真人間には向かないプラン   作:ikos

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As you sow, so shall you reap.
播いたからには自分で刈らねばならぬ





CHAPTER 4:As you sow, so shall you reap.
彼らはもはやそれではない


 

 初めて顔を合わせたとき、スネイルは既にV.Ⅱの地位に就いていた。

 最初に交わした言葉などは覚えていないが、いつかの、都合が良かった発言は覚えている。

 

 

「我が儘を通したければ、それだけの価値を示すことです」

 

 

 “Prove your worth(価値を示せ)”。

 今と変わらない調子で放たれた皮肉を、「成果を出せばいくらでも我が儘を言っていいんだな」と解釈した。

 その結果は――青筋を立てて怒鳴りつけられることも多かったが、意外にもこの男は前言を違えることなく奔走し、アーキバスでの日々はそれなりに楽しく快適なものとなった。

 馬が合ったというのも少し違う。間違っても友人などではない。一番近い単語で言うなら、それは「共犯者」といったところだ。

 実にろくでもない。ただ、悪くない関係性ではあった。

 

 あれから、何年経っただろう。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 ウォッチポイント・アルファに対する、アーキバスとベイラムの戦略は対象的だった。

 

 アーキバスは独立傭兵に先行調査を行わせるという慎重策をとり、ベイラムは前回同様、直属戦力(レッドガン)の大量投入で一気呵成にコーラル集積地を目指そうとしている。

 

 ウォルターも当の猟犬こそ違うものの、同様の手筈で、アーキバスから先行調査の契約を取り付けていた。

 終着点の輪郭が見え始めた今、両企業はこの施設における他勢力の存在を許容しない。コーラル集積地点へと近づくにはどちらかの陣営につく必要がある。そうでなければ、双方からよってたかって袋叩きにされるというわけだ。

 補給や修理もままならない、最低深度さえ不明の地下施設では、さすがにリスクが大きすぎる。

 

 スネイルが示した行動指針は、先行調査要員(レイヴン)が切り開いた道を随時ヴェスパーが固めていくという内容だったが、ここにきて、V.Ⅰたる自分だけが暇を持て余す羽目になっていた。

 

 何のことはない。ロックスミスをデポに持っていかれたのだ。

 アイスワーム戦で多少無茶をさせたのは確かだが、スネイルが問題視しているのはそこではない。RaDの作った大規模な外部システムにACを接続したことだ。

 何かを仕込まれているのではないかと疑うのは、立場が逆だったら確実に仕込んでおくからだろう。RaD(カーラ)の正体や“本領”を把握していなくとも、危険視する程度には高く評価しているようだ。

 ついでに首席隊長を大人しくさせておけるなら一挙両得。そんな頭が透けて見えたが、当の本人は気味が悪いほどにいつも通りの様子だった。

 ヒステリックに釘を刺すでもなく、勝手な行動を取るなとガミガミ噛みついてくるわけでもない。我が儘に折れた時点でここまで見据えていたのだろう。無駄に仕事のできる男だ。

 

 そんな具合で暇を持て余しているわけだが、最近、寝る前の日課がひとつ追加された。ハンガーの巡回だ。

 と言っても、何をするというわけでもない。ただぐるりと見て帰ってくるだけだ。

 V.Ⅰがハンガーに頻出するのは何らめずらしいことではないはずだが、自分のAC(ロックスミス)がない状態でとなるとどうも傍目には奇行に映るようで、触らぬ神に祟りなしとばかり目を合わせないよう避けられていた。日頃の行いというやつかもしれない。

 

 新しい日課の動機は、自分でもよくわからない。

 ただ、ロックスミスがデポに入ったとき、不意に、以前遭遇した子どものことを思い出した。せっかく来たのになかったらがっかりするだろうなと、思いついてしまったのだから仕方がない。

 レイヴンや誰かだったらそうする、というよりは、本当になんとなくだ。エアを甘やかすレイヴンに感化されたのかもしれないし、あの子どもの色合いや雰囲気が、なんとなくレイヴンに似ていたからかもしれない。

 

 夜のハンガーはそれなりに人がいるときもあれば、ほとんど人気がないときもあった。

 今日は後者だ。

 明かりが最小限に絞られた通路を歩き始めたとき、ぱっと照明の段階が上がった。

 

「……フロイト隊長?」

 

 怪訝そうな声に振り返れば、パイロットスーツを着込んだメーテルリンクが立っていた。時刻は23時を過ぎたところだ。ルビコンの一日は地球よりも短い。もうすぐ日付が変わる。

 一人であるのを見るに、これから作戦というわけではないだろう。

 

「訓練か。熱心だな」

 

 ここのところのこの時間帯、V.ⅥのAC(インフェクション)はだいたい稼働状態にあった。寝食を忘れ夢中になって訓練に励んだ時期は自分にもあったし、そういう時期の伸び率は大体高かったものだ。

 以前のレイヴンはどうだっただろう。当初は負けが込んでいたこともあり熱心に訓練してはいたが、そういえば、そういう意味での「夜なべ」はしていなかったか。しっかり休息を取るタイプだ。

 この部下もそのタイプだと思っていたのだが、何か、厄介事でも持ち込まれているのだろうか。もしもそれが自分と戦う内容だとしたら、スネイルと組ませれば面白いことになりそうだ。機嫌を向上させながら言った。

 

「シミュレーションはあくまでシミュレーションだ。頼りすぎるなよ」

「承知しています。ですが、シミュレーションですら圧倒できなければ、お話になりませんので」

 

 ずいぶんとストイックなことを言う。

 世辞ではなく、V.ⅥはいいAC乗りになった。動きや判断に意外性はないが堅実で、無人僚機を自在に操り、着実にダメージを蓄積して敵を撃破していくスタイルだ。たとえ行動を読まれても手数で押し切る、それが可能な戦い方をしっかりと骨身に染みこませた。

 軍隊式でセオリーを重視するレッドガンとは、良くも悪くも好相性だ。戦闘前に結果が読みやすい。

 

「ところで、こんな時間に何かご用事でしたか? ロックスミスはデポに移動しているはずですが……」

 

 淡々と問われて、当初の目的を思い出した。

 言っていいものかと少しばかり考える。以前はレイヴンと親しくなっていただけに、性根の部分が甘い女だ。理由を話したところで悪いことにはならないだろう。

 

「一応聞いてみるんだが、子どもを見なかったか?」

「……子ども、ですか」

「ああ。五歳かそこらのちびだ。以前このあたりで遭遇した」

 

 メーテルリンクが、それとわかるほど表情を曇らせた。

 

「……そのような年齢の子供は、この拠点内においては、()()()()()くらいしか心当たりがありません。……生死は不明ですが、少なくとも、もうここにはいないでしょう」

 

 目を瞠った。らしくもなく言葉に詰まり、同時に納得した。

 「そうか」と、なかば呆然と返した。視線が自然と、足元に落ちた。

 てっきりパイロットとしての実験台なのだと思っていた。そうではなかった。――違ったのだ。言っていたではないか。旧世代型強化技術の応用でブレインシミュレータを開発すると。

 

 「なれるかな」と小さく落ちた声を思い出す。

 あれは、パイロットにではなく――()()()()()()()()()()()()()を問うていたのか。

 未来や時間がないことを、誰よりも、本人が知っていた。

 

「……変わられましたね、フロイト隊長」

 

 低い声が言った。顔を上げると、部下が歪めた顔を俯かせた。入れ替わりのように。

 両脇へ下ろした細い手が、ゆっくりと、固く拳を握りしめるのが見えた。

 押し殺したような声が言った。

 

「貴方は変わった。……貴方だけが、変わってしまった」

 

 首を捻る言いようだった。

 以前と比べて、関係者に大なり小なり差は出ている。それこそ変わった人間は数え上げるほどいる気がするが、そういうことではないのだろう。

 顔を伏せた女の表情はわからない。

 絞り出すような声が震えていた。

 

「……なぜです、フロイト隊長。なぜ今になって……。アーキバスはずっと貴方の成果に報いてきたはずです。スネイル閣下だってそう、今までどれだけ、貴方のために働いてきたことか!

 地位も、名誉も、財産も、環境も、およそ考えうるすべてが用意されているはずです……! だというのに……貴方は、どうして……今になって……!」

 

 (せき)を切ったかのようなまとまりのない批難を、咎めることなく最後まで聞いた。

 当てずっぽうなのか何か根拠があるのか、まだ決めたわけではない――ただし準備は進めている離反を、この部下は確信しているかのようだ。

 

 少しばかり意外に思った。今やスネイルと最も情報を共有している立場だろうに、スネイルよりも随分と危機感を募らせている。

 あの男はここまでV.Ⅰの離反を危惧してはいないだろう。動機となるのはレイヴンの存在だけだ。彼女を殺すか、もしくは取り込めばいいだけのことだと考えている。

 実際、それは正解だ。

 殺させるつもりなど毛頭ないが、もしもレイヴンが死んだとき、怒りにまかせて報復に走る自分が想像できない。――多分、感情が発露するとしたら、その方向ではない。

 

 痛みを帯びた沈黙の中に、換気システムの音が遠く響く。

 表情が浮かばないまま肩をすくめた。

 

「まるで、俺がアーキバスを捨てるかのような口ぶりだな」

「……誹謗だと言っていただけるのであれば、喜んで、責めを負います」

 

 感情を押し殺した声が意味するところに気付いて、ああ、と頷いた。

 否定して欲しいのだ。

 そんなつもりはないと。裏切るような真似はしないと、何を馬鹿なことを言っているのかと。

 それが相手の口から出てこないことを知りながら、(すが)るような思いで――あるいは、役に立たない釘を刺すために。

 

「けなげなものだな」

「……忠実な部下であると、自負しておりますので」

「献身もすぎれば毒だと言うが。……大体、行く先を不穏にしているのはあいつの方だろう。実害が出ていないから見逃しているが、離反を防ぎたい人間の行動には思えないぞ。喧嘩を売っているのかと思うくらいだ」

「不穏であるのはフロイト隊長、貴方の振る舞いでは? ……一介の独立傭兵にこれほど右往左往している時点で、失礼ですが説得力にかけるお言葉かと」

「なかなか言うな。四面四角でないのはいいことだ、ロックスミスが戻ってきたら一戦付き合え」

「……ご期待に沿うことができるよう励みます」

 

 表情を抑えながらも、その裏にある憤りを隠そうとはしない。これも釘刺しの一環かと様子を眺めているうち、ふと、思いつきで口を開いた。

 

「そうだな……。もし、俺がスネイルを追い落とすとしたら、お前はどうする?」

「な――」

 

 これ以上無いほど見開かれた目が揺れる。

 絶句する部下に、口角を吊り上げて訊ねた。

 

「動機は何だろうな。単なる癇癪か、もしくは上層部と手を組むのでもいいか。アーキバスに弓を引くわけではなく、ただあいつを邪魔者として排斥しようとしたら、どちらにつくつもりだ?」

 

 たっぷりとした沈黙ののち、女が引き()れたような、大きな息を吐いた。

 

「……最大戦力(エース)指揮官(コマンダー)であれば、組織にとっては、指揮官の方がより重要であると判断します」

「忠実だな、感心する。まあ、お前はそれでいいんじゃないか」

 

 メーテルリンクが息を呑んだ。どうやら虚を突く反応だったらしい。

 人望のなさでは自分と似たり寄ったりの男だ。それでも一人くらい、損得を抜きに付き従う人間がいてもいいだろう。

 複雑そうな顔で口を開こうとした部下に、たとえ話は終わりだとぞんざいに手を振った。

 

「今のところはただの()(ごと)だ。実際その気はない。単に出て行くより、かなり面倒だからな」

「……『面倒』とは……実に貴方らしい。目眩がしますね」

「さっきのお前の言葉どおりだ。地位と環境が役に立つのは間違いない。それを必要としているうちは、ここから離れることはないだろう」

「そうですか、それは何よりです。……出過ぎたことを申しました。私は、私にできることをします」

 

 信用を欠片も見せない声で応じ、メーテルリンクは小さく一礼してACへと向かった。

 こちらも背を向けて歩き始めたとき、ふと、規則正しい足音が止まった。

 涼やかな声が追ってくる。

 

「――そうだ、首席隊長殿。先程の、猫が鼠をいたぶるような顔……ぜひ、()()()()にお見せになってください」

 

 振り返ったときに見えたのは、そして振られてしまえ、と言わんばかりの皮肉げな笑みだった。

 

 メーテルリンクが再び踵を返す。

 そんな顔をしていただろうかと、なんとなく顔を撫でた。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 アーキバスの各部署は惑星封鎖機構から鹵獲した機体や兵器や機材の解析や試験で忙しい。特に面白いものもなかったので早々に飽きて、暇つぶしにRaDへ入り浸っていた。

 

 名目は「面白そうな武器を開発していると聞いたから」。

 その実は、いざというときの「予備機」を組むためだ。

 

 正規品を手に入れられないものもあり制約は多かったが、かえって良い娯楽になった。

 フレームは結局RaDのもので統一した。色々とバランスを取りながら、たどり着いたのはこんな感じだ。

 

 頭部:HC-2000+ KUSTOM EYE

 コア:CC-2000 ORBITER

 腕部:AC-2000 TOOL ARM

 脚部:2C-3000 WRECKER

 ブースター:FLUEGEL/21Z

 FCS:FC-006 ABBOT

 ジェネレーター:VP-20C

 

 頭部だけは一般に流通していない試作品だった。AC「ナイトフォール」用に外部でカスタムされたHC-2000/BC SHADE EYEの性能にカーラがいたく感心して、自分でも作ってみたらしい。

 カスタム(CUSTOM)の逆輸入模倣品の名称に、KUSTOM(改造マニアが好んで使う綴り)を使う辺り、いかにもRaDだ。

 原型のHC-2000 FINDER EYEと同じ単眼カメラ、だが面長ではなくなった形状は、少し愛機のHD-011 MELANDERと似ている。バイザーの装着で機能に下駄を履かせる手法はカスタムからの逆輸入だというが、見た目の格好良さがかなり気に入った。レイヴンに早く自慢したい。

 

 

 

 適当な武器で一通りの動きを確認し、試験場併設のハンガーへと戻る。

 重量を積める脚に高出力ジェネレーターを乗せて供給補正の低さをカバーするというコンセプトだったが、実際動かしてみると思いのほか軽やかに動いた。まずは悪くない手応えだ。

 機体を降りると興奮状態のメカニックに取り囲まれて、矢継ぎ早に質問攻めにされた。ドーザーらしからぬ、勘所のわかった内容ばかりだった。

 ひとしきり話を終えた頃、野暮用を片付けたカーラがようやく姿を見せた。

 部下から端末を受け取り、HMDやグラスコクピットの情報整理などの自機カスタム一覧へどれどれと目を通したものの、その華やかな顔がだんだんとしかめっ面に変わっていく。

 

「……アーキバスの開発力はさすがというか……本社でもない出張先でここまでカスタマイズを加えて、安定的に運用できるとはね……。大したもんだよ」

「だろうな。再現は難しいか」

「工数がとんでもないね。うちだとOSの根本からいじることになる。もう面倒だからコアブロックごと持ち込んでくれ。金じゃなく、時間が足りやしない」

 

 コアブロックを持ち込めるレベルなら、フレームだけ換装してそのまま使える目算が高い。つまりは妥協しろということだ。予想はできていたので素直に頷いた。

 気になった部分をちまちま変えたり興の乗った追加機能を乗せてきたのが積み重なって、実際、改造はかなり膨大な量になっていた。

 そもそもが、これは(暇つぶしという点を除くなら)ACがなければ何もできない自分が、身ひとつで転がり込むことになった場合の保険だ。

 遊び部分や細かいカスタムは省いて、思うように動かすため必要なものに絞り込むべきだろう。自分が慣れればいいところと、手を入れなければならないところを分ける必要がある。

 

 ロックスミスに施した数々の改造は、そのほとんどが()()()()()()()()ためのものだ。他の人間が使ったところで使いにくいものでしかない。だいぶ昔に、スネイルが改造内容のすべてを強化人間用に置き換えて再現していたことがあったが、まったく使い物にならないと早々に計画を打ち捨てていた。

 つまりは、そのものが「強い機体」というわけではないのだ。

 特別な照準器をもつでもなく、FCSなどへのジャミング機能を持ち合わせているわけでも、フレームの出力が突出しているわけでもない。

 自分が乗って初めて、ロックスミスはロックスミスとして完成する。たとえレイヴンでも十全に乗りこなすことはできないだろう。

 武装もそろそろ替え時だ。レーザードローンの個別操作ができなくなる。数的不利が想定されるのだから、普通に考えるならマルチロックミサイルあたりか。

 

 ため息とともにカーラが肩をすくめ、「よくまあここまで」と呆れ混じりにリストを閉じた。

 

「ともあれ、フレームと内装はこれでいいんだね。名前は何にする?」

「ロックスミスだ」

「……今の機体と同じ名前じゃないか。紛らわしいだろ」

「そうか? 今までも全部同じだったが」

「アンタは、ACを道具と見ないタイプだと思っていたんだが……アンタが時々話しかけてる“ロックスミス”っていうのは、一体何なんだい。ACの妖精か何かか?」

「目の前の相棒だな」

 

 カーラはなんともいえない顔をみせたが、諦めたように頭を振って話を切り上げた。

 ()()()もあり色々と多忙らしく、最終調整以外は部下に任せるつもりらしい。要点を押さえた指示を飛ばしているのを眺めていると、端末に着信があった。

 ウォルターだった。折り返しの連絡だ。

 アクチュエーターだのジェネレーターの実測値だののデータを流し見ながら応じた。

 

「フロイトだ。変わりはないか、ウォルター」

《……外のようだな。どこにいる》

「RaDの試験場だ。新しいACを組んだ」

 

 一瞬、眉をひそめるような間があった。

 少しばかり声の温度が下がる。

 

《……濫費家ぶりは、相変わらずのようだな、V.Ⅰ》

「むしろ堅実だろう。いざというときの保険だからな。それで、そちらはどうだ?」

《……報告はV.Ⅱに上げている》

「あいつが嘘を混ぜずに教えるという確信がない。……このやりとり、毎回やるのか?」

 

 苦々しげなため息が落ちた。

 順調だとは聞いている。さしものウォルターとレイヴンも、時期によるものか、この案件に入ってからは端々に慎重さを見せていた。

 わかりやすいのが腕フレームの変更で、近接能力を妥協して04-101 MIND ALPHAに戻したらしい。逆に、先日渡したばかりのパルスシールドランスは持っていったようだ。

 どれも伝聞なのは、既に仕事に入ったレイヴンがいつもの通り、こちらとの連絡を絶っているからだ。読まれることのない日記のようなメッセージが暇にあかせて未読件数を増やしている。仕事が終わる頃には何件になるのだか、さすがに呆れられるかもしれない。

 

 そんな状況の中、唯一の情報源である男は、渋々といった様子で口を開いた。

 

《深度2エリアの調査を完了、惑星封鎖機構の“エンフォーサー”を撃破した。立て直しが必要な必要なほどの損傷はない。このまま深度3に入る》

「早いな。レッドガンとは鉢合わせなかったのか?」

《小競り合い程度だ。正面衝突には至っていない。……現状は、こちらを利用するつもりでいるようだ》

「なるほど。……賢いな、らしくない消極的な態度だ」

 

 G2が生存している影響だろうか。本社の意向で部隊大半の拙速な投入こそ避けられなかったものの、のらりくらりと綱を引き合っているのだろう。

 レイヴンの能力はレッドガンも高く評価している。頃合いを見計らい、漁夫の利を掴めれば上々といったところか。そもそもエアの援助の甲斐あってか、前回に比べればレッドガンの番号付きの生存率が高い。

 スネイルにはとんだ計算違いだろう。――まあ、原因の一角は自分にもあるのだが。

 そろそろストレスで禿げそうな雰囲気だが、あの男の毛根は胃よりもかなり頑丈らしく、今のところ生え際に兆候は見られない。

 

「まあいいか。お前たちがレッドガン相手に油断することもないだろうしな。それよりウォルター、エンフォーサーとの戦闘ログが見たい。送ってくれ。そうだ、あのランスはどうだった? 悪くないだろう? 防御形態からシームレスに攻撃できる」

《……役には立ったようだ》

「なんだ、歯切れの悪い。まだ疑ってるのか? 何も仕込んでないぞ」

《確認はしている。……信用は別の話だ》

「それもそうだな。レイヴンが気に入っているならいいんだが」

 

 返事はなかった。

 そのうち本人に聞くかと付箋を付けて頭の引き出しにしまいながら、交換情報の提供に移った。

 ウォルターが渋々ながらも連絡を入れてきた理由である。

 

「続報だが、PCAは制圧艦隊の増派を決めたようだ。何としてもコーラルを持ち出させないつもりだな。こちらも妨害を試みるが、到着まで、早くて40日といったところか」

《勤勉なことだ……規模は?》

「すごいぞ、グリーゼ581星系に駐留していた連隊を2つ回すつもりらしい。強襲艦だけで68隻だ」

 

 前回ならこの辺りで諦めていたはずだが(人類種存続の観点からするととんでもない失策だ)、現在の惑星封鎖機構はルビコン制圧のために艦隊を再編成し、新たな作戦の遂行を試みている。今度は排除などという生ぬるい方針ではなく、全力をもって殲滅に来るはずだ。

 今回の「システム」が判断を変えた理由はわからない。

 何かあっただろうかと考えていると、ウォルターが低い声で応じた。

 

《……あの星系の駐留部隊は、相応の練度があったはずだ。惑星封鎖機構もいよいよ腹を括ったというわけか……》

「コーラルの危険性を再評価したのかもな。一度交渉してみたらどうだ?」

 

 聞いていたカーラがぐるりと目を回してみせた。ジェスチャーだけにとどまらず、「馬鹿言うんじゃないよ」と声にも出す。

 

「AIの判定を覆せるなら世話はないね。半世紀前だって十分な資料(データ)を回していた。そのうえで、あいつらは、ただ封鎖することを決めたのさ」

「その時点では大方焼滅していたからじゃないか? 危険度と優先順位は変わっている。コーラルの異常増殖条件を提示して、脅してやればいい。封鎖する方針は変えないにせよ、定期的な焼却管理くらいはやる気になるだろう」

「……。……なるほど、一理あるか……」

「タイミングは重要だな。下手に連携して、PCAの慎重さが足枷にならないとも限らない」

 

 目の前と通信越し、二人分のため息が揃って落ちた。

 

「……『友人』との調整が必要だね。ウォルター、それはこちらで受け持つ。アンタは猟犬に集中しな」

《そうさせて貰おう》

「PCAは想定どおりとして、企業もいよいよ互いに仕掛けるだろうね。このタイミングでV.Ⅰを動かす気がないのは不可解だが……」

「まったくだ。俺を出すまでもないと思っているんだろうが」

《……レッドガンはG1とG2、そして相当数のMTを追加投入するはずだ。そちらの見立てが正しいかどうか……お前はどう見る、V.Ⅰ》

「そうだな、第4部隊(V.Ⅳ)ならなんとかするんじゃないか。もしレイヴンに依頼するようなら、少なくともMT部隊の支援をつけさせる。さすがに単機でやらせる仕事じゃない」

 

 ウォルターが複雑そうに沈黙する。

 頭目が喉で笑った。

 

「アンタに慎重さなんてものがあったなんてねえ。てっきり面白がるかと思ったが」

「ああ、俺が行くならそうだな。面白そうだ」

「慎重になるのはレイヴンのことだけってわけか。どうだい、ウォルター?」

《……自分自身の無茶も自重してもらおう。お前に何かあれば、あいつの精神状態に影響がある》

 

 思わず目を瞬いて、頭目と顔を見合わせた。

 まさか、この男がこちらを心配するようなことを言うとは。

 

「……とくに無茶でもないつもりだったんだが」

「無茶は無茶だろうよ。……ああ、なるほどねぇ……アンタの右腕、それを止めるためにアンタからACを取り上げておいたってことか。なかなかの切れ者じゃないか」

 

 からかいの言葉に首を捻った。切れ者であるのは否定しないが、スネイルを右腕と言われると違和感がある。

 単に自分の席次が上であるだけで、実際のところ、部下や補佐というよりは管理職といった印象だ。

 

「まあ、無茶だと言うなら尚更だ。レイヴンにやらせる道理はないな。万一その内容で仕事を回されたら俺に言え、救援がてら見物に行く」

《……ACがないと言っていなかったか》

「予備機を間に合わせる」

 

 ウォルターが頭痛を堪えるような唸り声をこぼした。

 頭目も呆れ顔になり、こめかみを指で叩いてぼやく。

 

「アーキバスみたいな無茶が通ると思うんじゃないよ、フロイト。……改造リストに優先順位をつけな。三日でできる範囲を検討しよう」

「助かる。さすがに慣れない機体で素のままだと、ミシガンの相手は厳しいからな。割り増しで請求してくれ」

「やたら金が貯まっていくねえ……何に使ったもんだか。とりあえずは徹夜が決定してる連中へのボーナスと……あとは、設備投資でもしようかね」

「ベイラム系の弾薬の調達ルートがないならそっちを頼む。コピー品はお手の物だろう」

「うちの製品を使えと言いたいところだが、まあいいさ。ただし種類は絞ってもらうよ。……アーキバスは正規品を手に入れていたんだろうが、まったく、調達担当の苦労がしのばれるね」

 

 そういえば、どうやって手に入れているのかは考えたことがなかった。用意されているのが当たり前という恵まれた環境に、今さらながら多くの人間が関わっていたことを認識する。

 メーテルリンクの言う通りだ。

 やりたいようにやらせるために、組織は多大な労力を払っている。

 とはいえ、とすぐに頭を切り換えた。それを認めさせるためにそれなりにリターンを叩き出してきたのだから、仕事道具の()()()()くらいは許されてしかるべきだ。

 

「とりあえず、まずは目の前のレーザー障壁だな。そこが破られたタイミングでどの勢力も動き出す。……仕事が早いのは結構だが、少し遅らせられるか、ウォルター」

《……そろそろ、一度休息を取らせたいとは思っていた。機体の簡易点検をしておくべきだろう》

「助かる。そうだ、あの階層といえば――」

 

 そのとき、カーラの端末が着信を告げた。

 無感動な合成音声がその場で告げる。

 

《ボス、レイヴンから通信だ》

「……私にかい? ウォルター、何か聞いているか」

《いや……》

「どうにも厄介事の予感がするね……。まあいい、そういうことならここで話すわけにもいかないだろう。少し席を外させてもらうよ」

 

 頭目はウォルターの返事を待たずに去って行き、後には探りかねるような沈黙だけが漂った。

 用件は済んでいるので早々に切られるかと思っていたのだが、何か思うところでもあったのだろうか。戻ってくるのを待ったところで、話せないことなら話されないだろうに。

 考えている間にもまだ通信が繋がっていたので、手持ち無沙汰に首裏を掻いた。

 

「そういえば、ウォルター。レイヴンから愚痴を聞いている。まだ本当の目的を話していないのか?」

《……お前が何かを言ったのか》

「いや、何も言っていない。あいつも俺から聞こうとはしなかったしな」

 

 ウォルターがため息をついた。

 今度のため息は、苦さとは別の感情の割合が大きいように思えた。

 エアの存在にまでは気付かなくとも、レイヴンに対して何らかの懸念を抱いているのは事実だろう。だが、真実を伏せたまま命令だけを続けるというのは、いかにも悪手だ。

 

「お前が何を考えて言わないままでいるのかは知らないが、あいつのことだ、大体のところはもう察しているだろう。隠しておく意味があるか?」

《………》

「だんまりか。()の強い猟犬の扱いは大変だな。今まで似たようなやつはいなかったのか」

《いや……。……お前には関係のないことだ》

 

 いったん答えかけて、言葉を飲み込んだ様子に肩をすくめる。

 どこか自分のものとも似ている調教師(ハンドラー)のエンブレムは、いくつものリードを持ちながら、その一本として引っ張りがかかっていない。

 

 意味するのは、自責の念か、それとも覚悟なのか。

 

 どちらであっても、難儀な話だった。

 

 

 

 

 

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