わりと行き当たりばったりで進めている部分も大きい。うまく行かないことも当然に出てくる。
ウォルターとの通信を終え、両手で顔を覆って、天を仰いだ。
「……あー……」
ロックスミスのコクピットの中、気の抜けた長いため息が落ちた。
――これは無理だな、と口の中で呟く。
何か大きな失敗をしたわけではない。予想通りといえば予想通りの、まったくもって、駄目な手応えだ。
はっきりと道は別たれた。わざわざ交渉決裂を口に出すほど、ご親切ではないだけで。
方針は間違っていなかったはずだ。コーラルの無害化がどうたらには一切触れず、バスキュラープラントを利用しての焼却を計画していること、レイヴンの治療のために時間を稼ぎたいという方向で、どうにか信用して欲しいと「頼み込んだ」わけだが――あえなく不首尾に終わってしまった。
ウォルターはまずレイヴンを手元に戻そうと交渉を試み、それが応じられないと見ると、一転して個人的な感情を抑え込んだ。猟犬のハンドラーではなく、オーバーシアーの一員としての立場を選んだのだ。
おそらくはバスキュラープラントの破壊に動く。
再びため息を吐いた。
どちらにしても、無理だったとは思う。説得できる可能性は薄いと見ていたから、最初からオキーフたちに助言を求めなかったのだ。
ただでさえ足りない時間を割かせるには、元々の勝算がなさすぎた。
それでも、一応頑張ったのだ。努力をしたのだ。
言葉を尽くして頭を回して自分なりにやりきった。だからこそ
仕方がないと割り切って切り替えるべきなのだろうが、どうにも、消化できないものが腹にわだかまって消えない。
そのまま少し考えて、パネルに手を伸ばし、表示したままの通信をRaDの提案型AIに向けた。
コール音が鳴る前に繋がった。あまりに早かったので、面食らって反応が遅れた。
「……チャティ・スティックか? それとも“親”のほうか」
《RaDのチャティ・スティックだ。通信相手は間違っていない。お前は、V.Ⅰ フロイトで間違いないか?》
「ああ。本人だ」
なんだか妙な確認になった。
相手も同じように
《フロイト、もし今回の用件も“相談”なのであれば、今回は再考を勧める》
「忙しいか?」
《そうだな。だが、理由は別だ。……俺は“内緒話”に対応していない。この会話は、すべてボスが確認可能だと認識すべきだ》
最初からわかっていたことを、わざわざ念押ししてきた。
不思議に思って首を捻る。
「大量のログに全部
《俺にその機能はない。ボスは、それが“教育方針”なのだと言っていた》
「へえ、そうなのか。だったら、通信があったことを言わなければいいんじゃないか?」
《……ボスをそんな間抜けだと思っているなら、お前は認識を改めるべきだ、フロイト》
「別に甘く見たわけじゃない。怒るな、悪かった。……結局これは何の話なんだ? はなから聞かれて困るような話をする気はなかったんだが。そのまま全部報告されても、俺は構わない」
《状況に問題がある。協力体制が崩れたと、たった今ボスに連絡が入ったばかりだ》
「それか。俺の相談もそれだ、ちょうどいい。レイヴンが今うちにいるんだが――」
構わず話を始めようとしたとき、突如、大声が割って入ってきた。
《えっ、おい、なんだよ! レイヴンさん見つかったのか!?》
思わず片耳を塞いだ。聞き覚えのある訛り声だ。
どうやら会話をスピーカー出力していたらしい。チャティが淡々と苦情を言う。
《ラミー。通信中だ。用件があるならあとにしてくれ》
《うっせぇなあ、俺あ今! 用ができたんだよ! なあV.Ⅰ、レイヴンさん、無事なんだよな? 何があったか知らねえが、あの人がウォルターさんを裏切るなんて思えねえよ。俺ぁもう心配で》
声に似合わない馬鹿丁寧な呼び方は記憶にある。RaDのマッドスタンプだ。
「……なんでお前が心配するんだ?」
《んなもん当ったり前だろうが! ……んん? あー……当たり前だよな? ……おう、やっぱそうだろ。ダチ心配すんのに理由がいるか?》
いつ友達になったんだと思ったものの、聞いても面白くないので口には出さなかった。下手をすると、本当に友人関係ができているかもしれない。
馬鹿を自称するドーザーだが、レイヴンが好むタイプの馬鹿だ。
「……無事と言えば無事だ。神経系が軒並みボロボロで衰弱もしてるが、一応は持ち直した」
《そりゃあよかった! ほっとしたぜ、生きてりゃなんとかなるもんなあ。ボスもよく言ってんぜ》
「ああ。気が済んだなら本題に入りたいんだが」
《おお? 何だ何だ》
「お前じゃない」
《お前ではない、ラミー》
《へっ、二人して冷てえなあ。へーへーわかったよ。邪魔したな! V.Ⅰ、レイヴンさんのこと頼んだぜ!》
一人だけで三人分くらいの騒がしさを抱えたドーザーが去り、何故かしばらく、沈黙が漂った。
AIが、何かを言いあぐねて、迷っているようにも感じた。
奇妙な感覚に首を捻る。
《……俺は、ボスのため、お前から情報を得るべきだ》
「だろうな。じゃあ喋っていいか?」
《……まだだ。結論を出すに当たって、遅延が生じている……》
「こっちが別にいいと言っても駄目なのか。何をそんなに悩んでいるんだ?」
《悩む……そうか、これが“悩む”ということか》
納得するような呟きとともに、アルゴリズムに何らかの変更を加えたらしい。幾分スッキリした様子で返答してきた。
《――結論が出た。悪いが、その要請は拒否させてもらう。今の俺達は、“相談”という形式の会話を行うべきではない》
「なんだ、つれないな」
《俺は今、お前を誘導したくはない。やるなら、はっきりと敵になってからだ》
やけにきっぱりとした断言だった。
こちらが困惑してしまうほどに、清々しく。
「……それは、まあ、わからないでもないが……別に誘導でもいいだろ」
《俺がそれを望まない。ただ、お前との会話には発見が多い。この先、お前が敵になるにせよ、友になるにせよ、立場が確定したらまた話そう。次の機会を楽しみにしている。……こちらからは以上だ。じゃあな、フロイト》
喋り方は変わらぬ単調なトーンだったが、気のせいか、笑みをたたえているように聞こえた。
そのまま通信は切れた。
なんなんだ、とぼやいて、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。
- / - -
さすがにぶっつけ本番で反乱を起こすわけにもいかず、わが第1部隊の頼りになる副官にだけは(お喋りをするコーラルの件を除いて)話を通しておくことにした。
そこにオキーフが、通信越しとはいえ
副官は口を挟まず最後まで話を聞き、顔色一つ変えずに頷いた。
元々、第1部隊が忠誠を捧げるのはV.Ⅰ個人だと言ってはばからなかった男だ。迷いがないどころか、この事態を歓迎さえしているようだった。
「状況とお考えは理解しました。部隊の統率はお任せください」
「助かる」
「それはそれとして……隊長、ここまで真面目な話をするときくらい、もう少し真面目な姿勢でやりませんかね」
ソファに引っくり返ったまま、視線だけ動かしてその顔を見上げた。
通信画面越しのラスティも同様に呆れ顔だ。
《何だか、記憶にあるグダグダ具合だな……。たしかあのときは、レイヴンに振られ続けていたのだったか》
「ああ、自分も覚えがあります。その節は隊長が随分とお世話になったようで」
《なに、光栄だと思っているさ》
気を張っているせいか、V.Ⅳは「いつも通り」の男前然とした空気をまとっていた。
余裕のある態度が、やけに癇に障る。
「……うるさいぞ、外野二人……へこむくらい好きにさせろ」
《状況を選ぶべきだという話ではないかな。そういう意味では、私も彼も当事者だ》
「そうですね。大体、何をへこむことがあるんです。『レイヴン』に愛想を尽かされましたか?」
「そっちはまだだ」
「……いや、『まだ』でいいんですか、そこ」
「よくはないが、売られた喧嘩は買うべきだろ」
やる気の出ないまま右手を持ち上げた。人差し指を立てる。
「ウォルターの説得に失敗した。これが一つ目だ」
「なるほど」
《やはり、難しかったか……》
「で、それがどうにもモヤついたから第三者に相談しようとしたら、断られた」
《えっ》
第4隊長がうろたえたような声を上げた。
第1部隊の二人分の視線を受け、あわてて取り繕う。
《あ、いや、すまない。……そうだな、他にも相談できる相手はいるに決まっている。自意識過剰だった。忘れてくれ》
咳払いをしてごまかそうとしているのを見て、副官が横を向いて笑いを堪えていた。
そのふるまいのほとんどは訓練で身につけたものだと言っていたが、案外、この男の素は単純なものなのかもしれない。
《……失礼した、話を続けよう。三つ目はあるのか?》
「特にない。……しいて言うなら、レイヴンがあいかわらずだということか。今朝は食事を吐き戻したらしい」
ラスティが眉宇を陰らせた。作った顔ではないくせに、無駄にさまになる顔だ。
《それは……心配だな》
「どうせ無理して食ったんだろう。そこそこ病人歴が長いわりに、匙加減がわかってないな、あいつ」
《……そういえば君は、あれから一度も医療棟に入っていないらしいな。……彼女の様子を見に行かなくていいのか?》
「顔を出さない方が時間を稼げる。あいつも今は色々必死だろうが、そのうち軟禁されていることに気付くだろうからな。お前と違って嘘をつくのは得意じゃない」
《言ってくれるものだ。……スネイルも同様に、不審がると思うが》
「そっちはどうせ怪しんでいる。好きに深読みさせておけばいい」
《凶と出ない確信があるのか?》
「動きは耳に入るようにしてある。それに、人質は無事でなければ意味がないからな」
《そうか》
映画俳優のごとく憂いげな表情のまま、大分取り繕うことをしなくなった男は、ため息混じりに言った。
《……一応、私の意見を伝えておこう。彼女のメンタルケアはおざなりにしない方がいい。いくら丁重に扱われているとはいえ、虜囚の身だ。体調が悪ければ精神状態も悪化する。君があまりに姿を見せないとなると、やはり、不安になるのではないだろうか》
「そういうものか?」
《そういうものだ》
言い聞かせるような口調に眉を上げたが、反論はせずに腕を組んだ。
「……確かに、かなり落ち込んで謝り倒していたらしいが……わりと変なところで真面目だからな……」
《なるほど。病気慣れしているとは言うが、やはり、色々と気がかりも多いだろう》
「難しいところだな。早く手術を受けられるようにしないといけないんだ。うっかり頭にきて手を上げたらまずい」
《……待ってくれ。気持ちは分からないでもないが、さすがにそれは……》
「手加減はするし我慢もしてる。殴るのは元気になってからだ」
《そういう問題ではないな! 相手は女性だぞ!?》
「男女平等というやつだ。あいつにも宣言してるしOKされてる。あとは時期の問題だな」
《……なぜ君たちの会話は、そうも基本が物騒なんだ……! 常識とか普通とか聞いてくるわりに……!》
大げさに嘆くラスティを面倒に思って眺めていたが、副官までもが呆れたようにゆっくり首を振ったので、少しばかり考えを改めた。
「引っかかるなら立ち止まれ」とはチャティの言だ。
そんなわけで考えてみたが、早々にギブアップした。
「だめだ、さっぱりわからない。ACで戦うのとそんなに違うか?」
《――それか!》
膝を叩かんばかりに声が飛ぶ。えらく気迫のこもった勢いに困惑した。
今でこそ条件の変化から戦う頻度も下がったし、経験値の差から実力差ができて怪我をさせることも少なくなったが、そもそもの関係性の基本からして「物騒」なのだ。
ラスティが唸るように続けた。
《ああ、ようやく理解できた気分だ。そういうことか。揃いも揃って、暴力へのハードルが下がるわけだな……!》
「暴力?」
《暴力以外の何物でもないな。……副隊長、助勢を頼みたい。これは思った以上に根深いぞ。どう納得させるべきか……》
「……申し訳ありません第4隊長殿。とっさに浮かんだのが、『生身で戦っても楽しくないと思いますよ』だったので、我ながらお力になれるかどうか」
《いかにも納得しそうではあるが、まさか、第1部隊は皆こうなのか……!?》
「変人の集まりみたいに言う」
「違いますよ失敬な。隊長の扱いに、悪い意味で慣れてしまっているだけです」
それはそれで随分な言いようだ。否定はしないが。
ラスティはしばらく難しい顔で唸っていたが、やがて大きく息を吐き、表情を改めて切り出した。
《……いいか、フロイト。強化人間部隊ヴェスパーにおいて唯一例外の、真人間たる首席隊長殿。想像してみてくれ》
「なんだ突然」
《頼むから想像してくれ。レイヴンが完全に回復して、元気になっているところだ。もちろんACの操作にも支障はないし、身体に不自由はない》
「………」
《……嬉しいはずだと思うが、どうだろう?》
「ああ」
《なによりだ。……その頃には、すべてが片付いているはずだ。うまく行けば彼女の望みもかなっている。彼女は――そうだな、複雑な気分ではあるだろうが、君に感謝するだろう》
「推測が当たっていそうなのが妙にいらつくんだが」
《いらついていないで、引き続き想像してくれ。彼女は、どんな顔で、どんなふうに、君に礼を言うだろうか》
「………」
《想像できたようだな。……確認だ。その状態で、まだなお、彼女に手を上げたいか?》
「………」
多分、二年くらい賞味期限切れの戦闘糧食でも食べたような顔になっていたと思う。
「……殴れそうなタイミングがない……」
《頑張って殴ろうとしないでくれ》
頭を抱えそうな声だった。
言わんとしていることはなんとなく理解できたような気がする。実際やるのは、思っていたより難しそうだ。
とはいえ、本人が同意しているのにその辺りを譲るのは納得が行かない。平手でベチンとやるくらいは許容範囲ではないだろうか。怪我をしない程度に手加減するつもりではいるのだ。
腑に落ちていないのを察してか、ラスティがため息混じりに言った。
《……君たちがお互いに納得しているなら、第三者がそこに口を出すべきではないのだろうが……。ACのことは置いておこう。それはもういい。ともかく、生身での話だ。人と人との関係性や感情形成において、暴力の介在するそれが健全だったためしはない。それが君のものであっても、レイヴンからのものであってもだ》
「……そうか?」
もし「前回」、自分が生き残っていたとしたら、レイヴンは何らかのけじめを示すことを求めただろう。分かりやすいのは頬を引っぱたく辺りか。
それだけのことをした認識はあるし、それですむなら甘んじて受けたと思う。逆に、それくらいはしなければ納得できたとは思えない。
疑問を返すと、ラスティは少しばかり考えるように沈黙を挟み、改めて口を開いた。
《そうだな……実際、私の見立てが正しいかどうかはわからない。君たちが良くも悪くも、普通ではないことは理解している。……ただそれでも、勝手ながらここまで見守ってきた私としては、口を挟むべきではないかと思うんだ。……私個人の納得に付き合わせてすまないが、こういった見方もあるのだということを、頭に入れておいて欲しい》
いやに切々とした響きだ。
それを、押しつけがましい、と切り捨ててしまえるのなら簡単だった。
そうすることが間違っているような気がしたから、不愉快ながらも大人しく、相手の言葉を耳に入れた。
ただ聞いて聞き流すのではなく、なんとか咀嚼しようとして。
何か感ずるところがあったのか、V.Ⅳの今度のため息には、少しばかりの笑みが含まれていた。
《――とはいえ、だ。君の気が済まないのもわかる。だから、身体的な暴力ではなく、尊厳への攻撃ではどうだろう》
「なんだそれ」
《ささやかな屈辱を甘んじて受けていただこう。自立心の強そうな女性で、後腐れのない程度というと……そうだな。一日でも数日でも、語尾に『にゃん』をつけさせるというのはどうだろう》
目を剥いてその内容を吟味した後、思わず、笑ってしまった。
あのレイヴンが、と想像しただけでとんでもなく笑えてくる。ものすごく腑に落ちた。頭から拒否できない程度で、羞恥心を掻き立てられそうなものとして、そのばかばかしさがあまりにも絶妙だ。
絶対に、ものすごく、嫌々ながら――やることになる。
「天才か? いいな、悪くない。それを聞いた後のあいつの顔が見ものだ」
《お気に召したようで幸いだ。……こちらはそろそろ作戦準備に入る。朗報を期待していてくれ》
「頼んだ。こちらも、例の『当て』の準備が整ったらしい。途中で崩れて、呼び出しをかけてくれるなよ」
《お任せあれ、だ。首席隊長殿。心配は無用だと答えておこう》
「大した自信だな。あわよくば使い潰してやろうと思っているスネイルに、目にもの見せてやるといい」
《ああ。そうさせてもらうさ》
好戦的な響きを帯びた声に、口角を上げて通信を終えた。
今のこの男と戦ったなら、どんな顔を見せるだろう。きっと、前より格段に面白いはずだ。
せっかくだから約束でも取り付けておけばよかったなと考えていると、副官が訳知り顔で苦笑した。
ただ、オキーフやホーキンスとは違い、そこへ深掘りする気はないらしい。形ばかりの咳払いをして話題を変えてきた。
「……隊長、自分からも一点だけ、よろしいでしょうか」
「何だ?」
「スネイル閣下の説得はお止めください」
予想外の発言だった。
目を丸くして、その顔を見返す。
「……まあ、言ってもまず聞かないだろうが……どうした」
「一応でも義理でも、貴方がそれを口にしたという事実が、後日になって大きな問題を引き起こしかねません。
なるほど、と口の中で呟いた。
事前に謀略を練っていたとなると、本社もさすがに看過できない。面子も体裁もあるのだ。ただでさえ確定した失職と退職金ゼロに、莫大な損害賠償まで追加されることだろう。
副官は感情を交えずに続けた。
「事態がこのまま予定通りに進んだ場合、すべての責任を負うのは貴方です。多少は保身に動かなければ、思った以上に『面倒な』ことになりますよ。ご自重を」
「今回は部隊を丸ごと巻き込むわけだしな。……なんだ、その顔」
「目の前にいるのが本物かどうかを疑っている顔ですね。まさか、我々のことまでご配慮いただけるとは……」
頼りになる部下は実にしみじみと言い、肩からわずかばかり力を抜いた。
「……いえ、不思議ではないのかもしれませんね。まずはおっしゃるとおり生き残りましょう。戦後の話について、今は控えますが、ぜひ前向きにご検討いただきたい案があります」
「面倒な予感しかしないな」
「どうでしょうね。案外、耳よりの話かもしれませんよ?」
含みのある口調に肩を竦める。
夜逃げの準備をしておくか、とは、一応口にしないでおいた。
- / - -
いくつかあった「当て」を頼るには、どれを選ぶにしても十分な準備が必要だった。
主に、手段の獲得と作業人員の確保だ。それを用意できて初めて、プラスアルファをもたらすキーマンの存在が意味を持つ。
G3の仲介によって一時的に繋がった通信は、目当ての人物が応じた。
交渉役としては微妙な人選だった。予想通り、レッドガンの現況は芳しくないようだ。
知らぬ仲ではない。一度は直接顔を合わせたこともある。
G5 イグアス――目付きの悪い、同年代の男だ。
相手を威圧することで自分を大きくみせようとするタイプだが、今はその余裕もないのか、通信画面越しに、疲労のにじむ顔を見せている。
ただ、敵対的な態度はなかった。G3がよくよく言い含めたとみえる。
「久しぶりだな、G5。ミシガンは生きているか?」
《口がきけなくても、うるせえほど喋ってやがる。さっさと見捨ててルビコンから出て行けだとよ》
「いいな。いかにも“歩く地獄”が言いそうな台詞だ」
心底から言った。とりあえずは一安心といったところか。
待つ方も待たれる方も、ひと昔も二昔も前の義理人情だ。自分には向いていないし特に共感はしないが、G1のエピソードとしてはとても良い。この上なくしっくりくる。
G5は忌々しげに舌打ちした。
《こっちがどれだけズタボロか聞きたいわけでもねえだろうが。くだらねえ。用件を言え》
「用件はひとつだ。G5の貸し出しを依頼したい」
《……あァ?》
とびきり怪訝な声で返し、しまったとばかりに舌を鳴らす。
どうやら一応、まだ取り繕う気はあるらしい。
《ちっ……面白くもねえ冗談だ。勝ちが見えた敵対企業のエース様が、テメエでできないことを俺にやらせようってのかよ》
「実際、俺だと無理だからな。他にいないわけじゃないが、お前が一番適任だ。だからこうして、
《……こっちはつべこべ言える立場じゃねえ。中身を言え》
低い声での促しに応じようとしたとき、部隊から通信が入った。
威勢のいい声がまくし立てる。
《こちらM1-44、Cビーコン作動確認! データ行きましたか隊長、あと副隊長! 指示願うっす!》
「よくやった。そのまま操作元座標を絞り込め」
《A1-02より作戦指示。マーカー登録の至近4機MTは援護へ向かえ。近づきすぎないようレーダー範囲を注視しろ。非該当機は元作戦を継続》
《マインスイーパ方式っすね。了解!》
予想以上に短時間で成果が出た。
第1部隊だけではなく解放戦線まで巻き込んで、増産したコーラル制御ビーコンを持たせて申し訳程度の巡視任務を盾にオールマインドの輸送ルート周辺を走らせ、エアからのリアクションを待っていたのだ。
ACから離れていたとしても補給は必要だ。与圧されたコクピット内で人間が十全に生き延びるには、少なくとも一日3リットル程度の飲料水が必要になる。輸送ルートから大きく離れはしないと睨んだ。
不死に近いAIは有機生命体の繊細さをよく理解できていない。その危うさを知っていれば、第1世代というレアな生き残りならなおのこと、リスクを最小限に抑えようとするはずだ。
そしてもう一つ。
随分と人間くさくなったエアが、今さらオールマインドに従うはずもない。当然、悲嘆に暮れるばかりではなく、あらゆる手段を試して状況を変えようとする。その程度の根性はあるやつだ。
電子機器へのアクセスを封じたところで、コーラルへの直接干渉を防ぐ手段はない。
どちらも大当たりだったなと口角を上げる。
お膳立ては整いつつある。必要なのものは、あとひとつだ。
困惑に顔をしかめるG5へ目を戻した。
「囚われの“自称”乙女を発見した。救出には旧世代型の強化人間が必要だ。手を貸せ、G5」
《……冗談じゃねえ。なんで俺が、顔も知らねえ女を助けに行くと思うよ》
「俺も顔は知らないが、話したことはあるだろう」
《ああ? そんな奴……》
「エアだ」
男が目を瞠る。
どうやら名前もしっかり覚えていたらしい。たった一回の交流でこれなら、大した成果だ。
いい手応えではあったのだが、G5は苦々しく顔を歪めた。
《……それでもだ。……こっちにはろくな戦力が残ってねえ。離れた隙に全滅してみろ、寝覚めが悪ィだろうが》
「こちらから戦力を送るか」
《馬鹿言え。アーキバスなんざ信用できるかよ》
「G3辺りがいいんだろうが、ここで不在にさせると目立つ。解放戦線で妥協しろ。口を利く」
《はっ、土着どものボロいMTが何の足しになる?》
「そのままずっと地面の下でいいのなら、そのまま注文をつけ続けろ。そこにいる全員がルビコンから離れるための『足』と『道』を用意してやろうと言っているんだ。取り引きとしてはいっそ、うさんくさいくらいの好条件だと思うが」
《………》
「ミシガンのエスコートは不要か?」
おそらくは医療ポッドの中でかろうじて生命を繋いでいるのだろう。意識があるのが不思議なくらいの状態だとは、容易に推測がつく。
その重傷者を生かしたまま惑星外に連れ出そうというのだ。敵対関係にあるアーキバスや、散々恨みを募らせている解放戦線に見つかることなくやりとげるのは、相当な難題に違いない。
《……罠じゃない保証がどこにある》
「ないな。信用して貰うほかない」
《この際だ……俺達を全滅させるつもりじゃねえか》
「ベイラムは社として撤退を表明した。今さらこんな手間をかける必要性は感じない。……まあ、お前が言いたいことは分かる。居場所を知られたくないなら、こちらが指定する座標にお前が来るのでもいい。その間の防衛は、なんとかすることだな」
《……まずは俺から片付けようって腹か?》
「G5ひとり葬るのに、わざわざこんな小細工をするほど暇じゃない」
《はっ……相変わらず上から目線の、クソいらつく野郎だ》
通信の向こうで電子音が鳴った。
なんらかのメッセージを受け取ったG5が、舌打ちとともに目を伏せる。
それがミシガンからで、何を言ってきたのか、見ずとも手に取るようにわかった。
指示内容よりなにより、お決まりのアレだ。一つしかない。
――“Go, maggot, go!”
《……わざわざ悪態までモールス信号やってんじゃねえよ、クソが……殺しても死なねえジジイだぜ……》
震える声で悪態をついた男の首に、後ろから伸びてきた太い腕が回った。
カメラのアングルで顔は映らなかったが、ジャケットに縫い付けられたG4のワッペンが見えた。
《おい、テメエ……なにしやがんだ、ヴォルタ!》
《悩む余地はねえぜ、イグアス。こっちは俺らに任せておけ》
《自分もヴォルタ先輩と同意見であります! 虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うではないですか!》
《……怪我人どもがでかい口叩きやがる。弾もカツカツだってのに……》
レッドガンだな、としみじみ思った。アーキバスではちょっと見ないウェットさだ。ミシガンの色なのだろう。
「話はまとまったか? ついでだ、土産に色々と補給物資を持ち帰らせてやる。この辺りで手を打て」
《「今だけお得」だとよ。そら、腹ぁ括れや、イグアス!》
《いっつう……! だから、馬鹿力やめろつってんだよ、クソが!》