ジュピトリス7が爆散したのを確認してから、二十四時間以上が経過しようとしていた。
「ユー姉、パパとママはいつになったら迎えに来るの?」
口を開いたのは最近六歳になったばかりのティーロ・アーバスである。普段はやんちゃな幼児だが、いまは大人しくユーナ・ナリタの膝の上に頭を預けていた。
「大丈夫。ユー姉といい子にしてればきっと迎えに来てくれるわ」
ユーナは、優しくティーロの頭を撫でる。
「ほんとう?」
ユーナを見つめるもう一人は、ティーロとは同年代の幼女であるメロディ・メルスである。いつもティーロの後ろをついて歩いてる姿が印象的だ。
ジュピトリス7にいたときから、この二人の面倒をしょっちゅう見ていたユーナは、ソールと同年代というのも手伝って、二人の世話役という役割についていた。
「ええ。ホントよ」
ユーナは微笑を浮かべてメロディの頭を撫でる。メロディはくすぐったそうに、ユーナの膝の上に顔をうずめた。
しばらくして二人が寝たのを確認すると、ユーナは小さくため息をついた。人前で笑顔を振りまきながら、疲れていないフリをするのは得意な方であったが、それにも限界があった。
こうやって静寂の満ちた部屋に一人でいると、いやでもはぐれた家族や友人たちのことが思い浮かんだ。あの爆散したジュピトリス7から無事に逃げられたのか。それが気がかりになって一睡もできないでいた。
「ここにいるのはあなただけ?」
厳しい顔をしたアイラが腰まで伸ばした赤髪をなびかせて入ってくる。かなりきついもの言いをするので、ティーロたちが目覚めてしまわないか心配になった。
「二人が寝てるの。お話があるなら外にでましょう」
アイラは「わかった」と言って外にでる。ユーナもティーロたちをベッドに連れて行くとアイラの後を追った。
「……この輸送船がどこに向かってるか教えてはもらえないの?」
アイラは教えてよいものかどうか咀嚼するように思考する。
「ジュピトリス7から脱出したスペースボートたちは合流して、この輸送船とは別ルートを航行してるは確認してるわ。そのことの説明が少しくらいあってもいいんじゃないかしら?」
「心配しなくても、あなたたちは一時間後には保護される予定よ」
「どういうこと?」
「現在L2宙域――サイド3付近では連邦軍による演習が行われているわ。この輸送船は、その演習艦隊と合流するのよ」
ユーナはその報告を吉報と受けとっていいのか迷った。
「ユーナ……だったわね。あのシンクって子がどこにいったか知らない?」
「シンク――ああ、機械好きのあの男の子ね」
それがユーナがシンクに対して持っていた印象であった。
「他の連中はデッキに張りつかせてるんだけど、彼の姿だけが見当たらないのよ」
「彼といつも一緒にいる女の子がいたでしょ。その子はなにか言ってた?」
「その子がなにも知らないって言うから、こうして探してるんだけど」
「ごめんなさい。私は協力できそうにないわ」
「そう。取り込み中のところ悪かったわ」
アイラはそれだけ言い残して、ユーナに背を向けて去っていった。
――◇◇◇――
ジュピトリス7の撃沈した原因がモビルスーツの襲撃によるものだと聞かされれば、シンクは動揺せざるをえなかった。
そのモビルスーツは連邦でも未確認の機体で、ジオンの残党ではないかという憶測も呼んだが、実際のところはなにもわからないということであった。
だから適当なところで、海賊が襲ってきたということで、皆は納得していた。
シンクがもっとも許せなかったのは、連邦軍の看板を背負ってるだけの少女の言い分をあるがままに聞き入れてしまっている輸送船の乗組員たちだった。
ジュピトリス7という閉塞感のある空間の中で生活することになれてしまった人々は、享受することに満足してしまって、自らが持つ行動力というものを殺していった。そうなってしまうと、そこで暮らす子供たちも必要以上に箱入りになってしまい、各々は利己的になって、コミュニティは四散する。そんな空間は社会にとってストレスにしかならない。
シンクという少年はそういった態勢とそりが合わなくて、ジュピトリス7での生活にいつも苛立ちを覚えていた。だからか、ジュピトリス7で生活している子供たちは年齢が上がるにつれて、受動的なっていったのに対して、シンクという少年はもっと主体的になっていった。
彼の言い分とは、いつ謎のモビルスーツが襲ってくるかわからない状況で、人の指示などをいちいち仰いでいたら命がいくつあっても足りないので、自衛の手段を見出すべきではないかということであった。
しかし、年長のソールがその提案に二の足を踏んだのを見て、シンクは一人で行動することを決断したのであった。
そしてシンクはいま格納庫にいた。
「モビルスーツ?」
シンクの面前に横たわっているのは、その単語が示すとおりのものだった。
純白のボディに頭から生えてる二本のアンテナが特徴的である。
「親父たちは、ジュピトリス7でこいつを作っていたのか」
シンクはコクピットのハッチを開けて操縦席を覗く。
モビルスーツのコクピット内は、操縦席が二つあるという見たことのない構造になっている。操縦席は副座があるせいで若干狭苦しく感じるが、操縦する分には問題はなさそうだった。
はじめて触れるモビルスーツだったが、両親の目を盗んで開発しているモビルスーツのデータをしょっちゅう閲覧していたのがこういうときは役に立った。
「たしか、これが主電源だよな」
そう言ってシンクはスイッチをオンにする。すると正面のディスプレイが光り、全天周囲モニターがコクピットの外の光景を映しだす。
「燃料は十分にある。稼働時間に支障はなさそうだ」
はじめていじるモビルスーツの感触は、機械好きであるシンクの好奇心をおおいに刺激させた。
「いないと思ったらここにいたのね……」
呆れた表情を浮かべ、コクピット・ハッチの前に立っていたのは、ノーマルスーツを着込んだアイラだった。
「勝手な行動は謹んでもらいたいものね、シンク・アルファードくん」
「アイラ・ハイヤーム伍長がここにいるってことは、出撃するってことかい?」
シンクはアイラの高圧的な態度に苛立ちを覚えた。皮肉気な態度で臨んだのはそのためである。
「あなたが探検ごっこをやってる間に状況が変わったのよ」
「なにかあったのか?」
「とにかく、モビルスーツから降りてもらえるかしら」
「……わかった」と言って、シンクは不承不承うなずく。
コクピットを出ると、アイラはなにも言わずにノーマルスーツを投げて寄こす。
「それに着替えたら、あなたもモビルスーツに乗り込んで」
「俺も乗るのか……?」
「そのためにあなたはここに来たんじゃないの?」
そうなのかもしれないと、シンクは心中でうなずいた。
「それにこのモビルスーツが二人乗りなのは見ればわかるでしょう?」
「こいつの力を十分に発揮してやるには、それが必要だってことか」
「そういうことよ」
アイラは無感情に同意して、コクピットに乗り込む。シンクもノーマルスーツに着替えると、それに続いた。
「主座でモビルスーツのモーションをコントロールして、副座の仕事は射撃と索敵よ。いいわね?」
「ああ……」
格納庫のハッチが開いて、モビルスーツを固定していたジョイントが外れる。
シンクは宇宙空間に放り出されたような、疎外感を味わっていた。