真人間には向かないプラン   作:ikos

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今日の一針、明日の十針

 

 ベルグレイブ要塞の奪還作戦を終えて帰投すると、ハンガーでオキーフと行き会った。

 あちらもちょうど戻ったところだったようだ。いつにも増してくたびれた風情だったが、片手を上げて挨拶に代えると、オキーフはそのまま足を止めてこちらを待った。

 不思議に思いながら肩を並べたところで、作戦後の喧噪に紛れるように訊ねてくる。

 

「……フロイト。コーラル輸送失敗の件、データは確認しているか」

「ああ。AC単機であれとはな。思ったよりもやるようだ」

 

 ちょうどRaDの依頼をこなしていたタイミングで起きた襲撃だった。偶然か計画的かは不明だが不在を突かれた形になる。もっとも、現場は進駐拠点から距離があった。襲撃情報が入ってから動いても間に合わなかっただろう。つまりは情報戦での敗北だ。

 損害は輸送機24機と、相当量のコーラル。スネイルは上層部からかなりきつく詰められたようだ。

 襲撃者は既に判明している。C1-249 独立傭兵スッラ。オールマインドの手によるものだ。

 記録を見る限り、輸送機の位置や機数を把握されていたのは間違いない。情報が漏れている。

 

「お前じゃないんだろう? あの独立傭兵もだが、()()()()も、侮れないな」

「……そのようだ。自社の研究拠点でコーラルの危険性を証明できれば、あるいは上層部に慎重論を起こせるかもしれないと期待していたんだが……」

「無理だろう。奴らはイエス以外の返答を求めていない」

「……身も蓋もないな。何もしないというわけにはいかないのが辛いところだ。欲に眩んだ目を覚まさせるとまではいかなくとも、損得勘定くらいは思い出して貰いたいところなんだが……。輸送が失敗したのは痛い。今回の実験は、主にコーラルの性質を安定させるためのものになるはずだった」

 

 そうだな、と頷いた。主脈から切り離された結果か、輸送機の爆発は思ったほどのものではなかったが、コーラルは量が増えれば増えるほどその性質を変化させていく。星外への搬出も搬出後の保管も、規模を大きくした場合にどのような危険性があるかを把握しておかなければ、思わぬ損害を負うことになる。

 熱安定性、機械的感度、着火・燃焼性や静電気特性といった危険性評価試験は与圧下や極低温下などの条件を含め技研時代にさんざん実験を尽くしていたはずだが、政治的な駆け引きを伴う調査技研の秘密主義ゆえか、データは残されず途絶しているようだ。オーバーシアーならそのデータを持っている可能性はあるが、さすがに引き渡さないだろう。

 嘆息したオキーフが、沈んだ眼差しでこちらを見た。

 

「……フロイト、お前はあの男に勝てるか」

 

 あまり聞かない問いかけだった。本題はこれだったのだろう。

 記録映像を脳裏に引き出し、吟味してから答えた。

 

「まともにぶつかれば、負ける気はしない」

「お前以外ならどうだ?」

「他か。そうだな、レイヴンなら問題ないだろう。あとはV.Ⅳも行けるか。第2部隊つきのスネイルも好相性だな。連れてきた無人機が十機程度なら、まず問題はない。二十機を超えると多少苦戦はするだろうが」

「……そうか」

「何だ? 別に俺でいいだろう、普通にやるぞ。わりと面白そうな奴だからな」

「何事も選択肢は多い方がいい。わかるだろう、フロイト」

 

 いつも通りの宥めるような口調だった。だからこそ、違和感を覚える。

 こちらに対する警戒故だろうが、コーラルリリースを阻止するという点では対立しないはずだ。レイヴンがあの計画に乗るとは思えないので、まず手を出せない理由がない。――にもかかわらず、慎重になっている理由は何だろう。

 この男が取り繕い始めたら簡単には尻尾を出さない。そこまで押し探る必要性も見当たらなかったので、要求だけ伝えておくことにした。

 

「できるだけ俺に回せよ?」

「……ああ、そうだな。善処しよう」

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 惑星封鎖機構への反攻作戦が順調に進む中、アーキバスルビコン進駐拠点において、妙な噂が広まっていた。

 噂の当事者は、V.Ⅱ スネイル。

 皮肉屋で冷血、神経質かつ独善的で猜疑心が高いと悪評には事欠かない男だが、今回のこれは少し毛色が違った。なにしろ、内容が「縁談」だ。

 相手が重役の娘というだけならここまでではなかっただろう。だが、その娘が生まれつき重度の身体的・精神的障害を抱えているとなると、それは皮肉をもって人の口に上るものになる。あまりに分かりやすすぎる野心家の選択だからだ。

 “一族の厄介者”を引き受ける代わりに出世を狙った。つまりはそういった話だ。

 噂で語られる内容はほぼ事実だ。令嬢の年齢や障害の内容に至るまで、かなり正確な情報が出回っている。ただ、話が決まったのはアイランド・フォー動乱の終結後、ルビコン進駐が計画された段階だった。今になって噂が広がるというのは、少し不自然だ。

 

「――まあ、まず間違いなく、上層部の仕業だろうね」

 

 苦笑いで言ったのは、かつて社内政治に辣腕を(ふる)っていたホーキンスだ。

 

「彼らはスネイルを取り立てる気なんてない。首尾よくコーラルを手に入れたところで、ファクトリーの()()()()でもあげつらって、取締役への就任を阻止するつもりだったんだろう」

「……そうか、あれを閉鎖した影響か」

 

 予算がついていたセクションだ。当然上層部も把握していたはずだが、いざとなればすべての責任を現場に負わせるよう記録を整えられている。実際、内実を把握している人間は上層部に何人いることか。汚れ仕事自体は必要だと考えていても、それを積極的に見たがる人間はそう多くない。

 結局のところ、人間というのは地球時代から変わっていないのだろう。

 人道や人権といったものが名目化して久しいが、それでも今なお概念として残り、都合よく使われているのは、物事には名目が必要だからだ。惑星封鎖機構と現地民が猛反発しているこのルビコン進駐作戦でさえ、ご大層な御題目を捻り出している。

 悪事を悪事としてあけっぴろげにするのではなく、理屈を捏ね回して虚偽をまぶして正当化する。その手間が必要なのは、そのほうが()だからだ。

 その辺りをよく知っている元ヴェスパー次席隊長は、深く頷いて返した。

 

「閉鎖を決めたのは君だが、実際に動いたのはスネイルだからね。すでに閉鎖したセクションでの責任追及となると排除事由として少々弱い。閉鎖理由のひとつくらいには、人道的なものを挙げていただろうしね」

「当事者の取締役は静観か?」

「ゴールドマンは今のところ中立のようだね。……この件、スネイルはどうも、かなり強引な手を使ったようでねえ。あちらの心証がとてつもなく悪いようだよ。……それが、娘さんに対する愛情なら、救いがあるのだけれどね……」

「愛情か」

 

 他者の助けなしに生きていくことが不可能な娘の行く末を保障するという意味で、スネイルに身柄を預けるのは、まあ、それほど間違った選択ではないだろう。あの男はあれで、守るつもりで交わした契約は守る方だ。そして相手は海千山千の有力者、口先の嘘を受け入れるほど愚かではない。

 仮にスネイルが婚家を謀略のうちに破滅させたとしても、その娘に対してそれなりの金をかけ続けるくらいの義理堅さはあるはずだ。逆にスネイルが失脚することになったとしても、その場合は手元に戻せばいい。

 そう考えると、一概に、スネイルの謀略に折れただけとは言えないのかもしれない。それなりの評価を与えた結果だったはずだ。

 それはおそらく、「愛」と呼ばれるものなのではないだろうか。

 考え込んでいるうちに、ホーキンスが吹き出すように笑った。

 

「……何だ?」

「ああ、いや、そういえば最近あちこちで聞いて回っていたなあと……。『愛』について、結論は出たかい、V.Ⅰ」

「いくつかのパターンがあることは分かった」

「パターンか。そうだなあ……与えたい、与えられたい、無理なく自然体でいたい、あとは無意味……くらいかな?」

 

 思わずホーキンスの顔を見下ろした。

 なんとなく理解しつつも言語化がうまくいかなかった部分を、見事に言い表された気がした。さすがの年の功だ。

 自身は「与えるもの」に該当する回答をしていた男は、苦笑気味に続けた。

 

「きっと、満足できる回答は得られなかっただろう? ……けれどね、君が望んでひとつひとつ回答を積み重ねたことは、決して無為ではないと思うよ」

「……そうか? 役に立っている実感はないんだが」

「いやねえ、なんて言うのか、何もないところから竹が芽吹いてぐんぐん育ってくのをハラハラ見守っている心境なんだよ。そのうち隣家の床を突き破りそうで」

「褒めていないな」

「はは、褒めるには少しばかり難があるからね。……でもまあ、このままだと、近いうちに花をつけるなんて奇蹟も起きるかもしれない。それを楽しみにしている部分はあるんだ」

 

 竹の開花周期は長くて百年くらいだったはずだ。それだけありえないことだと言いたいのだろう。

 人類の平均寿命を越えているのはどうかと思うが、まあ、そう言われるだけの心当たりはある。

 微笑ましげに目を細めた年長者が、さて、と手を叩いた。

 

「すまない、話を戻そうか。……上層部はおそらくスネイルの失態を狙っている。頃良いところで戦域指揮官の首を()げ替えるつもりだ。スネイルも状況は把握しているだろうし、そう簡単にしてやられはしないだろうけれどね」

「お前を次席に戻す気だと思うか?」

「いやあ、私も彼らには相当嫌われているからねえ。オキーフ辺りを昇格させた上で、作戦立案権を本社が握るつもりなんじゃないかな」

 

 つまりそれは、レッドガンと同じ状況になるということだ。色々とやりにくくなることは間違いない。

 

「面倒だな……」

「大丈夫だよ、上層部も馬鹿じゃない。スネイルが優秀だと言うことは理解している。コーラルを手に入れるまで、ヴェスパーの運用にそう大きな影響は与えないはずだ。……まあ、スネイルのやり方がすべて正解かと言えば、そうでもないからね。現状はスネイルの『悪い噂』がひとつ増えたに過ぎない。私は今のところ、静観させてもらうつもりだよ」

「そうか」

「今回の件で一番怒っているのは、メーテルリンク君かもね」

 

 だろうな、と頷いた。怒る相手がスネイルではなくスネイルを嘲弄していた隊員だったというのは解せないが、確かに、最初に火種となったのはV.Ⅵだった。ルビコンの河川レベルに冷え切った激怒をみせ、ヴェスパーの規律を乱す行いだとして再教育センター行きを進言したと聞いている。

 スネイルはそれを受け入れたものの、初手がこの対応になったのは、実際計算外だったのではないだろうか。

 少し考えてから応じた。

 

「……まあ、スネイルを刺しそうにはないな」

「ははは! いやあ、刺してもいいと思うんだけどねえ」

 

 そんな話をしていたところ、休憩を終えたホーキンスと入れ替わりに、噂の当人(V.Ⅵ)が休憩室に現れた。

 V.Ⅵがスネイルの()()()()だという下世話な噂も同時に出回っている。それを知りながら涼しげな顔を維持したV.Ⅵは、なかなか重量のありそうな手提げ袋を携えていた。こちらを探していたようで、まっすぐ目の前にやってくる。

 

「フロイト隊長。こちら、ご要望の品です。よろしければお持ちください」

「菓子か?」

「ええ。クリスマスが近いので、シュトレンを」

 

 シュトレンとは、まさにカロリーの塊のような焼き菓子だ。ドライフルーツやナッツを練り込んで焼き上げた生地にたっぷりとバターを染み込ませ、表面に粉砂糖をまぶして熟成させる、地球のドイツ近辺の伝統的な保存食だった。一切れ100gで驚きの350kcal越えだ。

 何故そこまで知っているのかというと、実はそのうち製作を頼もうと思っていた。

 こちらが出した条件と手に入る材料で検討した結果だろう。実に合理的で察しの良い部下だ。

 

「助かる。……多いな、3本か」

「はい。手製で市販のものほど長くは保ちませんが、切って冷凍していただければ、1ヶ月ほどは問題ありませんので」

 

 さすがにレイヴン一人では食べ切れないかもしれないが、ウォルターも甘いものはいける口だ。それでも余ればRaDに回させればいいだろう。

 もう一度礼を言い、頭の中で摂取カロリーと消費カロリーを計算していると、くすりと笑う声が聞こえた。

 あらためて眺めたメーテルリンクの顔は、どこか、達観した静けさを持っていた。

 

「……フロイト隊長。本件のご依頼は、こちらで最後にしていただくことをお勧めいたします」

 

 理由は口にしなかったが、お互いに話が通じていることは察していた。

 これ以上はスネイルが何らかの策略をねじ込んで来ると予想しているのだ。そして、それを拒むつもりはないのだと。

 MUM-Tの成功を受け、前回よりもV.Ⅵの戦力としての重要度は増している。本来であれば、それは自信に繋がるはずの要素だ。そのわりには、今の彼女には妙な危うさがある。

 

「……わかった。そのうち、まとめて礼をする」

「いえ、結構です。とてもいい気分転換になりました。……そういえば、色々とアンケートを採っていらしたようですが……私のものは、不要でしょうか」

 

 話したいから言うのだろう。

 短い言葉で回答を促すと、ひどく場違いな、幸せそうな、いまにも崩れそうな笑みを浮かべた。

 

「私にとっては……『与えることを、許されること』です」

 

 姿勢良く一礼して踵を返し、部屋を出て行く。

 前のレイヴンがここにいたら、多分その足でスネイルをどつきに行くだろうなと、そんなことを思った。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 めずらしいことは続くもので、RaDの頭目から連絡があったかと思えば、実際はただの取り次ぎだった。

 四十がらみのドーザーが、カメラの前で“成果”を広げてみせる。深緑と小麦色の、落ち着いた色合いのストールだった。

 似合うだろうなと思ってしまって、余計に機嫌が悪化する。

 

《レイヴンさんに作ってみた。どうだ? デキは悪くねえと思うんだが》

「目の前にあれば燃やしたい」

《あー、だな、わかるっちゃわかる。でもまあ、折角作ったんだしよぉ、アンタからのプレゼントってことで手を打たねぇか》

「……なんだそれ。何かお前にメリットがあるか?」

《そりゃ二の次だ。アンタが俺に頼んだってことにすりゃ、レイヴンさんも喜ぶだろ。ついでにアンタに材料費も請求できるってやつだ》

 

 甲斐甲斐しいというのか何なのか、よくそんな話を持ちかけてくるものだ。それだけレイヴンに心酔しているのかもしれないが。

 とはいえ諸々勘案すると、悪くない取引だ。渋々ながら頷いた。

 

「わかった。材料費ではなく代金を支払う。……相場だとこのくらいか」

《お、おお? ……太っ腹だなあ、さすが企業のエリート様だ。まあ金より、できりゃあ次の材料が欲しいんだが――》

「いいぞ、手を回そう。リクエストを送ってくれ」

《まじか。んじゃ、あー、頼むわ》

 

 おっかなびっくりな声に頷いた。編み物以外にも色々と手芸用品を送りつければ、レイヴンがまた見本に何か作るかもしれない。もちろん手を回して貰い受けるつもりでいる。

 ドッグタグに通したACの緊急起動キーには、その「見本」であるモチーフをつけていた。モノクロの小さなグラデーションタイルで、タティングレースとやらの細工物だ。ごねにごねて作ってもらった、レイヴンの手製だった。

 ロックスミスの起動は基本的には強化人間用と同じ生体認証だが、お守りめいた緊急物理キーは同じように存在する。レイヴンがつける場所を指定してきたのは、「邪魔にならなくて失くさないもの」を考え抜いた結果だろう。

 均等に整ったその表面を指で撫でると、まだ通信中だったドーザーが、ためらい混じりに口を開いた。

 

《……レイヴンさんが目を覚まさなかったときな。アンタがきてくれて、正直……なんつーかなぁ、ほっとしたんだよ》

「何にだ?」

《あー……なんだろうな。ふわっふわどっか飛んで行きそうな風船を、逃がすかって掴んでる重石(おもし)がある感じっつーか……》

「重石か」

《まあ、あれだ。アンタはレイヴンさんが憎からず思ってる男だ。そいつがああやってレイヴンさんの世話を焼こうとしてた。そんで、レイヴンさんからの“特別”を欲しがってる。そりゃ、ほっとするってもんだろうよ》

 

 なぜだか以前に比べて、やたらと保護者目線な人間が周囲に増えている気がする。

 共通しているのは、大事にしてやって欲しい、という要求だ。それは伝わっているし、拒む気もないのだが――正直に言えば、ただしいやり方がわからなかった。

 大体が、前回のときも、自分なりに特別扱いして自分なりに大事にしていたつもりだったのだ。

 その内容をいま相談に乗ってもらっている何人かに話したら、多分無言で首を横に振るだろう。その程度の自覚はある。

 

「色々と正解がわからないままやっているんだ。……とりあえず、今のところは間違っていないようだな」

《お? おお、あー……多分な。いや、俺もエラそうなこと言えるほどわかっちゃいねえんだが》

「俺よりはましだろう」

《そうかあ?》

 

 自虐のつもりはなかったが、ずっと違和感は抱えていた。

 まるで、人間のふりをしている気分だ。

 人としてどこかが欠けていることも、それで前回レイヴンと折り合いをつけられなかったことも理解している。だが、それをどうすればいいのかはわからない。――というよりも、多分、どうすることもできない。

 自分では行き過ぎを判断できないから、あれこれ周囲の人間に共有して、間違わないようにそれらしさを取り繕っているのだ。

 呆れられるのではなく、血相を変えて止められたときが、おそらくはブレーキの掛けどきだ。

 そこで止まれるのかどうかは、実際そうなってみないとわからない。

 

 考え込んでいると、ドーザーが気まずげに頬を掻いた。

 

《なんつーか、あー……まあ、アンタはアンタなりによくやってんだろ。頑張れよ。っと、そうだ、こいつ(ストール)はボスに頼んでそっちに送らせてもらう。重機関銃もそろそろだ、いいデキだってボスが言ってたぜ》

 

 一方的に言い立てて通信が切れた。答えなくていい、という親切心によるものだったのだろう。

 保護者目線がレイヴンだけならまだしも、なぜかこちらにも向けられがちなのはよくわからない。わからないことだらけだ。

 以前はここまで迷うこともなかった。単に、何も考えていなかっただけかもしれないが。

 

 不意に、通信機能が着信を告げた。

 本日は千客万来だ。今度は解放戦線からのコンタクトだった。

 

《久しぶりだ、V.Ⅰ。……そちらは変わりないだろうか》

「……いや。色々と変わりはした」

 

 個人的な話だと伝わったのだろう。そうか、と穏やかな声が笑う。それ以上を踏み込んでこない遠慮が、思いのほか「感じのいい」ものに思えた。

 聞き上手というのは、こういうものをいうのだろうか。逆立ちしてもなれそうにない。

 とはいえそれ以上を話すような関係性にはない。複雑な気分のまま用件を促すと、久しぶりの厄介事だった。

 

《……実は……無理を承知の上で、貴方に捕虜引き渡しの立ち会いを頼みたい》

「捕虜の引き渡し? ……どこのだ?」

 

 企業が解放戦線を相手にそんな行動を取るとは思えない。それこそ、G1やG2、V.ⅠやV.Ⅱの身柄を押さえたときくらいだろう。

 大体のところは予想がついたが、案の定、ため息とともに予想通りの回答があった。

 

《Rb23 レイヴンによる、こちらへの捕虜の引き渡しだ。……我々は、身代金の支払いに合意した》

「身代金? あいつが――いや、代理人(ウォルター)がか?」

《ああ。……捕虜は一名だが、我々にとって無視し得ない重要人物だ。……戦闘の経緯もこちらに非がある。身代金の支払い自体も、既に鹵獲されているACの譲渡で打診された。……破格の条件だと理解している》

「……ああ、なるほど。……その()()()()が勝手にレイヴンに喧嘩を売って、負けて、中身だけは返してやろうと言われているわけか」

《……言葉を選ばなければ、そのとおりだ》

 

 苦渋よりも苦笑に近い反応だった。

 首を捻って返す。

 

「拒む理由はないが、よく分からないな。なぜ俺に声をかけた?」

《伏せる必要もないだろう、説明させてもらう。捕虜となったのは、帥父ドルマヤン――我々、ルビコン解放戦線の精神的指導者だ。……今回の件は、当然ながら内密に片付ける予定だった。だが、どこからか情報が漏れて……組織が混乱状態にある。罠ではないかという慎重派、重要なACを譲渡するなど論外だという強硬派、「帥父」を奪還することを最上とする原理派――こちらはさらにいくつかの主義に分かれる》

「なるほど。ようは、引き渡しの場で厄介事が起きる可能性を考えているわけか」

《その通りだ。……心苦しいが、貴方には、その場の重石となってもらいたい》

「重石扱いは今日二度目だ。そう簡単にいくか?」

《V.Ⅰとレイヴンが揃えば、生半(なまなか)な戦力では太刀打ちできない。それは周知のことだろう。十分な抑止力になってもらえるものと、期待している》

 

 真っ直ぐにもほどがある口振りに、腕を組んだ。

 この計画を考えたのは本人ではないだろうが、交渉役としては悪くない。特にレイヴン相手なら好相性だ。おそらく、そちらは既に了解を得ているのだろう。

 少し考えたが、まあ、いいタイミングだ。渡したいものがいくつか重なっているのだし、レイヴンと遊べる機会でもある。

 

「……そうだな、そろそろレイヴンとがっつりやりたかった頃合いだ。引き受けよう」

《やっ……!? いや、少し待ってくれ。荒事は困る。レイヴンに申し訳が立たない》

「安心しろ、いつものことだ。あとはレイヴンと話しておく」

《そ、それなら……いい、のだろうか……? ……よく、彼女と話し合って欲しい》

「ああ」

 

 色々と言いたいことを遠慮した風な言葉に頷き、そのままレイヴンに連絡を取った。

 いつもより長く、予想よりは短い、そんな変わった間合いでの応答があった。

 聞こえてきたのは、げっそりとした声だった。

 

《ああ……そっか、アーシルから連絡があったんだった……。話は聞いた?》

「引き受けることにした。……どうした? 声が死にそうだが」

《……精神的に摩耗してる……。連絡ありがとう、ちょっと行き詰まっていたから、気分転換になるわ。本当に》

 

 不思議に思いながら首を捻った。かつてここまで歓迎されたことがあっただろうか。エアと口論になっていたときでもこれほどではなかった。

 なんとなく、頭を抱えていそうな雰囲気のまま、レイヴンが口を開いた。

 

《……自己陶酔が強いポエムの解読が得意な人、誰か、知らない……?》

「またえらく妙なものを要求してきたな」

《できれば抽象的な表現を具体化して時系列順に整理してくれると嬉しい。……いや、だめだってわかってる、アーキバスには回さないけど、結構重要っぽい情報だから回さないけど……。でも本当、本当に、読み進めるのがしんどくて……!》

 

 内容が矛盾だらけで支離滅裂だ。

 これはよほど参っている。少し考えて、あえて淡々と言った。

 

「わかった。整理しろ、レイヴン。お前が解読したいその情報の中で、俺に渡せないものはあると思うか?」

 

 少しの間、沈黙が返った。

 冷静さを取り戻す手助けにはなったようだ。

 

《……たぶん、ないわ。私を直接(おびや)かす内容は》

「わかってるじゃないか」

《あ……》

 

 わざとらしい咳払いが聞こえる。随分とこちらの好意を自覚してきたようだ。

 うろたえて視線を泳がせる様子が目に浮かぶ。笑うのを堪えて反応を待つと、思ったよりも早く立て直してきた。

 

《……随筆データから、情報の精査を行っているところなの。苦戦してる》

「随筆? コーラル絡みか。執筆者は?」

《サム・ドルマヤン。……今捕虜にしているドーザーで、解放戦線の……ええと、創立者じゃないのよね? 「帥父」以外に何て言うの?》

「こちらの情報では『総司令』らしいが」

《あれが?》

 

 あからさまに怪訝そうな反応だった。というよりも、ほとんど悪口のニュアンスだ。レイヴンにはめずらしい。

 

「実際の指揮はやってなさそうだが。そこまでか?」

《ドーザーの行き着く末って感じね。……ラミーさんをあのまま放っておいて大丈夫なのか、不安になるレベル》

「無理だろ、本人にやめる気がない」

《……そうよね……。とにかく、ちょっと色々あって捕虜にしたの。情報を引き出したくて。ウォルターも協力してくれたし、エアも色々と試してくれたんだけど……難しかったわ。多分、この人の機体にあった記録の方が、まだ情報としての価値が高そう》

「そうだろうな」

 

 元から正気でない相手からまともな情報を引き出すのは困難だ。それが尋問であれ、拷問であれ。

 だからこその捕虜引き渡しなのかと、納得が行った。利用価値がないと踏んだのだろう。

 

「で、解読に苦労していると」

《そう、もう“解読”なのよ……! 現代英語なのに本当意味が分からない、5W1Hしっかり書いてくれない!? 曖昧模糊で詩っぽいのかと思えば韻を踏んでいないし、場面が飛び飛びで取り留めがないし時系列も行ったり来たりでとにかく説明不足で、なのにやたら文章量は多くて、なんだかもう、色んな意味でストレスが……! 日記の方が時系列しっかりしてるだけましだった……!》

 

 これは本当に、かなりきている。

 そういえば、こんな愚痴らしい愚痴を聞くのは前回含めて初めてかもしれない。良くも悪くも以前の彼女は淡々と仕事をこなすばかりで、ままならない何かに憤慨していることなどそうそうなかった。

 近くにいたら撫で回せたし抵抗されなかっただろうと思うと、もったいないことをした気分だ。

 

「それこそチャット系のAIに処理させたらどうだ? ある程度の要約と情報整理はできるだろう」

《……データを入れてしまうのが、ちょっとためらわれて……》

保存拒否(オプトアウト)を設定すればいい」

《意見として聞きたいんだけど、信用できると思う?》

「半々だな」

《半々か……。いよいよ限界になったら使うわ。ありがとう》

 

 レイヴンが深々とため息を吐く。

 サーバーを経由するインプットデータが確実に保存されていないかどうかを調べるのは難しい。エアはかなりサイバー戦能力が高いとの話だったが、それでも容易ではないだろう。

 ふと、そのエアが、まだ一言も発していないことに気づいた。

 

「そういえば、エアはそこにいるか?」

《え?》

《えっ? ……あっ、います……。……何か、ご用ですか? フロイト》

「いや、いるのかいないのかを確認しただけだ」

《……そ、そうですか。……ええと……私は、席を、外すべきでしょうか》

 

 やたらとぎくしゃくしている。どうしたのかと首を傾げた。

 

「どちらでもいい。好きにしろ」

《ええっ!? ……でも、あのっ……レ、レイヴン! 相談、相談をさせてくださいー!》

《まず落ち着いて、エア。スピーカーから切り替えて。……フロイト、少し待っててくれる?》

 

 レイヴンが苦笑気味に言い、音声をオフにした。

 待ったのは1分ほどだっただろうか。戻ってきたのはレイヴンだけだった。

 

《今日はもう休むって。だいぶ混乱していたわ。無理もないけど》

「よくわからないな。どうしたんだ?」

《……貴方に嫌われているんじゃないかって言っていたから、びっくりしたのよ》

「特に嫌ってはいない」

《まあ、貴方はそうよね》

 

 含みのある言い方だった。どこかやわらかな声に、少しばかりからかうような響きがある。

 何をからかわれているのか本気でわからなくて、ますます首を捻った。

 

「嫌ってはいないぞ、本当に」

《はいはい。ちゃんと言っておくわ、“ただし書き”付きでね》

 

 嫌ってはいない。最悪の場合はコーラルを焼滅させると決めてはいるが。

 レイヴンの言う「ただし書き」の部分がそれだと気づいて、そういうことかと納得した。さすがに燃やされるとまで確信は持っていないだろうが、敵対姿勢は示したあとだ。

 へろへろになっていたレイヴンがすっかりいつもの調子に戻ってきたので、この無駄話にも意味があったのだろう。

 

「お前も落ち着いたか?」

《……ごめん。だんだん恥ずかしくなってきた……取り乱しすぎ……》

「わりと面白かった。体調は悪くなさそうだな」

《まあ、それなりに。今回はちゃんと付き合うわ。他に戦闘も起きないだろうし、装備をかなり変えてみるつもり》

 

 勢いよく身を起こした。

 

「めっ……ちゃくちゃ、楽しみだ! 待ち切れない!」

 

 今回はがっつりしっかり遊んでくれるということだ。ここのところ色々面倒が多かったところへのサプライズで、一息に気分が昂揚した。

 人一倍丈夫なはずの心臓が頻拍まがいの早鐘を打っている。そのまま勢い込んで言った。

 

「もし襲撃があったら俺がどうにでもする。絶対に。だから全力で趣味に走ってくれ」

《了解。楽しませられるよう頑張るわね》

「期待するぞ。まあ、お前とやるのはいつでも楽しいんだが」

 

 ふふ、とレイヴンが笑い声を転がせる。以前よりもよく聞くようになった笑い方だが、ちょっと久々に思えた。

 こんなに肩の力を抜いているのも久々だ。最近の諸々を忘れているわけではないだろうが、もしかしたら黒歴史ノートに苦戦させられたせいだろうか。だったらまだ見ぬ解放戦線のトップに感謝したい。

 いざとなればの話はさておき、慎重にさせるために釘を刺しておきたかっただけで、敵に回りたいわけではないのだ。

 

「……まいった。顔が見たくなってきた」

《え》

「あれだな、欲が出る。正直また連絡拒否されるかと思ってたのにこれだぞ。サービスが良すぎる。罠か?」

《罠って……》

「今までのパターンと違いすぎる。いや罠でもいいんだが。めちゃくちゃ嬉しいからいいんだが」

《あの、待って、ちょっと止まって。……どうしたの、何か変なものでも食べた?》

「夕飯は普通にレーションだった」

 

 妙な会話だ。

 「ああ」だの「うう」だの唸ったレイヴンが、大きく深呼吸をして切り出した。

 

《なにこれむず痒い……いえ、ええと、まず、前に怒ったケースと今回のケースが違う理由の説明を……》

「助かる。そこから始める辺りがお前だよな」

《……それはともかく! ……今回のこれは、まあ極端ではあるけど……私が心配を掛けたからだし、危機感を覚えさせてしまったせいだってことは、わかってる、から》

「その辺を理解してるなら前進だな」

《……それはそれとして貴方の言うことを聞くかどうかは別だし、勝手なこと言ってるし押しつけがましいなとは思うけど》

「待て。いきなりそこまで叩き落とすな」

《……敵対したいわけじゃないのよ。だから、ぎりぎりまで見守って欲しい》

「……その言い方は(ずる)くないか?」

《わかって言ってるもの。……だめ?》

()び方があからさますぎるな。もう少しやる気を見せてくれ」

《……いいよって言ってくれたら近接武器2個で行く》

「いいぞわかった任せろ」

 

 反射で答えてしまった。してやったりとばかりレイヴンが笑う。

 

《追加の勝利報酬50万COAM、今回は払って貰うんだから》

 

 

 

 そんなたまらない煽り具合を見せたレイヴンの武装は、パイルバンカーとチェーンソーの二本立てだった。

 ミサイルとリニアライフルの安定した削り能力を捨てて特化してきたのだ。フレームまで近接補正の高いBASHOに切り替えてきた辺りに本気を窺わせる。

 

 呆気にとられる解放戦線の面々をよそに展開された攻防は、実に、言葉に言い表しがたいほど最高に、緊迫して心地よかった。

 

 言ってしまえば惚れ直した。火力の高さと、それを完全に生かし切るセンスに。エアのサポートも功を奏しているのだろうか。前回より多少技量は落ちても、嗅覚は上を行っているかもしれない。うっかりすると撃墜されかねないほどの脅威だった。

 つくづく他で味わえそうにないのが残念なところだ。MTどころか並のACならリペアを使う間もなく瞬殺されてしまう。今のレイヴンは、なかなかこんな選択はできないだろう。だからこそ特別感がすごくて盛り上がってしまったわけなのだが。

 

 あまりの楽しさに、こんな時間がずっと続くならいいと思った。

 残念ながらこの場所がISB2262 ルビコン3である以上、それは確実に無理な話だ。ウォッチポイント・アルファの入り口が開けばレイヴンと遊ぶ機会はほとんどなくなるだろうし、もし入り口を閉ざしたままでも、コーラルによって生態系が破綻する。立ち止まらずに進むしかない。

 

 とてつもなく満足して進駐拠点に戻ったところ、ひとつの作戦が決定したと連絡が入った。

 

 惑星封鎖機構が占領する、バートラム旧宇宙港襲撃。

 ――アイスワーム起動の契機となった作戦が、間近に迫ろうとしていた。

 

 

 

 

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