真人間には向かないプラン   作:ikos

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いやはての夜といやさきの晝

 

 破損した装甲の隙間をレーザーブレードで貫き、狙いを外すことなく、アイビスの核であるコーラルジェネレーターを破壊した。

 制御を失う敵機を蹴飛ばすように距離を取る。

 正常に回らなくなったジェネレーターが不穏な反応をみせ、赤い燃焼エネルギーの渦を巻き起こして爆発したのを最後に、アイビス――IB-01:CEL240が動力を失って地に落ちた。

 大きな水飛沫が上がる。

 コーラルを濃く含む水が熱で蒸気を生み、まるで息絶えるかのように、やがて静まった。

 

《敵機反応の完全消失を確認。……作戦は成功です、V.Ⅰ》

 

 いつも沈着な性質の副官が、わずかばかり声を上擦らせて言った。

 その宣言を皮切りに、部隊間通信がわっと沸いて音声をごちゃつかせる。歓声と言ってもいい、少しばかり意外なほどの盛り上がり具合だ。

 

 まあ、見た目の派手な戦闘ではあった。

 緞帳(どんちょう)のようなレーザーオービットの幕、間断なく放たれる高威力なエネルギー砲に、速度と範囲が異常な赤い光波の斬撃。惑星封鎖機構の大型兵器にも負けない派手な機体だ。

 初めて相手をするのだったらそれなりに楽しめただろうが、すでに前回、エアとの“喧嘩”で動きを覚えてしまっている。

 航空戦闘機の時代から変わらない無人機の利点は、有人では実現できない軽量化と高負荷機動だ。ただし、AIは結局AIとしての動きしか見せない。そのスペックを誇る機体にエアが入ることで、格段に面白い動きをしていた。あれとは比べるべくもない。

 

 動かなくなった無人機を無感動に見下ろす。

 象牙色のフレームは、なおも美しい光沢を保ったまま、くすぶるように熱を揺らめかせていた。

 

 ――不測の事態が、何一つ発生しなかった作戦だった。

 

 第1部隊投入までこれだけ時間をかけたというのに、どの勢力も、旧技研都市を制圧せんとするアーキバスの作戦に介入してこなかったのだ。

 ここに至って確信を持った。

 レイヴンが手を組んだのは、おそらくオールマインドだ。

 他の組織ならこの戦力をここで使わない理由がない。アーキバスがコーラル集積地点を押さえることを容認できる――あるいは()()勢力となると、アーキバスを利用してバスキュラープラントの延伸を目論む、オールマインド以外には考えられない。

 

 すっかり存在を失念していたくらいにまさかの選択肢だったのだが、わかってみればそれなりに納得が行く。レイヴンの狙いは大方、コーラルの相変異による変質といったところだろう。アーキバスではなくオールマインドを選んだ辺り、ただ集めるだけでは()し得ない何らかの要素がある。

 ウォルターとの交渉を試みなかった理由が腑に落ちた。一歩間違えば破綻を起こす、ぎりぎりの綱渡りなのだから。オーバーシアーがこれを許容できるわけがない。

 それでもまだ、わからないことは多かったが。

 

《――隊長?》

「ああ」

 

 副官の声に生返事で応じた。

 上の空になっていたのが伝わったか、苦笑いの気配がした。

 

《どうやら、いつもの“直感”というわけではなさそうですね。幸いです。撤収準備に入っても問題ありませんか?》

「そうだな。問題ない」

《了解。報告用のデータはこちらでまとめておきます》

 

 助かる、と答えて通信を切った。

 そのまま、湖面から立ち(そび)える巨大建造物を仰ぐ。

 ただの建物ではない。バスキュラープラント――半世紀を経てなお朽ちないコーラル喞筒機(そくとうき)だ。

 

 アーキバスと同様に、オールマインドもレイヴンもこれを利用するつもりでいる。逆にオーバーシアーは危険性から難色を示すだろうが、彼らも前回はバスキュラープラントを改造してコーラルの焼却に当たったはずだ。仕込む「保険」は同様のものを考えている。

 あちらがそれを是とするか非とするかは、まあ、半々といったところだろう。危ない橋には違いない。

 

 それにしても、と口元で笑った。

 

 AIとは思えないほどトンチキな失態の多い共犯者だったが、はたして、レイヴンやエアの手に負えるのだろうか。

 あれはなかなか大変だった。アーキバスの各部門の専門家をフル動員して、やっとどうにかなったレベルだったのだが。

 

 

 

 派手な戦闘記録は、上層部のお気にも召したらしい。

 温存すべき切り札としての評価を再確認したのか、生温い嫌味混じりのお褒めの言葉を授かって、ようやく地表へ戻ることになった。

 

 進駐拠点の出立から、7日目の朝のことだった。

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 地球と同程度の重力がある以上、降下よりも上昇の方がエネルギーが必要になる。当然、帰りは行き以上の時間を要した。

 AC部隊の単独作戦日数としては比較的長い方だったが、そもそもこのルビコン進駐作戦自体が通常とは比べものにならないほどの長丁場だ。計画目標を達成できる目処が立ったということで、ハンガー内の空気もどこか明るい。

 その空気の中で、一人だけやたらと影を背負っている人間がいた。

 

「――フロイト」

 

 声をかけてきたのはV.Ⅳ ラスティだった。あからさまに待ち構えていたわりに、妙に沈んだ様子だ。

 要領が良いように見えて直情的で、変に落ち込みやすい男だということは、ここまでの短い付き合いでなんとなく理解している。面倒ごとの予感に顔を顰めたとき、カンカンカンとキャットウォークを走る派手な足音が近づいてきた。同時に甲高い声が飛ぶ。

 

「隊長! 大変です、例の傭兵が……!」

「おい待てって! 足早ぇよ! 先に副隊長に……って、うげ」

 

 MT部隊の帰投手続きはまだ始まっていない。勝手に機体を降りて、だだっ広い駐機場を走ってきたのだろう。

 飛び込んできたのは麾下の若手で、追いかけてきたのはお調子者の方だった。この二人は同期だとかでよくつるんでいるが、規則違反の立ち位置がいつもと逆だ。

 二人揃って第4隊長の姿に気づくなり、毒虫でも見つけたような顔になった。

 この色男が女にこんな顔をされるのは滅多にないことだろう。少しばかり愉快な気分になる。

 V.Ⅳはそれを咎めることなく、淡々と言った。

 

「レイヴンの件なら、私が今話そうとしているところだ。任せてはもらえないか」

「………」

 

 部下がこの上なく眉間に皺を寄せ、こちらに視線で伺いを立ててくる。

 頷いて返すと、舌打ちでもしそうな気配で敬礼した。

 

「……わかりました。失礼します」

「失礼しま……って、おい、今度はどこ行く気だ!?」

「うるさい。ついてこいなんて言ってない」

 

 騒ぎながら走り去っていくのを見送り、V.Ⅳが憂いげに目を伏せる。

 わかりやすく笑える応酬だったが、空気は一向に緩まず張り詰めたままだ。

 内容に推測はつく。先に口を開いた。

 

「レイヴンと戦ったか」

「ああ」

「スネイルに身柄を引き渡したのか?」

「……ああ、そうだ」

 

 目を逸らさず見据えてくる。その目に浮かぶのがいつかのごとく信念だけならまだ良かったのだが、そこには、妙な淀みが混じっている。

 顰め面のままため息を吐いた。

 

「あいつが負けるとはな。面白くはないが、まあいい、改めて捕まえる手間が省けた」

「……彼女が、負傷していると言ってもか?」

「それが何だ? 戦闘で下手を打てばそうなる。殺したわけでもないだろう」

「……結果的にそうなったというだけの話だ。私は……ここで、彼女を排除すべきだと思っていた。ルビコンのため、人類のためにも、それが最善だと。……だが……」

 

 憂い顔の男が、言い訳を飲み込むように口を(つぐ)む。

 無言のまま何かを差し出され、拒まずに受け取った。

 小さな記録媒体だった。

 

「彼女との戦闘ログだ。……オキーフは反対したが、最終的には同意を得た。これは、貴方に渡すべきものだ」

「そうか。あいつが了承したなら貰っておく」

「……信用しているのだな」

「見立てはな」

 

 V.Ⅳが、何かを耐えるように目を伏せた。

 

「……私は、彼を信じきれなかった。……そのあげくがこのざまだ。今になって、自分に、嫌気が差す……」

 

 その煮え切らなさに鼻白んだ。

 何があったのかは知らないが、レイヴンが負けたのは確かなのだろう。事実はそれだけだ。後悔も同情も必要ない。侮辱だの何だのと言うつもりもないが、馬鹿にされているようで不愉快だった。

 

 端末がメッセージの着信を告げ、特に断りを入れることなく中身を確かめた。走り去っていった部下からだった。

 情報を得た端から書いているのだろう。レイヴンの現況が短く細切れに送られてくる。

 

 端末をしまい、沈鬱な顔をするV.Ⅳの胸元を小突いた。

 V.Ⅳが驚いたように顔を上げた。

 

「AC同士の戦闘だ。あいつがどんなに本調子でなかろうが、状況が悪かろうが、()()()策を使われようが、俺がケチをつける筋合いはない。殺していないなら上々だ。……というより鬱陶しいから、その辛気くさい顔と持って回った言い方をやめろ。面倒くさい」

「それは……、……そうだな、その通りだ……」

 

 すまない、と掠れた声を落とす。雨にでも打たれているかのような打ちひしがれ具合だ。

 ますます面倒さが増した。

 会話が無益すぎる。時間を無駄にしたような気分で、そのままハンガーを後にした。

 

 

 

 

 持つべきは出来と察しのいい部下だ。ごく短時間でレイヴンの所在を得て報告せしめてきた。

 副官が目をかけるだけのことはある。

 

 押し入った治療室では、緊迫感を漂わせた医療チームが忙しなく働いていた。

 部屋の中心に据えられた処置台はベッドタイプのものだった。大がかりな外科手術の段階は既に終わっているということだ。

 薄布に覆われた身体は、見た限り五体満足だ。蜘蛛の足のようなアームが時折動いては、皮下の――おそらくは神経系に、何らかの処置を施していく。医療チームがデータを確認しながら微細な調整を行っている様子で、丁重な治療を受けていることが見て取れた。

 緊迫感の原因は、患者の容態ではなく、報告を受けているV.Ⅱの存在によるものだろう。

 入室に気づいたスネイルが振り返り、嫌味たらしく言った。

 

「戻りましたか、フロイト。旧技研都市の掌握に成功したとのことですが……今回は随分と、時間をかけたものですね」

「オーダーが()()だったからな」

 

 負傷から半月足らず、どうやら立って歩ける程度には回復したらしい。痩せ我慢くらいはしているだろうが、それを感じさせない無表情だった。

 

「俺がいない間、こいつに余計な手は出していないだろうな」

「忌々しいことに、上層部からも保全の指示がありました。随分と手のかかる患者でしたが、施したのは、あくまで治療だけです」

「聞き方を変える。――言っておいたはずだ。答えろ、スネイル。捕虜用のプログラムは一切使っていないな?」

 

 スネイルが鼻白んだ。舌打ちを堪えるように眼鏡を押さえる。

 

「……ええ、お言葉どおりに、V.Ⅰ。どうぞご心配なく」

「ならいいが」

「まったく……我が儘も大概にしていただきたいものです。こちらはわざわざ治療を施してやっているのだというのに、随分と抵抗しましたよ。駄犬どころか狂犬です。……ともあれ、一通りの処置は完了しました。容態は快方に向かっています。そうですね?」

 

 話を振られた老齢の医者が、あわてたように頷いた。

 

「え、ええ、はい。体温も緩やかな低下傾向にありますので、コーラル汚染による症状に限れば、(おおむ)ね解消したものと……」

「それ以外があるのか」

 

 言葉を濁す医者に、顔をしかめて訊ねた。

 眠るレイヴンの顔は静かなものだ。鎮静状態にあるのだろうが、ベッドサイドモニタの波も数値も安定している。

 スネイルが無感動に続けた。

 

「覚醒時に20パーセントほどの確率で記憶障害が発生しています。脳領域への接続不良が原因でしょう。睡眠管理デバイスでの再起動を繰り返せば解消するようですから、さしたる不都合ではないはずです」

「か……閣下、その件は……!」

「……何です? ああ、ACの操作能力にも不都合はありませんよ。自己認識が不全であるだけでワーキングメモリにも問題はないので、いっそのこと、その状態のほうが扱いが容易なくらいです。思わぬオプションがつきました。使いようはいくらでも――」

 

 気づいたときには、スネイルの胸倉を掴み上げていた。

 眼鏡の特殊レンズの向こうでスネイルが大きく目を瞠る。驚いたのは自分も同じだった。

 

 瞬間的に頭を占めた衝動は、憤りというより殺意に近かった。その、慣れない感情自体に困惑した。

 

 レンズに反射する、瞳孔の開いた自分の顔が見える。

 周囲の誰もが硬直する中、ただ沈黙だけが幾重にも重なっていく。

 一度止まってしまったせいか、実際殴るには至らず――ひとつ大きく息を吐いて、突き放すように手を離した。

 重量で勝るスネイルがたたらを踏むことはなかったが、動揺はしていたのだろう。いつも以上に抑揚のない声が言った。

 

「……あくまで副次的なものです。言い方が気に障ったのであれば、訂正しましょう」

「いらん」

 

 投げやりに返した。妙な苛立ちが神経を引っ掻いていた。

 自覚していなかった疲労感が浮かび上がり、泥のように足元へ沈殿していく。出した声は、やけに低く響いた。

 

「あとは俺が指示を出す。スネイル、お前はこれ以降、一切、こいつに関わるな」

「何を――」

「話は終わりだ。二度は言わない。お前はお前の仕事をしろ」

 

 眉を顰めたスネイルが何かを言いかけたが、衆目を集める中で言い合いをするのを忌避したか、盛大なため息と共に「いいでしょう」と不承不承頷いて出て行った。

 残された医療チームが、硬直が解けたようにそろりと仕事を再開し始める。

 ぎこちなさの残る空気の中で椅子に腰を下ろし、そのまま、じっと床を睨みつけた。

 自分で自分の感情がわからない。実際、この程度なら大した障害ではないのだ。いつもの自分ならそう判断する。想定していた最悪よりよほど、リカバーのきく内容だ。

 だというのに、この視線の重さは何だというのか。

 医療チームは慌てていたが、スネイルの言い分のほうが、頭では理解できるというのに。

 

 黙りこくっていると、気まずそうな様子で声をかけられた。壮年で痩せぎすの医者が、軽く咳払いを落とす。

 

「えー……V.Ⅰ、患者の状況説明を行わせていただいても?」

「……記憶障害の方から聞く」

「では、そちらから。症状としては全般性健忘に近い状況です。いわゆる『記憶喪失』ですね。自分が誰か、今までどうしていたのかといった情報が抜け落ちています。表層上の混乱や恐慌は見られませんが……かなり強いストレス状態にあります。治療には協力的であるものの、望ましい状態ではありませんね」

「……だろうな。そういうやつだ」

「この症状はV.Ⅱの説明通り、予測可能性のあまり高くなかった副次的作用です。優先順位としては身体状態の回復が上回りますが、おそらくは、その経過で改善が見られるでしょう。……次に、実施した治療内容の説明に移ります。まずはこちらの検査の数値が――」

 

 行われたのはコーラルの除去手術と、それに伴う強化手術の新世代型転換だった。言葉通りの「治療」だ。記憶領域との接続に悪影響を及ぼしている可能性が高いのは、そのうちの睡眠管理デバイスらしい。スネイルが用意した最新型が合わなかったため再度入れ替えを行ったという話に、思わず顔をしかめた。

 医療チームがそれよりも危険視しているのは、レイヴンが元から抱えていた神経変性疾患だ。

 抑制措置の限界か進行がみられ、すぐにでも手術が必要だが、コーラルの影響によるとみられる数多の炎症反応と衰弱のためそれができない。まずは投薬治療で安定させて、全身状態の回復を待つ必要があるという話だった。

 

「何日かかる?」

「……当人の体力次第ですので、現時点では何とも……コーラルの洗浄には成功しましたから、容態はこれから落ち着くはずです。意識が安定し、固形物を口にできるようになれば、そこからはある程度の見通しが立ちます」

「……そうか」

「幸い、手術に必要なものは揃っています。まずは、回復を待ちましょう」

 

 足の治療時に採取した細胞から培養した三次元神経導管は、既に十分な量になっているという話だった。

 もちろん本人の了解は得ていない上に、相当額の費用を勝手に負担した。レイヴンが知れば絶対にとがめてくるだろうが、そうしていたからこそ間に合うのだ。文句を言われる筋合いはない。もう色々と面倒だから説明する気もなく、丸っと全部黙っておこうと思っている。

 

 レイヴンはいつ目覚めるかわからず、おまけに、こちらは十日近くに渡る作戦終了後の疲労状態だ。一度部屋に戻って休んではと周囲に促されはしたが、どうにもその気になれずその場に居座った。

 何ができるわけでもないというのに。

 自分でも自分らしくないと思う、無駄な時間の使い方だ。

 疲労も手伝ってぼんやりと床に視線を投げていたが、その狭い視界の中に、小さな靴の先が割り込んできた。

 目の前に人間が立っているのだと気付いたのは、上擦った声が降ってきてからだった。

 

「あ、あのっ……」

 

 こちらに話しかけているとは思わず、反応が遅れた。

 わたわたと落ち着きのない声が、右往左往しながら続く。

 

「あの、首席隊長さん……! こ、こんなことを、言うのは、失礼、だって思うんですけど……! ええと、あの! ……洗っていない犬みたいな状態になってますが、大丈夫ですかっ!?」

 

 周囲の空気が音を立てそうな勢いで凍り付いた。

 ようやく相手を認識して顔を上げる。

 いかにも小心ですと主張したげな女医が飛び上がり、蒼白な顔で防御姿勢を取った。

 

「ひっ!? すすすすみませんごめんなさい殺さないでくださいぃ! ……で、でもあの、患者は抵抗力が落ちているんです、本当は消毒手順が終わっていない人は入っちゃだめなんです……! ま、まだ当分、起きないと思いますし! 付き添いするにしても、せめてシャワーとかですね、その……!」

 

 当人よりさらに蒼白になった上司が我に返り、あわてて割って入った。

 

「……言い方! アヤ君、言い方ァ!! 何回言ったら覚えるんです君は!」

「えっあっ、だ、駄目でした……?」

「駄目通り越して自殺行為ですよ!? V.Ⅰ、大変申し訳ない、神経生理医としては本当に優秀なんです! ただちょっと、ちょっと専門分野以外が、何と申しますか……粗忽(そこつ)なだけで……!」

 

 老医が必死に庇う様子を無反応で眺める。

 特に怒りは感じなかった。正論だ。ただ、それに従う気がないだけで。

 

 せい、と声を上げた老医がおろおろする部下を押しやり、硬直の解けた周囲の人間があわてて部屋の外へ流れ作業のように押し出していく。

 特に止めるつもりもなく見送ると、辺境惑星に放り込まれるにはいささか高齢な医者が、どうにもごまかしに失敗した咳払いを落とした。

 

「……言い方は非常に、ええ、非常に!問題がありましたが……いち医療従事者として申し上げるならば、彼女の意見は、決して的外れなものではありません。……現在の患者は、繊細な身体管理が必要な状況なのです、V.Ⅰ」

 

 追い出しに掛かっていることには変わらないらしい。

 特に反応も返さずにいたが、医者は言葉を止めなかった。

 

「ご懸念は理解しているつもりでおります。この患者はアーキバスの捕虜であり、しかも、若い女性ですからね。目を離すのはご不安でしょう。……ただ、彼女の騎士は、驚いたことに貴方だけではないようなのです」

 

 「騎士」とは、また妙な単語が出てきたものだ。

 無言のまま見上げると、老医が目を細めた。

 

「先日の、ウォッチポイント内での無人機暴走事件ですよ。先程の部下は、惨憺たるあの現場から“レイヴン”に弟を救われたのだそうです。……彼ばかりではありません。それなりの人数が示し合わせて入れ替わり立ち替わり、今もほら、あちらに警護(みはり)が」

 

 枯れ枝のような手で指し示された先へと目を移す。愛想のない男がクリアパネルの外から目礼してきた。

 見覚えがないが、いかにも戦闘職といった見てくれの男だ。

 今回はアーキバスに所属していたわけでもないのに、結果論とはいえ妙な人望が形成されている。レイヴン本人にそんなつもりはなかったのだろうが、あの極限状態の行動だったからこそ、こんな稼業の人間らしからぬ恩義を覚えたのだろうか。

 

 嘆息して、重い腰を上げた。

 老医は満足げに頷いた。アーキバス所属の医者など総じてマッドだと思っていたのだが、とてもそうは思えない、好々爺然とした笑顔だった。

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 烏の行水ですぐに戻ってきたが、今度は指示通りの消毒手順を踏んだこともあってか、処置室に居座ることを(とが)められることはなかった。

 大方の人間の予測通り、レイヴンはなかなか目を覚まさなかった。部屋の隅に転がす寝袋でも持って来させようかと考えていたのだが、何だか変な具合に口元をごにょごにょさせた女医が、いかにも渋々といった様子で移動ベッドを運んで来た。

 

 人の出入りは途切れない中だ。眠れないながらに多少身体が休まった頃、V.Ⅳから渡された戦闘データに目を通した。

 隅々まで計算し尽くされた作戦だった。

 場所は先日V.ⅤとV.Ⅷが襲撃にあった閉鎖空間だ。上にも横にも広すぎず、罠を仕掛けやすい。入念な準備の上で誘き出したことが見て取れた。

 戦闘はレイヴンから仕掛けた。狙いはオキーフのようだ。

 読まれている奇襲ほど不利なものはない。そこへ伏兵であるスティールヘイズが食らいつく。スティールヘイズの構成はいつも通りで、バレンフラワーは武装を変えていた。両肩ともにレーザータレットだ。

 

 レイヴンの操作にそう大きな違和感はない。だが、時間の経過と共に、戦況は着実に悪化していた。

 縦横無尽に走るレーザータレットの檻の中、撃ち落とそうにも至近距離に張り付くスティールヘイズがそれを許さない。

 この辺りになって、ようやく違和感を出してきた。いいかげん無理が祟ったというわけだ。

 一つ一つの動きが鈍い。判断に濁りがある。

 

 それでも10分程度持ち堪えていたのはさすがだが、やがて致命的なミスを犯した。

 

 必然的なミスだった。

 

 タレットの射撃を避けたことで壁際に寄った。バレンフラワーのプラズマライフルが、その隙を逃さず、広範囲に及ぶプラズマ爆発を引き起こす。

 見誤ったのか、それともパルスアーマーの展開にもたついたか。ノーデンスのACS負荷が限界を迎え、硬直して大きな隙を晒した。

 スティールヘイズがスライサーを閃かせ、右腕を撥ね飛ばした。

 

 機体との神経接続に痛覚の伝達はない。それでも衝撃は否応なしに存在し、無理に走らせた機体が悲鳴のような軋みを上げた。

 どうにか左後方へクイックブーストを噴かし、スライサーの追撃を躱す。悪くない判断だった。だが、至近距離からのアサルトブーストで懐に飛び込んだスティールヘイズが、ノーデンスを強かに蹴り飛ばした。

 機体が左肩から壁に激突した。負傷したのはこの辺りだろう。

 再び体勢を崩したところへ、レーザータレットの射撃が装甲を削っていった。

 制御が追いついていない。身を起こそうとした瞬間、右足のブースター付近が破損し、小さな爆発を起こしてスパークを上げる。

 くずおれたノーデンスへ、地に降りたバレンフラワーが銃口を定めた。

 

《投降しろ、Rb23「レイヴン」。……V.Ⅰのこともある、身の安全は保証しよう》

《――いいや。その必要はない》

 

 スティールヘイズがバーストハンドガンを撃ち放つ。

 腕の装甲が一部弾け飛び、オキーフが鋭い声を上げた。

 

《待てラスティ、先走るな!》

《先走ってなどいないさ、オキーフ。これが正しい選択だ。アーキバスに連れ帰れば、フロイトが手を出させないだろう。今ここで、危険の芽を摘んでおく必要がある》

《……待ってください! 違います、私たちは……!》

 

 オープンでもない会話に割って入ったのは、エアの声だった。

 続けて、掠れたレイヴンの声がする。

 

《エア……、……だめ……》

《だめなのは貴方です、レイヴン! これ以上は無理です、もう、これ以上、見ていられません……!》

 

 たまりかねた、泣き出しそうな声だった。

 エアは煩悶を見せなかった。大きく息を吐き、決然とした様子で告げる。

 

《聞いてください、V.Ⅳラスティ、V.Ⅴオキーフ。私たちは、ルビコンにも人類にも、害を及ぼしたりはしません! 決してそんなことはしない……! お願いです、どうか、どうか信じてください》

《エア……!》

《どうか、助命を……! レイヴンは、人も、コーラルも、どちらもを守ってくれようとしているだけなんです! 私たちは……コーラルリリースを、起こすつもりはありません……!》

 

 予想のついた、だが決定的な発言だった。すべての計算が狂った瞬間だった。

 レイヴンは荒い呼吸を繰り返しながらも、それ以上、何も言わなかった。電波に乗った以上、すべてが遅きに失していた。

 むしろ、よくやったと褒めてやりたい判断だ。

 オキーフはレイヴンを殺すつもりなどなかっただろう。交信役の強化人間を手中に置くことが、Cパルス変異波形の確保に繋がる。それが最も有効なコーラルリリースの阻止方法だ。殺してしまっては厄介事にしかならない。強化人間はまた用意すればいいだけなのだから。

 だが、ラスティは違った。

 たとえそのリスクを負おうとも、レイヴンを排除することを優先すべきだと判断した。

 それが、あの男の「後悔」なのだろうか。

 

 硬直する場に変化をもたらしたのは、闖入者の存在だった。

 

 おそらく電子的に封鎖されていたであろう扉が音を立てる。バレンフラワーとスティールヘイズが同時に銃口を向けたが、その射撃は無人機の盾によっていなされた。

 即座に、赤黒いACが飛び出してミサイルを放つ。それを迎撃しながら、オキーフが苦り切った声を上げた。

 

《例の第一世代か……! ……弾が足りん。一度退くべきか……?》

《問題はない、オキーフ。どちらも排除しておくべき存在だ》

《お前まで頭痛の種を増やしてくれるな。場当たり的に強化人間を減らしたところで――》

 

 ノーデンスの腕が軋みながら持ち上がる。

 その銃口を乱入してきたACへと向け、引き金を引いた。

 反動に耐えられなかった腕が火花を上げて拉げる。最後の力を振り絞って示したのは、()()()()()()()()()()()()()という意思表示だった。

 嘲笑うように、しわがれた声が応じる。

 

《おやおや。死にかけの雌犬を助けに来てやったというのに、ご挨拶じゃあないか》

《白々、しい》

 

 余力があれば舌打ちでもしていそうなほど、嫌悪感の滲んだ声だ。

 オキーフが息を呑み、二秒で決断した。

 

《――投降の意思はあるな、レイヴン。ハッチのロックを解除しろ》

《オキーフ、君は……!》

《ラスティ、奴を近寄らせるな。捕虜を回収して撤退する》

《だが!》

《頭を冷やせ。問答は離脱してからにしろ!》

 

 予想以上に揉めている。ここから何がどうなって、自分が間違っていたなどという態度を取るに至ったのだろう。

 心底謎だったが、ログはそこから大した時間を持たず終わっていた。

 

 画面から顔を上げ、目を覚まさないレイヴンを見る。

 全身のコーラルを洗浄されたなら、既にエアとの交信は失っているだろう。オレンジ色のコーラル式インカムが沈黙したままでいるのがその証左だ。

 偶然だと見るには的確すぎる。確かにコーラルの除去は必要な治療だったが、あまりにもピンポイントだ。おそらくは、レイヴンを殺し損ねたオールマインドの使嗾(しそう)があった。

 上層部の命令を装って「殺せ」と指示しても、スネイルが応じることはなかっただろう。今の時点ではまだ、スネイルはV.Ⅰという駒を必要としているはずだ。その代替案といったところか。レイヴンが治療を拒んだ理由にも納得が行く。

 

 その翌日には、レイヴンが処置室から通常の病室へ移された。

 

 以前、足の治療時に使っていたのと同じ部屋だった。人の出入りが減ったことで、少しばかり眠ることができるようになった。

 夢は見なかった。

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 何度目かの浅い眠りが途切れた。

 夜明けが近いのか、空が白んでいた。

 レイヴンのベッドモニタに異常が無いことを確かめ、点滴の刺さった腕に指を当てて、表示数値通りの脈拍を拾った。何の意味も無い自己満足だった。

 最近この腕を見るときは、いつも点滴が刺さっている。

 そんなことを寝不足の頭で思った。細い腕を取ったまま丸椅子を足で引き寄せ、そのまま隣で、眠るレイヴンを眺めた。

 

 腹の底に、形容しがたい気持ち悪さが(うずくま)っていた。

 

 もしもこの腕が()げていたとしても、多分、こんな気持ちにはならなかった。

 残念には思う。けれどそれ以上ではない。すぐに切り替えて、最高級ラインの義手カタログに手を伸ばしたはずだ。

 きっと、本人もそこまで嘆かない。この女が選んだ戦場で負った傷だ。ACに乗り続けるのに支障がないなら、降りるなどと考えもしないだろう。

 

 それに比べれば……と、頭では、思うのだ。

 

 暗く沈んだままの感情が持ち直せない。

 早く目を覚まして欲しいのに、目を覚ました女が自分のことをわからないかもしれないと思うと、まだ目覚めないで欲しいとさえ感じてしまう。

 考えれば考えるほど深みに()まる。自分の感情がよくわからない動き方をしていて、それが、どうにも気持ち悪い。

 

 かさついた細い手を包んで持ち上げ、祈るように額を押し当てた。熱があるのに指先は冷たかった。

 ふと、その指先が動いた。

 顔を上げる。意識が戻ったのか、レイヴンの目蓋が震えた。

 

「……レイヴン」

 

 待ち焦がれた色の瞳が天井に向かい、それから、こちらを見る。

 心臓に負荷がかかるような気がした。

 誰だと言われるかもしれないことが、ここまで嫌なことだとは思わなかった。

 

 はたして、20パーセントの確率からは外れたらしい。

 

 さっと青ざめたレイヴンが、身を起こそうとして失敗した。力の入らなかった肘が折れ、ベッドから落ちそうになるのを支える。

 安堵する暇もない。

 まだ熱が十分に下がっていない身体は、燃えるように熱く感じた。

 

「レイヴン」

「だめ……そんな、……エア……!」

 

 レイヴンが震える手で口元を押さえた。交信が切れているのを認識したのだろう。揺らぐ目はこちらを見ない。それこそ悲嘆に暮れる暇さえ惜しみ、目まぐるしい勢いで頭を回している。

 状況の把握。その裏にあるもの。そして、それらを打破しうる何かをたぐり寄せようと。

 舌打ちしたい気分になった。

 頬を両手で挟み、ぐいと顔を上げさせる。

 動揺を映す目を真正面から見据え、ようやくこちらを認識した女に、言い聞かせるように告げた。

 

「諦めろ、レイヴン。お前はしくじったんだ」

「あ……」

「もう十分待った。これ以上は駄目だ。……もういいだろう、諦めろ。エアも言っていたはずだ。お前はもう、『無理』だと」

 

 小刻みな震えが、やがて全身に伝わった。

 だが、言って素直に聞くような女ならここまで苦労していない。

 

「……できない」

「レイヴン」

「……約束したの。……約束、したのよ……! 彼らは犠牲を払うと決めた。一方的に損を被ると決めたの。……他に方法がなかったのは分かってる。でも、彼らはヒトと共に生きようとしてくれた……私は、何を、どうしたって、それに応えなきゃいけないの……!」

 

 ほとんど無声音のような掠れた声を震わせて、レイヴンが取りすがった腕を握りしめる。

 苦々しい思いでそれを眺めた。

 

「無理だ」

「……そんなの、やってみないと――」

「自覚がないのか? お前の身体はほとんど壊れる直前だ。もう一度旧世代型の転換手術なんか受けてみろ、確実に死ぬ。俺は、お前の自殺に手を貸す気はない」

「……何か……それでなくてもいい、何か他に、方法が……!」

「レイヴン。俺は、()()()()()()()

 

 血の気の引いた唇がわななき、きつく噛み締められた。

 言葉を交わしているのに意識がここにない。視線は向けられているのに、自分ではない何かを見続けている。面白いわけがない。

 ここまで無謀な食い下がり方をするとは思わなかった。コーラルの集合意識に触れて、“彼ら”が意思ある生命なのだと認識したところで、まさかここまで思い入れるとは。

 似合いもしない、献身めいた必死さだ。

 

「どうもしっくりこないな……何を思い詰めているんだ? コーラルと畜産動物とで、大した違いはないだろう。お前が菜食主義者だった記憶はないが」

「……それは」

「まあ、“知的生命体”の定義には入るか。情が湧くのはわかるが、どこから来たんだ、その使命感」

 

 不機嫌さを増しながら違和感を転がして、ふと気付いた。

 ただの思いつきだった。

 

「……まさかとは思うが、贖罪のつもりなのか?」

 

 レイヴンが、大きく目を見開いた。こぼれ落ちそうなほどだった。

 愕然とした気配と共に瞳が揺れる。――はっきりと、傷ついた顔をしていた。

 心の(やわ)いところを抉ってしまったことに気付いて、柄にもなくあわてた。折れそうな身体を抱き込む。顔を見ないように、レイヴンの頭を肩口へ押し付けた。

 

「すまん、しくじった。泣くな」

「……ない、たり、なんて……っ」

「わかった、俺が悪かった。今回は泣かさないつもりだったんだ。わざとじゃない。……いや、これは余計に駄目なやつか……あー……あれだ……、……くそ、4番から(なだ)め方も教わっておくんだった……」

 

 あやすとも言えない乱雑さで背中をタップしながら、焦りに舌打ちを堪える。どうしていいのかわからない。ここまで放置してきた失言癖が、まさかこんなところで結実する羽目になるとは。

 この女のことだ。実際、そんなことは思っても見なかったのだろう。いちいち数えてもいないほど作業的に奪ってきた命を、他の命で清算できるわけがない。そんなことはわかっているはずだ。

 ただ多分、自分を疑った。

 見たくないものを突きつけられて、本当にそれは的はずれな問いかけなのかと――愚かしい傲慢さを抱えてはいなかったかと。

 レイヴンは腕の中で身を固くしていた。何かを飲み込もうとしているのか、必死に声を堪えていた。

 エアがここにいたら、「そらみたことか!」とばかりに騒いだだろう。その辺りの成長では正直水をあけられている。

 そんな想像が簡単に付くくらいには、あのコーラル生命体の存在は、自分たちの中へ割り込んできていた。

 

 どのくらいそうしていただろう。レイヴンが、くぐもった声で言った。

 

「……死にたくない、って、言っていたの」

 

 反応に迷って、「そうか」とだけ答えた。レイヴンは途切れ途切れに続けた。

 

「“死にたくない”。“生きたい”。“世界に存在することを許されたい”。……どうして許可を求めなければいけないのって思ったわ。彼らが存在することが、人類を脅かしていると、わかっているのに」

「共存できないと思ったから、無茶な方法に手を出したんだろう。相変異での無害化でも狙ったか」

「……そこまで、読まれていたのね……」

「わかりやすかったからな。そうまでしてやる動機はわからないが」

 

 苦笑の気配がした。ため息のような笑い方だった。

 

「……私だって同じだもの。自分以外のことを思うなら、私はあのまま、大人しく死ぬべきだった。諦めたくなかったから、手を汚してルビコン(ここ)にきたの。……そう遠くないいつか死ぬときまで、私が、私として生きているために。……だったら……ちゃんと、足掻かなきゃ。……方法なんて、選んでいられない」

 

 レイヴンがそっと肩を押して顔を上げた。目は赤くなっていたが、泣いた様子はなかった。

 ほっとするような、呆れるような、複雑な気分になった。

 

「……お前、本当に泣かないんだな」

「泣いたって、なんにも、どうにもならないもの」

 

 ――だったら、どうしてあのときには泣いたのだろう。

 全力で戦って殺しきったあのときこそ、全部が終わってしまった後だったはずだ。何もかも、何一つ、どうにもならないとわかっていたはずだ。

 

「……お願いよ、フロイト」

 

 レイヴンがようやくこちらを見てそう言った。

 その瞬間、失敗を悟った。

 多分あのとき、びくついて宥めるのではなく、いっそ徹底的に追い詰めて泣かすべきだった。

 

「何でもする。私があげられるものは、全部あげるから……お願い、私を、()()()()()()()()

 

 ジャケットを握った指が震えていた。(すが)るような様子だというのに、口にするのはまったくもって逆のことばかりだ。

 結局のところ、この女は全部自分でやるつもりでいるのだ。誰かを頼ることも、誰かに託すことも考えない。もしかしてとんでもなく根深い人間不信なのではないかと、今になって疑い始めている。

 冷静な思考とは裏腹に、頭に血が上って声がうまく出せなかった。震える息を吐く。

 

「……お前、(たい)(がい)、最悪だ。ひどい女だ。そういう台詞は、せめて死にかけてないときに言え」

「……こんな状態で、相手が貴方じゃないなら、こんなこと言わない」

「犯すぞ馬鹿」

「何でもって言ったわ。……残ってる手段なんて、これくらいしかないの」

 

 手術のために回復させなければならない病人の言だ。手を出せない据え膳など、腹が立つ以外の何物でもない。顔を顰めて無言のまま見下ろした。

 言いたいことは山ほどあるのだが、頭にきすぎてまとまらない。沈黙が続くうち、レイヴンの顔に、不安そうな色が浮かんだ。

 

「……わたしじゃ、取引き材料にすら、なれない……?」

 

 いっそ殴ってやろうかと思った。そっちじゃない。

 怒りを通り越して客観的になった感情が、これはなかなかふざけた話だと判断した。惚れた弱みにつけ込むどころか、こちらの感情をことごとく踏みにじってくれている。

 苛立ち紛れに頬を捕まえてぐにぐにと揉みしだいた。かろうじて残った理性が最低限の力加減をしたが、多分痛かったのだろう。文句こそ言わなかったものの、ぎゅっと目を閉じた顔は思い切り眉間に皺が寄っていた。

 

「……戦えるようにはする。当然だ。まずは、手術を受けられるレベルまで回復しろ。大人しく医者の言うことを聞いて過ごすんだな。遠回りに見えても最短だ」

「……わかった」

「わかってると思うが、俺はかなり怒ってる。元気になったら一回殴らせろ。手加減はしてやる」

「うん」

 

 目に見えて安堵したレイヴンが、ひどく素直に頷いた。

 感謝も謝罪も口にしなかった。それだけは正解だった。

 ナースコールを押して、十秒足らずで駆け込んできたのは例の女医だった。その後に看護士が続く。

 朝も早い時間だというのに次々と人が集まり騒がしくなった中、主治医の老医を見つけて、部屋の外へ引っ張っていった。

 

「いいか。あいつは早く治せと言うだろうが無視しろ。適当にごまかして徹底的に治せ。治るまで、絶対に外に出すな」

「……そ、それはまた……どうしました?」

「動けるようになったら脱走しようとするはずだ。ACには近づけるな。最悪、例のデバイスの副作用を使ってもいい。逃がすなよ。しっかり隔離しておけ」

「……保護、とおっしゃった方が、通りがよいでしょうな」

 

 眉尻を下げて応じ、老医がため息混じりに頷いた。

 

「患者自身のためにもそれがよいでしょう。周囲の説得はお任せください」

「ああ。それでもレイヴンに肩入れしそうな人間がいたら報告しろ、別口で手を回す」

「“完治”の水準はどのように?」

「アーキバスの新兵採用で弾かれない程度だ」

「なかなかの高水準ですな。ルビコン進駐期間のうちに間に合うかどうか……」

「間に合わなくていい。一切妥協するな。費用は俺が持つ」

 

 頭にきていた。

 それも、相当に。

 

 その後も寝不足の頭で精力的に動いた。やるなら徹底的にだ。

 7時を過ぎれば人出も増える。オキーフに連絡を取って部屋に押しかける途中、折良くV.Ⅳを見つけて捕まえた。

 驚いたように目を丸くする男に、苛立ち任せの言葉を放る。

 

「人手が足りない。手を貸せ、ラスティ。――“ルビコンの平和”とやら、俺が与えてやる」

 

 腰の引けていた男が、愕然と目を瞠った。

 

「……今、何と」

「二度目が必要か? いいからさっさと来い、時間が惜しい」

「待ってくれ、今のは……いや、それより! 名前を覚えていたのか……!?」

「それが何だ。どうせコールサインだろうが」

 

 

 

 待つ時間は終わりだ。

 ここから先は、好きにやる。

 

 

 

 

 

 





Q.ところでコーラルの集合意識体って何ですか
A.「クラムボンがかぷかぷわらったよ」レベルのよくわかんないアレだと思います
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