第八十七話『点火』
ヴラシオの核パルスエンジンが点火された。その進路は地球であった。
ディリジャン・アズナブルはそれとともに世界中に向けて第二次地球寒冷化作戦を決行させるという演説を行った。
バグ・スパイダーの影響で地球にある主要都市のほとんどが機能停止に追いこまれ、連邦軍もその本拠地を暫定的に月面へ移行させる作業が急ピッチで行われていた。しかし、バグ・スパイダーの前ではシェルターへの避難も安全とはいいきれない状況である。地球移住者全員を宇宙に避難させるしかないのだが、すぐに全員を宇宙に移すには時間が宇宙船と滑走路が圧倒的に不足していた。
アークジオンに対する連邦軍の対応も完全に後手にまわっていた。アークジオンとの戦いで軍の再編は行われたものの、足並みがいっこうに揃わなかった。そうこうしている間に各地で横行している海賊行為への対応もしなけばならず、軍隊を分散させられた。結果、ヴラシオでは集結もままならぬ状態で、奇襲を受けることになってしまった。
のちにわかる話であるが、海賊はすべてアークジオンの部隊が行っていたらしく、その海賊部隊が連邦軍の補給路をことごとく潰していったことも一因にあったらしい。また、ヴラシオへ集結したアークジオンの部隊がサイド3で確認されたときよりも多かったという理由もその海賊部隊が合流したからであるとされている。
「レオパール女史、首尾はうまくいったようですね」
ディリジャンは自体があまりにうまく運んでいることに、笑いだしそうになるのをこらえて、努めて澄ました表情でレオパールをでむかえる。
「おかげさまで。アナハイムの社長は更迭されましたわ」
「これからはあなたが社長ですか」
第八十八話『足跡を追って』
これはとあるフリーのジャーナリストの話である。サタイアなどと名乗っているが、当然偽名であった。
その彼は謎の多いアークジオンの指導者であるディリジャン・アズナブルについて調べていた。フリーである以上、金に変わるネタでなければならない。そのためには行儀のよさなどかまってはいられない現実がある。ある程度のリスクを背負って、成功させなければ道は開けない。彼はそういう厳しい世界に生きていた。
「コロニー公社が福祉事業に金をだすなんてのは、マフィアに金を流すと公言してるのと一緒だぜ!」
酒場にはいるとそんなスラングが飛びかう。夜ともなれば仕事帰りで鬱憤晴らしをしたい客で賑わっていた。
サタイアはディリジャン・アズナブルの足取りを追ううちに、サイド1のコロニーの一つに行きついた。
「あんたがサタイアか?」
後ろをふり向くとそこにはこの酒場にいる人間となんら変わらない雰囲気の男がいた。だが、サタイアにはその男が裏の界隈で生きてきた人間だとすぐに気づいた。そういう臭いというのは隠しても隠しきれるものではない。
「そうさ」
「立ち話もなんだ。あの隅っこの席でいいかい?」
サタイアは了承し、男の後ろについた。
席に着くと腹の足しになるものと、アルコールを頼んだ。それから二人は改めて会話をはじめる。
「あんたディリジャン・アズナブルについて調べてるんだってな。それがどうして俺みたいなヤツに接触をもつんだ?」
男はそう切りだした。
「ディリジャン・アズナブルって、スペースノイドの評価はうなぎ登りだろ? なのに、本人の経歴なんかは謎が多いってのは、どういうことなのかなってな」
「だから藪から蛇を突きだそうってのか。もの好きだね」
男の口ぶりからは、感心してくれているのか呆れてるのかは判断できなかった。
「それで俺はダイス・グローニャに行きついたわけさ」
「俺の知ってるダイス・グローニャって男はただのゴロツキだよ。昔のオレとなんら変わらない、な。一軍隊を指揮している男とは比べられんよ」
「オレとしてはディリジャン・アズナブルとダイス・グローニャって男が別人であろうが、同一人物かはどうでもいいんだ。知りたいのは真実だからな」
「また、大した推理だな。ゴロツキが一国一城の主かい。そういうのアメリカンドリームとかっていうんじゃないのか?」
「だが、旧世紀なんかにはよくあった話さ。それが宇宙世紀であったっておかしくもなんともないだろう?」
運ばれてきた食事や、アルコールには手をつけず、二人は話しに夢中になっていた。
「こりゃ大声じゃ話せない内容だぞ。ディリジャン・アズナブルはシャア・アズナブルの隠し子で、スペースノイドを地球連邦から独立させてくれるって信じてる人間だっているんだ」
「たしかにシャア・アズナブルはスペースノイドのなかじゃ神さま扱いだからな。シャア・アズナブルをあがめる宗教だってあるくらいだ。だが、一方でどんな人間にも歴史ってものがある。なのにディリジャン・アズナブルにはその歴史が明かされていない。不自然じゃないか?」
「……ゴタゴタだけは勘弁だぜ。若い頃とちがっていまは女房も子供もいるんだ」
男はウンザリした表情を隠そうともせずにそういった。
「わかってるさ。オレはダイス・グローニャについて知りたいだけさ」
「まあ、それくらいならな……」
男がいうダイス・グローニャというのは、彼の言うとおりのどこにでもいるゴロツキだった。金髪とルックスのよさも手伝い女には不自由はなかったらしい。
彼に少し変化があったのは、中年の女性がやっていた占い師に出会ってからだという。それ以来、彼は図書館に行って本をあさりだした。なにを読んでいたのかは知らない。
そして、ある日に忽然と姿を消した。それ自体は裏界隈ではよくある話で、男はなんの疑問もなかったらしい。
男から聞いた話はだいたいそんなところだった。あとは雑談に食事と酒がはいり、彼の身の上話を聞かされた。
そして男は気をよくして酒場をあとにした。
サタイアもさっさと酒場をあとにし、泊まっている安ホテルへ向かう。
ダイス・グローニャとディリジャン・アズナブル――そこにはなんらかの繋がりがあると、彼の勘が訴えていた。
「私はよりいい夢を見せてくれる男についただけだわ」
「ヴラシオは地球という資産をすべて塵にかえてくれます」
「その前に花火を見せてもらうわ。地球がゴミになる瞬間をね」