真人間には向かないプラン   作:ikos

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大型ミサイル発射支援

 

 「あとで詳しく」とは言ったものの、レイヴンにはっきりと敵対の可能性を示したことで、エアもウォルターもすっかり口を閉ざしてしまった。

 今回は仲(たが)いというほどのものではない。だが、ある意味ではそれよりも決定的なものだろう。

 対立する条件は示した。あとは、あちらがどう選ぶかという話だ。

 

 自分が助けを求めてきた手前か、エアは気まずそうにしていた。言いくるめれば喋りそうな雰囲気もあったのだが、どうやらレイヴンに止められたようだ。無理に聞き出せば禍根を残すだろう。

 仕方がないので旧坑道でのコーラル逆流事故に絞って調査を進め、いくつかの確信を手に入れた。

 

 あの日、レイヴンはエアの提案を受け、惑星封鎖機構が先行していたエンゲブレト坑道に侵入した。おそらくはコンデンサの交換辺りで各種端末や機体の一時的な再起動を試みるつもりだったのだろう。不確実かつなかなかに危ない橋だ。

 そして同日、ベイラム本社の指示を受けたG5と遭遇し、戦闘になった。

 ベイラムの目的は惑星封鎖機構への陽動だったようだが、番号付きを投入するとは解せない話だ。ともあれ交戦を始めたAC2機は当然ながら惑星封鎖機構に見つかり、そこで、事故か故意にか、コーラルの逆流を引き起こした。

 今回は地形を変えるほど大規模なものではなかったが、惑星封鎖機構の被害はそれなりの規模だったようだ。レイヴンも生きてのがれはしたものの、結局昏睡して、エアのヘルプコールに至ったというところか。ウォルターは相当泡を食っただろう。

 

「老朽化したウォッチポイントでの情報収集、なあ。……何が拾える? PCAが修繕しようとしていたとはいえ、大したものが残されているとは思えないんだが」

「お前はどう見る、フロイト」

 

 報告を上げてきたオキーフは、落ち着いた声音でそう訊ねた。

 今回もこの男の情報網を頼ったのだが、どうも、レイヴンに対する警戒を強めている印象だった。検分の域を終え、疑念を抱く段階に入ってきたように感じる。

 探ろうとしているようにはとても聞こえない、しかし警戒はわざと覗かせた、そんな器用な口振りだった。

 隠すつもりもないが、確信と言えるものもない。首を捻って返した。

 

「さあな。古いデータではあるんだろう。あとは、まあコーラル絡みか」

「……お前も古い論文を集めているようだが」

「ああ、そっちは別件だな。こちらから渡してはいないが、多分あいつも内容は把握している」

 

 正確には、エアがすっぱ抜いたようなので、わざわざ渡さなくても良さそうだと判断しただけなのだが。

 レイヴンはエアの判断を待つと言っていた。レイヴンがウォルターの指示なしに能動的に動いているのなら、エアは情報を共有した上で、その先の可能性を探り始めているのだろう。それがどんな内容であれ、相応の危険性があるはずだ。

 オキーフは目を眇めたが、ため息をついてそれ以上は追求してこなかった。

 

 少し前に渡してきた「Rb23」の追加調査は、実に当たり障りのない内容だった。尾を踏まないよう、慎重になっているのが見て取れる。

 なかなか厄介なことになったものだが、オキーフの行動原理を考えると、遅かれ早かれこうなっていただろう。

 実際のところ、今のレイヴンはかなりの“危険人物”だ。何をしでかすかわからない独立勢力で、わかりやすい目的が見受けられないうえ、本人の実力も飛び抜けている。

 そして、オキーフがこちら(V.Ⅰ)をまとめて警戒しているのもまた、正しい判断だと言えた。

 なにしろ、レイヴンが何を選ぼうと特に止めるつもりがない。それがレイヴン自身を損なうようなものでない限り、止める必要性を感じていないのだ。たとえアーキバスを害するようなものであったとしても変わらない。――どうせ、コーラルを完全に制御下におくことなど、人類のどの勢力にもできはしないのだ。

 

 

 関係性が多方面にややこしくなっていく中、さらにややこしさを積み増しするために、休暇を取って拠点外へと出掛けた。

 

 

 資源探査を争う星外企業が中央氷原に調査拠点を移して二ヶ月。それらを主要取引先とする各兵器製造メーカーも、ようやくこの大陸での販売体制を整えてきた。

 RaDもその一つだ。――実際の目的はともかくとして、BAWSやエルカノと足並みを揃える形で製造拠点を移している。

 

 訪問の約束を取り付けて訪れたRaDの新拠点は、なんだか冗談のような形をしていた。

 スチームパンク風のホラーハウスとでもいうのか、床からにょっきり足が生えて移動しはじめそうな雰囲気だ。製造工場を丸ごと内部に抱えているようで、突き立った煙突からは煙が上っている。おそらく構造ブロック単位で建築し、それぞれを接続する形で組み上げているのだろう。無機質なのに生き物めいた雰囲気は、製品のイメージともよく合っていた。

 

 簡単なボディチェックを経て顔を合わせたRaDの女頭目は、その目を笑みの形に曲げたまま、油断なくこちらを観察していた。武器は取り上げられず返されたので、今のところ殺す気ではないだろう。

 エンジニアらしく落ちきらない油汚れのついたツナギ姿だが、寒さのためか羽織った厚手のストールが、やけに女らしい佇まいにみせた。臙脂色の毛糸で精巧な飾り編みが施されている。

 衣服に興味はないが物の善し悪しは分かる。相当な逸品だ。おそらく制作者であろうドーザーの顔を思い浮かべ、どんな上達速度だとあきれた。これで食っていけるのではないだろうか。

 

 それなりの広さがある部屋だったが、窓が無いせいか圧迫感が強い。

 電子機器がない部屋を要望したのはこちらの方だ。とはいえ、煙草の匂いが嗅覚を刺激して、思わず顔をしかめた。

 女が苦笑いを浮かべた。

 

「……随分前に一本だけだってのに、なんとも鼻のきくことだ。企業のエース様はストイックだねえ。部屋を移すかい?」

「いや。さっさと話を片付けよう」

「悪いね。こっちもこれ以降は我慢するからさ」

 

 キャタピラの元気な音を立てて現れたミニACが、前回と同様に小器用に茶を出して、女の後ろへ控えた。その頭部パーツの接続部分には、リボンのように臙脂色のマフラーが巻かれている。

 中央に据えられたテーブルの端と端にお互い腰を落ち着け、女が口を開いた。

 

「安心しな、こいつもちゃんとオフラインにしてる。物理的に通信機能を取り外せるから、遠隔でハッキングされることはまずありえないよ。手塩に掛けた可愛い子だ、()()()()A()I()や企業に木馬を仕込まれるほど間抜けでもないさ」

「そうか」

「まあ、護衛ってところだね。この程度は許容してもらおうか。アンタの武器も取り上げちゃいないんだ、おあいこだろう?」

 

 否やはない。頷いて返し、温かい茶に口をつけた。

 甘くない茶というのは奇妙な心地だ。独特の青臭さがある茶だった。どこか記憶に引っかかるような気がするものの、何だったかは思い出せない。実家で風邪のときに出された薬草茶だったか。あれもたっぷり蜂蜜が入っていた。

 

「さて、わざわざ場所の条件まで指定してきたんだ、よっぽど内密にしておきたい話なんだろうが……まずは、話を聞こうか。レイヴンの絡みなんだろう?」

「ああ。そろそろ最悪に備えることにした」

「最悪、ねえ。……その中身も気になるが……どうする気だい」

「そうだな、具体的には罠に嵌めて拉致監禁する」

 

 ごふ、と女が茶を吹き出した。

 何かおかしなことを言ったかと、首を捻ってそれを見返す。

 

「……ちょ……っと待ちな、それに手を貸すとは思ってないだろうね。ウォルターからどれだけ恨みを買うか……!」

「安全を確保できれば何でもいい。その間にコーラルを焼く」

「………」

 

 声を失った女が額に手をあて、天井を仰いだ。

 そのまま、緊迫感というには麻痺した沈黙が流れる。

 情報隠匿を慎重にしたのはこのためだ。エアにせよオールマインドにせよ、そしてアーキバスや解放戦線にせよ――すべての勢力を敵に回すと宣言するに等しい。

 

 エアは泣くだろう。多分、今の時点ではレイヴンも怒る。

 それでも、確実な安全を取るなら、他に現実的な方法がない。保険とはそういうものだ。

 レイヴンが違う道を望むならそれでいい。共に生きられる未来とやらを実現できるというなら手を貸す。だが、それはあくまで、互いに生き残ることが条件だ。

 

 そんな現状で、唯一共犯者たりうるRaDの頭目(オーバーシアー)は、頭を抱えたまま呻くように言った。

 

「……冗談だろう……。アーキバスの飼い犬。ヴェスパーの首席隊長、V.Ⅰフロイト。……何をどうしたら、アンタからそんな発言が出てくるんだい……!」

「そろそろ危険性が確信できる頃合いだろう。お前も、そう誘導するために情報を渡していたはずだ」

「誘導だと分かって乗ってくるとはね! ……もうそろそろ腹の探り合いはやめようじゃないか、V.Ⅰ。アンタの本当の目的はなんだ?」

「目的か」

 

 そう言われると、少し言語化が難しい。

 腕を組んで考え込んだ。

 

「……『この先』、だな」

 

 鮮やかな紅を塗った唇が、とたん皮肉げに歪んだ。

 

「人類の未来ってわけかい? 似合いもしない使命感じゃないか」

「いや、そっちじゃない。ルビコンでの仕事に片がついた後、あいつを手に入れて楽しくやり合うには、最低限の工業レベルが維持できていないと難しいだろう。そのためには破綻の芽を摘んでおく必要がある。それだけだ」

「……なるほどねえ……」

 

 女が懐の煙草を探って、はたと舌打ちする。

 代わりに飴玉を口に放り込んだ。

 

「……企業への忠誠心じゃなく自分の欲望を取るってんなら、まあ、腑に落ちはするが……手段についての検討は後だ。アンタが『最悪』と見なす条件は?」

「あいつが次に死にかけるか、コーラルの増殖が分水嶺を越える直前だ。アーキバスがコーラルを完全にコントロール下に置けるなら別だが……まあ、無理だろう」

「……指数関数的な増殖は、そこで“爆発”を起こす。よく分かっているじゃないか。コツコツ()()してきた甲斐があったね」

「厄介なのは、宇宙の極低温真空下でも増殖速度が減衰しないことだな。かなり異常な物質だ」

 

 原子や分子の運動がなくなる温度は約-273℃、いわゆる絶対零度というものだ。宇宙空間の温度は一般的に約-270℃。そこまでには至らないものの、物質の運動エネルギーは限りなく低下しているはずだ。

 コーラルが熱を奪う性質を有しているということは、真空下における熱伝導――空洞放射あたりが増殖のメカニズムを担っているのではないかと、以前の研究者は語っていた。細かいところは良く覚えていないが、純然たる事実として、密集したコーラルは真空下でさらに爆発的な増殖を起こす。

 オーバーシアーは、まだこの情報をこちらに伏せていた。まあそれはそうだろう。根絶したいものの効率的な増やしかたなど、できうる限り隠しておきたいに決まっている。

 女はそれをおくびにも出さず、ため息で応じた。

 

「……そう。つまりは一度“爆発”を起こせば、コーラルの増殖は止める手段がない。ルビコンから溢れ、やがては全宇宙に蔓延するだろう。……そのうち宇宙の膨張速度を上回るかもしれないね。あり得ないといってしまえたら、どれだけ良かったことか。悪夢だよ」

 

 ようやくRaDの仮面を外した女が、目を眇めるように愚痴をこぼす。

 人類とコーラルの共存を困難にしているのは、まさにこの性質だ。

 増えたところで害のない存在ならば、あるいは害があるにせよ一惑星内に収まるのであれば、話は違っただろう。――そうではなかった。それだけが、揺るがしようのない事実だ。

 

 レイヴンはおそらく、エア(コーラル)が生き延びる道を模索している。

 コーラルリリースは選ばないだろう。人類を変質させてまで異種族を助ける女ではない。

 だが、他に何か手段があるだろうか。

 群体の長としてエアがコーラルをコントロールできるようになれば、万に一つでも可能性があるだろう。だが、そんなファンタジーが実現したとしても、生物としての性質を意思で変えられるとは思えない。

 あるいは無害化を試みるか。だが、どうやって、どんな方法で? 技研の研究でその可能性を見いだしていたのなら、おそらく「アイビスの火」は起きなかった。火星の大気組成を変化させたように、惑星ひとつの曝露条件を変えるような規模であれば可能なのだろうか。ただ、実験を繰り返すにも時間は残されておらず、経済的なメリットがない以上、企業を使うにも限度がある。

 

 手詰まりだ。

 専門家(オーバーシアー)が半世紀ものあいだ手を(こまね)いていた難題だ。他に、有効な手立てを見つけるのは困難だろう。

 

 心臓に重さを感じた。

 ――切り捨てることのできる存在だ。それでも、多少の情はある。

 いざとなればと保険を掛けておきながら、レイヴンならあるいはと、そんなことを思っている。甘っちょろい願望だ。

 

 気持ちを切り替えるために、目の前の交渉相手に意識を戻した。

 

「……お前たちの目的は、人類の破滅の阻止というわけか。そちらこそ大した使命感だな」

「アンタにも皮肉なんてものが言えるんだね。……実際のところ、こいつはただの借金返済さ。そうでなきゃ環境テロと大差ない。いや、そのものだ。……アンタ、本当にそれに付き合えるんだろうね?」

「そのつもりだ。俺はウォルターではなく、お前と手を組む。エンジニアはお前の方だ。判断材料も手段の用意も、お前で事足りるはずだ」

 

 女が深くゆっくりと息を吐き出し、あらためてこちらの顔を眺めた。

 そこに欺瞞がないかを確かめているかのようだ。

 裏も何も持ち合わせてはいないので、特に気負いなくその視線を受け止めた。

 

「いいだろう。わかった。ウォルターがレイヴンに賭けるなら、あたしはアンタに賭けることにしよう。……保険があるのは悪いことじゃない」

 

 見た目通りの、ただの若い女ではないのだろう。不老を手に入れた灰かぶり(シンデレラ)本人か――そうでないとしても、何らかの方法で、当時の技研中枢からの知識継承が行われている。アーキバスの人体改造部門がよだれを垂らして欲しがりそうな実験体だ。

 ふと、女がからかうように苦笑した。

 

「それにしても、ねえ……。拉致監禁ときたか。レイヴンに嫌われるんじゃないかい?」

「あいつはあいつで腹を括ったようだ。無事にそれが達成できるなら構わないが、そうでないときの準備はしておきたい」

「全部取り上げて押し付けるわけか。なんともまあ、傲慢な」

「好きに言え。あいつが死ぬのを指を咥えて見ているつもりはない」

「……そこだけを聞くと真っ当なんだけどねぇ。まあいいさ、生きてりゃどうにでもなるっていうのは、あたしも同感だ」

 

 女が節くれ立った手を振ると、色を塗った爪が照明の光を弾く。

 その背後でミニACがチカチカとモノアイを瞬かせながら、じっとこちらを見ていた。

 

「さて、アンタの要望は聞き入れた。こちらにとっても悪くない話だ、手を組もう。……それで、早速だが、ひとつ仕事を引き受けてもらいたい」

「どんな内容だ?」

「忌々しい腐肉喰らい(コヨーテス)どもが、惑星封鎖機構の軍門に下ってね。虎の威を得て調子づいたのか、またぞろこっちにちょっかいを出してきている。いい加減うっとうしくなってきたからね。コウモリ野郎がお星様になれるよう、打ち上げ花火をプレゼントすることにした。

 まあ、いくら脳味噌がない連中だとはいっても、楽しげな花火会場をのんびり眺めていることはないだろう。アンタには、打ち上げまでの防衛を頼みたい」

「なるほど。レイヴンに断られたか?」

()()じゃないとさ。まったく、いい子ちゃんだねえ」

 

 グリッドへのミサイル撃ち込みとなると、戦闘員以外もごっそり殺すことになる。相手がドーザーだとはいえ、今のレイヴンなら過剰防衛だと感じるだろう。

 女が苦々しげに眉を顰めた。

 

「……明確な殺しを一切頼めないとなると、少しばかり厄介だね……。その分はアンタに頑張ってもらおうか」

「俺もそこまで暇じゃないんだが」

「まあ、最近じゃラミーもそこそこ使えるようになってる。アンタはいざというときの切り札だね。……さてと、ヴェスパーの首席隊長殿もお忙しいことだろう。日を改めるのも面倒だ。今からちゃちゃっと花火の打ち上げに入ろうと思うんだが」

「急だな」

「もちろんタダでとは言わない。RaDの新作、重機関銃(WR-0555 ATTACHE)を使わせてやろうじゃないか」

 

 いきなりやる気が出た。

 ぱっと背筋を伸ばした反応がいかにも分かりやすかったのか、女がケラケラと笑う。

 送られてきたスペックを画面にかぶりつくようにして確かめた。予想通り、前回は手に入れられなかった武器だ。一発が重く、射程も長く、マガジンの容量も大きい。弾をばらまく運用に向いていそうだ。

 的はドーザーのMTばかりだろうから、手早く片付けるなら、肩は複数ロックオンのできるミサイルが向いている。

 だがしかし、折角だ。

 肩も大豊のガトリング砲にして、久々にトリガーハッピーと洒落込みたい。胸を弾ませながら顎を撫でた。

 

「何が餌になるかよく分かっているな。手を組む相手としては心強い」

「あんたら二人ともAC馬鹿だからね。レイヴンも、あと一押しって感じだったんだが」

 

 後ろ髪を引かれている様子を思い浮かべて、思わず笑い声をこぼした。

 それでもあと一歩を踏み出さない辺りが、いかにもレイヴンだ。今回の方向性がこちらなだけで、頑固なことには変わりない。

 表示された3Dモデルをくるくると回しながら、上機嫌に続けた。

 

「バレル交換式とは、変わった作りだ。デザインもいいな。気に入った」

「だろう? 今後うちの“商談”には欠かせないものになるだろうからね、お気に召したなら幸いさ」

「よし、すぐ行こう。換装は俺が自分でやる。機材を貸してくれ」

「仰せのままに、V.Ⅰ――いや、今後はフロイトと呼ぶべきか。ともあれ、お手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 

 

 

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 「花火会場」は随分と開けた場所だった。相手がもしアーキバスだったら、今頃スネイルが血相を変えてミサイルなどでの先制攻撃・あるいは迎撃の準備を進めさせているところだろう。先に撃ち込んだ者勝ちという位置関係だ。

 どうやらコヨーテスにはそういった兵器の持ち合わせがないようで、なけなしのMTを片っ端から送り込んできているようだった。せめてタイミングをあわせて一気に投入すれば目があるだろうに、不思議な運用の仕方をする。

 

 飛び回っては弾をばらまき、次から次へとスクラップを作り上げていくのは、新しい武器ということもあってわりと楽しい。AC相手の戦闘ほどではないが、これはこれで、という感じだ。

 マシンガンより重い手応えも気に入った。集弾性が高く、撃ち続けていても弾がブレない。見た目や設計の面白おかしさに反して優秀だ。

 

《手際がいいねえ、フロイト。うちの()()の様子はどうだい?》

「悪くないな。完成したら売ってくれ」

《ああ、実戦データを取るにはいい条件だ。これを参考に最終調整をかけるとしよう。……おっと、うちのトイボックスがきたね。あれの火力は洒落にならないよ、優先的にやりな》

「了解した」

 

 いかにもRaDらしい、けったいな形状の無人機だった。ごろりとダンゴムシのように転がったかと思えば、ぱっと立ち上がって一斉射撃を始める。

 外装フレームはかなりいいものを使っているようで、距離があったとはいえまともに跳弾した。適宜変形して逃げ回りつつ目標に攻撃を加えられたら厄介なことになっただろうが、そこまでの機能は持ち合わせていないようだ。蹴りを入れて体勢を崩し、弾を撃ち込んで片付けた。

 

 いい武器だ。目玉のバレル交換機構もスムーズで早く、何より安定感がある。DF-GA-08 HU-BEN(大豊のガトリングガン)の冷却時間を思えば、こちらに振り切ってしまうのはありだなと納得した。それを設計倒れにならず、安定的にまとめ上げられるのだから大したものだ。

 

 特徴的な男の合成音声が、淡々と告げた。

 

《ボス。ミサイル発射シーケンス、50%が完了した》

《なかなか順調だね。そら、トイボックスのおかわりだ。撃ち漏らすんじゃないよ!》

 

 敵の攻勢は途切れこそしないものの一向に強くはならず、新しい武器にも慣れが来て、少しばかり飽きてきた。

 その雰囲気が伝わったらしい。回線越しに苦笑する声が聞こえた。

 

《……まったく、余裕じゃないか。お喋りでもするかい?》

「俺とお前でか?」

《お望みならシステム担当(チャティ)も含んでいいが……あれだねえ、必然的にレイヴンの話になるか……》

 

 それなら付き合うのにやぶさかではない。MTに弾を撃ち込みながら、相手の出方を待った。

 女は考え込むような様子を見せ、そういえば、と思いついたように口にした。

 

《アンタの将来設計、えらくふわっふわしてるように思えたんだが。レイヴンを()()()()()()って話にしては、随分とまあ回りくどいことをしてるもんだ。……ああ、悪い意味じゃないよ。ただ、そこまでしてやって、一体どうなりたいのかと不思議に思ってね》

「どう、か。……まあ色々だな」

《色々ねえ。戦闘力で選んだ相手だ、まさか、普通に花嫁として貰い受けたいわけでもないだろう?》

「いや、それも悪くない」

《へえ……! こいつは驚きだ。アンタに結婚なんて選択肢があるとはね》

「婚姻はどこでもそこそこ強い契約だろう。律儀な女だからな、繋ぎ止めるには手っ取り早い」

《……女の立場から、ひとつアドバイスをしてやろうか。間違っても、それをプロポーズで本人に言うんじゃないよ》

「そうか? わかった、助言に感謝する」

 

 東方面のMTを片付けた時点で、残るレーダー反応がある逆側に向かう。

 少し距離が遠く、これ以上防衛対象から距離を取るのも好ましくない。無駄弾を撃つよりはと、このまま待つことにした。数もそう多くなく、まさに逐次投入の見本といった感じだ。

 

《で? 嫁にもらって、思う存分にACで戦って? その費用はどこから出すつもりだい。趣味にするにはお高いよ》

「日常生活とは桁が違うからな。独立傭兵でもやるか」

《アンタに金勘定ができるとは思えないが……》

「同感だ。レイヴンがやれるといいんだが」

《人を雇った方が早いんじゃないか?……いや、あの堅物さだ、案外きっちりやってのけるのかね》

 

 どうだろう。あれでわりと適当なところがあるので、本人の意向次第だろうか。

 レーダー内の敵機が片付いた。待機時間の無聊を雑談で埋める。

 

「ウォルターがやってくれれば一番楽なんだが、まあ、ないだろうしな」

《あの様子じゃねえ。……ああそうだ、もうひとつ気になってたんだよ。この手の青写真は「ルビコン後」って話だったが……ウォルターの仕事がルビコンで片付かなかったら、どうする計画なんだい?》

 

 考えていなかった。

 素直に言えばそんなところで、とっさに返事が出てこない。唸るように返した。

 

「……そうきたか」

《だってアンタ、きっちり期間を区切ってるわけじゃないだろう。ウォルターがまだレイヴンを必要として、レイヴンがそれに応じたら、ちょっと延長戦ってことになるのかね?》

 

 実際、ウォルター(オーバーシアー)の目的はコーラルを焼滅することだ。集積地点を見つけて焼き払えば仕事が終わると思っていたのだが――言われてみれば、その可能性はある。カーマン・ライン付近の滞留コーラルや、企業や個人が星外に持ち出したコーラルまですべてを綺麗に片付けようと思うなら、ここからさらに年単位の時間が必要となるだろう。

 

「……まいったな。さすがに待てないんだが」

《だろうねえ。まあ、その段階になればそれほど戦闘力が必要なシーンもないだろうし、あいつも忠犬って感じじゃない。そこまで付き合うとは思えないが……》

「ちょっと釘をさす」

《ん?》

 

 やってきたMTを片手間に片付けながら、AC(ノーデンス)宛に通信を送った。

 多分レイヴンも仕事中だ。驚くのに一秒、いぶかしむのに一秒、それから出るか出ないかを決める。そんな予想通りに、四秒で応答があった。

 

《――こちらレイヴン。何かあったの?》

「ああ。ルビコンでの仕事が終わった際の話なんだが」

《……今それ!? 待って、背後が戦闘中の音なんだけど……! それは今、この場で話さないといけないことなの!?》

「ああ。区切りを決めていなかった」

 

 複数のMTを円運動で囲いながら減らしていく。これで何機目だったか、ドーザーのわりに、そこそこ大きな勢力だったようだ。

 ノイズ混じりの中、レイヴンの困惑しきった声がする。

 

《区切りって――》

「約束が欲しい。とりあえずコーラル集積地点の件が終わったら、一度休んで、今度こそきっちり身体を治してくれ」

《それは……そのつもりではいるけど、確約は》

「約束できないならこっちで勝手に準備する」

《ひとつ覚えみたいに! ……ああもう時間が、わかった、そうするから! ちゃんと集中――》

 

 不自然に通信が途切れた。末尾の音声が乱れていた辺り、通信妨害が入ったのかもしれない。オールマインドやエアの仕業でもないだろう、時期的に、おそらくは観測不能領域あたりでの仕事だ。

 言質は取ったので満足して仕事に戻ると、共犯者の呆れたため息が聞こえた。

 

《……計画通りってわけかい?》

「いや、本人にその気があっただけだな。まあ満足した」

《まったく……おかしな男だよ。頭の痛い動機で、自分の思い通りにことを運ぼうと裏で手を回しているっていうのに、そこのとこはいわゆる()()ときた。……これも愛ってやつなのかねえ》

「どうだろうな」

 

 素直に首を捻った。

 人生で唯一無二の執着ではあるが、これが愛なんてものなのかどうかはわからない。

 

「人によって定義が違うとは聞いたが、お前にとっては()()なのか?」

《自分の欲求よりも相手への心配が先立つなら、そりゃ愛なんじゃないか? あたしにも大概、縁のない話ではあるんだが》

「システム担当、お前はどう思う?」

《……俺にはさらにデータがないが、危うさは感じる》

「危うさときたか」

 

 AIが、この手の話題で選ぶにしては強い単語だ。不思議に思って先を促した。

 

《相手の身を案じるというのは、辞書的な「愛」の定義に合致する。だが、お前の場合、その達成手段が距離を置いた支援になるか、もしくは暴力的な実力介入の極端な二択だ。故に危険だと判断した》

「なるほど……。的確な分析だな」

 

 言われてみれば両極端かもしれない。過保護になるつもりはないが、吹っ切れれば手段を選ばず我が儘を通すつもりでいる辺り、本人に警戒される理由でもあるだろう。

 

「……わりと(ゆず)っているつもりなんだが、難しいな。世の男はこの手のものをどう処理してるんだ」

《俺にはデータがない。ボス、助言を頼む》

《あー……普通、普通ねえ……。よく聞くのは、惚れた女を戦わせたくないって話だが……アンタには当てはまらないだろ。その時点で世の男とは比較のしようが――……待ちな。ACが来た。

 ……こいつは……。ハッ! 鴨が葱を背負ってきやがったね!》

 

 気怠げなところから、いきなりテンションをぶち上げてくる。因縁の相手というやつだろうか。

 黄色いACの機影を捕捉する。フレームはほぼRaD製のパーツか。識別信号は独立傭兵、AC「ミルクトゥース」。肩武装に拡散バズーカが見えて、いい趣味をしているじゃないかと評価した。あまりユーザーの多くない武器だ。

 ねっとりした印象の声が、広域回線で響き渡った。

 

《ああカーラ。パーティへのお招き、とても嬉しく思います。いささか遅れてしまったでしょうか?》

《最高のタイミングで姿を見せたもんじゃないか、ブルートゥ。ようやくアンタの墓場を決めてやれそうだよ》

《おや……? 今日は変わったご友人をお連れのようだ》

《お互い紹介の必要もないだろう。――フロイト、こいつは掛け値無しのドクズ野郎だ。確実に、最優先で息の根を止めてくれ。頼んだよ》

「了解した」

《なんと素敵な出会いだ……。新しいご友人、さあ、ともに楽しいときを過ごしましょう!》

 

 どんな因縁があるのかは知らないが、特にためらう理由もない。

 相手にも躊躇は見られなかった。怯むでも気負うでもなくフラットだ。新兵器で戦う相手(AC)としては、この上ない。あとはそれなりに持ち堪えてくれれば嬉しいのだが。

 

 僚機はMTが8機。これまでのものと比べると、多少は規律だった動きだ。

 火炎放射器の炎が水面を照らし出す。頭上から4門とも一斉に弾をばらまき、着地ついでにMTを減らしていった。

 

「セオリー通りなら追加で高火力機(トイボックス)を投入してくると思うんだが、ミサイルを持ってこなかったのはまずかったかもな。こいつから距離を取ると逃げられそうだ」

《……その前にさっさと片付けて貰いたいもんだが……まあいい、そいつを殺すことを優先してくれ》

「相当だな。わかった」

《まったく、ラミーに留守番をさせたのが痛いね。あたしもACで来るべきだったか》

「へえ、お前もACに乗るのか。見たいな。今度手合わせしないか」

《気が向いたらね。よそ見してないでとっとと片付けてくれ》

 

 敵機のフレームはRaDのWRECKER一式。固さだけは保証されている。

 攻撃範囲が広く、相手の視界を塞ぎやすい火炎放射器に、追撃を威嚇しやすい拡散バズーカ。逃げ延びることを第一に置いたような機体だ。

 

《カーラ……貴方はいつも、私に新しい出会いをくれる。ああ、なんと甘美なジェネレーターの調べ……ミルクトゥースも喜んでいます》

「そうか。俺のロックスミスも喜ばせてくれると嬉しいんだが」

《おい……! 相手にするんじゃないよ、フロイト!》

 

 文句を聞き流して水面を滑った。派手に水を飛び散らせながら背後へ回り込み、引き金を引く。

 連続した重い手応え。歌うような声が追ってきた。

 

《素晴らしい。勿論ですとも、ご友人! さあともに!

 スロー、スロー、クイック・クイック・スロー。

 スロー、スロー、クイック・クイック・スロー……ああ、なんと美しいステップだ!》

《頭が痛くなるね……頼むから、さっさと黙らせてくれ……!》

 

 それほど場数をこなした相手ではなさそうだ。スタッガー状態になったところへマガジン分の弾をすべて撃ち込む。

 近接武器なしでは瞬間火力が心許ない。装甲を削り切るには少し足りず、距離を取った敵機はリペアで態勢を立て直してきた。

 それにしても、不思議なくらい焦りが見られない。コーラル酔いでもしているのだろうか。

 予想通り、3回目のトイボックス投入があった。数は2機。依頼主のオーダー通りに、ACから離れず配置を確認する。角度は悪くない。重機関銃の射程は――少し足りないか。

 

 分裂ミサイルを回避しがてら、そちらに攻撃を移した。うまく胴体に入ったようで、まず1機を潰す。

 

「ついでだ、お前にも聞いてみるか」

《おい、フロイト!?》

《なんと……対話ですか、ご友人! 嬉しさに心が弾みます……さて、どのような?》

「そうだな。愛の定義についてか」

《愛! ああ、素晴らしいテーマです。すべての根源、すべての赦し、すべての悪徳! 人にもっとも大きな変化を齎すもの……!》

《頭痛で頭がねじ曲がりそうだよ……! その変態から何を引き出そうって言うんだい! 悪いことは言わない、やめておきな、フロイト!》

「参考になるかもしれないだろう」

《絶ッ対に、ないね! レイヴンに嫌われたくないなら、さっさと耳を塞いでそいつを殺しな!》

《ふふっ……彼女のこれもまた、ひとつの愛の形です。分かりますか、ご友人!》

《今すぐ死んでくれないか!? ミサイルをそっちに撃ち込みたくなってくるよ!》

「それは俺も死ぬんだが」

 

 そもそも、この距離でこのサイズの弾道ミサイルを当てるのは不可能だろう。文字通りロケットのように打ち上げる種類だ。

 混沌としてきたところで、無機質な男の合成音声が口を挟んできた。

 

《フロイト。サンプル数が少ないなら尚更、サンプルの母集団には適切なものを選ぶべきだ》

「どう選ぶんだ?」

《……人格の定量的評価は困難だ。動機であるレイヴンの好悪(こうお)予想を基準にすることを勧める》

 

 なるほど、と納得して言われたとおりに考える。

 とても有用なアドバイスだったのだが、実践しようとして難点に気づいた。

 レイヴンが好くか嫌うかと想像するのが、思ったより面白くない。

 

「……あいつ、わりと嫌う相手が少ないな……。スネイルくらいか?」

《間違いなくこの変態もそのうちさ》

 

 だから殺せ、というプレッシャーを受け流し、淡々と攻撃を重ねていった。

 最後のMTを潰しても、ACの声に動揺は感じられなかった。

 レーダーサイトを目安に炎の中へと弾を打ち込み続ける。重機関銃の赤熱したバレルが交換されて宙を舞い、それぞれ水面に落下して水を跳ね上げる。それだけの隙を晒してみたものの、左手のチェーンソーは沈黙させたままだ。飾りなのかと聞いてみたくなった。

 

《……愛とは、美しい自傷行為ですよ、ご友人。傷つけられたいからこそ愛するのです》

「難解だな。そういうのもあるのか」

 

 女の盛大な舌打ちが回線に乗った。

 奇妙な男だった。そろそろ死が間近に迫っているだろうに、陶酔めいた声は変わらず、まるで芝居の台本を読み上げているかのようだ。遠隔操作などではない。目の前にいるAC乗りが喋っているという感覚はあるが、どうも地に足がつかない。

 合成音声が無感動に告げた。

 

《第1サブミサイル損傷甚大。危険性のため発射シーケンスを中止する。――残り2基。急いでくれ、フロイト》

「了解した。片付けよう」

 

 もがくように動かしてきた敵機の左足が破損した。この状態で戦闘機動を継続できるだけの腕はないだろう。リロードを入れながら距離を詰め、機体を蹴り倒す。

 大きな水飛沫が上がり、薄い笑い声が聞こえた。

 機体のカメラアイが、こちらではなく上空を向いていた。

 

《ふ、ふふ……なんと、胸の高鳴る終わりでしょう……。ああ、美しい光景だ……》

 

 なぜだか知らないが満足げだ。

 このまま殺していいものか、一応依頼主に確認を入れた。

 

「妙に嬉しげなんだが、撃っていいか?」

《構わないよ、さっさとやってくれ。どうせ引き出せる情報もない》

 

 冷ややかな声に従い、引き金を引いた。

 機体反応が沈黙したのを確かめ、即座にACを翻して、残るトイボックスを破壊した。制作者の自負通りなかなかの高火力無人機だ。

 射出可能なミサイルは2基。惑星封鎖機構が首を突っ込んでくるかもしれないと思っていたのだが、それもないようだ。

 あらためて移動式発射台をカメラに収めて、首を傾げた。――ブラストデフレクターのたぐいがないような気がする。

 壊れたらこの一帯が吹っ飛ぶんだろうかと考えたタイミングで発射シーケンスが終了し、轟音と熱とともに、ミサイルが真昼の空へ吸い込まれていく。打ち上げは成功のようだ。AIが提示した着弾予想地点から少しずれて、グリッドに派手な爆発を起こした。

 RaDの女頭目は、せいせいしたと言いたげに、大きく息を吐いた。

 

《……まったく……。ようやくひとつ、片がついた気がするよ。アンタにも手間を掛けさせたね、フロイト。礼を言おう。……でもまあ、チャティの言うとおりさ。参考にする相手はよく選ぶことだ》

「ああ」

《……()()()()だって? まったく、そんなものにこれだけ振り回されたのかと思うと、本当に、笑えてくる……》

 

 吐き捨てると言うには、掠れた声だった。

 

 多分これは何も言わないほうがいいのだろう。そう思って黙っていると、“チャティ”からテキストメッセージが入った。――【それで正解だ。(That's the correct choice.)

 

 人間よりも気の利くAIに、肩をすくめて礼の言葉を返信した。

 

 

 

 

 

 

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