グレイグは二機のバルバールが退却していくのを確認すると、すぐに軍を引きあげようとしていた。
「あの少佐、避難民の救助はよろしいのですか?」
「そのために何名かを残しているはずだがな」
「たった十名も満たない訓練兵だけで、行えといわれるのですか?」
「諄いな。私の決定が不服なら、君は残ればよい」
訓練兵はそういわれると「わかりました」とだけ言い残して、避難所のほうへ踵を返した。
「避難民の命を助けたところで、誰も感謝などしてくれんというのにな」
コロニー公社からいわせれば、避難民の受け入れなどはしたくはない。生活に困窮した避難民が犯罪者になって治安の乱れの要因になる。仮設住宅が市民街から離れて、軍事関係の拠点の近くに置いたのはそんな理由があったのだ。
なにより老人や子供など労働力として見こめない人材も決して少なくない。コロニー公社としても面倒を見るには限界がある。だったら避難民を戦闘に巻きこんで、その数を減らすほうがマシというものだ。グレイグはそう考えた。
グレイグには訓練生のやっていることが偽善的思えた。彼はフンと鼻を鳴らすと、そのまま避難所を後にしたのだった。
―◇◇◇―
シンクたちもバルバールが退却するのを確認すると、避難所の無事を確認するために地上に降りた。
ユーナはモビルスーツから降りると、すぐに知り合いの名前を呼びながら駆けだしていく。
避難所はすでに住居としての形跡を残しておらず、瓦礫の山が散乱しているだけだった。
その広い集落を動きのたどたどしい兵士が縦横無尽に行き来している。見たところ十名いるかいないか――こんな人数で避難所の救護にあたるなど絶望的だった。
「これじゃあなんのためにモビルスーツに乗って戦ったんだよ……!」
ケネスは悔しさのあまりに地面に拳を叩きつける。隣にいたソールも似たような表情で俯いている。
「子供がモビルスーツに乗ったからって、特別なことはできないんだ。だからって、なにもやらなかったらもっと辛いじゃないか。だから自分のやったことが無駄だったなんて思わないほうがいい。じゃないと死んだ人だって浮かばれないよ」
シンクはそれだけいうと、避難所のほうへ向かっていった。
自分になにができるかはわからない。だからといって、嘆いてばかりではしょうがない。いま必要なのは自分になにができるのかということだ。
それを理解したソールとケネスもシンクの後に続いた。
――◇◇◇――
ユーナは身動きをしなくなった友人の亡骸を抱えて、茫然としていた。
「今朝までおしゃべりしていたのに、こんなことになってしまって……」
いくら呼びかけても目を覚まさない友人を前に、ユーナは嗚咽を漏らした。
ふとそのときだった。
風の吹く音にまぎれて、赤ん坊の泣き声が聞こえた気がしたのだ。
「オルマ・サンクス……?」
ユーナはその泣き声に聞き覚えがあった。友人の亡骸をそっと地面に寝かせると、ユーナはその泣き声のほうへ向かっていった。
瓦礫の山を一つまたぎ、そしてときにはその間をすり抜ける。途中、瓦礫の隙間から腕だけが見えるときもあったが、それはできるだけ見ないように心がけた。火薬と血と肉の焼ける臭いに鼻がもげそうになる。そこにあったのは死の香りだった。
泣き声は少し開けた場所――瓦礫の下から聞こえてきた。
「待っててね」
ユーナは覚悟を決め、瓦礫をどけはじめた。
―◇◇◇―
その後、シンクたちと数名の有志が駆けつけ赤ん坊はすぐに救出された。赤ん坊をかばうようにして瓦礫の下敷きになった女性は、発見された時点で死亡が確認された。
「その赤ん坊が?」
ソールがユーナに訊ねる。いまは落ち着いたのか、赤ん坊はユーナの腕の中で寝息をたてていた。
「ええ。オルマ・サンクスというのよ」
「そうか……」
オルマの邪気のない寝顔は、殺気立っていたソールの表情を柔らかくさせた。
もう戦闘は終わったのに相変わらず喧噪は続いている。戦闘が終わったからといって、戦争が終わるわけではない。ユーナはそう実感した。