へ出す?
……しいなさんの策は、僕が想像していたものとは真逆だった。
彼女は勝負を諦めていない。思考を続け、乙姫との会話内容から可能性の一つを抜き出していた。
史上最高の巫女が、僕らを指して『十の呪詛を溜め込んだ』と言った事実。
すぐさま『九つ』と言い直していたが、それは『子供化の呪い』を委譲したからであって……僕らの把握している呪詛の総数と、ズレが生じていたのだ。
現在、しいなさんの肉体に残った呪詛の因子は──八つ。
幻影、猫、洗脳、石化、圧縮、膨張、夢、入れ替わり。
これは『攻略本』にも書かれている、言うなれば公式データだ。
だが実際には、不思議なチカラがもう一つ存在している。
『時省き』──しいなさんのデータには記載されていない番外能力。
この能力を『まじない』の一種と見做せば、乙姫の発言とも辻褄が合う。
【うん】【ここまでは把握できたよ】
【だけど、
──そうかしら? 根拠だって、一応は御座いますのよ。
彼女の言う根拠とは、以前の『入れ替わり』で僕とB子さんの身に起こった事例を指していた。
あの時、僕らは二人とも『鏡に映った自分の姿』に魅了されていた。
B子さんが持つ母性による魅了能力。それが暴走した結果、能力の効果が変容したのだ。
『入れ替わり』が能力の変容を齎す。
と、言うのが しいなさんの見立てである。
そして、その能力の変容を利用し『時省き』を強化する……らしい。
うん。もう『策』でもなんでもない! ただのギャンブルじゃないか!?
仮に見立て通り能力の変容が起きたとしても、そう都合よく強化される訳が──‼︎
──あら? 可能性がゼロでない限り、その差なんて無いのでしょう?
うふふ、あなたの仰った『屁理屈』ですのよ。
あはは、綺麗に一本取られてしまった。
でも……彼女の言う通りだ。試しもせずに諦めるなんて、僕とした事がどうかしていた。
僕としいなさんで、未来を掴み取る。それで全て解決だ‼︎
Enterキーを押したと同時に、僕の視界は転回した。
鼻をつく磯の匂い。水面という異質な足場。肌に張り付く濡れた衣服。暴風に舞う赤い長髪……数々の情報が、一気に脳内へと流れ込んでくる。
だけど問題ない。この程度、『令和の叡智』とは比ぶべくも無い情報量だ。
幸運な事に、B子さんと入れ替わった経験も生きている。胸の重量感も、体幹バランスの違いも既に経験済み。
なので、しいなさんボディにも動じる事は無い。
【それはそれで腹立たしいですわっ!】
……強いて言えば、頭部への若干の締め付けに違和感がある。
これは、装着している『Σバイザー』によるものだ。視力を補正し、複数のデータを数値化してくれる優れものなのだが──僕の視界に映る様々な計器は、全てが『ERROR』を示している。
乙姫が神剣を取り出して以降、バイザーは眼鏡の役割しか果たせていないのだ。
おっと!?
だから……! 迫り来るビームも自力で躱すしかない!
兎にも角にも、今は回避に専念だっ‼︎
モニター越しに、ビームの性質は理解できていた。
8本展開されている光線だが、その内の7本は『自動追尾型』となる。
うねりのある軌道は、ビーム同士が衝突を避ける際に生じるだけであり、基本的には僕の居る座標を目掛けて最短距離で飛んでくる。なので、
注意すべきは、幼女が任意に操作している1本のビームだ。
それだけが、こちらの虚を突こうと無秩序に動き回っている。
【回避しつつも、回想をして下さいまし!】
無茶苦茶な
言霊ほどの強制力は感じないものの、怒気をはらんだその声には逆らえそうも無い。
でも、しいなさん。
もう一度、誓って言うけれど……僕は別に、浮気していた訳じゃないから──!
【うふふ】【属性を司る
【私が死線を潜り抜ける中】
【まさか、脳内でハーレムを築いていただなんて】
【一朝一夕の話し合いでは、解決できない事案ですもの】
あ、未来への不安で『走馬灯』が途切れてしまった……。
仕方ない。続きを補足する形で、再び能力を発動させよう。
しいなさんの誤解が解けないと悟った僕は、現実逃避するかの様に『回想』へと入り──
結論から言うと、『時省き』は凄まじい能力へと昇華していた。
それはゲームで言うならば、ポーズボタンを押す事と同義。
今までの能力は、例えるなら連射機によるポーズボタン連射。通称『タイム連打』とも呼ばれる、擬似的なスローモーションを再現した『時間遅延』能力だった。
しかし変化した能力は、連打ではなく、ボタンを一度だけ押した状態。
すなわち『時間停止』能力である。
回想に集中した僕は、完全に時の流れを停止していたそうだ。
夢オチでも冗談でもなく、本当にラスボス級の能力を手にしてしまったのだ。
だがそれは、僕だけでは意味を為さないチカラでもある。
しいなさんと入れ替わり、表へと出た僕であるが……回想中は、外の状況が全く判らない!
思考に没入すると周囲が見えなくなる僕の悪癖。それは、融合してなお健在だった。
なので一度目の『時間停止』は、単に時を止めただけで終了したのだが──
それを解決する術が、しいなさんの手に握られていた。
僕へと声を伝える『マイク』の役割も担うそれは、文字通りに僕を操る道具でもあったのだ。
心象風景に存在するゲーム機。
その『コントローラー』は、時間停止中の僕を操作する事が可能。と、内容が更新された『攻略本』に書かれていたそうだ……。つくづく、よく判らない仕様である。
しかし、強力な『切り札』を入手したのは紛れも無い事実であり──
僕らの脳内へ、ついに勝ち筋が浮上してきたのだ。
時間停止中に幼女の背後へと迫り、追尾するビームをバリアーへと当てる。
まるでゲームの様な攻略法で、最強の矛と盾を逆利用する作戦。
単純ながら、効果は期待できる。欲を言えば、矛と盾の双方が消滅してくれる展開がベストなのだが……例えビームが消えるだけでも、状況はイーブンに持ち込める。
そして、盾であるバリアーが消えた場合は、一気に僕らが優勢となるだろう。
なにはともあれ、試してみれば自ずと答えは判明する。
そう結論付け。幼女の放った任意操作のビームを紙一重で回避しつつ。僕は『走馬灯』へと没入したのだ。他の全てを、しいなさんへと託し──
うん、早計だった。だって彼女は……
【うぅ、ピコピコは苦手でしたのよー‼︎】
ゲーム機をピコピコと呼ぶ程に、しいなさんは機械に疎い人だったのだから……!
どうしよう。完全に詰んでしまったぞ!?