真人間には向かないプラン   作:ikos

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ボトルネックには至らない

 

 

 アーキバス先進開発局は、新技術の研究組織というよりも、大半は設計開発部門となっている。

 採算やエネルギー効率や重量など諸々を度外視した実験的なパーツや武器を出してくるお気に入りの部署で、以前から、わりと頻繁に入り浸ってはテスターを務めていた。

 

 なので久々に足を運んでも、それ自体がスネイルの注意を引くことはなかっただろう。

 だが、この日の訪問先は設計チームではなかった。分析チームの方だ。

 

 どちらかというと日陰にあたる部署だが、前回は惑星封鎖機構の機体や武器、消耗品などのリバースエンジニアリングで大いにその能力を発揮していた。今回も大いに頼られることになるだろう。

 案内を受けて通された現場では、ウォッチポイント・デルタから回収した所属不明機を前に、先に着いていたオキーフが渋面で研究者たちと話をしていた。

 どうやら、データを削除してから引き渡したことに苦情を申し立てられているようだ。

 

「通信記録やカメラデータはわかるんですよ。ええ。そちらの管轄でもある。ですがチャンネル情報や暗号化システムまで消す必要などないでしょう。しまいにはオートパイロットユニットまで破損とくる始末だ。現場のミスですよね? しっかり統制を取ってくださらないと、こちらだって十分な成果が出せなくなるんです」

「ああ、すまん。よく言って聞かせる」

 

 オキーフがちらりとこちらを見た。――なるほど、意図的なミスか。

 主任研究者が矛先を収め、改めてこちらに名乗ってくる。五十がらみの小柄な男だ。いかにも分析者(データ屋)といった感じで、相手が誰であろうと大して興味はなさそうだった。

 

「報告書に記載の通り、オブジェクトキャプチャは構造化光3Dスキャナ、材料同定はフーリエ変換赤外分光光度計で行いました。使用されている部品の材質の種類ごとに複数視点の投影画像を生成し、離散フーリエ変換を行い動径方向に連結したものをフーリエ変換し、パワースペクトルを行ったものを特徴量とすることで、ASSYモデルの構成部品へ付与する数値を――」

 

 もはや呪文だ。

 専門家の話を遮ってもいいことはないのでとりあえず喋らせていると、前置きは実に3分に渡った。多分、本人的にはこれでも手短に済ませている。

 

「――以上を踏まえ、結論を申し上げますと、オールマインドの()()()と見て間違いないでしょう。提供されたオールマインド製ACフレーム07-061および06-041と比較を行った結果、内部部品の材質や形状・幾何学的配置に極めて高い類似性が認められました。一言で言えば、非常に“(いびつ)”です。既視感の集合体と言ってもいい」

「既視感?」

「ええ。過去30年にリリースされた全メーカー・全機体のデータを網羅的に分析して統合した場合、おそらくはこのような設計に至ります」

 

 首を捻った。発想が学生の考えそうな「最強機体」だ。

 

「破綻しないようにしようとすると、どっちつかずになりそうなものだが」

「目標が正しく設定されていたのでしょう。極めて高水準に取りまとめられていますね。ただ、中身はキメラです。電磁干渉(EMI)を起こしている箇所も多い。率直に言って、()()()()()()設計ですね」

「なるほど。“AIらしさ”というやつか」

「ええ。ここまでのものを作り上げている点は評価に値しますが、技術的先進性はありません」

 

 つまりはこれ以上解析を進めても、先進開発局としては利益が得られないということだ。

 オキーフを見る。異論はないようで、同意の頷きが返ってきた。

 

「わかった、ここで打ち切ろう。機体とデータは当面保管しておいてくれ。データの閲覧権限はA001SCで」

「承知しました。機体の保管期間は?」

「一年でいい」

 

 UTCでの一年なので、ルビコンの日数に換算すると395日だ。

 前回は、それくらいですべてに決着がついていた。それ以上に長引くことはないだろう。

 

 必要最小限の確証は得られた。オールマインドの能動的な行動――本題はここからだ。

 

 分析チームと別れ、オキーフと連れ立って工場へと足を向けた。

 製造工程は無人化された範囲が多く、周囲に人影はない。工作機械が賑やかに立てる喧騒の中、率直に切り出した。

 

「情報の削除は、オールマインドの“指示”か?」

 

 オキーフが苦々しげな表情でこちらを見た。

 すぐに視線を外し、組み上げられていくレーザーキャノンに顔を戻す。

 

「……ああ。信用を得る必要があった」

「バックアップは取ってあるんだろう?」

「無論だ」

「ならいい。解析したところで使う場面も限られるだろうしな」

 

 カメラ映像と通信記録はすでに受け取っていた。それ以外のものは、こちらには必要のない部分だ。オキーフの判断なら任せられる。

 あの夜のウォッチポイント・デルタでは、三勢力の戦闘が発生していた。

 ひとつは惑星封鎖機構のSG部隊。もうひとつはウォルター(オーバーシアー)の差し向けた独立傭兵レイヴン、AC「ノーデンス」。最後のひとつが、所属不明機を伴った独立傭兵スッラ、AC「エンタングル」だ。

 旧世代初期モデル強化人間、第一世代の“生き残り”――オールマインドの手駒と見ていいだろう。

 

「ウォルターがウォッチポイントを襲撃した目的は、コーラル集積地点の割り出しだろうな。オールマインドの方はどうだ?」

「まだ確かな情報は得ていない。……だが、コーラル絡みであることは間違いないだろう」

「だとしたら、レイヴンとの交戦は偶然か」

 

 コーラルの逆流、そして局所爆発。ウォルターはそれを目的としていた様子ではなかったが、オールマインドの方はどうだろう。

 結果だけを見るなら、レイヴンはウォッチポイントを襲撃することによって、Cパルス変異波形とのコンタクトを得た。コーラルリリース計画を抱えるオールマインドにとっては痛手だったはずだ。だが、前回はレッドガンの4だか5だかがその立場にあった辺り、直接的に結びつけるだけの確信は持てなかった。

 コンタクトラインの発生条件は、脳深部にコーラルを埋め込まれた旧世代型の強化人間が多量のコーラルに曝露すること――ただし、こんな無茶苦茶な方法である必要はない。そう考えると、レイヴンとの戦闘はおそらく偶発的なものだ。

 しばらく考えを巡らせているうち、変形した地図と被害状況が脳裏に過ぎった。もしもオールマインドの手駒が「あれに巻き込まれてこい」と言われていたのなら、笑い話にも程がある。第一世代などというレアな存在がそれを受け入れたとは思えない。

 

「……それにしても、コーラルの爆発というのはずいぶん派手だな。運搬中にあれが起きたら笑えない」

「まったくだ……。危険性の見積もりが甘すぎる。うちの上層部としては、今さら引き上げるわけにはいかんだろうが……なにか手を打つ必要があるだろう」

「ああ。諸共吹き飛ぶのは遠慮したい」

 

 ひとまずの合意を得たところで、沈黙が落ちた。

 RaDの頭目からは一度コーラルに関する情報が送られてきたが、内容はカーマン・ラインの滞留コーラルによる惑星寒冷化現象だけだった。

 おそらくは、まだ向こうも手探りなのだろう。こちらのことをはかろうとしている。オキーフに共有するのはもう少し先だ。

 

 眼下の作業は金属の研磨に入ったようだ。派手な火花と音が上がっている。

 ふと、オキーフがぼやくように言った。

 

「……ずいぶんと、信用されたものだ」

 

 思わず笑ってしまう。裏切りの疑いをかけられるとでも考えていたのだろうか。

 

「信用も何も、お前がAIの計画に乗るわけがないだろう。俺ならわかるが」

「……以前のお前なら、こうして話すことすら危うく感じただろうな。お前が気に入るような内容があるとは思わんが……正直、何をしでかすかわからないところがあった」

「今は違うというわけか」

「お前も自覚はあるだろう、フロイト」

 

 どうだろうなと首を捻った。

 実際のところ、一度やらかそうとして失敗してついでに飽きただけなので、オキーフの評価が正しいのかどうかは微妙なところだ。もしももっと面白いものを持ち出されたら、うっかりぐらつかない自信はない。――それでもまあ、今回は泣かせない範囲にしておこうとは思っているが。

 

 そこではたと、納得した。

 腑に落ちるとはこのことだ。

 

「……ああ、なるほど。そういうことか」

「何がだ?」

「制約がまともだと結果的にモラルが向上するんだな。面白い」

 

 眉根を寄せたオキーフが、なんとも言えない苦みのある顔をした。

 そのまま考え込むようにしていたので、何か引っかかるものがあったのだろう。しばらくして、重い口調で言った。

 

「……フロイト、あらかじめ断っておく。近々、Rb23に関する追加調査を行うつもりだ」

「追加調査? スネイルの要請か」

「いや」

 

 言葉少なに否定し、口をつぐむ。ならばこの男の判断ということだろう。

 一通りの調査はすでに終わっているはずだ。不思議には思ったが、止めるほどのことでもない。

 

「まあ、わかった。報告は俺にも回してくれ」

「ああ。……一応確認しておくが……これまでの戦闘データやCVR、引き続き、こちらに渡すつもりはないんだな?」

「渡さないというか、そもそも記録してないからな」

 

 オキーフが頭痛を堪らえるようにこめかみを押さえた。

 一応、度を超した話だという認識はある。企業の機材とサプライを勝手に使ったあげく、標準記録がありませんと言っているのだから。スネイルなど毎回律儀にブチ切れている。当然のことデフォルトでそんな機能があるわけはなく、勝手に取り付けた。この程度の細工なら整備班を巻き込むまでもない。

 切っ掛けとしてはBAWS第2工廠の「井戸」だったが、思ったよりレイヴンの仕事に絡むようになったのが最大の理由だ。アーキバスに情報が渡るとなると、ますますウォルターに渋られてしまう。そこを強引に押し通すよりはスネイルを怒らせるほうが楽だ。

 

「……そろそろ胃が痛くなってきた。少しは消化器を大事にさせてくれ、フロイト」

「お前もか? 意外と繊細だな」

「逆だ。お前が桁外れに常識外れでとんでもないんだ。せめて自覚をもて」

 

 意想外のことを言われた気分で、首を捻った。

 それなりに状況の把握はしているつもりだったのだが。

 

「そうだな、辞めるときにツケが丸ごと押し寄せてきそうだなとは思っている」

 

 既に自覚があるのかと、オキーフが呆れたように頭を振った。

 

「……首席隊長の莫大な退職金が、損害賠償で吹き飛ぶか。そいつは見ものだ」

「足りなさそうだったら夜逃げするか」

「伝説に残るな……」

 

 実際、「損害」をどの範囲まで算定するかはスネイルの胸一つだ。この場合の退職金は「縁は切れるが今後とも宜しく(敵対や利敵行為はご容赦ください)」という意味合いのものなので、はなから抹殺するつもりなら、支払いは内外に対するパフォーマンス以上の意味をなさない。

 今は替えの効かない戦力として重用されているからこそ見逃されているが、敵対した場合には、手段を選ばずありとあらゆる苛烈な対応を取るはずだ。

 

 レーザーキャノンの組み立ては仕上げに入り、電磁装甲用のコーティングが始まっていた。

 そろそろ頃合いだろう。伸びをしながら、ついでのように声を掛ける。

 

「あのAIは手抜かりも多いが、案外手広くやっていてそれなりの能力もある。油断するなよ、オキーフ」

「留めおこう。接触があれば情報を回してくれ」

「それは多分レイヴンの方だな。報酬付きで依頼しておくか?」

「……まずは検討する。その場合は口添えを頼もう」

 

 妙に慎重になっているようだった。もしかすると、探りたいのは人格の面なのかもしれない。

 どんな結論が出てくるのかわりと興味深かったので、余計な口は挟まないでおいた。

 

 

 

          - / - - 

 

 

 

 状況が動いたのは、その日の夜だった。

 レイヴンから通信を入れてきて、それがなんとも気まずげなものだった時点で、大体の予測はつく。嫌な予感を覚えながら聞いた。

 

《……そんな次第で、こちらはカーゴランチャーを使うことになったわ。そちらの仕事を手伝えなくて、申し訳ないんだけど》

 

 正気か、と思わず額を抑えた。

 衝撃値だの重力加速度だの圧縮熱だの酸素濃度だのといった数値を検討した結果、まあ死なないだろうという結論に至ったらしい。まさかの展開だった。

 

「初っ端から有人打ち出しでデータ収集とはな……手っ取り早いのは確かだが、RaDにもスネイルみたいな奴がいるのか……」

《次席さん、そういう人なの?》

「ああ、新しい施術を他の人間で検証しては強化している。大して変わっている感じはしないんだが」

《本人が聞いたら憤死しそうな発言ね。……無強化の人間にこれを言われるの、きついだろうと思うわ……》

「普通に言ってるが。試運転の相手を俺に頼んでくるしな」

《……よくめげずにいるわね》

「まあそれは今どうでもいい。ウォルターが容認したんだな? いつ()つ?」

《数日中には。今、何を持っていくか準備を進めているところ》

「わかった。レイヴン、例の件だが、譲歩する。妥協点を決めないか」

 

 レイヴンは目を丸くしたようだった。

 言葉が足りなかったかもしれないと思ったのだが、きっちり伝わったらしい。

 

《……どうしたの、いきなり》

「どうしたも何も、このままならあと20日以上は会えなくなるんだ。喧嘩したままはきつい。ようはエアに見せられるのがどの辺までかという話だろ。どう思う、エア」

《ちょっ》

 

 あわてるレイヴンをよそに、エアは訥々と答えてきた。

 

《ええと……まず、胸部と臀部への接触は駄目ですよね。あ、でも、先日レイヴンが怒っていた箇所はそれに該当しませんし……》

《待ってエア、検討しなくていいから……!》

《なぜですか? 仲間はずれは不本意です、レイヴン》

《……ああもう、フロイト、エアを巻き込まないで!》

「巻き込むも何も当事者だろ。まあ実際、両親が子供に見せられる範囲あたりが妥当だと思うんだが」

《だ……妥当、かも、しれないけど……待って、何か思考を誘導されている気がする……!》

《ですがレイヴン、公序良俗という意味では、曖昧さを包括して理にかなった基準だと思います》

「なあ?」

《どうしてそっちについてるの、エア!?》

 

 レイヴンが悲鳴じみた声をあげる。

 今回はうまく行きそうだ。手応えを得ながら、白々しく言った。

 

「別に、指一本触れられたくないってわけじゃないよな?」

《……それは……、……まあ……》

「だったらこの辺で妥協してくれ。大分譲歩したつもりだ」

 

 レイヴンが唸った。

 

《何か……なんだろう、どうしてこんなに、何かとても(だま)されてるような気分に……》

「気のせいだろ。というわけで、エアの使える試作品が色々できているから持って行く」

《本当ですか? 楽しみです!》

 

 エアの声が嬉しそうに華やぐ。

 またそうやって物で釣る、とレイヴンがうめいたが、聞こえなかったことにした。

 

「インカムは特に、予備があったほうがいいだろうしな。今のところ不自由はないか?」

《はい。ありがとうございます、フロイト。お待ちしています》

「大歓迎だな。土産を、だろうが」

《当然です!》

 

 

 

          - / - - 

 

 

 

 そんなわけで、レイヴンのベースヘリで、実に久しぶりの再会を果たした。

 正直なところこれはレイヴンの粘り勝ちだと思っていたのだが、本人はそう思っていなかったらしい。どうにも苦り切った顔をしている。

 ん、と両手を広げて待ち構えると、ますます唇を曲げた。

 

「仲直りだろ」

「……そうだけど」

「じゃあこい」

「どうしてそんなに上からものが言えるのかしらね……!」

「……『きてくださいませんか』?」

 

 疑問系で言い方を変えると、うわ、とレイヴンが息を飲んだ。

 口元を押さえて身を退いている。少々青ざめている辺り、ポーズではなく本気のようだ。

 

「ぞわっとした……まさかこんなに気持ち悪いなんて」

「どうしろと言うんだ」

「……いえ、うん……そうね、わかった。譲歩する気があるのは伝わった……」

 

 警戒する猫みたいにそろそろとした動きで寄ってきて、思いのほか大人しく腕の中に収まる。

 仕返しも込めて思い切り抱きすくめると、苦しいと言って肩を叩かれた。わりと本気の力で。

 間で押し潰された胸の感触や、ジャケット越しに触れる腰をはじめ、やわらかい感じは全体的にかなりいい。それなりの満足感と、わりと大きめの不足感を抱えながら、側頭部に頬を擦り付けた。ここで調子に乗って色々さわり倒したら、また振り出しに戻ることになる。今は我慢だ。

 そんなことを考えているうちに、とまどい気味の腕がためらいがちに背中に回ってきて、一気に感情の針が嬉しさの方向へ振り切れる。

 レイヴンの耳元を覆うインカムが、エアの声で無情に終了を告げた。

 

〈これで“仲直り”ですね。ではフロイト、お土産を確認したいのですが〉

「あと10分」

「長い!」

 

 レイヴンが肩口を叩いて押し返してくる。まだいいだろうと腕に力を入れると、レイヴンの喉から潰れたような声が漏れた。思わず笑ってしまう。

 後頭部に手をあてて、そのまま喋れないように肩口に押し付けた。

 

「なあエア、交信についてあれこれ試してるんだろう? 成果はどうだ」

 

 レイヴンがくぐもった抗議の声を上げる。抵抗は思ったより簡単に抑え込めてしまった。

 気づいていないのか、エアは首を傾げるようにして答えた。

 

〈ええと……そうですね、感度を最小限に絞ることができるようになりました。交信の接続が切れるわけではありませんが、視覚情報と聴覚情報を認識できない程度に希薄にすることは――、あっ。……う、うそですできません! できませんよ!? いつでも見ていますから! そ、そろそろレイヴンから離れてください、フロイト!〉

 

 いいことを聞いた。

 力を緩めると、あわてて距離を押し離したレイヴンがぷはっと息を吐く。

 恨めしげな顔だ。黙ってるつもりだったなと逆にじっとり見下ろすと、きまり悪げに視線をそらした。

 

「……エア……」

〈すみません、レイヴン……。……うっかり、無意識のうちに出力を……〉

「ウォルターと話す前にはその辺りの訓練が必要だな。つけ込みやすい」

「つけ込んだ人が言うと説得力があるわね」

 

 むくれた様子のレイヴンに額をあわせる。ごつんと半ばぶつけるような勢いで。

 いた、と声を上げた女を、ごく至近距離から見据えた。

 

「なあレイヴン。それを口実に、避けてただろう」

 

 吊り目がちな目が丸くなる。

 どうして、と喘ぐような問いかけが耳に届いた。

 

「勘だ。お前がそこまでしつこく怒る感じはしない」

「……ここで怒っておかなきゃまずいって思ったのも事実なんだけど」

「だから妥協しただろ」

 

 レイヴンがため息を吐いた。

 額を外して顔をうつむけ、目を伏せて視線をそらす。途方に暮れたような、頼りない印象だった。

 その髪が表情を隠したので、なんとなく指で払う。拒まれなかった。

 

「心配するな。お前は大丈夫だ」

「何を根拠に……」

「お前ほど()の強い女はいない。俺やウォルターが何を言おうが、お前はお前の行く道を自分で決める。そういうやつだ」

「……判断基準が揺らぐことくらいあるでしょう」

「それなら元々、お前がそう思ってたってだけだろう」

 

 レイヴンがもう一度ため息を吐いた。

 肩口に額を押し付けて、完全にその表情を隠してしまう。

 

「……あんまり甘やかさないで」

「甘やかしてるか? 突き放してるつもりなんだが」

「じゃあ、誘惑しないで」

「そっちは無理だ。さっさと誘惑されてくれ」

 

 レイヴンがようやく笑った。相変わらず、顔は見せないままだったが。

 無理矢理顔を上げさせても良かったが、今はそれではないだろうと思って、軽く肩を叩いた。

 それ以上に進まないように、わざと大げさな声を出す。

 

「――よし、じゃあそろそろ、うちの改造魔謹製のクールでハッピーな試作品をお披露目するとしよう」

「……テレビショッピングのノリね……」

〈レイヴン、テレビショッピングとは何ですか?〉

 

 様子をうかがっていたのか黙っていたエアが、ほっとしたように話しかけてきた。

 レイヴンが身を離して、考え込むように首を傾げる。柔らかな髪がさらりと流れて鎖骨に落ち掛かった。

 

「ええと……テレビの説明からよね。……一斉配信映像での販売活動……?」

「ああ。古式ゆかしいスタイルの販促だな」

 

 ちなみに惑星開拓時代の現在も、安定した経済圏では健在である。人間というのは案外変わらないものだ。

 ルビコンの人口と経済規模では、テレビ放送網を維持するのは厳しいだろう。ラジオ放送くらいならあるだろうか。

 興味深そうなエアへレイヴンが説明を行っている間に、運んできた試作品を並べた。

 

「まずは別タイプのヘッドセットだ。これは今のと同様の耳掛け型で、周囲の音を塞がないのが特徴だな。違いとしては、発音機構がマグネチックだ。次にこちらはカナル型。密閉式の耳栓タイプだがとにかく小型で目立たない。最後にこれは、骨伝導式のイヤーカフ型だ。ノってきたのか無駄にカラーバリエーションがある。洒落た名前をつけていた」

「確かに、ころんとして可愛い感じ」

 

 そう言って拾い上げたのがオレンジ(マリーゴールド)ではなく青緑(ピーコックグリーン)だったので、意外に思って目を瞬いた。

 

「オレンジじゃないのか」

「リストバンドがオレンジだから。持ち物を全部同じ色にはしないかな。反対色があるとバランスがいいでしょう?」

 

 なるほどわからない。

 だが、そういえばシュナイダー腕に合わせて再構成した今のノーデンスも、ベースカラーは薄灰だし寒色(スカイブルー)が入っている。組み合わせで引き立たせるということだろうか。

 つけて見せた姿が「バランスがいい」なのかはわからないが、どう?と小首を傾げて笑う顔は、文句なくよかった。

 

〈レイヴン、「かわいい」というのは、このような形状なのですか?〉

「そうね、形状で言うなら、こんな風に丸みのある感じ……なのかしら。角張っていなくて、小さくて、細長くないものを示す傾向があると思うわ」

〈なるほど……〉

「じゃあロックスミスはかわいいな」

「……大きいし四角くない?」

「尖ってはない。面取りしてる感じしないか?」

「うーん……三頭身くらいに縮んだら、そうかも……?」

〈ではノーデンスもかわいらしいですね!〉

「うーん……?」

「むしろ美人」

「それ」

〈む……! 横から持っていかないで下さい、フロイト!〉

 

 思いのほか和気藹々と会話を広げて、次の物を手に取った。

 

「お次は文字入力装置だ」

「……どう見てもキーボードなんだけど」

「ああ、QWERTY配列の物理キーボードだな」

「端末に直接アクセスできるのに? わざわざ遠隔操作でキーボードの押し下げをさせるの?」

「実はコーラル部分が押し下げ機構に関係ないから本当に意味がない。まあ試作品だからな。……で、ここで驚くのは早いぞ。こっちはなんと自動筆記装置だ」

「じどうひっき」

「入力したテキストデータを機械アームが書き文字として物理出力する」

「必要性が迷子……!」

「同感だ。でも面白いから持ってきた。どうだ? エア」

〈……すてきです……! すごい、ぜひ使ってみたいです!〉

「ほら、喜んでる」

「……私が間違っていたみたい……。だめね、勝手に自分の価値観で否定するのは……」

 

 眉尻を下げてレイヴンがこぼす。

 実に殊勝に肩身を狭めているので、深追いはせずに次に進んだ。

 

「次は小型4脚輸送ロボだ。アームつきで積み込み作業も固定作業もできる優れもの。速度もないし飛行能力もないが、悪路にも多段構造にも強い。サイズ的にヘリの中でも使えるだろう」

〈いいですね、これならレイヴンの力になれそうです!〉

「便利そうだけど、急に値段が……」

「値段をさらに二桁上げると、次のMAVになる」

「待って。……どう見ても掌サイズのラジコンヘリなのに、二桁上……!?」

「軍事用マイクロ無人航空機だ。長波赤外線センサーと昼間ビデオセンサー、熱感知センサーが搭載されている」

「このサイズで!?」

「だから高い。あと壊れやすいからな、実際運用するなら少なくとも一作戦でダース単位必要だ」

〈なるほど……これは「かわいい」ですね、レイヴン!〉

「機能とお値段がかわいくないかな……!」

「ついでにUAV。最新の電子戦能力を追加して値段がさらに一桁」

〈電子戦能力! これなら、ACの機能に負担を掛けずにサポートできます!〉

「その意気だ」

「……意気というか、値段もそうだけど、ここまでくると軍事機密じゃないの……!?」

「大丈夫だ、ベースは他社製品だからな。うちの機密じゃない。あとちゃんと買い取ってきてる。大体、どれもACのフレームに比べたらかなり安いぞ」

「そうだった……数字の感覚が狂うわ……」

 

 そもそもUAVやMAVが現在もまだ頻用されているのは、圧倒的にコストが安いからだ。ACやMTを破壊できるような武装は重量的に難しいため、もっぱら偵察や哨戒、通信中継や電子戦などに用いられている。

 

 うーん、とレイヴンが腕を組んで考えこむ。エアがわくわくしながら待っているような気配がしたが、ねだるつもりはないらしい。大人しく沈黙を守っていた。

 

「……MAVとUAVは、やっぱりちょっと良くないと思う。それ以外は買い取るわ。折角用意してもらって、悪いんだけど……」

「気にするな。エア、お前もそれでいいな?」

〈……はい、レイヴンの判断ですから……〉

 

 悄気(しょげ)返ったぼそぼそ声に、レイヴンがますます眉を下げた。

 少し考え、フォローのために口を開く。

 

「まあ、この辺になるとウォルターの目を盗んで動かすのは無理があるだろうからな。ウォルターへの自己紹介がすんだら、改めて頼んでみたらどうだ」

 

 そう言えば、レイヴンは心底驚いたようだった。

 それからやわらかに目を細めて、ありがとう、と声に出さずに言う。頷いて返した。

 

 そうだ、と一つ思い出して口にした。釘を刺しておこうと思っていたことがあったのだ。

 

「そういえば、ウォルターの件だが……()()について、もう話はしたか?」

「……いえ、まだ。直接会ってからの方がいいと思って」

 

 エアの耳もあるため言葉を絞ったが、それで十分に伝わったようだった。

 「コーラルを手に入れる」と一言で言っても、第一発見者が採掘権を得られるわけではない。個人で手に入れられるようなものではないのだ。

 他に目的があることは明白で、これまでのレイヴンは、それを話さないこともウォルターの選択だと受け入れていた。だが、エアの存在がある今となっては、そうも言っていられないだろう。

 

「できるだけ早めに話し合っておけ。コーラル絡みなのは間違いないんだ、後回しにすればするほど、エアと折り合いをつけるのは難しくなる」

 

 レイヴンが眉根を寄せた。

 透き通った、推し量るような眼差しがこちらを見据える。

 

「……貴方はそれを知っているの?」

「多分な。あくまでしらを切ろうとしたら、そう言ってやれ」

 

 それで口を割るかどうかは五分五分といったところだが、少しは助けになるだろう。

 

 ウォルター、ひいてはオーバーシアーは、コーラルが引き起こす破綻の阻止を目標としている。必ずしも、オールマインドの言うように「根絶」が譲れない目標ではないはずだ。

 少なくとも、今の時点では。

 

 エアと相容れる可能性があるのかどうか、それはわからない。

 どんな道を選ぶにしても、時間は必要だった。

 

 

 

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