アーガマRが月を出航して一時間が経過した。
ちょうどその頃、アイラとシンクはJとともに別行動をとっていた。
Jはロケットブースターがとりつけられた《ゲタ》とドッキングして、いつでも射出できるようにカタパルトに固定されていた。
「アークジオンは本当にアーガマRを襲ってくるのかな?」
シンクが独り言のように呟く。
「私は襲ってくると思うわ」
「根拠は?」
「一つに敵は補給路が確立されているということ。二つ目にはアーガマRに対して物量で攻められることがあげられるわ。物量を最大限に生かそうとするなら、L1宙域からL5宙域間のデブリもなにもない空間を利用してくるはずよ」
なにより、アーガマRにとってつらいのは援軍が期待できないということである。
地球連邦軍はアークジオンからの宣戦布告を受けて、体勢を立て直す必要があった。
先の大規模な戦闘演習でヴラシオには多くの艦隊が集結していたのだが、奇襲と反乱のせいで駐屯していた艦隊の七割以上を失うことになってしまったのである。
出鼻を完全にくじかれた連邦は、アークジオンに対して有効な決定打をあたえるだけの物量が不足していた。
結果、連邦は艦隊の体勢を立て直す必要に迫られ、その間の時間稼ぎをする必要があった。アーガマRとはそのための戦艦なのである。
つまり、いまの連邦軍にアーガマRへ救援を送る余裕など欠片もないのだ。
「それにこの宙域なら奇襲もやりにくいし、ダミーでの攪乱を誘うのも難しいわ。小手先の作戦が通じない相手には、自ずと正面突破しかなくなる。そうなった場合、物量で押しきられれば私たちに勝ち目はない」
デュランはそれを睨んで、Jに別行動をとらせたのである。
「間もなく出撃よ」
JはアーガマR出航後の一時間後に月から出撃することになっていた。
「カウントを開始。十秒前」
シンクがカウントを数える。
「――三、二、一、発射」
ロケットブースターが点火されJはカタパルトから射出される。
月の重力圏を抜けるとロケットブースターは取りはずされ、アーガマRとの合流地点にあわせて進路をとる。
「たしかにこちらも十分に補給する時間がもらえたけど、それはジオンにも時間をあたえたということよ。それが吉とでるならいいんだけど」
「見ろ! 戦闘がはじまってる」
シンクが向ける視線の先には、閃光が飛びかっているのが見えた。
「敵の動きが予想以上に早いわ」
アイラは悔しげに舌打ちする。
Jは進行速度を速め、閃光の方向へ進む。
今回、Jが別行動をとったのは戦略と呼べるほどの理由はない。どのみち正面突破しか選択肢はないのだ。つまり、Jに別行動をとらせることによって、敵の動揺を誘うことが目的なのである。といっても、それで敵の動揺が誘えるのか自体は不確かであり、むしろ少しでも突破する確率をあげられればラッキーだという程度のものであった。
「ヴェスバーを使うわ。ギリギリまで敵をひきつけるわよ」
Jが右肩に収まっていたヴェスバーをセットする。敵機との距離が縮まっていくに従って、敵機が照準に収まっていく。
「当たれ……!」
シンクのかけ声とともにヴェスバーの砲身から、高速のビームが発射される。しかし、ビームの軌道は敵機から大きく逸れてしまう。
理由は発射の瞬間に機体がぶれたせいである。原因は発射時において左肩に取り付けられたバランサーが誤作動をおこすせいだった。
つまり、ヴェスバー発射時において、姿勢制御を一時的にマニュアルで運用する必要ができたのである。
「敵がこっちに近づいてくるわ。今度ははずさないでよ!」
アイラが檄をとばす。
「わかってる!」
照準がこちらに向かってくるバルバールを捉える。
バルバールはビームシールドを張りながらこちらに接近してくる。ビームライフルの攻撃を牽制するためだろうが、シンクは構わずにヴェスバーを発射した。
放たれたビームの閃光は敵機へ一気に迫り、ビームシールドごと敵を打ち抜いた。
その出来事にジオン軍の動きが一時的に鈍る。ヴェスバーの威力に動揺したのである。
「新型……? いや、あれは白い奴にちがいない。だったらいまのは新兵器の仕業か?」
バスティアは、戦艦の主砲並みの威力を持った兵器を扱うJというモビルスーツに戦慄をおぼえた。
――ニュータイプ。
そんな言葉を思い出して、バスティアはすぐにその考えを否定する。それを認めてしまうと負けを認めてしまうのと同義だ。そんなことはないと頭の中で何度も言い聞かせる。
「しかし、この新型のエグゾセならば、白い奴をしとめられるはずだ!」
バスティアはJに向けて、黒光りする新型機で疾駆する。
エグゾセは、アークジオンの指揮官、エースパイロット用に建造されたモビルスーツであった。ヴラシオ攻略戦までに、開発が間に合わなかったものが、ようやく完成したのである。
特徴は背中にとりつけられた《シェルフ・ノズル》であろう。黒塗りのボディと頭の尖角が厳めしさを演出していた。
バルバールにはハードポイントが四肢の各所に設けられており、豊富なオプション装備を取りつけることで、様々な戦局に対応できるように設計されたのに対し、エグゾセは接近戦に重点をおいた設計がなされた。ハードポイントを排除したのは、より高性能を追求するためのものである。
「白い奴、沈め!」
エグゾセとJののビームサーベルが交錯する。エグゾセは格闘戦に重点を置かれて設計されただけあって、Jにパワー負けせずに踏ん張りを見せていた。
現在、生存が確認できるアトラス隊の機体は、バルバールが四機とバスティアの駆るエグゾセのみである。もともと六機であったものが、先ほどの戦いで一機落とされたのだ。
それは結果として、アーガマRを攻め押しできない状況を作りだしてしまっていた。
せっかくのエグゾセもJに釘付けされ、戦いの中心からはずれることを余儀なくされており、四機のバルバールはヘビーガンカスタムを相手に苦戦を余儀なくされていた。
「いいか。数ではこちらが不利だ。とにかく敵に背中をとられないように牽制しろ。とにかく時間を稼げ!」
それがデュランの指示である。
アトラス隊の失敗とは、Jというモビルスーツに警戒しすぎたことであった。それが当初三機いたヘビーガンに対し、深く踏み込めず、戦いを長引かせてしまったのである。
そしてJのヴェスバーの威力がアトラス隊全体に、Jに対して警戒感を強めてしまったのである。
数で勝るバルバールの部隊であったが、相手が懐へ飛びこませてくれないせいで、牽制しあうしかなかった。ビームシールドを貫通してしまうほどの威力をもった兵器の存在が
バルバールのパイロットたちに大きなプレッシャーをあたえていた。
両陣営の問題は、攻めの起点が欠けていることである。このバランスを崩すにはJかエグゾセのどちらかが両陣営に戻ることが必要であった。
つまり、この戦局はJとエグゾセの勝敗を決することが不可欠であるということであった。
「あの新型が執拗に食らいついてくるのは、ヴェスバーを警戒してのことね」
アイラはエグゾセの行動をそう分析した。アイラとしてもヴェスバーはできれば、敵と離れて使用したいところだが、それ以上に彼女としてはモビルスーツの格闘戦は臨むところであった。
「シンク、頭部のバルカンで牽制して!」
Jからバルカンが発射される。その威力はエグゾセに対して決定打にはならないが、それでも距離をとることには成功する。
且つヴェスバー兼補助スラスターがJの瞬発力を高めており、それが格闘戦で遺憾なく生きた。
「この!」
アイラの叫びとともに白熱するビームサーベル。そのJの動きにバスティアの反応が遅れる。
「化け物め!」
バスティアが応戦する。エグゾセなら格闘で負けることはないという自負が、Jと真っ向勝負させる決意をさせたのだ。
このときバスティアにとって不幸であったのは、彼がエグゾセという機体に十分に慣れていなかったことであった。それが《シェルフ・ノズル》の不調に気づくことを送らせてしまったのである。
ノズルの調子が十分でないために、エグゾセは得意であるはずの格闘戦で性能を出しきれなかった。
エグゾセの斬りこみは、切り払われ、そして空いた腹にJが蹴りをいれる。
「おおっ!」
エグゾセのコクピット内が大きく揺れる。先ほどの蹴りで、機体がバランスを失ったせいである。
バスティアは、体勢を立て直すために機体に逆噴射をかける。しかしJはその隙を見逃さなかった。すかさず、エグゾセに狙いをつけビームライフルを放った。
一撃目ははずれ、二撃目がエグゾセの脚に直撃する。そのせいでエグゾセは姿勢を保つことがより困難となってしまった。
どちらにせよ脚を失った段階で、Jと互角に戦うのは絶望的だった。その事実にバスティアは、悔し涙を流すのであった。
「サイキ小隊の援護にはいるわよ」
アイラはそう言って、Jのビームフラッグを広げる。
それはデュランたちに対して、これから救援に向かうというサインであった。
Jが加わったサイキ小隊は、バルバールの部隊に対し反撃を開始する。
バルバールの部隊が全滅したのは、それから間もなくであった。
バスティアは、アトラス隊のモビルスーツ部隊で唯一の生き残りになってしまったのであった。