平成アニメ世界で令和の価値観を注入されたショタの話 作:浅学寺のえる
「ただいまー! あれ、珍しい。ニュース見てるの? えっ、街の中に象が逃げ出してる!? しかも、めっちゃ近所じゃないコレ!!」
石化報道の終わり際に、姉さんが帰宅する。
悪の組織の撤退後、例によって現場には動物が現れた。今回は『象』だ。
暴れる様子もない大人しい象は、萬宮寿家の運営する動物保護施設へと移送されるらしい。その報道を最後に、画面は次のニュースへと切り替る。
人間が石になる常軌を逸した事件が起きたというのに、今はもう街角の定食屋特集が放送されている。まあ、ギャグアニメ世界だから仕方ない。
僕は、退屈そうにテレビを眺めている姉さんへチャンネル権を移譲する。
いつもならば、金曜日の夕方6時はアニメの時間。
去年まではギャグコメディのヒーローものといった、まるでこの世界の様なアニメが放送されていたけれど。現在は少女漫画原作のアニメが放送されている。
「ちぇ、もうエンディングかー。ってあれ? もしかしてコレ録画されてる?」
チャンネルを回せば、売り出し中の男性アイドルグループが歌うエンディング曲が流れている。女子高生を中心に人気沸騰中だと聞くが、その枠組みである筈の姉さんはさして興味が無さそうだ。この曲、僕は結構好きだけど。
ちなみに録画に関しては、習い事で視聴できない小学生の妹を思っての事だ。決して、僕が見たかった訳じゃないとも。
「またまたー、じゃあ後から皆で見ようね。あっ! そうだ、録画で思い出した! 私、今朝アッチの録画予約してたっけ!?」
騒がしい姉さんの言うアッチとは夕方5時半に放送された『戦隊ヒーロー』が活躍する特撮番組の事だ。最近ではフィクションの垣根を超えてヒーローと悪の組織が戦っているというのに、この番組は相変わらず子供に大人気らしい。もちろん一部の大きなお友達にも大人気である。僕の姉もその内の一人。
令和と比べれば『オタク』という人種が冷遇されるこの御時世で、姉さんは紛うことなき『特撮オタク』と呼べるだろう。友人らがアイドルグループの握手会へ出向く一方で、姉さんは遊園地で戦隊ヒーローと握手するような人だ。
収集物にも余念がなく、床の間には『DXな超合金のロボット玩具』が所狭しと飾られている。その中でも一際目を引くのが、変形合体するヒーロー基地。
この巨大な基地には、姉さんを語る上で欠かす事のできない哀しい逸話が存在する──
番組本編ではたったの2回しか変形しない超巨大ロボット。
これを模した玩具は巨大さ故に、かなり値の張る代物
姉さんは発売直後に定価で購入したのだが、世間的には価格が高過ぎたが為に全く売れず程なくして大幅な値崩れを起こしたのだ。
戦隊ヒーローは一年で番組が切り替わる。次の戦隊が新しいロボットに乗るのだから、必然的に古いロボットは玩具店にとって邪魔者とされる。
結果、近所のおもちゃ屋では980円で売られていた。
これを広告で知った姉は、まるで人格が排出されたかの如く、その表情からは知性の全てが抜け落ちていた。
「あ、ちゃんと録れてるじゃん。さすが私!」
違う。案の定忘れていたから、僕が予約しておいたんだ。
今朝の姉さんは慌ただしかったので、念のため確認しておいて良かった。例の一件以来、特撮関連での失敗は姉さんのトラウマへと繋がってしまう。
実の姉が目の焦点も合わず、口から涎を垂れ流して放心する姿はもう見たくないからな。
「その件は忘れて……。でも録画してくれてありがとね! なになに? 急に優しくなっちゃってー! ついこの前まで反抗期だったのにー」
頭を撫で回してくる姉さんを払い除け、少し考えてみる。
どうやら僕の性格は、叡智に触れた時から少しだけ変化していたらしい。
周囲からはやれ反抗期だの、お年頃だのと言われたけれど。バングルの装着後はそういった声も減ってきている。
恐ろしい話だ。博士が言ったように、あのままでは人格を上書きされていたのかもしれない。
レイワさんに身体を乗っ取られるなんて御免被る。このバングルは僕の生命線だ。
思考の言語化は習慣づいた為こうして継続しているものの、今は無理して『文語調』にする必要も無くなったので大分楽になった。改めて、博士さまさまである。
「あーあ、どうせなら映画の方も観たかったなぁ〜」
特撮番組の録画を観ている姉さんが呟く。
今日は友人と映画を観に行くと言っていたけれど、まさか特撮ヒーローの映画だったとは。
女子高生の放課後が、それでいいのだろうか?
もっと、バンド活動をするとかティータイムを楽しむとかあるだろうに。
「あ、映画はこの戦隊の劇場版だけじゃないよ? なんと特撮モノ3タイトルが抱き合わせ! お得でしょ?」
なるほど、ドラえもんの映画とドラミちゃんの映画がセットになってるようなものか。妹にねだられて先月一緒に見に行ったので僕は詳しいんだ。
今年も傑作だった。
利便性を追求した結果、ナポギストラーというロボットに反乱を起され人類は淘汰される。実に社会的なテーマだ。AI技術の発展する令和は果たして大丈夫なのだろうか?
「ねぇ聞いてる? 3つの内1つはライダーだからさ一緒に観にいこうよ、好きだったでしょ?」
行かない。この歳で姉と一緒に映画なんてごめんだ。
ライダーへの憧れも、小学生の頃の話だ。あの頃は、ワッカもEも揃って話題にしていた。
そして僕らのライダーは、二年間に渡って世界を守り平成が訪れたその年に旅立ったんだ。
リングリットも、かのライダーを少しは見習って欲しい。
唯一ワッカが見習っている所は「ゆるさん!」という怒号くらいだ。あれは格好いい。
「あのね〜、妹と映画観るのはオッケーで、どうしてお姉ちゃんはダメなの?」
それは姉さんの容姿が僕と似ているからだ。
まるでコンパチブルキャラクター。略してコンパチ姉。いや、冷静に考えれば僕の方が後から生まれたのだし、僕こそがコンパチ弟だった……
それはそれとして! 僕が何度、姉さんに間違われて困惑した事か!
学校で突然、見知らぬ上級生の女子が親しげにボディタッチしてくるんだぞ。そして、こう言われるんだ「なんで男子の制服着てるのー?」と。
男子だからだ!
少しでも見分けが付くように、わざと左側の前髪を伸ばしたっていうのに。
姉さんまで右側の前髪を伸ばしてしまったので、余計に紛らわしくなったのだ。
なんでも『ターミネーター2』のジョン・コナーを意識した髪型らしい。ロボットさえ登場すれば洋画まで網羅している姉さんは瞠目に値する。
ターミネーターは僕も好きだけど……あ。一つ疑問が解消された。
ナポギストラーにどこか既視感を覚えたのは、ターミネーター世界のスカイネットが原因だったのか。あの人口知能も人類を淘汰しているんだ。うん、この先の未来で発達するAI技術には細心の注意が必要そうだ。
「ま、いいや。映画は、明日もう一回あの子を誘ってみるから!」
姉さんの口振りで分かっていたけど、映画自体は観られなかったようだ。
どうやら友達に急用が入ってしまったので延期にしたらしい。道理で帰宅時間が微妙に早かった筈だ。
しかし、そうなると一つ腑に落ちない点がある。
この姉が予定もないのに、特撮番組のリアタイチャンスを見す見す逃すとは思えないのだ。
これは何かしらの事件のにおいが──
「もう! 遅くなったのは遠回りしてたからなの! なんかね? 今日は商店街を通ったらダメだってあの子が言うからさ。占いに出てたんだって。ほらほら、きっとさっきの象の事だったんだよ! あとで、ポケベルにお礼送っとかなきゃ」
占いが好きな所だけは女子高生らしくて安心したよ。
けれどそれは、占いではなく友人への遠回しな避難勧告だったのだろう。諸事情で姉の交友関係に詳しい僕ならば分かる。
いま姉さんが口にしている『あの子』とは、先程までテレビの中で猛威を振るっていた『B子』さんの事なのだ。
姉さんと彼女は同い年。B子さんは僕と同じクラスに在籍しているが、一つ年上になる。
成績に問題もなく、素行も良い彼女だけれど出席日数が僅かに足らず留年している。ただこれは、おそらく表向きの理由だ。何かしらの萬宮寿家に関わる裏の事情もきっとあるのだろう。
姉の友人として何度か家にも来ている彼女が、今はクラスメイトなのだから僕としては複雑な気分だ。取り敢えず、クラスで僕の事を『弟くん』と呼ぶのをやめて頂きたいのだが、この切実な願いは却下され続けている。
「ふむふむ。やっぱり今作は拳法を取り入れたアクションシーンが見ものだね。カンフー映画好きからしたら、どう?」
考え事をしている間に、特撮番組が佳境に入ったようだ。評論家気取りの姉さんが僕へと質問を持ち掛ける。折角なので乗ってあげるか。
この拳法は、
スーツアクターも武術経験者のようで、実に見映えのするアクションシーンだ。
ん? レイワさんが普段反応しない話題で震え出した。まさか拳法にも一家言あるのだろうか?
【
おお! 音楽の趣味は合うと思っていたけど、こっちの趣味まで合うなんて──
【そして、トリケラトプス拳】
なんて?
「固まっちゃってどうしたの? あ、そろそろ7時だよ。ウチのかわいい拳法家を迎えに行くんじゃないの?」
おっと、そうだった。令和の妄言はバングルで封印して、と。
もう妹を迎えに行く時間だ。
僕も小学生の頃まで通っていた町道場──『羽吹道場』へ向かわなければ。
羽吹流格闘術
嘘か真か、その起源を辿れば飛鳥時代にまで遡るらしい。
『武器を打ち破る』即ち『
羽吹流は、どのような武器を前にしても身一つで打ち破る事を理念とする格闘術。
当代師範である羽吹
そして、この羽吹流には千年以上の因縁を持つ宿敵流派が存在する。
萬宮寿流武器術
起源は同様。飛鳥時代から両流派は戦の度に活躍したらしい。古事記に書かれているかは不明である。
萬宮寿流は『武芸百般』を理念とし、門下生はあらゆる武器の心得を叩き込まれる。
刀、槍、弓といった日本古来の武器は勿論の事。近代ではミーアの扱う孔雀鉄扇のような変わり種まで、国内外を問わずありとあらゆる
長い長い歴史の中。相反する思想を持つ二つの流派は、ことあるごとに激突を繰り返してきた。
転機が訪れたのは戦国時代。鉄砲の伝来を皮切りに、武器の進化が甚だしくなる。
次第に萬宮寿流が多くの戦功を上げる事となり、時代が進むほどに富を築き、
結果──平成の世である現在、羽吹流の憤懣は最高潮へと達した。早い話が嫉妬である。
その煽りを受けてか、幼少期は仲が良かったらしい萬宮寿しいなと羽吹まことは犬猿の仲となってしまった。
そんな女子達がいる一方で、現在僕の視界に映る2人は仲睦まじく語り合っている。
「うんうん。やっぱりブロリーのがセルより強いよね?」
「そう。闘う程にパワーアップするあの絶望感。特に足音がいい」
「あははは! 足音はどっちも一緒でしょ」
「ふふ」
羽吹道場の門前でドラゴンボール談議に華を咲かせる女児2人。いや、片方は見た目だけで実際は高校生なのだけども。
まさか、A子と僕の妹が友達だったとは驚いた。
というか普段口数の少ない彼女が、こんなにもDBを語れるとは! ちなみに僕は、再生能力の点からセルの方に分があると──ん?
【ラゴンボなら私も語れます】
嘘をつくな。ファンならそんな略し方しないだろ。
もうレイワさんが反応しても、日常でバングルを外すの止めようかな……。
【令和のパラガスでございます】【あれは、いい枯れ具合──
封印っと。
「あ、お兄ぃ。ほら、やっぱり迎えに来たでしょ?」
「過保護」
「あははは! お兄ぃ、かほごー」
いや、悪の組織が蔓延る世の中だから。妹が襲われやしないかと多少は心配になる。
まあ目の前に組織の怪人を担当してるクラスメイトがいるのだけど。
柴犬怪人の時に見せた身のこなしから分かるように、彼女も武術を嗜んでいる。
萬宮寿家に仕える彼女だが、扱う武術は羽吹流。僕と同じく、この道場に通っていた過去をもつ。
だからこの場にいたとしても不思議はないものの、一体いつ妹と仲良くなったのだろう?
「ついさっきだよ? 最初は、お兄ぃと勘違いされちゃって困ったよ〜」
「困ったのはワタシ。似すぎ」
なるほど『コミュ
僕は妹より身長が5センチも高いので、似てると言われるのは心外だ。見た目だって、妹は両メカクレと呼ばれる髪型なのだし。
けれどこのまま妹の身長が伸びてしまえば、姉さんのコンパチキャラ第2号の誕生だ。
最近までは僕より頭一つ分小さいA子と同じくらいの背丈だったというのに。小学校高学年女子の急成長が恐ろしい。
一刻も早く、僕自身が成長しなくては! せめて、あと5センチは欲しい……まことより背が低いのは割と気にしてるんだ。
「聞いてよお兄ぃ。さっき、パンパンで性別を確認されちゃったんだよ?」
「ワタシは、Dが本当は女の子なのかと思った。違和感ゼロ」
「あはは! それでねー。こんな確認のしかた、子供の頃の悟空しかしないよーって話から盛り上がっちゃって」
「有意義な時間だった」
くれぐれも、僕にパンパンはしないでくれよ。
妹の暇つぶしに付き合ってくれた事には感謝するけども。そろそろお開きとしようか。
先程から、道場の壁を越え響いてくる掛け声──その中でも特に、まことの発する声が段々と大きくなっているんだ。これは組み手に相当の気合いが入っているな。誰かが石化の件を話題にでもしたんだろうか?
この場に長居すると、僕にまで飛び火しかねない。
僕だってワッカよりは武術の心得があれど、師範代のまことが相手では為す術がない。ボロ雑巾にされるのがオチだ。
「待って。しいな様から伝言。次の祝日は予定を空けておいて」
「お兄ぃ、デートするの!?」
話が突飛すぎる。
来週の祝日といえば木曜日になるのか? 人によっては、ゴールデンウィークの入り口になる日だ。
僕らの学校は金曜と土曜は通常通りなので、連休に含まれない微妙な休日だ。予定は入れていないけれど、いきなりデートだなんて言われても……
「ちがう!! 調子に乗らないで。オープン前の屋内スキー場を、一緒に視察するだけ」
「あはは、ふられちゃったね! でも、お兄ぃがスキー? やった事ないでしょ?」
「Dは一般人の見本。なかなかいない逸材」
物凄く貶された気分だが、ようはレジャー施設に関して一般人目線の批評が欲しいという事か。合点はいったけれど、最初の否定が強すぎて怖かった……
とは言え、屋内スキー場というのは面白そうだ。なんだかドラえもんのひみつ道具『おざしきゲレンデ』を思い出す。
ついに現実が空想に追いつくんだ。令和のVRには及ばないまでも、平成の新技術は是非観てみたい。
「ずーるーいー! りなだって一般人だもん! 行きたい! 行きたい!」
「なら妹も来ていい。しいな様は寛大だから、たぶん大丈夫」
「やったー!」
わがままな妹で申し訳ない。改めて、しいなさんへは学校でお礼を言うとして。あれ? けれど例の呪詛返しは大丈夫なんだろうか? 『精神動物化』の影響なのか、今週の頭は学校を休んでいたんだ。
そうなると今度は『石化』して……いや、考えても答えは出ないな。事情を知らない筈の僕がA子に尋ねる訳にもいかないのだし。
一先ずこの場は解散しよう。そろそろ、本当に不味そうな予感が──
「ねぇ。裏切りモノが、ウチの門下生になにを吹き込んでいるのかな?」
「あ、まこ姉ぇ」
「君も! ちゃんと妹を守らなきゃダメでしょ!」
違う。そっちが妹だ。キョトンとしてるだろ?
面倒な展開になってしまった。さっきの石化事件で鮮烈なテレビデビューを果たしたまことは、頗る不機嫌なようだ。裏切りモノ扱いを受けているA子がいる事も、機嫌の悪さに拍車をかけている。
荒ぶる彼女を前にして、妹が僕と勘違いされている状況は危険だ。すぐに訂正しなければ!
「え? この子が
「甘いよまこ姉ぇ。ここにいるお兄ぃが、本当はお兄ぃのフリしたウチのお姉ぇだったりするかもよ?」
「た、確かに!? そうなんですか、
「ぷぷ」
紛らわしい事を言うなと叱りたいものの。妹のお陰で、まことの怒りが多少緩和されたようだ。
A子が吹き出しそうになっているけれど、このまま姉さんの振りをして退散してしまおう。
ありゃりゃ〜、理奈にバラされちゃったね! それじゃあ、まことちゃん。バイビー!
「はい! また今度!」
「プーッ! もう限界。まこと単純すぎ。どう見てもあれはD」
「な!? そんな訳ないでしょ! ねえ、そうでしょ理珠さん?」
「パンパンすればわかる。ワタシも確認したいと思ってたトコ」
おいコラ、やめろ! 妹が見てるだろ。変な影響を受けたらどうするんだ!
ただでさえ妹は性別云々の話が大好物なんだ。去年まで放送していた水を被ると女の子になっちゃうラブコメが大好きで、その番組が思いっきり戦隊モノの裏番組だった為に金曜の夕方は姉妹喧嘩が絶えなかったんだぞ。おかげで、仲裁に入った僕は半ば強制的に妹と組み手をさせられていたんだ。
だけどまさか、現役の羽吹流と手合わせしていた経験がここで活きてくるとは!
道場を去って久しい僕だけど、A子が連続で放ってくる魔手をどうにかいなせているっ!
「むー、しぶとい」
「その身のこなし、やっぱり君じゃないの! 理珠さんは武道やってないんだから、そんな動きムリだもん! そう……みんなでボクを、騙してたんだね……!」
「あ、お兄ぃ。アレ本気で怒ってるよ?」
「仕方ない。ここはワタシが引き受ける。二人は逃げていい」
主に君のせいで話が拗れているのだが……。
余計な事で体力を削られた僕では、もうまことの相手は無理だ。お言葉に甘えて、この場はA子に任せるとしよう。僕は気配を消し、静かに後退を試みる。
だがそんな兄の思いとは裏腹に、どうやら妹は観戦に夢中らしい「すごいよあの子! りなより小ちゃいのに、まこ姉ぇを押してる!」もしかして、自分より歳下だと勘違いしてないか? その子、僕と同い年だから。
「はぁ、はぁ、道場をやめて結構経つのにやるじゃない!」
「羽吹流は通過点。もはや、ワタシの武術は
「なに勝手に流派開いてるのっ!」
「諦めて。まことの弱点は割れてる」
そう言って挑発するA子に対し、考えなしに『突き』を放つまこと。気が立っている今日のまことは、動きに精細さがない。
A子は難なく攻撃を躱し、伸び切ったまことの腕──その内側の皮膚を人差し指でそっとなぞった。あんな技、羽吹流にはないぞ?
まさか、さっき言っていた弱点って……
「ひゃん!? なにしてんの!?」
「奥義・胡蝶の舞。くすぐり攻撃こそ、まことの弱点。さっきテレビで覚えた」
「ッ〜〜〜!!」
あ、悪魔だ……。そんなできたてのトラウマを突かなくてもいいだろうに。
これ以上は見ていられない。僕は妹の視線をそっと手で塞ぎ、帰宅を強制する。
そうそう、アニメを録画してあるんだ。帰って一緒に見よう。
基本的にアニメ好きの妹は、赤面する師範代の事も忘れて「なんのアニメだろ。楽しみ!」などと喜んでいる。完全に興味が移ったようで何より。
ちなみに6時半からも剣勇活劇アニメが放送していた。しかし、武器を使うという点から妹にはウケが悪いようだ。僕は割と好きな部類の作品だけど、今日は姉さんが流れるように特撮の録画を再生した為リアタイ出来なかったのだ。おそらくワッカが録画していると思うので、今度見せてもらおう。
「ねぇ、ねぇ。何のアニメ? お兄ぃも大好きな『ドラえもん』かな〜?」
んん?
そういえば、僕。ドラえもんの予約していたっけ?
バングルが震えている。そうか、レイワさんなら覚えてるかもしれない。
【でぇじょうぶだ。見逃し配信がある】
そんなサービスは存在しない! 早く帰らないと。急げば少しだけでも見られるかもしれない!
妹を抱えて全力疾走したものの、家へ着いた時には7時半を回っていた。
時計を前に、まるでブロリーと対峙した時の悟飯のように絶望する僕を見て、妹は複雑な表情を浮かべている。もはや兄の威厳も風前の灯火だ。
「あ、おかえりー。丁度ご飯できたとこなんだ。あとドラえもんも録画しといたよー」
姉さん!! あなたが神か!
そうか、これこそが神対応という概念なのか。まるで絶体絶命のピンチを救うドラミちゃんのようだ。
ある映画では石化したドラえもんとのび太を救い。
またある映画では牛魔王の脅威によって全滅しかけた場面を引っくり返す。
そんなデウス・エクス・マキナのような存在。
ドラゴンボールで言えば、本来『芭蕉扇』を使って消す予定だったフライパン山の火事を『かめはめ波』で牛魔王の城ごと消し飛ばす亀仙人のような──なんだか西遊記が混在してややこしくなってしまったな。
まとまらない思考は破棄して、今はただ感謝しよう。
ありがとう姉さん。ありがとう、ベータマックス。