第七十九話『夢のあとさき』
クロスボーン・バンガードの撤退は思っていたより速く、双方の被害がほとんどでなかった。どちらかというと町の偵察が任務だったようで、アーガマRの部隊の相手はあくまで牽制であったのだろう。
しかし、戦いが終わっても町の騒ぎは収まっておらず、依然あちらこちらで爆発が起こっていた。そんななかでシャルナはエイプスの姿を確認すると、町に降り立った。
「エイプス!」
シャルナの呼びかけにエイプスが振りかえる。その顔には憔悴が滲みでており、立っているのもやっとのようだ。
「……シャルナか」
エイプスはそういってシャルナに銃口を向けた。
「どういうつもり?」
「昨日までは平和な町だったんだぜ。それが一瞬で焼け野原みたいになるんだもんな。笑
うしかないよ」
エイプスは無理やりに口を歪ませて、力なく笑い声をあげた。
「ウィレッタは?」
「死んだよ……」
その暗然とした表情から、その死に様を聞くのはためらわれた。
「昔はよかったよ。ウィレッタがいて、君がいて、とても楽しかった。いまは昔ほど楽しくないんだ」
シャルナに向いていた銃口をエイプスは自分に向けた。
「なにをするつもり?」
「ワケもわからず殺させるくらいなら自分で命を絶つまでだ」
エイプスの表情にはたしかな決意があった。それを覆すのはいまの自分では無理だろうとシャルナは悟った。
「シャルナは行ってくれ。昔はいい思い出のままでとっておくべきだ」
「あなたはそんな終わりで満足なの?」
「いいワケないだろ……」
エイプスの表情に無念の涙が伝う。それは無力ゆえの悔しさからくるものだろうかと、ふとよぎるが、それはシャルナに推し量れるものでもなかった。
シャルナは言葉を押し止めて、コクピットハッチを閉じて、飛び立った。
そこにさよならの言葉はなかった。それがエイプスとのわかれであった。
「あなたたちは昔がいいっていったけど、私はいまが最高よ。だから、もう昔には戻れないわ」
エイプスが自害をするまえに爆発に巻きこまれてしまった顛末を、シャルナが知らずに終わったのだが、それが幸いであったかどうかは誰にもわからないことだろう。
シャルナの頬に伝う熱いもの――言葉のかわりに故郷へ。涙でわかれを告げたのだった。
第八十話『戦舞踏前夜』
《天上の導き手》は拠点であるヴァルコの町を壊滅に追いやられ、結果としてその組織母体を大きく傾倒させてしまった。
その一方で連邦軍は、ヘルシンキへの侵攻するための準備がようやく完了し、いよいよその作戦も間近になっていた。
連邦軍の作戦というのは物量にまかせた挟撃作戦である。アーガマRを筆頭に北方からさらに十隻の巡洋艦を送りこみ、さらに本隊となる部隊がバルト海を一気に北上して、ヘルシンキを制圧しようというものである。
ヘルシンキの北を拠点としているアーガマRは、クロスボーン・バンガードの目を引くため先じて行動を移させばならなかった。つまりは囮を演じろということなのだが、もともと囮としてここまでやってきたという自覚のあったアーガマRの乗組員たちは、あまり気にしなかった。むしろ彼らの念頭にあったのは、いかにこの戦いで生き残るかということであった。
「これでシルフとリーブルの調整は終わりだ」
トマスがひと息ついた。
「前の戦いで照準があわなかったんですよ?」
「マリとファム自体が試作機もいいところだからな。シルフとリーブルはその規格にあわせた兵器だ。どこまで調整しても万全なんて保証はないんだよ。むしろその膿をだしていくのが試作機の役目なのさ」
「そういうもんですかね……」
そんな不安定なものに命を預けなければならないほうは、いい迷惑だとシンクは内心でつぶやいた。
「それより前の戦った新型はデータで検証したところF91で間違いないみたいだな。あっちで改修されてて性能に多少ばらつきはあったみたいだけどな」
「あの残像についてもなにかわかりますか?」
「あれは一種の金属剥離現象なんだよ。つまりあの残像には一定の質量と機体の輪郭があ
り、レーダーも然り視覚的にも錯覚を催せる。だが、BWCSを搭載したマリとファムなら十分に対応ができるはずなんだ」
「残像の質量と熱量の数値をあらかじめインプットさせておけば、BWCSと連動させて残像と本体を見わけられるってことですよね?」
「そういうことだ。まあ、次の戦いでそのデータが役に立たないことを祈るよ」
「まったくですよ」
そういってシンクは苦笑する。F91と戦うかどうかはともかくとして、備えだけはしておかなければならない。戦場で生き残るのに万全はないとしてもだ。
空気が少しずつ重みを増していく。戦いは間近に迫っていた。