第三十七話『消えたアイラ』
アークジオンの襲撃から三日が過ぎようとしていた。
あれからアーガマRは避難民の救済のために、コロニー内で活動にあたった。その甲斐もあって瓦礫は一通り撤去されて、整備されつつあった。死傷者も多く、もとの活気というわけにはいかないが、それでも平穏さは取り戻しつつあった。
コロニーの夜が訪れたころに、シンクはアーガマRのカタパルトデッキの上で一人食事をとっていた。ノーマルスーツを着ているのは、先ほど偵察から帰還したばかりだからである。
「シンク、こんなところにいたんだ」
振りかえると声の主はエイミであった。その両手に食事が抱えられており、シンクになんの了解もなしにシンクの隣を陣どった。
「どうかしたのか?」
「この三日間、しょっちゅう偵察にでてるでしょ?」
「そうだったかな……」
「話しかけてもうわの空だったりするし。ひょっとしてアイラのこと?」
そういわれてシンクのフォークを握る手の動きが止まった。
実は三日前の戦闘以降、アイラは行方知れずになっており、彼女が乗っていた機体――F91も発見できていなかった。なかには敵機にパイロットごと持ち去られたのだという者もいるが、実際のところはよくわかっていなかった。ただ、それらしきものを見たという噂と、機体が撃墜された形跡などがないという、不確定要素だけが残っていた。
「……シンクはアイラのことが好きだったの?」
エイミは震える声でシンクに訊ねた。それを聞くには彼女にとって、とても勇気のいることだったのだ。
「さあな。そんなこと考えたこともなかったよ」
「じゃあ、なんでそこまでしてアイラを真剣に探してるの?」
「なんでだろうな。実は自分でもよくわかってないんだ……」
自分が情慕に突き動かされてアイラを探しているわけではないのは、わかっている。シ
ンクはアイラとの問題意識のズレをわかっていたし、それが共有できるものでもないという自覚があった。お互いに歩み寄る機会がなく、一緒にいるだけだったなら、それは他人と変わらない。シンクとアイラが唯一共有できていたのはJというモビルスーツのなかにおいてのみだったのである。
「アイラ、帰ってくるといいね」
エイミが暗くなったコロニーの空を見あげる。
「ああ」とシンクは生返事をしながらも、一方では「アイラはもう帰ってこないかもしれない」という予感が胸中に渦巻いていたのだった。
第三十八話『ジュピトリス7にさよならを』
フロンティア1にアーガマRが滞在して一週間が過ぎようとしていたころに次の指令が舞い込んできた。
『コンペイ島宙域に向けて、大規模なアークジオンの艦隊が展開を確認。アーガマRはモ
ビルスーツ部隊を率いて、至急コンペイ島宙域に出向されたし』
令聞はそれだけの簡潔なものであった。
「つまりアーガマRはフロンティア1を離れるということだ。そこで君たちに再確認をしたいと思ってな」
ブリーフィングルームで、ブライトと子供たちは向きあっていた。
「僕たちは答えを変えるつもりはありません」
ソールが決意に満ちた表情で、きっぱりといいはなった。
「僕たちにもう帰る場所がないってハッキリしましたし、それにアーガマRは僕たちにとって家みたいなところですから」
「そうか……」
子供たちの表情には以前あったわだかまりが感じられない。それは子供たちが団結しよ
うとしている意志の現れであり、その姿をブライトは頼もしく思った。
「こちらこそ世話になるが、よろしく頼む」
ブライトはソールに向かって手を差しだす。ソールはそのブライトの手を強く握りかえして応えた。
「艦長、それでオルマのことなんですが……」
ユーナが話に入ってくる。ブライトはユーナの腕で抱かれて、眠っている赤ん坊に目を向ける。この赤ん坊も身寄りがないらしく、成り行きという形でユーナがアーガマRに連れてきてしまったのである。
「わかっている。その赤ん坊――オルマの乗艦を認めよう。それになぜか他人のように思えなくてね」
オルマのあどけない瞳は、ブライトの古い記憶の底にあるなにかを刺激させるもので、とても懐かしいものを感じさせていた。
―◇◇◇―
ついにアーガマRが出港するする日がやってくる。
アーガマRのカタパルトデッキの上に子供たちは、ノーマルスーツを着込んで、そこに立っていた。
アーガマRは点火されると、ゆっくりと前進をはじめる。
やがて金属ばりの無機質な人工物をあとにし、子供たちを包んだのは宇宙空間であった。
ジュピトリス7をあとにしてからどれくらい経ったのだろうか。
それは何年も前のように思うし、ほんの数日前だったようにも思えた。
子供たちはフロンティア1に向かって大きく腕を振った。
それはフロンティア1にいる避難民たちに贈ったものであり、すでに失われたジュピトリス7に対してのものでもあった。
もう一つの帰る場所を守るため、子供たちの新たな航海がはじまろうとしていたのだった。