真人間には向かないプラン   作:ikos

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感情の源泉

 

 解放戦線の連絡役からコンタクトがあったのは、V.Ⅵ(メーテルリンク)が無人僚機を使いこなし始めた頃合いだった。

 ほぼ殺していないとはいえ、先日拠点をひとつ潰したばかりだ。おまけに所有機を大量に破壊している。よく割り切ったものだと思っていたが、レイヴンが受けたという依頼の内容を聞いて納得した。

 BAWS第2工廠の奪還――無論、相手は惑星封鎖機構になる。普通なら単機で手がけるような作戦ではない。ようは、タダ使いできる戦力としての期待だ。

 実際のところは今のレイヴンひとりでも問題なく片付けるとは思うが、解放戦線にその辺りの判断はつかないだろう。あてにしてきたということだ。

 とはいえ惑星封鎖機構を追い払ったところで同じことの繰り返しだ。解放戦線にもBAWSにも、防衛戦力を用立てられる目処(めど)はない。

 その辺りは、本人たちも認識しているようだった。

 

《……目的はあくまで、蓄積したコーラルの回収だ。惑星封鎖機構はコーラルを用いない。……それなりの量が得られるものと、期待している》

 

 よほど在庫が逼迫しているのだろう。しかし、レイヴンへの依頼料も決して安いものではないはずだ。なけなしの資金をはたいて惑星封鎖機構を刺激する危険を冒すとは、いまひとつ理解の及ばない話だった。

 なんとなく気が向いたので、そのままを聞いてみた。

 

「食糧の問題なら、その金で食品生産工場でも建てたらどうだ? よほど生産的だと思うが」

《耳の痛い話だが……工場だけを作ったところで、種や苗や、合成食品なら原材料といったものの安定的な供給ができないんだ。それに、その工場を動かすのにもエネルギーが必要で……だが、どこかで、その筋道を立てる必要はあるのだろうな……》

「ああ、なるほど。封鎖が解けない限りは厳しそうだな。……ミールワームだったか、あれならコーラルだけですむのか?」

《……養育ポッドが稼働しているうちは。生産できるカロリー量だけで考えるなら、比べ物にならないほど効率的な食糧だ》

「そうか。難儀だな」

 

 おそらくBAWSの「井戸」は、ベリウス地方の食糧の何割かを担っていたのだろう。台所事情の苦しさが透けて見える。

 ルビコニアンの総人口はそう多くない。明らかな焼け石に水ではあるが、当座をしのぐことはできるという目算か。

 依頼元を隠したところで、仮にベイラムやアーキバスなら「井戸」を譲ることなく占拠し続ける。そうではない以上、BAWSや解放戦線の絡みだということは隠しようがない。報復は避けられないだろうが、これが果たしてどう転ぶか。おそらく、前回はなかった展開だ。

 

「まあ、いいか。嘘というわけでもなさそうだ。レイヴンが請けたなら問題はない。あとはこちらで相談しておく」

《……貴方がた二人の助力に、心から感謝する》

「感謝する相手はレイヴンだけにしておけ。俺はただのついでだ」

 

 ふと、笑うような気配があった。

 ひどく穏やかな声だった。

 

《彼女も似たようなことを言っていたよ。案外、二人とも似たところがあるのかもしれない》

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

「――とか言ってたんだが」

《えぇ……》

 

 かなり不本意そうな「えぇ」だった。素直な反応に笑ってしまう。

 単純に機嫌を損ねたのとは違う感じだ。前回ですら滅多にしていなかった、むくれた顔を思い浮かべた。最後に見たのは、多分、ひとりでLAMMERGEIERの試乗に行って喧嘩になったときだ。

 そんな思い出話を共有できるわけもなく、レイヴンが不満げに続ける。

 

《タダ働きしてるのは貴方だけじゃない。行動原理なんて何一つ似てないし、感謝されるいわれもないわ》

「お前が請けなかったら俺も出ないんだが」

《……ああ、そういう……。……でも一緒にされるのは複雑……》

 

 本音があまりに滲み出ている。

 わりと同類だと思っているので、そこでいやがられるのは予想外だった。言うべきか言わざるべきか。そんなことを考えているうちに、レイヴンが頭を切り換えた。

 

《ところで、フロイト。連絡してきた理由は何? 声が聞きたいなんて話じゃなくて、何かあるんだと思うけど》

「それもあるんだが。……そうだな、当日じゃなく、先に話しておいたほうがいいと思った」

 

 真面目な話だと伝わったのだろう。レイヴンは軽口に乗ることなく、先を促した。

 

PCA(惑星封鎖機構)の指揮をAIが執っているのは知っているか」

《AIが?……いえ、知らないわ。まるでSFね》

「ウォルターは把握しているだろうが、まあ、順に教えるつもりだったんだろう。……このAIなんだが、今までの感触だと、人的資源の損耗にわりと鈍感だ」

《つまり……そうか、なかなか撤退させない?》

「そういうことだ。完全に武装解除した状態でも、動ける状態なら撤退を認めない可能性がある」

《……厄介ね……。そんな状態で何をするっていうの? 見学?》

「近いな。やるとしたらデータ収集だ。戦闘データなり機体データなり、襲撃者の正体や依頼者の情報なり。その辺りだな」

《なるほど……》

「おまけにLCは空戦能力が高い。特化型なら特にそうだな。機動力を奪うには、少なくともブースターをいくつか破壊する必要がある」

 

 レイヴンが思案げに沈黙する。

 考えがまとまるのをしばらく待って、先を続けた。

 

「ようは、やるなら徹底的にやる必要があるということだ。AI(システム)に損害を認識させる程度に。……その上で、相手が退かない可能性も考えておいたほうがいい」

《……依頼内容は、占拠勢力の排除、か。その場に置いておくわけにもいかない……相手が退かないなら……難しいかな……》

 

 苦みのある声だった。ただ、そこまでの切迫感はない。

 

「もしくは、解放戦線を巻き込んで鹵獲するのも手か」

《ろかく? ……どんな意味?》

「敵の兵器を奪って再利用することだ。ただ、PCAの技術水準は企業より2世代は進んでいると言われている。解放戦線とBAWSに十分なリバースエンジニアリングができるかどうかは微妙だが、まあ、最悪企業に売れば金にはなる。回収要員を出させればいい」

《……こちらから交渉を持ちかけるの? それは……“趣味”の範囲を、超えている気がするわ》

「向こうにとっても悪い話じゃない。今回の件、解放戦線はPCAを敵に回すことを決めたということだ。報復は覚悟しているだろうが、相手の損害を最小限にすることで報復の程度を下げるという選択肢は、まあ、ありなんじゃないか」

《………》

「それとも、今回は諦めるか? その方が楽なのは確かだ」

《……ウォルターと相談してみる。止められたら、諦めるわ》

「そうか」

 

 多少のもどかしさを覚えた。理不尽もエゴも貫き通せる力を持つなら好きなようにすればいいのに、今の彼女は、外さずにいる首輪を優先順位の最上位に置いている。――不自由、というのとも少し違う気がした。面白いかと言われれば面白くはない。妬心や苛立ちというほどのものではないが、もやつくものがあるのは確かだ。

 前回自分との「100回」の契約を守ったのと同じように、ウォルターが大量虐殺の命令でも下さない限り、彼女が自らその首輪を外すことはないのだろう。それでさえ、納得ができればおそらくは実行する。そういう女だ。

 いま殺しを回避しようとしているのは、優しさや慈愛などではなく、罪過への抵抗感でしかない。この稼業と場所に適応した人間だ。その傲慢さは多分本人も自覚的で、そういうところを気に入っているのだが。

 

「ついでだ、相談するならIFFについても聞いておけ。前回とは構成も変わっているし、ある程度はごまかせるはずだ。……PCAは“レイヴン”にご執心だからな。下手をするとお前が黒幕扱いになる」

《……そっちの問題もあったわね……》

 

 ため息交じりにレイヴンが応じる。

 ライセンスは拾い物なのだろう、とは、まだ言わないでおいた。

 

《黒幕って言うなら、貴方(V.Ⅰ)の方も良くないんじゃない?》

「そうだな、PCAと全面戦争をするには少し早い。たまにはフレームを変えてみるか」

《もしかして、戦車型(タンク)で来たりする?》

「それは見てのお楽しみだ」

 

 レイヴンは笑い声をこぼして、通信を終えた。

 

 さて、と業務用のパネルを手に取った。部屋を出てハンガーへ向かう。

 偽装のために変更するとはいえ、パラメータを向上させるか抑制するかが考えどころだ。動かしていて一番楽しいのが今のフレームなので、あまり数値を変化させたくはない。

 少しの間考えて、折角手に入れたのだからとオールマインド製のフレームを使うことにした。一般に出回っていない製品なので、偽装にはもってこいだ。

 あの脅しを真に受けたわけでもないだろうが(とはいえやるとすれば普通にやるが)、オールマインドは素直に現行製品の購入承認を回してきていた。アーキバス系列とはまた違う流線型のフォルムはかなりレイヴンの好みにあったようだが、自分としてはもう少し無骨なものの方が好きだ。買いはしたし試してみたものの現行のパーツを変えるには至らなかった。ただ、これもいい機会だ。実戦で使ってみるのも悪くない。

 

 とはいえ、大してテストを重ねられる程の時間もなかった。

 色々と考えた結果、腕と脚だけをMIND ALPHAに変更する程度で終えた。“人体感覚の拡張”とはよくいったもので、あのフレームはフィードバックが変に滑らかだ。癖が強い。だが、この違和感こそが偽装として有用なのだろう。

 不明機の分析は搭乗者の方の「癖」を見る筈だ。ブーストの使い方、軌道変更のタイミング、スロットルの開け方、射撃のタイミングとパターン。データ量が多ければ多いほど判断材料になる。いかに機体や武装を変えたところで、恣意性を排除できれば統計は嘘をつかない。そのうち正体は知れるだろう。

 ――まあ、その頃には惑星封鎖機構の本格攻勢が始まっているはずだ。大した問題ではない。

 

 フレームの交換作業を眺めているところに、レイヴンからメッセージが入った。ウォルターがレイヴンの提案を受け入れ、代理人として解放戦線との交渉と報酬のつり上げを行ったとの内容だった。

 まったくもって、情報から得られる人物像と、実際のウォルターには齟齬(そご)がある。

 次々と猟犬を得ては無謀とも言える作戦に従事させ、擦り潰しては補充を繰り返す冷酷無比な調教師(ハンドラー)――目的が不明だからこそ一層の不気味さをもって警戒されていたその実像は、使命感と情の板挟みになって苦悩する、この稼業であの年齢にしては驚くほど()()()感性を持ち続ける男だった。

 まあもっとも極悪人だというのも事実で、レイヴンが生き残っているのはただ単純に、無茶に応じるだけの才能を持ち合わせているというだけの理由だ。そうでなければ早晩死んだだろうし、ウォルターは苦渋を滲ませながら次の猟犬を用意しただろう。今までずっとそうしてきたのと同じように。

 

 いつか、それを引きちぎる必要が出てくるのだろうか。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 作戦時間は夜間になった。正確には夜明け間近だ。

 集音マイクがレーダー範囲外の機体たちの駆動音を拾っている。ルビコンの夜にはしばしば見られる現象だ。音波が放射冷却現象によって発生する気温の逆転層を屈折して通るためで、音が上方斜めに曲線状に伸びて普段よりも遠くまで届く。

 

 放射冷却が強く出ているのだから当然のこと、夜空は雲一つない晴れ具合だ。

 色は殆ど黒に近い、深い濃紺だった。衛星や別星系の恒星が冴え冴えとした光を運んでいる。

 寒さはACに乗っていればほとんど影響がない。

 のんびりと夜空を見上げて待っていると、通信が入った。

 

《フロイト、聞こえる? 問題なければ始めようと思うんだけど》

「ああ、問題ない」

 

 身を起こして、浮き立つような感覚に笑った。やはり新しいものはワクワクする。

 侵攻は二手に分かれることにした。一緒にいてはついついフォローをしてしまいそうだし、相手のターゲットも分散する。下手に()()をしてしまっては上達の邪魔だ。

 いつもと少し違う上昇の感覚を楽しみながら、北西部から内部に侵入する。

 

 惑星封鎖機構の2脚MT(AM14 SENTRY)はBAWS製のものより性能がいい。両肩に備えられたブースターが特徴的で、LCほどではないが機動力がある。

 まずはそのブースターをリニアライフルのチャージ弾で潰してみた。さすがに吹き飛ばされることはなく、安全機構のためか本体への損傷は少ないようだ。

 

《なっ――》

 

 ツーマンセルの歩哨だった。アサルトブーストで一気に距離を詰め、もう1機の右肩を、そこに装着したブースターとミサイルごとレーザーブレードで斬り落とす。

 惑星封鎖機構がレーザー防御に特化しているからか、それともフレームの出力の差か。少し手応えが重い。ダガーをブレードに戻しておいたのは正解だった。

 飛び退きながら、ブースターを破壊した1機目の右肘関節を狙った。関節部の防御機能はさすがの高さで、有効な入射角も相当狭い。ブレードで肩ごと落とすほうが楽そうだ。

 そういえば、今日のレイヴンは近接武器を持ってきたのだろうか。最近は(もっぱ)らリニアライフル2丁にミサイルを色々試している印象で、自分とやるときも基本は引き撃ちだ。時々隙を探しては突っ込んでチャージ弾を叩き込んでくるので、まあ退屈はしていない。

 

《敵襲……!? BAWSか!?》

《コード15、所属不明AC! 単騎です!》

《独立傭兵か!? 舐めた真似を……!》

《こちらチームσ、コード15! こちらにも1機――》

 

 不自然に途絶えた。通信をする余裕を与えたと言うことは、向こうも何機目かの戦闘だろう。

 惑星封鎖機構の電熱カッターめいた武器はシンプルに面白い。脆そうだが実に軽そうなので、予備武器に載せられたらいいのになと見るたびに思っている。これだけ貰って帰ろうか。――いや、スネイルが煩くなる。鹵獲するなら機体の方をこそ回収しろと騒ぎそうだ。やめておこう。

 まあ、そのうち機会はあるだろう。

 

 グレネード弾を避けながら、ようやく出てきたLCに狙いを向けた。

 SGに防衛を任せることこそしていないものの、MTの比率が高い。無人機のガードメカ(MT-T-026)まで見られる。この分だと執行機は配備されていなさそうだ。つまりは判断権限が低めということで、やはり撤退の目はありそうにない。

 

 大した驚きもなくLCのデータを収集して、ついでに機動力を奪っていると、レイヴンから通信があった。

 

《こっちは片付いたわ。回収班を呼ぶ?》

「ああ、頼んだ。こちらは“井戸”の前だ」

《今行く。この先は任せて》

 

 めずらしい積極性だった。わかった、と返して到着を待つ。

 訪れたレイヴンは、前回とは武器構成を変えていた。両手は火力型リニアライフル、右肩は高誘導ミサイル(P05ACT-02)、そして左パイロンにレーザーブレード。久々の近接武器だ。

 重い音を建てて隔壁が開くと同時、雨霰(あめあられ)のような射撃が降り注いだ。それぞれ違う方向に飛び出て、通路上のMTを手早く片付ける。撃ってから、そういえば任せろと言われたなと思い出した。つい反応してしまった。

 指揮官は高機動タイプのLCだった。

 機動力を活かして肉薄した機体へ、レイヴンがリニアライフルで応戦した。瞬時にシールド持ちだと判断したか、頭上を取りながら正確に左肩へ。

 やるな、と口角が上がった。

 そのままキャットウォーク上のMTを蹴散らしながら着地、ぐんと溜めを作って再び飛びかかる。

 LCがパルス性のランスを突き出す。シールドかと思えば、面白い機能がついているようだ。回避はかなりぎりぎりだった。――おそらくはわざとだ。突進をいなすように横合いへ回りながら、チャージ弾を2発。そして滑らかに、肩の近接武器へと持ち変える。

 Vvc-770LB――VCPL謹製のレーザーブレードだ。()しくも同じ武器を持ってきたらしい。

 機体の頭部を蹴り込むと、ACSがスタッグ状態になった。その隙を逃さず、上から叩きつけるようにレーザーブレードを振り下ろす。

 派手な火花を散らして、切断された右腕が落ちていった。

 LCが慌てて距離を取る。レイヴンは追わず、逆側の通路へ降り立った。

 

《馬鹿な……! こんな、“寄せ集め”などに……!》

《……一応、確認しておくわ。残りは半壊状態のLC(貴方)が1機だけ、運用機を大量に鹵獲されそうなこの状況で――AI(システム)はまだ、撤退を命じないの?》

 

 話しかけるとは思わなかった。内容は、まあ予想通りだが。

 苦々しげな声がそれに返した。

 

《こんな真似をして何の意味がある……いずれにせよ執行部隊が投入されて、蹂躙されるだけだぞ……!!》

《そうね。とりあえず、500人くらいの子供が半年程度飢えずにすむそうよ》

 

 息を呑む気配があった。

 予想外の反応だ。

 レイヴンも同じように感じたらしい。少し、困ったような声になった。

 

《……そんな反応をされると、捕虜にしにくいんだけど。どのくらい壊したら撤退させてくれそう?》

《――舐めるなよ、傭兵!》

 

 怒らせた。

 なんだか記憶にある展開だ。なるほどこれが「素で挑発する」というやつなのか、と納得した。

 自分もよく言われるものの自覚はなかったが、他人の行動だと結構わかるものだ。

 

 右肩を切断されたことで機動が難しくなったはずだが、LCは背中と脚のブースターで器用に浮かび上がった。さすがというか、操縦技術は高い。

 そのまま上空からミサイルを浴びせかけてくる。

 天井が高いのが凶と出た。ACで食いつき続けるのは難儀だろう。

 どうするか、と思いながら眺めていると、レイヴンはアサルトブーストで背面へ回り込んだ。そして急停止、空中からリニアライフルを放つ。

 撃ったのは2発。電磁力で加速した弾が、脚のブースターを貫いた。

 思わず口笛を吹きそうになる。

 

《ば、馬鹿な――狙ったというのか!?》

《貴方みたいな人、嫌いじゃないんだけどね》

 

 左右のバランスがいよいよ崩れ、制御を取れなくなった機体へと接近し、掴んで床へと引き倒す。

 重量をかけて身動きを奪い、コア部分にレーザーブレードを突きつけた。

 

《最後よ、AI(システム)に確認を。貴方の判断でも構わない。報告は上がっているでしょうけど、既に回収は始まっているわ》

 

 緊迫した沈黙が流れた。無力化された部下のMTが固唾を呑む中、吐き捨てるような声が言った。

 

《……残念ながら、否だ》

《そう。残念ね》

 

 そのやりとりが終わった頃、解放戦線から侵入可否の問い合わせがあった。

 レイヴンが応じ、惑星封鎖機構に比べると随分安っぽいMTがわらわらと現れる。

 彼らが緊張した様子で惑星封鎖機構を投降させていく中、ようやく身を起こしたレイヴンが、こちらにカメラを向けた。

 

《お待たせ。ここでは邪魔になるから、外で始める?》

 

 機体に大した損傷はない。思わず頷きそうになったが、思い出して首を振った。

 

「いや……もう少し移動したい。ポイントを送る」

 

 レイヴンは不思議そうだったが、素直に同意した。

 夜明けが近い。夜空の裾は炙られるように橙色のグラデーションを示している。

 さして時間もかけずたどり着いた海岸近くの平原で向かい合い、レイヴンの機体(ノーデンス)がごく自然に銃口を向けてきた。

 

 迷いなく撃ち返す。

 きっといつもとは違う、戦闘が始まった。

 

 高威力で高速度な、リニアライフルの弾が襲い来る。チャージは今のところする気配がない。――近接攻撃で決める気だ。

 放たれた高誘導ミサイルを意識しながら撃ち合う。レーザードローンをすべて展開した。

 かぶりついてくる気配にとんでもなく興奮した。

 一発を軽んじず、ACSへの負担具合と解消具合を計算している。

 勝とうとしている。負けないのではなく。より積極的に、損傷する――負けるリスクを背負って、なおその先へ。やっとその場所へ。

 ぞわりと肌が粟立った。言葉にならないくらいの歓びだった。

 

 レーザードローンから逃れる先にリニアライフルを撃ち込む。手加減など冗談ではない。一切の手抜きをなしに、コアを狙った。

 敵機が瞬時に、射線に対して装甲を傾けて損害を抑制する――狙いを読まれている。最高だ。回避できないとみて計算に入れた。それなら、次は。

 懐へ飛び込む。レイヴンには怯む気配など一切なかった。二対のレーザーブレード、その互いの展開――その角度。

 歯を食いしばるような空気。レイヴンはブレードを収めた。

 機体(ノーデンス)が力を失う。レーザーブレードが空を切った。――ACSを切ったか。それで回避出来るという秒単位の判断自体が、大概頭のおかしなものだ。

 回復を待つ気はない。だが、蹴りを入れようとする攻撃は読まれていた。レイヴンのレーザーブレードが待ち構え、ひゅっと息を吸って距離を取る。脚部の装甲を掠めた。

 

「はは……はははっ! なんだこれ、最高だな……!」

《そう、なによりだわ。今日こそ勝たせて貰うから》

 

 声こそ淡泊で冷静だったが、熱量はとんでもなかった。この日のためにどれだけ準備をしてきたのだろう、どれだけこちらの癖を掴んできたのか。“趣味”にかまけているのかと思っていたのに、こんな隠し球があるとは思いにもよらなかった。

 ――前の彼女ならもっと時間をかけて把握したものを、今、この女はすでに理解している。脳が焼き切れそうなほどにワクワクした。そして何より、彼女の緊張と楽しさが、ダイレクトに伝わってきた。

 声に出さなくても。甘い顔など欠片も見せなくても。

 その射撃の正確さ、お互いの回避機動、隙を狙う気配、一撃で大半を持っていく近接武器、そのすべてが。

 この上なく掻き立てる。

 墜とす、という強固な意識。そこには欠片の敵愾心さえなく、ただひたすらに純粋だった。他の何をも介在しない。今はすべてが自分に向けられている。そんな感覚だった。

 ドローンの射撃を避けながら、回避機動上に撃たれたリニアライフルが行く先を阻む。誘うように。

 その程度の誘惑に乗ってやるつもりはなく、何度かクイックブーストを挟んで背後を狙った。反応が追いついてくる――予想外に、レーザーブレードの青が閃く。

 息を飲んで軸をずらした。追撃が伸びてくる。躱せるかと思ったが、僅かな機体重量の差がここで影響を及ぼした。

 笑いながら舌打ちして右手をレーザーブレードへと持ち替え、リニアライフルでミサイルを迎撃する。

 彼女の判断力も、その判断速度も、記憶に比べれば下回っているはずだ。慣れない機体とはいえ、やすやすと墜とされるわけにはいかない。墜とされてしまっては勿体ない。

 リニアライフルがブースターを狙う。かろうじてずらし、遅れてパルスアーマーを展開した。

 

「いいな、レイヴン! だからお前とやるのは堪らないんだ! なあ、次はどうする? まだあるんだろう!?」

《喋ってる余裕が……! ない、のよ、こっちは!》

 

 再びリニアライフルを両手に持ち替え、中距離からパルスアーマーを剥がそうとしてきた。

 狙いをつけるまでもないからだろう。間断なく撃ち込まれる弾をしのぎ、懐へと飛び込む。レーザーブレードを繰り出したその瞬間、至近距離でレイヴンがブースターを噴かした。

 警告音。だが高誘導ミサイルの軌道は――と考えた次の瞬間、着弾したミサイルが炎と煙を上げて視界を塞ぎ、アーマーが限界を迎えた。FCSを切って直線で叩き込んだのだ。たった2発だったが、至近距離からの威力は十分だった。

 リニアライフルの銃口がレーザーブレードの機構部分に押し付けられる。引き金を引く前に撥ねのけたが、そのままぐるりと銃身で殴りつけてきた。

 衝撃がダイレクトに走る。脳味噌を揺さぶられるような感覚の中、距離を取りながらリニアライフルを撃ち放つ。

 

「っは……! 笑える!」

《まだ、ここで……ッ!》

 

 飛び込んでくる機体を、喜びをもって迎えた。いっそ抱きしめたいくらいだった。

 その代わりに展開したレーザーブレードで、右腕を半ばから撥ね飛ばす。バランスを崩したノーデンスは追撃をかいくぐるようになおも接近し、アサルトアーマーを起動した。

 ACSが許容範囲を超えて固まる。コアに突きつけられたリニアライフルは、しかし、弾を放たなかった。

 

 しばらく、どちらも動かなかった。

 荒い呼吸だけがスピーカーから聞こえる。

 やがて、レイヴンが大きく息をついた。

 

《……私の、勝ちってことで……いい……?》

「……ああ」

 

 熱に浮かされる声で返した。レイヴンがもう一つ、今度は万感の思いを込めた息を吐いた。

 

 最高だった。とんでもなく興奮した。

 手が震えるほどの喜びを覚えた。これまでだって十分すぎるほど楽しかったはずなのに、今日はそれ以上だった。

 今までのレイヴンとは少し違う。手間のかかる作業で蓄積させたストレスのせいなのか、この上なく純度の高い、「愉しい」という感情が伝わってきた。猟犬である女が、リードに繋がれたそのままに――全力で、全身全霊をもってぶつかってきた。

 こんな相手、他にいない。

 前回の自分がどれだけ勘違いしていたのかを実感する。ただ強いからレイヴンが好きなのではなかった。強くて、何より、同じくらいに()()()()戦ってくれるから、愉しかったのだ。

 ただ戦えるだけではこの感覚は得られない。今まで気づかなかったのが嘘のようだ。

 

 以前の自分は、ファクトリーでも何でも全部利用してこの女をACに乗せ続けてやろうと思っていた。だが、実際にそうしたところで、きっとこれほど幸せな気持ちにはなれなかっただろう。

 前回の最後の最後――あれほど御膳立てして技量の全てをぶつけて出し尽くして、命を懸けて戦えたあのときでさえ、これほどの満足感はなかった。あれだって最高に楽しかったのに、本当なら、もっと楽しめたはずだったのかもしれない。だとしたらなんて馬鹿なことをしたのだろう。

 声にならない感情が喉を詰まらせ、たまらなくなって、コンソールへ突っ伏した。

 

 ――駄目だ、これは駄目だ。どれだけ惚れ込ませれば気が済むのだ。

 こちらの気も知らないで、レイヴンがいつもどおりの様子で話しかけてくる。

 

《やっと勝てた……。そういえば、今日はどうして場所を移したの? やりやすかったからいいけど》

「……渡したい、ものが、あったんだが……。駄目だ、今ちょっと無理だ。降りて顔をあわせたら我慢できそうにない。襲う」

《そっ……う、いう、ことは! 本人に言うものじゃないでしょ……!》

「おい馬鹿やめろ、恥じらうんじゃなくてちゃんと軽蔑して(ののし)れ、頼むから」

《どういう趣味なの……》

「趣味じゃないから言ってる。ちょっと頭を冷やしたい」

《……罵れと言われても困るんだけど……。……え? 何、ウォルター?》

 

 保護者の存在を思い出して、強制的に頭が冷えた。すっかり聞かれてしまったらしい。

 先日のはまだしも、これはどう考えてもアウトだ。

 レイヴンが呆れ混じりの声で言った。

 

《……今すぐ帰投しろ、ですって》

「まあ、そうなるよな……」

 

 シートに身体を投げ出して、モニタ越しの空を仰いだ。

 朝焼けのグラデーションが綺麗だった。黄金と橙から緑青を経て紺色へ。ため息の出るようなコントラストだ。

 

「……ここに置いていく。持って帰ってくれ」

《わざわざ手渡ししたいものって、一体何だったの? いつもならオールマインドを使うのに》

「救難信号用のビーコンだ。リストバンド型の」

《それ、発信器――》

「じゃない。操作しない限り発信しない。バラしてみたらわかるが、電子制御を極力排除した原始的なやつだ。それでも3種類の発信機構を組み込んであるから、冗長性は高い。……仮に、コーラルの奔流に呑まれても、一つくらいは生き残るだろう」

 

 レイヴンの反応は怪訝そうだったが、ウォルターには意図が伝わったはずだ。

 結局のところ、レイヴンの危地に同道できる方法は、見つけることができなかった。

 だったら、後は信じて待つだけだ。前回の苦難の半分くらいは通信機器が全滅したことによるものだったのだから、最低限を押さえるなら、ここしかない。

 

「助けが必要になったら呼んでくれ。……必要なければ呼ばなくていい。呼べる状況を持っていて欲しいだけだ」

 

 レイヴンはしばらく沈黙していたが、やがて、大きなため息を吐いた。

 

《……疑問なんだけど、殊勝なことを言う前には失言しないといけないルールでもあるの? 大概振り回してくれるわよね》

「本音でぶつかってるということにしてくれ」

《建前の導入を求めたいわ。……信用していいのかどうか、本当に、判断に迷うのよ》

「信用はしてほしいんだが、話してると口が滑る」

《またそうやって……ああ、わかってる、ウォルター。もう引き上げるから。受け取ってもいい?》

 

 かなり渋った様子だったが、本人が決めた以上、尊重することにしたらしい。それ以上の言い合いは聞こえなかった。

 

「……カラーリングは、今の機体(ノーデンス)と揃えておいた。気に入ってくれるといいんだが」

《それは……ちょっと、楽しみ。ありがとう》

 

 レイヴンが笑った。

 どこか、気の抜けたような笑い方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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