真人間には向かないプラン   作:ikos

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Show Must Go On.
始まったなら最後まで。





CHAPTER 5:Show Must Go On.
筐の水


 

 

 レイヴンがCパルス変異波形との交信を失ったことは、この男にとっても相当な誤算だったのだろう。

 

 夜通し駆け回っていたのかよれよれになったV.Ⅲオキーフが、扉を開けて沈黙し、無精髭の目立つ顔へ手を当てて、疲れ切ったため息を吐き出した。

 

「……お前は、本当に、いつも想定の斜め上を行くな……」

 

 V.Ⅳを引き連れてきたことを言っているらしい。

 何を予想外に思うことがあるのかと、逆に首を捻った。

 

「俺の代打ができるのはこいつくらいだろう。渋ってないでさっさと入れろ」

「……それが協力を求めにきた態度か、フロイト」

「そうか、それもそうだな。改める。中に入れてくれ、オキーフ」

 

 ラスティが驚いたようにこちらを見る。オキーフは何とも言えない顔になって、それでも扉の前から退いた。

 

「端末の電源はすべて切っているな?」

「ああ」

「すまない、私はまだだ。有無を言わさず連れてこられたものだから――」

 

 オキーフが呆れ顔で、あわてて端末を手に取るラスティではなく、こちらを見た。

 通信切断の常習犯である首席隊長と違い、第4隊長は表向き優等生だ。指示しておくべきだったなと肩を竦める。

 この部屋は進駐拠点の中でも、盗聴器のたぐいについて一番心配がなさそうな場所だ。そのためなのかただの習い性なのか、日は昇っていたが窓のブラインドは閉められたままで、照明が煌々と点されていた。

 まだ夜が続いているかのような部屋の中、オキーフがコーヒーを淹れてくる。アーキバスの支給品ではなく私物だった。

 さすがにカフェインが欲しくなっていたところだ。ありがたく受け取って切り出した。

 

「レイヴンとの戦闘ログは見た。あの後も会話はあったんだろう、どの辺りまで聞いた?」

「……大まかに言えば、コーラルの物理化学的な危険性を訴えていた。『増殖は抑制できず、人類による管理は遠からず破綻する。アイビスの火を再現しようとする勢力もいる。相変異による無害化が、もっとも被害の少ない道だ』と。……大筋で事実らしいという裏は取った」

「なるほど。だいたい全部だな」

「逆に聞くが、お前はどの程度まで把握しているんだ、フロイト」

 

 意図を測るようにオキーフが訊ねた。

 その慎重な態度に再び首を捻り、ああ、と気づいて頷く。

 

「これも言い方が悪かったか? 腹を探り合うつもりで聞いたわけじゃない。説明の手間を、どこまで省けるか確認しただけだ」

 

 オキーフは態度を変えなかった。

 信用すべきかどうかを見定めようとしているのか、疲労に落ち窪んだ目がじっと見据えてくる。

 気を張る必要も感じなかったので、コーヒーを啜りながら相手が納得するのを待った。

 やがて、低い声が言った。

 

「……嘘も裏もないのは確かだろう。ただ、お前はその場の思いつきで動くことも多い。平然と矛盾を起こす種類の人間だ」

「最近はそうでもないだろう。目的があるからな。お前もそう思っているから、こうして話を聞いているんじゃないのか」

「だからこそ慎重にならざるを得ない。フロイト、お前が判断を変えた要因は何だ? ――レイヴンから、何を託された」

 

 傍目にはそう思えるらしい。

 だろうなと納得するのとは裏腹に、口元が、笑みの形に歪んだ。

 浮かべた表情はよほど不穏なものになっていたのだろう。対面に座る二人が、揃って眉をひそめた。

 

「そう思うよな、()()。助けてくれって言う場面だよな?」

「……違ったのか」

「無茶をして死にかけての頼みごとが、『戦えるようにしてくれ』だぞ。いいかげん怒っていいだろ」

 

 返ってきたのは、「うっわあ……」といった種類の反応だった。他の人間の感性で判断しても、やっぱりドン引きする話らしい。

 同情的な顔つきになったラスティが、眉を下げて顎を撫でた。

 

「責任感が強いといえば、そうかもしれないが……。彼女はどうも、少し、視野が狭くなっているように思えるな……」

「お前が人のことを言えるのか、ラスティ」

 

 オキーフの苦笑いに、ラスティは居心地悪げに長身を縮こませた。この男が「思い込み」で先走っていたことは記憶に新しい。

 繰り返し謝罪だの後悔だのを聞かされるのも面倒だったので、そのまま話を進めた。

 

「ともかくだ、ここから先は俺の好きにやる。ようはコーラルも戦争も全部片付ければいいんだろう。やり方に文句は言わせない」

「……コーラルを焼くのか?」

「最終的にはな。異論があれば一応聞く」

 

 オキーフではなく、ラスティに目を向けて言った。

 この男のバックグラウンドである解放戦線、ひいては人類側の「ルビコニアン」は、食糧事情と外貨獲得のためにコーラルを必要としているはずだ。

 その辺りの擦り合わせは済んでいたようで、ラスティは重苦しく目を伏せた。

 

「……戦後のプランは大きく狂うが、やむを得ない。組織としての総意とはまだ言えないが……私自身は、納得している。コーラルがなくなれば企業も去り、やがては封鎖も解かれるはずだ。そこを落としどころとするほかないだろう」

「ならいい。協力の対価として、ある程度の補填はする」

「それは幸いだ。当てにさせてもらおう。……しかし……コーラルを()()となると、レイヴンとの関係性に(ひび)が入ってしまうのでは? 彼女と“エア”の間には、絆めいたものを感じた。怒らせるどころの話ではないように思うが……」

 

 やけに好意的な発言だった。一体何をどうやったら、ここまで反応をひっくり返せるのだろう。

 存外人(たら)しだ、とレイヴンへの評価を微修正する。こちらには下手ばかり打つくせに。

 

「ずいぶんと気が変わったんだな。どうにか殺そうと頑張ってなかったか?」

「直接銃口を突きつけて()()した結果さ」

「初耳だな。それで納得できたならいいんじゃないか」

 

 期待した反応ではなかったのか、ラスティは顔を陰らせた。

 オキーフが頭痛をこらえるように眉間を押さえているあたり、また独断だろう。

 

「罰されたいなら自分でやれ。俺に求めるな。どうしても何かやらずにいられないなら、あいつの望みを叶えるために動けばいい」

「っ! では――」

「焼いて片付けるにしてもバスキュラープラントを使うからな。プロセスが重複する。相変異による無害化も同時進行でやるつもりだ」

「そうか。……そうか……」

 

 ラスティがあからさまに胸を撫で下ろした。

 対照的に、オキーフが片眉を上げる。

 

「“無害化”とはいうが……具体的なプランはあるのか」

「ああ。コーラルリリースのメカニズムと似たようなものだ」

 

 コーラルリリースも無害化も、相変異による変質であることには変わりない。早い話がコーラルのエネルギーと性質を利用した「進化」*1だ。

 その内容は人類が知る限りでいまだかつて先例がなく、他の生命体では実現しえないもの――コーラルの“波”に存在している生命を、物質としての“身体”から切り離し、別の“波”に統合させるというものだ。

 

 コーラルリリースにおいて、それは人類の思念だった。

 そして今回、レイヴンが試みようとした統合先は、惑星ルビコン3の地磁気だ。

 

 ルビコン3は人類が生存可能な星の条件として、地球と同様に十分な固有磁場を持っている。その磁場から生じる磁気圏や放射線帯によって、宇宙から飛来するプラズマや放射線を防いでいるのだ。

 その地磁気は、脈動と総称される短期周期変化を常に繰り返している。つまりは“波”で、レイヴンが目をつけた、新たな宿り木だった。

 多少の増減や乱れくらいなら、すぐに人類に悪影響をもたらすものではない。ある意味でコーラルがこの惑星を掌握することにもなりうるのだが、少なくとも、一惑星の規模には収まる。

 

 統合によって物質としての「コーラル」は活性を失い、その増殖性もまた失われる。

 つまりはそれが、人類にとっての「無害化」というわけだ。

 

 一通りの説明は、情報部門の認識とも大きな齟齬がなかったらしい。

 オキーフは一つ頷き、難しげな顔で両手を組み合わせた。

 

「……どうにも現実味の薄く思える話だが、理論上は可能だという意見が2件出た。生命工学と量子磁気学の研究者からだ」

「仕事が早いな。というかお前の人脈、本当にどうなってるんだ?」

「さあな。……話を戻すぞ」

 

 オキーフは誤魔化したが、心底不思議に思って首を捻った。

 年齢を大幅に多く見積もっても四十代といったところだ。仕事柄とは言え、どうやったらここまで手を広げられるのだろう。情報部門で脈々と引き継いできたものでもあるのか。

 オキーフに答える気はないようで、隈の目立つ目元に力を入れて続けた。

 

「この作戦は、失敗した際のリスクがあまりに大きい。保険が必要だ。あくまでそれがあることを踏まえたうえでの検討となるが、レイヴン抜きで、現状でも実現可能な計画なのか? ……Cパルス変異波形の奪還は俺も検討したが、現実的に、難しいと判断していた」

「だろうな。レイヴンが使い物にならない以上、コーラルを焼くほうが早いし確実だ」

「そうだ。おそらく現在は、例の第1世代が交信を得ている。その時期に至るまで全力をもって居所を隠すだろう。既にオールマインドには、俺の“離反”も知られている。情報を得るのは難しい」

 

 もっともな言い分だった。

 ラスティが深刻な面持ちで口を挟む。

 

「難しい、という点は、私も同感だ、フロイト。実際に交戦してみて感じたが……あの第1世代、腕だけではなく、なにか()()()()()()()がある。生き残りというだけのことはあるな」

 

 同じく同感だ。生半(なまなか)なことでは尻尾を出さないだろう。

 ACから降りて徹底的に身を隠されたら、この氷に覆われた大陸で人間一人を探し出すのは容易ではない。どうにかなりそうな要素がなければ、自分でもそう思っていた。

 

「いくつか当てがある。それは俺の方でやるつもりだ」

「……お前が旧世代型の手術を受けるなどと言い出すなよ、フロイト。さすがに奇行がすぎる。スネイルに勘付かれかねん」

「ああ、とりあえずその気はない。それは当てが全部外れてからだな」

 

 「当て」の詳細を聞き出そうとされたら面倒だと気づいたが、オキーフは観察するようにこちらを見た後、眉を上げただけで何も言わなかった。とりあえずつつかないことにしたらしい。

 カフェインのおかげで多少眠気がましになった。空になったカップの縁を、手慰みに指で軽く叩く。

 

「変異波形との交信は取り戻す。お前の大好きな予備プランというやつだ、オキーフ。本命はバスキュラープラントでの焼却の方だが、そちらに失敗しても、エアを確保できればコーラルリリースは起きない」

「……お前にとっては、これの方が善後策なんだろうがな」

「順位付けするならそうなるか。……まあ、まだ絶対に無理というほどでもない。やれるところまではやるつもりだ。それならレイヴンも文句は言わないだろう」

「親切なことだ」

「そうでもない。知らないところで全部終わっていたと知ったあいつが、どんな顔をするかと思うと、わりと笑える」

 

 二人して物言いたげな顔をしたが、そもそも怒らせるくらいの腹でやっているのだ。

 カップの底がテーブルとぶつかって硬い音を立てた。

 腕を組んで考え込むラスティを横目に、話を続ける。

 

「焼くにしても無害化するにしても、最大の障害になるのは惑星封鎖機構だ。増派艦隊の到着前にバスキュラープラントが完成しても、コーラルを持ち出すには時間がかかる。あとは……そうだな、高度が出てきたら、衛星砲での攻撃も考えられるか」

「ああ。スネイルの見立ても同様だ。増派艦隊の到着後を見据えて、衛星砲の破壊とLOCステーションの制圧作戦を練っているようだな」

「軌道上に上がるのか……」

 

 何かを懸念するように、ラスティが口元へ手をやった。

 頭にあったものは同じだろう。いい機会だと口火を切った。

 

「お前には、それを任せたい。“V.Ⅳ” ラスティ」

 

 いまだに名前を呼ばれることに慣れないのか、驚いたような目がこちらを見た。

 

「もうしばらくその肩書きを背負ってもらう。お前がいれば、スネイルはこの作戦にお前を割り当てるはずだ」

「……なるほど、『人手』か。……ああ、力を尽くそう。任せてくれ」

 

 迷いのない頷きだった。苦笑さえ挟まなかった。

 LOCステーション侵攻は秒速8kmで移動する低軌道での要塞攻略戦になる。対する惑星封鎖機構は敗走しての立て直し中とはいえ、相応に難易度の高い作戦だ。接近中の交戦で下手を打てば、重力に捕まって軌道を外れる。

 艦隊指揮よりもACでの吶喊能力が肝になる。この男ならば、うまくやってのけるだろう。

 

「あとはバスキュラープラントの方だが、そちらはオキーフ、お前が適任だろう。やり方も人選も特に注文はない。好きにやってくれ」

「大雑把すぎる指示だな……」

「そのほうが楽だろ? 改造自体はそう難しくないはずだ。技術的にも手続き的にもな。不測の事態への保険だと言えば、反対するやつはそう多くない」

「大筋で同意する。……ただ、スネイルが介入してくるだろう。納得させられるか?」

「他の情報に紛れさせて、大した内容ではないように思わせておけばいい。あいつの常套手段だな。緊急停止装置は今の計画でも存在しているはずだ。スネイル寄りの技術者は、不自然でない程度に遠ざけておけ」

 

 オキーフは無言のまま、考えうる可能性を取り沙汰しているようだった。

 しばらくの沈黙を終え、慎重に口を開く。

 

「……安全装置を設けたところで、最終的な実行権限はスネイルが手にするだろう。内紛は避けられん。多数派工作が必要だ」

「ああ、説得資料なら手元にある。端末を起こせ。――今送った」

 

 RaD頭目謹製の、大いに危機感を煽るデータだ。増殖による全宇宙の汚染などという規模が大きすぎるものではなく、集めすぎてもうすぐ大爆発、を裏付けるための資料だった。

 ざっと目を通したオキーフが、呆れ混じりにぼやいた。

 

「なんとも用意の良いことだ……どこから手に入れた?」

「まあそうなるよな。出元が怪しい。お前のツテで、どこぞの権威のサインを貰っておいてくれ。内容は保証する」

「“保証”とは、大きく出たな」

「旧技研絡みだ。情報源は一応秘匿しておく」

「――オーバーシアーか」

 

 予想外に、踏み込んできた。

 ラスティには話していない内容だったようで、怪訝な顔を見せている。

 どうやらアーキバスの情報機関は、秘密結社めいた地下組織の尻尾をも掴んでいたらしい。時期を逆算して、RaDが関与していることにも気づかれただろう。

 少し考えたが、まあいいか、と頷いた。

 

「そうだな。当初はそちらと手を組むつもりだった」

「これまでお前が、オーバーシアーについて探っているという感触はなかった。まさか向こうから勧誘があったわけでもないだろう。……どこで存在を知った?」

 

 オキーフが鋭くこちらを見据えてくる。

 面倒だと思って適当に頷いたら、もっと面倒なことになった。

 どこでと言われたら前回のオールマインド経由でということになるのだが、もしもそう言ったなら、そこからさらに説明要求が発生する。

 口をつぐんで腕を組み、天井を見上げた。

 

「……カマをかけたら引っかかってきた、ということにしておかないか?」

「お前はまた……。……いや、いい。スネイルが察知する可能性は低いんだな?」

「ああ。それに、知られたところでこちらの動きが変わるわけでもない」

 

 あっさり断定すると、オキーフはますます何か言いたげな顔になった。

 それを口にすることはなく、低く唸って眉間を押し揉む。口を割らないと判断したのか、どうやら諦めたらしい。ため息めいた声が訊ねてきた。

 

「……計画を変えたのは、Rb23――いや、レイヴンのためか」

「そうだな。あいつの治療が終わるまで、アーキバスを離れられなくなった」

「スネイルにとっては人質のようなものだ。お前と衝突したとはいえ、首輪をつけたつもりでいるだろう」

「――だが今や、彼女に手を出すのは容易ではない。そうだろう、オキーフ?」

 

 ラスティが笑みを含めて言った。

 からかうような軽妙さに、オキーフの空気が少しやわらぐ。意外に思って首を捻ったが、オキーフは苦笑のまま続けた。

 

「……まあ、そういうことだ。シフトを組めるほどの人数が、その”人質”の無事を気にかけている。おまけに戦闘職の割合が高い。何かあれば妨害に入るだろう」

「そうか? ただの捕虜だぞ、かばってスネイルに楯突くのは厄介だろ」

「お前がいなければそうだったろうな。ヴェスパー首席隊長」

 

 オキーフまでからかってきたのは、さらに予想外だ。ラスティも楽しげに笑っている。

 思わず目を丸くして、そのまま瞬いた。

 

「……なるほど。一応、スネイルより席次は上だったな」

「後ろ盾の有無は大きい。少なくともすぐさま密告が入るだろう。それをスネイルも認識している以上、抑止力にはなる」

「そういうことさ。つまり、彼女に手を出すことは、貴方が離反する“最後の一押し”になりかねないというわけだ。使うに使えないカードの存在は、彼には相当なストレスだろうな」

「ストレスには慣れっこだろ、あいつ」

「最大のストレス源が言ってやるな。しかし……さすがに、大勢(たいせい)に影響をもたらすほどではないが……状況を動かすひとつにはなるか。派閥が別れつつあるという前置きは、布石として悪くない」

 

 ぼそりと落ちたオキーフのつぶやきに、よく考えるものだと呆れた。

 悪だくみの適性で言うなら、スネイルとどちらが上だろう。

 

「その辺も任せる。苦手分野だ」

「……スネイルは何でもかんでも自分で抱え込むが、お前は逆に、あれもこれも押し付けられるだけ押し付けてくるな……」

「やれることはやってるだろう、今回は」

「“いつも”の水準が低すぎる」

 

 心外だ。いつになく働いているのに。

 だがしかし、考えてみると、アーキバスにとっては業務外というか背任行為どころではない内容だ。

 それ以上は言わずに話を続けた。

 

「あとは、時期を見計らって火種を放り込むだけだな。『このままだとアイビスの火が再現する、死にたくなければ緊急装置を起動しろ』という状況を与えてやればいい。第1部隊はこちらにつく」

「……第3部隊も応じるだろう。だが、こちらの主体は情報機関だ。純粋な戦力として数えるには心許ない」

「私の第4部隊は……スネイルの潜り込ませた監視要員がボトルネックだな。半数ほどは呼応するだろうが、趨勢が決まるまでは厳しいと思う。その見立てで相違ないだろうか、オキーフ」

「ああ。手を回すなら息が掛かっている奴だけにしておけ。……ホーキンスの第5部隊も、この条件下であればこちらにつくだろう。前提となる状況を信用させる必要はあるが……今のスネイルに最も不信感を抱えているのは、ホーキンスだ。部下を守るためとなれば公算は高い。逆に、第8部隊は無理だな」

「そうなのか? V.Ⅷ ペイターは、君とホーキンスを慕っている様子だが……」

「それ以上に上昇志向の強い男だ。スネイルについてスネイルが勝つ状況が、もっとも得られるリターンが大きくなる。そう判断するだろう。残る第2と第7においても同様に、手を伸ばすのは避けるべきだ。情報が漏れるリスクが他より高い。慎重を期するに余分というものはない」

 

 流れるように計画を捌ききり、オキーフが頭痛を堪えるように息を吐いた。疲れを紛らわせようとしてか、さっきからしばしば鼻根を押さえている。

 話が一段落ついたところで、弛緩した空気が流れた。自分も眠気を思い出して、欠伸を噛み殺す。

 

「大体これくらいか。そろそろ目立つ頃合いだ、俺は戻って寝る」

「……俺もそうしたいところだが……まだ、やらなければならない仕事が山ほど残っているな……」

「仮眠は取っておけよ? こういうとき強化人間は便利だな、スイッチが切り替えられる」

 

 強化人間二人が渋い顔をした。極力使いたくないものらしい。

 ラスティが眉を下げて言った。

 

「手伝える余地があれば協力したいところだが……すまない、オキーフ。君にばかり負担をかける」

「後は頼んだ」

「お前はもう少し遠慮しろ、フロイト」

 

 どうやら、また言い方を間違えたらしい。

 頼りにしているとか言ったらよかったんだろうかと首を捻っているうち、オキーフが諦めたように頭を振った。

 

「こうして集まるのはスネイルの目を引く。今後は差し控えるべきだろう。……何か言っておきたいことがあるか?」

「言いたいこと……そうだ、オキーフ。俺が買収した連中に箝口令を敷いただろ。おかげでレイヴンの確保を知るのが遅れたぞ」

 

 文句を言うことは想定していたのだろう。オキーフは顔色一つ変えずに答えた。

 

「治療方針が決まるまでがあまりに早かった。新世代型への転換を止められるようなら動いたが……お前も、抜けられない作戦の最中だっただろう。状況的に、むしろ伏せておくべきだと判断した。結果が変わったとは思えん」

「スネイルに釘を刺すくらいはできた」

「釘なら、既に刺していたはずだ」

「……まあ、そうなんだが。……そうだ、その“治療方針の決定”で、関与が大きかったやつの特定も頼む」

「ああ。オールマインドの手が入っているはずだ。想定以上に、うまく浸透している」

 

 ふと、疑問点に気づいた。

 腕を組んで首を傾げる。

 

「そういえばあいつ、どうやってアーキバスに入り込んでるんだ? 傭兵支援システムに人間の手下が大勢いるとも思えないんだが」

 

 オキーフが、なんとも言えない怪訝そうな顔になった。

 

「ルートはいくつかあるが、業務補助用のAIアシスタントが汚染されている。……これだけ事情通を見せておいて、そこを把握していなかったのか……?」

「知らなかった。そうだったのか。まあ、AIが入り込めるとしたらその辺だよな」

 

 深々としたため息が、どうにも真情のこもったものに聞こえた。

 

「……お前は使っていないようだったから、てっきり警戒しているものと思っていたが」

「いらない機能は全部プロセスから殺してるんだ。重くなるだろ?」

「そういえば、スケジュール共有ができないとスネイルが青筋を立てていたな……。……この期に及んで同情させないでくれ。やりにくくなる」

 

 あながち冗談でもなさそうな口調で言い、オキーフが重そうに腰を上げた。

 

 

 

 

 

          - / - -

 

 

 

 

 

 惑星封鎖機構の動きは早かった。

 バスキュラープラントの移設計画が始まった翌日には怒りに満ちた非難声明を発し、同時に、建設予定地への攻撃準備を開始した。

 

 予想通りの反応ではあったが、ひとつアーキバスにとっての誤算があった。

 声明内の苛烈な警告は、ルビコン進駐部隊だけではなく、アーキバス本社拠点をも武力攻撃の対象とする内容だったのだ。

 アーキバスは広い独立経済圏を実効支配下に置き、武装組織の駐屯基地を都市のど真ん中に設置している。全面攻勢を受ければ民間人の死傷者も相当数に上るだろう。――つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、全人類への表明だ。

 効果はそれなりで、ルビコンに手を伸ばさなかったいくつかのコングロマリットもそれに同調し始めている。負けが込んだベイラムもここぞとばかりルビコン撤退を表明し、アーキバスにとっては大きな逆風となっていた。

 その逆風でうろたえるような神経があれば、そもそも貧困にあえぐ辺境惑星に膨大な戦力を送り込んだりはしないだろうが。

 

 司令部に足を踏み入れると、周囲の空気が緊張を帯びたものになった。

 先日の衝突がすっかり知れ渡っているらしい。

 スネイルがこちらを見て、わずかに怪訝そうな顔をする。いつもより、どこか表情が抑制的だった。

 

「PCAから声明が出たらしいな。一応見に来た」

「わざわざここにくる必要はなかったでしょう。……気になることでも?」

「ああ」

 

 スネイルが再生を指示し、映像が表示されるとともに、重々しい声が響いた。

 いつか聞いた、強制執行システムと同種の声だった。

 

《我々、宇宙連邦軍惑星封鎖機構は、企業複合体「アーキバス・グループ」によるコーラル星外搬出計画、及びその前段階における危険極まりない集積計画を最も強い言葉で非難するとともに、計画の即時中止を要求する。

 アーキバスは我々の再三に及ぶ警告や、全人類の生存を脅かす危険性の指摘を無視し、今もなお不法な進駐行為によって愚かな利益先行の経済活動に勤しんでいる。これは断じて許されるものではなく、人類という種に対する敵対行為に他ならない。

 惑星封鎖機構は、全人類の文明とその生命を保護するという使命に従い、すべての戦略目標に対してすべての手段を実行する。

 これは、ルビコン星系に限らず、一切の例外はなく、人類の現活動圏すべてにおいての実行である。

 我々が発するメッセージは明確だ。一企業グループの利益のために、全人類、全宇宙を危険に晒すことは決して許されない。

 コーラルがルビコン3の外に持ち出されたとき、我々の砲火は、この事態を招いた者すべてに向けられる――》

 

 朗々と、それでいて感情を込めて深刻に。

 言外のメッセージが、自分(V.Ⅰ)個人に向けられていた。

 

 今、ここで、止めるべきだと。

 

 人類の文明レベルを堅持しようというならば、これ以降では遅すぎる。星外へのコーラルの持ち出しは断じて許容できない。たとえ彼我にどれだけの血が流れようが、全戦力を持って叩き潰す――そういうメッセージだ。

 ルビコン星系の戦線においては、バスキュラープラントの破壊と輸送ルートの封鎖、おそらくはその二点でくる。増派艦隊のいくらかは後者に回すだろう。場合によっては、他の企業と手を組む可能性すらある。

 ここまでくると、惑星封鎖機構が「諦める」というビジョンが見えない。

 この声明は人類文明圏のすべてへ向けて発せられているものだ。続く発言で、予想通り他企業へ同盟の打診をほのめかせてきたのを聞きながら、苦笑を(こら)えた。

 

 ()()()()()()()ものだ。反乱を起こすための理由と御膳立てがすっかり整えられている。

 おそらく次の接触では、他企業からの引き抜きあたりを用意してくるだろう。

 

「本社の反応はどうだ?」

「おそらくは貴方の予想通りです。当然ながら作戦は継続、むしろ、進行の不手際にお怒りですよ。……もっと早期に、徹底的に現地戦力を壊滅状態に追い込んでさえいれば、と」

「言うだけならタダだな」

 

 そもそもの計画として、惑星封鎖機構のリスク判定を軽く見積もりすぎていたのだ。

 グリーゼ581星系に手こずっている今ならこれ以上の多面展開はしないとみたのだろうが、システムは、コーラルをより上位の脅威と判断した。

 アーキバスにとってのコーラルは、あくまで有用資源でしかない。「人類の敵」という至極妥当なレッテルは、上層部にとって実に面白くないものだっただろう。

 物量をすべて注ぎ込む全面戦争になれば、アーキバス単体で勝ち目はない。損切りの選択肢が見えてきているはずだ。

 

 ふと、スネイルの様子に違和感を覚えた。

 上層部の「頭の悪さ」によく愚痴をこぼしているこの男が、今回に限っては平然としている。

 ルビコンでの戦況が悪くないのは確かだが、本社が戦争状態になれば、補給も滞る。状況は加速度的に悪化するだろうに、神経質さのにじみ出たその顔に、苛立ちは見られなかった。

 

「やけに余裕だな。お前の大事な『アーキバス』の危機じゃないのか?」

「痛手は負うことになるでしょう。ですが、変革には良い機会です」

 

 衆目のある場で口にするにはギリギリの発言だった。

 今回の判断を下したのはスネイルではない。つまりは、責任を負うのも別の人間ということだ。

 惑星封鎖機構と交戦しながらも無事にコーラルを持ち帰ることがかなえば、それは大きな成果だ。企業の立て直しの原資にもなる。上層部の空いた席に滑り込む好機と見たか。

 

 この男らしい話だった。

 それに巻き込まれる作戦部隊の万単位の構成員がどう感じるのかを、欠片も気にしていないからこそ、この場でそんなことを言ってしまえるのだろう。協議さえなく方針を決めることに躊躇がない。それは多分、首席である自分にも原因がある。

 さて、「手足に考える頭は必要ない」と言ってのけたのは、一体どこの誰だったか。

 

 こちらの沈黙に不審を覚えたか、スネイルがいぶかしさを隠そうともせず訊ねた。

 

「……何か不満でも?」

 

 衝突したのを気にして、慎重にしようとして出てくるのがそれなのが、この男のこの男たるところだ。

 ひらひらと手を振る。

 「言っても無駄」だと思っているのはお互い様だ。徒労は避けるに限る。

 何はともあれ、主たる方針を決めるのは上層部の仕事で、具体的な内容を決めるのは指揮官だった。現場としてはその内容に従って、目の前のことを片付けていくほかない。

 

「衛星砲の破壊が最優先か」

「高高度直接上昇型ASATにて破壊を試みます。万一の場合に備え、第5部隊を軌道上に移動、LOCステーションの制圧には第4部隊を」

「そうか」

「……心配せずとも、今の貴方を地上から離すようなことはしませんよ。上振れにせよ下振れにせよ、計算外を起こしかねない」

 

 相変わらずの嫌味具合ではあったが、これはもしや「配慮」というやつだろうか。

 目を丸くしてスネイルを見ると、実に嫌そうに顔を顰めてみせた。

 

「……何です。何か文句でも――」

 

 そのとき、耳障りなブザー音が響いた。

 スネイルが言葉を切ってそちらへ顔を向け、オペレーターが固い声で報告する。

 

「衛星砲SAT-C01及びSAT-C07、軌道変更を観測しました」

「随分と気の早い。……しかし好都合だ。ASATの準備を急がせなさい。20時間以内を目標に攻撃を開始します。同時に、その命令の発信元の特定を」

「了解。……各部隊に通達、こちら司令部――」

 

 にわかに騒がしくなった司令部で、その喧騒をどこか他人事であるかのように聞いていた。

 溢れかえらんばかりの情報を集約し、分析し、反映させた共通状況図が、ひときわ大きなモニタの上で情勢を描いている。所属部隊の光点は前回と比べても数が多い。生き残りの比率が上がっているということだ。

 

 この内の何割が、最終的に敵へと回るだろう。

 

 司令部を後にしようと背を向けたとき、スネイルの声が追ってきた。

 

「フロイト、貴方にも仕事はしていただきます。……医療棟へ入り浸るのは程々に」

「そうだな。わかっているさ、スネイル」

 

 

 

 

*1
コーラルは自己増殖能力を持つ有機生命体だが、遺伝子を持たないため、従来の生物の定義における(世代を重ねることによる)「進化」とは異なる






声明内の「最も強い言葉で非難する」は外交上の定型表現ですが(英語ではcondemn in the strongest terms)、「そっちがどんな言語を使っててもそれの一番キッツイやつ」=翻訳の余地を許さずめっちゃ非難してんぞ、という汎用性を感じて結構好きです。プログラム言語感ある。
実際「英語での強い表現」を使うより意味合いが明確になると思うんですよね。解釈の余地を与えないのって大事。

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