「ケネスとソールがJで出撃した!?」
マウロの告白に、エイミは驚嘆の声をあげる。隣のユーナは今にも卒倒しそうなくらいに、顔が青ざめた。
「う、うん。俺たちのほうがシンクより、役に立てるってことを証明してやるって、躍起になって……」
「だからって、ソールまでケネスの口車に乗ることないでしょう!?」
エイミがすさまじい形相で、マウロに掴みかかる。
「そんなの知らないよ! 僕はいわれるままにやっただけだ!」
「そんなのいいわけにならない!」
エイミはマウロを掴んでいた手を離し、ユーナに向きなおる。
「ユーナさん、どうしよう?」
「どうしようって、二人はモビルスーツで出撃してしまったんでしょう……」
ユーナは沈痛な面もちでうつむく。この状況でどうすればいいのかなど、こちらが聞きたいくらいだった。
「ぼ、僕は悪くないぞ。僕はケネスには逆らえないだけなんだから……!」
その言葉にエイミは怒りのこもった視線とともに、マウロに掴みかかる。
「いまはそんなこといってるときじゃないでしょ! いまは仲間の命がかかってるときじゃない。そんなときに責任転嫁? あんたってホントに最低よ!」
そうまくし立てて、エイミは泣きだしてしまう。
その姿を見て、好きな女の子を泣かせたという、自責の念がマウロを襲う。
「ぼ、僕はどうしたらいいの、ユーナさん?」
「私に聞かれても困るわ……。とにかく、私はブライト艦長に掛け合ってみるわ。皆は部屋で待機してて」
ユーナはそう言い残して、ブリッジの進路を進む。
残されたのは泣きじゃくるエイミとマウロ、そしてきょとんとしたままのティーロとメロディだった。
「こ、ここにいてもしょうがないみたいだしさ。みんなで部屋にいようか?」
マウロはここぞとばかり、エイミに手を差しだす。ここでマイナス評価を少しでも払拭しておきたいと思ったからである。
「……決めた!」
いきなり泣きやんだエイミは、マウロの手をはね除ける。
「へ?」
「ティーロとメロディの面倒は任せたわ」
「エイミは……?」
「私、行くところがあるの」
エイミはそういって、その場から退場してしまった。
「そ、そんなあ……」
後に残されたマウロは情けない声をあげて、ガクリとうなだれる。
「マウロはお腹が痛いの?」
メロディの心遣いが胸に沁みるのを感じた。
――◇◇◇――
エイミはアイラを見つけると、急いで駆け寄る。エイミが近寄ると、アイラは不機嫌そうな表情をよりいっそう強くする。
「なにか用?」
「そっちこそ、アーガマRを降りてどうする気?」
「いま、アーガマRに私の乗る機体がないのは知ってるでしょう。だから、フロンティア4に配備されているモビルスーツを借りるのよ。幸い、パイロットの決まっていないヘビーガンとGキャノンが一機づつ配備されているわ」
「それを使わせてもらうのね?」
「そうよ」
アイラは港に降りると、人目を気にするようにコソコソしながら、モビルスーツデッキへ向かう。
「なんで、あんたがついてくるのかしら?」
「借りるのに、なんでコソコソしながら動きまわらないといけないの?」
アイラがキッとエイミを睨む。しかし、エイミはそんな視線に動じることなく、アイラを見据えている。
「……しょうがないでしょう。黙って借りるんだから」
「許可はもらってないの!?」
信じられないという風に、エイミは声をあげる。
「正式な手順を踏んでたら、待ってられないんだから」
それがアイラの言い分であった。
港にはすぐに出撃できるように、モビルスーツが二十機収納できる、デッキをつくってある。そして非常時にはそこからコロニー防衛を目的として出撃するわけである。
「……まだ、大半がジェガンタイプね」
デッキにはずらりとモビルスーツが並んでいる。アイラのいうとおり、並んでいるのは八割方がジェガンタイプで、ヘビーガンなどの小型モビルスーツはきわめて少なかった。アークジオンの宣戦布告で需要が高まったのだが、例によって供給のほうが追いついてないせいで、世代交代が完了してないのである。
「見て、一番端っこにあるのがパイロットのいない機体よ」
アイラが指さす先にヘビーガンとGキャノンが並んでいた。
「他のパイロットが来る前にさっさと乗らないと。で、あなたはどうする気?」
アイラはエイミに問いかける。
「シンクを捜したいの。だから――」
「戦う意志のない人間になにを求めるっていうのよ。私はいやよ。シンクを捜すために貴重な時間を割けないわ」
「そんな……一緒に戦ってきた仲間でしょ?」
「おあいにくさま。私、あなたたちと馴れあいをする気なんてないから。あんたも死にたくなかったら、さっさとアーガマに帰りな」
それだけ言い放つとアイラはGキャノンに乗りこんでしまった。
「薄情者!」
エイミがそう叫ぶと同時に、Gキャノンは飛び立ってしまった。
「いったい、どうすれば……」
とはいっても、このままでエイミも終わるつもりはない。シンクを捜しにいくという決意は、一人でもやり遂げるつもりだった。
この状況で頼れる人間はすでに限られている。となれば、エイミが真っ先に思いつくのはシンクであった。
「自分でどうしようもないからって喚いたって、どうしようもないんだ。だったら、誰かに助けを求めるほうがよっぽどいいはずよ」
エイミはヘビーガンを見上げて、つぶやいた。
――◇◇◇――
フロンティア4が朝を迎えたほど――
シンクの目覚めは、バケツの水を体全身にあびたことからはじまった。
跳ね起きたシンクの前にいたのは、このアパートの大家と思われる四十代くらいの女性だった。その表情は泣く子も黙るという形容が正しいものであった。
どうやら、前もって立ち退くという手続きは終えていたようで、朝の掃除を兼ねて、この部屋に確認しにきたところ、シンクが寝ていたというのである。
さっさとでていかないと警察に突きだすといわれ、シンクは服を引っつかんで、慌ててアパートを飛びだしたのだった。
「ったく、人の話くらい聞いてくれてもいいのに……」
そういい終えてシンクはくしゃみをする。初春の朝を濡れた体で駆け抜けるのは、まだ寒い。
テスのパン屋と書かれた看板の前を通ると、そこからパンの焼ける芳しい香りが漂ってきた。そこでシンクは昨夜からなにも食べてないことを思いだした。
まわりを見ても、店が開いたりするのは、まだまだ先だということが、シンクの腹の孤独をよりいっそう強くした。
「惨めなもんだな……。一人で生きてみせるって、意気込んででていったら、腹をすかせてるだけなんてさ」
シンクはそんな自分の姿を悔しく思った。
アーガマRに乗りこんでからフロンティア4につくまでの道程――それでもシンクは仲間のために頑張ってきたつもりだった。しかし、それを調子に乗ってるだけとい
われて、アーガマRに残るのが耐えきれなかった。
「そういえば、彼女の名前を聞いてなかったな……」
そうシンクが独りごちたときだった。
上空を三つの人影が飛んでいくのを確認したのである。あの大きさからしてあきらかにモビルスーツの機影であったが、それにしては連邦軍のものとは違うように感じた。
「なんだ?」
そのつぶやきはけたたましい警報音にかき消される。
『空襲警報、空襲警報、市民の方は速やかにシェルターへ避難してください。繰り返します――』
その警報とともに静だった街は一気に騒がしくなる。人が一斉に起きだして、外にでてきたからだ。あまりに慌ててたか寝間着のままでてくる人間も少なくなかった。
シンクは市民が動きだすより早く、その場を駆けだした。パニックが起きる前にこの場所から離れるべきと判断したからだ。
「おい、コロニーから空気が漏れてるって話は本当か!?」
「さっき、河に穴が空けられたって……!」
シンクはそんな喧噪を傍目に横切っていく。
「見ろ、連邦のモビルスーツだ!」
「なんだ、あの動き? 乗ってるのは素人か?」
シンクは上空をフラフラ飛んでいるヘビーガンを確認する。素人目から見ても酷いといえる操縦は、凶器にしか思えなかった。
「誰が乗ってるんだ?」
シンクは、できるだけ広い場所を探しながら通りを走る。うろ覚えだが、この近くにハイスクールがあったはずだった。
ハイスクールにつくと、屋台やら舞台がずらりと並んでおり、まるで催し事の準備を しているようだった。どうやら、その準備があったのか、学生らしき影もちらほらと見かけた。
シンクはいまから逃げだそうという、作業着を着た少年を捕まえる。
「取り込み中のところ悪いけど、なにか――打ち上げ花火みたいなのはないか?」
「打ち上げ花火? いまはそれどころじゃ」
「わかってるよ。あのヘビーガンがどこでも落ちられたら困るじゃないか」
「そりゃ、そうだが……」
少年は戸惑いながらも、同意する。
「だったら、グランドから人を退去させないと」
「そうだな。マイクかなにかあるのか?」
「舞台の方に……、今日使うはずだったから、電源を入れてくれれば」
「打ち上げ花火はまかせていいのか?」
「ああ、なんとかやってみる」
シンクが動きだすとともに、少年も動きだした。
シンクは舞台の傍にある拡音機を手にとり、警報音を鳴らす。それに驚いた学生たちは、喧噪を停止させる。
『これよりモビルスーツがこのグラウンドに不時着する。グランドにいる者は速やかに避難すること。繰り返す――』
シンクがいい終えると、今度は少年が数人の学生を引き連れてこちらにやってくる。
「打ち上げ花火を拝借してきた」
「じゃあ、悪いけど早速頼む」
シンクがそういうと、少年はうなずいて、すぐに行動を移す。
打ち上げ花火を一つあげる。敵機が気づいて、こちらに向かってくるのではないかという心配もあったが、コロニーの中は思ったより静かなものだった。どうも戦闘はコロニーの外に主軸がおかれてるのではないかと、シンクは思うのであった。
その打ち上げ花火に気づいたヘビーガンはたどたどしいながらも、グランドへ向かってくる。前倒しになりながらも、不時着できたのは、正直奇跡としか思えないものであった。
「まったく、ひどい操縦しやがる」
少年と一緒にいた学生の一人がぼやく。
コクピットハッチが開くと、中から現れたのは、シンクがよく見知った少女であった。
「エイミ?」
「シンク……!」
エイミは感無量という表情で、シンクに抱きつく。
「なにがあったんだ? なんでお前がモビルスーツなんかに?」
「ケネスとソールがJに乗って、出撃しちゃったのよ。それで私どうしたらいいのかわからなくて……。もう頼れるのはシンクだけなの!」
「でも、俺は……」
難色を示すシンクにエイミの平手打ちがとんだ。
「なに情けないこといってるの! シンクはアーガマに必要な人なんだよ。だったらもっと自分に自信を持てばいいじゃない! ここまでみんなで頑張って来れたのに、いちばん頑張ってきたあなたが途中下車するなんて、シンクはそんなのでいいの?」
エイミは目に涙をいっぱいにためて、シンクを見た。
「いいわけないだろ。アイラは口うるさいし、戦争はイヤだけど、だからって逃げだしていいなんて思わない」
シンクはエイミを押しのけて、ヘビーガンのコクピットへ向かう。
「シンク……」
「エイミは避難警報が解除されるまで、シェルターに避難していろ。ケネスとソールは俺がなんとかする」
「うん」
「それじゃ、みんなも手伝ってくれて、助かったよ。悪いけどエイミのことも頼める
か?」
「ああ。わかった」
「頼んだ」
シンクはそういい終えて、コクピットのハッチを閉めた。
その後、少年たちがその場から離れるのを確認すると、ヘビーガンはゆっくりと飛翔しはじめた。
エイミは自分の大切な人を戦場へ送りださねばならないもどかしさを味わいながら、その場をあとにした。