真人間には向かないプラン   作:ikos

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「ここすき」機能って特徴的でいいですよね、ハーメルン独自なのかな?
ときどき予想外なことがあって面白いです、ありがとうございます。




IA-02起動

 

 

 ごねにごねた成果か、スネイルは作戦当日に別任務を入れてはこなかった。サボる代わりに近郊基地での仕事を自分で見つけてきたところ、なんとも言えない顔をされたくらいだ。

 ()()の理由は至極単純だ。進駐拠点から旧宇宙港までは距離がある。レイヴンの仕事の終わり際にしっかり間に合わせるには、最初から近くにいればいい。

 “アーキバスが依頼した仕事には、終わるまで介入しない”――それがウォルターとの約束だった。レイヴンの評価を不当に落とすことになる、と苦々しく(さと)されて、それもそうかと納得したためだ。結果(口実とはいえ)真面目に仕事に取り組んでいるのだから、褒めてもらっても良いと思う。

 

 仕事自体はあっさりと終わった。背任が確認された基地副司令の身柄拘束と証拠保全だ。主に働いたのは監察部門の社員で、自分(V.Ⅰ)の役割は、要するに威圧と引率だった。

 

 くだんの副司令はベイラムと内通していたという話だが、実際、今の自分も同じようなものだ。金と女、ありきたりな動機は五十歩百歩。オーバーシアーの目的を考えると、こちらのほうがより悪質かもしれない。

 もし明るみに出た上で切り捨てられることになった場合、取り押さえの役割を担うのは誰だろう。やはり無難にスネイル辺りか。

 呑気にそんなことを考えていると、暗号通信が入った。

 

《V.Ⅰ、バートラム旧宇宙港攻略の進行状況をご報告いたします》

「ああ、助かる。こちらもそろそろ動けそうだ」

 

 レイヴンは無事に強襲艦を片付けたようだ。増援に対応中とのことなので、今から行けばちょうどいい頃合いだろう。

 

 実際、今日は遊ぶ時間がないだろうなとは思っている。

 試作品のパルスシールドランスを一応持ってきてはいるのだが、タイムスケジュールが難しい。多分、前回と同じように惑星封鎖機構が技研の大蚯蚓(アイスワーム)を起動させるはずだ。そうなると色々状況が変わるので、ウォルターがレイヴンを引き上げさせるだろう。

 増援を手早く片付ければアイスワームの呼び出し自体は妨害できるかもしれないが、もちろんそんなつもりはない。ベイラムとの共同作戦なんて面白そうなもの、今回はなんとしても参加したいに決まっている。もし作戦から外されても勝手に行くつもりだ。

 

 到着したバートラム旧宇宙港では、破壊された強襲艦があちこちで煙を上げていた。

 散々な光景だが、おそらく、死人は見た目ほど多くない。事前にレイヴンから相談を受けて、強襲艦のどこを狙えば()()()()()()()()()()()()()()()()()、どの程度の破壊力が必要なのかを検討していた。元になったのは前回のレイヴンが作ったレポートと、鹵獲後に作成された図面データだ。

 ――まあ問題は、這々の体で逃れたそれなりの人数が、どうやって味方と合流するかという点だろうが。

 

 航空機が離着陸できる程度に広い施設だ。レイヴンは近くにはいないようで、レーダー反応がない。

 音響センサー反応を探してうろついているうち、通信を拾った。

 

《――…ら、意味があるとは思えないな。実に身勝手な自己満足だ》

《そうね》

 

 カメラに青いレーザー光が映った。戦闘中のようだ。

 HCの突進を危なげなく避けたレイヴンのAC(ノーデンス)が、飛び込むと同時にパルスブレードを閃かせて背後のスラスターを削る。バックブーストで距離を取りながら、追加のリニアライフルで完全に破壊した。

 呼応するようにスティールヘイズが飛び込み、レーザースライサーで斬り込んでいく。その照準は、明らかにコクピットへ向いていた。

 獲物の奪い合いだな、と意外に思った。

 撃墜するのが先か、無力化するのが先か。そういう争いだ。

 

《だからお断りしたの。人と組むのは気が進まない》

《それはすまない、こちらにも事情があってね》

《そう、どうぞご随意に。私の()()を他人に強要する気はないから》

《飛び抜けた技量があってこそ言える台詞だ。……レイヴン、君は何を望んでいる?》

《大したことじゃないわ。貴方に話す義理もないわね》

 

 HCの射撃を一つ一つ冷静に躱しながら、ひたすらに推進器を狙って攻撃を加えていく。

 すっかり慣れた手際だ。

 仕事が終わるまでは待つかとカメラをいじっているうち、ラスティが囁くような声で言った。

 

《つれない女性(ひと)だ。私は、君に大いに興味があるのだが――》

《あいにく気の多い方じゃないの。口説いても無駄よ》

《……なるほど。フロイトはそれなりに成果を上げていたようだ》

《からかわないで》

《からかってなどいないさ。むしろ、喜ばしく思っている》

 

 うそぶく声に妙な苛立ちを覚えた。

 一呼吸を終えてその正体に気付く。――演技だ。何かを押し隠して、馴れ馴れしさを装って何かを探ろうとしている。とっさに撃ち落としたくなったほどだ。

 警戒心の強いレイヴンがそれに気付かないわけがない。感じ入った様子や動揺は欠片もなく、いかにもいやそうな声で応じた。

 

《……貴方、意外に面倒な人ね?》

 

 生産性のない会話をしながらも、的確にHCの機動能力をそぎ落としていく。傍受するコクピットの声は悲鳴じみたものになっていたが、レイヴンがそれを意に介する様子はなかった。

 アンバランスだ。――多分、今の彼女もまた、前と同じように、とうの昔にこの稼業に慣れてしまっている。苦さは「苦さ」でしかない。精神を苛むような罪悪感ではない。本人が納得できる何らかの大義名分を与えれば、人を殺すことにも躊躇はなくなるのだろう。

 多分、その方が楽だ。

 そうさせたいのかどうかは、よくわからなかった。

 

 追い詰められたHCがパルスキャノンを乱射する。弧を描くように動いたノーデンスが地面を蹴った。上空を取って、至近距離からアサルトブーストを使う。

 連続して撃ち込まれた弾に関節部の装甲が割れた。リニアライフルのチャージを終え、右脚部の膝に穴を開ける。吹き飛びはしなかったもののだらりと垂れ下がり、スラスターが火を失った。

 これで右側の推進能力が全滅した。以降の機動は困難だ。

 

《――思った以上に、やるようだ……!》

 

 ラスティの声に、レイヴンは答えなかった。リニアライフルと肩のブレードを取り換え、強かに頭部へと叩きつける。カメラが破損した。

 火花を立てているHCの左腕を、三本指のマニピュレーターが掴んだ。蹴り飛ばすと同時に引き倒す。

 獰猛とさえ言える攻撃でありながら、流れるような、見事な手際だった。

 戦闘の終わりとみてか、着地したスティールヘイズが銃口を下ろした。

 

《……さすがだな、レイヴン。降参しよう。これ以上、食い下がるのは野暮というものだ》

《それはどうも。諦めてもらえたなら助かるわ》

 

 ここからHCが状況を覆すのはまず無理だ。

 立て続けに追い詰められたHCのパイロットが、苦痛の滲む声でコード78Eを送信した。

 まるで待ち構えてでもいたかのように、ものの数秒で「システム」がそれを受諾した。旧宇宙港の放送設備を使い、朗々と告げる。

 

 ――システムの判断を通達します。コード78Eを承認――

 ――惑星封鎖に対する脅威現出と見なし

 ――IA-02の起動を許可します

 

 空を仰いだラスティが、訝しげに口を開いた。

 

《……78、“E”?……ただの救援要請ではなさそうだが……》

《地中から高エネルギー反応……地中なのに、この速度……?》

「――技研の玩具だろう。面白いことになっているな」

 

 通信を繋いでブーストを噴かす。来ることがわかっていたからか、どちらも特に驚かなかった。

 

《フロイト――》

「敵は地中だ。高台に上がれ」

 

 ノーデンスが躊躇(ちゅうちょ)したように一度動きを止める。

 考えたことが大体わかったので、HC機体の傍らに降り立った。

 

「さすがにこの重量を持ち上げるのは骨だろうな。手を貸そう、レイヴン」

《お見通しね。助かるわ、ありがとう》

「気が向いただけだ。大した手間でもない」

 

 V.Ⅳがじっとこちらを見ているのは分かっていたが、何も言わなかったので放っておいた。

 そう間を置かず、技研の遺産が旧宇宙港に到達した。

 激しい轟音と地響きを伴い、馬鹿げたサイズの大蚯蚓(オオミミズ)が地面を捏ねくり回して暴れまわる。それこそ蚯蚓のように視力がないのか、こちらを捕捉せずに範囲を耕すばかりだ。

 V.Ⅳが、この男にはめずらしいほど狼狽えた声を上げた。

 

《なんだ、この化け物は……!?》

 

 空港設備が紙屑のように吹き飛ばされていく。ACでもぶつかればスクラップになりそうなほど運動エネルギーは高いが、兵器かと言うと首を傾げたくなる様子だ。

 そういえば、前に見た映像では、コーラル性の追尾ミサイルを撃っていたような気がする。

 攻撃範囲内に入ると挙動が変わるのか、それとも設定された目標によるものか。

 レイヴンが呆れ気味に呟いた。

 

《やけっぱちにもほどが……味方まで巻き込むんじゃないの? 退避が終わってるわけでもないのに……》

「ちょっかいを出してみるか。かなり固そうだが、どの程度攻撃が通るのか興味がある」

《付き合うわ。たぶん頭っぽい先端が弱点?》

 

 即断したレイヴンに、ウォルターが焦燥を(にじ)ませて声を上げた。

 

《待て。621、V.Ⅰ――そいつに通常の攻撃は効かない。闇雲に手出しするな》

「そう言うな。追加の依頼だ、ウォルター。この大型破壊兵器の脅威測定をしたい」

《……危険だ》

「仕事はレイヴンに選ばせるんだろう? 報酬は弾む」

 

 この程度に沈められるような腕ではないだろう。動きはそう複雑ではない。轢かれないように気をつけながら最端部を殴るだけだ。

 ウォルターが苦り切った様子で言った。

 

《……油断はするな、621。消耗は少ないとはいえ、あれだけの数を相手にした後だ。……こんな場所で足を止めるわけにはいかない。お前の仕事はここからだということは、頭に入れておけ》

《了解。わかってるわ、御主人様(My Godship)

「……おい待て、何だその呼び方」

《ただの軽口じゃない。それで、どこを狙ってみる? 頭?》

「軽口でもモヤつく。……とりあえずそれだな」

《じゃあ、ひとつやりましょうか》

 

 準備運動のような口調でのたまう。

 様子を窺っていたラスティが、ため息まじりに言った。

 

《そんな軽い乗りで向かう相手ではないと思うが……君たちの酔狂は、実に極まっているな……》

「伊達や酔狂で乗ってるからな、ACに」

《なるほど。つける薬がないとはこのことか》

《待って。私を一緒にしないで》

 

 先ほどは適当に誤魔化したが、実際のところは当然知っている。有効打になるのは採掘ドリルの集まった頭部だけだ。

 ウォルターの言葉通り、全身を覆ったリアクティブシールドを叩き割るには、通常のAC用兵器では足りないということもわかっている。言葉通りにただの興味だ。プライマリくらいは行けるのではないだろうか。

 スティールヘイズが前に出た。

 

《私だけ観戦者でいるのも気が引ける。手伝おう》

「別に必要はないが、仲間はずれは(いや)か」

《……そうだな。そう思ってもらって差し(つか)えない》

 

 笑みを含んだその声に、レイヴンが肩をすくめるように言った。

 

《口調が大違いね。貴方、そのほうがいいと思うわよ》

《さて、コメントは控えておくとしよう》

「警戒しておけ、レイヴン。こいつは一回しくじって女に刺されている」

《やっぱり?》

《……始めようか! 一番手は私が務めよう!》

 

 どうにも肩の力が抜けた状態で、3機のACが暴れる大蚯蚓へとブースターを噴かせた。

 集中がものをいう仕事だ。誘導ミサイルは使わない方がいいという認識は口にするまでもなく共有していた。

 近づいて一度降り立つ。まるで地震だ。コクピットまで伝わる振動と轟音、かき混ぜられていく土壌に、案外、もとは耕耘機だったのではないかと連想した。さすがに無理があるかもしれない。

 

 前へ回り込んだスティールヘイズがレーザースライサーを閃かせる。その機体からわずかにずらして、アイスワームの頭部へリニアライフルを撃ち込んだ。手応えは浅い。

 かなりギリギリだったためか、レイヴンが思わずと言った様子で、「えっ」とこぼしていた。

 

「大丈夫だ。一発くらい当たっても死なない」

《貴方の腕は信用している、V.Ⅰ。当てたときはわざとだろうな》

《……当てちゃって、本命を避けそこねたらって思うと、ちょっと……。……慎重にやるわ》

 

 困惑していたくせに、やるらしい。レイヴンらしさに笑ってしまった。

 ノーデンスが地上を駆けてアイスワームの行く先を押さえる。ぐねぐねと蠕動運動を繰り返す蚯蚓機械の頭部を下から捉え、アサルトブーストで接近してパルスブレードを叩き込んだ。間合いもタイミングも完璧だ。

 その背後からリニアライフルの引き金を引く。それこそ信用か、特に反応はなかった。

 ノーデンスがバックブーストで離れるのと入れ替わりに、スティールヘイズが射撃を試みた。離脱を待ったのは誤射の心配からではなく、信頼関係のなさからくる配慮だろう。

 アイスワームが再び地面に潜る。地面を滑りながら顔を出すのを待った。

 シールドが減衰した影響か、今度はなかなか顔を出さなかった。

 

「悪くない。行けそうだな、数値はそうでもないが、シールド反応に変化がある」

 

 暇つぶしに軽口を叩くと、ウォルターから叱責が飛んだ。

 

《粗放に陥るな、V.Ⅰ。そいつのシールドは二重に展開されている。プライマリシールドを破っても、まだ本命のセカンダリシールドが残されている》

「どのくらいの強度だ? 丸一日かかるとなると、さすがに無理か」

《それ以前に、プライマリシールドは再展開される。所要時間も長くはない……現状での打破は不可能だ》

「それは残念だ。しかし詳しいな、ウォルター。喋りすぎていないか?」

《喋らせた原因がどの口で言っている。俺たちが付き合えるのは、一度目のプライマリシールド破壊までだ。……いいな、621》

《了解》

《こちらもだ、首席隊長殿。実は先程から、お怒りの撤収指示が何度も入っている》

「そうか」

 

 仕方がない。そろそろ片付けどきだ。

 動きとタイミングも把握できた頃合いだ。アイスワームが地上に顔を覗かせるのを待ち構え、シールドランスを展開する。形態変化に2秒。やはり少し遅い。アイスワームが飛び出し、リニアライフルへ切り替えたノーデンスが攻撃を差し込む。

 さらに2秒で出力を限界まで上げ、上空から、叩き落とすように殴りつけた。

 ランスというよりハンマーだ。烈しいパルスの干渉にシールドが割れた。

 

《プライマリシールドの消失を確認。……通常兵器であっても、打破が可能だとは……》

 

 アイスワームがここにきて初めて怯むような様子を見せ、身もだえするように地中へと逃れる。そして――地中に潜ったまま、その動きを止めた。

 

《何だ……?》

 

 口にしたのはラスティだったが、誰もが似たような心境だったはずだ。

 やがて、アイスワームが再び動き始める。無軌道な動きではなく、まっすぐに目標に向かう動きだ。

 技研製の巨大兵器は現れたときと同じように、唐突に、去っていった。

 その行動自体は前回と同じだ。だが、惑星封鎖機構の指令を放棄してウォッチポイント入口の防衛にシフトした理由は、前回も不明なままだった。もしあのとき戦闘を継続し、レイヴンとラスティが墜とされていたとしたら――そこまで行かずとも、ACを破損させていたら。状況は色々と変わっていたかもしれない。

 ウォルターが深々と息を吐いた。

 

《……封鎖機構が……技研の遺産を抱えていたとはな。想定外だ。……今日は、これ以上の仕事は断らせてもらう。速やかに帰還しろ、621》

《……ウォルター、ちょっとだけでも駄目? フロイトのあれ、すごく気にな》

《戻れ》

《……了解》

 

 言い終える前に命じてきた。これは駄目だな、となんとなく機体のカメラを向け合う。

 未練ではあったが、まあ、予想通りだ。一緒に遊べただけ御の字だった。

 

「安心しろ、次も持っていく。たまにはお前もお預けを食らっておけ」

《言い方……》

 

 唇を尖らせたような声で言い、レイヴンが離脱していく。

 当初の作戦予定地とは異なる場所だ。勝手に戻ってもいいのだがそうする理由もない。迎えが来るまでは暇になる。

 改めて眺めると、旧宇宙港の破壊状況はなかなかのものだった。主要設備こそ無事のようだが、強襲艦の動力炉による汚染もひどい。使えるようにするには相応の労力が必要だろう。

 

 大した損傷もないスティールヘイズが隣に立った。

 多分、面白い会話ではないのだろうなと予測した。

 

《V.Ⅰ。貴方は――》

 

 その言葉が終わる前に、アーキバスの輸送機の音が耳に入った。随分と早い。どうやらスネイルが気を回していたようだ。

 

「話は後だ、V.Ⅳ。言いたいことがあればそのときに聞く」

《……ああ、そうだな……》

 

 空が夕焼けを抜け、宵の色に染まっていた。

 コーラルの見えない今の自分には、地球とそう変わりない美しいグラデーションに過ぎない。

 そういえば、それも気に入らなかったな、と思い出した。だからこそ前回、カーマン・ラインより上層に位置した最終決戦の場所が、(しつら)えたように美しい舞台だと感じたのだった。

 この空を染めるものの正体をどうするつもりなのか、レイヴンはその回答を出したのだろうか。……それともまだ、迷っている段階だろうか。

 その身が危うくならない限り、口出しをする気も、止める気もさらさらない。

 ただ――選択に揺らいでいる様子だけが、少し気になった。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 いつもの通り、呼びつけられたデブリーフィングを当然のように無視して、通信機の電源を落とす。さてどこに雲隠れするかと考え、今日は礼拝所に潜り込むことにした。

 簡潔の限りではあるが一応報告書は送ってある。処理の体裁は整うだろう。

 いちいちスネイルの小言に付き合うのは時間の無駄だ。何より面倒くさい。

 

 あえてどの宗教にも対応できるよう作られた簡素な合同設備において、本日執り行われていたのは説教(サーモン)のようだった。よくわからない言語で、よくわからない宗教宗派の話が進行していく。参加している隊員は熱心に聞いていて、こちらを気にする様子を見せたのはほんの数名だった。

 宗教要員(チャプレン)はカウンセラーとしての側面も強い。いるといないとで軍事組織の安定感が段違いだというのは通説で、アーキバスも他社と同様、主だった宗教の聖職者を雇用していた。

 不思議なことに、こんな時代のこんな稼業にあっても、信仰を持たない人間のほうが少数派なのだ。

 参列者席の最奥で居眠りをしたり端末をいじっているうち、説教のほぼ終わり間際に、扉が開いた。

 足音がまっすぐにこちらへ近づいてくる。規則的で、きびきびした足取りだ。面倒になりながら視線を上げた。

 

「スネイルの説教は終わったか?」

「あれを『説教』というには、少々異を唱えたいな。あれはほぼ彼の自己満足だろう」

「確かにな」

 

 V.Ⅳ ラスティは特に笑うでもなく、少し離れた場所へ腰を下ろした。

 スネイルのあれは、いっそのこと趣味なのではないかと疑っている。時間の無駄を嫌うわりに、こういうことに惜しみなく時間を費やすところは心底謎だ。何か考えはあるのだろうが、それは他の諸々を越えるほどの利益をもたらしているのだろうか。

 

 ヴェスパーの隊長二人が普段は来ない場所で居並んでいるせいか、列席者は怪訝そうな視線を向けながらも、早々にこの場を後にした。主催者のチャプレンだけが苦笑に近い顔を見せ、こちらに声をかけてくる。説教とは異なり、聞き取りやすい英語だった。

 

「私はオフィスにおりますので、後ほどお声がけいただけますか」

「ああ」

 

 片手を上げて感謝を示す。

 人間二人分の距離を開けて隣に座った色男は、両手を膝の間で組み合わせて沈黙していた。この男こそ愛想良く返すところだろうにと、その面倒さを予感しながら目をやった。

 

「……貴方に聞きたいことがある、フロイト」

 

 視線を前に向けたまま言う。

 憂いがあるというのか、いつも通り苛つくほど端正な横顔だ。

 いつも浮かべている爽やかな(嘘くさい)笑みは、そこにはなかった。

 

「“レイヴン”のことを、貴方は真実理解していると思うか」

「どうだろうな。予想外なところも多い。今だと、まあ半々か?」

「彼女は……甘い理想家なのだろうか、それとも功利主義者なのか? どうにも理解に苦しむ。場当たり的に死者を減らし、その場で命を繋いだところで、それが何になるというんだ。生き延びて捕虜になれば、それ以上の苦痛を増やすかもしれないというのに……あえてそこにこだわるだけの、背景が見えない」

「本人に聞け」

「直接連絡を取っていいとの許可かな、首席隊長殿」

 

 思わず顔をしかめた。ため息交じりに足を組む。

 見上げた天井にはご大層なフレスコ画があるわけでもなく、殺風景な格子模様が描かれていた。

 

「……今のあいつは、多分、人を殺すことはそこまで無理じゃない」

「ならば、何故だ?」

「さあな。他に理由があるんじゃないか」

「……貴方は、そこに興味はないのだろうか。これほどの無茶を続けることを、なぜ許容しているんだ? 無意味だとは思わないのか」

「そう思いたいのはお前の方だろう」

 

 面倒になって、そろそろ会話を打ち切ろうかと考えた。

 何を探りたいのかは知らないが、この男がレイヴンの真意などを知って何になるというのだろう。

 実際、そこまで興味がないのだ。やりたいならやればいいと背中を押したところで、そこにどんなイデオロギーがあるのかはわりとどうでもいい。その力があるのだから好きにすればいいというだけだ。

 やめるのでも、続けるのでも。思うようにすればいい。

 それでも、なんとなく予想できる部分はある。

 

「あいつ、人間フリークなんだよな」

「……なんだって?」

「人間が好きなんだと。家族だの恋人だの友人だのが思いあうのを好んでいる。自分はちっともうまくやれていないのにな」

「……悲しむ人がいる、か。……その辺りが動機だと?」

「知らん。ただの感想だ」

 

 投げやりな返事に、ラスティが浅く息を吐いた。

 そのまま沈黙が落ちる。

 席を立つよりは長くなく、大人しく続きを待つには長かった。

 

「レイヴンがもつ本質的な危うさに、貴方は気づいているはずだ。……止められるのは貴方くらいだということも」

「そうだな」

「それでも、止めるつもりはないのか」

 

 妙な質問だ。意図が分からず、首を捻りながら答えた。

 

「危なくなれば普通に止める。あいつを死なせるつもりはないからな」

 

 ラスティの目に険がのぞいた。ほんの僅かな変化は、目蓋を伏せることで隠された。

 そのまま、諦念のようなため息を落とす。

 

「……貴方にとっての『危うさ』は、そこだけということか……」

「そこだけだな。一貫しているだろう?」

「確かに、貴方らしいといえば貴方らしい話だ」

 

 そういえば先日、オキーフから例の第1世代を倒せる戦力を訊ねられた。あの中で、オキーフが動かせそうなのはV.Ⅳくらいだ。

 どうやらルートができたらしい。場合によっては敵対するだろうか。

 前回は結局、本気のこの男と戦うことはできなかった。今のスティールヘイズでも新型機でもいい、もし全力で戦えるなら、それは楽しみ以外の何でもない。

 

「お前はお前で好きにすればいい、V.Ⅳ。俺の敵になるも、レイヴンの敵になるも。お前の自由だ」

「……私が彼女を墜としても構わないと?」

「あいつは墜ちない。俺以外には負けない」

 

 く、と笑い声のような音が漏れた。

 張り詰めた空気に少しばかりの気安さを混ぜ、Ⅳのエンブレムを付けた男が椅子の背にもたれ掛かる。

 

「言ってくれるものだ。惚れた欲目が入っているのではないかな」

「それはあるが、お前もだ。一度くらい本気を見せてみろ」

「心外だな、首席隊長殿。私はいつでも最善を尽くしているつもりだ」

「よく言う。いつも絶妙に手を抜いておいて」

「お褒めのお言葉として受け取ろう」

 

 そろそろ頃合いだ。通信機の電源を入れて腰を上げた。

 手を出すななどと言うつもりはない。意味がないと分かっているからだ。もしもこの男が今のレイヴンより強かったとしても、レイヴンのことだ、死ぬ前には退くだろう。その辺りの勘や判断力は信用している。

 透徹した目が見上げてくる。どうやら、腹が決まったらしい。

 

「一応言っておくか。殺すなよ」

「努力しよう」

 

 

 

 

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