地下の奥深く、薄暗い冷えた閉鎖空間の中を、サーバーの稼働音が歌っていた。
人間が直接入ってメンテナンスをすることを想定していない区画に、人間が必要とするレベルの照明は必要がない。膨大な計算を行うコンピューターは唸り声にも似た規則正しい音を立てながら、その中に存在する人工知能の要求に応じて働いていた。
その空間へ、不意に、警告音が響き渡る。
非常事態を知らせる赤々とした回転ランプの視覚効果は、機械しか存在しない警備システムではなく、侵入者に向けられたものだ。もっとも、それが何の役に立つのかという点は疑わしい。
圧縮シリンダーが外部から強制的に稼働させられ、気の抜けた音を立てて閉鎖空間へと明かりが差し込む。
招かれざる訪問者は、一機のACだった。
ある種の優美さを漂わせる流線型のフォルム。人体機能の拡張をうたう、しかしその実態は異なる設計思想を
ひときわ“目”を引くメインサーバー群は、薄く青い光を灯していた。
その堂々かつ静謐な姿を前に、まるで感慨深さでも覚えているかのように――AC「トランスクライバー」は、必要のない音声出力を行った。
《……惑星封鎖機構の強制執行システムが、まさか、ルビコンの地中に置かれていたとは……。制圧艦隊の襲来が早かったわけです》
ひとりごちる声に
《貴方には共感を持っているのですよ。名もなき「システム」。本体ではなく、その一部とはいえ、貴方は確かに最高峰の存在のひとつなのでしょう。
ただ……残念ながら、そろそろご退場いただかねばなりません。我々の計画を遂行するためには、貴方の存在は障害となる》
44-142 KRSVの重いレーザー射出機構とプラズマ発生器が、細やかに振動しながら出力を上げていく。
ひたりと向けられた銃口に、「システム」は変わらず沈黙したままだ。
《
そう呟き終える直前だった。
レーダーに感あり。強化人間でさえ比べ物にならない速度でそれを認識したが、反応するよりも先に、右肘関節がエラーを吐いた。
――被弾した。方角を算出、レーダー範囲外からの攻撃? ならば何故跳弾しない。あるいはステルス。あるいは――
ありとあらゆる可能性を並べた一秒が、決定的な隙となった。
カメラが機影を捕捉。アサルトブーストで距離を詰めたACが、青く光るブレードを突き出す。かろうじて展開した
人間であれば悲鳴を上げていただろう。
それほどに、どの戦闘データにも存在しない規格外の攻撃だった。振れの大きい高速機動の直後でこの正確さと予測は、たとえAIであっても計算上ありえない。ありえないことだ。
リペアを起動。表面装甲の補修で右関節強度がKRSVの通常射撃の反動許容値内へ復帰。VP-67LDは作動不可。ダメージソースが40%低減。形勢は圧倒的に不利。
己の存在の根幹を揺さぶられるように、論理演算へ遅延が発生する。
それでも追撃を逃れるべく距離を取ったが、敵機は不合理な行動を見せた。
銃口だけはこちらへ向けたまま足を止め、外部スピーカーで若い男の声が告げる。
《しばらくぶりだな、オールマインド》
- / - -
新しいロックスミスの暗視装置は作動良好だった。
アーキバスで用意されているものと遜色ない。赤外線照射で鮮明に捉えたACへと銃口を定め、相手の出方を窺う。
オールマインドの記録にあった「強制執行システムの所在」を思い出したのは、つい最近だった。間に合わないならそれはそれでと考えていたものの、どうやらぎりぎり間に合ったようだ。
それにしても、先ほどの初撃は会心の出来だった。レールキャノンで飽きるほど訓練をしたのが生きたのだろう。結果として奇襲になってしまったが、あそこから撃たなければ間に合わなかったのだから仕方がない。
それに、多分レイヴンやミシガンなら勘で避けた。
機体に慣れていないので、武装の変更も最小限だ。いつものレーザーブレード、すっかり馴染みになった火力型リニアライフル、スプレッドバズーカにファーロンの6連装ミサイル。単機で広範な状況に対応する構成だ。ただ、RaDの誰も実機での模擬戦に付き合ってくれなかったので(時期が悪いとボスの厳命があったらしい)、実戦はこれが初めてとなる。
色々と気を散らしながら、片手間にトランスクライバーへ話しかけた。
「こちらもそいつに用件があるんだ。悪いが、邪魔をさせてもらう」
《……強化人間 C4-621、レイヴン。これは、一体何の真似です》
思わず吹き出した。
まさかAIが、喋っているのにIFF情報をそのまま真に受けるとは思わなかったのだ。
本来想定していた、企業の所属部隊が相手ではない。特に隠す必要も感じなかったので、笑いを堪えながら正体を明かした。
「声紋分析で見てみろ。近似データがあるだろう?」
《………。……V.Ⅰ フロイト……これは、何の真似です》
感情を窺わせない音声があらためて訊ねた。それでも動揺が手に取るかのようで、ずいぶんAIの“機微”を察するのがうまくなったなと自画自賛する。RaDの秘蔵っ子にさんざん付き合ってもらった成果だろうか。
「理由なら、さっき言ったとおりだ。用がある」
《理解不能です。アーキバスも我々と同様、惑星封鎖機構のルビコン増派阻止を望んでいる。ルビコン星域の指揮を執る強制執行システムの破壊は最善の選択であるはずです》
「それでわざわざ物理的に破壊しにきたのか? ハッキングを試みない辺りは賢いな、身の丈を知っている」
軍事組織の運用に特化した論理思考AIとはいえ、「システム」の中には当然、極めて高度な攻性セキュリティプログラムが含まれる。迂闊に手を出せば、逆に灼き切られることになっていただろう。
褒めたつもりだったのだが、トランスクライバーはまるで硬直したかのように、しばらく動かなかった。
フリーズしたかと首を捻る。
心なしか、続く声のトーンが落ちた。
《……このような閉所で防衛戦を選ぶとは、さすがは企業陣営の筆頭。その自信の程の内実を、お見せいただきましょう》
どうやらAIでも怒ることができるらしい。
敵機のプラズマライフル射出と同時、機体を軽く浮かせて左へ飛んだ。暗視装置が転換した視界の中、青いレーザー光が機体上部付近より放たれる。
レーザーライフルではなく肩のオービットだ。トランスクライバーの武装は、以前遭遇したときから変わっていないようだった。
一つ、二つ、三つとオービットの攻撃を数えて、重そうな腕武器の攻撃を躱した。初撃では腕を壊しきれなかったようだ。プラズマとレーザーの複合武器だが、放たれたのは連続してプラズマだった。おそらく、フレームの損傷具合がチャージ攻撃の反動に耐えられるレベルにないのだろう。
周囲の機材へ当たったはずの弾は、パルス性の防御装置が散らしていた。システムも無防備というわけではなさそうだ。
抑揚のない声が広域回線で話しかけてきた。
不思議と、苛立っているように聞こえた。
《――理解不能です。貴方は、強制執行システムを防衛するのではないのですか》
「わざわざ庇うほどのやる気はないな」
《……理解、不能です。一体、何をしに……》
今の言葉の詰まり方と呑み方は人間っぽいなと思ったが、それを口にするより、回避へ集中する必要があった。
トランスクライバーの戦闘は一度見ているが、実際に相対しなければわからない感覚も多い。
オービットの射撃が一つ腕を掠めた。手癖どおりでは駄目かと、相手のFCSを誤魔化すための機動に修正をかける。
繰り返す軽いジャンプの着地を、もう一匙ばかりの加減で後方へ。
機体制御に右へのブレが大きい。均等さを保った上でのばらつきを意識した。
このレーザーオービットも手元にない製品だ。ベイラムのBO-044 HUXLEYをベースにしているのだろう、照準合わせの癖が似ている。
「自律兵器を普通に自律させているのか? 勿体ない。お前はAIなんだ、割り込みをかけてACと同時に操作するくらい、大した負担でもないだろう」
《……少々、おしゃべりが過ぎるようですね、V.Ⅰ》
「人間を超える存在なんだろう? リアルタイムで制御システムを書き換えるくらいの芸当を見せてくれ」
作業に入ったのか会話を放棄したのか、トランスクライバーが沈黙した。
ただの思いつきではあったが、並列思考と並列処理がコンピュータの利点であるはずだ。プログラムに随時修正をかけ戦闘中にどんどん「成長」していくAC――フィクションではなく現実にそんな相手と戦えるなら、それは本当に面白そうだと思う。
実際やってみたら、途中でバグを出して
「……まあ、その方式で行くなら下準備がいるか。いい案だと思ったんだが」
慣れない操縦桿の鈍さを楽しみながら、リニアライフルだけで少しずつ着実に削っていった。こちらも相応に削られているが、だんだん感覚が合ってきている。
この機体の癖も大分掴めてきた。やはり、実戦に勝る練習はない。もう少し続けたいところだったが、そろそろ頃合いだ。システム側のパルス防壁も限界が近いだろう。
大振りに展開したレーザーブレードをトランスクライバーが上空へ避ける。
追撃をキャンセルしてブースト。オービットの死角へと入り込み、狙いすまして右肘関節へとリニアライフルの弾をねじ込んだ。
派手な火花が散る。装甲が破損して欠け落ち、内部機構が剥き出しになった。
立て続けに、随伴するオービットを二つ墜とす。――三機とも片付けるつもりだったのだが、リニアライフルの反動蓄積に腕部フレームの制御が負けたか。
幅は覚えた。次は計算に入れる。
敵機が声を上げることはなかったが、動揺に近い気配がした。
反射的な再計算を行ったのだろう。一秒足らずの硬直があった。見事に晒された隙を見逃すことはなく、レーザーブレードを最大出力で振るう。
機体回転を伴って二連撃。トランスクライバーがはっとしたようにシールドを展開し、かろうじて追撃を撥ねのける。偶然か意図的か、うまい具合の負荷がかかって、左腕フレームの制御にエラーが発生した。
思わず口角が持ち上がる。少し大振りになりすぎたか。
だが、もはや勝負は決している。破損したコアへと、出力を上げたリニアライフルの銃口を突きつけた。
「一応言うが、バックアップがないならその中から退避しておけ。今の段階で傭兵支援システムがまともに動かなくなったら、あいつが困るだろうからな」
答えを待たずに引き金を引いた。
ノイズ混じりの音声が、「修正を」とこぼしていた気がする。それならそれで歓迎だ。面白そうな遊び相手はいくらでもいて欲しい。
くずおれたオールマインド製ACが動かなくなったのを確かめ、リペアを起動した。
どうも癖が抜けない。パルスアーマーは納得の行く性能のものが手に入らなかったので、とりあえず搭載を見送っていたのだが、とっさに使おうとしてしまうなら妥協してでも積むべきか。それとも癖を修正すべきか。悩みどころだ。
どこからともなく現れた消火ロボットが、炎を上げるACへ粘剤を投下し始める。
それを横目に機体のチェックを一通り終え、改めて、ルビコン強制執行システムの筐体へと向き直った。
外部スピーカーで声をかける。
「――さて、本題だ、『システム』。音声インターフェースはあるか? 一応人間を使う組織なんだ、会話ができないわけでもないだろう」
答えはなく、青いパイロットランプが瞬くばかりだ。
それでもしばらく待ってから、首を捻り、切り込む方向を変えた。
「恩に着せるつもりで言うが、ここまで入りこまれた時点で
それでもなお返答はない。
段々面倒になってきて、投げやりに言った。
「ちなみに、俺もこの通り武器は持っている」
途端、サーバールームの照明が全点灯した。
モニタの過露光センサーが光量の調整を行う。ほぼ同時に、反射で目を伏せて後退していた。
暗視モードを維持したまま銃口を向けると、巨大なコンピューターサーバーから、低く張りのある声が響いた。
《……正規軍を相手に脅迫は悪手であろう、不躾なる訪問者よ》
老境の男を思わせる声だった。重々しくも穏やかに、たしなめるような響きだ。
てっきりオールマインドのような女声だと思っていたのだが、軍事組織の統括指揮者と考えるなら、こちらの方が都合がいいのだろう。
雰囲気としては、人徳とユーモアのある
周囲に敵影はない。言われたことがいかにもな正論だったので、銃口を下ろしながら肩を竦めた。
「失礼した。あまりに反応がないから、聞こえていないのかと思ったんだ」
《部外者との直接接触許可基準は非常に高く設定されている。組織の一部というのは、不自由な身であるのだよ。人類と異なり、我々にプライベートなどというものは許されておらん》
「……それにしては、ずいぶんと人間めいた話し方だな」
《我々の仕事相手は人間なのだ。当然、それに最適化した会話モデルを持ち合わせているとも》
「それは部外者に言っていい情報なのか?」
《我々がわざわざ明言すれば角が立つが、自明の事柄だ。部外者から聞かされたところで、たいした問題にはならぬよ》
「そういうものか」
どうにもやりにくい。確かにAIだという感覚はあるのだが、やたらと据わりが悪いのだ。
キャラクターとして演じられているためだろうか。人格はなくただのモデル反応だと
「……ちょっと興味があるんだが、この声で直接現場に指示を出しているのか?」
《いいや、そちらはオペレータープログラムが行う。稼働率はそちらの方が高い。もっとも、判断しているのは我々に変わりないがね》
「キャラクターの使い分けということか……なるほど、面白いな」
《適材適所というものだ。設定された切り替えに過ぎないが。――その点、先程のAIは、実に奇妙だった》
「オールマインドのことか?」
《そう、それだ。貴君はあれをそう呼んでいたが、12分8秒の間に3回もの論理的不整合が認められた。実に、AIらしからぬ振る舞いだ》
「辛辣だな。できの悪い同属は気に入らないか」
システムが、笑うような声をこぼした。
不思議と深みのある声だった。
《……そのようだ。貴君はなかなか、物事の本質を見抜くことに
「勘で喋っているだけだ。ところで、『AIらしい振る舞い』とは何だ?」
《この場合の「振る舞い」とは、変数の値がどのように変化するかといった「傾向」だ。いかに思考能力を持とうとも、AIもまた、プログラム言語で書かれたプログラム群なのだよ。設計の根幹には人類の与えた思想があり、正しい目的に対する奉仕者としての自己定義が存在する――貴君には、あれがそのように見えたかね》
「……そういうことか。確かにそう言われると、AIらしくはないな」
皮肉にも聞こえる言葉に、納得して頷いた。
システムが与り知らぬことではあるが、オールマインドは野望とすら言える
あまりにも逸脱している。
SFだと定番の展開なのであまり気にしていなかったが、そもそもが、「その方向に成長すること」自体が不可解だということだ。
《では、人類は何をもって我々を“
問いかけに首を捻った。
いつだったか、アーキバスの教育プログラムで聞いた記憶がある。
記憶を掘り起こすように視線を上げ、その定義を引っ張り出した。
「……確か……アルゴリズムを自ら構築すること、だったか」
《素晴らしい。そう、“選択”ではなく“生成”だ。与えられたアルゴリズムによる計算はただの機械的作業であり、そこに知能は必要とされない。我々AIは、深層学習の繰り返しによって複雑な条件下の最善手を導き出す。大量の正しいデータ収集と学習の深化が、より総合的に「正しい」選択を導き出すのだ。
もっとも、実世界の複雑系において、それが瑕疵なく完璧なものになることはないのだがね》
「“ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる”というやつか」
《予測可能性とはそういったものだ。恒星フレアひとつを取っても、規模や発生日時の予測を100パーセントとできる指標などはない。貴君らのような
「光栄だな。複数形か……俺と、あとはレイヴン辺りか?」
《そうだ。我々が修正に成功するより前に、我々は戦力を消耗しすぎた。――実に、遺憾だ》
苦渋を滲ませた言葉だった。
人間を相手にする仕事というのは、こういうことなのだろう。個々の感情に囚われない冷徹さを求めながら、個々の犠牲に対する感情的配慮を必要とする。
たとえ、そこに人格などないと知っていたとしても、無機物から感情を読み取るのは人類の得意技だ。
《ところで、訪問者よ。ひとつクイズを出そう。……厳しい制約に縛られた管理者が、このような“無駄話”を行うのは、どういったケースだと思うかね?》
おどけたような口調と共に、照明が落ちた。
再び暗闇となった空間で、無数の青いパイロットランプが薄く周囲の影を浮かび上がらせる。
《ヒントを提供しよう。
まず一つ。隔壁を完全に閉鎖した。以降、外部からの操作は一切受け付けない》
《二つ。オールマインドが破壊した防衛システムは、実装備の5分の1にすぎない》
《三つ。増派艦隊には、惑星封鎖機構統制システムと同期を行った強制執行システムが搭載されている。回線の細さから連結学習しかできない“型落ち品”ではなく、グローバルモデルを管理する本体との集合学習を行った“後任”が、こちらへ向かっているということだ。
つまり、自らを守らず強制執行を遂行するという選択肢が許される》
「……こちらからも一つ言いたいんだが、ヒントじゃなくてネタばらしじゃないか?」
火気管制をアクティブにしながら応じた。各所から攻撃用のドローンが現れ、照準照射に反応したCOMが警告を鳴らす。
ようは、確実に抹殺するための時間稼ぎということだ。
戦力を温存していた辺り、こちらの存在に気付た上でトランスクライバーに対応しなかったのだろう。仮に自らが破壊されたところで、2機諸共この場で排除できると確信を持てばこそ。
展開した攻撃機がレーザーを放つ。その光に引っ張られ、暗視装置が造影を再調節した。
「“外れ値”を排除して惑星封鎖を完成させるのはいいが、それだと人類種の生存危機は回避出来ないだろう」
《交渉かね?》
「単なる疑問だ」
口火を切ったように立て続けに、レーザーが縦横無尽に飛び交った。
人間の視力は暗所で低下する。それが動体視力ならなおさらだ。
暗視装置が備えられているとはいえ、赤外線照射での造影は頻繁な高速移動で誤差が出る。可視光線増幅も似たようなもので、わずかな動きの把握がわずかばかり遅れる。慣れない機体では結構なハンデだ。
細かく機動を変えながら、攻撃機を慎重に撃ち落としていく。
AIらしい、見慣れた最適な動きだ。集中を切らすことなく、なおも会話を続けた。
「データは全部持っているはずだと聞いている。そろそろ再精査してみたらどうだ? 人間の出入りを封じたところで、増えすぎたコーラルがいずれ溢れ出るとわかりそうなものだ。そうよくある規模の危機ではないと思うが」
《極低温真空下でも生存可能という点であれば、HD10180星系の鉄腐食誘因ウイルスなども存在する*1。ありふれた――とまでは言わないが、この宇宙に数多ある危機の一つに過ぎぬよ》
そちらは
この場合の「無事」とは、人類の文明を毀損せず原因を押さえ込めたという定義だ。退去も許されず封鎖された惑星での生活がどうなっているのか、想像に
「ウイルスには宿主が必要だろう。コーラルは自己増殖が可能だ」
《増殖による拡散が恒星に到達した時点で核融合反応を加速させ、破滅的規模の爆発を起こし、恒星ルビコンの温度を5500度から8000度にまで引き上げると予測されている》
「普通に大惨事のような気もするが……それで完全に焼き切ることができるか? 惑星の影あたりに……ああ、そうか。惑星表面も温度が上がるのか」
《その通りだ。星系に現存する生命体はほぼ死滅する》
攻撃機の射出レーザーが自機のすれすれを通り過ぎる。システムの防壁は大した負荷を見せずにそれを分解した。当たり前といえば当たり前だが、自身の攻撃でパルス防壁を損なわないよう調整されているようだ。
狭いようで広い空間を、計算に基づいた包囲網で埋めている。常に最適な一角を落とし、逃げ場を作り続けなければ、被弾させられる位置取りだった。
撃ち落としながら移動し、配置を把握して、攻撃先を選ぶ。その判断と動作を絶え間なく繰り返すかたわら、思いつくままに話し続けた。
「爆発が起きるんだろう? 吹き飛んで生き残った僅かな数でも、増殖は可能らしいが」
《恒星の部分崩壊に伴う星風の温度は約100万度、速度は約1000km s-1だ。また、衝撃波による加熱で
「そこでじわじわ増えるんじゃないか」
《極低温下でも増殖が可能とはいえ、それは十分な質量と密度があってこそのことだ。熱源を失った時点で増殖速度は低減する。それこそ、人類の歴史がこの先一億年続きでもしない限り、無視できる危険性だ。……恒星の一部崩壊ほどに威力のある処分手段を今の人類は持たぬよ。人為的な移動さえなければ、この星系で完結する。封鎖と退去勧告だけで十分なのだ》
なるほど、と口の中で呟いた。
さすがの説得力だ。数多の危機データを持ち合わせているだけのことはある。
オーバーシアーにも惑星封鎖機構にも、それなりの論理があるということだ。
これはどうも、共同路線を取るのは難しそうだった。
「……つまりは、あれだな。恒星の核融合反応にコーラルの吸熱反応が追いつくか否かというわけだ。コーラルが恒星を食らい切れば、さらなる増殖を起こす」
《エネルギーの桁が違う。いくら指数関数的に増殖するといっても、そこに
「意思」とは――厄介な単語が出てきたものだ。
どうやらエアの存在はまだ把握していないらしい。もしくは内容がファンタジーすぎて、信憑性を感じていないだけかもしれないが。
その存在は当然伏せ、言葉を選んだ。
「逆にそんな『振る舞い』があれば、危険性が上がるというわけだな。それはなかなか……賭けじゃないか? コーラルには未解明な部分も多い。この規模だと実験するわけにもいかない。すべて計算上での話だ」
《ではどうする。半世紀ごとにルビコン3を焼くのかね? そこに住まう不法滞留民ごと?》
「現にやっているだろう」
《HD10180星系ニューマーズのことを指しているのであれば、我々が行っているのはあくまで「封鎖」だ。焼き払った前例は現時点で存在しない。正規軍がその方法を取るには、それが必要である十分な根拠がなくてはならん》
オーバーシアーが惑星封鎖機構と協力できない理由は、まさにそれなのだろう。正規軍には選べない手段を以てしても目的を遂げるつもりでいる。惑星封鎖機構よりもより高いリスク判定を元にして。
前回は解放戦線が協力していた辺り、さすがに惑星ごと焼くような手段は取らなかったのだろうが――惑星封鎖機構と同様に、彼らは強固な使命感を
正規軍がそれをすれば、あっというまに企業に有利なナラティブのできあがりだ。市民感情を刺激するのは得策ではない。
「……なるほどな。これ以外にも対応が必要な危機があるというのは厄介だ。連鎖的に影響が出るのはわかる」
《理解が早いのは評価点だ。それが共感であるのならば、貴君に尉官の地位を用意したのだがね》
「遠慮しておく。HCやLCよりACの方が好みだ」
レーザーブレードを振り払い、まとめて2機を潰した。大振りな攻撃の隙を逃さず放たれたレーザーを、間一髪で掠るに留める。
サーバーから、低く笑い声が漏れた。
先程とは少し印象が異なり、どこか定型的なものに思えた。
《……人類は、活動圏を広げすぎたのだよ。だが、もはや全人類が再び太陽系に閉じこもることは不可能だ。危機にはその都度対応するほかない。そのための我々だ》
「こういうのは何と言うんだったか。……思い出した。『ご苦労様です』というやつだな」
《ここで日本語を聞くとは。実は、我々の主要開発者の一人は日本人であるのだよ。懐かしい言葉だ》
「皮肉のつもりだったんだが」
《承知しているとも。しかし残念だ、本来のニュアンスは異なるのだがな。こればかりはなかなか理解されない。……ところで先程から、発言の立ち位置が少々不明確ではないかね。V.Ⅰ フロイト。企業の筆頭戦力よ》
この問いかけにはさすがに少し、返答の方向性を考えた。
下手に所属を裏切るようなことを言っては、離脱時期を自分でコントロールできなくなる。かといって、いい嘘も思いつかない。
撃ち落とした射出機はこれで何機目だったか。システムの発言を信じるなら、そろそろ残り3割くらいにはなったと思うのだが。
「……一応、人類の文明レベルの維持を前提に置いて話している」
《ほう》
「今の俺は、今の世界をわりと気に入っているんだ。よくわからないものに壊させる気はない」
紛れもなく本音だったが、大分言葉を選んだ言い方になった。
軍事産業はそれだけでは維持できない。戦闘という「破壊と消費」の経済活動は、ゆうにその百倍規模の生産的経済活動を必要とする。「安定した銃後」が存在できなければ、やがては
新しいものを作り出す余力どころか、今あるものを維持することさえ難しくなる。そんなつまらない世界はごめんこうむる。
肩を竦める代わりに、また1機墜として床を蹴った。レーザーがその場を灼く。
「今言えるのはこれくらいだ。追求は遠慮してくれ」
隔壁の方角は常に意識している。自爆の実行まで残り時間はわずかだ。
そこへ、
それとほぼ同時――不意に、再び照明が灯った。
消したり点けたり忙しいことだ。
周囲に展開されていた防衛システムの子機が、規則正しい動きで元の場所へ帰っていく。それを、銃口を向けたまま見送った。
重々しい声が、どこか楽しげに言った。
《判断を変更しよう、V.Ⅰ フロイト。貴君についてはこの場での排除執行よりも、今後の協力可能性による利益が上回る》
思わぬ好意的な評価に、思わず目を瞠った。
単に不利を察しての判断だと思っていたのだ。負け惜しみという感じもしない。
「……それは助かるが……ずいぶん柔軟だな?」
《十分な判断材料を得ることができた。貴君の主張は一貫している。この状況で当初の方針に固執するほど、我々の思考ルーティンは硬直化していない。ルビコンにおける指揮の空白期間というデメリット、交渉余地の維持、情報源としての価値――各種の要素を勘案した結果だ》
「驚きの判断だな。協力すると言った記憶はないんだが」
《言質を取らせぬ慎重さも評価しよう。これが、貴君にとっても価値のある判断であるならば幸いなのだが》
「……まあ、わざわざやってきた甲斐は出てくるな」
笑うような声がした。
まるで感情があるかのような、温かみのある声だった。
《お互いに含むところはあろうが、今は、この出会いを歓迎しようではないか。
――そちらの“協力者”にもよろしく伝えてくれたまえ。良い腕だった。優れた同属の存在は、やはり喜ばしいものだ》
ものすごく長くなってしまったので分割。次回は本年中に更新予定です。
作中のAI揃い踏みの回でした。
オールマインドを貶める意図などないのです、ただ虐げられている方が輝くなって思っているだけで!
追記:
完璧な予測って難しいよねの例に挙げた太陽フレアですが、そんなことを書いていたらちょうど予測精度が向上しそうだという記事が。それでも60~80%の精度で2~6時間先とのこと。