第五十五話『予兆』
『サンライズ作戦』が成功を収めて、三日が経とうとしていた。
あれからアーガマRもすっかり落ち着くのかといえば、そうはいかなかった。
Jは先の戦いで大きく損傷してしまい、本格的に修理をするには設備の整った工場でオーバーホールを行う必要があった。
また、ホセ機のヘビーガンは大破、ジョン機のヘビーガンも中破してしまった。そんななかでパイロットたちが無事であったのは、まさに奇跡といえる。
しかし、そのおかげでアーガマRは大きく戦力低下してしまい、それを口実にコンペイ島宙域防衛から任務をはずされた。
そしてアーガマRはいまサナリィの月工場に向かっているところである。それには押収した敵モビルスーツ、ならびに投降したパイロットの搬送任務も帯びてのことである。
要はアーガマRを厄介払いするための口実であったのだが、ブライトはそれに潔く従った。
どうせ駐屯していても、また厄介ごとを押しつけられるのが目に見えていたからだ。それならいま受けた任務をこなしていくほうが堅実であるように思えた。
コロンブス級から救援を求められたのは、月へ向かっている途中のことであった。
「Jは本調子じゃない。それだけは頭に入れていけよ」
トマスがJのコクピットで待機しているシンクに忠告をあたえる。
「一人でいかないといけませんしね。無茶はしないつもりです」
「いい心がけだ。それとジェネレーターも調子が悪いみたいでな。今回はヴェスバーをはずしてある」
「兵装はスタンダードで行くってことですね?」
「そういうことになる」
「わかりました。そろそろコクピットを閉めます。トマスさんは下がってください」
「ああ。気をつけてな」
シンクはコクリとうなずいて、ハッチを閉める。
この宙域に漂っている不気味な気配――シンクは嫌な予感を覚えながらアーガマRを出撃した。
第五十六話『そこは楽園か』
コロンブス級が消息を絶った宙域にJがついたときには、そこはすでにモビルスーツの残骸だけが漂うデブリ地帯になっていた。
残骸になっているのは護衛についていたグラップ級のヘビーガンのものだろうか。
どれも四肢がもがれ、コクピットだけを潰されている。それはヘビーガンのパイロットが、いかにして殺されたかを如実に知らせるものであった。
「こんばんわ」
哄笑を含みながら語りかけてくる女の声――ミノフスキー粒子の濃度が薄いため、その声はクリーンに聞こえた。
「どう、この漂っているオブジェは? 気に入ってもらえると嬉しいわ」
シンクはその声に聞き覚えがあった。
「相手にしてたらあんまりに弱すぎてね。ちょっと遊んでやったらバラバラになってね」
その声は酔っているように続ける。
「これじゃあアルバトロスの試運転にもならないわ」
シンクの目の前にパープルの機影がその姿を現していく。
「ガンダムなら、私の相手ができるんじゃないかって思ってね」
「……アイラ」
その声の主は間違いなく、かつてともに戦った少女のものであった。
「じゃあ、はじめようか」
パープルの機体――アルバトロスが向かってくる。
「なんで、アイラがアークジオンのモビルスーツに乗ってるんだ!」
「なにもわかってない坊主がその名前を気安く呼ぶんじゃない!」
向かってくるアルバトロスにJはビームライフルで牽制する。
「それに私の名前は――」
アルバトロスの右手に黒銀の実剣が握られる。
「ヴェイナス・ベイだ!」
剣が振りおろされるのを、Jがビームシールドで受けとめる。
「名前が変わったくらいで……!」
「ホントにそう思うかい?」
したり顔になるアイラは、その実剣がJのビームシールドを浸食していってるのを伝えてくる。
「ビームシールドを斬ってる?」
ビームシールドを突き破って剣が左腕に届く瞬間に、シンクは咄嗟の判断で左腕を切り離す。Jの部位強制徐切機能である。これは部位の各所に火薬を仕込んでおき、誘爆の危険があるときなどに、強制的にその部位を切り離せるようにできているのだ。
「トカゲの尻尾切りか。相変わらず小手先が利くじゃないか」
アイラの哄笑はなおも続く。
離れる間際に、Jのビームライフルがアルバトロスの肩アーマーを捉えるが、ビームはダメージをあたえるどころかあっさりと弾かれる。
「アイラ、本気なのかよ!」
「命乞いがあるならいまのうちにしておきな。もっとも、聞いてやる気はないけどね」
アルバトロスのビームライフルがJの右脚に直撃した。いつもの状態なら避けられた攻撃だったが、このときになってJの調子の悪さが表出した形になってしまった。
「アークジオンを苦しめた白いモビルスーツが、こうも手玉にとれるなんて愉快な話じゃないか!」
アイラの狂ったような笑い声が戦場に響くのだった。