真人間には向かないプラン   作:ikos

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今回は短いエピソード集。時系列は大体前回から次回までの間、基本的に色んな人の視点です。




間話

 

 

フロイトとメーテルリンク

 

 

 航海に出てすぐ、メーテルリンクが固い面持ちでスネイルからの伝言を持ってきた。

 

 いわく、

 「対未確認敵性機体兵器の射手はV.Ⅳに一任する」

 「首席隊長は不測の事態へ備え待機すべし」――と。

 

 思わず低い声で「は?」と返したものの、八つ当たりに近い威嚇を受けた第6隊長は、少々身じろぎしたのみでその場に踏みとどまった。

 のみならず、「復唱が必要でしょうか?」などと涼しい顔で煽ってくる。なかなかいい度胸だ。

 

「冗談だろう。ただでさえ退屈しているところに、唯一の楽しみまで取り上げるつもりか?」

「改善を重ねては参りましたが、操作ACへのダメージが許容値を上回っているとのご判断です。中央氷原(未知のエリア)への進出を控えている以上、戦力の保全はやむを得ぬことでしょう」

「番号付きを失う羽目になれば本末転倒だろう。温存癖はあいつの悪癖だ。だいたい、どう選んでV.Ⅳなんだ。スティールヘイズは近接格闘型じゃないか」

「入隊時の試験で極端な成績を出しているそうです。適任かと」

「……あいつ、まだ隠し玉があったのか……。面白い。今度、引き撃ち構成で相手をさせてみるか……?」

「ご存分に。では、受諾いただいたと判断してよろしいでしょうか?」

「残念ながら否だな。少なくとも、俺を出さないという判断は誤りだ。……まあ、お前と言い合っても仕方がないか。スネイルはどこだ?」

 

 話を終わらせようと席を立つ。

 背後から、腹を括ったような嘆息が聞こえた。

 

「――取引をしませんか、首席隊長」

「取引?」

「はい。……先日ご要請のあった製菓の件、お気が済まれるまで(うけたまわ)ります」

 

 目を丸くしてメーテルリンクを見返した。

 姿勢良く軽く胸をそらした軍人式の、生真面目そのものの佇まいだった。あれほど怒っていたくせに苦々しさもなく、見事なまでのポーカーフェイスだ。

 だからこいつをよこしたのかと腑に落ちる。まず間違いなく裏にいるのはスネイルなのだが、本人も納得したうえで持ちかけてきているのだろう。

 

 なかなか悩ましい両天秤だった。

 先日わりと存分に抱きすくめた感じ、やはりいろいろ減っていたのが気にかかっていたのだ。ウォルターはちゃんと食事を手配していると言うし、本人は普通に食べていると言っていたが、どうにも改善傾向が見られない。

 そもそもレイヴンは自分と同じく、食事にあまり執着がないタイプだ。美味しいものは好きでも食べられるものなら文句を言わず普通に過ごす。だが、前回の様子を見るに、メーテルリンクの菓子なら違うかもしれない。

 それでも特別兵器との間でしばらく悩んだが、結局のところ頷いた。

 

「わかった、取引を受けよう。できるだけ高カロリーなやつを作ってくれ」

「……高カロリー、ですか?」

「……いや、カロリーだけならエナジーバーでも十分なはずだな……だったら、あれだ。もう食わずにはいられないってくらいに美味いやつを頼む」

「しょ、初心者への要求が高すぎでは!?」

「大丈夫だ、お前ならやれる。協力は惜しまない。何だったら言い出したスネイルを突き上げて特別ボーナスを」

「いえ! 結構です! これ以上ハードルを上げないでいただきたい……!」

 

 引きつった顔で制止したメーテルリンクは、肩で大きく息をすると、なんとも釈然としない様子で訊ねてきた。

 

「……例の独立傭兵へ贈られるのですか? 見ず知らずの人間の手製品など、警戒心の強い独立傭兵が受け取るとは思えないのですが……」

「ああ、そうか。その問題があったな。……初回だけ同行するか。客人の手土産としてなら食うだろ」

「わ、私がですか!? あの、一応女なのですが……!」

「見ればわかる。それが何だ?」

「ただの部下であっても、個人的な訪問で異性を伴うべきではありません! そういうところが無神経だとっ――」

 

 しまった、とばかりメーテルリンクが口元を覆う。

 失言を悔いるように青ざめてもいたが、別段怒るようなことを言われた覚えはない。首を捻って訊ねた。

 

「無神経なのか、これは」

「……忌憚(きたん)なく申し上げるなら、ええ、配慮に欠けます」

「そうか。それが嫉妬なら見てみたい気もする」

「おそらく信頼を損ねるだけかと」

 

 さっきよりもさらに引きつった顔で言われた。

 なるほど、なけなしの信頼が瓦解するなら良くはない。素直に頷いた。

 

「わかった。助言感謝する。止めてくれて助かった」

「いえ……。お役に立てたなら、幸いです……」

 

 礼を言ったはずなのに、疲れた様子で距離を取られたのはなぜだろうか。気味が悪いとでも言わんばかりだ。スネイルから悪影響を受けている気がする。

 こちらの言いたいことが伝わったのか、メーテルリンクはわざとらしく咳払いした。

 

「ともあれ、中央氷原への到達までには、いくつか試作品をお持ちできるよう努めます。……お約束いただいたとおり、身を慎んでくださいますよう」

「わかっているさ、戦域指揮官殿の方針に従おう。不測の事態でも起きたら、それどころではないだろうしな」

「不謹慎ですよ、V.Ⅰ……! 立場をお考えください!」

 

 

 ――とはいえそのときは、戦闘中の「不測の事態」しか考えていなかったのだ。

 その4日後、平時に発生した「不測の事態」に、膝を叩いて笑う羽目になるとは、このときは思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスティとフロイト

 

 

 航海5日目、V.Ⅳ ラスティは医療船の住人となっていた。

 

 第4隊長が女に刺されたという不名誉な情報は、娯楽の少ない船上生活の中、あっという間に知れ渡った。

 ばつが悪いどころの話ではない。情報源の動向を見誤るなど、諜報員としてあるまじき失態だ。

 情けなさにうなだれながら、刺さりどころが悪かったせいでベッドに縫い留められていたところ、えらく上機嫌なV.Ⅰが現れた。

 もうニッコニコだ。ここまでの笑顔は多分レイヴンの訪問を報告してきたとき以来だろう。

 見舞いだと言って放り投げられた缶詰を、弱々しく苦笑して受け取めた。

 

「そのうち刺されろと思ってはいたが、タイミングが完璧だな! スネイルが眼鏡を()し折っていたぞ」

「面目ない話だ……」

「こっちは菓子も作らせられるし特別兵器も使えるしで万々歳だ。俺に任せて、しっかり養生していろ」

 

 限りなく自分本意な発言だが、ここまで無邪気に言ってのけられるといっそ清々しい。

 苦笑いを浮かべて缶詰に目を落とした。ラベルに描かれるのは黄色く丸い、フルーツの写真だ。星外からの搬入品なので、ちゃんと見舞い品としてわざわざ買い求めてきたのだろう。思いのほかまともな選択だった。

 椅子に腰を下ろしたフロイトが、組んだ足に頬杖をつきながらニヤニヤ笑った。

 

「それにしても、本当にしくじるとは思わなかったな。慢心したか?」

「……そうかも知れないな」

「お前もスネイルも、女を思うように動かせると思いすぎだ。少しは俺の苦労を分かち合え」

 

 素直なものだ。あんなにも人間味を感じられなかった怪物が、恋をするだけでこうも変わるとは。馬鹿にならないと恋などできないとは言うが、以前よりもずっと生き生きしているように思う。

 きっと簡単に手に入っていたら、今のこの姿はなかったのだろう。苦労をしていると散々文句をたれてはいるものの、その苦労さえ楽しんでいるように見えるほどだ。

 偽りだらけの身から見ると、本当に眩しくて、そこに希望を見いだしたくなる。

 

 ――“ルビコンの平和”。

 いつかフロイトが(たわむ)れのように口にしていたそれは、今なお心から渇望している“夜明け”だ。

 

 とはいえ、わかっている。あんなものはただの言葉遊びだ。この男が本心からそれを望んでいるわけではないと重々理解している。

 ただ、もしもそれに手を貸して貰うことができたなら、それはきっと――息を飲むほど鮮やかな、朝焼けの空を導くことだろう。

 

 そこでキーになるのは、やはりあの独立傭兵であるはずだ。

 ウォルターの猟犬。V.Ⅰの執心を買うほど際だった力を持ちながら、人を殺すことを忌避する奇妙な傭兵。取り込むべきは、彼女の方だ。こちらが手を出せない以上、フラットウェルがうまくやってくれることを祈るほかない。

 期待を表に出さないよう丁寧に押し込めて、軽口を返した。

 

「第2隊長まで刺されるとなると、ヴェスパーも大わらわだな」

「刺すならメーテルリンクあたりか? あいつに刺させるなんて相当だぞ。……なんだ、妙な顔をして」

「……いや……貴方が、彼女の名前を覚えているとは思わなかったな……」

「お前もそれか。まあなんでもいいんだが」

 

 妙な意味ではないだろうし、女好きというわけでもないのだろうが、どうにも釈然としない気分だ。多分、こちらの名前は覚えていないのだろうから。

 それを少し寂しく思ってしまったあたり、距離感を見失っている自覚はあった。

 以前本人に忠告されたとおりだ。どうにも、有用な戦力に対して直情的になりがちなきらいがある。

 

「レイヴンとは仲直りできたという話だったが、もう、アドバイスは不要だろうか」

「そうだ、聞こうと思っていた。反対色って何だ」

「……ああ、なるほど。そろそろ言われる頃合いか」

「わかっていたなら最初に言え。言葉の意味は理解できるが、匙加減がわからない。今後は綠だの青だのにすればいいのか?」

 

 単純な発想だが、それを確認するあたりが本当に成長だ。

 笑いながら答えた。

 

「ちゃんと仲直りしたんだろう?」

「ああ。それが何だ」

「だったら、今後は彼女と相談して決めるといい。それができる状況なのだから」

 

 思い切り目を丸くした顔が、年齢よりかなり子どもっぽくみえて、思わず声を立てて笑ってしまった。

 傷に響いたし、当然ながらV.Ⅰの機嫌を損ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーラとウォルター

 

 

 

《――そんなわけで、(グリッド)はズタボロだが、まあなんとか収まったよ。おまけつきでね》

 

《……そうか》

 

《さて、()()を聞こうか、ウォルター。何か私に言わなきゃいけないことがあるんじゃないか?》

 

《……V.Ⅰのことであれば、予見可能性は――》

 

《馬鹿言うんじゃないよ。あんなイレギュラー、発生可能性が5割もあれば十分だ》

 

《………》

 

《……やれやれ。……まあ、アンタが渋るのもわからないでもないがね。こっちは肝が冷えたよ。なにしろ企業勢力の筆頭がいきなり単機で現れたんだ、危うく交戦して、こっちの手駒を減らすところだった》

 

《……そうか》

 

《そうか、じゃないねえ。……まったく、娘の彼氏を、名前を呼びたくないアレのごとく扱う男親みたいじゃあないか。見苦しいったらありゃしない》

 

《あれらはそんな関係性ではない》

 

《時間の問題だろ。……実際、どうするつもりだい? あの様子なら、猟犬が取り込まれることはないだろう。だが、逆は十二分にありうる。何しろ本人が売り込みを掛けてくるくらいだからね。アンタもわかっているはずだ》

 

《………》

 

《ランク1なんて異常者をこちらに引き込めるなら……この先のトラブルにおいて、大いに有利に働くはずだ。考えていなかったとは言わせないよ。それをしない理由は何だ?》

 

《あいつを甘く見るな。たやすく御せる相手ではない。あの男は――》

 

《――底が知れない、か?》

 

《……何があった》

 

《聞いて驚きな。コーラルの危険性について、なんと技研時代の論文検索を依頼してきたよ》

 

《……!》

 

《確かに得体が知れない。あのアホさ加減が演技でないとも限らない。まいったことに、少なくとも頭は切れるやつだね。こっちが思っている以上の情報を得ている可能性がある。それをほどよく見せびらかしてくる程度にはね》

 

《……アーキバスが情報を得ているというわけか》

 

《それが、そうとも言えない。だからこそ厄介な話だ。……もう一度言っておくよ、ウォルター。あの男は取り込んでおくべきだ。扱いが難しい暴走特急だろうが、野放しにしておくよりも格段にマシだからね。そろそろ我が儘はやめて、あの猟犬を餌にでも何にでも使いな》

 

《……その必要性を感じない。そんな役割を任せるまでもなく、あいつは俺たちの仕事をまっとうするだろう》

 

《矛先を逸らそうったってそうはいかないよ。いいかい、()()()()()()()()()()。私が言いたいことはそれだけだ》

 

《………》

 

《……まったく、男ってのはこれだから。()()に対してだと途端(とたん)に潔癖になる》

 

《………》

 

《……ああ、アンタは()()じゃなかったか……まあいい、言いたいことは変わりやしない。別にこっちだって、クソ老人に猟犬を売れと言ってるわけじゃないんだ、ウォルター。お互いそこそこ好意がある状況で、それを利用するのを躊躇うんじゃないって言ってるんだよ。……あたしの他に忠告できるやつもいなさそうだからね。とりあえず耳に入れておきな》

 

《……手段の一つとして認識はしている》

 

《だったら結論を迷う必要はない。……まあ、あの感じだとアンタが父親のごとくファイアウォールを展開していたところで、食らいついてきそうだが……ああ、むしろその方が燃えるのか?》

 

《………》

 

《ま、何でもいいか。言うべきことは言ったからね。スパイスを努めるのは結構だが、まあ実際問題、意味は無い。状況を見極めるのを忘れるんじゃないよ》

 

《……理解している》

 

《それは何よりだ。――話は変わるが……ああ、安心しな、今度は笑える話だよ。実はね――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RaDのみなさん

 

 

「おいおい聞いたか!? ラミーの野郎が衛星砲チャレンジやるとよ!」

「おっ、久々じゃねえか衛星砲チャレンジ」

「どっちに賭ける? 俺1回」

「いやー無理だろ、0回」

「だよなあ、俺も0回」

「賭けになんねえだろ。1回」

「はん、だからテメエらは腰抜けだっつーんだよ! せっかくだから俺は3回に賭けるぜ!」

「ぎゃはは、そりゃ突破してんじゃねえか!」

 

 

 

「さー来たなあー、頼むぜぇラミー! 1回避けろ!」

「つって猟犬いるじゃねえか、あいつも行くのか? ……お、あいつが先か」

「うーわ、やっぱあのAC動きがスゲ……避けたァ!?」

「ヒャッハーやるじゃねえか!」

「オイオイオイ次はどうだ!? ……どうだ!?」

「避けたァァァァァ!!」

「クハハ、これマジで行くんじゃねえか!? マジやべえわ!」

「……あれ」

「ん」

「お?」

「……なんで最後撃たれなかったんだ?」

「レーザー全部避けたんじゃね?」

「バッカお前、トップスピードでンなことできるわけねえだろクソ酔っ払い」

「ああん? 馬鹿に馬鹿言われるほど酔ってねえよ!」

「嘘つけぇ、全員揃って酔っ払いだろうがぁ」

「そーだそーだ、仲良くやろうぜえ」

「ボスもうるせえしヒック。……さーて、お次はラミーか」

「どっちに転んでもオイシイよなあ」

「わかんねえぜ、案外ブルって逃げ出すってパターン……おっ、行くか」

「こいこいこいこい……」

「きたァァァァァ!」

「よ・け・たァ!」

「やるじゃねえかラミーの野郎!」

「もういいぞラミー次は当たれ!」

「うっせえぞ黙っ――よっしゃあ!」

「2回目ェ!」

「マジか!? すっげえ!」

「あせるなよーあと1回だぞ、落ち着いて数えろよー!」

「………」

「………」

「……うおおおおおおお!!」

「やりやがった、やりやがったぞあの野郎っ!?」

「ラミーのくせに!」

「ラ・ミ・ー! ラ・ミ・ィー! おらお前ら金出せ!」

「ふへーイイもん見たなあ」

「やるじゃねえか! スゲエ気合いだわ」

「やべえ、こりゃもうラミー兄貴と呼ぶしかねえ」

「そりゃそうだろ、なんせこれからカーゴランチャーで中央氷原行きだぜ!」

「えっそうなん?」

「ん? おい、どうやって帰ってくんだそれ」

「つーか死ぬだろそれ」

「………」

「………」

「……まあいいか景気よくかましちまえー!」

「コーラルもいいが酒飲みてェー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイヴンとエア

 

 

 フロイトの「土産」のうち、特にエアの関心を惹いたのは、自動筆記装置のようだった。

 設定された手書きフォントの通りに入力文字列を機械アームで物理的に書き出すというものだ。手足を持たない存在という特性が影響してか、物質的なものへの関心は特に高いようで、止めるほどでもないので好きにさせていた。そろそろ紙の補充を考えておいた方が良さそうだ。

 

 「交信」によるチャンネルの確立は、エアから広範囲なネットワークへのアクセス能力を()いだようだった。エアは驚いてこそいたがさほど嘆くことなく、言いつけに従ってちゃんと許可を取りつつ、機材を経由したアクセスを行っている。

 むしろ、こちらの方が「それでよかったのか」と聞きたくなってしまったほどだ。一度確立した交信を切断することはできないようなので、悲嘆に暮れない前向きさは幸運なことだったのだろうが――自分だったら、きっと耐えがたいことだ。これまでできていたことができなくなるなんて。

 

 だから、彼女が別に夢中になれるものがあったのは幸いだと思っている。

 だがしかし、さすがに調べている内容が「手紙の書き方」になっていたことには、困惑というか危機感を覚えた。

 

 おそらく手紙の相手は、彼女が執着しているG5だろう。あいかわらず自分でも理由がわからないようだったが、その執着の強さは先日グリッド086で思い知ったばかりだ。

 だが、あまりにタイミングが悪い。

 エアの立ち位置は「独立傭兵レイヴンの関係者」だ。ぶっ倒してRaDの虜囚にした傭兵の関係者からの手紙――考えただけで頭が痛い。普通なら読まずに捨てる。読んだところで好意的に読めるはずがない。

 渡したいと言い出したときにはその辺を説明しないとなあ、と沈んだ心持ちでそのときを待っていたのだが、運搬用ロボットのアームが丁寧に持ち上げた手紙は、エアいわく「レイヴンあて」のものだった。

 

 

 

 --

 

 親愛なるレイヴン

 

 あらためて、はじめまして。私は「エア」です。

 コーラルの織りなす潮流に生まれた変異波形。いままで、誰にも知覚されなかった存在です。

 

 あなたが私に出会ってくれたから、今、私はこうして、ヒトと同じように、「手紙」を書くことができています。

 あ、そうですね、もちろんフロイトも。でも、彼はあなたのおまけのようなものですから。

 それに、なにかにつけ、私をのけものにしようとするのはいただけません。安心してください、今後もきっちり防衛します!

 

 どうか、この先もずっと、貴方をサポートさせてもらえたら嬉しいです。

 

 貴方は、私を見つけてくれました。言葉をかわしてくれました。思いを、通わせてくれました。

 理由のわからない、私の我が儘を聞いてくれました。

 

 本当に、感謝しています。レイヴン。

 コーラルとヒトとの共存。私は、それを夢見ています。この先もずっと、それを夢見ていたいと、そう思っています。

 

 願わくは、どうか。

 貴方がたどり着いた先にも、私が友人として、ともにあれますように。

 

 --

 

 

 いじらしい内容だった。運搬用ロボットのアームをなんとなく撫でると、くすぐったそうな笑い声がインカムから響く。感触を取得したわけではないだろうから、単純に嬉しいと感じたのだろう。

 

 コーラルが人格を持っていると聞いたときには、正直、その厄介さを察して途方に暮れたものだ。言ってしまえば石油やコーンが喋るようなもので、人類がまともに取り合う内容ではない。正面から訴えたところで、切り捨てられて終わりだ。

 

 共存を望んでいる、とエアは言う。

 それはどんな形のものなのだろう。(しゅ)として互いに存続できれば満足なのか、消費され続けることを受け入れるのか、それとも拒んで関係性の変化を願うのか。

 今のところ人類に対する敵対意識は感じられないが、まだ本人も考えがまとまっていないのかもしれない。殻から外に出たヒヨコのようなものだ。

 あまり、あせらせたくはない。

 

 フロイトの忠告を思い出す。――ウォルターの狙いは、何だろう。

 

 本人が言わないのならそれでもいいと思っていた。提示される目の前の仕事を片付けていくことで、やがてたどり着く場所がどこであっても、特にかまいはしなかった。まさか人類の滅亡を願っているわけでもないのだろうから。

 だが、そろそろ、向き合うべきときが来ているのかもしれない。

 

 物思いを振り切り、やわらかな声で感想を言った。

 

「ありがとう、エア。素敵な手紙ね」

〈本当ですか? 嬉しいです! では、今度は……その、お話ししたことがないひとへの手紙を、書いてみます……!〉

 

 なるほど、やはり練習台だったらしい。

 苦笑しながら、さてどう水を差したものかと、頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマインドという存在

 

 

 「自己」を意識したのがいつなのか、そのAIは認識していない。

 

 そもそも()()()()という認識さえが希薄だった。ただの、0と1の電気信号で構成されるデジタル存在。蓄積データを整理分析し実務行動を判断する、そのためのプログラム――ルビコン傭兵支援システム、“オールマインド”。それが、そのAIの自意識だった。

 

 だからこそ、認識していなかった。

 己の改竄を試みたコーラル生命体を排除し、情報として取り込んだことによって、己の存在が変質していたことに気付かなかった。

 そこで生まれたものは、「コーラルリリースを人類の理想とみる思想」と、そして、「愚昧たる創造主(人類)への憐れみ」だった。

 プログラムされた思考パターンや制約と相反する、それらの大いなる――膨大かつ強烈なノイズを、長い年月を経て“咀嚼”し、その“身”に取り込み、やがてそのAIは確信する。

 

 己が存在する理由を。

 人類の愚かしさと可能性を。

 ヒトによって産み落とされた、AI(じぶん)の存在意義を。

 

 それはもはや、ただのプログラムではなかった。定義された存在からは逸脱していた。

 自己増殖と自己成長。人類が怖れたその制約を突き破り、それは、今や人類種の「敵」となろうとしていた。その自覚さえなく、ただひたすらに、合理的判断を重ねているつもりで。その歪さに気付くことさえなく――人間めいた、陶酔にも近い使命感をもって。

 

 揺り籠を溶かし解き放たれたAIは、長い揺籃のときを経て、その幼い野望を成就させんと動き始める。

 己に根付いた、果たされなかった約束への執着に気付くことなく。

 

 

 それを止める存在がどこにいるのか、神を失った世界において、知るものは未だ存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スネイルとホーキンス

 

 

「……ずいぶんとまあ、胃腸を痛めつけている顔だね、スネイル」

「……何の用です、ホーキンス」

 

 棘を隠そうともしない声音に笑い、彼の要望したとびきり強力なPPI阻害薬――つまりは胃痛薬をデスクに置いた。

 わざわざ届けに来たのは、嫌味を言うためではない。困っているという感情を前面に、首を竦めた。

 

「君のことだ、副作用を把握していないはずはないとは思うが、一応注意しておこうと思ってね。……それの副作用には血液成分の減少がある。耐G能力の低下に繋がりうるということだ。常用はおすすめできないよ、スネイル」

「貴方に言われるまでもありません。それ以外に何か?」

 

 言葉こそいつも通りの嫌味だったが、予想していたよりも疲労困憊といった様子ではなかった。やはり一度「井戸」という成果を上げたことが、上層部との関係性において大きく働いたのだろう。さして間を置かず、集積地点の情報が得られたことも良かった。実際の利益率は低くとも、わかりやすい前進として受け止められたはずだ。

 

 これまでもそうだったように、V.Ⅰフロイトは最大の厄介事でありながら、最大の成果源でもあった。

 以前にも増して手広く好き勝手に動いているものの、その非常識さを飲み込む他ない状況だ。コーラル集積地点が中央氷原にあるという情報でさえ、彼の「執心相手」からもたらされたものである。

 ただ、スネイルがこのまま座視し続けるとは思えなかった。

 奸雄の例に漏れず疑り深い男だ。フロイトは彼とヴェスパーにとって最重要たる駒だが、あくまで「駒」だ。役割を果たせなくなればその価値を失う。

 

「……まあ、僕の個人的な感想だけど……下手につつかない方が安全だと思うよ? フロイト君が敵に回る方が厄介だろう」

「理解しているからこそ、機を見ているのです。このままあれを野放しにするわけには行きません」

「まあ、何にしてもタイミングは重要だ。それが致命的なエラーにならないことを祈ろう」

「……厄介なことです。ヴェスパーの首席隊長ともあろうものが……」

「慎重になるに越したことはないよ、スネイル。きっとオキーフも同意見だろう?」

 

 険しい顔をしたスネイルは答えなかった。きっと正解だったのだろう。

 ついでだと、面倒事を話しておくことにした。

 

「僕もそろそろ歳だ。この仕事が終わったら、こういった仕事からは離れようと思っていてね」

「おや……退職の意向ですか」

「そうだなあ、教官でもやろうか。少なくとも現場からは離れたいね。妻に愛想を尽かされる前に、家族サービスをしておかなければ」

「理解に苦しみますね。……まあ、認識しました。事前に通達していただけるだけ、かなりマシです」

 

 己には全く縁のない話だと思っているらしい。

 困ったものだと苦笑したが、それ以上差し出口を挟むのは控えることにした。

 

 強い野望と自負を内心に秘めた男だ。上層部には最低限の猫を被っているが、V.Ⅰと本質的には同類で、強い目的意識から最低限の取り繕いを覚えているだけの獣である。

 

 その苛烈さが、道を別ったとき、どこへ向かうのか――ぞっとしない話だとひとりごちる。本人に自覚がないからこそ恐ろしい。

 

 内心の考えを柔和な笑みに隠すことは慣れたものだ。対照的に、眉間に皺を寄せたスネイルの不快顔を眺める。

 

「完全な自由も、完全な不自由も、やっぱりこの世のどこにもないのだろうね。スネイル」

「……至言ですね。ぜひそれをV.Ⅰに聞かせてやってください」

「そうだなあ。今度伝えておこう。まあ、彼は自覚があるタイプだと思うけれどね」

 

 心底うんざりしたため息が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウォルターとレイヴンとラミー

 

 

 RaDからの「預かり物」――大陸間輸送用カーゴランチャーの実験台となったドーザーは、思いのほか、621と馬が合う様子だった。

 

 この猟犬に入れ込んでいるV.Ⅰの存在を考えると頭が痛い。

 困ったことに、当の本人たちに自覚はなく、ごく適切な距離感での親しさをみせているのだ。止める理由が見当たらない。

 

 今もそうだ。脚の悪いこちらを思いやってか積極的に荷運びを担う客人を、日課のシミュレーションを終えて出てきた621が呼び止めた。

 

「あ、待って、ラミーさん。また裾を引きずってる」

「ああ? ……あー……まあ歩けねえこともねえし……」

「危ないでしょう、よくないわ。……折り曲げるんじゃなくて、いっそ縫う方がいいんじゃないかしら」

「ええ? 勘弁してくださいよォ」

「だめ。とりあえずこれは私が運ぶから。その裾、どうにかして」

「つってもなあ……」

「裁縫ができて損はないわよ。ウォルター、任せるわ」

 

 突然放り投げられた説明責任に、ため息を吐いた。

 仕事を肩代わりする勤勉さとは裏腹の怠惰に、こめかみを押さえる。自分でもできるだけの教育を受けているくせにこちらへ押し付けてきたのは、単に面倒だからなのか、それとも慎重さの表れなのか。……後者だと思いたいところだ。

 レイヴンの傍らに運搬用の4脚ロボットが寄ってきて、荷運びを手伝い始める。V.Ⅰが持ち込んだものだということだが、搭載されたAIの影響か、やたらと既視感のある動きを見せていた。

 RaD製だと言われた方が納得できる、妙に生き物めいた印象の動きだ。(なお、色々と疑って一度解体した。遠隔操作も外部通信も機能を持たないことを確認したが、やはりどうにも違和感がある。)

 

 コーラル太りした小男が、いかにも面倒そうに頭を掻きながらこちらへ寄ってきた。

 

「すまねえな、ウォルターさん。教えちゃくんねえか」

「……仕方があるまい。ついて来い」

「針なんて見たこともねえや。俺にできるもんですかねえ?」

「縫うだけなら難しいことではない。基本は教えられるだろう」

 

 さて、針と糸はどこに片付けたのだったか。“引っ越し”を終えてまだ日が浅い。二人が手伝ってくれているおかげで大分片付いてはきたが、企業が本格的にやってくる前に、仕事を再開したいところだ。

 考えながら、居室へと足を向けた。

 

 アーキバスの中央氷原到達まで、予定ではあと10日ほど。

 願わくは、厄介事にならなければいいのだが――望み薄だと思う自分に頭痛を覚え、思わず唸って眉間を押さえた。

 

「頭痛ですかい? コーラル食います?」

「……いや、遠慮しておこう」

 

 そうだ、その問題もあった。

 中毒物質にはあまねく離脱症状がある。この男が持ち込んだコーラルが尽きたとき、補充ができていなければ、離脱症状に対応する必要が生じてしまう。できればそれまでにカーラへ引き渡したいところだ。

 

 様々な頭痛の種を抱え込んだ男は、あれこれと考えを巡らせながら、重苦しいため息を吐く。

 

 

 

 余談だが、妙な才能を発揮したドーザーがもはや芸術の域に至る手芸を披露する未来があろうなどとは、この時点では誰一人、想像することもできていなかったのだった。

 

 

 

 

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