陰陽師安倍晴明の優雅なオフ~五人の愛弟子奮闘記~ 作:阿弥陀乃トンマージ
♢
「……」
基が広い部屋に一人で座っている。
「基ちゃん」
焔が声をかける。
「焔か……」
「どうしたのさ?」
焔が部屋に入ってくる。
「いや別に……」
「ん?」
基は首を静かに振る。
「なんでもないさ」
「嘘だ」
「え?」
「なんでもないってことはないっしょ」
焔が笑いながら基の目の前に座る。
「………」
「…………」
「……………」
「………………」
ふたりは黙って見つめ合う。しばらくして、基が笑みをこぼす。
「……ふっ、まったく、焔には敵わないな」
「ふふっ、アタシには隠し事は出来ないよ~」
「隠し事をしているわけではないのだけどね……」
「でもさ」
「ん?」
焔が自らの胸を指差す。
「なにかを抱え込んでいるんじゃない?」
「! 抱え込む……」
「そ」
焔が頷く。
「なるほど……確かにそうかもね……」
「でしょ?」
「これは……」
基が自らの胸元を抑える。
「それってさ、悩み事ってやつじゃない?」
「悩み事?」
「うん」
「そうか……これが悩みというものか……」
胸元から手を離した基が手のひらをじっと見つめて呟く。
「基ちゃんにも知らないものがあるんだね」
「泉ほど物知りではないからね」
「……って、悩んだことなかったの⁉」
焔が驚く。
「ふむ……」
基が自らの顎に手を添えて、首を傾げる。
「え……」
「そう言えば……なかったかもね」
「ちょ、ちょっと羨ましいな……」
「焔は悩んだことがあるのかい?」
「そ、そりゃああるよ」
「ほう……」
「い、いや、ほうって……」
「いつ?」
「え、それはしょっちゅう……」
「どこで?」
「そ、それは色んなところで……」
「誰が?」
「そ、そりゃあアタシだよ」
「何を?」
「な、なにをって……それは様々だよ」
「何故?」
「な、何故って……生きているとそういうものじゃない?」
「どんな風に?」
「そ、それもその時々によるよ……」
「うむ……」
基が両腕を組み、若干顔を俯かせる。
「あ、あのさ……」
「意外だな」
「?」
基が顔を上げて告げる。
「焔はそういうものとは無縁だと思っていた」
「酷くない⁉」
焔が愕然とする。
「ふっ、冗談だよ……」
「……話を戻すけど、悩み事はこれまで無かったの?」
「無かったね」
「す、すごいね、それは……」
「そうかな?」
「思い返してみてよ、晴明ちゃんのところに来る前とかどうだったの? 確か宮勤めをしていたんだよね? そ、そういう時に悩みの種とか無かったの? 他者との軋轢とか……」
「他者との軋轢?」
「ほ、ほら、ああいう場所って、わりとドロドロしているって言うじゃない?」
「ああ、自分で言うのもなんだけれども……ぼくは大層モテてね」
「え、ええ?」
「みんないつも良くしてくれたから、不自由を感じることはなかったよ」
「そ、そうなんだ……」
基の爽やかな物言いに焔が戸惑いながらも頷く。
「だが、今回はそうも言っていられないかもね……あのデーモンとやらは強力だ。どう立ち向かっていけばいいものか……」
基が首を傾げる。焔が口を開く。
「……それぞれ役割っていうものがあると思うんだよね」
「うん?」
「あれこれと考えを巡らせるのは泉ちゃんや金ちゃん、とにかく体を動かすのはアタシと栞ちゃんの役割……」
「ふむ……ぼくは?」
「なんかこう……余裕をもって、どっしりと構えている役……」
「ぷっ、なんだいそれは?」
「基ちゃんにはそういう雰囲気を纏っていて欲しいんだよ」
「……分かったよ、努力する」
基が微笑む。焔が胸をなでおろす。
「ああ良かった。基ちゃんは笑っているのが一番だよ。
「そうかい?」
「うん、物憂げな顔も素敵だったけどね」
基がニヤリとする。
「こうしていると、誰かが必ず助けてくれるんだよ、便利なものだね」
「あ、ああ、そうなんだ……いいね、顔が良いって……」
焔が苦笑いを浮かべる。