休戦協定の終了は作戦の4日後となっていた。対アイスワーム戦のため作戦本部にかき集めた資材も人員も、撤収には相応の時間が必要になる。
そのバタつきを承知の上か、作戦の翌日、RaDが空気を読まない提案を投げてきた。
「バーベキュー?」
《そう。打ち上げパーティってやつさ》
面白がるように頭目が言った。
口にしてみても久々すぎて別世界の単語のようだったが、ようは、食事と酒を持ち寄って宴会をやろうという話だ。
レイヴンも乗り気だと聞いて、ならいいかと賛成した。驚いたことにミシガンもその提案を受け入れ、食材と酒を提供するらしい。となると対抗意識を掻き立てられたスネイルまで「ベイラムやドーザーから施しを受けるなど論外です」などと言いだして、物資から高級品の部類に入る食品と酒を回してきた。
なお、酒のラインナップは担当者に直接言って変えさせた。いかにもスネイルな品選びだったからだ。
お高いワインやウィスキーより、ビールやラムのほうが受けが良いに決まっている。
ちなみにスネイル本人は参加しない。鹵獲機体と捕虜の運用指揮で手一杯のようだ。なにやらくどくどと心得を説いていたが、右から左へ素通りさせた。
大規模な飲み会など久しぶりだ。
いつもなら面倒で不参加を決めこんでいるのだが、レイヴンもくることだし、ミシガンと酌み交わす機会などは一生でこれきりだろう。
うるさいお目付け役もいないことだ。足取り軽く会場に向かった。
整備部や施設部、輸送部など作戦基本部隊の大半が参加しているようで、まるでお祭り騒ぎだった。
あまり気を張らずに好きなだけ飲み食いできる場など、ルビコンではそう多くない。
3日後にはまた命を張ってやりあうことになるとはいえ、それは一旦脇に置いて、楽しもうという空気だ。
きょろきょろとレイヴンを探していると、見覚えのあるドーザーがこちらに手を振った。
もう酔っ払っているらしい。赤ら顔で気分良く笑っている。
「おー、アンタ今回も大活躍だったなあ! レイヴンさんだろ? さっきあの辺にいたぜ」
「助かる」
指し示されたのは管制塔の付近だ。手ぶらのまま、そちらへ足を向けた。
どこもかしこも空気が浮ついている。思ったよりギスギスした様子はなく、なんだか懐かしい感覚だった。
お偉いさんに呼びつけられるようなものとはまた違う、地元のブロックパーティのような空気感だ。
はたして見つけたレイヴンは、体格のいい男と一緒だった。
いかにもミリタリー感のあるレッドガンのジャケット、エンブレムはG4。はち切れそうな胸筋と腕筋、バランスの取れた長身の男だ。名前は忘れたが、確かACは
やけに親しげに話している様子に、すっと機嫌が急降下した。
「……ありがとう。助かるわ。じゃあ、あとで。よろしくね」
「おう。こっちは女日照りだからな、気分良く飲ませてお膳立てしてやりゃ、まず突っぱねやしねえ――うおっ!?」
不穏な気配に気付いたのか、G4がこちらを見た。レイヴンも同じように振り返る。
淡々としていた相貌が、とたんに、ゆるくやわらいだ。
くすぶるような気分の悪さを、あっけなく散らしてしまうくらいの変化だった。花が咲くようというほど大仰ではない、けれど確かに、特別なのだとじんわり染み込んでいくような。
「フロイト、もう来ていたの」
「……ああ。何を話していたんだ?」
「ほら、エアの『意中の人』。この機会に話させてあげたくて、協力をお願いしていたの。私はすっかり嫌われてしまっているから」
そういえばそんな話があった。
すっかり忘れていたが、あれはどうやらG5の方だったらしい。
視線を向けると、G4がうそ寒そうにホールドアップしてみせ、いかつい肩を竦めた。
「おいおい、G13。大体お前に原因があるんだぜ? あれもこれも数え上げればきりがねえ。煮え湯を飲まされたなんてもんじゃねえぜ」
「……あとのはともかく、最初のは、ちょっと、悪かったかなあとは……倍額払うっていうものだから……」
「あれの倍額程度、ミシガンに取られた“授業料”で大して黒になっちゃいねえだろ」
「……実はそう」
「へっ、その場のノリで『だまして悪いが』やりやがって。ざまあねえな」
「独立傭兵
「多分ときたかよ!」
G4が豪快に笑いながらレイヴンの背中を叩く。そこまで力を入れたようには見えなかったが、レイヴンが予想外に足をふらつかせた。
とっさに腕をすくい取り、転びかけたところを支える。
息を詰めていたレイヴンとG4が、揃って嘆息した。
「すまねえ、大丈夫か?」
「え、ええ……。ありがとう、フロイト」
「もう少し加減してくれ。こいつは見た目よりもかよわいんだ」
「……どういう意味?」
「『見た目どおり』かよわい、のほうがよかったか?」
「たしかにそれはそれで、ちょっと……。……あ、待って違う、そもそも余計な一言じゃない?」
「なるほど。それもそうか」
レイヴンがかよわいかどうかは関係がない。ようは丁重に扱えという苦情だ。
素直に納得して頷くと、
「コントかよ。噂には聞いてたが、こりゃあこっちの仕事は回せねえわな」
「やっぱりそういう理由だったの。営業妨害よね……」
「だとよ? ランク1」
「補填はしてる」
しれっと応じると、呆れ顔のレイヴンが腰に手をあてた。
「ファイトマネーは補填って言えるのかしら」
「どうだろうな。この際G13を返上して、V.Ⅸをもらってくれてもいいんだが」
「久々ね、それ」
「おいおいV.Ⅰ、俺の前で勧誘するのはよしてくれ。邪魔しねえとミシガンの野郎にどやされる」
「ミシガンもこいつを気に入ってるのか。見る目があるな」
「見る目とかいうレベルじゃねえだろ、今となっては。壁越えに、
納得のラインナップだ。ついでに言うなら、G4G5のコンビを相手に二度の勝利を収めている。
だが、レイヴンは不思議そうに首を傾げた。
「アイスワームにとどめを刺したのはG5でしょう? それに、あれはチーム戦よね。貴方たちが壁になってくれたからできたんだと思うけど……それ以外にも、色々助けられたわ。ありがとう」
G4が言葉に詰まり、表情に困ったような顔で首を掻いた。
「……なんともまあ……。手に負えねえな、V.Ⅰさんよ」
「同感だ」
「……どういうこと?」
「わからねえならそれでいい。同情するぜ。……さあて、イグアスを飲ませに行くとするか。後でな、G13。奴に
ひらひらと後ろ手を振って、G4がその場を後にする。
見送るレイヴンは不満げだ。唇を尖らせそうになるのを耐えているような様子だった。
人のことは言えないが、ずいぶんと表情豊かになったものだ。以前の、飄然としたところにたまにみせる綻びもレア感があって良かったが、今のこれはこれで見ていて楽しい。内心がわかりやすいのも助かっている。
その横顔をとっくりと眺めて、声をかけた。
「レイヴン」
「……何?」
「手」
掌を上に向けて両手を差し出した。「犬じゃないんだけど」とぼやきながらも、レイヴンがそれぞれ手を乗せてくる。そのまま握るように言えば、素直に握ってきた。
――特に、ぎこちなさや違和感はない。
「ちゃんと動くでしょう。……この握り方、けっこう難しくない?」
「確かにな。まあ、動作確認だ」
「機械じゃないんだから」
さきほど覚えた違和感はあいかわらず、小骨のように喉に引っかかっていたが、追求するようなものは見当たらない。
早々に手を引っ込めたレイヴンが、ふと、気まずそうな顔になった。
「……そうだ、謝らないといけないことがあるの。貴方から貰った
「気にするな。武器も結局は消耗品だ、新しいのを買えばいい」
戦闘中にパージしてそのままというわけだ。あれだけ耕された砂地の中から見つけ出すのは困難だろう。もし見つけたとしても、隙間という隙間が砂だらけで使い物にならないはずだ。
レイヴンは気にしているようだったが、買い足した方ではなく、自分が贈ったほうを携行していたというのが少し嬉しい。なにより、「どちらがそれなのか分かるように管理していた」ということだ。
「それにしても、あれは面白かったな。まさか抱えて撃つとは思わなかった。制御はエアか」
「ええ、すごいでしょう。……戻せなかったのはちょっと失敗だったかも。戦闘下でちゃんと再接続できる気がしなくて……。今度練習しておくわ」
「最後の一押し、G5がいなかったらどうしていた?」
切羽詰まった状況とはいえ、何も思いついていなかったとは思えないのだ。
レイヴンが目を瞬き、そのままわざとらしく、ゆっくりと顔をそらした。
「……リロードが間に合わない新型兵器をバット代わりにフルスイングしようなんて、まさか、そんなことは……ちょっとくらいしか」
「そうきたか。……エアがチャージングに介入できるなら、破損時の威力を積み増しできたかもしれないな。危険度は上がるが」
「ただの打撃になる可能性も高いし、せずにすんでよかったわ」
「そうだな。ウォルターからの説教がまた増える」
「ウォルターはそんなに長々言わないほうだけどね。ものすごーく渋い顔はするけど、基本的に任せてくれるから」
「羨ましい話だ」
「そういう台詞は、まともにお説教を聞いてあげてから言うものよ」
小言や苦情を全スルーしているなんて言ったことがあっただろうか。図星ではあるのだが。
おかしげに笑ったレイヴンが、そういえば、と諸手を合わせた。
「その新型兵器なんだけど、あとで返却しておくわね」
「貸与じゃなかっただろう。気に入らなかったか? ……まあ、スタン武器と言うには威力が高すぎるかもしれないが」
「それもあるけど、ボルテージレギュレータに細工があったみたい」
電圧を一定に安定させるための装置だ。
――なるほど、と低くつぶやく。
どうやらどこかの誰かが、意図的に
「……あいつらしくない気前の良さだとは思っていたが……やってくれる」
「ちょっと次席さんにストレスをかけ過ぎなんじゃない? とばっちりはほどほどにして欲しいわ」
気にした様子もなくレイヴンは笑い、そうしてから、意外だと言いたげにこちらの顔を覗き込んできた。
「……どうしたの? 自分で言ってたじゃない、隙あらば殺したいと思っていそうだ、って」
「……まあ、そうなんだが」
「警戒していた結果よ。特に貴方が気にするようなことじゃないと思うけど」
嫌悪感も、苛立ちも、特になにもない表情だ。
気の回しすぎならそれでいい。自分でも理由がよく分からないまま、ため息を吐いた。
「例のシールドランスを持ってきたんだが、ウォルターが受け取りを渋りそうだな」
「渋るのは渋るかも。でも、大丈夫よ。エアとウォルターとカーラの三重チェックが入るんだもの。押し切っちゃう。……使えるの、楽しみにしてたんだから」
めずらしく可愛げのあることを言うので、思わず頭に手を伸ばした。
いつもの調子でぐしゃぐしゃに撫で回したかったのだが、両手首を掴んで止められる。
無言のまま、お互いに批難の視線を向けあった。
「……前から言おうと思ってたけど、フロイト。女性の頭を気安く触るのはどうかと思うわ。よほど親しい仲でなければ顰蹙ものよ」
「なら『よほど親しい』に入れてくれ。それで解決する」
「
「なんとでも言え。大体、後付けで条件を変えるのはずるじゃないか」
む、とレイヴンが口をつぐんだ。そこに反論の余地はないはずだ。
前回も今回もわりとよくやっていたし、文句は言いつつも嫌がっている感じはしなかった。なぜ急に駄目出しされたのか、さっぱりわからない。人目が多い場所なのがまずかったのだろうか。
とにかく、全力で大幅に譲歩してこれなのだ。これ以上に我慢を強いられてはたまらない。
「自重はしている。ウォルターに見られても問題ないくらいの範囲だ」
「……たしかに、大型犬を撫でるそれな感じはするけど……あ、ちょっと、もう!」
かまわずにわしゃわしゃと髪をかき回した。
そういえば、G4が離脱したのにエアが静かだ。レイヴンへの“暴挙”にも何も言ってこない。
レイヴンもそれに気付いたのだろう。ぼさぼさに乱れた髪を手櫛で直しながら、あれ、と視線を空に上げた。
「……エア?」
〈……あっ。は、はい、います。ちゃんと、ここにいます……!〉
上擦った声があわてて言った。
少し離れたテーブルに目をやれば、G4がこちらに目配せしてくる。
なるほど、と二人して納得した。すっかりG5に気を取られていたようだ。ようやく想い人に会えたのだから、それはまあそうなる。
G4の合図に頷いて返したレイヴンが、そっとインカムに触れた。
「……そろそろかしら。エア、大丈夫? いけそう?」
〈だ、だい、じょうぶ、です。……行きましょう、レイヴン……!〉
緊張でがちがちになった声が応じた。
レイヴンが苦笑をこぼし、こちらを見上げてくる。
「そういえば、フロイト。G1と話したいんじゃなかった?」
「……まあ、そうだな」
「あとで行くわ」
今はついてくるなということだろう。
まあ、もっともだ。ついていけば確実にG5の警戒を煽る。うまくあしらわれているような気分にはなったが、肩を竦めて促した。
目当ての人物の元へ向かうレイヴンをなんとなく見送る。たどりついたレイヴンはひとつ咳払いを落とし、無理のあるにこやかな声で話しかけていた。
「こんばんは、G5。楽しんでいる?」
「ああ? ……誰だテメエ」
どうやら顔を知らなかったらしい。思い切り顔をしかめながらも、警戒心以上のものは見当たらない。
レイヴンはらしくもない愛想を維持しながら、G5の隣に腰掛けた。
「まあ誰でもいいじゃない。用があって話しかけたんだから」
「俺に用はねえよ。……つーかその声、どこかで――」
「まあいいじゃねえかイグアス、細かいことはよ。華があるに越したことはねえだろ?」
「……チッ」
舌打ちをしてラムを煽る。それなりに回っているようだが、あくまでそれなりだ。判断能力がそれほど落ちている感じはしない。
宥めたG4にレイヴンが感謝の目を送って、あまり自然ではない口調で切り出した。
「実はね、私の友達が、貴方のファンで」
「……あ?」
「理由はよくわからないんだけど、G5に相当入れ込んでいるのよね。残務処理でこっちにはこれなかったんだけど……良かったら、少し、話に付き合ってあげてくれない?」
「……何で俺が」
「とても可愛い女の子よ。貴方のことが本当に、すごく、気になっているみたいなの」
「……どこでそんな気分になったよ……」
「さあ。本人に聞いてみたら?」
スピーカーに切り替えたインカムを耳から外して、テーブルに置く。
緊張して上擦ったエアの声が、少し音量調整を失敗しながら響いた。
〈は、はじめまして、G5 イグアス……! 私は、エア。……お話しできて、嬉しいです!〉
「……お……おう……」
気圧されているものの、案外拒絶感が薄い。なるほど、女日照りがどうこうというのはこういうことか。
笑みを噛み殺したレイヴンがG4と目を見合わせた。どうやら問題はなさそうだ。
しばらく様子を観察していたものの、ここで遠巻きに眺めているのも手持ち無沙汰だ。レイヴンに促された通り、ミシガンを探すことにした。
ミシガンは、レイヴンよりも格段に簡単に見つかった。
なにしろ部下からの慕われようがすごい。肉だの酒だのをしょっちゅう誰かしらが持ってくるのだ。すっかり人の流れができあがっていた。そのたび世話を焼くな自分で食えと怒鳴って蹴散らすものの、点数稼ぎでもないのに次から次へとやってくる。
アーキバスでは逆立ちしても発生しない光景だ。
何故か共にいたホーキンスが代わりに受け取ったり宥めたりしていて、まるでマネージャーのように見えてくる。こちらはさらに意外な同席者であるウォルターも、時折笑みを見せていて、不思議と気を緩めているようだった。
まるで、旧友が旧交を温めているかのような様子だ。
感心に近い気分で眺めていると、ホーキンスがこちらに気付いて手を上げた。
ミシガンの鋭い眼光が向けられるだけで人垣が割れ、お膳立てされるように進み出る。辺りはレッドガンばかりかと思いきや、意外とヴェスパーの集団も見られた。
「やあ、フロイト君。ちょうど君の話をしていたところだったんだよ」
「なんだ手ぶらか、V.Ⅰ! 食えるときに食わねば肉体は作れんぞ!!」
「……そうだな。これを食べるといい、V.Ⅰ」
「形状的にミールワームか。初めて食べるな」
RaDが持ち込んだものだろう。ウォルターが差し出した串を普通に平らげると、なぜかミシガンとホーキンスが爆笑した。すっかり酔いが回っている様子だ。
ミシガンが遠慮のない勢いでウォルターの背を叩く。
「いい食いっぷりだV.Ⅰ! ウォルター、貴様の猟犬、見る目は確かだな!」
「……下手物食いが評価点になるとは思えないが」
「うん? それは随分と差別的な発言だね、ハンドラー・ウォルター。君も好き嫌いをせず食べてみるといいよ。人に勧めるのだからね」
「………」
「わりとうまいぞ。風味はエビっぽい」
「味の分かる男だ! こっちの、干物を焼いたのもなかなか酒に合うぞ。この手のものには、やはり黄酒だな!」
「ああ、いいねえ。これは大豊からの提供だろう?」
「わかるかV.Ⅴ!」
「それはもう。本場のものは違うねえ」
老練な生き残り二人が上機嫌にマイナーな酒を酌み交わしている。ウォルターはどうにも抵抗感を拭えないようだったが、反論するのも分が悪いと見たか、沈黙のままにミールワームの干物焼きを口に運んでいた。
「大人」を体現したような男だと思っていたが、この年齢になった男にも、苦手な相手はいるらしい。
RaDの頭目はどのあたりに位置するのだろう。外見年齢はむしろあちらが娘のような離れ具合だったが、どう考えても立ち位置の上下が逆だ。色々と弱みを握っていそうな気もするので、そのうちうまいこと情報を吐かせようと思っている。
「……悪寒がしたが、何を考えた、V.Ⅰ」
「気にするな。お前の攻略方法だ」
ミシガンとホーキンスだけでなく、周囲の人間がどっと笑い声を上げた。なんとも陽気な酒だ。ウォルターがますます苦り切った顔になる。
そのまましばらくその場で(ほぼG1のための)食事と酒にありつき、思いのほか楽しくAC談義を繰り広げた。
G1にとってACは趣味ではなく、あくまでも扱う「仕事道具」の一つであるようだ。戦闘に楽しさを感じているわけでもない。ただ、重ねてきた場数は伊達ではなく、知識的にも経験的にも会話を盛り上げてくれた。その場のノリで、ついインナーシャツにサインを頼んでしまったほどだ。ホーキンスは苦笑いしていたが止めなかった。
そんな具合であっという間に時間は過ぎ、ふと時計を見て、首を捻った。
あとから行くと言っていたわりにレイヴンが姿を見せない。下手をすれば酔い潰れているかもしれないと、様子を見に行くことにした。
そこを、ウォルターに引き止められる。酔いなのか何なのか、すっかり目が据わっていた。
「……いいか、V.Ⅰ。寄り道をせず、確実に、まっすぐ送り届けろ。いいな」
腕を組み、視線を上げて少し考え、素直に答えた。
「状況による」
「なんだと……!!」
「ははははっ! いや、それはそうじゃないか、ハンドラー・ウォルター。いい大人同士の話だ、あとは当事者の合意があるかどうかだよ」
「貴様は実に相変わらずだな! 過保護な親は嫌われるぞ!」
「俺は親ではない。……だが、迎えは俺が――」
「まあまあまあ、まだ酔いが足りていないようだね?」
「その千鳥足で迎えの役に立つものか!」
これは援護射撃と見ていいものか。年輩者二人のにやにやした顔からして、多分そうだったのだろうが――まあ実際、エアがいる以上無理な話だ。ガードは下がってもいい雰囲気になれる気がしない。予測が外れるなら大歓迎だが、正直期待はしていない。
それなりに飲まされていたが酩酊感はほとんどなく、効率の悪さをつくづく実感しながら、別れた場所へと足を向けた。
持ち込んだ食材も酒も残り少なく、お開きの頃合いが見えてきていた。
G5とG4、レイヴン、そして通信機経由のエアが囲むテーブルは、意外にもまだ盛り上がっていた。早々に話題が尽きそうだと思っていただけに、予想外だ。エアの対人能力を甘く見ていた。
レイヴンは両手で頬杖を突いて顎を乗せ、いかにも眠そうにしている。
声をかけると、その眠そうな目のまま、警戒ものぞかせずにこちらを見上げた。
「……ごめん、抜けられなくて。G1と話はできた?」
「ああ。サインを貰った」
インナーを引っ張って言うと、目を丸くしたレイヴンが声を立てて笑い、G4とG5が同じく目を丸くしたまま絶句した。
「……おい、おいおいおい……待てよ、何の冗談だ……?」
「木星戦争の英雄だ、俺くらいの年齢のAC乗りなら普通に憧れるだろう」
「そうじゃねえ、
〈そうですよね……私でもそう思います……〉
「しかもこいつ、首席隊長のV.Ⅰだぜ、イグアス」
「……はあ!? 正気かよ!!」
「貴方らしいというか……次席さんの顔が見ものね」
口々に言われて首を捻ったが、どうやらスネイルの血圧を上げる効果があるらしい。
あれもこれも文句を言う筋合いはないが多少思うところもあったので、よしきたという気分だった。このまま着て帰ろう。
レイヴンに水を飲ませながら、そのままもうしばらくエアの独壇場に付き合った。
ずいぶんと打ち解けたようだ。G5の声に棘がない。エアは研究成果か聞き上手を発揮して、勝てもしないG5の博打の話を、何が楽しいのか心底から興味深そうに聞いていた。
中華圏のボードゲームにすっかり詳しくなった頃、酒も食材も尽きて、ぱらぱらと引き上げる人間が出始めた。
エアはまだ名残を惜しんでいるようだったが、もうそろそろこの祭りも終わりだ。なにより、レイヴンがもう寝かけている。
以前ほどにはしゃいだ酔い方はしていないようだったが、やはりアルコールに弱くなっているのだろう。かなうならこのまま寝てしまいたいというのが、あからさまに伝わってくる。
エアまで心配そうに声をかけてきた。
〈レイヴン、大丈夫ですか?〉
「……ん……へいき」
〈平気そうには見えないのですが……〉
ウォルターのベースヘリまで送るつもりでいたが、これだと歩けるかどうかも微妙だ。
仕方がない、と背中を向けてしゃがんだ。
レイヴンはぽやぽやした様子で首を傾げていたが、エアに再三促されると、特に抵抗を見せずにおぶさってきた。
柔らかな身体が、確かな重量と温度を伝えてくる。
重心が安定するのを待って立ち上がり、レッドガンの二人に顔を向けた。
「世話を掛けたな」
「……はっ。テメエに礼を言われる筋合いはねえ」
「妙な気分ってのは確かだな。……ま、悪かねえが」
別れ際というやつだろう。エアが勢い込み、感慨を込めて言った。
〈あのっ……ありがとうございました。とても、とても楽しかったです!〉
「……おう」
「まあ、生きてりゃまた会うこともあるだろうさ」
〈はい……!〉
次に会うことがあるとすれば、それは戦場でのことだろう。
お互いにそれを察しながら、それでも、今日は敵対することなく別れを告げた。
レッドガンの損耗率は前回より少ないが、おそらくベイラムの作戦方針自体は変わらない。変わる要素がない。
数を頼みに先を急がせ、大半は「ネペンテス」の砲撃に削り取られるだろう。
スネイルも何らかの形で仕掛けるはずだ。コーラル集積地にたどり着くその前に、より着実な勝利を目的として。
エアの道案内でベースヘリへと向かう中、余韻に浸っていたエアが、はたと気付いたように声をかけてきた。
〈あの、フロイト〉
「何だ?」
〈“おんぶ”もいいのですが、こういうときは、“お姫様抱っこ”なのでは〉
「長距離運ぶのはしんどい」
〈……鍛え方が足りないんだと思いますっ!〉
レイヴンは半分寝かけているのか、身を預けたままくふくふ笑った。
背負った身体は柔らかく、温かかった。
そういえば、一番最初に顔を合わせたときには、ファイヤーマンズキャリーで運んでホーキンスから叱られたのだった。酔っぱらいの腹を圧迫したら吐きかねないので選択肢には入らなかったが、やっていたらエアから非難轟々だっただろうか。
気持ちよく酔いの回ったレイヴンが、不意に、顔を上げて身を起こした。
重心が後ろに傾いて、少しばかりひやりとした。
「……ね、みて、月がきれいに出てる」
「落ち着け。危ない。あと、“月”じゃないだろう」
「ああ、そっか……。……なんだったかしら、あの衛星の名前」
「さあ。知っているか、エア」
〈はい。あれはISB2262-SAT02です〉
「識別名……」
「そんなものだろう。“ルビコン”だって星系の名前で、ここは恒星から3番目だからルビコン3というだけだしな」
三日月よりも少し細い「月」だ。星の光をさまたげない。
それをぼんやり見上げていた酔っぱらいが、ふと、思いついたように訊ねた。
「……ねえ、エア、ルビコニアンは名前をつけなかったの?」
〈え……? ええと……どちらの、“ルビコニアン”でしょうか、レイヴン〉
「コーラルでも、人間でも、どっちでも。川とか、山とか、星とか……そういうものに、なにか由来をつけて、とくべつな名前で呼んだりはしなかったのかしら」
〈……私が知る限りでは、なかったようです〉
効率を求めた開拓惑星ではよくある話だ。宇宙開拓の初期ならともかく、軌道に乗った開拓事業で悠長にロマンを追う余裕はなく、呼び方が定着してしまえば、改めてそこに名前をもたせるのは容易ではない。
「レイヴン、お前なら、なんてつける?」
「……なまえ?」
「ああ」
「……むずかしい、わね……ルビコン川に由来するもの……? なにかある?」
「あの川、実際どれがそれなのかははっきりしないしな」
この星系の名である「ルビコン」は、まず間違いなくローマ帝国のユリウス・カエサルに由来するものだ。
元老院との対決を宣して川を渡ることを決めた、あの言葉が放たれた場所。
“
当時からギリシャ語の
星が瞬く空を見上げる。
この惑星にとって、否、人類にとって、投げられた
レイヴンが背中で、眠気を漂わせながら唸った。
「だったら、古い橋の名前ってわけにもいかないし……。火星のフォボスとダイモスって、由来は何だっけ……」
「
「わかりやすいわね。……ええと、じゃあ、ルビコン川の名前の由来……」
「さすがに知らない」
〈調べてみました。どうやら、ラテン語のrubeusからきているようです。「赤い、赤みがかった」という意味の形容詞ですね。堆積した泥の影響で、川の色が赤く見えていたことが由来のようです〉
へえ、と感心の声が揃った。
偶然にしては、ずいぶんと気の利いた名付けだ。
「じゃあ、赤い宝石の、なまえとか……」
「赤くないのにか?」
「……たしかに……あんがい、名前をつけるって……むずかしい……」
そこで寝落ちたらしい。少し重さを増した身体を背負い直し、てくてくとナビゲートを頼りに歩いて行った。
手持ち無沙汰になったので、黙り込んでしまったエアに声をかける。
「コーラルは独自言語を持たないのか?」
〈そう……ですね……「声」は、それに該当するのでしょうか……〉
「SFだとよくある設定だろう、人間に発音できない名前」
〈……表現方法は異なりますが、定義や名称、知識まで、ヒトのものをそのまま踏襲しているように思います。……私たちコーラルは、知的生命体としては、とても歴史の若いものなのかもしれません〉
「地球人類でいうなら、発生から宇宙に出るまでに大体500万年だな。最古の文字が5000年くらい前だったか」
〈途方もない年月です。……私たちも、いつか、それだけの文明を持つのでしょうか……〉
「さあな。数が増えればそうなるんじゃないか」
エアが思案げに沈黙する。
中央氷原の気温は、夜になるとぐっと下がる。パネルで加温されていたエリアから遠く離れ、吐く息が白く暗がりに浮かんだ。
「――エア。
エアが息を飲んだ。
迷うような動揺を見せ、かろうじて、声を出す。
〈……はい〉
思いのほか、芯のある響きだった。
レイヴンと共に、人類とコーラルが生き延びるための方策を探し、その可能性を見つけ出したのだろう。
どこか安堵を覚えた。そして、同じくらいのささやかな憂苦も。
腹を括るつもりで続けた。
「俺たちは敵対するかもしれない。だが、それはもう少し先だ」
〈はい〉
「地中に入れば、俺が手出しできる機会は限られる。……その間、こいつを助けてやってくれ」
〈……貴方に言われるまでもありません。当然のことです〉
「あまり無茶をさせるなよ」
〈貴方のいう「無茶」は、なんだかよくわからないです……。アイスワーム戦のあれが無茶でないなら、もうほとんど、無茶なんてないのでは……?〉
「死にかけない範囲ならそれでいい。うまくやれ」
〈……うまく……〉
「まあ、しくじったらしくじったで焼くだけなんだが。準備は進めておく」
〈それは、わざわざ、言わなくてもいいことだと思いますッ!!〉
エアが憤慨して言い放つ。
人類が名前をつけている数多の恒星が、冷えた夜空を彩っていた。