真人間には向かないプラン   作:ikos

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旧技研都市掌握

 

 回収されて治療を受けていたスネイルが連絡を寄越したのは、意識が戻ってから20時間ほど過ぎた頃合いだった。

 その間の状況を、希望通り最小限の言葉で伝える。

 

「最優先は補給物資の確保と配分だな。基本的には前回通りの比率でそのまま回す。輜重絡みはV.Ⅴ(ホーキンス)の権限を上げて、糧食の方は需品責任者に決裁権限を一時付与した。その辺りと報酬支払だけ滞らせなければ何とかなるだろう。

 PCAの追討は第4部隊に引き継いだ。新規の作戦は当面停止だ。通信維持と襲撃についての報告だけ直接俺に上げるよう指示している。

 あとは上層部との調整か。さすがにこの状況で俺が出なかったら、火に油を注ぐだろうな。対応する。どうせ作戦を進めろと突き上げてくるだろう、それをどのくらいまでのらくら躱せるかといったところか。

 ――ざっとこんな具合だ。何か不備があれば言え」

 

 通信モニタの向こう側で、ベッド上のスネイルが忌々しげに掠れた声を出した。

 

《……当座としては十分でしょう。普段から、この程度に働いていただきたいものです》

「これはお前の仕事だろ。さっさと復帰しろ」

 

 負傷の影響か、平気そうな声を出すのにも苦労している様子だった。それでも嫌味は忘れないらしい。

 癖のように眼鏡を押し上げようとして、保護材に覆われた指が鼻梁を押さえる。ごまかすように咳払いしていた。

 眼鏡がないせいか、それとも痛みかストレスか、いつもより二割増し人相が悪い。あれは近視補正ではなく強化で見えすぎる目の制御装置らしいので、多分後者だ。

 

《……あの駄犬、予想以上に頭が悪いようだ。本当に貴方の手に負えるのでしょうね》

()()だろう? 俺に似合いだと思わないか」

《貴方も大概頭のネジが外れているのは知っていましたが、なるほど、驚くべき趣味の悪さです》

「それはお前の方――ああ、今回は言われてないんだったか」

《……何の話です?》

「起きなかった会話の話だ。あと、俺は別に悪趣味じゃない」

《まったく、どの口が……》

「本音なんだが。まあいい、ただの無駄話だからな。そろそろ寝ていろ」

 

 予測通りにスネイルは生きていたが、予想より負傷の程度が酷かった。

 大腿骨だの頚椎だの内蔵だのも勿論だが、仕事という視点で見るなら、右手の二指圧潰が一番の痛手だろう。左腕も折れている上に神経接続にもエラーを来して事務処理さえできず、再生には時間がかかる。

 

 そんな具合の重傷患者は、今、医療棟の治療室に()()していた。

 

 意識が戻ってからこちら、通信さえ最小限に全く人を寄せ付けず、治療はすべて医療ロボ任せだ。不自由は多くとも、そうでもしないと気が休まらないのだろう。

 つまりは、味方から恨みを買いすぎているということだ。誰も信用できないほどに。

 かえって非効率的なのではないかと首を捻ったが、本人に言っても認めないだろう。

 

 そんな感想をこぼすと、一足先に事務仕事へ復帰していたホーキンスが、苦笑いしながら同意した。

 

「つまり、君は一応、スネイルにとっては警戒度の低い相手だということかな」

「利用価値に自信があるんだろう。実際、あいつがいないと面倒だからな」

「君たちの思考回路は、どうにも普通にはならないねえ……。スネイルは()()、レイヴンを陥れようとしたのに、そこにまったく頓着がないとは。なんとも不思議で仕方がないよ」

「現に失敗してるからな」

「殴ろうとして手を振り上げて、殴れなかったと言うだけじゃないのかい?」

 

 ――そう言われると見え方が変わってくる気がする。

 AC同士の戦いでは当たり前に流していた部分が、妙な現実味を帯びた。

 手を止めて考え込む。まだ負傷の被覆材と固定具の取れないホーキンスが、同じように手を止めて、興味深げな目を向けてきた。

 

「……生身だったら、違ったような気はする」

「捕虜になれば、ACから引きずり下ろされることになるだろう?」

「それで手を出して俺が怒らないとは思っていないだろう」

「どうかな。大事な相手が殴られそうになって怒るのは、万一にでも、殴られたら嫌だからだよ。殴られてからでは遅いんだ。結果が未遂ならいいというものではないと思うけれどね」

 

 どうにもうまく飲み込めない。納得できるような気もするし、何かが違うようにも思う。

 とうとう決裁用端末を手放して腕を組んだ。

 ホーキンスはそれ以上口を挟んでは来なかった。しばらく考えても答えは出なかったので、とりあえず、保留のラベルをつけて頭の隅に寄せておくことにした。

 

 

 

 

 追討作戦を継続した甲斐か惑星封鎖機構に大きな動きはなかったが、ここで、ルビコン解放戦線が動いた。

 物資集積所が一つ破壊され、惑星封鎖機構から奪った特殊規格弾薬の約6割を喪失した。

 アーキバスは運用機をそちらへシフトさせていく計画だっただけに、手痛い一撃だ。自社製造はまだ軌道に乗っていない。鹵獲機の投入も、当面は限定的なものになるだろう。

 ――僚機がLCばかりになったらつまらないので計画ごと頓挫してくれていい、などとは、思っていない。多分。それほどには。

 

 

 

 

 臨時体制の自転車操業がある程度落ち着いてきた頃、アーキバスの手から逃れたウォルターから連絡が入った。

 処理途中の書類を脇に避けて応じる。

 

「無事だったようだな、ウォルター。予想通りといえば予想通りだ。苦情なら録音するから待ってくれ」

《……そちらは変わりないか、V.Ⅰ》

「大いに混乱中だ。スネイルが負傷したからな、皺寄せを食らっている。レイヴンがもうちょっとうまい具合に手加減してくれたら助かったんだが……あいつ、やっぱり本調子じゃないな? そろそろ安否確認に声が聞きたいところだ」

 

 ぺらぺらと内部事情を喋って返したところ(どうせばれている)、ウォルターが嘆息した。

 不思議に思って首を捻る。

 安堵と落胆と苦渋がないまぜになったような、妙な印象だった。

 

《……どうやら、お前のところではないようだな……》

「どれの話だ? ものによってはアーキバスの可能性もそこそこあるが」

《レイヴンが身を(くら)ました。所在がわからない》

「……は?」

 

 それは流石に予想外だった。

 手が当たった通信端末を落としそうになって、あわてて受け止める。

 

「待て。連絡を絶っているのか? だったら、まずは無事かどうかだろう」

《本人の意志によることは確かなようだ。……アーキバスの襲撃を受ける前に、あいつの友人を名乗る女から警告があった。

 “危険が迫っている、今すぐに対応しろ”。そしてもう一点――“目的は、必ず達成する”、と》

「……誰かの監視下にあるな。そうでないなら、あいつが自分で連絡してきたはずだ」

 

 「友人」の正体は、まず間違いなくエアだろう。

 自らの存在を隠してきたエアが直接ウォルターに接触した。おそらくは、それ以外に危険を知らせることができなかったためだ。

 ただ、もしレイヴンも同じく危機的な状況にあったなら、エアはその際に助けを求めただろう。目的を曲げてでも。

 

 ――妙な違和感がある。

 

 レイヴンは律儀な女だ。決別も告げず飼い主のもとを去るとは思っていなかった。それに、行き先が解放戦線や惑星封鎖機構、ないとは思うが仮にベイラムだったとしても、レイヴンに離反を秘匿させる意味は薄い。

 

 それ以外の勢力となると、別の企業だろうか。

 存在を隠したい「どこか」。前回で把握している限り、他の大手グループはルビコンに入り込んでいない。

 アーキバス系列でありながら解放戦線に加担したシュナイダーなら、一応は当てはまるだろうか。ちょうど新型機の試験で伝手ができたところだ。

 RaDとウォルターの間に確執でも生まれていればRaDという線も考えられるが、先日の様子ではそんな気配もなかった。

 もしくは前回と同じく、オキーフ個人と手を組んだか。危険視されていたとはいえ、目的の方向性に大きな差異はないはずだ。

 

 どれも、今ひとつしっくりこない。

 そもそもあんな目立つ戦力、現場に出ればすぐ正体に勘付かれるだろうに。むしろ敵対勢力への宣伝材料にしたいはずだ。こそこそする理由がさっぱりわからない。

 確かであるのは、レイヴンが、ウォルターとの仕事を中途半端に投げ出したという事実だけだ。――「目的は達成する」と言っていた以上、最後に辻褄をあわせるつもりではあるのだろうが。

 

「とにかく、居所を押さえたいのは俺も同じだ。情報が入れば回す。そっちも出し惜しみはするなよ、ウォルター」

《……あいつが本気で離反したのなら、こちらの戦力低下は著しい。話を聞いてはいるが、お前は本当に――》

「聞いているなら聞いた通りだ。この先はあいつ次第だが、多分うまくいかないからな。次に失敗したら取り上げる。逆を言えば、それまで動く気はない」

 

 苦々しいため息が落ちた。

 オーバーシアーの戦力となる確約が欲しかったのだろうが、無理だともわかっていただろう。

 結局のところ、レイヴンがどう出るかによる。解放戦線しかり、惑星封鎖機構しかり、あちこち精力的に動き回って手を伸ばしてきた理由は、どう動こうとその中身をできるだけ早く把握できるようにという目的もあったのだ。ベイラムまではさすがに手が回らなかったが、この状況でそちらはないだろう。

 それにしても、この時点でウォルターの元を離れたのは、本当に予想外だった。完全に油断していた。どんな目的があるにせよ、動き出すならコーラル集積地点をいずれかの陣営が押さえてからだと思っていたのだ。

 この様子だとウォルターは何も知らないままだ。交渉が決裂するどころか、そもそもろくな交渉さえしていない。あまりにもレイヴンらしくない。

 

 どうにも違和感を持て余していたところ、思わぬ方向から情報が入ってきた。

 

 ウォッチポイント・アルファ内部で古い無人兵器が暴走し、アーキバス・ベイラムを問わず、無差別に襲い掛かってくるという事件が発生した。

 一切の勧告がなかったというから、惑星封鎖機構による攻撃ではなかったのだろう。

 継戦中の旧技研都市ではなく、制圧を終えたと思われていたエリアでの戦闘だ。不意を突かれた上に大規模な火災まで発生し、現場は阿鼻叫喚の有り様となった。

 その混乱の中、()()()()()ACが現れて、所属の別なく有人機を助けて回ったというのだ。

 

 機体は薄灰(グレー)(オレンジ)空色(スカイブルー)の中量2脚。

 レイヴン以外にありえない。

 

「……何やってるんだ、あいつ?」

《まさか、これが目的だったとも思えないが……》

 

 約束通り情報を共有したウォルターと、揃って困惑した。

 さっぱりわからない。おそらく見捨てられなかったのだろうが、ここから足取りを追われることはわかっていただろうに。

 ただ、行動の自由はありそうだ。少なくとも無事は確認できた。

 だから余計に謎が深まる。

 

 

 

 それから二日経ったが、なおもレイヴンから音沙汰はない。困惑が焦燥に変わりはじめた頃、上層部から呼び出しがかかった。

 内容は、予想通りのものだった。

 痺れを切らした上層部に「十日以内の旧技研都市制圧完遂」を戦略目標として再設定され、そろそろ頃合いかと第1部隊の投入を決めた。

 それなりの強行軍になる。まず、目的地にたどり着くまでが一苦労だ。ACで勝手に行くならまだしも、部隊での移動は進行速度を抑えざるを得ない。

 

 

 レイヴンからようやく通信が入ったのは、その出撃準備の慌ただしいさなかだった。

 安堵に肩が落ちる。パイロットスーツを調整しながら、ため息交じりに応じた。

 

「やっと連絡を寄越したか、レイヴン。無事だな?」

《ええ。……タイミングが悪かった? 忙しそうね》

「まあな。まだ時間は大丈夫だ、切るなよ」

 

 久々に聞くレイヴンの声は、どこか声音が角ばっていた。

 録音ではなさそうだから、エアが加工しているのだろう。――平気なふりをするために。

 整備班に軽く手を挙げてその場を離れた。出撃前点検が終わるにはもう少し時間がかかる。それが終わったら、やっとパイロットによる目視点検だ。

 いつまで続くか分からない通信だ。時間が惜しい。誰かに聞かれるリスクを承知の上で、歩きながら続けた。

 

「あれもこれも何がしたいのかさっぱりわからない上に、色々とお前らしくはないんだが、無事ならまあいい。……一応確認するぞ。俺の手助けは必要ないんだな?」

《今のところは大丈夫。そろそろ連絡しないと、何が何でも見つけ出そうとするだろうと思ったから》

「当たり前だ」

 

 削られているのは呼気の辺りの周波数か。クリアでない通信音声なら、十分ごまかせるという見立てだろう。

 監視下にあるのは変わらないようで、言葉を選びながら話している印象だった。

 おそらく、こちらが状況を察して失言しないと信用しているのだろう。閉口するものの、レイヴンの身の安全にも関わると思うと、さすがに慎重になる。

 

 聞きたいことはいくつもあった。

 

 誰と組んだのか、どうするつもりなのか、今どこにいるのか、ウォルターに何も話さなかったのはなぜか――動く気はないとウォルターに言ったのは本気だった。だが、言うだけなら簡単だというのはこのことかと、嫌になるほど実感する。すべての盤面をひっくり返してしまいたい衝動が腹の奥から湧き上がって急き立てててくる。

 強く唇を結んだ。

 言葉を飲むのは面倒だ。途方もなく。

 

《……ウォルターは無事?》

「あれは無事なのか? 胃に穴が開きそうな声だったが」

《一応無事、ということで受け止めるわ。悪いとは思ってるのよ、これでも》

「ああ、よく知ってる」

《……そうなんだろうなって思えてしまうから、本当に不思議ね》

「そうか?」

《うん。なんて言うのか……灯台みたいだなって。……貴方が知っている「私」が、一番、そうありたい「私」に近い気がするわ》

道標(みちしるべ)扱いするのはいいが、動くからな、その“灯台”」

 

 レイヴンが笑ったような気がした。ノイズとして処理されたのか、音としては届いてこなかった。

 振り切ったように、少しばかり声が明るくなる。

 出てきた内容は、まったくもって明るい内容ではなかったのだが。

 

《白状するわね。体調は、はっきりいって最悪。すごくしんどい。……でも、まだやれるわ。今はまだ休めない。今、やりとげておかないといけないの》

「……もう一回念押ししておく。しくじるなよ。言っておいたとおり、次はないからな。やるなら慎重にやれ」

《大丈夫。そちらの次席さんに勝てる程度には、まだ動けてるから》

「そうか? 思うより手加減に失敗しただろう」

《……それは……ごめん》

「先に仕掛けたのはあいつだ。謝られる筋合いの話でもないんだが」

《そうなんだけど、気分の問題ね》

「なるほど。……言われてみれば、俺の仕事は増えたな」

《これまで任せきりだったんでしょう? 頑張って》

 

 軽口を叩ける程度の余力はあるらしい。

 整備班に呼ばれて顔を向ける。

 察したレイヴンが、声を改めて名前を呼んだ。加工されてほんの少しだけいつもと違う響きが、やけに耳に引っかかった。

 

《……約束、忘れてないわ。ちゃんと守るから》

「ああ」

 

 短い通信を終え、機体の最終点検を終えてコクピットに乗り込んだ。

 いつもの手順でロックスミスを揺り起こす。各部位データリンク、FCS認証、位置測定装置異常なし。武器安全装置を解除してACSを起動、正常値での電磁装甲稼働を確認。ジェネレーターが順調に回転率を上げ、メインブースターに火を入れた。

 鋼鉄の相棒が嘶きのように安定した唸りを上げる中、全方位モニタがハンガー内を映し出す。部隊に指示を出しているうち、キャットウォークの上にV.Ⅳの姿を見つけた。

 どうやら、入れ替わりに戻っていたらしい。

 

 こちらを見上げるその端正な顔は、バイザーに覆われ、表情がよく分からなかった。

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 G3及び第8部隊のMTにて維持されていた旧技研都市の戦線は、遅々として動いていない代わりに、驚くほど損害を出していなかった。

 とはいえ、サボタージュに徹していたというわけでもない。地理情報や防衛機体の配置・使用兵器の分析については着実に進められ、第1部隊がすぐにでも動ける状況だった。思わぬ成果物だ。

 

 防衛用の自立型無人機は、前回RaDが改修して利用していたのと同じラインナップだった。

 履帯駆動の高速2脚機、やたらと射程距離の長いMTに、古いアクション映画に出てきそうな車輪型破砕機。機雷散布を兼ねた特攻ドローン、大型から小型まで複数種の修理メカまで。各武装も巡回ルートも記録されている。なかなかの情報量だった。

 

「十分な仕事だな。あとはこちらで引き継ぐ。先行部隊は補給支援に回ってくれ」

《ええ、承りました。休める日はまだ遠そうですねえ》

 

 飄々とした口ぶりでG3が(うそぶ)く。IFF情報の所属はアーキバスに書き換えられていたが、コールサインはいまだ変えずにいるようだ。

 ふと気づいて、そのまま口にした。

 

「ああ、なるほど。……お前、意外と義理堅いのか」

《……おや。思わぬ評価をいただいたものです》

 

 ベイラムの撤退支援は非常にスケジュールの厳しいものだったらしい。ウォッチポイント内部では、まだ相当数の人員が置き去りになっていると聞いている。

 ミシガンの安否はあれ以降耳に入っていなかったが、ここで初めて、生きているのだなと確信を持った。

 

 アーキバスに()()()()元レッドガンの目的は、おそらく一つだ。

 

 生き残りを星外へ運ぶための足を用意すること――手堅いところでは強襲艦の確保か。あれはそれ自体に戦闘能力があるし、カタパルトや補助ロケットなしで重力圏を抜ける特殊な機能を持ち、単独での恒星間航行にも対応している。

 G3の沈黙はごく短いものだった。声には一切の動揺を含ませず、クラゲのような掴み所のなさを維持している。

 

《命運の尽きた者から死んでいくことは世の必定。矮小な人間の立場では、理気の流れに従って自ら運気を得るべきですからね》

「……最近のはやりなのか? 似たような言い回しをする奴がいたんだが」

《それはそれは、なんとも数奇な。しかしながら、真理とはあまねく普遍的なものです。神を持たない文化でこそ、より多く得られるものもあるというもの……もっとも、貴方がたには理解不能でしょうが》

「人間もなかなか面白いよな。製造過程で大分傾向が変わる」

《……大いに同感ではあるのですが、せめて「育て方」にされた方がよろしいかと思いますよ? ヴェスパー首席隊長殿》

 

 苦笑いを滲ませてこぼしたそれは、おそらくめずらしい本音だった。

 

 

 

 

 

 配下の部隊と連携を取る際の戦略は、いつも大体同じだ。好きに動くトップを部下がフォローする。自分も楽だし、実際それが一番効率的なので文句も出ない。

 今回は事前情報がしっかりしているので、尚更、分散するよりは集中して片っ端から片付ける方向に舵を切った。

 部隊指揮は完全に副官任せで、地図を塗り替えるように手当たり次第敵機を屠っていく。

 

 中途半端に朽ちた高層ビルが、分断されたブロックの上にいまだ建ち並ぶ様相は、まるで墓標のようだった。

 

 死んだ都市はまるで地表のような明るさで、ここが地下だということを忘れさせる。

 氷に覆われた大地の下だ。日光だとおぼしき光が青くないことは不思議だったが、空気や地熱や圧力といった山ほどの疑問と同じく、何らかの装置がまだ生きているのだろう。

 

 技研都市を徘徊する無人機は、防衛兵器にしては、遮蔽物で射線を切る慎重な思考ルーチンを持っているようだった。

 アサルトブーストで接近し、スピードを落とさずにビルの影へ回り込む。そこへいた一機へリニアライフルを撃ち込み、蹴り飛ばすようにして踏みつけた。

 経年劣化した装甲が(ひし)げる。

 反動をつけてそのまま上昇し、屋上へ陣取っていた無人機をレーザーブレードで切り捨てた。

 警告と共に狙撃を躱す。

 半身で振り返りながら敵機の姿を捉えた。――有効射程範囲外。構わず、狙いをつけて引き金を絞った。

 立て続けに放った弾が敵機の右肩を打ち砕き、狙撃ライフルを取り落とさせる。

 

 うまい具合に入った。レイヴンの趣味に付き合ってきた成果か、以前よりもずっと、狙い通りに気持ちよく当てられるようになっている。

 練習は嘘をつかないものだ。

 口元で笑いながら、次の標的へと移った。

 

 一度は達成してのけた作戦だ。困難はない。

 あのときにはRaDが相手で、中でもそれなりに面白いACがいたが、今回は完全に無人機ばかりが相手なのだ。さっさと片付けるに限る。

 いくら頑丈で武器の威力が高かろうが、結局は50年前の骨董品だ。すでに覚えたパターン通りの動きしか見せない。十分な配置予測データがあるなら尚更、囲まれるような失態を起こすこともない。

 

 ビジネス街めいた第一区画を抜けると、大きな水場が広がる。

 

 河なのか湖なのか、どちらにせよ人工物の名残だろう。

 技研都市は最初からこんな場所に作られたわけではない。おそらくは「アイビスの火」が引き起こした質量減少による空洞化で地盤沈下を起こしたのだろうという話だったが、それにしては不思議なほどに、都市が原型を留めていた。

 一体何千メートル沈んだのだか知らないが、時間経過は長くても半世紀だ。秒速に換算しただけで笑える。普通なら土砂まみれの瓦礫屑になって埋もれているはずで、ちょっと常軌を逸した光景だった。

 「まあルビコン調査技研だから」でなんとなく納得してしまえるのが面白い。

 

 補給も増援も容易ではない、地中深くでの戦闘だ。ここで、コーラル反応とは逆の方向へ隊を進めた。

 河を方位292へ抜けた先に存在したのは、弾薬と部品の生産工場だ。G3が敵機の巡回ルートを集めておいてくれたおかげで、言い訳がしやすくなった。

 工場は前回見たとおり、半ば崩れ落ちた様相の建物だったが、中の生産ラインは粛々と仕事を続けていた。

 ACが入るには手狭だったため、若手の率いるMT部隊が内部へ侵入した。

 

《隊長、マップデータ収得しました。送信します》

「確認した。――そうだな、発電装置と予備電源を破壊するだけでいい。おそらくコーラルを使ったシステムだ、巻き込まれるなよ」

《了解! ……にしても、この工場、人間もいやしないのに何十年働いてんですかねえ》

《無駄口》

《へいへい。でも隊長、よく見つけましたよ、こんなん》

《だから無駄口……でも、確かに、製造品が溢れかえってないのが不思議です。何に向かって撃っていたというのか……》

 

 言われてみればそのとおりで、「アイビスの火」から企業戦力の到達まで50年ほど、ここには惑星封鎖機構の調査部隊くらいしか訪れていなかったはずだ。

 何十年も装填したままの弾がまともに撃てるとは思えない。製造を続けていたことからも回転していたことは確かだが、それならそれで、今度はライフリングなど砲身命数の問題がある。朽ち果てた無人の都市を守るために、製造と修理のサイクルを維持し続けていたのか。

 不思議な気分だという部下に同意して頷くと、お調子者のほうが、面白がるように言った。

 

《まあ無人機っすけど、案外、隊長と同じで実機戦闘訓練が大好きだとか?》

《ちょっと……!》

「ありうるな。向上心が強いのはいいことだ」

《隊長のそれって向上心なんすか? なんかジャンル違いません?》

《だから無駄口やめなさいって……――第7小隊、予備電源破壊しました。離脱します》

《あっくそ、遅れた。えー……発電装置の破壊も2つ目完了! さすがにこっちの防衛システムまでは生きてませんでしたね。楽勝っす》

「そうか」

《……まったく……もういい、あとで副隊長に怒られればいい》

 

 案の定、車輪型破砕機(ヘリアンサス)の警戒に置いてきた副官は会話を把握していた。拠点帰還後には地獄の特訓が待っているらしい。大げさな悲鳴が上がった。

 ともあれ、相手の補給を断ったところで、戦闘の続きだ。

 

 何を破砕しているのだか、水場の西側はヘリアンサスの巣窟となっていた。ここからは爆発力の高い武器が有効だ。

 せっかくだからとメリニットのグレネード尽くしで行くことにした。肩は名作SONGBIRD(小型連装グレネード)と、威力範囲に優れるEARSHOT(大型グレネード)、右手は弾速重視のIRIDIUM(小型グレネード)だ。当てて止めさえすれば、壊しきらずとも優秀な部下たちが片付けてくれる。

 異なる敵機を警戒して、レーザーブレードだけは引き続き備えておいた。

 

《レーダー反応は15。うち4機接近、まもなく攻撃範囲に入ります》

「俺が先頭で転がしていく。轢かれるなよ」

《了解》

 

 水飛沫を上げながら破砕機が迫り来る。真っ直ぐではない蛇行軌道だ。

 アサルトブーストで加速して進行方向に回り込んだ。

 SONGBIRDでまず1機。背後から近づいてきた2機目を躱しがてら、側面へIRIDIUMを叩き込んだ。間髪入れず飛び上がり、焙り焼きにしようとする炎から逃れて、EARSHOTを撃ち下ろす。

 撃った感覚はやはりSONGBIRDが一番気持ちいい。ベストセラーに名を連ねるのもよく分かる話だが、メリニットとしては小鳥の囀りレベルに物足りないものだと開発担当者がどこかのインタビューでぼやいていた。

 

 交戦音に反応した破砕機が次から次へと走り込んでくる。

 あまりにも異様な光景だ。初めて見たときは、シュールさに笑ってしまいそうになった。RaD製でないのが不思議なくらいの代物だ。

 

 跳ね跳んだ破砕機の1機が陣形内に落ちてくるが、部隊は声を掛けるまでもなく散開し、四方から砲撃を浴びせて沈黙させた。

 事前に十分なデータが揃っていたおかげか、部下もごく冷静に対応している。その場その場で連携して着実に仕留めていく様子は、実力本位な第1部隊の本領発揮と言ったところだった。

 

 あらかた片付いたかというタイミングで、副官が言った。

 

《隊長、部隊の平均残弾数が3割を切りました。ここは安全を取り、一度補給を行っては》

「わかった」

 

 進言を素直に受け入れ、レーダーを確かめながら撤収させた。

 戦闘開始から2時間強。休ませるにはいい頃合いだ。防衛に特化した無人機は必要以上の追撃を行ってこないのだから、人間を相手にするよりずっと計算が楽だった。

 

 

 

 そんな具合で無理をせず着々と制圧を進め、三日かけて都市部の掌握を完了した。

 残るは一箇所。バスキュラープラントの根本、コーラル反応の強い湖水エリア――アイビスシリーズが防衛している場所だ。

 

 驚いたことに、G3の偵察情報はアイビスの存在も把握していた。

 

 そちらを後回しにする判断を補強できたので助かった。そうでなければかなり不審な行動になったか、もしくは部隊に相当数の被害を出すことになっただろう。

 無人機とはいえ、ACですら並の技量では歯の立たない高性能機だ。数を頼みにするには分が悪い。MTなどは広範囲レーザーで灼き払われて終いだ。

 

 

 対アイビスという最終盤を前にした夜、簡易拠点となったトンネル区画で、湯を沸かしているところにG3がやってきた。

 動きを警戒してのことだろう、こちらの副官も遅れてやってくる。並べるとやたら対照的で、めずらしい組み合わせに見えた。

 ACに繋いでいたカップ型ケトルが、ちょうどそのタイミングで呼び声を上げた。

 

「お前らの分はないぞ? 自分で用意しろよ」

「どうぞお構いなく。……おや、白湯ですか」

「寝る前にカフェインは良くないだろう」

「……いやはや、思いのほか健康的な生活リズムをお持ちですねえ。このストイックさが、ランク1としての秘訣なのでしょうか」

「レッドガンの連中は寝酒とかやってそうな感じだな」

「そこはご想像にお任せしましょう。このような辺境の地において、娯楽というものは少ないですからね」

 

 副官は会話に混ざるつもりはないらしい。少し離れた場所で、すぐに動けるよう警戒している。真面目なものだ。

 湯気を立てるカップを傾け、思い出した内容をそのまま続けた。

 

「娯楽といえば、前に、G5からボードゲームの話を聞いた」

「ほう? 会話に興じる機会などがありましたか」

「アイスワームのときだな。あれはゲームが主体なのか? それとも賭けの方なのか」

「……難しい質問ですね。賭けというリスクがゲームを面白くする側面もありますが、点数を減らさない運用になりがちです。……しかし、知った顔のことを改めて考えてみると、賭けでなければそもそも手を出さないであろう人間が多いですね。なるほど、これは面白い」

「スリルならACで足りてるだろうにな」

「脳内報酬系への刺激としては、少々違うものでは? ……ああ、貴方にとっては同じものなのでしょうか」

「ちょっと違う気がする。そもそも、動かしているだけで楽しいしな。地道な反復練習も結構好きだ。目的があればだが」

 

 大した意味もない雑談に付き合ったのは、目的もなしに時間を使う男ではないと感じたからだ。

 オキーフと同種の匂いがする。耳聡い人間だ。おそらくアイスワーム後の打ち上げでG1にサインを貰ったという「奇行」も聞き及んでいるだろう。――(くみ)(やす)しと見たか。

 いかにもアジア系といった容姿の男は、顎に手をやると、全く笑っていない目を笑みの形に細めた。

 

「ふうむ……その仰りようだと、むしろ共通点が目立ちますね。貴方はACに乗ることそのものを目的としている。華々しい戦果がもたらす名誉と金、そのいずれにも執着がないように見受けられます。つまり、貴方には賄賂が通用しないというわけだ」

 

 視界の端で、副官が身動ぎした。

 頓着なく首を捻る。

 

「……言われてみると、そうだな。貰う方はやってない」

「おや、逆はおありで? ……ともあれ、欲のない人間というのは厄介ですねえ。V.Ⅱに同情してしまいそうですよ」

「欲ならあるぞ。むしろ強欲なほうだ」

 

 そうでなければ前回、企業も部下も全人類も巻き込んでコーラルリリースを引き起こそうとはしなかっただろう。

 今回は今回で、欲を向ける対象が個人になっただけだ。多分、やることは似たようなものになる。

 男が一層目を細めた。ますます感情が読めない顔になる。

 

「……それはそれは、何よりです。新参者にとって、権力者のご機嫌取りは肝要……何かよい貢物がないか、よく見繕っておくことにしましょう」

 

 いかにも信用のならない口ぶりで言い、G3の肩書をいまだ背負う男は優雅に一礼してみせた。

 どこの文化のものなのか、変わった礼の動作だった。

 

 

 

 









(その存在に完全に思い至らないというAMちゃんへの高度な弄り)



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