アーガマRはフロンティア1からコンペイ島まで直線コースをとっていた。
そこはスペースデブリ地帯として、かつての戦争のなごりを色濃く残しており、あたりにはモビルスーツの残骸やらが漂っていた。
そのコースは残骸などに気を使わなければならないが、迂回することを考えれば最終的には最短ルートになる。なにより、この残骸はアーガマRの巨体を隠しながら進むのにもってこいであった。
一方でアークジオンの部隊が潜伏している可能性も否定はできなかったが、いまのところは襲撃の気配もなく、平穏な航海を送っていた。
ユーナが過労で倒れたというのは、ちょうどそんなときであった。医者の判断では三日ほど安静にしていれば問題ないということで、まわりは安堵を覚えた。
しかしユーナが倒れたということは、オルマやメロディとティーロの面倒を見る人間がいなくなるということであり、それはそれで問題であった。
シンクもJを一人で運用するにあたっての調整があったし、ソールとケネスは託されたガンチェイスを乗りこなすことで頭がいっぱいであった。そしてエイミとマウロに任せるというのはどこか頼りなかった。
このように子供を放置してまでアーガマRの乗組員が忙しく立ちまわらなければならないのは、このスペースデブリの漂う宙域が、人に不安を掻き立ててやまないためである。
一日目はなんとか我慢していたメロディとティーロであったが、二日目になるとユーナの姿が見れないことに不満を漏らしはじめた。エイミはオルマの面倒にかかりっきりで、その矛先は自然とマウロに向かっていった。
「わかったよ。だったら俺と探検に行こうじゃないか」
マウロの提案にメロディとティーロの目が輝きだす。
「どこで探検するの?」
「この外にならいくらでもあるんだよ」
そういってマウロはニヤリと得意げな笑みをうかべた。
――◇◇◇――
マウロたちがスペースボートを持ちだしたことに気づいたのは、それから三十分も後の話である。
間もなくサイキ小隊とシンクで捜索隊が編成され、アーガマRを出撃し、ソールとケネスには待機命令がでた。
スペースデブリ地帯はミノフスキー粒子がクリーンな状態でも、レーダーが効きにくい。どこに敵が潜んでるともしれないし、なにより迷子になった場合に助かる見込みはほとんどない。なにより、こんなにたくさんの残骸が漂うなかで一隻のスペースボートを捜索するのは、至難の業といえた。
その困難な状況下で、デュランがスペースボートを見つけられたのは、まさに奇跡に近かった。
「こいつはかなり年代物の戦艦だな」
スペースボートは廃棄された戦艦に接舷されていた。その戦艦は他のものにくらべても損傷が少なく、ひょっとしたらまだ動くのではないかと思わせられた。戦艦の型から見て、おそらくジオン製。ざっと三十年前――シャアの叛乱あたりに使われていたのかもしれない。
それがどうしてゴミ捨て場のような、この宙域に破棄されたのかはわからない。いまは先人の過去に思い浸るよりも、やることがあった。
デュランはノーマルスーツにバーニアを取りつけると艦のなかに潜入した。亡霊の類は信じない主義のデュランであったが、それでも不気味さを感じずにはいられなかった。
途中に漂ってくる空のノーマルスーツに内心冷や汗をかきながらも、通路を突きあたりまでまっすぐに進んでいく。
三十年前といっても戦艦の内装などは、ジオンのものとはいえ、現代使われているものとそう大差のあるものではない。
そして、子供たちもどこかで休憩しようと考えているだろうと、デュランは居住区画を目指した。
「居住区には空気が残っているのか。それに予備電源も生きている」
区画の空気の有無をあらわすランプが青く光っている。そして、ボタンを押せば扉がスライドして開く。
デュランはヘルメットを脱いで、耳を澄ませながら進んでいく。
さすがに人口重力までは機能していないので、体は必然的に宙に浮かんでしまう。
しばらくしていると、開いた扉から光が漏れているのを発見する。そこから何人かの子供らしき声もする。
「当たりだな」
そうつぶやいたデュランは壁を蹴って、光が漏れているほうにまっすぐ向かっていった。
――◇◇◇――
マウロがティーロたちにだした提案とは、廃棄された戦艦の探検であった。ジュピトリス7の子供たちは、十二歳になればスペースボートの実習がある。そしてマウロとエイミはスペースボートを動かすだけの練度を備えていた。
あとはアーガマRの大人たちの目を盗んで、スペースボートで宇宙空間に飛びださせばよい。ティーロとメロディの前では兄貴分を演じられることが、マウロに優越感をあたえ、調子にのせた。それが普段ケネスの後ろをついてまわるしかできなかった少年に、行動力をあたえてしまったのである。
マウロが冒した唯一の誤算は、エイミまでついてきてしまったことだった。どうやらスペースボートに向かうところを見られたようで、そのときに後をつけられたのである。
エイミに咎められるも、そのときはすでにアーガマRをでたあとだった。途中でひきかえすという選択もあったが、それはマウロのプライドが許さなかった。
そして彼らがたどり着いたのが、この廃棄された戦艦だったのである。彼らにとって幸いだったのは、戦艦の機能が完全に死んでいなかったことだった。居住区に空気が残っていることを知った子供たちはそこで休憩をすることにした。
デュランに見つかったのは、それから間もなくのことだった。
「マウロにいちゃん、おかしいの」
「エイミおねえちゃんのうしろでかくれんぼしてたの」
ティーロとメロディが無邪気にいう。マウロの顔が真っ赤になるのがよくわかった。
「まさかオルマまで連れてきてたとはな」
エイミの腕の中で寝息を立てているオルマを見て、デュランはため息をついた。
「……ごめんなさい」
エイミは素直に謝った。
「それは俺だけにいうことじゃないだろ」
そういって今度はマウロに目を向ける。
「ごめんなさい……」
「それをアーガマRのみんなにいえるな?」
デュランは厳しさのこもった声で、マウロに問いかける。そしてマウロは無言のままうなずいた。
「よし、約束だぞ」
デュランはニヤリと笑って、マウロの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「それでさっきからティーロとメロディは、なにを探してるんだ?」
さきほどから左右に目を泳がせながら、室内を縦横無尽に飛びまわる二人に問いかける。
「たからものをさがしてるんだ」
「ユーねえにあげるの」
ティーロとメロディが答える。宝物があるというのはおそらくマウロが二人に吹きこんだものだろう。
「その宝は見つかったか?」
デュランにそう問いかけられて、二人は首を横にふる。どうやら宝は見つかっていないようだ。
「宝物も見つかりそうにないしな。そろそろ帰るか?」
相変わらず二人は首を横にふる。ユーナの見舞いの品を見つけるまでは、帰るつもりはないらしい。
「じゃあ、俺が代わりのものを作ってやるってことでどうだ?」
「かわりのもの?」
ティーロがきょとんとした表情で、首をかしげる。
「まあ、見てなって」
そういってデュランは、懐から色紙をとりだした。
「そんな紙でなにをするんですか?」
先ほどまで黙っていたエイミがデュランに訊ねた。
「折り紙っていってな。俺の婆さんがガキのころに教えてもらったんだ」
「オリガミ?」
デュランが紙を折りながら、そう答える。
「ああ。俺がつくってるのはツルっていう鳥だ」
「ツル?」
「これを千羽折って、病気している友人なんかにあげると、病気が治るらしい」
「ホントですか?」
エイミが疑わし気な視線を向けてくる。
「叶うさ。絶対に」
デュランは自信に満ちた表情で答える。
「ほら。できたぞ」
そういって折った鶴をメロディの手に置いてやる。メロディたちは興味津々に折られた鶴を魅入っていた。
「紙から鳥ができたわ。魔法みたい」
信じられないという表情で、エイミはつぶやいた。
「そんな大それたもんじゃない。覚えれば誰でもできるさ」
「本当に? じゃあ、アーガマRに帰ったら教えてくれる?」
「ああ、わかった」
デュランはそういって、右手の小指を差しだした。
「これは?」
「指切りっていってな。こうやって約束を守りますって誓うのさ」
「そうなんだ……」
エイミは感心するようにつぶやくと、デュランと同じように小指を差しだした。
「これを破ると針千本飲まされるんだぜ」
「え?」
「それくらい重い約束ってことさ」
デュランがフッと笑うと、いきなり腰のあたりから警報のような音が、室内に響いた。
これは艦外に置いてきたヘビーガンが危険を知らせてきたのである。そして、この音は味方の識別信号以外のモビルスーツがレーダーに引っかかったことを知らせるものだった。
「マウロ。お前はチビたちを連れて、すぐにスペースボートに戻れ」
デュランの顔が戦場に赴くときのものに変わる。
「う、うん」
「俺は外を偵察してくる。お前たちは三十分以内に俺から連絡がなかったら、自分たちでアーガマRに戻れ。いいな?」
デュランはそれだけ言い残すと、マウロの返事も待たずに居住区を飛びだしていった。