ハンガーでオキーフと立ち話をしていると、スティールヘイズが帰投してきた。
目立つほどの損傷は見られないが、細かい傷と熱が装甲の塗装を削り、近接格闘機特有の度重なるオイル汚れで
ここ数日ほど、第4部隊はBAWSから奪った「井戸」の防衛にあたっていた。差配したのは当然ながらスネイルだ。
惑星封鎖機構の襲撃は2度。嫌がらせのようにベイラムがちょっかいを掛けに来たのが1度。そのすべてを危なげなく
ふと、その目がこちらを捉え、意外そうに瞬いた。
「……君たちがここで揃い踏みとはめずらしいな。これから共同作戦でも?」
「いや、オキーフとは別件だ」
「俺はまたしばらく留守にする。……お前は休暇だろうが、あまり飲みすぎるなよ、ラスティ。看護士にかなり叱られたと聞いたぞ」
先日の泥酔事件の後だろう。
オキーフのからかいに、V.Ⅳ――ラスティは眉を下げて応じた。
「普段はあんな飲み方はしないさ。……まあ、当分酒は控えておくとしよう」
「そうしておけ」
「見ているぶんには面白かったがな」
「……忘れてくれ……」
悄然とうなだれる辺り、諸々の記憶はしっかり残っているようだ。
ならいいかと溜飲を下げて、話を切り出した。
「ちょうどいい、V.Ⅳ。相談がある」
「私に? ……いや、勿論、できるだけのことはさせてもらうが……私で役に立つだろうか……」
やたら自信を無くした返答に、それでは困ると眉を顰めた。
「弱気になるな。お前が一番ヴェスパーの中では女の経験値が高い。そこに期待して頼るのだから応えてみせろ」
「そうか……。そうだな。まずは、話を聞こう」
無駄に整った顔をキリッと引き締め、ラスティが力強く頷いた。
オキーフが笑いをこらえているが、とりあえず放置しておく。
「それで、相談とは?」
「女を怒らせたときはどう対処すればいい」
「……今度は何をしたんだ?」
「人前で喉に噛みついた」
「だいぶやらかしたな!? せめて場所くらいは選べなかったのか……!?」
「場所か。どっちの意味だ?」
「
話題が話題だからか、ラスティは声を
オキーフが、この男にはめずらしい種類の苦笑いを浮かべた。
「……考えずに衝動で動くのは程々にしておけ、フロイト」
「考えなかったわけじゃないんだが。そこまで駄目だったか?」
「怒らせたなら、それが答えだろう」
なるほど、確かにそうかもしれない。
思わず納得していると、頭を抱えていたラスティが、ふらりと顔を上げた。
「……一応、確認しておきたいのだが……人前でなければ、怒られなかっただろうか」
「……どうだろうな?」
「まだそんな関係性の時点か……! いくらなんでも駄目だろう、それは! どうして地道に
「駄目なのはわかった。それで、怒らせたことへの対応なんだが」
「まったく反省が見られないな!」
「諦めろ、ラスティ。この男にそれを説いても無駄だ」
頭ではわかっているのだが、どうにもハードルが下がってしまっている。自分以外の理由でお預けを食らっている気分だからだ、多分。
だってもう、戦闘にしろ反応にしろ、あんなの好きだと言っているようなものじゃないか。
とはいえレイヴンが怒っているのは事実で、あの感じだと、放っておいても鎮火しそうにはない。なので手っ取り早くカンニングしにきたのだが、やはり説教は避けて通れないようだ。
完全に聞き流す体勢に入っていたものの、意外にも、話はすぐに対策の方へと進んだ。
同僚二人が小声で深刻そうに話し合う。
「……まずは口先だけでも謝らせるべきだと思うのだが……どうだろう、オキーフ」
「白々しいと思われなければいいがな」
「『謝っている』という形だけでも、無意味ではないだろう。あとは、何か気の利いた贈り物をつければ――」
「なるほど……定型的だが、だからこそ効果的か」
「謝罪はメッセージカードがいいだろう。できれば、手書きで」
「確かにそれなら、失言の余地も少ない。誠意めいたものも演出できるだろう」
どうやら話がまとまったようだ。
プレゼントか、と口を挟んだ。
「だったらちょうどいい。シュナイダーの試作腕がそろそろできそうだ」
やっぱりそれなのかと言いたげな顔が揃ってこちらを見たが、片や諦めたように首を振り、片や重々しくため息を吐いた。
釈然としない。今の手持ちカードで一番喜びそうなものだというのに。
それに、なかなかツッコミどころのある設計なので、多分黙っていられずに話しかけてくるだろう、という目算もある。
とりあえずはシュナイダー社の開発陣に連絡を入れた。「それで生産許可を通してくれるなら……」という感じの、いまだに渋々とした思いが伝わってくる返答があった。スケジュール通りにできあがってきたようだ。
「よし。レイヴンへのメッセージはこれから考える。添削してくれ」
ラスティが雷に打たれたように硬直する。
オキーフまで、目を丸くしてこちらを見ていた。
「……感動するな……これが、成長か……!」
「ああ。怒らせるかもしれないと予測して危険性を摘んだのなら、大いなる進歩だ」
「二人揃って言ってくれる。まあ、あれだけ駄目出しされ続ければな。今回くらいは安全策を取るさ」
「そうか……私の小言も、無駄ではなかったんだな……!」
本気で感動した様子のラスティに、オキーフが苦笑して肩を叩いている。
幼児か野生児かなにかだと思われていないかと、そんな疑惑を覚えた。
- / - -
レイヴンへ通信を入れると、少女めいた声が取り澄まして応じた。
《こんにちは。こちらは独立傭兵Rb23、識別名“レイヴン”の番号です。現在貴方からの通信は事情によりお繋ぎすることができません。現在発生中の問題を解決したのち、改めてご連絡ください。なお仕事のご依頼は代理人をご経由くださいますよう。それでは失礼いたします》
「自動応答メッセージの真似か、エア。学習能力が高いな」
《ありがとうございます。褒めても繋ぎませんけれど!》
「レイヴンは?」
《怒っています》
「具体的に頼む」
《ええと……そうですね、貴方の名前が出ると、体温と心拍数が上昇して無言になります。なぜか私に謝ることがあります。忘れて欲しいそうですが、記憶を消すことは困難で……心苦しいです。それから、言語化が難しい怒りを抱えているようです。発声には問題がないようですが、喉を押さえて不定期に唸っています》
なんだそれかわいいな、と思ったが、なんとか黙っていられた。
エアはそれを、純粋な怒りの表現だと思っているから話したのだろう。多分レイヴンが知ったら羞恥心のおかわりで頭を抱える。それはそれで見たい光景だ。
「あー……とりあえず、通信に出ないのはわかった。伝言を頼めるか?」
《火に油を注いでくるに決まっているので、聞かなくていいそうです。私も同感です。具体的にはさらなる不適切発言が予想され――そうだ。録音してV.Ⅱへの苦情に回せばいいんですね!》
「わかった、少し待て。スネイルが眼鏡を叩きつけそうなやつを考える」
《どうぞ。ウォルターにも転送します》
「……お前、本当に対人関係初心者か? 記憶がないとか嘘だろ」
《よくわからない言いがかりはやめてください。生まれて以降の記憶はちゃんと保持しています》
「だよなあ……」
噛み合わないやりとりをして頷いた。
前回の記憶があるのであれば、レイヴンへの当たりはもっと辛辣になっているはずだ。「生まれて初めて自分を認識してくれた相手」として、ヒヨコのごとくぴよぴよと
今のこの状況は「時間が
それでも、感情面や経験に多少の影響は感じる。やはり無関係ではないのだろう。
「そういえば、レッドガンの報告書改竄の復元、お前の仕事か?」
《それも知っているのですか……。……それが何か?》
「なぜわざわざ復元しているんだ? 警告すれば向こうで対策するだろ」
《しましたよ、警告。……怪文書扱いでしたけれど》
「無視されたか」
《一応、対策しようとした形跡はあるんですけど……やっぱり改竄されていましたね……。
……あっ! 待ってください、まさかあれは、
「だとしたら大失言だったな。まあ違うんだが」
はああ、とエアが安堵のため息を吐いた。本当に人間くさいコーラルだ。
《ひやりとしました……。会話というのは、難しいですね……》
「わかる。思ったと同時に出力していることがある」
《なるほど、『失言』のメカニズムが見えてきました。反面教師にしなくては……》
「そうだな。頑張れ」
《もう。他人事にしていていいんですか? フロイト》
「これでもだいぶ慎重になったほうなんだが」
《レイヴンが怒るわけです》
はあ、と今度は呆れを盛大に含めてみせた。器用な使い分けをするものだ。
覚えていないとは言え、「前回」にはかなりの会話量があったのだろう。
彼女が真実、最初に出会った相手――レイヴンがその手にかけた人間との間に。
「それにしても、やけにレッドガンに肩入れしているな。例の『意中の相手』がいるからか」
《貴方までそんなことを……。それはレイヴンの勘違いです。ただ、少し……理由はわからないのですが、気になるというか……。なぜか、誰かを、助けなければいけないような気がして……》
かぼそい声だった。
最初の話し合いでもこんな口調でそんなことを言ったのなら、レイヴンのことだ、「仕方ない」とあっさり受け入れたのが目に見える。
行き違いとはいえ無視し続けていたという負い目もあっただろう。しばらく甘やかしそうだ。
だが、優先順位は変わらない。
今のレイヴンにとっては、ウォルターの判断が最上位だ。エアや自分は「その次」でしかない。
「あいつが独立傭兵だということは理解できているのか? 特定の陣営につかない立場だ。仕事によって敵対する相手が変わる。ベイラムが敵になることもあるだろう」
《……理解しています》
「ならいいが」
《レイヴンは……優しい人ですね。最初は、冷たい人なのかと思っていましたが……きちんと話を聞いてくれます。聞いたうえで、叶えられる範囲を一緒に考えてくれました。……駄目なものは駄目でも、理由の説明をしてくれる人です。私は……それが、何より嬉しい》
「そうか」
とりあえず頷いておいた。
人類全員に対してそうなのではなく、だいぶ相手を選んでいるのだが、まあ別に間違いではない。たまたまエアがその対象だったというだけだ。
そろそろ話を切り上げようと、本題に入った。
「連絡した理由なんだが、一応言っておく。“例の腕フレーム”、オールマインド経由で送っておいた。明日辺り届くはずだ。修理部品はシュナイダーが直接受け付ける」
《それは必要な伝言ですね。承りました》
あっさりと応じ、エアが不思議そうに付け加えた。
《ところで、これは……『プレゼント』というものでしょうか》
「そうだな。前から約束していたやつだ」
《『花』や『宝石』ではないのですね》
予想外に人間めいた発言だった。虚を突かれたような気分で答える。
「よく知ってるな。あいつが欲しがればそれでもいいんだが」
《なるほど……。普遍的な正解があるわけではない、ということでしょうか?》
「そうだな。もし欲しがっていたら教えてくれ」
むう、と小さな声がした。
しばらく唸って、ようやく返事をしてくる。
《……良いことか悪いことか、判断がつきません。レイヴンに相談します》
「しっかりしてるな……」
《そうでしょう》
今の言い方はレイヴンに少し似ていた。もう少し語尾が疑問形かもしれないが。
どうやら早々に影響を受けているらしい。
まるで幼子だ。そのうちレイヴンが猟犬に対するウォルターのように過保護になって、「教育に悪い」とか言い出しそうだな、と考え――ふと首を捻った。
「それにしても、よくレイヴンが取り次ぎなんて頼んだな?」
《いえ、依頼されたわけではありません。私の判断です》
「……勝手にやったと言わないか、それは」
レイヴンのことだ、今はまだエアとこちらを会話させたくなどないだろう。あまりに自然にやっているので、てっきり頼まれたのだと思っていたのだが。
エアがとたんにあわてはじめた。
《で、でも、しばらく貴方の通信には出るつもりがないから、教えなくていいと言われたのは本当です!》
「なるほど、それか。勝手に出るのはまた話が違うんじゃないか?」
《お……怒られる、でしょうか……》
「多分な。自分のことは全部自分でコントロールしたがるやつだ。……今はちょっと違うかもしれないが」
ウォルターという指針があるためか、以前ほど強固に自律的ではないような気もする。ただ、勝手な介入はやはり嫌うだろう。
おろおろとうろたえるエアに、こちらはこちらで、こんなやつだったかと首を捻った。
「まあ、素直に謝っておけ。今後はちゃんと指示を仰ぐと約束すれば、レイヴンもそこまで怒りはしないんじゃないか」
《本当ですか……?》
「さあ?」
《そんな、ひどいです!》
「何にひどいと言われているんだ」
《期待を持たせて落とすようなことを言うからです!》
そんなことを言っただろうか。よくわからない。
ともあれ、当初の目的とは違うとは言え、Cパルス変異波形の現状が把握できたのは収穫だった。
この分なら、当面の危険性はないだろう。
- / - -
「余計な一言を加えるな」「謝る条件を限定しようとするな」などと何度か駄目出しをくらいながらなんとか書き上げたカードと一緒に、シュナイダー試作腕フレーム46F/Yを送りつけた。
重量は驚きの10000切り、それでいて腕部積載能力は12000近く。いつぞや話した「アホみたいに軽くて反動制御がそこそこで射撃適性がまあまあな腕」そのものだ。
勿論欠点はある。エネルギー負荷が高く、軽量化を極めた装甲は上腕部の内部機構がほとんど剥き出しで、見るからに「狙うならここだろうな」といった様相だ。
手の形状も変わっている。鳥の鉤爪を思わせる三本指のマニピュレーターで、ちょっと他にはない設計だった。
兎にも角にも見れば見るほど絶対に、あれこれと喋りたくて仕方がなくなること請け合いだ。
数日もすれば連絡があるんじゃないかと期待していたのだが、今回のお怒りはなかなか手強かった。
多分、ここであっさり許すと、今後も同じ手を使われると判断しているのだろう。
実際その通りだ。予想よりも通用しなかったので、次はもうちょっとやり方を考えよう、と思っている。「これが
仕方がないのでそれ以上ぐだぐだ言わず、上腕部への攻撃シミュレーションデータを作っては送った。さしあたりいくつかの近接武器と、バズーカ、グレネード、ショットガンにキャノンといった破壊力の高いものだけだ。
電磁装甲をうまく応用強化しているようで、見た目ほど脆くはなかった。逆を言うとACSをスタッグさせてから狙われたら早々に破損する。飾りのようだった側面部の装甲はなかなか良いものを使っているようで、うまく受ければ一撃くらいは耐えられたが、爆発による広範囲ダメージがあるバズーカやグレネードが相手では意味がない。とにかくピーキーなフレームだ。
そんな内職をしながらも、ちゃんと仕事の方は進めていた。
アーレア海の観測不能海域、その発生源である未確認敵性機体UNK-01「ケートス」への対応だ。
前回は試作品として開発されていた巨大多連チェーンソーを使ってうっかり死にかけてICUに担ぎ込まれたが、一回使って満足したことだし、別のプロジェクトを選ぼうと思っていたのだ。
大型近接武器で特に面白そうなものはなかったので、今回は巨大な多薬室砲の方にしておいた。
これも実に頭のおかしい設計で、ちょっと正気じゃない数の薬室で、かなり正気じゃない量のガスを使用する実弾砲だ。着弾地点をかなり広範囲に吹き飛ばすのでさすがにいきなり使うわけにはいかず、今回はちゃんとスネイルに事前通達した。
スネイルは眼鏡を外して目元を押さえてしばらく動かなかったが、実際のところ、これくらいのものを用意しなければ短時間で処理することはできない相手だ。途方もなく渋々ではあるが、必要性を理解すると、安全を重視するよう開発チームに圧をかけるだけで終わらせていた。
そうしているうち、やらかしてから数えて6日目で、レイヴンが
前回ここまで怒らせたのは2回――いや、オールマインドと手を組んだ件を含めるなら3回か。最後のものはまあ除外するとして、いずれも“仲直り”まで10日以上かかっていたことを考えると、かなりの短縮だ。素直に熟練者の協力を仰いだのは正解だった。
レイヴンはまだ若干、釈然としないような声で、それでもメッセージではなく通信を入れてきた。
《……先日の件は、私にも良くないところがあったわ。貴方の気持ちをないがしろにした。気が緩んでいたわ、気をつける》
先に謝ってくるとは思っていなかった。
原因をすっかり忘れていたことに気づいたが、とりあえず、もっともらしく頷いておく。
「そうか。別に気は緩めてくれて良いんだが」
《仕返しをしておいて言う台詞じゃないのよ。……そっちこそ、そろそろ反省した?》
「したからそろそろ許してくれ」
《……もうしないって約束するなら》
「そうは言うが、交信って切れるのか? でないとあれもこれも全部ずっと駄目なんだろ、無理がある」
《……今色々試しているところだけど。そういう問題じゃなくて……》
「そういう問題だろ」
《絶対違うわよね》
このまま切ってやろうかという雰囲気があったが、とりあえず言おうと思っていたことは言うことにしたらしい。苦り切った声で話を続けた。
《それはあとで話す。用件を先に片付けるわ。……試作腕の件、ありがとう。検証データも。あいかわらず、どうやって時間を捻出しているの?》
「いろいろ頑張った」
《……次席さんの恨みを私が買っている気がしてきたけど、気のせい?》
「安心しろ、大分前から殺せるなら殺したいとは思われてる」
《とばっちりにも程がある!》
「それでも俺が生きている間は手出ししないさ。俺が死んだあとは、まあ動機もなくなるんだが……いや、普通にやりそうだな。気をつけろ」
《まず有言実行をお願いしたいわ。……「俺は死なない」なんて、言ってなかった?》
返ってきた言葉が思いのほか温度のあるもので、とっさに反応が出てこなかった。
言葉を探して後ろ頭を掻く。
「あー……。まあ、そうなんだが……」
《その手の冗談、きらいよ》
「……わかった。俺が悪かった。死なないから安心しろ」
ひょっとして、その言葉に安心したから、あんなに純粋に戦いを楽しめていたのだろうか。
だとしたら意外だ。以前の女は、こちらを殺しかねないことを理解した上で戦っていた。殺意はなくともどこかでひとつ掛け違えれば命を落とす、お互いにその危うさを把握した上で、ぎりぎりのところで殺さずに持ち堪えていたのだ。
広がった力量差と、互いがほとんど負傷していない状況で、その辺りの認識が薄くなっているのかもしれない。
どうしたものかと少し考えたが、まあいいかと結局放り投げた。
今のレイヴンが「できるだけ殺さない」方針である以上、自分が死ぬ可能性は限りなく低い。それこそ明確に、殺意をもってとどめを刺さない限りは。
あの頃だって、別に殺し合いたかったわけではない。多分お互いに。
だが、どこかでうっかり命を落としても、それはそれで構わないという感情があった。
簡単に死んでくれるなと願いながら、それでもそれ以上に渇望を満たすことを優先していた。
それが、変わったのか。
変わったのだろうか。
――本当に?
自分が変わったのは自分でわかる。時間もきっかけも十分すぎるほど与えられた。
だが、レイヴンはどうだろう。
《……フロイト?》
いぶかしげなレイヴンの声に引き戻され、息を詰めていたことに気付いた。
妙に心拍数が上がっている。ぐっと唇を一度噛んで、ゆっくりと息を吐き出した。
「……何でもない。その試作品だが、一応フィードバックデータが欲しいそうだ。内容を確認しておいてくれ。やるかやらないかは任せる」
《わかった。できるだけモニターを務める方向で、ウォルターに許可を貰うわ。きっと無理を言ったんでしょう?》
「無理は言ったが、どうだろうな、本当なら腕をつけたくなかったらしいが」
《……ACよね? 武装は?》
「4脚のうち2つを腕扱いする気だったらしいぞ。面白いよな」
《それは……ちょっと想像がつかないわ。見てみたい》
本気で興味深そうな反応に、以前の喧嘩を思い出した。
この機体を好意的に見る人間はごく稀だ。ウォルターが多分渋るだろうな、と思いながら言った。
「そっちのパターンも予算は通した。……プロトタイプができたら一緒に乗りに行くか」
《いいの? 部外者なのに》
「まあ、どうにでもする」
《……スケジュールがあえばいいわね。楽しみにしてる》
そのためにも、と、レイヴンが口調を改めた。
《話は戻るけど、もうしない、って言う気はある?》
「何の――」
《しらばっくれるなら喧嘩は続行。……あと、エアが聞いているの。発言は慎重にして。教育に悪いわ》
そのうち言うかもしれないとは思っていたが、実際、本当に言うとは思わなかった。
どうやらすっかりエアを被保護者枠に置いたらしい。
「教育とはいうが、多分俺たちより長生きしてるだろ」
《子どもみたいなものでしょう》
「とか言ってるぞ、エア」
《何――、え、ちょっと、エア? いた、痛いから交信は! ……待って、私が悪いの!?》