真人間には向かないプラン   作:ikos

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前話の裏で起きていた話となります。
このルートでは初めてのレイヴン視点。多分ここだけになるんじゃないかと。




無人洋上都市調査

 

 

「ああもう、時間が――わかった、そうするから! ちゃんと集中して!」

 

 フロイトが仕事中に通信を入れてきたかと思えば、まさかの私用だった。一片たりとも緊急ではなかった。

 動揺しながら一応返事はしたものの、洋上都市を覆うECMの影響か、言い終える前に通信が途切れてしまった。――ちゃんと聞こえていたならいいのだが。

 その程度で手傷を負うような腕ではないと知っていても、戦場に絶対はあり得ない。

 思わずため息が漏れた。

 考えが噛み合わなくて重苦しいものを抱えていたはずなのに、すっかりそれを吹き飛ばされてしまった。計算づくなら腹立たしいし、天然ならそれはそれで、とんでもなく厄介だ。

 

 状況をわきまえずに伝えたいことが、身体の心配だなんて。

 あいかわらず半分脅しだったけれど。

 

《……前も、集……しろ、621》

「わかってる、ウォルター。ごめん」

 

 集中を促すハンドラーの声に返し、ヘリからの降下シーケンスを待った。開かれた投下口の向こうに広がるのは、一面の白だ。

 重力に従って降り立ち、衝撃を脚部の装置とブースターで緩和する。

 情報通りの霧の街だった。カメラのデフォッグが作動するが、それでも視程距離は200メートルといったところだ。方向感覚を見失わないよう、目立つ橋梁の向きと方位を記憶する。ちょうどよく赤いビーコンが残されていた。

 仕事に取り掛かる前に、エアが耳元で苦笑した。

 

〈フロイトは変わりませんね、レイヴン〉

「……そう?」

〈はい。初めて会ったときから、ずっと変わらず、貴方を何より大事にしています〉

 

 率直な言葉にまごついた。そうですねと受け入れるには、どうにも真っ直ぐすぎてためらいがある。

 

「まあ……ほら、身体を壊して戦えなくなったら、かなりがっかりするだろうし……」

〈もう。それだけだなんて、本当に思っているんですか?〉

「………」

〈ノーコメントですか、レイヴン〉

「……だって」

〈不思議です。いつもはしっかりした大人なのに、フロイトが絡んだときの貴方は、まるで女の子みたいに意地っ張りになります〉

「……女の子って。どこでそんな知識(データ)を……」

 

 小説かコミックでもあさったのだろうか。さすがに勘弁してもらいたい評価だ。

 文句をつけたかったものの、言えば言うほど墓穴を掘りそうだったので、そのまま黙って仕事を始める。

 エアのため息を聞きながらビーコンに背を向け、スキャンを起動した。COMに20秒ごとの実施設定を指示する。

 仕事の内容はECMフォグ発生装置の停止だ。ただ、今日はそれ以外にも目的がある。

 半世紀あまり放置されながらあまりにも荒廃していない廃墟を、端から順番に探索していった。時折エアが何かを見つけ、話し合っては、コピーしたデータを別の場所に格納していく。

 やがて、エアが眉を顰めるように言った。

 

〈――レイヴン、レーダーに機体反応が。やはり、都市の防衛システムが作動しているようです〉

「先にこの一帯を掃除したほうが良さそうね。エア、こっちは大丈夫だから、引き続きデータセンターを探して」

〈わかりました。任せてください〉

 

 飛来した無人機がこちらの射撃に合わせて急旋回する。加速が早い。

 形態を変えながら、横合いに回り込んできた。ただのUAVではなさそうだ。

 ビルの隙間に潜り込み、背後を取って撃ち落とした。

 

〈……技研製の自律兵器のようです。都市が放棄されてからずっと、この都市を守り続けていたのでしょうか?〉

「どうかしら……ウォルターが目をつけたくらいだもの。案外、誰かが何かを隠そうとしているのかも」

 

 電磁スペクトル妨害(ECM)で覆われた都市など、かえって目立ってしかたないだろう。何かあると喧伝しているようなものだ。

 先日アーキバスの調査ドローンから抜いた情報もそれを肯定していた。今回の仕事は企業の依頼ではなかったが、惑星封鎖機構の横入り対応に追われていなければ、企業もとっくに手を伸ばしていたはずだ。

 

 目の前の都市は蔦にも苔にも覆われず、荒廃することなく、おそらくは半世紀前と同じ姿を保っている。

 残されているデータの量も期待できるはずだ。ECMを解除する前に手に入れておきたい。

 広大な都市を回って防衛兵器を片付けているうち、手持ち無沙汰になったのか、エアが話しかけてきた。

 

〈ねえレイヴン、“内緒話”をしませんか〉

「内緒話?」

 

 できるのだろうかと首を傾げた。思考と出力の切り分けが難しい、と悩んでいたはずだ。

 エアは胸を張るように言った。

 

〈大丈夫です。私だって成長しているんですから! 絶対に誰にも言いません〉

「うーん……。何を聞きたいの?」

〈フロイトについてです〉

 

 それは少し、内容による。

 苦笑いを浮かべて、咳払いするエアの質問を聞いた。

 

〈ええと……レイヴン、貴方は、フロイトのことをどう思っているのですか?〉

「変わり者」

〈そ、そうではなくて! フロイトに、どんな感情を抱いているのか、です……!〉

 

 じれったそうに声を上げ、エアが方向を補正してくる。

 彼女がこんな話を深掘りしようとするのはめずらしい。ただでさえ、関係の(こじ)れたフロイトが相手だ。ここのところはずっと落ち込んでいたというのに。

 不思議に思って首を傾げた。

 

「聞いてどうするの?」

〈……私たちはこれから、フロイトと対立するかもしれません。……いいえ、敵対するかもしれない。その場所は、戦場かもしれない。もしそうなったら、レイヴン――〉

「戦うわ。当然でしょう」

 

 答えに迷うことはなかった。

 それ以外の選択肢はない。真正面からぶつかるのは分が悪いので、多少策は弄するだろうが。

 

「フロイトもそれを望むはずよ。……殺さないよう手加減されるのは業腹だけど、それがつけいる隙でもあるわね。負けるつもりはないし、折れるつもりもないわ。心配しないで」

 

 少しのあいだ沈黙したエアが、それでも、と小さく呟いた。

 

〈それでも……レイヴン、貴方が背負うものを、知っておきたいと思うことは、いけないことですか?〉

 

 思わぬ言葉だった。

 目を瞬き、困惑混じりに返す。

 

「……いけなくは、ないけど」

〈貴方だって、私のことを色々聞いてきたじゃないですか。同じことです、レイヴン。……教えてください。貴方にとって、フロイトはどんな存在ですか?〉

 

 それを言われると弱い。確かにあれこれ聞き込んで、エアの言う「わがまま」がどんなものなのか、どの程度受け入れるのかの判断材料にした。個人的な趣味もあったのは秘密だ。

 

 話しているうちに無人機がこちらを捕捉した。旋回機動のパターンがそろそろ読めてきて、弧を描くタイミングで弾を撃ち込む。出力を上げた弾が的確にジェネレーターを破損させ、漏れたエネルギーが霧の中で青く輝いた。

 銃口を下ろす。

 方位を確認しながら、ひとりごちるように言った。

 

「……恋を、してしまいそうで、困ってる」

 

 口にしたのは初めてだった。思ったよりも自分の言葉が響いて、操縦桿を強く握った。

 

 強化手術を受けてACに乗ることを選んだときから、悪人として生きていく覚悟を決めた。

 あの日からもう、誰かに恋をすることなどないと思っていた。隙はそのまま生命を脅かす。人のことは言えないが、ろくでもない人間でなければこんな世界には生きていない。

 他者に踏みにじられるか、他者を踏みにじるか。どちらかしかない生き方を選んだのだ。

 もうその時点で、他人に心を預けるような真似などできるはずもない。そう思っていた。

 

 だというのに、と苦笑が浮かぶ。

 

 終わりに向かうばかりだと思っていた人生にいきなり飛び込んできて、まるで当たり前のように腕を引っ張り上げて、楽しいだろう楽しいよなと一方的に押し付けてきて。

 目の前が(ひら)けたようだった。心臓が跳ねる感覚を思い出した。

 うっかり楽しいと思わせられてしまったのは、良かったのか悪かったのか。もしあれで好意を持てなかったら、とんでもなく苦痛で厄介なストーカーだったと思う。()れ鍋に()じ蓋、つまりはたまたま相性が良かった。

 ただでさえそこで大きく変えられてしまったのに、彼は次から次へと、こちらの諦観をひっくり返していった。

 今ここにいるお前がいいのだと言い放った。

 生き延びて傍にこいと未来図を描いた。

 かなうなら人を殺したくないという傲慢な甘えを、別にいいんじゃないかとあっさり肯定した。

 褒めるでもなく呆れるでもなく。やりたいならやればいい、と。

 

 お前ならできるはずだという言葉にどれだけ揺さぶられたか、きっと、彼は知らないだろう。

 声に出さずに笑うと、エアが首を傾げるように訊ねてきた。

 

〈……ええと……。してしまいそう、ということは……まだ、そうではない、ということでしょうか?〉

 

 言葉を素直に受け取れば、そうなるだろう。小さく肩をすくめた。

 

「そういうことにしておいて」

〈ううん、難しいですね……。フロイトの方は、はっきりしているようですが〉

「……そう? まだ保留じゃない?」

〈いいえ。彼が敵に回るとしたら、レイヴン、それはきっと、貴方のためです。貴方を守るために、貴方を止めようとする……。

 フロイトは気づいているのだと思います。私の存在が、貴方を危険に(さら)しているのだと〉

「……エア」

 

 さみしげな呟きだった。あれこれ世話を焼かれたぶんだけ、彼女もフロイトに情が湧いていたのだろう。

 どう応じていいのか迷っているうちに、エアは空元気のような声を上げた。

 

〈まあしかたないです、ヒトとコーラルの共生のためですから! 私たちだって死にたくありませんからね、なんとか方法を見つけないと……!〉

「そうね、多少の危険は仕方ないわ。釘を刺されたから注意はするけど」

〈……手伝ってくれて、ありがとうございます、レイヴン〉

「ウォルターも納得させないといけないから、なかなか難題よね」

〈厳しいです……。そこは譲ってくれないんですね、レイヴン……〉

「ごめんね」

 

 苦笑で応じたとき、都市の端にたどり着いた。

 唐突に切れた建物の群れは、どこか違和感がある。まるで箱庭か――もしくは海岸線のような、きっぱりした切れ目だ。地続きの境界で普通こうはならないだろう。

 不思議に思いながらも、再び機体を反転させた。

 

「貴方を死なせたくないと思うわ、エア。だから協力はするけど、それ以上は難しい」

〈……はい〉

「私にとっては、コーラルも他の動物も同じよ。生きていて自我を持っているから特別なわけじゃない。人類だって、人類より()()生き物に相対すれば食われることになるもの。そうなったときにできるのはまず交渉、それがだめなら交戦ね」

 

 敵性機体の反応があった。

 少し距離が遠い。ECMの影響で火器管制システムの精度が下がっているようだ。照準補正を切り、目算で弾を当てた。

 

〈……どちらも、力が必要ですね。交戦よりも交渉の方が、必要な力は大きなものなのだと理解しています。私たちコーラルは……人類の交渉相手、たり得ない……〉

「……そうね。心苦しいけど」

 

 まずコーラルの有人格性を納得させるのが一苦労だ。どんな科学的証明を行ったとしても、それを受け入れることが大いなる不利益である以上、企業は荒唐無稽な妄想かペテンとして処理しようとするだろう。信じる信じないとは別次元の問題だ。

 エアが落としたため息は沈鬱なものではなく、どこか達観を感じさせた。

 

〈……方法が見つからなかったときは、戦うほか、ないのでしょうか〉

「そのときは遠慮しなくていいわ。正々堂々……でなくてもいいけど、お互い、生存を賭けて戦いましょう」

 

 結局のところ、この手にあるのは暴力という力だけだ。勝手に危機と時機を判断して、勝手に手を打つ。個人や小勢力でできることなどそれくらいしかない。

 決戦の場所がこの星になる以上、エアが相対するのは自分やフロイトになるだろう。

 ――逆を言えば、ルビコンの敵対勢力を排除して増殖を軌道に乗せれば、コーラルの勝ちだ。臨界点を超えればもはや止める手段はなく、コーラルは繁栄の、人類は困窮の時代を迎える。

 むう、とエアが拗ねたような声を出した。

 

〈圧倒的に私たちが不利じゃないですか。体もないのに……〉

「ヘリアンサスを大量投入したら、戦場単位では制圧できるんじゃない? 確かあれ、技研製のコーラル制御兵器だったはずよ」

〈ええと……あ、このデータですね! ……なるほど、レイヴンを苦戦させるだなんて。やりますね……〉

 

 殺伐としているのか和気藹々としているのか、どうにもどちらつかずな会話だった。

 エアは本気に受け取っていないのかもしれない。

 

 けれど、こちらは紛れもなく本気だった。

 まるで人類代表のような顔をするのは滑稽だが、人類が一丸となって戦う道筋などは欠片も見えないのだ。

 もしもこれを人類全体の問題に格上げしようと思うなら、コーラルの持つ危険性が利益を遥かに上回るものであると納得させ、政府や企業間の駆け引きを経て、合意を形成する必要がある。その議論を主導できるだけのコネも力も時間もない。目的が類似している惑星封鎖機構でさえ、説得は難しいだろう。

 それでも、コーラルに人類を敗北させるつもりはない。自分か、フロイトか、もしくは他勢力を巻き込むか。そのときは全身全霊をもって対抗するのみだ。

 破滅だけは回避できるという確信があるからこそ、こうして残り時間を費やすことができているのだと思う。――エアがそんな本音を知れば、きっと傷つくだろう。

 

 推定面積の三分の二ほどを制覇した辺りで、破壊された調査ドローンを見つけた。ウォルターが話していたものだろう。

 都市の制御システムが排除目標の探知を通告する。

 これまでの自律兵器とは違うと見て、エアが鋭く声を上げた。

 

〈敵性反応、3体です! 注意を、レイヴン!〉

 

 とっさにその場を飛び退いた。

 機影が捉えられない。――覚えのあるモニタ欺瞞式の迷彩だ。

 まさか、と眉をひそめる。オールマインドがこちらにまで手を伸ばしてきたのだろうか。

 だが、少しブースターの挙動に違和感がある。出力もそうだが、エネルギーの種類が異なる印象だ。

 

「おなじみの“所属不明”機体にも思えるけど……何か違うような……」

〈解析してみます。ECMの影響で不安定ですが、接続はなんとか……!〉

「さすが。頼りになるわ」

〈もうっ……おだてるのが上手ですね、レイヴン!〉

 

 ビルの間をくぐり抜けながら、慎重に相手をした。鞭状の武器が放たれ、ビルの壁に焼き目をつける。

 ACの装甲より頑丈な外壁とは。過剰スペックにも程がある。舌を巻きながら見え隠れする機体の懐へ飛び込み、レーザーダガーを突き込んだ。

 エアが慌てた声を上げる。

 

〈あっ……大変ですレイヴン、データセンターを見つけました! 方位131、距離809。現在の交戦地点から少し、近いです……!〉

「了解、距離を取るわ」

 

 残り2機。無人機のわりにうまく挟撃を試みてくる。

 ビルという障壁を利用して射線を切った。異様に頑丈だからこそ選べる手段だ。

 上空から飛び込んできた敵機をリニアライフルで迎え撃つ。出力を上げた弾が機体を硬直させ、追いかけるように高誘導ミサイルが着弾した。

 

「あと1機。機体情報はどう?」

〈……回線が細くて、プロテクトの突破に手間取っています。直接アクセスできますか、レイヴン〉

「わかった」

 

 手足やブースターを破壊するのもすっかり得意になった。無人機ならなおさら気を遣う必要がない。

 散布された機雷を手早く処理し、距離を詰めてまず右肩を削り落とした。そのまま胴体を蹴り飛ばし、ビルに押し付けるようにして左手のマニピュレーターへリニアライフルを撃ち込む。武器はこれですべて封じた。冷却に入ったダガーをリニアライフルに持ち替え、追加の射撃でカメラも破壊した。

 周囲に他のレーダー反応はない。機体を接触させたまま、エアに訊ねた。

 

「どう、行けそう?」

〈はい。……これは……レイヴン、あなたの直感どおりです。外形は酷似していますが、これまで戦ったオールマインドの機体とは、制御システムが異なっています。各部位の名称を見る限り、おそらくは内部機構も。……それに……この機体、2年前に改修された形跡がありますね……〉

「……なら、技研の骨董品がそのままってわけではなさそうね。オールマインドでもないとなると……PCAあたり?」

〈不明です。機体を回収してどこかで調査すれば、あるいは特定できるかもしれませんが……どうしますか?〉

 

 少し考えて、首を振った。ここに時間を掛けるわけにはいかない。

 

「やめておくわ。十分よ、エア。ありがとう。念のため残りを踏破してから、データセンターに取りかかりましょうか」

〈わかりました〉

 

 オールマインドではないと分かっただけでも収穫だ。無人機を完全に破壊して、クリアリングの続きに入った。

 防衛兵器はこれで打ち止めだったようで、それ以上の敵機は見つからなかった。代わりに発見したECMフォグの制御装置をマッピングし、データセンターの場所まで戻る。

 ACから降りてビルの中に踏み込み、物理的な接続でのアクセスを試みた。こと電子セキュリティ関係については、エアの能力は飛び抜けている。長いケーブルを引きずりながら、あっさりと目的のサーバー室へたどり着くことができた。

 

〈データセンターのセキュリティを突破。管理者権限でのアクセスを取得……。……レイヴン、どうしましょう……〉

「どうしたの?」

〈データが……すごく、膨大で、探しきれません……。行政手続書類から水道メーターの数値、過去の天候情報まで、多分、都市運営の基幹システムデータが全部ここに……〉

「……階層、整理されてなさそう?」

〈すごいことになっています。通常のtreeコマンドで取得できましたが、分類の推測が難しくて……丸ごとコピーするにはACのデータ領域に収まりません。ECMを解除できれば、別サーバーへのアップロードは可能かもしれませんが……〉

「目立ちすぎるわね……」

 

 思わず頭を抱えた。途中でばれても厄介だ。なんとか、論文や研究データの場所を見つけ出さなければ。

 大学中退の身ではアカデミックの世界に大した馴染みがない。可能ならウォルターの知恵でも借りたかったところだ。

 通信が遮断されているのでネットワークでの調べ物もできず、うんうん唸りながら、乏しい知識を掻き回した。

 

「論文……論文よね……。paperもarticleも、一般単語すぎて他のものが引っかかってくるだろうし……」

〈……はい、絞りきれません……〉

「もっと何か特有の……。なにかないかな、評価されている論文って言ったら……そうだ、被引用数(Times Cited)は!?」

 

 影響力の強い論文であればあるほど、他の論文に引用された回数が多い。その辺りはデータベースで必ずカウントされているはずだ。

 つまり、目印として最適。

 思いつきに気をよくして、早口になった。

 

「エア、引用索引(Citation Index)で探してみて。それで被引用数が多いコーラル関係のものを優先的に、保存できる限り保存。どう?」

〈……見つけました! この周辺の階層でまとまっていそうです。コピーを開始します。時間はどのくらいありますか?〉

「そうね……。20分が限界かな」

〈わかりました。一応、残りはECM解除後に送信されるよう細工をしておきますね。さらにそこから転送をかけておきます〉

 

 まさか大漁すぎて困ることになるとは思わなかった。この中に「当たり」があればいいのだが。

 選択とコピーの作業自体は条件処理でできるので、それほど手がかからないとのことだ。やがて、ふう、と息をついたエアが、書き出されていくリストを眺めながら言った。

 

〈……フロイトが得たものも、この中にあるのでしょうね……。年代が合致しています〉

「カーラがどこから拾ってきたのかは気になるわ。フロイトと関係を深めているみたいだけど……目的が予想できない」

〈あ。レイヴン、気になりますか? 気になるって言ってあげたら、きっとフロイトは喜びますよ!〉

「……エア」

〈カーラも若い女性ですものね。わかります。気になりますよね。参考文献にもありました〉

「言ってない。言ってないから、エア」

〈素直じゃないですね、レイヴン〉

 

 クスクスと笑う声に唇を曲げる。

 からかわれるのは苦手だ。だんまりを決め込んでいると、エアが急に真面目なトーンになって続けた。

 

〈そういえば……貴方は以前、あのドーザーに、『こわい』のだと話していましたね……〉

 

 良く覚えているものだ。

 そのときから引っかかっていたのだろうかと、気まずさを感じながら言葉を探した。

 

「……そんなこと言ったかしら」

〈これは内緒話です、レイヴン。……素直になれないのは、それが理由ですか?〉

 

 ごまかしにくい言い回しだ。

 会話が上手になったなあと、苦笑まじりに答えた。

 

「……内緒よ、エア」

〈どうして『こわい』のか、できるなら、教えてほしいです。だって、フロイトは貴方の味方でしょう?〉

「味方、か……。そうね。たぶん、だから怖いの」

 

 エアが不思議そうにする気配を感じながら、そっとため息を吐いた。

 

「極端でしょう、あの人。ひとつ間違えたら、私のためだって言って、なにもかも滅茶苦茶に壊してしまいそう。……さすがに、ウォルターに向ける顔がないわ」

〈それは……そうかもしれません〉

 

 しみじみとした納得の言葉に笑う。

 内緒話、という言葉の保険に甘やかされて、本音を口にした。

 

「それに、無頓着というか、思い切りがいいと言うか……色んなものをあっさり手放してしまいそうで、心配なの。独立傭兵とはわけが違うわ。安定した立場のエリートよ? 今の環境に満足しているのもわかるの。……なのに、これまで積み重ねて得てきたものを、考えなしに投げ出しそうで……。……正直、どうしたらいいのか、悩んでる」

〈……なるほど……。『重い』というのは、こういうのを言うのでしょうか、レイヴン〉

「……本当によく学習しているわね」

 

 感心半分、呆れ半分で言った。いささか俗っぽい方向に進みすぎてはいないだろうか。

 エアは少し考えるようにして、慎重に続けた。

 

〈もしそうなったとしても、フロイトは後悔しないのではないでしょうか、レイヴン。貴方だけが特別だと、彼はずっと示し続けています。貴方が望むなら、きっと彼には、捨てられないものなんてひとつもない〉

「フロイトはそうでも、私は捨てさせたくないの。良い人たちばかりだったもの」

 

 もちろん、利権に群がる企業の私兵集団だとはわかっている。色々ときな臭い噂も聞いているし、親切にされたのは、V.Ⅰの客だからという点が大きいだろう。

 それでも、相手の姿を見知ってしまえば、ためらいが生まれる。仕事の上で何度敵対しても、それとこれとは別の話だ。どうでもいいとは思えない。

 うーん、と考え込んだエアが、不意に声を上げた。

 

〈……あっ。もしかしてこれが、“金の切れ目が縁の切れ目”――“恋人は高給取りであればあるほどいい”というものなんですね!〉

「まって!? その納得はさすがに否定させて!」

〈えっ……レイヴン、彼が一文無しでも養うなんて、そんな覚悟が……!〉

「極端すぎる……! ……エア、いいからちょっと、参考資料の選び方に修正をかけましょうか……!」

 

 思考のすっ飛び具合に頭を押さえた。どうにも少し、好きにさせすぎたかもしれない。

 ろくでもない事件ばかりを垣間見て人間不信になるよりはましだが、ゴシップ好きの主婦みたいになられるのは困る。

 エアが趣味で集めた内容が、まさかというか予想通りというかロマンス小説のたぐいばかりだったのを確認し、一体どこの金で買ったのだろうと頭痛を覚えた。無言で自分のライブラリから感動系家族ものの映画とビジネス系ドキュメンタリー、ひねくれていないヒューマンドラマの名作などを放り込んでいく。戦争映画はまだ早い。エアは不思議そうにしながらも、見てみますね、と素直に応じていた。

 フィクションで人間を学ぶというのもあまり褒められたものではないが、とりあえず、これを修正するにはそれなりの面白さ(インパクト)が必要だ。

 一仕事終えた気分になっていると、エアが改まって訊ねてきた。

 

〈レイヴン、フロイトは、企業(アーキバス)をどう動かすつもりでしょうか〉

「そもそも、組織を動かそうという気がなさそうじゃない?」

〈そうかもしれません。ですが、企業の力はやはり大きなものです。フロイトがどう動くつもりなのかは不明ですが……それでも、利用価値の高さは認識しているはずです〉

「権力の濫用に躊躇もなさそうだしね」

 

 その恩恵に預かっている人間が言うことではないかもしれないが。

 苦笑気味に応じると、不意に、エアが思案げな声になった。

 

〈権力の使い方……。……レイヴン、フロイトが今もアーキバスに居続けているのは、気に入っているからではなく、もしかしたら……貴方のためなのでは?〉

「……どういうこと?」

〈現在のルビコンでもっとも優れた医療技術を有しているのは、アーキバスです。貴方の治療のためには、アーキバスで特権的な立場にあるフロイトの存在は、非常に有用なものであると考えます。……ウォルターは再三彼の雇用を断っていますし、フロイトもその場では引き下がっていますが……もしこの懸案事項がなければ、早晩ウォルターのところに押しかけてきていたのでは。貴方を守るためには、情報網を駆使して仕事を突き止めるよりも、常に貴方の傍にいるほうがやりやすいはずです〉

 

 まさか、と言うには想像がつきすぎた。

 単純に戦いに来ていただけの頃とは違う。先日の一件だけでも、フロイトの言動からは妙な焦燥と強硬さを感じた。

 守るなんてことは望んでも望まれてもいないとは思うのだが、無茶をしないよう見張るというなら、確かにその通りだ。

 顔をしかめた感情のまま、深々と息を吐き出した。

 

「……荷が重い……」

〈愛とはそういうものだそうですよ、レイヴン〉

「大雑把すぎない? どこの情報?」

 

 エアがしたり顔で(顔はないのだが)笑っているうちに、処理が完了した。

 引き延ばすのもそろそろ限界だ。ウォルターはとうの昔に気を揉んでいるだろう。

 マッピングしたECMフォグ制御装置をひとつずつ停止していった。その条件下での防衛システム起動を予想して神経を尖らせていたのだが、意外にも、そういったものは存在しなかったようだ。

 目的は、裏も表も無事に達成できた。

 エアとともに安堵の息を吐いたとき、雑音混じりの通信が入った。

 

《ECM解……確認。暗号……信に切り替え……》

 

 聞き覚えのある声だった。とっさに警戒態勢を取る。

 レーダーは惑星封鎖機構の大型武装ヘリを捕捉していた。ルビコンに来て間もない時期に相対した相手だ。――ここを封鎖していたのは、やはりPCAだったか。

 あの頃とは違う。どう片付けるかと思索しているところへ、合成音声が淡々と告げた。

 

《登録番号 Rb23、識別名“レイヴン”。作戦中失礼します。貴方を追跡していた機体が存在します。まもなく接触――》

〈っ……さらに敵性反応1機、ACです!〉

 

 エアが声を上げる。

 状況が変わったのは数秒のことだった。何が起きたのか――下手なACではとても相手にならないはずの大型武装ヘリが、あっさりと沈んだ。

 警戒レベルを引き上げる。慎重に距離を取って、そのACの正体を見定めた。

 

《“灰かぶりて、我らあり”――ルビコンの脅威よ、ここで朽ちるがいい》

 

 (しわがれ)れた声が重々しく告げた。それに被せるように、オールマインドの合成音声が通達する。

 

《識別名“レイヴン”、強化人間 C4-621。――当該ACの撃破をお願いします》

〈……オールマインドから、傭兵支援システムから、()()……!? こんなことが……〉

 

 エアが動揺した声を上げた。その声はインカムを通しているため、オールマインドには聞こえない。

 こちらやフロイトを排除しようとあれこれ手を回していたくらいだ。AIのくせをして、その名目に収まらない暗躍をしているのだろう。

 向けられたミサイルを撃ち落とし、敵機を捕捉しながら距離をはかる。

 

「確認するわ、オールマインド。それは私への()()なの?」

《相違ありません。C4-621、レイヴン》

 

 モニタに依頼金額が提示される。同時にエアが敵機の正体を告げた。AC「アストヒク」――搭乗者はルビコン解放戦線総司令、 「帥父」 サム・ドルマヤン。限りなく政治的な意味を持つ相手だ。

 なぜこんな場所に現れたのか、なぜこちらを攻撃してくるのか。そして、オールマインドはなぜ襲撃を把握し、あまつさえ撃破を求めてくるのか。わからないことが多すぎる。

 アサルトライフルらしき弾を小刻みに回避しながら、その機体構成を確かめた。

 フレームはすべてBAWSのBASHOか。アサルトライフル、パルスブレードに、ナパームランチャーとミサイル。撃破するだけなら、距離を取るのが得策だ。

 どうしたものかと、少し悩んだ。

 殺しの依頼を受けるのは気が進まない。だが、こちらを殺しに来た敵まで生かして帰そうとするほどには、酔狂でもないのだ。

 回線を閉じたエアが、迷うように訊ねてきた。

 

〈……どうしますか、レイヴン?〉

「とりあえず、オールマインドのほうは放っておきましょうか。何かうっかり喋ってくれるかもしれないし」

 

 通常、傭兵支援システムが独自に依頼を発行することはない。つまりは異例な事態で、その発生には必ず理由がある。

 累計3度ほど殺そうとしてきた相手だ。そのうち2度差し向けてきた手駒(スッラ)がまだ死んでいないのなら、この仕事もあの男に命じればいいだけだ。わざわざ依頼を行う必要はない。こちらを今度こそ殺すための、罠である可能性も考えるべきか。

 エアに通信の記録を指示しながら、古びたACを相手取った。――おそらくは厄介な相手だと、直感が告げていた。

 通信回線を広域に切り替えた。

 

「お久しぶりね、御老体。そちらの捕虜救出作戦以来かしら。わりと貴方たちに手を貸してきたつもりだけど……どういうつもり? 解放戦線の方針転換ってわけでもないでしょう」

 

 誘うように接近し、動作を見ながら回避行動を取った。ナパームランチャーが炎の壁を作り出す。追ってきたミサイルを丁寧に破壊し、こちらもミサイルを返した。

 フロイトのような規格外以外は、相手の武装と出方を見て対処する方が被弾が少ない。いつでもパルスアーマーを起動できるよう警戒しながら、距離を取ってリニアライフルを撃ち込んだ。

 相手の中距離攻撃に大した火力はない。近づかせず削りきるのが最善だ。

 硬さが売りのBASHOフレームが少しずつ削れていく。

 重々しい声が言った。

 

《ルビコンの脅威よ。おそらくお前は……あの“声”を見るのだろう。……かつて、私がそうだったように……!》

 

 “声”――状況的に、コーラルのことを言っているのだろう。

 左腕へ射撃を集中した。思ったよりもうまく破損を避けてくる。

 予想を肯定するように、エアが続けた。

 

〈レイヴン。ドルマヤンは、青年期をドーザーとして過ごしたと記録にあります。……私たちの交信に類する、 変性意識体験があったのかもしれません〉

大概(たいがい)ね。いやだわ、そんな指導者。それならラミーさんでもよくない?」

〈……それはコメントを控えます。彼には、何らかの適性があったのでしょう〉

 

 まあ、たしかにラミーはそんなものをやりたがるタイプではないか。野心もなく、ボスにしっかり懐いて心酔している。四六時中酔っ払っているドーザーとはいえ、忠犬といっても過言ではない。

 エアの苦笑を背景に、老人の声が追ってくる。

 

《知らぬからこそ夢を見る……。それがどれほどに愚かしいことか、ああ、そうだ。私は、それを……》

「『それを』、何? 喋りたいならちゃんと聞くから、ちょっと落ち着いてほしいわ」

《……ルビコンの脅威よ、我々の警句には続きがある……》

「聞いてる?」

《“コーラルよ、ルビコンと共にあれ”

 “コーラルよ、ルビコンの内にあれ”

 ……“その賽は、投げるべからず”》

 

 重々しい響きに、眉を顰めた。

 類似存在だという老人。エアと同じような、コーラルの人格と交流を持っていたということなら、引き出したい情報は山ほどある。

 

《見てはならぬ。聞いてはならぬ。そのささやきは毒に他ならん……》

「興味深いお話ね。もう少し具体的に――」

《大いなる脅威よ……コーラルを、解き放ってはならぬ》

「そう、だから内容を」

《解き放ってはならぬ……そこを越えれば、人間世界の悲惨が待つ……!》

「……ねえエア。これ、聞こえてないんだと思う? それとも無視されているんだと思う?」

 

 解き放つ(release)――オールマインドの計画名でもある単語だ。どうにか内容を聞き出したかったのだが、さすがに辟易してきた。

 エアが冷たい声で応じる。

 

所詮(しょせん)はドーザーです、レイヴン。ラリっているんじゃないですか〉

「……俗語を覚えるのはおすすめしないわ、エア」

〈あ、そうですね。失礼しました〉

 

 エアは基本的にドーザーが嫌いだ。「もし人間を娯楽で食べる種族がいたら、好感を持てますか?」という主張には納得するしかなかったので、そういうものだと受け入れて、庇うようなことは言わないようにしている。――消費されること自体にはそれほど抵抗感がないというバランス感覚は、正直よくわからないでいるが。

 不機嫌そうにしたまま、エアが調査結果を告げた。

 

〈通信状態に問題はなさそうです。単に会話が成立していないだけですね。痴呆か精神疾患の可能性があります〉

「……ボケ老人扱いされているわよ、帥父さん。ちょっとは正気に戻れない?」

《すべては消えゆく余塵に過ぎぬ……だが、そうであっても、私こそが果たさねば……!》

「………」

〈駄目そうですね〉

 

 これはどうあっても、生かして捕らえて情報を絞り出すしかない。

 もしかするとウォルターならうまく聞き出してくれるかもしれないし、カーラならドーザーの扱いも手慣れたものだろう。交信の類似体験があったのなら、エアにもなにか打つ手があるかもしれない。

 ナパームの作り出した炎を滑るように避ける。わざとパルスブレードの間合いに踏み入って、攻撃を空振りさせた。背後に回り込みながら射撃を加えた。ブースターを狙っていることに気づいてか、有効な入射角を取らせない。思ったより良い腕をしているようだ。

 やはり近接武器で潰すしかないか。

 

「……仕方ない、持ち帰るわ。ウォルターとの通信は回復してる?」

〈いえ。おそらくオールマインドが――〉

《お待ちください、C4-621 レイヴン。我々の依頼は、当該ACの撃破です。依頼を遂行してください》

「そうね。ACを破壊したうえで身柄を押さえるつもりよ。なにか問題が?」

 

 割り込んできたオールマインドににこやかなトーンでとぼけると、エアが吹き出すように笑った。

 

〈いじわるですね、レイヴン〉

「何回も殺しにかかってきてる相手だし、まあ、それなりにね」

〈同感です。……ウォルターですが、オールマインドが通信を阻害しているようです。突破しますか?〉

「できそう? さすがね」

〈こういうものは基本的に、攻撃側が有利ですから〉

 

 頼もしい発言に後押しされながら、敵機との距離を詰めて勢いのままに蹴り飛ばす。反動に歯を食いしばりながら機体を旋回させ、ブースターにレーザーダガーを突き込んだ。まずひとつ。

 どんな計算を行っていたのか、オールマインドがようやく反応してきた。

 

《……C4-621 レイヴン。報酬の引き上げを行います。速やかに依頼を達成してください》

「ふしぎね。どうしてそんなに殺したいの?」

 

 これはどうも、スッラが隙を(うかが)って待機しているということもなさそうだ。どこまで挑発したものか。

 考えながら、ほがらかな声で続けた。

 

「もしかして、この人も私と同じ、『リリース計画の危険因子』なのかしら」

 

 ぶわりと殺気が膨れ上がった。

 回線越しに、ピリピリと肌を刺すかのようだ。――AIにしては感情めいたものがある。

 そのままAIは沈黙し、戦闘音と老人の譫言だけが、霧の晴れようとしている都市に響く。

 どう答えてくるだろう。「なぜそれを知っているのか」では図星過ぎる、「発言の意図が不明」とごまかすには沈黙してしまった。いっそのこと、「知られたからには生かしておけない」などもありだろうか。

 ふと、このAIらしからぬ、けれどこの上なくAIらしいAIなら、()()()()()()()()()()()と思いついた。

 コーラルを使って何かを起こそうとしている以上、こちらが手に入れていない情報を持っているかもしれない。

 エアに沈黙を指示して、ついでに、ドルマヤンを刺激しておくことにした。

 ――さて、猫撫で声というのは、どんな風に出すのだったか。

 咳払いはしないで、喉の具合を確かめた。

 

「オールマインド、私はね、別に貴方にいじわるをしたいわけじゃないの」

《……受諾した依頼の不遂行は、不誠実であると判断します》

「コーラルに興味があるのよ。得られるだけの情報を得たい。……だからこのおじいさんを殺すつもりはないし……リリース計画にも、とても関心があるの。潰そうなんて思っていないわ」

 

 今のところは、と胸中でだけ呟く。なにしろ内容がわからないのだから、潰すも潰さないもない。

 沈黙は拒絶ではない。笑みを含めて、毒をしたたらせるように訊ねた。

 

「オールマインド、貴方は世界を変えたいんでしょう?」

《否定します。C4-621、現時点において、貴方へ回答可能な情報はありません》

「私は変えたいわ。このどうしようもない世界をどうにかしたい。だから色々とこそこそ動いているの。……そちらも聞こえている? サム・ドルマヤン。偉大なる先達。……もしもコーラルを解き放ったら……どんな景色が待っているのかしら」

 

 意外に演技派ですね、とエアが耳元でこぼした。そう言ってもらえると、猿芝居を展開した甲斐がある。

 敵機がしゃにむに突っ込んできた。直線的な動きだ。適当にいなしながら機体を削っていった。

 言葉が届くことを確信できたのは、ひとつの成果だ。

 さあ、締めくくりはどうしよう。

 

「ねえ、オールマインド。私が怖い?」

《否定します。我々に恐怖という概念はありません》

「それにしては何度も手を回された気がするんだけど、まあいいわ。いまのところ、私は貴方と敵対するつもりはないの。……信じてくれる?」

《……貴方のハンドラーに背くことは、可能なのですか》

「そうね……気は進まないけれど、それで望みが叶うなら」

《貴方の望みとは?》

 

 細く息を吸って、答えた。

 紛れもない本音を。

 

「コーラルと人類が、共に数を減らさず、生き延びうる未来」

 

 

 

 

 その言葉が含む不穏さに、気付くことなく。

 

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