第九十一話『父へ』
結婚して子供がいるチェーミンは既に父であるブライトとは、居をともにはしていなかった。それでも度々はブライトの邸宅に訪れるのは日課となっていた。
ブライトがアーガマRの艦長として以来、この邸宅は常にからっぽだった。放っておけば埃まみれになってしまうのを掃除して、いつでもブライトを迎えられるようにするのがチェーミンの仕事のひとつであった。
ふと視線を横切らせるとスタンドに立てかけられた一枚の写真に目を引かれた。そこにはまだ自分が少女だったころの姿があった。その横には兄のハサウェイとまだ若い父と生前のミライの姿があった。
その写真から数年後にハサウェイは『マフティ動乱』の首謀者として連邦軍に処刑された。そのあとブライトは軍を退役し、地球にも居づらくなり、月へ家族とともに住居を移した。
それからはチェーミンは年頃になって結婚し、子供を二人授かった。そしてミライが三年程前に死去する。その別れはあまりに突然だった。悲しさを感じる暇もなかった。
ブライトの友人だった人が軍のイベントに参加しないかと持ちかけてきたのは、それから二年後の話だった。最初は断っていたブライトも何度も頼みこまれるうちに、ついには折れて承諾した。
久々に軍服に袖を通した父を見送るときに見た表情――照れくさそうだったが、どこかホッとしたような顔が印象的だった。
軍のイベントで危ないことなど一切ないといわれていたが、戦争は現実的に起こった。そして父はその渦中にいる。それはかつて現役だったころとなんら変わらないポジションだ。
「もうすぐ母さんの命日になるわ。そしたら一緒にお墓にお参りしましょうね」
そこにいないはずの父にチェーミンは言葉を投げかけた。
テレビにはヴラシオが地球へ近づく映像が流れていた。
第九十二話『地球落下阻止作戦』
資源衛星ヴラシオ地球落下を阻止するために、連邦軍が決定させたのはコロニーレーザーでヴラシオを物理的に破壊してしまおうというものであった。
そのコロニーレーザーはL4宙域とL3宙域にそれぞれ一基ずつ配備されている。本来ならL5宙域にも配備される予定ではあるが、予算などの問題からいまだに目処が立っていない。それは《シャアの叛乱》の教訓からくるものであった。
そして今回使用されるのはL4宙域にあるコロニーレーザーである。L3宙域のコロニーレーザーでは地球が死角となっているため狙撃できないためである。
さて、そのコロニーレーザー作戦であるが、問題もあった。まずその消費電力の多さである。つまりそのためには一つのサイドにあるコロニー群の電力を一手に集中させる必要があり、もしそうなった場合、そのコロニー群の復旧には相当の時間を要するというものである。
そして、一撃を撃ったあとのチャージ時間の長さである。そのおかげでヴラシオが落下するまでに二発撃てるかはほぼ絶望的であり、決めるなら一撃で確実に決める必要があった。
そういった経緯があり、コロニーレーザーでヴラシオの破壊というのは最後の手段とし、まずは正攻法にヴラシオをくい止めることが決定になった。
それは艦隊によってヴラシオを実力で制圧するという単純なものであった。しかし、連邦側で揃えられた戦力ではそれも五分五分であるという見方がなされていた。
「悪夢のように長い時間であった」
それはのちにある一人の連邦軍の将校が語った言葉である。