第九十五話『ヴェイナス・ベイ』
ヴェイナス・ベイの名づけ親はバスティア・エレキスである彼女が彼を知る頃には、バスティアの顔は厚い鉄の仮面に覆われていた。
なんでもバスティアは失態が続いており、あとがなかった彼は二階級特進と引き替えに、自ら強化人間手術の実験体になった。それがいまのバスティア・エレキスである。
ヴェイナス・ベイとなったアイラとは、それ以来の付き合いである。だが、アイラにはそれ以前にもどこかで出会ったような気がしなくもなかった。
そしていまのアイラはアークジオンのエースパイロットとして、一目置かれる存在となっている。それが彼女にはおかしくてたまらなかった。
アークジオンの軍隊はいつの間にかヴェイナスの意のままに動くようになり、ディリジャン・アズナブルの指揮下から少しずつ離れようとしていた。
「少佐も出撃されるのですか?」
格納庫に行くとバスティアの姿を確認し、アイラは近づいていった。
「新型のモビルアーマーらしい。私用に調整されているらしいとのことでな」
「まさかネオ・サイコミュが?」
「そういうことだ。素材もオキスタンフレームで使われているモノを装甲に流用したらしい」
「蕾のようにも見えますね」
アイラはそのモビルアーマーの形状をそう表現した。ヴラシオの巨大な格納庫を一機で占領している巨大さは、花びらが幾重にも重なり閉じているように見えた。
「技術者は相当の自信を持っていたようだが」
「ところで、この機体の名前をお教えくださる?」
――オール・ブトン。それが黒いモビルアーマーに与えられた名前であった。
第九十六話『黄金の蕾』
連邦とアークジオンの戦いは、ここにきて大きなうねりを見せていた。
それに伴いアルバトロスとともに、ドラグートから出撃したオール・ブトンが出撃する。
全長五十メートル届こうかという巨体は、高速で連邦艦隊の砲撃を巧みにかわしながら接近していく。そして隙を見ては、蕾の先端から発射されるビーム砲で反撃をする。
「このオール・ブトンという機体、これだけのモノなのか。いや、こんなモノではないはずだ!」
バスティアは叫びながら、一隻のラー・カイラム級に特攻をかける。
「さあ、その力を開花させてみせろ!」
その声が届いたのか、オール・ブトンは突然黄金に輝きだし、ラー・カイラム級の主砲を弾いてしまう。
それとともに蕾が開くように一枚ずつ開いて、オール・ブトンの形状が変化を見せる。それは文字どおり開花であった。
「そうか! これがオール・ブトンか!」
花開いた中心には巨大にしなる腕が二本伸びていた。
黄金に輝く全身は連邦軍どころか、アークジオンのパイロットたちまで驚かせた。
「この黄金螺旋の輝きの意味を教えてくれるわ!」
オール・ブトンはその巨大な手でラー・カイラム級の艦橋を掴み、そのまま力任せに握りつぶしてしまった。
「この手の輝き――さしずめ、シャイニング・フィンガーといったところか」
バスティアはこらえきれずに笑いだす。仮面をつけ感情の吐露を避けていたが、それが湧き水のごとく溢れだしてきた。そのいいしれぬ快感に酔いそうになりそうだった。
バスティアは笑いながらオール・ブトンのビーム砲を放った。指の先端から放たれた十本の閃光は戦艦、モビルスーツを巻きこんでいく。
(これなら白いモビルスーツ――ガンダムに勝てるぞ)
バスティアは確信すると、あの白い機影を探しだした。
すると、その視界の前にそれは現れる。白い二つの機影――マリとファムであった。
『少佐、一機は私に任せてほしい』
バスティアにヴェイナスが連絡をいれてくる。
「上官に命令か?」
バスティアは冗談まじりでそういった。ヴェイナスもそれには苦笑を浮かべている。
『これはお願いです』
「ふふっ、そういうことか。いいだろう」
『それでは中尉、運がよければまたお会いしましょう』
ヴェイナスはそれだけいって、連絡を絶った。
「私は少佐だ」
バスティアはいい捨てると、アルバトロスに続いた。