真人間には向かないプラン   作:ikos

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When one door shuts, another opens.
一つのドアが閉まれば、別のドアが開く





CHAPTER 3:When one door shuts, another opens.
迷う者は路を問わず


 

 

 退屈な日々が続いていた。

 

 無事に未確認適性機体(UNK-01「ケートス」)を片付けてアーレア海を渡り、中央氷原に到達して10日ほど。アーキバスルビコン進駐拠点の大引っ越しの進捗は、八割といったところだ。

 現状、どの勢力にも大きな動きは見られない。多少の小競り合いがあるくらいで、すっかり暇を持て余している。

 この猶予が長く続かないことはわかっていた。惑星封鎖機構の本格攻勢は間近だ。そうなれば各地の拠点の撤収支援に追われることになる。

 前回の忙殺ぶりはなかなか大変だったので、ウォルターからの情報ということにしてオキーフ経由でスネイルの耳に入れておいたのだが、これが裏目に出た。スネイルがまた温存癖を出してきたのだ。

 おかげで本当にやることがなかった。スネイルはこちらの無断出撃を警戒してあれこれ手を回していたようだが、レイヴンも今のところ請けるような仕事がない様子で、出撃情報がまったく上がってこない。解放戦線からのコンタクトも特になく、ベイラムの動きもまだ鈍く、どこもかしこも開店準備中といった印象だ。

 番号付きは各地の拠点設営警備などに回しているようで捕まらず、相手をしてくれるのは部下たる第1部隊の面々くらいだった。

 副官はMUM-T運用拡大のテスターとして白羽の矢が立っていたが、やはりメーテルリンクと比べると一段劣る。もともと隊長である自分に欠けた、部隊指揮にこそ力を発揮する男だ。相性が悪い。

 「隊長を墜とせたら全員に臨時ボーナス」という定例の総力戦シミュレーションで徹底的に弱点を突いておいたので、スネイルも運用を考え直すことだろう。

 

 不完全燃焼な模擬戦を終えて機体から降りると、観戦していたらしいホーキンスが苦笑で迎えた。

 

「ずいぶんとコテンパンにしたものだね。第1部隊の隊員が強靭に育つわけだ」

「そうだな。頼りにしている」

「……君は以前から飛び抜けたパイロットだったが、ルビコンに来て、さらに急速に伸びたように感じるよ。レイヴン君との出会いの影響かな」

「まあ、だろうな」

 

 正確には、前回の一年少しの間に実機で100回ほどやりあった成果だ。あれこれと工夫を凝らさなければ勝てない相手とそれだけ死なずに戦い続ければ、腕が上がるのも当然だった。

 前回の今頃は、戦闘中にACSを切ったり入れたりドローンに個別割り込みをかけたりはしていなかった。それが危なげなく実戦で使えるようになっているのは、基本的な技量と判断力が上がって、操縦に余裕が出てきたためだろう。――デジタル生命体となってシステム周りの仕組みをより深く直感的に理解した経験も、影響はあるかも知れない。

 

 ただ、いくら強くなっても、対等に戦える相手がいなければつまらなくなるばかりだ。

 レイヴンの存在は、だから、自分にとって奇蹟のようなものだった。

 前回の執着も、多分その辺りが大きなきっかけだった。要因は色々あるが、強くて伸びしろがあって向上心がある、敵ではないから特に殺し合わなくてもいいので長持ちする遊び相手――そんなもの、得がたいなどという言葉では到底足りない。一回目の「壁越え」で気が向いて出撃をねじ込み、レイヴンに出会っていなければ、どれだけ退屈していたことか。ぞっとする。

 彼女個人も気に入っているし、今でこそ中身の方により執着しているが、それがなければ生まれなかった感情だとも思っている。

 

 そんなことをしみじみ実感していると、ホーキンスが穏やかに相好を崩してこちらを見ていた。年の功というやつなのか、不思議と不快ではない。

 

「そういえば、フロイト君。お菓子は喜んでもらえたかい?」

「ああ。……ウォルターは何か妙な反応だったが」

「ははは、なるほど。初対面だったんだろう? 『菓子折りを持って保護者にご挨拶』みたいなシチュエーションだったからじゃないかな」

 

 なるほどそういうことか、と思わず納得した。

 そう考えると、じつに身の丈に合わない礼儀正しさだ。あの反応も理解できる。こちらは別に、彼女の父親がわりだと思って接していたわけではないし、当事者二人も否定するだろうが――どちらの性質によるものだろう、ただの雇用主と従業員と言い表すには距離が近い。いささか奇妙な、絆めいたものがある。

 ふと、経験者の話を聞いておこうかと思い立った。

 

「そちらはどうだったんだ?」

「うん? 何の話だい?」

「菓子折を持って挨拶に行ったのか」

 

 ああ、と安定した笑みを苦笑に変えて、ホーキンスは懐かしむように答えた。

 

「花と、酒だったね。妻の両親は早世していて、墓前への報告だったものだから」

「……なるほど。そういうケースもあるか」

「何にせよ、まずは無事に顔合わせが済んだことを喜ぼうじゃないか。一時はどうなることかと思っていたものだけれど、着実に前進しているようなら、何よりだね」

「どうだろうな。だといいんだが」

 

 ちなみに礼儀正しくつつがなく挨拶が終わったかと言われるとまったくの逆で、ベースヘリにRaDのAC乗りが居候しているわ、ウォルターに文句を言ったら逆に不在時のやらかしについて追求されるわ、レイヴンとは「油断してる」「してない」の言い合いになるわで、なかなかの大騒ぎだった。

 

 

 エアが話しかけてきたのは、そんな騒ぎを経て、なかば追い出されるようにロックスミスに乗り込んだところだった。

 

 

 現在のエアの操作可能範囲はレイヴンの周辺に限られているらしいが、それでもなかなかに広い。話しかけてくる可能性は考えていた。

 コーラル操作のできるインカムのうち、レイヴンが選ばなかったオレンジ色の一つを手元に残しておいたのは、そのためだ。

 

 おしゃべりなCパルス変異波形は、ひどく打ち沈んだ様子だった。

 理由は本人が口にした。――こちらがRaDの頭目に依頼した内容を知ったからだ。

 泣き出しそうな、切願めいた声を思い返す。

 

 

   ――フロイト、貴方は……。

   ……貴方も、私たち(コーラル)を、危険な存在だと――

 

 

「……フロイト君、どうかしたかい?」

 

 ホーキンスの問いかけに、いや、と言葉を濁したとき、スネイルから通信が入った。

 やっと仕事をよこす気になったらしい。

 面白い内容ならいいんだが、と期待を込めながら応じた。

 

《V.Ⅰ、仕事です。独立傭兵によるアボア燃料基地への襲撃情報が入りました。おそらくはベイラムの差し金でしょう。……あの基地は立地的に重要度が高い。確実な排除を求めます》

「お前が俺を出すくらいだ、それなりに面白い相手なんだろう?」

《AC「アスタークラウン」、及びAC「アンバーオックス」。――例のリークを行ったハクティビストとやらです。貴方にとってもお気に召すのでは?》

「なるほど……そうだな。退屈はせずにすみそうだ」

 

 名を奪われた「レイヴン」の朋輩。オールマインドの行った格付けで言うなら「特例上位ランカー」だ。それなりの腕はあるだろう。

 すぐに出るようにとの指令を受け、第1部隊を率いてアボア燃料基地へと向かった。部隊は訓練直後で疲弊しているところだが、やむを得まい。

 道中でブリーフィングを行っている間に、襲撃の報告を受ける。少々出足が遅れたようだ。

 

 防衛戦の旗色は芳しくなかった。

 塗り替えられていく報告にスネイルの声が苛立ちを増していく。相手はたった2機のACだが、防衛に当たっていた第7部隊のMTには荷が重い。防衛ラインはどんどん後退している。

 

 たどりついた燃料基地は、あちこちから黒煙が上がっていた。

 MTの残骸が無残に散らばっているものの、燃料プラントのドームはまだ無事のようだ。――ざらつくような違和感に口角を上げる。

 名の売れた独立傭兵というのは、生き残るための嗅覚を持っているものだ。依頼内容が基地の破壊だけなら、まずは最大の目標を狙い、早々に仕事を片付けて立ち去っている。

 それを、こうものんびりやっているというのだから、別の目的があるに違いない。

 

 レーダーの機体反応は施設内部。ドームへと向かって移動している。無線で届く戦況とも一致していた。

 副官に部隊を任せて裏手から燃料プラントの防衛に回るよう指示し、身軽になって、大穴の空いた隔壁から中へと入った。長い通路をアサルトブーストで進む。行く先々で、破壊されたアーキバスのMTがまだ火を灯している。

 一時保管庫の前で、その速度を緩めた。

 隔壁が閉まっている。破壊されるでもなく固く閉じられ、敵機の反応はその向こうにある。

 手近にあったコンテナを掴み、隔壁へと投げつけた。

 質量物の衝突による轟音と振動――そして、火薬による爆発。かなりの規模だ。

 破壊された隔壁の向こうから、女の声が、投げ出すような響きで話しかけてきた。

 

《――派手なお出ましね。腐ってもランク1、やっぱりこの程度の(トラップ)じゃ引っかからないか》

 

 粉塵の向こうから叩きつけられたレーザーキャノンを最小限の動きで回避しつつ飛び込む。相手は2機。4脚と戦車型、情報通りの「ブランチ」だ。

 戦車型(アンバーオックス)が上空からレーザーライフルを打ち下ろしてくる。

 前衛は4脚(アスタークラウン)のようだ。そちらへリニアライフルで応戦し、空間の広さを把握しながら軽口を返した。

 

「今のところ腐った覚えはないが、まあ、辺境エリアの順位づけにたいした意味はないだろう。気にせず楽しませてくれ」

《その口振り! まったく、どいつもこいつも……割に合わないったらないわ》

《今更だ、シャルトルーズ。用心してかかれ。これまでの相手とはものが違う》

《はいはいわかってるわよ、偉そうに言わない!》

 

 相手の武装は効果が広範囲なものが多い。閉所での2対1はそれなりに厄介だ。

 保管庫内は意外にもがらんどうで、少なくとも可燃物はほとんど置かれていない様子だった。まだ稼働したてで燃料が足りず、すぐに各地に運搬しているためだろう。

 横合いから放たれたグレネードが架台を破壊する。2機とも空戦能力の高い機体だ。天井の高さを計算に入れながらブーストで一度頭上を取り、レーザーブレードを突き下ろす。背面を狙ったつもりだったが、巧く旋回して盾で受けてきた。

 アスタークラウンが展開しているのは先進開発局の大盾(スクトゥム)だ。その性能は十分に承知している。防御性能は高いが、展開し続けることを前提とした設計であるため、通常のシールドよりも機動に制限がかかる代物だ。こちらから墜とすのが得策だろう。

 着地がてらパルスキャノンを叩き込んでいると、アスタークラウンは大盾を収めて回避行動に移った。使い慣れた動きだ。

 チャージされていた三連装レーザーキャノンが至近距離から放たれる。壁を蹴って回避し、短時間のアサルトブーストでアンバーオックスの追撃をかわす。拡散レーザーが機体を掠めた。

 

《聞きしに勝る腕前だ。こうも動きが読めないとは……!》

《二人がかりで捕まえるしかなさそうね》

 

 着地点を狙ってグレネードが炸裂する。少しばかり機体を浮かせて爆発範囲を離れ、レーザードローンでアンバーオックスへ攻撃を仕掛けた。

 そちらを撃ち落とそうと照準を動かしたのを見て、機体を反転させる。

 

《な――》

 

 リニアライフルのチャージ弾を放つと同時に飛び退いた。

 ハンドガンの弾が追いかけてくる。ぐるりと旋回し、再びアスタークラウンへと飛び込んだ。展開した大盾をすり抜けるように移動したが、素早い反応でそれは防がれた。ただ、盾が今度は限界を迎える。硬直した機体への追撃はドローンに任せ、背後からのレーザーを避けた。すぐにグレネードでの追撃がくる。

 それなりに気分が乗ってきた。早々に片付けてしまうには惜しい。

 

《こいつ……何なの、後ろに目でもついてるわけ!?》

「悪くないな。火力の高いAC(やつ)はわりと好みだ」

《ああそう、残念ね、あんたはあたしの好みじゃないわ!》

「だろうな」

 

 いまのレイヴンは「趣味」に対応するため、全体的に火力を落とし気味だ。その分工夫があって面白くはあるし、細工を必要とするから以前よりも腕の伸び具合は早い。

 だが、前回の最後に持ってきたくらい高威力な(頭の悪い)兵器も、そろそろ使ってもらいたいものだ。前回のRaD製円盤鋸(ハンドヘリアンサス)とまでは言わなくても、先進開発局あたりに何か面白いものを作らせて、送りつけてみようか。普段使いさせるには出力の調整機能が必要そうだ。どんなものがいいだろう。

 

 そんな呑気なことを考えながらも、操作は忙しない。

 さすがに連携ができている。頻繁に動き回るこちらを挟撃するための位置関係だ。ぼんやりしていれば、この高火力を集中されてあっという間に装甲を削りきられるだろう。ミスは許されない。

 心地よい緊張感だった。閉所という状況も良かったのだろう。レイヴン以外では、久々に覚えるたぐいの楽しさだ。

 水を差すように、司令部から通信が入った。

 

《フロイト、上空にステルスの機影接近を確認。おそらくは投下爆撃です。退避を――》

 

 焦りの滲む早口と、天井から轟音が響くのとは同時だった。

 とっさにパルスアーマーを展開しながら中心部から離れる。分厚い天井が崩落してきた。瓦礫が起こす衝撃と煙幕の中へと、さらに投下された何かが派手に炸裂し、あっという間に炎の海を作り上げる。

 同じく退避していたアンバーオックスが、悲鳴じみた声を上げた。

 

《冗談じゃないわ、これを援護だとでも言うつもり……!?》

「焼夷弾とはな。――なるほど、狙いは俺か」

 

 通信回線の向こうで派手な音がした。どうやらスネイルがお怒りのようだ。

 

《……身の程を知らない虫どもが……! ……フロイト、最悪の場合は基地の放棄を許可します。退避し損ねるようなことはないよう、十分な注意を》

「そうだな、スネイル。了解した」

 

 通信を切って、口角を上げた。

 

「面白くなってきた。さあ、続けようか」

《シャルトルーズ、腹を括れ。好機だと見ればいい》

《ああもう! あんたたち、どっちも頭がおかしいわ!》

 

 滞空能力の高い敵機の方が僅かばかり有利だろう。あとは機体の冷却性能との勝負だ。時間は掛けられない。

 轟音の中に風を切るような落下音がして、レーダー反応が増えた。カメラとFCSでは捕捉できない。モニタ欺瞞(MDD)方式のステルス機――最近聞いた覚えのある単語だ。ますます気分が乗ってくる。

 無人機がどうちょっかいをかけてくるかと思えば、撃ち出されたのはナパーム弾だった。文字通り、火に油を注ぎにきたようだ。

 

《ふざけすぎよ……! キング、まだやる気なの!? このままじゃこっちまで巻き込まれる!》

《こいつも逃がしてはくれなさそうだが、周囲の無人機、おそらくこちらを攻撃してくるぞ》

《督戦ってわけ? 本当にふざけた仕事ね!》

 

 燃焼剤の直撃は避けたとは言え、機体温度が急激に上昇している。コクピットも茹だるような暑さだ。降り注ぐレーザーと擲弾を躱しながら着実に削っていく。

 焼夷弾は簡単に言うなら、燃焼材と増粘剤を混ぜ合わせたものをばらまくものだ。一弾あたりの容積を減らすと効果が落ちるため、あまり弾数のあるものではない。増援はスネイルが対処を指示するだろう。いまここにいる機体で打ち止めだ。

 この2機を相手にしながらステルス機を捕捉して片付けるのは骨が折れる。爆撃機から投下された焼夷弾の燃焼だけでも10分程度続くはずだ。消火手段がない以上、いずれにせよ、それまでに終わらせる必要がある。

 

 注視すべきは、弾切れになった後の行動だ。

 オールマインド(AI)が抹殺のためここまで手を回したというなら、無人機を最大限に役立てるにはどうするか。予想はつく。

 

 意識を取られていたせいで、アスタークラウンの行動に気付くのが遅れた。

 炸裂するパルスが球状に広がる。距離を取るには位置が悪かった。アサルトアーマーを躱しきれず、炙られ続けた機体がACS負荷限界を迎える――直前にシステムを落とし、直感のそのままに上昇した。

 アンバーオックスの拡散レーザーキャノンがすれすれを灼いていく。

 背後にレーダー反応。そちらから気を逸らさなかったのは正解だった。

 忍び寄った無人機が不穏な信号を放つ。とっさにその腕を掴み取り、勢いのまま背後へ投げ出した。

 折良く、アンバーオックスがその場にいた。

 

《な……!?》

《下がれシャルトルーズ!》

 

 振動していた無人機が派手な爆発を起こす。割って入ったアスタークラウンが撃ったレーザーキャノンで直撃こそ避け、その衝撃も大盾(スクトゥム)で軽減させたようだが、さすがに荷が重い。

 庇われたアンバーオックスは即座にその場を離れると、こちらに牽制の攻撃を向けてきた。追撃の隙を与えない辺り、さすがにいい判断力をしている。

 

《キング、損傷は!》

《……気にするな、大した問題はない》

《本当でしょうね!?》

 

 フレームへの損傷は言葉通りのようだ。だが、明らかに動きが鈍っている。

 乱戦に近い混乱の中、最初に限界を迎えたのはアスタークラウンだった。

 距離を見誤ったか壁に脚部を掠める。僅かにバランスを崩したところへアサルトブーストで距離を詰め、蹴りを放った。

 

《ぐ……》

《キング!》

 

 レーザーブレードで頭部のメインカメラを削り取る。追撃で、燃えさかる炎の海へと叩き落とした。

 そちらに気を取られるアンバーオックスへと迫る。背後からレーザードローンの攻撃を最大出力で集中射出。頭上を取り、リニアライフルのチャージ弾を撃ち込んだ。

 

《しまっ――》

 

 機体が硬直状態となる。船体を思わせる脚部へと降り立ち、レーザーブレードを構えた。楽しませて貰ったぶん残念だが、交渉を持ちかけるだけの時間は残っていない。

 ――そして何より、この2機は()()()()()()()()使()()()()()()()()()()だ。今回の徹底ぶりを見ても、レイヴンに回す気にはなれない。

 躊躇なくコアを貫いた。通信機能が破壊されて、悲鳴が途切れる。

 

《シャルトルーズ……! 機体を――!》

 

 機体を捨てたところで果たして生き残ることができるだろうか。戦場は依然として燃え盛っている。

 無人機の自爆攻撃をかわし、まだ動ける状態だったらしい残り1機を照準に収めた。再展開した大盾(スクトゥム)は効果を発揮するまでに時間がかかる。パルスキャノンを続けて叩き込み、破壊と同時に懐へ飛び込んだ。

 

「仕事も引き際も、選んでおくべきだったな」

 

 遺言を残す時間は与えなかった。損傷が(かさ)んだコアをリニアライフルで撃ち抜き、ACの機体反応が消失したのを確かめる。

 炎の中へと物言わぬ機体が墜ちていき、ジェネレーターが誘爆を起こした。

 

 警告音が鳴る。その隙を見計らっていたかのように放たれたナパーム弾を、ほとんど感覚だけで避けた。

 まだ弾を残している機体がいたようだ。プログラムらしからぬムラか、それとも計算だったのか。

 そのまま通路側に退避したが、見事に塞がれていた。いずれにせよ、残りを片付けて上空から出るしかない。

 

「は……。ちょっと、まずいか。暑い……」

 

 つい熱中してしまった。さっきまでぼたぼたと落ちていた汗がいつのまにか引いている。悪い兆候だ。

 まだ無人機の反応が残っている。2つ……いや、方位が重複しているのか。3つだ。袋小路とみて寄ってきてくれれば楽だったのだが、ステルスを張ったまま機をうかがっているようだ。

 水を手に取ったが、キャップを回すのにも苦労した。視界がかすむ。電解質入りの水を口に含んで、再び炎の中へ戻ろうとしたとき、やっと思い出して部隊との通信を回復させた。

 副官が即座に応じてきた。

 

《隊長、ご無事ですか!? こちらは燃料プラントを攻撃してきた無人機への対処を完了しました。そちらへ介入の許可を!》

「すまん、助かる。ステルスの無人機が残り3機だ」

《どれだけ無茶をなさっているんですか……!》

「無人機は片付けるつもりだが、このままだと蒸し焼きになりそうだ。多分そろそろ意識が飛ぶ。搬出の準備をしておいてくれ」

《なんっ……すぐに向かいます! 通信は繋いでおいてくださいよ!!》

 

 頼もしい声に笑い、改めて、炎の中へと飛び込んだ。

 

 

 

          - / - - 

 

 

 

 意識レベルが下がっていたので後から聞いた話だ。

 戦闘終了後、その場で応急処置を行ったのち、即座に医療棟の集中治療室に運び込まれたらしい。

 

 思っていたより気がかりだったのか、半分夢うつつのような状態で、エアとの会話を思い返していた。

 ひょっとしたら、一部は夢と混同していたかもしれない。どこか実際のものとは差異が生まれている可能性があった。

 

 夢の中でも沈鬱な、泣き出しそうな声だった。

 「前回」の(いきどお)りに満ちた低い声でも、「今回」の無邪気で少女じみた声でもない。祈るような、(すが)るような声だった。

 

 

〈……貴方がカーラに依頼した、調査の内容を知りました。……フロイト、貴方は……。……貴方も、私たち(コーラル)を、危険な存在だと考えているのでしょうか。……争いの種になるのみならず、その存在そのものが……人類にとって、危険だと……〉

 

 そのときも即答はしなかった。

 コーラルの情報について、RaDの女頭目にはもう一度ボールを投げていた。「焼滅したと思われたコーラルが、たかだか50年で地表から観測できるほどに増えたのはなぜか」――それを不穏に感じる、と付け加えた問いかけで、ようやく、「指数関数的に増殖するコーラルの性質」を提示してきた。爆発的増殖を起こす条件はまだ伏せられていたが、一歩前進と言ったところだ。

 そしてその応酬が、エアには裏切りのように感じられたのだろう。

 絞り出すような声に、少しの間考えたが、やはり結論は同じだった。

 

「……危険かと言われれば、まあ、そうだな。大陸の一部が吹っ飛んだ直後だ。普通はそう考える」

()()……。……レイヴンも、同じように考えているでしょうか……〉

「だろうな。あいつは俺よりもっと常識的だ」

 

 エアが苦しげに沈黙した。

 「性質」を意思でどうにかすることは不可能だ。調査の内容を把握したなら、その回答も知っただろう。

 人類との接触で変質したのか、いまのコーラルは異常なまでの増殖性を持っている。さらには地中にあってさえ、推測される全体量から見ればちょっとした程度の刺激で大規模な爆発を起こし、大気圏付近に滞留すれば、植物の光合成のようなものなのか吸熱反応で惑星寒冷化現象を引き起こす。その二点だけでも、人類との共存共栄とやらは困難だろう。

 そういえばオールマインドは、コーラルリリースを「真の共存」だの何だのと語っていたような気がする。適当に聞いていたのであまりよく覚えていないが、いまのエアなら同じように食いつくかもしれない。

 この辺りで一応釘を刺しておくかと、話の持って行き方を考えた。

 

「エア。俺とレイヴンの共通点は何だと思う?」

〈共通点ですか……。……強いこと、でしょうか〉

「まあ、それもだな。他にも色々あるが……俺もレイヴンも、()()()()()()に立ったことがない」

〈……それは、個体としての強さゆえ、ですか?〉

「違うな。大半はただの運だ。たまたま恵まれた環境に生まれて、憎しみを知らずに育った。そんな人間が、搾取を訴える“コーラルの悲嘆”とやらに、真実共感できると思うか? ただでさえ種族が違うんだ、同じ目線でものを見るにはハードルが高い」

 

 息を呑む気配がした。

 動揺に震える声が、泣き出しそうな響きで食い下がる。

 

〈……ですが……! ですが、レイヴンは、優しい人です。……きっと、私の話に耳を傾けてくれる。できることを一緒に考えてくれるはずです……!〉

「そうかもな。だが、コーラルの中でこちらと意思疎通ができるような存在は、お前くらいなんだろう。生存的な意味合いでコーラルを取るか人類を取るかという話になったとき、同列に扱うのは難しいと思わないか」

〈……それは……〉

「もし同列に扱うとしても、数の単位は人格だ。もしもどちらかを選ばなければならなくなったとき、1人と100人なら、あいつは基本的に後者を取る。10万人と100億人ならなおさらだ。取るために手を下しさえする。どちらかに家族や友人が含まれるなら多少は変わるだろうが、おそらくは、より多く含まれる方を取る」

〈………〉

「決定的な決裂が訪れる前に、アプローチの方向性を考えておけ。……友情や愛情を見せていても、あいつの優先順位ははっきりしている」

 

 コーラルの危険性を確信した時点で、放置することが人類の脅威になると考えれば、ウォルターと同じように考えて同じ判断を下すだろう。

 それを避けたいのなら、訪れるべくして訪れる破綻の前に、具体的な打開策を見つけ出すことが必要だ。――そんなものがあるのかどうかは知らないが。

 重苦しい沈黙が漂った。

 やがてエアが、絞り出すように、口を開いた。

 

〈人類との共存を望むのなら……私たちは、私たちのままではいられない……。そういう、ことでしょうか〉

「そこまで行く必要はないが、危険性への対応案は必要だな。……まあ、もし人類側に変質しろと言い出したら、まず無理だ。人間の欲望(文化)的なものなら個人でどうこうできる話ではないし、生物的な意味合いになると、あいつはまずその手の話には乗らない。その点は確かだ」

 

 それで最終的に殺されたのが前回なので、多分、実感の篭もった声になっていただろう。

 オールマインドはコーラルを人類へ統合することを目論み、自分は逆に、コーラルへ統合することを考えた。レイヴンやオキーフはそのいずれもを拒んだからこそ敵対したのだ。

 

 これでもし、今回のレイヴンがエアへの情を取ったとしたら、正直全力で物申したい。泣くほどきつそうだったのに俺を殺しきったあれは一体なんだったのだと。

 そしてなにより、もしそうなったら、レイヴンの中で自分よりエアの方が上ということになる。想像だけでもなかなか殺意のわく話だ。

 

〈……フロイト。何か、理不尽な嫉妬を感じます。気のせいでしょうか〉

「いや、気のせいでも理不尽でもない」

〈だんだんわかってきました。だからレイヴンに呆れられるんだと思います〉

「……まあ、あれだ。さっきのは、俺が知っているレイヴンの話だからな。あとはあいつに直接聞け」

〈そうですね……。そうします。……ありがとうございます、フロイト〉

「礼を言うところか?」

 

 心底疑問に思って問いかけると、少しだけ、笑うような気配がした。

 レイヴンによく似た笑い方だった。

 

〈『ありがとう』は大事だって、レイヴンが言っていましたから〉

 

 

 

          - / - - 

 

 

 

 数日で集中治療室(ICU)から解放されたものの、その後の検査フルコースの方がよほど疲れた。

 熱射病の機序は高熱による脳細胞に対する直接障害と、循環不全による組織酸素代謝障害だ。つまりは全身くまなく合併症の可能性がある。今回は幸いにも、後遺障害になるような損傷はなかったようだ。それでもほうぼうから叱られはしたが。

 疲れすぎて自室に戻るなり爆睡してしまったのだが、体内時計がおかしなことになっているのか、きっちり8時間で目が覚めた。

 すっかり夜中だ。

 胃が空腹を訴える。もぞもぞと起き出して水を飲んでいると、端末にレイヴンからのメッセージが届いていた。

 毎日あれこれと思いつくまま書いては送っていたのが、ここ数日ぱったりと止んでいたのだ。何かあったことはバレバレだっただろう。

 悩んだあげくなのか、ごく短い言葉が(つづ)られていた。

 

 

  【無事でいる?】

  【エアから、貴方が負傷したかもしれないって聞いて】

  【落ち着いたら、連絡をくれると嬉しい】

 

 

 ずいぶんと遠慮した口振りだ。以前はどうだっただろうかと思い返してみたが、そういえば負傷の原因はほとんどレイヴンとの模擬戦だった。それ以外だと、試作兵器を使ってうっかり死にかけたときくらいか。

 それにしても、エアの情報収集能力はかなりのものだ。スネイルが知れば大騒ぎになるだろう。V.Ⅰの負傷など、細心の注意をもって秘匿される情報だ。

 どう答えたものか、返事を考える。声が聞きたいような気もしたが、時間帯が時間帯だ。大人しくメッセージにしておいた。

 

 

  【ちょっとしくじった。まあ無事だ】

 

 

 後遺症も残っていないので「無事」の範囲だろう。

 心配をかけたことを謝るか、それとも嬉しいと礼を言うのか――そもそも、これは「嬉しい」なのだろうか。馴染みがなさすぎてよくわからない。

 次の言葉をどう続けるか迷っているうちに、レイヴンから通信が入った。

 起きていたのかと、意外に思いながら応答した。

 

《――あ》

 

 なぜそんな、「まさか繋がるとは」とでも言いたげな反応をするのか。自分から掛けてきておいて。

 もしかしたら寝ぼけているのかもしれない。とっさにやってしまったんだろうなと思うと、少し笑えてきた。

 そわそわと気まずげなのもめずらしい。

 

《あの……ごめんなさい、こんな時間に。もしかして、起こした?》

「いや。寝過ぎてさっき起きたところだ」

《思ったより元気そうね……》

「検査はオールグリーンだったな。心配したか?」

《……そうかも。笑う?》

 

 どこかふわふわした反応だった。それこそ寝起きだからだろうか、やけに素直だ。

 

「別に笑う理由はないが、妙な気分ではある。……そうだ、ちょうどいい。話があったんだ」

《何?》

「今回の件だが、どうもオールマインドの差し金らしい。回収したステルス無人機のパーツが、オールマインド製のものと一致した」

 

 ぴりっと空気が張り詰める。

 芯を取り戻した声が、打って変わって思案げに返してきた。

 

《……こちらも心当たりがあるわ。MDD式のステルス機よね》

「ああ。というか、襲撃があったのか? 聞いてないんだが」

《まあそれはそれとして……エアが暗号通信を解読してくれてる。私を「リリース計画の危険因子」と見做(みな)したそうよ。自爆機能まで盛り込んで仕留めにきたわ》

「こちらも同様だ。あとは対艦ナパーム弾爆撃だな。炙り焼きにするつもりだったらしい」

《豪快ね。こちらも気をつけるわ。……計画名を知れただけ成果ではあるけど……オールマインド(AI)が独断で動いているとは思えない。背後に誰かいるのかしら》

「どうだろうな。俺を排除にかかったのが同じ理由なら、そう判断されたことに心当たりはあるんだが」

 

 おそらくは、RaDにコーラルの危険情報を重ねて求めている件だ。オールマインドはリリース計画の一端として、アーキバスの技術力と資材をあてにしている。V.Ⅰがコーラルの危険性を警戒することが、その計画に悪影響を及ぼすと考えたのだろう。

 

「そういえば、()()()、ウォルターとはその後どうだ? そろそろ話はしてあるんだろう」

《……だめね。完全にシャッターを下ろしている感じ。まだ知る必要はない、の一点張りよ。この状況で、エアの存在を知らせる気にはなれない》

「なるほど。……今エアはどうしてる?」

《休ませているわ。人間と違って睡眠は必要ないみたいだけど、何も考えないで何もしない時間は、必要だと思うから》

「そうか」

 

 ならば、RaDから得た情報について、今話しておくべきだろうか。オーバーシアー側もレイヴンに話が行く可能性は考慮して回答してきたはずだ。

 どちらがいいのかは判断に迷う。少し考えて、レイヴンに判断を任せることにした。

 

「オールマインドが俺に目をつけたのは、おそらく、コーラルの危険性について調べていたことが原因だ。……欲しければ資料を回すが、どうする?」

《……エアかウォルターが話すまで待つか、って質問よね。……もうしばらく待つことにするわ》

「そうか」

 

 前回得た情報を加えても、まだわからないことがある。

 このまま自然環境下に曝露した場合でも、「アイビスの火」は再現されるのか。

 そもそも、あれは本当に事故だったのだろうか。事故でないとしたら、誰が何の目的で引き起こした災害なのか。

 

 “Ibis”(アイビス)、あるいは“Hbj”(ヘブ)。翼ある蛇を国の入り口で排撃する鳥――技研の作り出した究極の無人兵器。

 災害は、なぜその名を冠しているのだろう。事故だったとは思えない。誰が、何の目的で破滅の引き金を引いたのか。

 

《それにしても、貴方のほうの原因がコーラル絡みとなると……私のほうの理由は、きっとエアの存在よね……。……「リリース計画」も、おそらくは、コーラルに関するものということになる》

「まあ、他にないだろうな」

《コーラルを使って、何かを解放しようとしている……? さすがに、ルビコンじゃないだろうけど》

 

 思わず吹き出した。

 

「だとしたら、ルビコン解放戦線が大喜びだな」

《まあ、ないでしょうけどね。解放戦線がオールマインドのバックにいるなら、あの無人機を一山いくらで提供してくれるのが一番喜びそう》

「同感だ」

 

 貧乏所帯からすると垂涎の的だろう。レイヴンが苦笑した。

 

《ともあれ、しばらく慎重に動くわ。情報ありがとう。……いまさらだけど、こんな時間帯にごめんなさい。ゆっくり休んで》

「気にするな。声が聞けただけで(もう)けものだ」

 

 何の気もなしに言うと、レイヴンが言葉を詰まらせた。

 先程までのてきぱきした口ぶりが嘘のように、「ええと」と(こぼ)した声が上擦っていた。

 

《その……。私も、同じように思ってる》

「悪くないな。リップサービスでもいいんだが、もうちょっとしっかり言ってくれ」

 

 負けん気を刺激されたのか、む、と唇を曲げるような気配がした。

 大きく息を吸って、吐く。

 

《……声が聞けて良かった。別に、サービスとかじゃないから。おやすみなさい》

 

 引き止める間もなく通信を切られた。

 

 言い逃げされるのは、目の前にいない会話の難点だと、心底思った。

 

 

 

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