第八十九話『足跡の先』
「こんにちわ」
裏の界隈にある一角に占い師の店にサタイアが訪ねたのは、午後をまわったころだった。そこには老婆が疑いの視線を送ってくる。
「あんたは?」
「ちょっと占ってもらおうかなってね」
「あたしもこの商売は長いんだ。客と冷やかしの違いくらいは見わけられるさ。いつまでいられると営業妨害だ。さっさと用件をいって去りな」
サタイアは老婆のいかめしいものいいにも臆さなかった。
「わかったよ。私はサタイアっていいましてね。ダイス・グローニャって男の足取りを追ってるんですよ」
「聞いたことのない男の名前だね。悪いけど他をあたりな」
「じゃあ、何十年か前になにかしませんでした? たとえば占いでお前はシャア・アズナブルの生まれ変わりだっていったことがあるとか」
老婆はその言葉にハッとする。
「たしか駆けだしだったときに、そんなことをいったよ。そしたら、その男は真に受けたみたいで有頂天になっていたね。あたしが店をだして最初の客だったからね。よく覚えてるよ」
「そのときの話を覚えてるかぎりでいいんです。私に詳しく話してもらえませんか?」
「あんたももの好きだね。そんな話でよければいくらでもするよ」
老婆の話によると、べつに確信があってシャア・アズナブルの生まれ変わりといったわけではなかったらしい。たまたま当時シャア・アズナブルの本を読んでおり、ダイス・グローニャの容姿がそれを彷彿させただけである。ただ、ダイス・グローニャには、そういってもらえたのが相当に嬉しかったらしく、小躍りまでしていたという。
(シャア・アズナブルの生まれ変わりだといわれたダイス・グローニャ、か)
ディリジャン・アズナブルがシャア・アズナブルの息子なのだというのは、遺伝子情報が一致しているなどとさまざまな証拠を掲げているが、実際のところは本人がそうだと勝手にいってるだけでなんの根拠もない。
むしろダイス・グローニャという男がディリジャン・アズナブルを名乗っているという真実のほうが現実味があるように思える。
サタイアのなかで漠然としたものが少しずつ形を帯びはじめていたのだった。
―◇◇◇―
数日後、サタイアは死体になって発見される。なんでも酒によった勢いで、深い溝に足を滑らせ、頭を殴打したらしい。この事件は事故死という見解がなされたが、その詳細は不明である。
第九十話『飛翔』
大気圏脱出用のブースターをとりつけられたアーガマRは、宇宙へあがるためのカウントダウンにはいっていた。
シンクたちはシートに体を固定して、身動きもとれなかった。そこからは地球の風景が見えなかった。それが心残りといえばそうだった。
地球ではバグ・スパイダーがばらまかれたことにより混乱が続いていた。そして、そのほとんどの人間が宇宙へは避難できないでいる。自分たちが宇宙へあがるのは戦争に赴くという特例があったにしても、罪悪感のようなものが駆けめぐってくる。
「皮肉なものね。地球で永住権を得たがった特権階級がいまは宇宙にあがりたがるなんて」
シャルナが独りごとのようにつぶやいた。その口ぶりはどこか自嘲が混じっているようにも思えた。
「本当ならコスモバビロニアは、あの北欧の地を手つかずにするつもりだったんだよな」
「他の土地は人間が住めないようにしてね。そうすれば、他の土地に住むなんて考えおきないものね」
「都市生活を奪われた人間ってこんなにも脆い生き物なんだな」
「ヒトって道具に頼って生きながらえてきた種族なのよね。だから、その道具の使い方しだいであっさり滅びるんだわ」
「地獄によって生みだされる楽園か」
「ヒトを幸せにするのって難しいわ。でも、幸せを感じさせるというのはそれほど難しくないのよ」
「だからって、一人の人間の独善を許していいものか」
「そうね。これは正しいとか間違ってるという問題じゃないわ。だから、今度こそ止めましょう。アークジオンを――」
アーガマRが地球の重力を振りきって、宇宙へ駈けのぼっていく。
その間にもヴラシオはその歩みを刻々と地球へ近づけていた。