兆候はあった。それに気づかなかっただけだ。
雪が積もった日だった。冷え込みの強い外を、ヴェスパーの“新入り”が足をもつれさせるように走っていくのを見かけた。
その飛び抜けた長身と性別、ヴェスパーの隊服の組み合わせはとにかく目立つ。身元を聞かなくても「ああ、
再教育の影響か、それとも二日酔いか何かだろうか。尋常ではない様子だ。よろめいて壁に手をつき、苦しげにえずくと、そのまま除雪した雪の上に嘔吐する。
「アプト君……!」
腹を揺らしながら駆け寄ったのは、面倒を任せられたホーキンスだった。
咳き込みながら浅い呼吸を繰り返す部下の背を、一瞬迷ってから、ゆっくりとさすった。
「は、は……っ」
「落ち着いて。ゆっくり呼吸をするんだ」
「おち、つけとか……! 正気なんですかぁ!?」
女が声を荒らげてホーキンスの手を振り払った。
生理的なものか感情的なものか、涙に濡れた目が血走っている。痛みに声を引きつらせ、頭を押さえた。
「うぁ……私、私は……ちがう、だって……あ、あれ……?」
「……アプト君、駄目だよ。気持ちはわかる。でも、考えてはいけないんだ」
「そんな、良い人みたいな顔で……ッ! あな、たも、ド屑の……仲間ってことですか……!」
錯乱しているのか正気なのか、いまいち判断がつかない。再教育で刷り込まれた認識と自己意識に混乱をきたしているのだろう。
何かを探すようにホーキンスが顔を上げ、思い切り目が合った。
さすがにこれで立ち去るのもあれだ。手にしていた飲料水のボトルへ一度目を落とし、そちらへ足を向けた。無言でホーキンスに差し出すと、「ありがとう」と眉尻を下げて受け取った。
そのまま踵を返そうとしたとき、掠れた女の声が、突き刺すように追ってきた。
「……子ども、を。……あんな子どもを……あんな……最ッ低な、人を人とも思わない、実験材料に、するなんて……! 外道なんて言葉じゃ、収まらないですよう……!」
「は?」
呆気に取られ、思わずホーキンスを見た。複雑そうな表情を浮かべてホーキンスがうなずく。
この女が一方的な蹂躙を好む戦闘狂だというのは周知の話だ。先日の襲撃だけでも撃墜されたアーキバスのMTは21機、死者は19名に上る。軍人でなければ傭兵かシリアルキラーにでもなっていたのではないかという調子なのだが。
「……雑魚掃除が大好きなんじゃなかったか?」
「叛徒と、民間人の子どもをぉ! 一緒にしないでくれませんかあ!?」
「なるほど、そういうやつか」
異教徒は人にあらず、ならぬ、叛徒は人にあらず、というわけだ。正規軍の軍人の倫理観というやつだろう。敵対相手を悪魔化するのはめずらしい話ではない。
不思議に思って首を捻った。
「不法滞留者はPCAのいう『叛徒』に入らないのか?」
「本気で言ってますぅ!?」
「フロイト君、悪いんだけど、ちょっと口を閉じておいてもらえるかな」
婉曲な「黙ってろ」を投げつけて、ホーキンスが新人の腕を掴む。
女がとっさに振り払おうとするのを、低い声で制止した。
「アプト君。これ以上を口にしては駄目だ。君の立場は、まだ相当に危ういんだよ。わかるかい」
「……は……」
「何かを変えたいなら、今は耐えて、声を上げるべきじゃない」
「……は、ふはっ、あははっ……!」
上げた笑い声を急に押し殺し、その場にしゃがみ込んだかと思うと、両手で顔を覆い肩を震わせた。
無感動にその姿を見下ろす。縮こまった長身は、破裂しそうなものに思えた。
――まじまじと見られたいものでもないだろう。
後はホーキンスに任せて、今度こそ、その場を後にした。
ホーキンスが姿を見せたのは、それから30分ほど後のことだった。
ちょうど大豊のジェネレーター「LING-TAI」に合わせたアセンブリを換装し終えたタイミングで、少しばかり面倒に思いながら会話に応じた。
「……さっきは、巻き込んでしまって悪かったね。輜重担当として、MUM-T計画の機材導入でプレゼンを受けていたんだが……まさか、研究内容を詳細に話し出すとは思っていなくてねえ……。それがよりにもよっての内容だ。うかつだったよ」
「お前も知らなかったのか?」
「このタイミングだ、スネイルも慎重になっていたんだろう」
MUM-Tはあくまで無人機と有人機とのチームアップだ。AGIの開発チームを合流させたこと、ブレインシミュレータに人体実験を導入したことは、ごく一部の人間しか知らなかった。
ホーキンスが世話を任せられた新人を伴っていたのが、巡り合わせというものだったのだろう。
「……ひどいものだったよ。一度逃亡騒ぎがあったとかで、両足を切断されていた。……上層部が知れば、これ幸いと攻撃材料にするだろうに……短絡的すぎる。本当に、きちんと必要性を検討した上でのことなのか……」
「スネイルはそのつもりだろうな」
ホーキンスは
そのまま目を閉じ、強く目頭を押さえる。目蓋に焼き付いた像を、繰り返し取り出してでもいるかのようだった。
ブレインシミュレータは「人間の脳の動き」を再現するためのものだ。今回計画されたのは、強化人間に類似する電子化を行った脳にありとあらゆる仮想体験を与えてそのデータを取るという開発手法だった。
幸福や苦痛、恐怖や安堵。絶望、屈辱、怒り、焦燥、悲嘆――。自分自身の体験として絶え間なく流し込まれるエピソードは、人格を容易に崩壊させる。子守唄で寝かしつけられたと思えば火災の火と煙に巻かれて逃げ惑い苦しみ、気のない友人と馬鹿話をしていたと思えば狭く暗い場所に閉じ込められて永遠のような飢餓と恐怖を味わう。親に優しく抱きしめられて安堵したところへ、床に叩きつけられて罵られる。
序盤の一部を見ただけでほとんど拷問の域だ。実際、捕虜の再教育にも同じシステムが使われている。だが、こちらの方がより精神的負担が高いという話だ。方向性などなく、考え得る限りすべての状況を与えようとするものだからだろう。
「それで吐いたわけか。新人にはめずらしい話じゃないが――」
「……予想以上に、汚いものを見ずに生きてきた子のようだね。この時代のこの場所では……生きづらいだろうに」
ホーキンスが痛ましげに呟いた。
確かに、あの取り乱しようは意外だった。正規軍の軍人というのは、皆あれほどまでに正義感が強いものなのだろうか。
正気の危うい声を思い返し、肩を竦める。
「あれは、駄目だろうな」
「……スネイルにはしばらく伏せておいて欲しい。変わった子ではあるけど、根はいい子なんだ。どうにか折り合いをつけさせたい」
「そうか」
この男が部下から慕われるのはこういった情の深さによるのだろう。それは、同時に本人の足を引っ張る要素でもあったが。
自陣営の相当数を殺した相手だ。反発を覚える人間もいるだろうが、この男ならそれもうまく収めるのだろう。スネイルとは対極の人員管理手法だ。
特に意見するつもりもなかったので、もたれていた手摺りから身を起こした。
「フロイト君――」
呼びかけに足を止めて振り返ると、ホーキンスの表情にはどこか哀切めいたものがあった。
言おうとした何かを、しかし、飲み込むことにしたようだ。そのまま口を閉じて、ゆるく首を振った。
「……いや、なんでもないよ。忘れていい」
聞き返すべきなのではないかと、なぜか頭をよぎった。
足を止めた。確かに迷いがあった。――ただ、どうしてなのだか、理由がわからなかった。
- / - -
惑星封鎖機構の元上級尉官がその有能さと義烈をアーキバスに知らしめたのは、たった四日後のことだった。
第一報は午前9時30分、任務のある部隊が一通り出払った時機だった。
腹に響くような轟音が響いた。数分後に、実験棟で爆発が起きたようだとの情報が入った。その時点では誰もが、マッドたちが何かしくじったのだろう、と思っていた。火災が起きているということで、延焼を危ぶむ程度だった。
状況が変わったのは9時42分。進駐拠点の各所に強烈な電波障害が発生した。
明らかに人為的なものだった。
ここにきていよいよ敵勢力の攻撃を疑い始めたものの、情報は錯綜するばかりだ。
やがて人力で入った続報は、ヴェスパーの新人である「アプト」が研究員と保安要員を殺害し、実験体を奪って脱走したというものだった。
正直に言えば、驚いた。
立場の安定などを待つまでもない。再教育の洗脳的な縛りを抜け、すべてを捨てて、今まだ生き残っている命を救うことを選んだのだ。――並大抵ではない精神力だった。
ジャミング装置を抱えていれば脳深部に埋め込まれたデバイスへの自壊命令も届かないと踏んだか。思いついて、必要なものを取り揃え、最短かつ最大限の効果が得られるタイミングで実行する。狂人のような性格をしているくせに、実務能力と判断力のいい女だ。やはりACでも戦ってみたい。
スネイルから通信が入ったのは、2分後だった。
「追うか?」
開口一番に問うと、忌々しげなため息が落ちた。
《不要です。別の者を向かわせていますので》
「それなりに腕が立つぞ。適当な奴だと返り討ちに遭うんじゃないか」
《問題はありません。あれの自壊装置は、一定期間に特定の信号を受けなければ発動するよう設定されています。……まったく、この程度で企業を出し抜けるなどと……度し難い頭の悪さです。何を勘違いしたのやら、塵芥ほどの価値もない女が我々に損害を与えようとは。
「そうか」
《この私をこんなくだらない騒ぎで煩わせるなど、万死に値します。V.Ⅴは一体何をしていたのか……監督責任を問わなければなりませんね》
まあいいだのなんだの言っているわりに、かなり頭にきているようで、饒舌だ。
あの女は正規軍のパイロットで、おまけに士官だ。言動とは裏腹に座学もできる。当然、そのパターンも想定していたはずだ。
ACは搭乗者の意識喪失時に自動航行プログラムが作動する。そこに細工をして惑星封鎖機構のSG基地にでもたどり着くようにしていたなら、少なくとも、「実験体の子どもを救う」という目的自体は達成できる可能性がある。非常に低い可能性だが、ゼロではない。
おそろしく真っ当な目的だ。
そこにあるのは、己を投げ出して他者を救うという、不可解なほどに強い信念だった。
少しばかり同類だと思った存在だった。それが見せたあまりにも
ため息をついたのは、自分でも意外なことだった。
「状況は分かった。なら、何の用だ?」
《……混乱を長引かせるため、拠点内の各所に爆発物を仕掛けている可能性があります。特定の行動指針はありません。貴方はACに搭乗し、事態の収拾に当たってください》
「そうか。了解した」
ようは、脆弱な真人間を安全な場所に隔離しておこうという趣旨の指示だ。
返事をしてから、ハンガーではなく研究棟に足を向けた。
現場はまだ騒然としていた。化学薬品を使ったのか火災が長引き、今も黒煙が上がっている。死人は相当数に及ぶだろう。
人を殺して、人を救う。そこには特定個人が決めた命の軽重がある。
正しいのか正しくないのかはわからない。それを決めるのが誰なのかも。
ふと――
- / - -
離反者が
意外に思ったが、生きているのなら処分させるには惜しい。口を挟むために収容区画へ足を向けた。
期待はすぐに失望に変わった。
まだ死んでいない、というだけだ。心臓が動いているのが不思議な状態だった。脳損傷の程度が激しく、手術を行ったところで意識が回復する見込みはないと、見ただけでわかるほどに。
脳深部デバイスの自壊機能は、物理的な爆発で脳幹を中心に脳を破壊するものだ。損傷が外皮近くまで達しているのか、首周りが赤黒く染まっている。
スネイルが一度こちらを見たが、そのまま医療担当者に顔を戻した。
「処分は当然ですが、その前に尋問の必要性があります。それが可能なレベルの意識回復を目標に、修繕を行うように」
「……はっ……? し、しかし、脳幹を破壊されていては――」
「言い訳をする暇があれば動きなさい」
「……も、申し訳ありません!」
担当者が打たれたように目を開き、即座に手術室の空きを確認する。
外傷性脳損傷は生かすなら一刻を争うものだ。その気があるならなぜ医療棟ではなく収容区画に運んだのだという話だが、末端の構成員がそれを言える態度ではなかった。
慌ただしくスケジュールが組まれていくのを聞きながら、スネイルに訊ねた。
「ほとんど死体に見えたが。治るのか?」
「少なくともデータを取ることはできます。……あれが生きていることは想定外でした。自壊機能の見直しが必要だ。ああ、もちろん再教育プログラムも……。まったく、こんな不具合品を完成として出すとは……V.Ⅶにも、怠慢によって発生した損害のつけを支払ってもらわなければ」
最終的に配属辞令というゴーサインを出したのはスネイルだったはずだが、責任転嫁をしている自覚はないのだろう。蒼白になって嘆く
腕を組んで、なかば感心に近い気分でうなずいた。
「お前、つくづくクソ上司だな」
「……いきなり何の言いがかりです」
心外だとばかりに顔をしかめる辺り、本気で言いがかりや中傷だと思っているのだろう。
周囲の人間が真っ青になって硬直しているのが見えたので、とりあえず、それ以上続けるのはやめておいた。
ほとんどを機械に置き換えるような改造に近い手術の甲斐もなく、新人であり離反者である女が意識を取り戻すことはなかった。
処分――処刑は、
わざわざ人間用の拳銃を使わせたことに何の意味があったのかはわからない。監督責任者であった男への罰のつもりか、何らかの精神的な負荷を与えるためか、見せしめか、それともただの嫌がらせだったのか。
実験体は無事に惑星封鎖機構に保護されたようで、惑星封鎖機構から定型文のような人道についての批難声明が発せられた。
元々が人身売買で売り飛ばされた存在だ。親元に戻ることが正解だとはとても思えないが、惑星封鎖機構が皆あの調子でいるのなら、その辺りは慎重に検討するだろう。
おかしな女だった。
享楽的に見えながら、意外な部分に意外なほどの「まともさ」を持っていた。
レイヴンは、どう思うのだろう。あのあり方と、それが引き起こした顛末を。
賞賛するのか、軽蔑するのか、それともなにか別の感情を抱くのか。
――わからない。
わからない、と思ってしまったことに、飲み込みきれない何かを覚えた。
- / - -
レイヴンがV.Ⅸの席を埋めていた前回に比べ、アーキバスの保有戦力は落ちている。
その影響は大きく、惑星封鎖機構への打撃が少しばかり足りなかったようだ。以前には発生しなかった、バートラム旧宇宙港の奪還作戦が立てられているとの情報が入った。
先日の事件が尾を引き、アーキバス内もごたごたしている。スネイルはこの迎撃をレイヴンに依頼した。
さすがに単機で任せられるような仕事ではない。第5部隊のMT3個分隊をつけるという話だったので、特に口は挟まずにおいた。
だが、状況は想定を上回った。
惑星封鎖機構の艦隊が広域レーダーで確認されたのは、レイヴンが依頼を受諾して間もなくのことだった。情報の漏洩に気づかれたのか、どうやら計画を前倒ししたらしい。
間に合うかどうか、微妙なところだ。一応出撃の用意をしていたところ、さらに奇妙な情報が入った。
所属不明ACがアーキバスと惑星封鎖機構の戦闘に介入してきたというのだ。
一瞬、例の第一世代かと思ったが、ステルス機の随伴はないと聞いて首を捻った。両陣営に攻撃を仕掛けているとの話だが、酔狂な馬鹿もいたものだ。――面白い。
このままならレイヴンとぶつかるだろう。ロックスミスを出しながらレイヴンに通信を繋いだ。
「レイヴン、状況が変わった。所属不明ACが暴れているようだ」
《所属不明AC? ――まさか》
「そちらではなさそうだ。映像を送る」
目的も正体も不明だが、おそらくベイラムの差し金ではないだろう。漁夫の利を狙うと言うには無駄に派手だ。
暴挙に出るだけの腕は確かで、瞬く間に強襲艦を墜として地上のアーキバスMT部隊に突っ込ませたのを皮切りに、手当たり次第といった様子で動く機体を減らしていく。
まさに蹂躙だった。
現場指揮者がうろたえた声で一時撤退の許可を求めたが、スネイルはそれを認めなかった。悪手だ。旧宇宙港の放棄はできないとの判断だろうが、完全に混乱した状況で、ここから態勢を立て直せるとは思えない。
レイヴンが、悲鳴じみた守備隊の声を聞くなり低く呟いた。
《……急ぐわ》
「俺も向かっている。通信は繋いでおいてくれ」
《了解。カメラも送る》
即座に答えてきた。どうも、ウォルターに指示を仰がなかったようだ。これは相当頭にきている。
現地への到着はレイヴンの方が早かった。すでにアーキバスの手勢は全滅し、最後のLCがパイルバンカーに貫かれたところだった。
怒り心頭のスネイルが、レイヴンに不明機体の撃破を命じた。レイヴンは言葉みじかに応じて通信を切った。
どうも心証を損なったらしい。
ノーデンスのカメラが機体を正面から捉える。――この場にもたらした破壊の規模とは裏腹に、奇妙なほどに安っぽいACだった。フレームはほとんどがRaDの廉価モデルだ。
《――「レイヴン」、通信は聞こえてる?》
聞き慣れない女の声だった。エアでもウォルターでもない、親しげな態度からしてアーキバス側でもない。
その声は、詠うような調子で続けた。
《目標を確認したわ。あれが、貴方を
レイヴンが息を呑んだ。
同じく察しが付いたのだろう。独立傭兵Rb23、識別名「レイヴン」――そのライセンスの、本来の持ち主だ。
《……見せてもらいましょう。借り物の翼で、どこまで飛べるか》
敵機が加速する。アサルトブーストで迫りくるACへ、レイヴンがミサイルを放ちながら横に飛んだ。リニアライフルの照準を合わせ、二挺同時に撃ち込むことで迎撃する。
完全に当たる手応えだった。
敵機が急減速と急旋回を見せる。機体の
レイヴンの気配が変わる。どうやら、腹を括ったようだ。
女の声が、高らかに告げた。
《強化人間C4-621。「レイヴン」の名を返せとは言いません。ただ……貴方にその資格があるか、見極めさせてもらいます》
《返さなくていいなら助かるわ。やっと慣れてきたところなの》
《まあ。盗っ人猛々しいとはこのことね、「レイヴン」》
《返す言葉もないわ。譲渡の資格要件を教えてもらえる?》
レイヴンは素っ気なく応じながらリニアライフルを放った。一発目はブラフ、二発目で命中させる。
推進器ではなく、パイルバンカーを持つ左腕を狙っていた。
並大抵の相手ではないと判断したのだろう。手加減ができるような力量差がない。
《「レイヴン」とは意志の表象……。ふさわしいのは、選び戦う者だけです。C4-621、貴方は、はたして持ち合わせているのですか? ――それに見合う、
《どうかしら。それを確かめているところじゃないの?》
《ええ、まさにそのとおり。……企業の走狗か、それともハンドラーの猟犬か……今の貴方では、いずれにせよ、羽ばたくことはないでしょう》
《……今ちょっと、抽象的な物言いはお腹いっぱいなの。明確に定義してもらえないかしら》
無自覚に煽ったな、と笑みを噛み殺した。
どうやらまだ、解放戦線の老人の随筆に手を焼いているらしい。レイヴンが距離を取ってリニアライフルとミサイルで着実に装甲を削りながら、ため息交じりに続けた。
《意思の表象、ね……何かに縛られているのではだめだというのなら、貴方たちの言う「意思」って、「自由意志」のことなのかしら》
《……ええ。「レイヴン」は、誰よりも自由でなければならない。自由であることを示さなければならない……》
敵機がアサルトブーストで接近を試みる。レイヴンは手近なバリケードを進路に投げつけることで回避行動を強いて、距離を詰めさせずに射撃を続けた。
《自由でなくても自由意志は存在するわ。たしかに私は飼い犬だけど、すべて自分で選んでここにいる》
《何者かに縛られた選択など、正しい自由ではないでしょう》
《そう? 私はそうは思わないわ》
遅れて到着したバートラム旧宇宙港は、
アーキバスも惑星封鎖機構も、等しくその機体を無惨に
自機のモニタに交戦するACを捉えたとき、スネイルから通信が入った。
《――V.Ⅰ。犬が依頼の遂行に失敗した場合は、貴方が対処を》
「作戦目標は拠点の維持だろう。俺が一人で店番か?」
《馬鹿なことを。当然、維持要員を向かわせます。……遊ぶのは結構ですが、断じて、
「ああ、了解した」
地の底を這うような声だった。今すぐ割って入って撃破しろと言い出さなかっただけ上々だ。
敵機がリニアライフルの射撃をくぐり抜け、再びパイルバンカーを構える。レイヴンが慎重に軸を読み、最小限の動きで避けて反撃に移ろうとしたそのとき、すれ違いざまに、敵機のマニピュレーターがノーデンスの左腕を、
《ッ――》
高速戦闘下だ。狙ってそれができるパイロットなどそうはいない。
すかさず敵機がバックブーストを噴かす。ラマーガイアーの華奢な腕を引き上げてACSに負荷をかけ、間髪を容れず至近距離からソングバードの2発を放った。
レイヴンが咄嗟にパルスアーマーを作動させていなければ、少なくとも腕の一本は持っていかれていただろう。
ひやりとしたのが伝わった。
すぐにリニアライフルを放ち、相手に回避行動を取らせる。
《飼い主の号令に従いながら、敵対者を殺さないよう戦う貴方は、大きな矛盾を抱えている……。力はあれどもあまりに
《……完全な自由なんて存在しないわ。人間が他者と関わって生きる限り、常に何かに引っ張られ続ける》
ミサイルを回避した先に、敵機がグレネードを撃ち込んできた。爆風に煽られながらノーデンスが距離を詰め、レーザーダガーを叩き込む。
バイザーを跳ね飛ばし、間断なく襲い来るライフルの攻撃を度外視しながら、返す手で頭部カメラを狙う。掠めるにとどまった。
《そうね、正しさの確信なんて持ってないの。矛盾だってある。全然、完璧になんてできてない、自己満足のきれいごとよ》
揺らぎのない声だ。言葉とは裏腹に自嘲すらなく、力みもない。
パイルバンカーを繰り出そうとした敵機を蹴り飛ばした。
威力を上げたリニアライフルで、今度こそカメラを潰す。同時にミサイルが着弾した。
《――それでも、今はそうやって生きると決めたの。
敵機の機動にまだ動揺は見られなかったが、明らかな劣勢だった。
至近距離からのアサルトブースト、機体を肉薄させる。パイルバンカーの接続部にレーザーダガーを捩り込み、破壊すると同時に、ノーデンスが敵機の頭部を掴んだ。
次の瞬間、ノーデンスはブーストを全開にして飛び退いた。
敵機を中心に、爆発的なパルスが炸裂する。アサルトアーマーの兆候を読んだにしては、あまりにも反応が早かった。エアあたりの助力だろうか。
――場違いに、くすりという女の笑みが漏れた。
《……ええ、そうね、「レイヴン」。言い負かされるとは思わなかったわ》
《屁理屈だって言っていいのよ》
《いいえ。……ええ、わかっているわ……それが、一番いいのでしょう……》
敵機がアサルトライフルを下ろす。
レイヴンは銃口を定めたまま、慎重に様子を窺っていた。
《その名は差し上げます。強化人間C4-621――レイヴン。私達とともに来ませんか?》
《……どういうこと?》
《私達が貴方の
「悪いが、そいつには先約がある。順番は守ってもらおうか」
口上の途中で割って入った。レイヴンとの戦闘が終わりだというなら、次は自分の仕事だ。
機体を着地させ、破損した敵機をカメラの中央に収めた。レイヴンは少しばかりの
メインカメラが破損、おまけに最大のダメージソースを失った後だ。残るはアサルトライフルと2連グレネードキャノン、3連双対ミサイル。グレネードの残弾はもうほとんどないだろう。
面白みのない敗残処理だ。とはいえ、義務を果たすぐらいの義理はある。
せめて敵機が構えるのを待って、戦闘機動に移った。
撃ち合いながら言葉を交わす。
「あまりに暴れすぎてくれたおかげで、指揮官が怒り心頭でな。横入りは趣味じゃないが、片付け程度はさせてもらう」
《……V.Ⅰ、フロイト……貴方は強者との戦闘をお好みのようですが、我々がお眼鏡にかなわなかったのならば、残念です。万全ではないと承知の上での戦いをお望みとは》
「そうでもない。ただ単に、お前より魅力的な奴を確保しているだけだ」
何より、手癖の悪さや無茶な機動の展開が、不思議とレイヴンに似ていた。似たタイプなら興味も削がれる。いっそまったく違うタイプだったなら、甘言に乗ってやってもよかったのだが。
敵機の切り札は2連グレネードだけだ。好機を狙って逃げ回りながらライフルとミサイルをばらまくしかなく、退屈極まりない戦闘だった。
「せめて、魅せてくれ。足掻いてくれ。少しでも楽しませてくれたら、あるいは見逃してやってもいい」
《……「レイヴン」》
低い声で女が呼びかける。呼ばれた方ではないレイヴンが少し動揺を見せた様子だったのが不可解だが、後で聞けばいいかと目の前に集中した。
ふと、気になったので、リニアライフルを差し込みながら訊ねた。
「そういえば、そのAC、名前は何だ?」
《悠長だこと。……「ナイトフォール」です。
「陰気な名だな。悪くない」
これだけの破壊を繰り広げながら、一声も発してこないパイロットに似つかわしい名だ。
逃げ回るナイトフォールへレーザードローンを向ける。囲まれかけての回避運動は、標準のAIが相手なら効果的だっただろう。
《このドローン……! 「レイヴン」、優先対応を!》
個別操作に気付くのは早かった。サイトから交戦機を外す危険を承知の上で、敵機がドローンを立て続けに撃ち落とす。正確な射撃だ。
その間に懐へ飛び込んだ。想定はしていたのだろう。レーザーブレードは空を切り、お返しにとグレネードを放ってきた。滑るように距離を取る。
動きも判断も悪くない。悪くは、ないのだが。
――ああ、駄目だな、やっぱり退屈だ。
そう胸中にぼやいた。似ているだけにレイヴンとの差を感じてしまう。ため息が出そうだ。腕が悪いわけではない。予測の範囲から、ほんの少ししかはみ出てくれないというだけで。
長引かせる価値もないと判断して、仕留めることにした。
アサルトブーストを入れる。急速に距離を縮める中、背後からレーザードローンで最大出力の射撃を入れた。左に避ける、という読みどおりにナイトフォールが動きを見せる。リニアライフルを立て続けに放ち、墜落した強襲艦の間際まで追い詰める。逃げ場は上空しかない。
間近に迫る。ナイトフォールは動かず、その場でアサルトアーマーを展開した。
だろうな、と口の中で呟いた。パルスシールドで相殺しながらレーザーブレードを突き込み、脇腹を抉るように、コアの装甲を削り取った。
傾いていた強襲艦が、強いパルスの干渉にぐらりと揺れる。
機体を蹴り飛ばしてそこにぶつけると、バランスを失った鉄の塊が、悲鳴のような音を立てて崩れ落ちてきた。姿勢制御を失った敵機を取り残し、バックブーストで退避する。
《「レイヴン」――!!》
オペレーターが悲鳴じみた声を上げる。
とどめを刺したかどうかは知らないが、わざわざ引っ繰り返して確かめるまでもないだろう。仕事の完了をスネイルに告げると、返答を待たずに再び通信を切った。
面白みのない仕事だった。
衝撃を与えた影響か、強襲艦からあがる黒煙が量を増す。またしても除染が必要な状況だ。この拠点が使えるようになるのはいつだろう。
ルビコンの短い日が暮れようとしていた。死の漂う戦場を赤く染めていた夕陽が、少しずつその高度を下げていた。上空に星が瞬いている。黄昏時をすぎ、夜はもう、すぐそこまでやってきている。
すっかり動くもののなくなった光景を見つめていたレイヴンが、ふと、口を開いた。
悄然とした声だった。
《……間に合わなかったわ。……ごめん》
目を瞬く。虚を突かれた気分だった。
大したことではないと言いかけて、危ういところで飲み込んだ。
レイヴンが落ち込んでいるのは依頼を達成できなかったことにではなく、それが
血の気の引くような感覚を覚えた。喉の詰まるような感覚だった。
部下も同僚も日々死んでいく。その多寡にも事実にも、大して興味を持っていなかった。あのときスネイルに一時撤退の許可を出させれば、数人くらいは生き延びたかもしれない。悪手だと思いながらそれを言わなかった。――言う価値を感じていなかった。
まぎれもない本音だ。
だが、レイヴンがそれを知ったら、どう思うだろう。
知られなければいいだけだと今までは思っていた。正解がわからなくても、うまく取り繕えているつもりだった。知らないものは無いのと同じだ。だから、問題はないと。
元惑星封鎖機構所属の新人を思い出す。
泥のように濁った軽蔑の目。無鉄砲に貫き通した信念。
――レイヴンとはあんなにも似ていないのに、なぜか、ダブって見えた。
もしもあの件を知られていたら、レイヴンに、あんな目をさせることになっていたのだろうか。
《……フロイト?》
いぶかしげな呼びかけに、応じることができなかった。
綱渡りの自覚が背筋を冷えさせる。
うまく行っていると思っていたのは、ただの偶然だったのかもしれない。
《どうしたの? ……様子が、いつもと違うような気がする。……なにかあったの?》
「……いや」
嫌われたくないという言葉は、口先だけのつもりではなかった。
けれど、今、何を答えていいのかわからない。言っていいことと言ってはならないことが、わからない。
道義的な正しさなど興味がなかった。自分の世界にあるものは、その殆どが、どうでもいいものばかりだった。
多分、等しく命に価値を感じていない。
戦場で積み上げる死と破壊は許されて、それ以外の場所での殺人は許されないのか。敵と味方で命に差があるのか。道理とは何だろう、ラインはどこにあるのか。
残骸と死体だらけの場所で立ちすくむ。身動きが取れなくなる。
慣れないにも程があるそれの正体を、うまく掴めずにいた。
- / - -
帰投してもロックスミスから降りる気になれず、戦闘データを流しながらぼんやりと時間をやり過ごした。
色々考えすぎて頭が痛くなってきた。普段使わない部分の頭を使っている気がしていた。
スネイルがわざわざ機体の目の前まで来て何か騒いでいたが、外部マイクを切って、反応せずに引きこもった。
ACが好きで、戦うことが好きで、それだけでいいと思っていた。
レイヴンに対する感情も大半はそれで、やっぱり同類だなと嬉しくなるばかりで、あまりにも、
多分、レイヴンは、死んだ新人が見せた「まともさ」と同じたぐいのものを持っている。
子どもの件も、防衛部隊全滅の件も、なにかひとつ掛け違えれば失敗していた。それを自覚した途端、言葉を発するのが怖くなった。――そう、「怖く」なったのだ。
足が
自分に欠落があるのはわかっていた。ろくでもないという自覚はあった。それでも、決定的に折り合いがつかないことにならなければ、どうにかなると思っていた。……多分、今のところはうまく行っている。
それがずっと続くとは限らない。現に、以前のレイヴンは――こちらを、見限った。
そうさせたのは自分だ。
全人類のありようを
それは、「コーラルリリース」でもたらされる世界が大して面白くないと分かっているからの話で、もしもそれを面白いと思えていれば、反省もクソもなかっただろう。
結局のところ、自分の好き嫌いでしか物事を判断できないのだ。
ずっと思っていた。人間のふりをしているような気分だと。自分の本性は、結局、醜悪な怪物でしかないのだということも。
人間っぽさを装うには
執着も愛着も、以前よりずっと増している。――失えない。どれだけ得がたいか思い知っている。
だが、今それなりに寄せられている好意とか信頼だとかは、まともを装っている男に向けられたものだ。
「前」のレイヴンは、今よりもずっとこちらのことを理解していた。殺すほか止める方法がないと判断できるほどに。
愛はあっても、信用はしていなかった。常にどこか距離を保って、相容れない以上否応なしに訪れる破綻を見据えていた。
今は、たぶん、違う。
信用されている。だからこそ甘えを見せている。それはまだ恋とか愛とかではなくても、それに発展しうる種類のもので、下手を打ちさえしなければ、順当に育っていくたぐいのものだ。
――下手を打ちさえしなければ。
それが自分には難しいのだと思い知る。失敗が許されないことが、こんなにもこわいものだとは知らなかった。
うだうだと悩んでいるうちに、通信が入った。RaDの提案型AIだった。
気分転換に応じると、オーバードレールキャノンのシミュレータプログラムを用意したとの連絡だった。
少しだけ気分が浮上した。是非撃ってみたかったのだ。練習できるならありがたい。
《ボスは突貫工事の無理がたたって爆睡中だ。……だが、実に楽しそうだった。礼を言う》
「礼を言うのはこちらの方だな。……請求書はこれか。今払っておく」
《そうか。……確認した。仕事が早いのは良いことだ、V.Ⅰ》
「ついでとは言わないが、ちょっと話に付き合ってもらえないか」
《会話のパターンが増えるのは歓迎すべきことだろう。承知した》
AIなら感情を交えずにこのぐだぐだした混乱状態を整理できるかもしれない。快諾されたのを幸いに、取り留めのない愚痴に付き合わせる。相手は質問を交えつつ、思いのほか丁寧に話を紐解いた上で、無感動に告げてきた。
《まさにボスの言う、「人間らしい」情動だ、V.Ⅰ。これは、お前にとっては不本意なものなのか》
「……そうでもない。だが、うまくやれる気がしない。変われるなら変わりたいが、多分無理だ」
《人間の青年期は、変化ができなくなるほどの年齢ではないと認識している。だが、本人がそう言うならば、そうなのか》
「……俺がまともじゃないのはわかっているんだ。その上で、まともに振る舞うにはどうすればいい?」
《「まともな振る舞い」の必要性があるのか》
「……嫌われたくない」
結局はそこなのだと、理屈と言い訳を
嫌われたくない。失望されたくない。やっと気を許して笑ってくれるようになったのに、それを失いたくない。
けれど、きっとこのままならどこかで失敗する。
「同じ」になれない自分を、どうしようもなく歯痒く感じた。
初めての感覚だった。
《――懸念と要望は理解した。検討の前に、確認が必要だ。V.Ⅰ》
「何だ?」
《前提に疑義がある。レイヴンは、「普通の」倫理観を持つ存在ではない》
思いにもよらない視点だった。
目を瞠ったところに演算を終えたのか、淡々とした声が
《独立傭兵は「一般的な」倫理観からは外れた場所にいる存在だ。レイヴン自身も、言動から自覚的であるようだ。彼女は軍人に類似する論理で、殺人を忌避的ながら肯定している。つまり、彼女の善悪の判断は、人類一般の標準ではありえない。ようは――
納得の行く評価だった。
思いのほか感情的なそれに気圧されて、そうだな、と上の空で応じた。
AGIには創発的な意識が必要だというが、このAIは、そこに片足を突っ込んでいるような気がする。
《お前は、レイヴンと「同じ」判断基準を持つことで、失敗を防ぎたいのだろう。だが、彼女自身が標準的な存在ではない以上、すべてにおいてそうすることは、現状不可能だ》
「……不可能か」
《だからといって、臆病になって口を
「本当にな……。だったら、どうする?」
《まずは条件の切り分けを行う。事前判断と随時判断だ。前者は特定の案件に対する可否だが、引っかかりを覚えることができているなら、レイヴンと似たような価値観を持つ人間に、その都度意見を仰げばいい》
そういえば、V.Ⅴはあのとき、何かを言おうとしていた。
あの男も決して善人ではない。それでも、許容しがたいものの程度は、おそらくレイヴンと似ている。オキーフはそれに増して似ているはずだ。そうでなければ、敵対する経緯を経てなお互いに協力し合えたはずがない。
《あとは会話における随時判断だが、リアルタイムで行われるため、経験の蓄積が必要だ。だが事実、お前は失言を回避することができた。それは、これまでの蓄積によるものだ。本当に何も考えていなかったのなら、そのまま失言していたはずだ》
「……そうか」
目を瞬いた。
何も変われていないのだと思っていた。それでも、多少は変わっていたのだろうか。
少しずつそれを蓄積していけば、今を引き延ばすことはできるのか。
RaD頭目の秘蔵っ子は、わずかな沈黙を挟み、考えるようにして続けた。
《お前は、嘘をついている気分だと言っていた、V.Ⅰ。まともなふりをしているような気分だと》
「ああ」
《俺は、それを社会性というのだと思う。人間の振る舞いは必ずしも本音と一致しない。建前というのは、人間が社会的動物であることのあらわれだ。お前は怪物ではなく、少々倫理観を学べていないだけの人間だ》
大きく息をついて、シートにもたれ掛かった。
まさかここまで、うまいこと言いくるめてくれるとは思わなかった。存外に軽くなった気分のままに感謝を告げる。
「……助かった。なんとかなりそうな気がしてきた」
《それなら幸いだ。俺にとっても、興味深い事例だった》
「謝礼はどうする?」
《不要だ。またボスに面白い話を聞かせてやってくれ》
今回の会話ログもそのまま流すのだろう。腹を抱えて笑い転げられるのだろうなと想像がついたが、それが対価だというなら仕方がない。黙って通信を終えた。
モニタには、流しっぱなしだった戦闘ログがロックスミスの姿を映し出していた。部下の機体からの映像だ。
ぼんやりしながら眺めた。今の動きはいいな、と自画自賛する。
脳裏には、これを一番格好いいと言った子どもの姿があった。
「……なあ、ロックスミス。次に会ったら、乗せてやってもいいかもな」
二度と会うことがないという想像を、このときはまだ、できていなかった。