今日は休みの日に、行きつけの喫茶店でコーヒーを楽しんでいる。窓際が一番のお気に入りでエースとこの前、一緒に座った場所と同じだ。
日当たりもよく、朝起きたばかりとはいえ、眠くなってくる。外を眺めながら飲んでいると、偶々歩いていたエースと目と目が合う。
エース
「あー! トレーナーさん!!」
鬼門
「声でっか……。窓越しなのにすげぇ……」
買い物をしていたのか、手には大きな袋を持ちながら店内に勢いよく入ってくる。
エース
「水臭いぜトレーナーさん、言ってくれればあたしも付いて行ったのに」
鬼門
「一人で飲みたい時もあるだろ?」
エース
「あたしはトレーナーさんとなら、何処でも行きたいけどな」
鬼門
「嬉しい事言ってくれるねぇ……。今日は買い物か?」
エース
「おう! 今日は畑の肥料を変えようと思ってな。鶏糞だったんだけどよ、精肉店のおじさんが牛糞分けてくれたんだよ」
鬼門
「その量で足りる?」
エース
「新しい野菜で試そうと思って、この量にしてもらったんだ。最初はトラクターで運んでくれるって話だったんだけど、申し訳ないからお試しサイズにしてもらったぜ!」
鬼門
「人と馴染むのが早いなぁ」
エース
「田舎じゃあ、こんなの当り前だぞ? お米なんかも三十キロの袋で、二つ貰う事もあるし」
鬼門
「いいな……」
エース
「でも、多すぎて消費しきれない時があるけどな」
喫茶店でエースの実家の話で盛り上がり、すっかりお昼を過ぎていた。コーヒーを飲み干し、店を後にして学園へと帰る。
公園に差し掛かったところで、エースがとあることを聞いてきた。
エース
「トレーナーさんは女の人と……付き合った事はあるのか?」
鬼門
「まぁ、あるにはあるけど……」
エース
「あるのかっ!? いつ!?」
鬼門
「いつって……だいぶ前だぞ? 中学生とか、その時に三回告白された事はある。でも、学生の彼氏彼女なんて付き合ったうちに入らないだろ? みんな気の迷いで付き合うんだから」
エース
「あるのか……」
鬼門
「そんなに落ち込む事あるか? ただ、手を繋ぐとか触り合う事しかしなかったぞ? キス以上、何もしなかったけど」
エース
「キス以上の事してるだろっ!? さ、触ったって……何処触ったんだよ///」
鬼門
「取り巻きの女子に押されて、ラッキースケベで胸は触った事はあるかな。後はハグくらいか」
エース
「ステップ踏み越えてるだろっ!! 胸なんて触ったら、赤ちゃんできるだろ///」
鬼門
「えっと……。いいか、エース? それだけじゃ、子供は出来ないぞ?」
エース
「いや、ウチの親が言ってたぞ! エースはキスして生まれてきたんだぞって。それだったら、む、胸なんて触ったらどうなっちまうんだよ……///」
鬼門
「えぇと……保健の授業でやらなかったか? 男女の体の仕組みとかで」
エース
「あぁ……その時、朝練で寝てたな。それでシリウスに叩き起こされたのは覚えてる」
鬼門
「そうだったか……。取り敢えずエース、子供は出来ないとだけ覚えておけ。シービーとか、シリウスに笑われるから」
エース
「じゃあ、トレーナーさんは知ってんのか? だったら教えてくれよっ! どうすれば子供が生まれる! 何でもするから、教えてくれ!」
鬼門
「こ、公園であまりデカい声で叫ぶな……。俺が変な目で見られるだろ? それは……ほら! ルドルフに教えてもらえ。分かりやすく、丁寧に解説できるから」
エース
「確かに……ルドルフなら分かりやすいな。ありがとう、トレーナーさん!」
鬼門
「ほっ……」
何とか言い逃れる事は出来たが、後々ルドルフから咎められるのが怖い。
突発で変なこと聞きすぎた。トレーナーさんの過去を探るようで、気持ち悪がられてないか心配だ。
正直ショックだったのは、付き合った事があると言う事実。それはそうだ、トレーナーさんがモテない訳がない。学生のウチは男女関係にカウントされないとは言っていたが、あたしは在学生だ。
そんなあたしも、その中に数えられないと判断されたしまうのか。それが心配でならない。あの時も好きだと彼に伝えたものの、返事はもらえてない。
トレーナーさんの好みも、あまりよく知らない。これだけ長く一緒に居ても、分からない。
どうせなら、女性経験に慣れてるトレーナーさんに、少し
あたしは、トレーナーさんの袖を軽く引く。
エース
「なぁ、トレーナーさん。手……繋いでいいか?」
鬼門
「どうかしたか?」
エース
「い、いいだろ別にっ!? こういうのは黙って繋ぐもんだろ……///」
鬼門
「いいけど、肩に持ってる肥料あるけど大丈夫?」
エース
「い、いいよ! どうせトレーナーさんじゃ持てないだろうし……/// そう言うとこだぞ……」
初めてトレーナーさんと手を繋ぐ。それだけのはずなのに、体中がホワホワ温かい。もっと強く握りたいけど、躊躇いがちになる。
顔を見られたくないあたしは、横を向きながら口元を緩ませる。シービーとはよく繋ぐことはあるが、何もかも違う。好きなだけで手を繋いでいるだけなのに、何でこんなに嬉しいんだろ。
トレーナーさんも同じ気持ちなのかと思い、アタシは恐る恐る彼の方を見た。
鬼門
「……///」
エース
「えっ……トレーナーさんが照れてる?」
鬼門
「仕方ないだろっ、久しぶりなんだから……///」
エース
「えへへ……いいもん見れたぜ。……好きだぜ、トレーナーさん」
鬼門
「ばっ!? お前、よく面と向かって言えるな……」
エース
「言いたかったんだ、仕方ないだろ?」
鬼門
「男らし」
少なからず、トレーナーさんはあたしが嫌な訳では無い。それに、これだけ照れる姿を見れたのは初めて。あたしは他の担当に対して、優越感を覚える。
これだけ長く手を繋ぐ事など、ルドルフでも見た事がない。それだけで、あたしの尻尾は大きく揺れ動き、感情が体に出てしまう。
だからこれを、もっと長く味わいたい、いつまでもこうしていたい。そんな感情だけが、あたしの中で廻り続けている。
これが永遠と感じることが出来るのであれば、手放したくない、離れたくない、誰にも渡したくない。誰かも分からない他人がトレーナーさんに触れるだけでも、胸が痛くなるような気がする。
まだハッキリとは分からないけど、そんな感じがする。
そして学園に着き、名残惜しさに手を離すのが嫌で仕方なかった。
鬼門
「エース着いたぞ」
エース
「栗東寮まで……繋ぐ」
鬼門
「フジキセキに茶化されるぞ? それでもいいのか?」
エース
「いい……」
鬼門
「気持ちは分からんでもないが、いつでも繋げるだろ?」
エース
「本当か?! 絶対、次も繫ぐからな?!」
鬼門
「そんな泣きながら宣言せんでも……涙出てるぞ?」
エース
「や、やめろっ!? 目元は、性感帯なんだよ……/// それとも、そういう気分なのか……?」
鬼門
「はぁ……何で子作りは知らないで、そう言うのは分かるんだか」
エース
「何の話だ……?」
鬼門
「掘り下げなくていいから。明日も朝練だし、ゆっくり休め」
エース
「いつでも繋げるなら、こっちのもんだ! 月曜日から頑張ろうぜ、トレーナーさん!」
鬼門
「よく分からんけど、またな」
トレーナーさんと別れ、小走りで自分の部屋に入る。そして部屋には、パーマーがスマホで動画を見ながらくつろいでいる。
パーマー
「エースさん、何処に……肥料買いに行ってたんですね」
エース
「しまった?! 部屋に持ってきちまったぜ」
パーマー
「何か飲みます? 私、ミルクティー買ってきますね」
エース
「お、おい! ……別に気い使わなくても。……ん?」
テーブル置かれたパーマーのスマホが通知で画面が光り、待ち受けが画面が目に入る。
それには、トレーナーさんとパーマーが仲良く映し出された画面が表示されている。パーマーとは仲のいい友人だ、色んな悩み事や知らない事を教えてくれるルームメイト。
だが、それを見てあたしは少し、心にモヤがかかった。それが何なのか分からない、良好な関係の二人であるはずなのにどうして。
パーマー
「エースさん、ミルクティー……どうかしました?」
エース
「え、いや、何でもない……。ありがとな、パーマー」
パーマー
「いえいえ。それより、部屋に持ってくるほど浮かれていたという事は、何かいいことありました?」
エース
「あぁ、トレーナーさんと喫茶店に行って来たぜ!」
パーマー
「また行ってきたんですか?! やる~」
エース
「おまけに手まで繋いできてやったぜ! 凄いだろ?」
パーマー
「へぇー、やるじゃないですか!」
そしてあたしは、細かくトレーナーさんについてパーマーに自慢し、さっきの事はすっかり忘れてしまった。
そして次の日、朝練を終えて校門で待つトレーナーさんの下へ走る。すると、校門前で人だかりが出来ている。カメラを持った取材陣が、トレーナーさんの周りを囲んでいる。
鬼門
「あの、すいません。今日はトレーニングの日ですので、日を改めて取材を――」
「トレーナー業とモデルを兼業されているそうですが、これからどのような方針で決められていくおつもりですか?」
「噂ではトレーナー業を足掛かりに、モデルで一儲けしようなどというコメントがされていますが、お気持ちをお聞かせ願いますか?」
鬼門
「ですから、学園を通してから取材を――痛っ……」
何だコイツら、寄ってたかって噂に過ぎないコメント記事を鵜吞みにしやがって。
エース
「ジャーナリストなら、ちゃんと許可取って取材してこいっ! 感情も読み取れねえ奴が、記事なんか書いてんじゃねえ!!」
鬼門
「エース……」
その言葉を最後に記者団は居なくなり、蜘蛛の子を散らしたように静かになった。
鬼門
「ありがとう、エース。でも、あんな言い方したら悪質な記事書かれるぞ?」
エース
「いいんだよ、あんなの屁でもねえ。それに、デカい声も出してトレーナーさんも守れたんだ、スカッとしたぜ!」
鬼門
「エースはイケメンだな」
エース
「トレーナーさんに言われると、何か照れるな……///」
鬼門
「まぁ、問題が起きても大丈夫だとは思うけど……」
そして午後を迎え、案の定あたしの朝の件について、取材陣に対しての恫喝記事が書かれていた。それに関して、まともに取り合う必要は無いと思い、教室で傍観していた。
だが、記事での反応が芳しくなく、辛辣なコメントが飛び交う。
シービー
「エース、このフェイク記事、訴えた方がいいんじゃない? いくら何でも……」
エース
「大丈夫だろ? その内時間が何とかしてくれるだろ」
シリウス
「それはそうだが、トレーナーに対しても飛び火してるぞ。
ルドルフ
「このままだと、トレーナー君への悪評が広まりかねない。恫喝について便宜説明をするか、記者団に対する虚偽記載に異議申し立てるか……。一先ず、トレーナー君に相談してみるのはどうだろう?」
エース
「そうだな……ルドルフの言う通り、聞いてみるか」
ルドルフに言われた通り、トレーナー室に向かうことにした。
ドアを開けると、トレーナーさんが居ない。一応、名前を呼んでみるが反応が無かった為、校内を探し回る。理事長室を通った時、微かにトレーナーさんの声がする。
恐らく、理事長と何かを話している。けど、よく聞こえない。
秋川
「――やめ――ることが――るのか?」
鬼門
「はい、やめます」
やめる? 何をやめる? もしかして、トレーナーを?
あたしのせいだ、感情に任せたから、あんなことに。ルドルフなら、もっと上手く出来た。だったら、記者を宥める事だって出来たはず。
エース
「トレーナーさんッ!!」
鬼門
「うおっ、エース!?」
エース
「トレーナーさん、辞めないでくれっ!? あたしが謝れば済む問題だろっ? こんな形でトレーナーさんと別れるのなんて、耐えられない……。あたし、何でもするから……辞めないでくれっ」
鬼門
「勘違いだ、勘違い! 取材側のフェイクニュースを止めることが出来るって話だ」
エース
「え……それじゃあ」
鬼門
「辞めないから、安心しろ」
エース
「よ、よかったぁ……」
鬼門
「顔がグシャグシャだぞ、はいティッシュ」
エース
「ありがと……」
トレーナーさんから詳しく聞くと、忍ばせていたボイスレコーダーが証拠となり得る為、件の鎮静化が図れる。
そしてそれを会社に提示し、この事件は無事、事なきを得た。
ただ、この時思ったのが、本当にトレーナーさんが居なくなる未来が訪れるのはそう遠くない。これを考えるだけで、胸が苦しくなる。
分かってはいたが、あたしは体を動かす事で忘れようと目を瞑っていた。
本当にこの未来が訪れた時、あたしはどうするのだろう。