第七木星船団ジュピトリス7は、木星から地球ヘリウムを運ぶ輸送船をしている傍らで、MSの開発も行われていた。
その中核となっているのはもともとアナハイム・エレクトロニクスの技術者たちのチームであった。
当時、多角化していたMS開発に対して、彼らが掲げたのがMSの小型化計画である。ところがその計画はアナハイムに認めてもらえずに、チームはアナハイムを去ったのであった。
そして、彼らは独自でMS開発をするための企業を立ち上げるために、スポンサーを募った。そこで名乗りをあげたのが木星船団であった。船団は木星と地球圏の仲立ち機関として資金も潤沢にあった。ただの道楽か、気まぐれか、いずれにしろその元アナハイムの開発陣たちを買い取り、ジュピトリス7をまるごと研究室として与えるなど、破格の待遇でもてなした。
それ以降、その船は彼らの研究所であり、住居として、子を産み、育てていった。
シンク・アルファードはそこで十六回目の誕生日を迎えようとしていた。
「いいよ。誕生日の祝いなんて」
シンクは邪魔くさそうに、年下のエイミの応対をしていた。年下と言えば聞こえはいいが、世話焼きで強情な気性はシンクという少年の手には余るものであった。
「そんなワケにはいかないわ。準備はもう整っているのよ」
「どうせお前と二人っきりなんだろ」
「しょうがないでしょ。おじさんとおばさんは忙しいんだから」
――◇◇◇――
シンクたちがたどり着いた非常ブロックは、既にもぬけの殻だった。
「まずいな。ここには脱出用のスペースボートが何隻かあるはずなのに」
すでにスペースボートは飛び立ったあとのようで、非常ブロックには人の気配もない。それはシンクたちがこの区画に取り残されたということを示していた。
シンクは、近くにあるパソコンを立ち上げる。
「ジュピトリス7には、全部で五つの非常ブロックがあるはずなんだ。俺たちが現在いる場所は、居住ブロック近くにある第一非常ブロックだ」
シンクとエイミがいたのは、居住ブロックでも一番奥にあるレストルームである。
その場所は、居住ブロックでも入り組んだ場所にあって、その場所の存在を知ってる人間も少ない。
そのせいでシンクたちは避難に遅れてしまったのである。先ほどの爆発で最短ルートである通路を隔壁が塞いでしまい、遠回りすることになって尚更であった。
「だめだ。どこの非常ブロックもスペースボートは全部飛び立ってる」
「どうするの?」
「研究所を目指すんだ」
「MSを開発してるところ?」
「あそこなら、MSの一機や二機が置いてあるかもしれない」
「それで脱出するっていうの?」
「もしかしたらスペースボートだってあるかもしれないだろ」
「でも、あそこまで結構距離があるわよ」
「マップの示す通りに行ったらな」
「抜け道があるのね」
「行くぞ」
シンクは手動扉を開けて、まっすぐ進み出す。順路は複雑に枝分かれしているが、シンクは一度も立ち止まることなく経路を進んでいる。
「よく、こんな複雑な道覚えてるのね」
「ジュピトリス7は船の軸があるだろ。その軸は船体の中心をそってまっすぐ伸びてるんだ。そして、その軸はどこの区画にも通じていて、正反対の区画にも最短ルートでいける。もともとは非常通路もいいところだから、この場所を知ってる人間は少ないけどな」
シンクは急に立ち止まって、エイミが前に進むのを制する。
「ここなの?」
シンクは無言でうなずく。
「入るぞ」
扉を開けると、一気に空間が広がる。それと同時に何人かの顔見知りの姿も発見する。
「そこの凸凹コンビはシンク・アルファードとエイミ・トレノームじゃないか」
「あの口減らずなもの言いは、ケネス・カーターね」
エイミが呆れたようにつぶやく。
「あなたたちも取り残され組?」
別方向から女が声をかけてくる。歳はかわらないようだが、シンクの知らない女性だった。
「誰かしら?」
どうやらエイミも目の前の女性とは初対面らしい。
「もう少しマシな人材かと思ったけど、子供が増えただけのようね」
女性は落胆した表情を隠そうともしない。その態度はシンクたちに高慢な印象をあたえる。
「あなただって子供でしょ」
エイミがムッとした表情で言い返す。
「そうやってすぐに噛みつくから子供だってのよ」
「アイラ・ハイヤームさん、喧嘩はあとにしてくれ」
そこに割って入ってきたのはソール・ヴェーバーだった。シンクの三歳年上の青年は、よくこうやって仲介役を買ってでる。
「準備はできたの?」
「ああ、それを伝えにきたんだ」
「わかったわ。他の乗組員にも伝えて。置いてけぼりにされたくなかったら、さっさと準備しろって」
そう言い残してアイラと呼ばれた少女は去っていった。
「感じの悪い人」
エイミはアイラの背中を睨みながら呟く。
「そう言うなよ。俺たちは彼女のおかげで助かったんだ」
ソールはそう言って肩をすくめる。彼なりに思うところがあるということらしい。
「ところで彼女のノーマルスーツはMSのパイロット用のモノだろ」
「彼女はアイラ・ハイヤーム伍長、連邦からMSのテストパイロットとして出向してきたらしい」
「その割には若すぎないか、彼女?」
「俺に聞かないでくれよ」
そこでソールの名前が呼ばれる。呼んだのはケネスのようだった。
「時間がないな。シンクたちもあの船に乗り込んでくれ」
ソールが指さした方向には小型の輸送船があった。
「まだ、こんな船が残っていたのか?」
「俺たちが非常ブロックで途方にくれてたら、彼女が声をかけてくれたんだ」
「だから命の恩人か」
シンクは納得したようにうなずいた。
「詳しいことは船の中で話そう。今後のことで話し合いも必要だしな」
シンクとエイミは、誘われるようにして輸送船に乗り込んだ。
エイミの諭すようなもの言いに、シンクは苛立ちを覚えた。
「お前だって去年は両親に誕生日すっぽかされたじゃないか。なのになんでそんな利口なんだよ」
「お父さんとお母さんはいなかったけど、シンクは祝ってくれたじゃない」
「エイミはまだ小さいだろ」
「また、私のこと子供扱いするんだから!」
エイミが飛びかかってこようとしたときであった。
船体が大きく揺れて、けたたましい警報があたりに鳴り響く。
「なに?」
エイミが怯えるようにシンクの服の袖を掴む。
「訓練にしちゃ物々しいな。どこかに穴でも開いたか?」
ふとシンクたちの体が宙に浮かび上がる。それは人口重力が消失したことを表していた。
『避難警報、避難警報。船体に損傷を確認。乗組員たちはただちに非常ブロックに退避せよ。繰り返す――』
「行くぞ」
シンクの判断は速かった。とっさにエイミの手をひくと、そのまま非常ブロックへの経路に向かいだす。
「待って」
「どうしたんだ?」
「誕生日のプレゼント……」
「警報が解除されてからでいい!」
そう言って、エイミの手をもう一度強く掴む。不安だけがシンクの胸中を蠢いていた。
「ノーマルスーツも着ないでなにをしている!」
次の区画へのハッチを開けるとノーマルスーツを着込んだ人物がこちらに向かってくる。よく見ればエイミの父親であった。それにはそちらもすぐに気がつく。
「お父さん」
エイミの父親は娘の存在を確かめるように抱擁をする。
「いったい、なにがおこってるんですか?」
「シンクくんか。詳しい話はあとにしてくれ」
普段は気の優しいエイミの父親の口調にはどこか厳しいものが含まれていた。
「奥の部屋にノーマルスーツがあるはずだ。それに着替えたら非常ブロックまでまっすぐに向かうんだ」
エイミの父親は押し込むようにして、シンクたちを部屋に入れた。
「お父さん、怖い顔してたわ」
「状況はあまりよくないのかもな」
シンクとエイミはノーマルスーツを見つけると、すぐに着替えだした。
「サイズの大きいのしかないみたい」
「なんでもいいから着てしまえ」
シンクはエイミを急かす。エイミの父親がなにも教えてくれないということは、状況がよっぽどせっぱ詰まってる証拠である。そして、ノーマルスーツを着ろということは、これからその状況が悪化する可能性を示唆していた。
シンクが考え事をしてると、また船体が揺れた。今度はかなり大きい。外からは爆発音も聞こえる。
「どこへ行くの?」
出口に向かうシンクに不安げな表情でエイミは訊ねる。
「外の様子を確認してくるだけだ。すぐ戻ってくるから、エイミはここで待ってな」
エイミの返答を聞かずにシンクは外にとびだす。
外の風景は先ほどとは一変していた。
火の手があがっていたのだろうか、消火装置が作動している。
「おじさん!」
シンクはぷかぷかとこちらに向かって流れてくるエイミの父親に呼びかける。
「おじさ――」
そう言いかけて、シンクは愕然とする。ノーマルスーツのフェイスガードは割れて、顔は焼け爛れていた。これでは人物の特定は難しい。完全に絶命していた。
「シンク、どうしたの?」
後ろからエイミの声がした。辛抱しきれなくて出てきてしまったようだった。
「……ノーマルスーツは着たのか?」
「うん。でも、ぶかぶかで……」
本人の言うとおり少しサイズは大きいようだが、行動に支障はなさそうだった。
「ところでお父さんはどこ?」
「おじさんなら経路を確認してもらうために先行してもらった」
シンクは咄嗟にウソをつく。
「そうなの。じゃあ、あの人は?」
エイミの目線の先には、シンクがエイミの父親かもしれない人物がいた。
「どうやら、さっきの爆発に巻き込まれたみたいなんだ」
「そんな……」
エイミは悲壮な表情を浮かべる。
「行こうか」
シンクは震えそうになる声と嘔吐感を抑えながら、その区画を後にした。