第六話『アークジオン』
「連邦軍は軍隊を福祉政策の一環にしか思ってないのですよ。だから兵士の練度もきわめて低いし、反乱も許してしまう」
「ここ三十年の間に戦争と呼べるものもありませんでしたからな」
「その間に人間という生き物も自堕落になったように私は感じます。自堕落になった生物は秩序をもたずに群れるだけの存在になる。地球で暮らしているのは、そういった人間の集団です」
「……フム」
アレンはフッと微笑を浮かべる。
「それと次の任務が決まりましたよ」
「まだ、ヴラシオ制圧して間がありませんが?」
「だからですよ。行き先はフロンティアサイドです」
「サイド4にある開拓コロニーですな」
「なかなか面白い任務のようでよ」
アレンは含み笑いを浮かべる。この青年がこういう表情を見せるときは、だいたい無茶に付きあわされるときだと、ガウスは了解していた。
「出航は二十四時間後を予定していてください」
「わかりました」
「それでは私はこれで……」
アレンは立ち止まり、ガウスとは別方向へ進路を変えた。自分の私室に向かうのである。
「子供の守、ですか?」
アレンは手で合図だけして、去っていった。
「少佐、遅いわ」
アレンが私室に入ると、出迎えたのはうら若い少女の声だった。
「すまない。これでも急いだつもりなんだ」
「そういうのは大人の言い訳ではないかしら?」
少女は意地の悪い笑みを浮かべる。その表情には年齢不相応の艶が感じられた。
「その埋め合わせに、演説を一緒に聞きにきたのさ」
「まあ……」
二人の視線がモニターに向かう。
モニターの先には一人の男が映っていた。
『私はディリジャン・アズナブル。ジオンの意志を継ぐ者である』
宇宙世紀123年2月15日――アークジオンを名乗る組織が地球連邦に宣戦布告をした日である。
第七話『シンク・アルファード』
シンクという少年はジュピトリス7で生を受け、16年の歳月をそこで過ごした。
物心ついたときにまわりからは変わり者のレッテルを貼られ、シンクは子供たちの輪の外にいた。
それは彼の人格の問題というよりは、人一倍の好奇心と行動力があったせいである。つまりジュピトリス7の子供たちの大半は大人しかったのだった。
艦内で問題を起こすのは、大体がシンクであり、そのとばっちりを受けるのを嫌がった子供たちは自然と彼を避けるようになった。
シンクの両親はジュピトリス7でも重要な役職に就いており、ほとんど顔をあわせることはなかった。そんな彼の親代わりを勤めたのがエイミ・トレノームの両親であった。
エイミとの親交はそのときからであり、シンクがどこかへ行くときは必ず後ろをついてまわった。シンクもそんな少女を憎からず思っていた。
その少女に変化が生じたのは、一年程前の話である。エイミの両親も多忙になり、エイミに接する時間が減ったのである。ちょうどその頃から、シンクの趣味である機械いじりや、ジュピトリス7の探検に対して、いつもその後ろをついて回っていたエイミが苦言を呈してきたのである。
そして気がつけば、少女はシンク以外の友人を作って遊ぶようになっていったのである。ジュピトリス7で暮らす大人と、子供たちに興味がまったく持てなかったシンクとは、当然一緒にいる時間も減っていったのである。
「シンクは機械いじりが好きな普通の男の子なはずなんです。それがモビルスーツに乗って戦うなんておかしいですよ」
それがエイミの意見である。
「そのシンクの働きがあるから、軍艦の中でもこうやって私たちが肩身の狭い思いをせずにすんでいるのだとしたら、そうも言ってられないわ」
ユーナは憤るエイミを諭すような口調で返す。たしかに戦争はいやであったが、シンクがノーマルスーツを着て戦う姿を見せられれば、そんな言い分が通るわけもないと自覚もさせられるのだ。
「じゃあ、シンクはまともだっていうんですか?」
「そういうことじゃないわ。それに戦争を正気でなんてできないわ」
現状で言えばアーガマRの人手不足はよく承知しているつもりであった。そうでなければ民間人のシンクが補佐とはいえモビルスーツのパイロットになるわけがないし、ソールとケネスが駆り出されるわけもない。
だから少しでも手を煩わせないように、メロディとティーロの面倒はエイミと面倒を見ているようにしているし、医療班の手伝いや洗濯などの雑用もこなしている。ユーナがこのような行動をとれたのは、こういうときこそ乗組員とコミュニケーションをとって友好関係を築くことが大切であるとわかっていたからである。
赤の他人と共同生活を送るというのはそれだけでストレスであるし、それが戦場であるなら尚更であった。そういった鬱憤をティーロたちにまで飛び火させないようにするための処方箋でもあるのだ。
それをジュピトリス7のメンバーで一番理解しているのは、シンクであるようにユーナには思えた。
一番年上のソールは尻込みして、もう一つアーガマRの乗組員に踏み込めていないし、ケネスに至っては自己中心的な発言が多い。
その中でシンクは決して器用とは言えないが、アーガマRの乗組員とコミュニケーションを積極的にとろうとしているのが窺えた。
「ったく、やってらんねえぜ」
ため息とともにやってきたのは、ケネスであった。ケネスの後からソールもやってくる。二人とも作業着を着込んでいるところを見ると、倉庫で力仕事をさせられていたのかもしれない
「俺とソールは倉庫の整理で、シンクの野郎はアイラとモビルスーツで哨戒任務だぜ?」
「……みたいだな」
「みんなシンク、シンクってさ、完全に特別扱いじゃないか。それに知ってるか、シンクが俺たちと食事を一緒にとらない理由」
「さあ?」
「あいつだけ、俺たちよりいいモノを食べさせてもらってるからなんだよ」
「……それは本当なの?」
エイミが二人の会話に割りこんでくる。
「その証拠に俺たちに配膳の仕事ってまわってこないじゃないか」
「ヴラシオで補給が十分行えなかったって話は、本当だったのかな?」
ソールは倉庫で乗組員たちがしていた話を思い出す。特に食料の供給が遅れていたらしく、月まで航行するのに切り詰める必要があるのだとたしか言っていた気がした。
「知らねえよ。でも、あいつが特別待遇を受けてるのは間違いないぜ」
ケネスは吐き捨てるように言い放つ。それに気圧されるように、ソールとエイミは押し黙ってしまった。
ユーナは誰にも聞こえないくらい密やかに嘆息をつく。
きっと心身ともにボロボロになって、ここに帰ってくるだろうシンクをせめて自分は笑顔で出迎えてやるべきだろうとユーナは、ケネスの話を黙って聞いていた。