陰陽師安倍晴明の優雅なオフ~五人の愛弟子奮闘記~ 作:阿弥陀乃トンマージ
捌
「……」
「お待ちになって、泉さん」
晴明の屋敷内の廊下を歩く泉に声がかかる。
「!」
驚いた泉が振り返ると、そこには金が立っていた。
「ふふっ……」
「金さま……」
「晴明殿からしばらく静養に努めよと言われませんでしたかしら?」
「……言われました」
「それでは、どちらに?」
「……お手洗いに」
「反対方向ですわ」
腕を組んだ金が顎をクイッと廊下の向こうに向ける。
「ああ……ちょっと寝ぼけていたみたいです」
泉が苦笑いを浮かべる。
「嘘おっしゃいな」
「え……」
「本当は書庫に向かおうとしていたのでしょう?」
「……」
「違いますかしら?」
金が小首を傾げる。
「……ええ、その通りです」
泉が観念したように頷く。
「書庫に何の用です?」
「書物を探してみれば……あのデーモンとやらに対する術を何か見出せるのではないかと思いまして……」
「それは研究熱心ですこと……と、言いたいところですが、今は休むべきです」
金はため息交じりに呟いた後、真顔になる。
「休みでも出来ることはあります」
「頭もしっかりと休めなくてはなりませんわ」
「ですが……」
「その調子では、いざという時に倒れてしまいます。わたくしの大切な恩人である貴女になにかあったりしたら困るのです」
「……大切な恩人?」
泉が首を捻る。
「ええ」
「ええっと……私のことですか?」
「他に誰がいらっしゃるのですか?」
金が首を傾げる。
「大切な恩人というのがちょっと分からないのですが……私、金さまになにかしでかしてしまいましたか?」
「いや、しでかしたって……」
金がプッと吹き出す。
「えっと……」
「……なにかをなさったというよりも……その振る舞いかしらね」
「振る舞い?」
「……初めてお会いしたころを覚えていらっしゃる?」
「まあ……」
「……あのころのわたくし……とっても荒れていたでしょう?」
「あ、ああ、そうだったでしょうか……」
泉が自らの顎に手を添える。金が笑みを浮かべる。
「ふふっ、覚えていないはずがありませんわ」
「う、うーん、どうだったでしょうか……」
「泉さん」
「は、はい」
「……正直に、包み隠さずおっしゃってくださいな」
「クソ餓鬼でいらっしゃいました」
「⁉ ク、クソ餓鬼……」
「包み隠さず申しあげました」
「包み隠して!」
金が声を上げる。
「失礼いたしました……」
泉が頭を下げる。金が咳払いをひとつ入れる。
「お、おほん……わたくしは――自分で言うのもなんですが――それなりの家の生まれです。ただ、生まれつきの――晴明殿がいうところの――霊力が高く……その力の抑え方が分からず、親や周囲の者たちからは気味悪がられ……幼少の頃、晴明殿に弟子入りという形で預けられました……まあ、体のいい厄介払いです。そのことを子供心に感じ取ったわたくしはすっかり腐っていました……」
「……それは私も大体似たようなものです」
「いいえ」
金が首を左右に振る。
「え……?」
「貴女はそのころから変わっておりません。少し気弱なところはありますが、心の中の芯の部分はしっかりとなさっている」
「そ、そうでしょうか……」
「そうですとも」
「は、はあ……」
泉が戸惑う。金が続ける。
「……思慮深い点もそうですが……なによりも大事なのは……誰に対しても優しい態度で接すること……」
「や、優しいですか……?」
「ええ、そうです」
「そ、それは当たり前のことでは?」
「それがなかなか出来ないのです……そこから学びを得ました」
「学び?」
「ええ……人間、どのような境遇に陥っても……気品というものを忘れてはならないと」
「気品……」
「品格と言い換えても良いですわね」
「そ、そのようなものは備えておりません……」
「謙遜なさらないで……!」
金が泉の両肩をガッシリと掴む。
「じ、自分ではよく分からないことですね……」
泉が照れくさそうに、自らの鼻の頭をポリポリと掻く。金がフッと笑って、泉の肩から手を離してから淡々と呟く。
「……とにかく、貴女のお陰で、わたくしは獣に堕するのを避けることが出来ましたわ。いくら感謝してもしきれません。ありがとうございます」
「い、いえいえ……!」
頭を下げる金に対して、泉は手を左右に振る。
「……というわけで、今はお休みくださいませ」
頭を上げた金が微笑む。
「……分かりました」
泉が微笑みを返す。
「では、お部屋までお送りいたしますわ。ただ……起きたばかりで寝られるかしら?」
「……未の数を数えるとよく寝られると聞いたことがあります」
「さすが物知りでいらっしゃいますわね。そうだ、わたくしが数えて差し上げます」
「いいえ! それには及びません……!」
泉と金が廊下を並んで姿勢よく歩く。