シンクが目隠しされて連れてこられたのは、どこかの工場のようであった。といっても、オイルの臭いと建物の簡素な造りから推測しただけのことなので、断定はできない。
「……知らない。俺はあの戦艦とは無関係だ」
何度同じことをいったか、シンクは先ほどからその言葉を繰り返していた。そして、そのたびに顔を殴られ、腹を蹴られる。痛みに耐えきれず失神しそうになったら、水をかぶせられた。
衣服ははぎとられ、シャツとパンツしか着させてもらっていない。コロニーの季節設定が初春なのか、夜というのも手伝ってとても寒い。しかし、手足を椅子に縛りつけられてるせいで、身動きなどとれるはずもない。だからシンクはされるがまま拷問にあっていた。
「おねんねは、まだ早いぜ?」
男の一人がシンクの髪を掴んで、強引に顔をあげさせ、たばこの煙を吹きかける。それにはたまらずシンクは大きく咳きこんでしまう。
「俺らはまだまだ坊主とお話をしたいんでね」
この拷問がはじまって一時間が経過している。シンクにはもはや抵抗するような体力は、残されてなかった。
少女はその場面にいることが耐えきれなくなり、そっとその場を離れた。
「シャルナさんには、刺激が強かったですかね?」
後ろからオズベルトが追いかけるようにして、話しかけてくる。
「見ていて、気分のいいものじゃないわね」
「俺たちだって、好きでやってるワケじゃないってことは、理解してもらいたいですね」
「わかってるつもりよ」
「大の大人が一人の子供を囲んで一方的になぶるなんて、仕事だといわれなければやれませんよ」
そうやって割り切れてしまうのも人の業だろうか、ふとシャルナはそう思った。
「それでオズベルトさんは、彼についてどう思います」
「白か黒かといわれれば、黒でしょうな。ただの民間人と言い張るなら、あそこまで口を閉ざすのはかえって不自然です。なにかの機密を握ってる可能性はあります」
「彼が私たちの存在をかぎつけてきたという可能性は?」
オズベルトから何枚かの書類が挟まれたファイルが手渡される。
「先ほど、コロニー公社から流れてきた、あの坊主の経歴です。見てもらえればわかりますが、あの坊主は戦艦を降りて、連邦軍からコロニー公社に保護を委譲する予定だったようです」
「つまり私たちがここでやってることを、連邦に嗅ぎつけられたワケじゃないということね」
「ええ。あの坊主は白です」
「じゃあ、私たちは冒さなくていいリスクを冒したわけね」
そのうえであの拷問だ。こちらになんの利益があっただろうかと、シャルナの口からため息がもれる。
「ところがそうでないんですよ。あの坊主の両親はジュピトリス7でモビルスーツ開発の第一線にいたそうでね。白いモビルスーツについてなにか知ってるかもしれんのです」
「それをいま、吐かせようとしてるのね。ところで彼、あのままだと死ぬんじゃない?」
「拷問というのにもそれなりにコツがあるんですよ」
オズベルトは、そういってニヤリと笑ってみせる。
「だが、そろそろお開きにしないとな。おおーい、そろそろ撤収するぞー!」
オズベルトの呼びかけで、拷問はやめになった。
シンクを縛っていた縄がほどかれると、彼はすぐに昏倒してしまった。
「大した小僧だぜ。最後まで口を割りやがらなかった」
一人の男がふとつぶやいた。
―◇◇◇―
「目が覚めた?」
シンクが目を覚ますと、目前にはあの少女がいた。相変わらずぶかぶかの半袖シャツ姿だった。髪が濡れて、シャンプーの芳香が漂ってくるのを思うと、どうやらシャワーをあびた後のようだった。
「ここは……?」
「あなたが昨日、最初に連れてこられた部屋よ」
「ああ……」
「あなたには呆れさせられたわ。なんでもいいから言ってしまえばよかったのに。そうすれば、あそこまで長引くこともなかったのよ」
「知らないものは、知らないんだ」
シンクは少女から顔をそむける。
「私はもともと地球生まれなの。父は連邦議会の議員で、家もそれなりに裕福だった。父が休暇をとった日には、母と私を連れて大きな湖に連れて行ってくれたわ。一番楽しかったのは、近所の友達とキャンプに行ったときだったわ。その中に好きな子がいてね。隣でなにを喋ろうかってずっと考えてた……。
でも、そんな幸せな日々がある日終わったの。父は当時、ハウゼリー・ロナの派閥に属していたわ。父はハウゼリー・ロナとは親交が深くて、ハウゼリーの片腕として活躍してたそうよ。だけど、ハウゼリー・ロナが暗殺されると、ハウゼリー派の議員が一斉に排除されはじめた。その抵抗派として父が矢面に立ったんだけど、父は銃殺された。それで抵抗はいっきに収まったそうよ。その後に母は過労死、身寄りのない私は宇宙に追いやられた。そんな路頭に迷っていた私を拾ってくれたのがアレンだったわ」
「……なんでそんな話を俺にするんだ?」
「さあ、私にもわからない。あなたにこんな話をしてもまるで意味なんてないのにね」
少女はどこか寂しそうな笑顔を見せる。
シンクは、自分があれほど意固地になっていた理由がわからなくなっていた。
ジュピトリス7での生活、家族、エイミのこと、かつて目の前にあったはずの生活が思い出になってあふれてくる。
それを考えだしたら、幾度となくモビルスーツで戦い抜いてきたこと、そして拷問にあったこと、そのとき感じた恐怖感というものがいまになって、まとめて込みあげてくる。
抑えてきた思いが一気に決壊したのだ。
気がつけばシンクは、泣きじゃくっていた。
「ど、どうしたの?」
少女は驚いたように訊ねてくる。しかし、シンクは声がでなかった。ただ、子供のように大泣きしていた。
少女はなにもいわずにそっと優しく、シンクを抱き寄せた。
シンクは泣きやむまで、少女の胸の中でずっと泣いていた。
―◇◇◇―
あれから三十分ほどが経過していた。シンクは顔を羞恥で赤面させていたが、それを少女に見られるのがいやで、背中を向けていた。後ろでは少女が大笑いをしている。
「そんな笑うことかよ」
怒りで声を震わせながら、シンクは少女を振り返る。
「だって、あれだけ大泣きしておいて、いまさら恥ずかしがってるんだもの。おかしいに決まってるわ」
そういって少女はまた大笑いをはじめる。シンクは怒りと羞恥で、なにを言い返していいかわからず、舌打ちをした。
「とりあえず顔を洗ってきたら? 鼻水とよだれがすごいわよ」
少女がタオルを差しだすと、シンクは黙ったまま受けとり、そのまま洗面所へ向かった。
シンクは洗面台を水一杯で満たして、顔をダイブさせた。ひんやりした水は心地よく、熱した頭を冷ましてくれるようだった。
「気分はどう?」
後ろから声をかけられ、シンクは顔をあげる。鏡に目をやると、そこにはシンクと、その後ろには少女が笑みを浮かべて立っていた。
「……なんで、君はこうも俺に踏みこんでこれるんだ?」
「それをさせたのはあなたよ。あなたが私の中に踏みこんできたから、私はあなたに興味を持ったの」
シンクはタオルで顔を拭いて、少女に向きなおる。
少女の胸元が濡れているのは、そこで自分が泣きじゃくっていた証拠だ。そう思うと、気まずさと羞恥が一気に立ちのぼってくるのを感じた。
少女は撫でるように手を差しだして、シンクの顔に自分の顔を近づけて――そして、シンクと唇を交差させた。
シンクは目をしばたたかせながら、体を硬直させるしかなかった。
「……ごめんなさい。状況が変わったの」
少女は唇を離して、囁くようにつぶやく。そこには先ほど浮かべていた笑顔は、すでに消えていた。
「なんのことだ?」
「あなたとはここでお別れよ。永遠に……」
その言葉とともに、シンクを睡魔が突如として襲ってくる。そういえば、先ほど少女の口から、なにか液体が流れこんできたのを思いだした。
「大丈夫よ。あなたに飲ませたのは、即効性の睡眠薬だから」
シンクの意識は朦朧としていき、やがては床に膝をついてしまう。このまま倒れこんでしまうのは、時間の問題だった。
「ごめんなさい。私ってこういう女だから――」
シンクの意識はそこで途切れた。